最強騎士の優雅なる学園生活   作:ピグリツィア

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流石の私でもこれはどうかと思う求婚

 セレンディアと院の全試合が終わったのは、モニカ達の感想戦が終わった三十分ほど後だった。結果はベンジャミン、エリオット共に敗北。学園としては負けた形になる。

 

 その間、私はラナから現在貴族の間で流行っている物の情報を得る事に集中していた。私にとってはチェスよりも大事な事だからだ。

 そのついでにモニカの事に関しても少しだけ聞けた。どうやらミネルヴァに因縁の相手がいるのは確からしい。先のモニカの様子から察するに、その因縁の相手がここに居るのは間違いなさそうだが…誰だろうか。

 

 そんな疑問を解決する暇もなく、セレンディアと院の試合が終われば、次に控えるのは昼食会だ。これは各校の代表選手と教師陣、それと生徒会役員が参加し、その他一般生徒は各自寮に戻り食事を取る。

 

「さて、次は昼食会だけど…レノはどう動くつもりだい?」

 

「そうですね…」

 

 殿下から投げかけられた質問に対し、私は少しの思考を挟む。

 個人的な心情は、殿下の側に居た方が良いと考えている。理由は勿論、ロベルトが居るからだ。

 しかし今の私は騎士団長ではなく一般生徒。生徒会役員とチェス大会の出場者に限られた昼食会に混ざるのは悪目立ちが過ぎる。

 ここはモニカに任せて、私は何時でもダンスホールに入れる位置で警戒するべきだろうか。

 

「何やら気に掛かる事があるようだね?」

 

「…まあ、無いと言ったら嘘になりますね。ですがただの疑心暗鬼でしょう。無理を押してまで昼食会に参加する程では無いと思います」

 

 考え込む私の様子を見て、殿下はこのチェス大会に『何かがある』と考えているのだろう。実際、その考えは間違いでは無い。

 しかし私の懸念をそのまま殿下に伝える訳にもいかない。螺炎の事を伏せた上で警戒を促すとなると、私が他国の人間を片端から怪しむ危険人物になってしまうからだ。

 

 私の考え込む姿を見て、殿下はくすりと笑い自らの服のポケットへと手を入れる。

 

「ふむ。それじゃあ、何か起きたら『コレ』を使うよ。これなら君も安心だろう?」

 

 そう言って殿下が取り出したのは、モニカ毒殺事件の折に私が殿下に渡した鈴型の魔導具だ。確かにそれを使えば、外にいる私でも会場の異変を察知出来る。

 

「分かりました。私はすぐにここに来れる場所で待機しますので、些細な異変でも迷わず使ってくださいね」

 

「分かってるさ」

 

 殿下には念を押したし、昼食会は長くても一時間程度…私はこの後の予定に備えるか。

 私も警戒はしているが、流石にここで曲者が大きな動きをするとは思えないし、万が一が起きてもモニカが近くにいるなら対処も出来る筈だ。あまり気負わなくても大丈夫だと信じておこう。

 

 しかし、結局モニカと話せなかった事は気がかりだ。ミネルヴァの人間に警戒すべき人物がいるのは確かだが、それが誰なのかまでは分かっていない。

 モニカ個人の因縁であるならば、面識が無いと言っていたユージン・ピットマンは除外するとして…代表選手の三人の中に居ると考えた方が良いか。

 

 携帯していた『今日の来賓一覧』と書かれた紙を取り出し、ミネルヴァの生徒の情報を確認するが…パッと見てそれだと分かるような人間は居ない。

 モニカは飛び級で卒業したから、学年は当てにならない。私はモニカが飛び級で卒業した事こそ知っているが、どのような学年の変遷を経たのかまでは知らない。

 もう少し詳しい資料があれば、少しは当たりが付けられたかもしれないが…無い物ねだりをしてもしょうがないな。

 

 そうして数分、手元の資料を眺めていると…ダンスホールからロベルトの大きな声が響いてくるのが聞こえる……待て、何と言った?

 私の耳がイカれた訳じゃないなら…あいつは誰かに向かって婚約を申し込んでいた気がする。

 何故ここで?誰に向かって?何も分からないが…今確実なのは、私が例の魔導具によって、殿下から呼び出しを受けている事だけだ。

 

 扉の前の警備員に一言断って、ダンスホールへと脚を踏み入れる。その間にもベンジャミンの「嘆かわしい!」と言う叫びも聞こえて来た。

 騒めくダンスホールの中、騒動が起きている集団へと近づいていく。ベンジャミンの悲痛な叫び、戸惑う面々。そして、その中心で演説を行うロベルト…

 

「自分はノートン嬢のチェスに心を打たれました。同年代の人間で自分を圧倒したのは彼女が初めてです。できることなら、彼女ともっとチェスがしたい…ですが、我々は違う学校の人間であり接点が何もない。しかし! 婚約者になれば、週末や長期休暇に会う理由ができます!そこで存分にチェスをすることができるっ!だから、自分と婚約していただきたいのです、ノートン嬢!」

 

 頭のおかしくなるような光景に、思わず足を止める。とりあえず、私の耳は正常だったらしい…いや、どこかしらで変な精神関与魔術を受けた可能性は否定しきれないか。

 何はともあれ、呼び出しを受けた私は、痛む頭を押さえながら殿下の元へと歩み寄っていく。

 

「……殿下…もしかしたら私は敵魔術師の攻撃を受けているかもしれません」

 

「安心してくれ、これは紛れもない現実だよ」

 

「むしろ安心出来ないんですがね…」

 

 殿下はこれを現実だと言い張っているが…こんな頭の悪い光景が現実だとは思いたくない。何を勘違いしているのか、ロベルトは身の上話をしているし、モニカはあわあわおろおろと対応に困っている様子だ。

 

「帰って良いですか?」

 

 あまりにもあんまりな会話の応酬に、私は本音を溢してしまう。これ以上ここにいるとバカになる気がするのだ。

 

「レノ、ロベルト・ヴィンケルの拘束を命じる」

 

「国際問題待ったなしですよ、それ」

 

「じゃあ国際問題にならない程度に拘束してくれ」

 

 殿下は私に無理難題を押し付けてくるが…とりあえず、あれが現実の光景であるならば、ロベルトを止めなければならないだろう。

 

「ああクソ、なんでこんなバカがここにいるんだ?アシュリー先輩、殿下。変質者の鎮圧と連行にご協力願います」

 

「わかった」

 

「それ、絶対に彼の前では言わないでね?」

 

 シリルと殿下に補助を依頼しつつ、私はモニカに言いよる変質者へと歩み寄って、その腕を掴む。なかなか鍛えているようだが、私の拘束を振り解ける程では無いな。

 私がロベルトの腕を掴んだのを見たモニカが顔を真っ青にしているが…とりあえず無視だ。

 

「失礼、あの子は我が生徒会の人間なんだ。まずは私に話を通してもらえないかい?」

 

「交流の場で非常識な振る舞い。生徒会役員として看過できん」

 

「これ以上彼女に対して強引に言い寄るのであれば…武力鎮圧も視野に入れなくてはなりません。どうか大人しくして頂きたいですね」

 

 殿下とシリルの言葉の後に、私は警告を発する。私の言葉を聞いたロベルトは、一瞬だけ腕を払うような素振りを見せたが、力尽くで封殺する。

 この行動がロベルトの何かに触れたのか、驚いたような表情で私の方へと振り返る。

 

「あなたは…かなり腕の立つ者と見受けられるが、お名前を伺っても?」

 

「フェアニッヒ辺境伯家、レノ・グロスシュヴェルトです。魔剣姫と言えば、貴方でも分かるでしょうか」

 

 ロベルトに促されるがまま名乗れば、彼は動きを完全に静止させてゆっくりと深呼吸をし……たっぷり十秒掛けた後に、覚悟を決めた表情で口を開いた。

 

「……遺書を書く時間は頂けるでしょうか」

 

「流石にそこまではしませんよ!?」

 

 ロベルトの言葉を聞いて一斉に私から距離を取る会場の人々と、てふてふと逃げていくモニカを気に止める余裕もなく思わず叫んでしまった。ロベルトの中で私はどういう扱いなんだ。

 

 


 

 

 泡を食った様子で私に向かってロベルトへの慈悲を乞う院のレディング教諭を落ち着かせる一幕を挟み、殿下とともにロベルトの尋問へと移る。

 戦々恐々とした周囲の視線が私に突き刺さるが…とりあえず無視する。今は弁解よりもこちらの方が重要だ。

 

「さて、色々聞きたいことはあるけれど…なんでランドールの人間である君が、レノをあそこまで恐れていたんだい?」

 

 殿下の最初の質問は、モニカへ言い寄った事に対してではなく、私への対応を問う物だった。

 ロベルトは隣国ランドールの人間だ。私の勇名がそこまで届いているのはまだしも、その程度でここまで恐れられる謂れは無い筈だ。

 

「ランドール騎士団にはいくつか『怒らせてはいけないもの』があります。例えば上官、給仕、上位竜…そして、その中には、魔剣姫様の名前もあるのです」

 

 …何故?なんで私が隣国で馬鹿みたいに恐れられているんだ?まだ戦争で活躍した事は無い…と言うか、そもそも生まれてこの方、リディル王国が戦争を始めた事すら無い。他国の騎士団に恐れられる理由が思い浮かばないが…ロベルトの言葉を聞いた殿下からの視線に対しても、首を傾げる事でしか返事ができない。

 

「君、ランドールで何かやったのかい?」

 

「いえ、そもそもランドールには行った事もありませんが……心当たりが無い訳ではありません」

 

 ロベルト、ランドールと思い浮かべて、ふと頭に過ったのはブライト伯爵領での一件だ。過去に起きた竜害に対処した時、その光景を偵察されていたとしたら、この恐れようも頷ける。

 私の想像でしかないが、伝えておくべきだろうと殿下に対して耳打ちをする。

 

「私が赤竜を討伐したのはブライト伯爵領周辺ですから…」

 

「その時の光景をランドールの者が見た可能性があると…ふむ、その可能性が一番高そうだね?」

 

 むしろこれ以外でここまで恐れられる理由も思い浮かばない。

 私が根こそぎ狩り尽くした賊の中に、ランドールの密偵でも居たのなら話は変わるが…とにかく私には、はっきりと「これだ」と言える要因は思い浮かばない。

 

 殿下は顎に手を当ててふむ、と呟いてから、改めてロベルトと向き合う。

 

「ランドール騎士団とレノの事はわかったよ。それに関してはもう何も聞かないけど…問題は、ノートン会計の件だ」

 

 いかにも王族らしい圧を振り撒く殿下に、見物していた周囲の人間は一歩後退る。お気に入りのペットに手を出された事が余程御冠らしい。

 

「君はあろう事か、嫌がる婦女子に近づき、拒絶されても構わず婚約を迫っていたね?」

 

「それは…ですが、先の私の言葉には一切偽りありません!」

 

 ロベルトの気持ちが本物なのは、一応理解できる。演技であんな馬鹿みたいなセリフが出てくるとは到底考えられないからだ。

 しかし、問題はそこじゃない。場所、状況、相手…どこをとっても良い所が見当たらない。

 

「別に君が誰に求婚しようと、私は構わないけどね…時と場所くらいは選んで欲しいな」

 

「しかし…」

 

「レノ」

 

「申し訳ありません!以後、気を付けます!」

 

 殿下に声を掛けられた私が何か行動を起こす前に、ロベルトは謝罪の言葉を吐いた。どうやら彼は、私が相当怖いらしい

 

「この恐縮っぷり…私はランドールでどんな風に言われてるんでしょうかね」

 

「上位竜と並べられてる位だしね。それはもう恐れられているだろうね」

 

 本来ならば下位の竜を一人で仕留めるだけでも人間離れしている偉業だ。それが上位竜ともなれば尚更だろう。

 一先ず、ロベルトの態度に多少は溜飲が下がったのか、殿下は院の教諭の方へ振り返る。

 

「後はレディング教諭に任せます…ああ、最後に一つ」

 

 そのままこの場を後にするかと思ったのだが、ふと何かを思い出したかのように足を止め、正座をするロベルトの方へ振り向く。

 

「ロベルト・ヴィンケル。私が許可するまで、モニカ・ノートンに話しかける事を禁ずる」

 

 その声は今まで以上に剣幕に満ち、有無を言わせぬような気迫が篭っていた。思ったよりも腹に据えかねていたようだ。レディング教諭やシリルもその気迫に押されている。

 

「それじゃあシリル。後は任せるよ」

 

「はい、承りました」

 

 その後、殿下は何事も無かったかのように歩き始めたので、私はその後をついていく。

 

「まったく、子リスが逃げてしまった。どうしたものかな…」

 

「次の試合までには会場に戻ってくるでしょうし、不埒者はあそこで拘束されていますからこのままでも問題無いのでは?」

 

 私の提案に、殿下は首を横に振る事で答える。どうやら放置は嫌らしい。

 

「そうだな…レノ、任せても良いかい?」

 

「ふむ…分かりました」

 

 殿下の『お願い』を、少しだけ考えてから承諾する。

 ここで殿下から離れるのはどうかとも考えたが…またと無いモニカと話せるチャンスだ。ここはモニカの知り合いとやらに正体がバレる前に、一度話しておくべきだろう。

 

「では、私はノートン先輩の捜索に出ます。もし何かあれば…」

 

「これを使えば良いんだろう?」

 

「はい。では、失礼します」

 

 殿下と別れ、ダンスホールから移動する。ある程度歩き周りに人がいない事を確認したら、小さな声でそこにはいない『ソレ』に声を掛ける。

 

「さてと…リン、モニカの場所は?」

 

「ラナ・コレットと共に化粧部屋です。しかし、問題が」

 

 私が声を掛けたのは、ルイスの契約精霊であるリンだ。彼女は風の上位精霊なので、この周辺で発生する音であれば難なく拾う事が出来る。

 しかし問題か。とてつもなく嫌な予感がするぞ。

 

「バーニー・ジョーンズに沈黙の魔女殿の正体が露呈しました」

 

 ほれみろ、やっぱりそうだと思った。こういう肝心な時に間に合わなきゃ意味がないんだって。クソッタレが。

 それにモニカは今ラナと一緒に居るらしい。ああクソ、本当に面倒な事になったな…

 

「遅かったか…ラナ・コレットの方は?」

 

「そちらは問題ありません」

 

 どのような状況で何があったのかは分からないが、どうやらモニカの正体を知っているのはバーニーだけらしい。とりあえず、現在の動向を確認してから対応を考えるか。

 

「そのバーニーとモニカの関係性は?」

 

「良好では無いようです。むしろ、かなり険悪な方かと」

 

「…バーニーは現在、何をしていますか?」

 

「ユージン・ピットマンと共に職員室へ行っています。次の試合で沈黙の魔女殿と対局できるよう手回しをしている様子です」

 

 とりあえず、無闇矢鱈とモニカの正体を吹聴するつもりは無いようだ。一先ずは安心か。

 さて、私がバーニーの方に関わる事は難しい。モニカの事情を明かして説得するにせよ、他人の目が無い場所に連れ出さなければならないし、今の状況でそれは難しいだろう。

 

 となると、モニカの方に行く事になるが…そちらも今はラナが居るので、任務についての会話は出来ないか。

 

「…はぁ、本当に面倒臭い。赤竜と戦った時の方が幾分か楽でしたよ」

 

「それは…本気で言っておられるので?」

 

「本気ですよ。少なくとも、人間よりは何をやろうとしているのか分かり易いですしね」

 

 大半の竜は基本的に人間を見下しているので、付け入る隙が大量にある。私が討伐した赤竜は比較的若い個体なのもあって、その傾向が顕著だった。

 ともかく、あちらこちらが思い思いに動き、こちらも力尽くでの対処ができない今の状況は、私にとって非常にストレスだ。

 

「では、リンは殿下の周辺に警戒しつつ、バーニーの動向にも気を配ってください」

 

「魔剣姫殿は精霊遣いが荒いですね」

 

「こんな面倒な任務のせいで手札を遊ばせる余裕が無いんですよ。今はモニカの正体が殿下にバレかねない場面ですから尚更です」

 

 現在の状況は任務の存続に関わる非常事態だ。あちこち手を回す余裕はないが、確実に対処しなければ直ぐにでも爆発しかねない問題を抱えている。

 この状況で広い範囲を警戒できる上位精霊を遊ばせる余裕は無い。私に打てる手も少ない以上、精霊遣いが荒くなるのも必然だろう。

 

「……そういえば、魔剣姫殿はこの任務に関係の無い人間では?」

 

「今更それですか?ここまで踏み込んだ以上、無視する選択肢がこちらに無いだけです。実際に暗殺未遂もありましたからね」

 

 もしも潜入してきたのがモニカで無ければ、乞われない限り私がここまで関与する事は無かっただろう。

 しかし、潜入任務に来た人間が知り合い(モニカ)ともなれば、気にしない訳にも行かなくなる。モニカの立場という面でも、モニカの性格という面でもだ。

 

「よくよく考えれば、リンが私の指示を聞くのもあまり良く無いのでは?」

 

「わたくしはルイス殿から『魔剣姫からの要請は可能な限り受けなさい』と言われているので。優先順位は沈黙の魔女殿より低いですが、余程の無理難題でない限りは魔剣姫殿のお願いも聞いてあげる所存です」

 

「なるほど、ルイスはこういった状況も織り込み済みなんでしょうね」

 

 これはルイスが私を本格的に巻き込みに来ているな。螺炎の一件の時点でそうだとは考えていたが、リンへの命令権を寄越して来ている時点で明らかだ。

 モニカの手が空いてない時に緊急事態が起きれば、私の方に動くよう依頼が飛んでくる可能性もあるという事だ。

 

「全く、これは正式な仕事として扱われるんですかね?」

 

「私からはなんとも」

 

 今回の任務が終わっても、私に対して正式に何かがあるという訳ではなさそうだ。この件はルイスへの貸しとして取っておこう。

 

 そうしてリンとの雑談をしながら到着したのは、モニカとラナの居る化粧部屋だ。扉をノックして、中にいる人の返事を待つ。

 

「誰かしら。ちょっと待ってて、モニカ。はーい、どなたですか…って、レノじゃない。どうしたの?」

 

 化粧部屋から出て来たのはラナだった。室内から聞こえて来た声から察するに、モニカもこの中に居るようだ。

 

「ノートン先輩の様子を確認しに来ました。昼食会にて少しトラブルがあったので…」

 

「え?昼食会でも何かあったの?」

 

 モニカはラナに昼食会の一件について話していないらしい。いや、話す時間がなかったのだろう。何かとトラブルに巻き込まれがちだな…

 

「とりあえず入って良いわよ。今はモニカのお化粧を直しているから、忙しないけどごめんね?」

 

「問題ありません…ノートン先輩、大丈夫ですか?」

 

「あっ、あっ、あの…その……」

 

 化粧の途中だったらしいモニカは、私の姿を見るなり挙動不審になる。正体がバレた事について伝えようとしているのだろうが、ラナが居る手前思うように話せないが故の状態か。

 

「大丈夫です、ノートン先輩。落ち着いてください」

 

 私が声を掛ければ、モニカは深呼吸をしてから頷く。バーニーの対応については確かに考えなければいけないが、ラナが居る今ここで話すべき事でも無い。

 

「それで、モニカ。昼食会で何があったの?」

 

「え、ええっと…その…」

 

 ロベルトの件はモニカにとっても言いにくいだろう…どう言って良いかも分からないし、正直に言った所で正気を疑われかねない。それくらいアイツの行動は馬鹿げていた。

 モニカもどう言えば良いか悩みに悩んでいるようだし、しょうがないので私から単刀直入に何があったのかを伝えよう。

 

「ロベルト・ヴィンケルに婚約を申し込まれたんです」

 

「こんやく……ええっ!?な、なにがあったら婚約なんて申し込まれるの!?」

 

 やはりと言うかなんと言うか…ラナもこんな事態を予測できなかったのか、私の発した単語を数秒かけて咀嚼して、ようやく驚きの声を上げるに至った。

 しかし…『何があったら』か。本当に、なんでこんな事になったのだろうか。

 

「ヴィンケルさんは重度のチェス中毒者らしく、自らをチェスで打ち負かしたノートン先輩にチェスを前提とした婚約を申し込んだのです」

 

「ちぇ、チェスを前提?」

 

 頼む、ラナ・コレット。そんな正気を疑う目で私を見ないでほしい。馬鹿みたいな事を言っているのは自覚しているんだ。

 

「本当なの、モニカ?」

 

「う、うん…本当…」

 

 ラナとて私の気が狂ったとか出鱈目を言って揶揄っているとは考えて居ないだろうが…それはそれとして、モニカに真偽を問うくらいには信じられない内容だったらしい。気持ちはよくわかる。

 

「なんと言うか、災難だったわね。あのメガネとの一件と言い…」

 

「こちらでも何かトラブルが?」

 

 バーニーとモニカの件について、本来ならば私は一切知らない事になっている。ここで詳しい事情を聞きたい所だが…モニカ次第か。

 

「えっと…すこし、ミネルヴァの生徒とトラブルが…」

 

「ふむ。私が対処する必要はありそうですか?」

 

「だ、だい、じょうぶ、です…」

 

 大丈夫だとは言っているが、どうにも不安だな。モニカの様子は…いつもの気弱さを感じさせない表情だ。これなら、と思わなくも無いが、念には念を入れたいか。

 やはり二人きりで話せるタイミングを作りたいが…モニカのスケジュールを考えると流石に無理だろうな。ここは信じるしか無いだろう。

 

「わかりました。ノートン先輩の様子を確認しに来たのは殿下の命ですので、会場に戻る際は私も同伴します」

 

「は、はい」

 

 正直、次の対局を考えるとモニカには病欠してもらいたいが…モニカの目を見ればそんな選択肢が彼女の中には無いのは分かる。さて、私はどう動くべきだろうか。

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