早速ではあるが、何故私がセレンディア行きを了承したのか、そして個人的な『気になる事』についても説明しようと思う…が、その前にとある集団の説明が必要になる。
その集団とは『七賢人』。思想や人間性をある程度度外視して、魔術に関して特に秀でた才能を持った人間の集まりだ。
例えば、『沈黙の魔女』。彼女は前代未聞、最強の私でも流石に真似出来ない『無詠唱魔術』なんてトンデモ技術を持っているし、計算能力に関しても他の追随を許さない。魔剣が無いとなると、流石の私も結構苦戦させられるかもしれない。実際、魔法戦では手も足も出なかった。
だが絶望的なまでの対人恐怖症だ。今も何処で何をしているのか…恐らく人気の無い山奥で、世捨て人のように木の実をぽりぽり齧りながら、大好きな数字や魔術式とにらめっこしているに違いない。
他の七賢人…『結界の魔術師』は、私が殴り合いを仕掛けたら嬉々として乗ってきそうな奴だ。流石に肉弾戦になれば魔剣がなくても私の圧勝だろうけど、魔法戦だとこっちも勝ち目はない。物理攻撃が出来なければ、私はか弱い女の子でしかないのだ。
後は…火力至上主義、拝金主義、農家や変態ロリコンセクハラ呪術師と、なんとも言えない面子だが、誰もが相応の技術を持っているとされている。
とまあ、七賢人が良くも悪くも実力至上主義という事が、なんとなくでも分かって貰えたところで、今回の本題に入ろう。
七賢人の一人、『星詠みの魔女』。彼女の占いはかなりの高精度と言われている。
当たるも八卦、当たらぬも八卦なんて言われる占いだが、七賢人のそれともなれば王族が縋ることさえある物にもなる。
私の占いに対するスタンスは『運命は力尽くで奪い取る物』なので過信はしないが、日常のラッキーアイテムやラッキーカラー程度なら気にしようかな、程度には信じている。閑話休題。
そんな星詠みの魔女が数年前くらいから、
それが『第二王子の運命が詠めない』。今までに無い結果らしく、極一部の人間しか知らされていないあたり、その重大さはかなりの物だと私は捉えている。
私も紆余曲折あってこの異変を教えてもらったのだが…何故『星詠みの魔女』が私にこの事を教えてくれたのかは聞けていない。
だが、彼女が私に何かしらの期待をしている可能性はあるので、出来る限りの事はしてみようと考えている。
専門家が原因不明の異常を吐き出したとて、門外漢が口を出せる訳も無いだろう…占いに関しては事実、その通りだ。
だが何かしらの外的要因で阻害されているとするなら、場合によっては『力尽くでの排除』も視野に入ってくる。
なのでこの機会に私は第二王子の身辺を調査しようと考えている。駄目で元元、もし何かしらの問題を排除出来れば最良、把握だけでも出来れば良し、だ。
そんな理由もあったので、渋々とはいえ私はセレンディアへ行くことにした。現在はその為の手続きをしているところだ。
「陛下、笑ってましたね」
「まあ仮にも一つの騎士団の団長が『学業の為に長期休暇を頂きたいです』なんて言ったらなぁ…」
私の率いる『特殊魔装騎士団』(団員1名)は王室付属の騎士団として扱われている。理由は三つ、『騎士団の立ち位置』と『魔剣が危険すぎるから』、そして『鎧の機動力を活かすため』だ。
『特殊魔装騎士団』の戦闘方法は剣での近接戦闘であり、魔術の使用は補助的な物だ。なので戦闘時の立ち位置的には、魔術師ではなく騎士として扱われる。
しかし、私の率いる騎士団は『魔剣』と『鎧』の使用を前提としている関係で、一定以上の魔術の素質…正確には一定以上の魔力量を必要としているし、その上鎧の方は、戦闘には直接関与しないものの、魔剣よりも十倍は扱いの難しい魔術の使用を前提としているのだ。
つまり…私の騎士団に入るためには、最低限の魔力量を保持した上で魔術をそこそこ扱えて、加えて相応の近接戦闘能力を持っていなければならないのだ。魔術師部隊として扱うか、騎士団として扱うか…ややこしい立場に居る部隊なので、相応の規模になるまでは『王室付属』の騎士団として扱われている。
そして騎士団の標準装備である『魔剣』は、一歩間違えれば周囲一帯の生物が昏倒した上で、処置が遅れると『想像も出来ない破壊』を齎す可能性があると考えられている危険な兵器だ。
個人が持つには物騒すぎる武器を標準装備として定めているので、そういう扱いになっている。そんな騎士団の団長が一年近くに及ぶ長期休暇を取ろうとすると、色々と面倒な手続きやらなんやらが発生する。
最後に『鎧』だが…鎧には巡航魔術という特殊な魔術を補佐する機能が詰め込まれている。
この巡航魔術自体が、最強である私が最速で現地に向かう為の移動用魔術なので、他の歩兵や騎兵と足並みを揃えるのは難しい。だからある程度の自由裁量権を保持していた方が都合が良いのだ。そうなるとやはり王室付属という立場が一番都合が良くなる。
こうして様々な利点があったので、貴族達の大反対を押し退けてまで個人での強い権力を手に入れたのだ。協力してくれた『星詠みの魔女』メアリー・ハーヴェイお姉さまには頭も上がらない。
「ですが、まさか学園へ魔剣の持ち込みが許可されるとは…陛下様々ですね」
「だが魔剣も学園や都市部ではただの頑丈な剣の域を出ないだろう」
セレンディア学園は第二王子派筆頭のクロックフォード公爵のお膝元だ。流石に武器の持ち込みは許可されないと思っていたんだけど…陛下の「あまり魔剣から離れるな」という勅命によって持ち込みを許可された。
何故そんな勅命を?と考えたところ…恐らく数ヶ月前に起こった『ウォーガンの黒竜』のような重篤な竜害が起きた時のためだろう。陛下はともかく、他の貴族が不安を訴えたのかもしれない。
そうなると『鎧』の方も欲しいが…流石に無理だろう。ただでさえ敵対している派閥の一大拠点に、自分の武器を持ち込んでいるのだ。これ以上を望むのは贅沢が過ぎる。
ついでに言えば、魔剣の真骨頂である機能を使おうとすれば、否応なしに周囲一帯の人間を巻き込むことになる。貴族やその関係者数百人が一斉に倒れたら大問題だし、そもそも魔剣の能力は、都市部等ではとてつもなく厳しい使用制限が掛けられている。そう易々と振るうことの出来ない武器なのだ。
セレンディアでは魔剣もただのやたら頑丈な剣。私と魔剣の能力を完全に引き出すには、周囲に味方や一般人が居ない状態、一対多の状態が一番良い。
「まあ、一応魔力の放出は出来ますから、数の多い相手にはそちらを使いますよ。それに私が無理をしないといけない相手となると…魔剣云々に関わらず学園が消し飛んでいそうですしね」
上位竜の一匹や二匹程度なら魔剣の力を抜きにしても、正面から戦って余裕で勝てるだろう。だが下位竜でも群れを成していたら…私は無傷で勝てはするだろうけど、周辺への被害は避けられない。
私は最強ではあるが万能では無いのだ。飛行は出来るけど速度は出ないし(なんなら走った方が3倍くらい速い)、短縮詠唱も怪しいから実戦では使えない。魔剣が使えない状況で数が多い相手なら、沈黙の魔女や結界の魔術師の方がよっぽど被害を少なく出来る。
「レノが剣を抜く事態にならなければ良いが…」
「まあ、大丈夫でしょう。学園にも警備はいますし、殿下や他の貴族も独自の護衛を何人か付けているでしょうしね」
流石に貴族の集う学園で戦闘が起きるとは考えにくい。そうなればクロックフォードの面目も潰れるだろうし、万が一生徒に凶刃が及べば…それはもうえらい事になる。
「それよりも…国内の竜害とかは私がいなくても大丈夫ですかね」
「流石にお前が抜けただけでどうにかなる程腑抜けてはいない。万が一となれば七賢人も出るだろうしな」
それもそうか。フェアニッヒ家の抱える猟兵団が丸ごと消える訳でもなければ、七賢人が居なくなる訳でもない。いざとなれば沈黙か結界か砲弾がどうにかしてくれるはずだ。
そうでなくても竜騎士団や魔法兵団も居る。そんじょそこらの下位竜の群れ程度なら大した被害も出ないだろう
「私に召集が掛かる可能性は?」
「それこそ『黒竜』や『邪竜』でなければ掛からないだろうな」
黒竜が出てもモニカが片付けそうだ。そうなればいよいよ私の出る幕はないだろう。
となると、私は本格的に実戦の機会を奪われ、平和な後方で貴族同士の足の踏み合いに参加しなければいけないらしい。
「…不安か?」
お父様は私の心情を見通せるらしい。結構うまく隠したつもりだったのだけれど、流石は親と言ったところか。
「ええ…平和な場所でのんびり過ごしていれば、剣の腕が落ちないかと」
今から私は戦場を離れる…それも数週間ではなく約一年にも及ぶ長期間。
幼い頃から剣を握ってきた身としては、未知に対する恐怖にも似た物がある…これが終わった時に、私は再び剣を握れるのか?敵の前に立ち、その首を刎ねられるのか?
一度その懸念と向き合えば、泥濘んだ泥のように重く纏わり付く不安が私の足を這うような感覚に襲われる。
「私は、教育を間違えたかもしれないな。まさか娘が平和に不安を感じるような身になっているとは…」
「大丈夫です、これもすぐに慣れるでしょう」
そうだ、今までだって、どんな敵を前にしても進めたんだ。ただその相手が変わるだけ。微かに震えた様に感じた両手に力を込め、そう自分に言い聞かせる。
「ええ、大丈夫です…私は最強ですから。多少前線から離れた程度で目も当てられないほど弱くなる、なんて事にはならない…筈です」
嘘だ。私は知っている。一度戦場の空気に染まった人間は、安寧を受け入れられない事を。一度その緊張と高揚が途切れたら、その先には暗闇のような不安と恐怖しかない事を。
私は知っている。何時だって助けを求める人間が居て、私が手を差し伸べられるのはたった一握りだけだと言う事も。一度失った物は、何をどうしようとも取り戻せない事も。
だから私は、剣を手放さない。手放せない。今も何処かで私の敵となる者が居るのなら、剣を手放す訳にはいかないから。
『大いなる力には、大いなる責任が伴う』のだ。最強である私がその責任を放棄する事は許されない。
「レノ、あまり背負い込みすぎるな」
「…まるで、血に慣れていない新兵を見るような目ですね。平和に慣れていない、という意味では間違いないでしょうが」
お父様の視線は我が子を心配する物だろう。思えば私がここまで強い、恐怖にも似た不安を感じた事は…戦場に一番近く、だが戦場では無い場所での、一度限りだった。
「そういえば…お前はいつからか、一層力を求めるようになった事があったな」
「ええ、まあ。おかげさまで、今では我が国最強の騎士に育ちましたよ。ですから、お父様の教育は間違っていないのです」
『出来る事を十全に熟せ。それが出来てようやく駆け出しだ』なんて言葉を残した三代目様の言葉の通り、私は出来ると感じた事を十全に熟し続けた。周りが「無理だ」「不可能だ」と止めてきたのも今や懐かしい。
そうして経験と実績を積み上げ、私に足りない物もあらゆる手で埋め続けた結果、今の
「だからお父様、そんな悲しそうな顔をしないでください。貴方の娘はグロスシュヴェルトの誇りなのでしょう?」
誰も、何も間違ってはいない。ただ私が弱いだけだ。これは私の弱さ。私の弱点。私の欠点。私を『最強なだけの子供』たらしめる欠損。
そんな物を抱えてでも、私は私に出来る事をしなくてはならない。何故なら、『大いなる力には、大いなる責任が伴う』からだ。責任を放棄する事は許されない。
「…無理はするな」
「久し振りに聞きましたね、その言葉」
私が最強となってからは聞くことのなかった言葉を掛けられる。きっとお父様には私が今まで以上に無理をしているように見えるのだろう。
事実、慣れない状況に対しての戸惑いで弱音を吐いているのだ。騎士としても親としても、そんな姿の娘を見れば心配にもなるか。
「おや、フェアニッヒ辺境伯に魔剣姫殿じゃありませんか」
背後から声をかけられる。私も何度か話した事のある、男の声だ。
城の廊下で話し込んでいれば誰かとすれ違う事もあるだろう。だが、この非常に聞き覚えのある声の持ち主に会うのは些か想定外だった。
身に纏わりつくような不安を殺し、騎士としての心構えをして声の主と向き合う。
「おお、結界の魔術師殿。奇遇ですな」
私よりも先にお父様がその声に反応し、振り返る。
七賢人が一人、『結界の魔術師』ルイス・ミラー。七賢人の中でもトップの武闘派であり、何よりも北部出身の人間という点で親近感を感じる相手だ。
ルイスは先に私に対して一度興味深そうな視線を向けてから、お父様へと向き合う。
「ふむ…お二方は進学の件ですかね?」
「はい、今諸々の手続きを終えたところです。私はしばらく不在になるので、竜害の対処は任せることになると思います」
ルイスは元より竜退治を生業にしてきたと言ってもいいほど竜を殺してきた人間だ。今更任せるも何もないとは思うが、今まで私がやってきた仕事の内の大半は、過去にルイスが率いていた『王宮魔法兵団』か、お父様の率いる『北部山岳猟兵団』に割り振られるだろうし、それでも足りないようであれば七賢人にも声が掛かるはずだ。多少なりとも迷惑をかけるのであれば挨拶くらいはしていた方がいい。
「せめて例の鎧だけでも使える人間が他に居れば良かったんですけどね。巡航魔術の機動力は、飛行魔術とは一線を画すものがありますから」
巡航魔術…私の欠点である長距離の移動力を補うために、従来の飛行魔法から小回りと速度の調整機能を抜いて、火属性をメインにした高速長距離移動用の魔術だ。
一定以上の距離を移動する時の魔力燃費は飛行魔術よりも良いし、最高速も飛行魔術より上という革新的な魔術。私がどこでも出張できるように私の為に私が開発した自信作だ。
欠点は…構成が複雑すぎて装備の補助なしでは碌に使えない点、体にかかる様々な負荷への対策をしないと
『
そんな巡航魔術は、目の前の七賢人様も使えるが…使う必要がない。風の上位精霊と契約しているからだ。長距離移動に特化した魔術とは言え、流石に風の上位精霊に機動力で勝てるほど便利な魔術ではない。
「そんなこと言うなら貴方が私の部隊に入ったら良いじゃないですか。魔剣も鎧も使えますよ」
「そもそも私に巡航魔術は必要ありませんし、剣は扱えますが性には合わないので遠慮させていただきます」
この男なら魔剣も鎧も十全に扱えるだろうから、今まで以上の戦果を叩き出す事だって容易に済むはずなのに、断固として私の下にはついてくれない。この男が人の下に付きたがらないタイプだという事は見ればわかるので、無理強いはしないが…勿体ないなとは思っている。
「私の同期殿の運動神経がもっと高ければ使えたかもしれませんが…少なくとも、今の彼女が使えば、錐揉み回転しながら出鱈目に吹っ飛んで、地面に激突するか、空の彼方へ旅立つ未来しか見えませんね」
ルイスの同期、『沈黙の魔女』モニカ・エヴァレットは…控えめに言って化け物だ。魔術と数学に関しては右に出る物は居ないだろう。その上無詠唱魔術なんて出鱈目な技能を持っている、真の天才だ。
最近では『ウォーガンの黒竜』を撃退したし、対人戦でもない限りは負けなしと言っても良いくらいに強いし、対人戦でも出鱈目に強い。彼女にかかれば複雑な巡航魔術も補助なしに
だが身体能力に関しては悲惨の一言に尽きる。なんなら初等部入りたての子供にも負けるんじゃないかと思えるほどに『ヘッポコくん』だ。年齢的には私の一個上の人間が、だ。
飛行魔術も使えないような人間が、姿勢制御を誤れば即座にあらぬ方向にすっ飛んで行く巡航魔術なんて使えるはずもない。
「ところで…『例の件』について、貴方の意見は変わりませんか?」
流石に今から彼女の運動神経を改善させる事は出来ないので、その話はここで区切り…私たち、『前線の兵士達』の要望に対する七賢人の意見を求める。
「医療魔術の研究の件ですか?そうですね、我が国ではまだ早いかと。ロザリーも有用性は認めていましたが、危険性と天秤にかけたら賛成は出来ないと言ってました。妻の口ぶりから察するに、大きな問題は魔術側だけでなく医術側にもありそうですね」
「ロザリーさんも、ですか…」
七賢人と魔術に強い軍医が、揃って「早い」と言うならそうなのだろう。実際、私もそれくらいはわかっている。伊達に魔術を齧っては居ないのだ。
私がルイスよりロザリーの判断を重視しているのが気に入らないのか、ルイスが不機嫌を隠そうともせずに私を睨んでくる。
「…貴方とロザリーの関係については置いておくとして、魔剣姫殿やフェアニッヒ辺境伯の言い分もわかります。医療魔術が発達すれば、戦場での死者数は大きく減る可能性は高いでしょうし、治療用具の大幅な削減が出来るようになるかもしれませんからね」
フェアニッヒ家は『いのちだいじに』が基本スタイルだ。だから医師会へそこそこの出資もしているが…私たちが求めている戦傷医療などの技術発展に生かされているとは言い難い。
せめて大量出血時の止血や、生命維持に関する魔術だけでも開発できれば大助かりなのだが…欲を言えば、治療魔術の使い手数人で殆どの外傷に対応できるようになって欲しくはある。
「魔術が医術の利権を奪う形になる以上、貴族議会の反感を買いますし、肉体に使用する魔術という事もあって法律の整備も必要になります。そう簡単に進められる話でもありませんから、過去にハイオーン侯爵やメイウッド男爵の出した『妥協案』が覆る事は無いでしょうね」
かすり傷一つ治そうとして、魔術師と患者が揃って死んだ。なんて言っているようじゃスタートラインにすら立てないと言う事だ。確かにぐうの音も出ない正論だが、私が急いでいる理由もきちんとある。
「私としてはモニカが現役の内に進めたいのですが」
「ええ、分かっていますとも。同期殿の計算能力と魔術に関する知識を使えば研究は大きく進むとは思います。もしかしたら彼女が真っ先に実用化させる可能性もあるでしょうね」
魔術に関しては類を見ない天才であるモニカ・エヴァレットの助力を得れば、魔術面は著しく発展するだろう。ともすれば10年と掛からずに実用ラインまで持っていける可能性すらある。
だが、それもこれも『研究が許可されたら』の話だ。研究が許可されていない現状ではスタートラインにすら立てない。
「少なくとも、まずは目に見えている問題を解決する方法を見つけてから。話はそれからになるでしょう」
「ふむ。私は魔術も医学も門外漢ですから、あまり煩くは言えないのですが…どうにもならないのですかな?」
要領を得ない父の質問だが…どうにもならないだろう。『識者の家系』と呼ばれるハイオーン侯爵家の当主や、国を代表する魔術師集団の七賢人が揃って「早い」なんて言っている以上、研究を無理に進めようとしても逆効果にしかならないと考えている筈だ。
「気長に待つしか無いですね。魔術と医学、双方の知識を持つ人間は少ないですし…あまり尻を叩き過ぎれば、無理な実験に手を出す事になりかねませんよ?」
「そうか…ではルイス殿の言う通り、座して待つとしよう」
あまり圧をかければ『使い捨て前提で人間を実験台にする』みたいな所業を始めかねない。時折せっつく程度なら問題はないだろうけど、結局は専門家に任せるしかない。
「ところで、魔剣姫殿は魔術師に転向する予定は無いのでしょうか?」
「無いですね」
ルイスの提案は魅力的だし、個人的にはもう少し魔導具関連の研究をしたいが…そればかりにかまけて剣を疎かにする訳にはいかない。
「ふむ、貴方がより一層魔術に注力してくれるなら七賢人の座も夢では無いと思うのですがね」
「私は最強の騎士なので、相応の勤めを果たさなければいけないのですよ」
七賢人の座に未練がないかと聞かれたら…無いとは言わないが、何だかんだで研究資金は不足してないし、何よりも武装や術式の改良に関してはモニカが協力してくれているお陰で、原型を留めていない程度には魔改造されている。彼女が協力してくれている内は無理に七賢人になろうとは考えていない。
それに私には私の『役割』がある。少し前まではその役割に応じた動きをするために、七賢人になって武装の強化をしようと考えていたが、『守銭奴の…ではなく『宝玉の魔術師』以上に術式の計算、改良が速く、何よりも必要以上に金を毟ろうとしてこないモニカのお陰で、その必要も無くなった。無理に複数の『役割』を抱え込む必要がなくなったのだ。
「『ノブレス・オブリージュ』のような物ですか」
「ええ、その通りです」
貴族は貴族の、騎士は騎士の勤めを果たさなければならないのと同じだ。
ルイスには理解できないだろうこの価値観は、国に属する騎士としての誇りなんて高尚なものではなく…もっと汚ならしい、己のエゴだ。
「まったく、悪しざまに言うつもりはありませんが…どのような教育をすればこの年齢でこのような価値観に目覚めるのですかな?」
「正直、私も知りたいところです…下の子はここまででは無いのですがね」
ルイスとお父様の怪訝な視線に外方を向いて話す気はないと返す。お父様はともかく、ルイスに話したら嬉々として煽ってきそうだからだ。
そうで無くても『最強』として弱みを見せる訳にもいかない。よほど親密な中でない限りは話す気にもならない。
「とりあえず私に子供が出来たら、戦場に近付けないように心掛けますかね」
「ええ、それが良いでしょう。グロスシュヴェルト家に代々伝わる家訓のような物が無いのなら、子が望まない限りは荒事から遠ざけた方がいい」
グロスシュヴェルトの人間であれば例外なく、子供の頃から戦場に立てるようになるための訓練をしている。
身体強化はもちろん武器は剣や槍、弓に銃など複数種類を扱えるようにさせられるし、近年では対竜武装の扱い方や対魔術師の戦闘方法まで学ばされる。
我が家は戦闘面に関してだけは、控えめに言っても無茶苦茶厳しい。死ななきゃセーフくらいは考えている。なので私の弟であるアランも、そこまで戦闘好きではないというだけで普通に強い方ではある。私に至っては言わずもがなだ。
「ふむ、思ったより話し込んでしまいましたね。では、私はこれで…魔剣姫殿、セレンディアでは
ルイスが最後に残した言葉は…ルイスがこちらの事情を知っている事を伝える為か。
どのような手段を講じるのかは非常に気になるが、密命という事もあってここで直接聞き出す訳にはいかない。学園に入ってからのお楽しみと考えておこう。
「…何かしらの手を打ってくる事は分かっていましたが、ここまで露骨に言ってくるとなると、随分と分かりやすい手段を使うのでしょうか」
「ああ、その件だが…二年生に結界の魔術師様の弟子が入学するらしい」
「それはまた…大胆な手ですね?」
ルイスの弟子、グレン・ダドリーは私もびっくりする程の魔力お化けだ。七賢人の選考の時に何度か顔を見たことがあるし、それ以外でも何度かルイスにボコボコにされているのも見た。
なんなら「私とばかり戦えば変な癖が付いてしまいますからね」と言ったルイスが、私に対して『死なない程度にボコボコにしてくれ』とグレンをけしかけてきた事もあるし、当のグレンが舐めた口を聞いてきたので、お望み通りボコボコにした。
そんなグレン・ダドリーだが、万が一護衛として学園に入っていた場合、致命的な欠点が幾つかある。なんというか、不器用な奴だ。
「陽動だろうな」
「間違いなく。グレン・ダドリーに『隠密に護衛』なんて器用な真似が出来るとは思えません。恐らくは何も知らされていないでしょう」
グレンは少しばかり楽観的な面があるし、内密な任務にも護衛にも向いていない。
魔力量こそ凄まじいものの、魔術制御はお粗末なものだし、咄嗟の事態に反応できる程器用でもない。そもそも隠し事を出来る性格でもない。
よって彼は殿下の目を逸らすための陽動と見るべきだろう。
「そして、私も陽動の一部として利用されているでしょうから…用務員や教師ではなく、生徒として潜入させる可能性が高いですかね」
「生徒か…確認しておこう」
グレンも相応に目立つだろうけど、初級魔術師資格も取れていない人間だ。それ以上に私の方が目立つ事は想像に難くない。
一年生か二年生か、はたまた三年生かは分からないが、もし仕込むとすればあのトンチキ精霊になるだろう。不安しかない人選ではあるが、実力的には申し分ない。
「ルイスが契約精霊以外の隠し球を持っているとは思えませんが、どういう手を打ってくるかはかなり興味深いです」
この時の私は、まさかルイスがあんな暴挙に出るなんて思いもしなかった。
意表を突くと言えば聞こえはいいが、誰がどう考えても自棄になったとしか思えない一手。
加点式なら100点、減点式ならマイナスを飛び抜ける程の、とびきり扱いにくい『鬼札』…セレンディア学園で想定外の出会いを果たすまで、後1ヶ月。
時は少し遡り、とある馬車の中。
髪を三つ編みにして片眼鏡を付けた美丈夫…ルイス・ミラーが痩せぎすの少女に、国の貴族制について講釈をしていた時の事。少女が恐る恐るといった様子でルイスに声を掛ける。
「あ、あのう…ルイスさん…」
「なんでしょうか?」
ルイスが不機嫌そうに少女を睨めば、少女は「はうぅ…」と肩を縮こまらせながらも、ゆっくりと口を開く。
「しゃ、爵位についてなんですけど、一つわからない事があって…」
「…はぁ、言ってみなさい」
ルイスは大きなため息を吐き、不出来な子供を見るかの様な目で少女を見る。そんな眼差しをうけた少女は、恐怖からか小さく震え、吃りながらも質問を口にする。
「わ、私とルイスさんが受けた七賢人の選抜の時…れ、レノさんが居ましたよね。あ、あの人、『フェアニッヒ辺境伯家』って名乗ってた気がするんですけど…ルイスさんが言っていた爵位の中には…『辺境伯』が無かったな、って…」
少女の質問にああ、と力の無い声を漏らし溜め息を一つだけ挟んでから、ルイスはゆっくりと口を開く。
「あそこはまた厄介な事情に巻き込まれてる家ですからね。我が国で辺境伯の爵位を持つのはフェアニッヒ辺境伯家だけです。伯爵の上、侯爵の下に位置する爵位ですが、一般的な扱いは伯爵と同等ですね」
良く分からない、と言った様子を隠さない少女を前に、ルイスも何度目か分からない大きな溜め息を吐いた。
「北部において一番大きい家がフェアニッヒ辺境伯領です。竜退治を志す人間や、一端の貴族なら一度は聞く『北部山岳猟兵団』を抱えるのもここですね」
「りゅ、『竜剥ぎの猟兵団』…ですよね…」
『竜剥ぎ』は『北部山岳猟兵団』が竜と戦う時のその行為から名付けられた、王都の貴族からは蔑称として、竜素材を求める魔術師たちからは敬称として使われる呼び名だ。
「六代にも渡る活躍の結果、北部でも随一の領地と武力を抱えるフェアニッヒ辺境伯ですが…その出自から他貴族たちが力を持たせるのを渋りに渋ったらしく、レノ殿の祖父の代までは『男爵』だったのです」
「む、難しい話ですね…」
少女がうんうんと頭を抱えている間にも、ルイスはグロスシュヴェルト家についての講釈を続けていく。
「元が傭兵だったから、あまりに力を付けさせたら欲望のままに反旗を翻すのではないか…なんて馬鹿らしい難癖をつけて、与える土地も北部の痩せ細った物や山岳地帯なんて扱いにくい場所ばかり。そうやって負担を掛ければ、そのうち潰れるだろうと当時の貴族どもは考えたのでしょう。ですが結果はご存知の通り、今代になるまで戦争や竜害において目覚ましい活躍を挙げ続けた結果、今のフェアニッヒ辺境伯家へと続きます」
「よ、傭兵…?」
王国北部は資源にも乏しく、環境も劣悪な物だった。その土地は持つだけで領主に多大な負担を掛け、じわじわと精神と金を蝕む…とまで言われる程のそれを押し付けられたグロスシュヴェルト家だったが、結果としてその貴族たちの試みは失敗に終わる。
戦時にはその武力をもって目覚ましい活躍を挙げ、平時にも対竜害を掲げ東部に遠征へ赴き、竜の鱗や目玉を生きたまま剥いでいくその姿は、国内の貴族たちに畏怖を抱かせるには十分だった。
そうして得た資金で私設の兵団を鍛え上げ、その傍らで『茨の魔女』の一族に土壌改良の依頼をした結果…フェアニッヒ領は豊かとまでは言えないものの、生活に不自由することはない程度にまで改良されていった。
「陛下が即位した際には、真っ先にグロスシュヴェルト家の身の丈にあった爵位…侯爵を下賜しようとしたのですが、流石に男爵から二段飛ばしで出世するのは良い顔をしない人間が多かったのですよ。今までの不当な扱いや、六代に渡る多大な功績を無視してでも、です」
先の戦争でも活躍し、現在でも国内で魔導具の素材に扱う竜素材の4分の1以上を生み出すグロスシュヴェルト家だったが、それまでは傭兵という出自への忌避感とその戦い方から、男爵以上の地位を持てなかった。
その上東部の貴族以外からも疎まれていたので侯爵の地位を下賜されるとなった時、国内の貴族たちは荒れに荒れた。その荒れようと言えば国王の判断に直接苦言を呈する程に。だが国王は爵位の下賜を断固として譲らなかった。
「そこで基本は伯爵として扱われ、一部の限定された範囲でのみ…主に竜害や戦時に限った範囲で侯爵としての権力を得られる『辺境伯』の地位が下賜されたのです。これは帝国から引っ張ってきた爵位ですが、落とし所としては都合の良いものでした。と言うか、これ以上は国王陛下が譲らなかったらしいです」
「う、うえぇ…難しい…」
弱音を吐く少女をルイスが苛つきを隠さずひと睨みすれば、少女は「ごめんなさい、ごめんなさい」と言いながら肩を小さく振るわせる。
「フェアニッヒ周辺の事情が面倒臭いのは否定しませんが、仮にも伯爵相当の爵位を持つ七賢人として把握しておいて欲しかったですね。まあ、それを抜きにしても彼女には『特殊魔装騎士団』の団長なんていう地位がありますから、万が一顔を合わせた時はとりあえず畏っておけば間違い無いでしょう」
「ごめんなさ…え?」
謝罪を繰り返していた少女はルイスの言葉の中に含まれた『違和感』を探し出し…それに思い至る。
「か、顔を合わせる…?」
「今回、学園には件のフェアニッヒ辺境伯令嬢レノ・グロスシュヴェルト嬢が入学するようです。まだ確定ではありませんがね」
「…うええ!?」
死人にも思える程にまで顔を青くし、馬車の隅に踞ろうとする少女を見たルイスが、同調するように深く頷いた。
「共にあの化け物に対峙した人間として気持ちはわかりますよ。あんな恐ろしい怪獣が同じ学園にいるとなれば、その反応も無理はないでしょう」
「や、やだぁ…ルイスさんの頼みでも…やです…」
少女とルイスの頭の中では既に、黒竜の着ぐるみを着た幼い少女が、セレンディアを踏み潰しながら火を吹いている絵が浮かんでいる。実際は火を吹く事も学園を踏み潰す事も無いのだが、彼らの中では「それくらいやってもおかしくない」というイメージがこびりついていた。
「あ、あ…あの人、すごく怖い、です…」
「魔剣姫殿が竜も逃げ出す程に恐ろしい闘気を身に纏っているのは分かりますが、彼女も一端の貴族です。こちらの事情についても把握していると聞きましたし、貴方の顔を見れば必要以上に絡んでくることはないでしょう」
先ほどの二人の想像とは裏腹に、レノという少女はその
無闇矢鱈と学園で暴れる事もなければ、事情を知ってるのなら目の前の少女と相対しても知らぬ存ぜぬを貫き通すだろうと、ルイスは予想していた。
「それに、護衛に関しては陛下の勅命と同等ですので貴女に拒否権はありませんよ、同期殿。なに、いざという時の保険が増えたとでも思っておきなさい」
「うええぇぇ…やだぁ…」
メソメソと泣き出してしまった少女を前に、ルイスは不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「イザベル嬢も魔剣姫殿とは面識があったはずですから、必要の無い限りは貴女と極力関わらないように計らってくれる筈です。学年も違うのですから目立った行動をしない限りは会う事も無いでしょうね」
つまらなそうに呟くルイスの言葉に、少女は恐る恐るといった様子で『もしも』の時を聞く。
「も、ももも…もし、もしも殿下に万が一があれば…?」
「彼女は『フェアニッヒ辺境伯令嬢』という可愛らしい肩書きから『特殊魔装騎士団団長』という、貴方もご存じの大変立派な肩書きに変わります。彼女の緊急時における権限は近衛騎士団長のそれとほぼ同等ですから、下手な動きをすればその場で首を落とされかねませんし…そこまでの事態に陥っている時点で貴女も『ケルベック伯爵令嬢』から『七賢人・沈黙の魔女』として動くように命じられるでしょうね」
ひうぅ…という少女の泣き声にルイスは興味のないような視線を向けるだけに留める。
「まあ、殿下に万が一があった時点で、陛下からの密命である『第二王子殿下の護衛』は失敗です。そうなれば遅かれ早かれ私たちは仲良く、家や爵位どころか命が無いかもしれません。そうなりたくなければ、死ぬ気で殿下を護衛してくださいね?モニカ・エヴァレット魔法伯…いえ、違いましたね。ケルベック伯爵令嬢モニカ・ノートン殿?」
名前を呼ばれた少女、モニカは大きく肩を震わせて、たっぷり5秒をかけた後に口を開いた。
「もうやだぁ…帰りたいよぉ…うええぇぇぇ……」