最強騎士の優雅なる学園生活   作:ピグリツィア

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不審者の目的は殿下の命では無く、私を過労死させる事かもしれない

 化粧直しを終えたモニカ、ラナと共にチェス大会の会場へ戻る道中、不自然な空気の振動が私の耳へと飛び込む。

 

「魔剣姫殿。バーニー・ジョーンズが次の試合に先鋒として出場する事になったようです」

 

 それは間違いなくリンの声だったが…周囲を確認してもリンの扮する小鳥は居ないし、横にいる二人にはこの声も聞こえていないらしい。

 さすがは風の上位精霊と言うだけあって、遠距離にいる特定個人に対して声を届ける事くらい造作もないようだ。

 

 予め聞いてはいたが、バーニーとモニカの因縁は相当根深いらしい。大将が先鋒に降格してまでとなると、こちらの大将であるエリオットに対する相当な侮辱になる。側から見てもプライドの高そうな彼がそんな真似をするとは、少し意外だな。

 

 しかし、この情報を得た所で今の私はどうする事もできない。モニカに伝えるのはラナが居るので不可能。リンに指示を出すのも同じく不可能だ。モニカには現場でバーニーの事を知ってもらうしかなさそうだ。

 バーニーの動向に留意しつつ、ラナとモニカの会話に意識を戻す。今はラナがモニカに化粧の必要性について説いている所だ。

 

「モニカはもっと普段から身嗜みに気を使った方が良いわよ!今日みたいな化粧は少し手間かもしれないけど、それでも簡単な物だけでも他人に与える印象はすっごく変わるんだから!」

 

「ノートン先輩に関しては、もっと食生活を良くして体作りから始めた方が良いかと思いますが…」

 

「あら、これでも編入したての頃に比べたらすごく良くなったのよ?」

 

 それは知っている。私の知っているモニカは、北部の僻地で時折見る路上生活の孤児と似たり寄ったりの酷い体だった。それが貧乏家庭の女児程度までに持ち直しているのだから、そこそこ安心したものだ。

 

「そういうレノは…騎士だし、食事には気を使ってるわよね。その身長は体質なの?」

 

「ええ、我が家の女性はもれなく女児体型(コレ)です。どれだけ食べても、コレなんです」

 

 ラナに頭の天辺から爪先までまじまじと観察される。この体型の高等部生徒を見るのはそう無いだろう。

 この体質には騎士として悩まされている。小柄なら小柄なりの戦い方もあるが、体格が良いに越した事はない。特に竜と戦う時は尚更だ。

 

「その体型じゃ着る物も難しいわよね。顔も可愛い系だし…こうしてちゃんと見ると本当に可愛いわね。表情と立ち振る舞いである程度打ち消せてるけど、どこからどう見てもちっちゃい女の子相当って感じの顔ね…」

 

 誰から見ても立派な女児である私の容姿に、ラナは興味津々らしい。仕方がない、リクエストに答えて見せようか。

 

「はぁ……ラナおねえちゃん!こどもあつかいしないで!」

 

「ほぐぁ!?」「ひいっ!?」

 

 怯える表情を見せるモニカを無視しつつ、奇声を上げたラナへと追撃すべく、ぷりぷりとわざとらしく怒った格好を取る。

 

「もー!そんなこどもあつかいするラナおねえちゃんなんてキライっ!」

 

 止めに拗ねたようにそっぽを向いて見せれば、ラナは慌てて私に視線を合わせる為にしゃがみ込む。落ちたな…

 

「ごっごご、ごめんね!?そういうつもりじゃ…待って、これ絶対からかわれてるわよね!」

 

「やって欲しそうだったので。どうでしたか?」

 

「そりゃもう似合ってたわよ、本当にびっくりするくらいね!」

 

 私の『幼女ごっこ』は、かれこれ十年以上磨き続けてきた『必殺技』だ。お父様やお母様のみならず、血族の全員に通じる武力以外の『切り札』…多少の良心があれば、この攻撃はさぞ効くだろう。

 これが通じない相手は、つまみ食いがてら練習相手にしてたせいで耐性のついた専属料理人と弟くらいだ。

 

「邪竜殺しの『魔剣姫』からあんな声とか表情が出るのは予想出来ないわね…罪悪感と庇護欲が凄かったわ」

 

「でしょう?これが私の極めた『技』の一つです」

 

「ひっ、ひいっ、ひいいぃぃぃ……」

 

 私の技術をラナに自慢していると、ひどく怯えた様子のモニカが視界に入る。そういえば、モニカにこの演技を見せたのは初めてだったか…それにしたって怯えすぎではないか?

 

「も、モニカ?どうしたの?」

 

「……ノートン先輩、しっかりしてください」

 

 ラナと私の声を聞いて、少しだけ正気を取り戻したのかゆっくりと深呼吸をするモニカ。

 ラナもモニカのあまりの怯え様に戸惑っている。斯く言う私もモニカがここまで怯える理由が分からない。

 まさかただの『幼女ごっこ』をした私を見てこの態度を取っているなら…後で色々と問い詰めた方が良いかもしれないな。

 

「す、すいません…すこし、お、お、おどろいて、しまって…」

 

「驚いたっていうより慄いたって感じだったわよ。それもすこしじゃなくてかなり…」

 

 ラナの言う通り、モニカの怯え方はあまりにも不自然だった。さっきの私の姿を見て恐れるのは幼女恐怖症患者でもない限りありえない…自分で言っておいてなんだが、幼女恐怖症ってなんなんだ。

 ともかく、ラナもモニカの奇行には慣れているのか、深く問い詰める様なこともせずに私の方へと振り向く。

 

「それよりも、レノってそんな顔とか声も作れたのね?もう騎士の所作が身に染みていたから、そういう演技はやらないしできないと思ってたんだけど」

 

「この演技はある意味で奥の手ですからね。お父様に装備の研究に出資して貰う時とかに使えば、効果覿面です」

 

「可愛らしい姿に反しておねだりの内容が物騒ね…」

 

 確かに私には『武力』というこの上ない強力な手札があるし、それに基づいた権力や資金力もある。

 しかし、手札というのはあればあるだけ良いものだ。武力や権力は無闇に振り翳せば敵を作りやすい物であるから尚更に。これは私の持てる数少ない『穏便な交渉手段』なのだ。

 

「それで、レノは学祭の夜の舞踏会はどんな服で来るの?」

 

「一応、式典用に持っている服があるのでそれを着ます。この姿に似合う、可愛らしく動き難い奴ですよ」

 

「動き難いはともかく、やっぱり可愛い系の服なのね?レノに似合うドレスとなると、どうしても可愛い系になるとは思ってたけど…」

 

 ラナはファッションや化粧についてとても詳しい。それこそ改善してきたとは言え、未だ栄養失調の気が抜けないモニカを年相応の姿に変身させられる程に。

 西部の豪商の娘であるならば、流行り廃りにも敏感なのだろう。その知識の深さは私とは比べ物にならない。

 

 そんな彼女は、私の学祭の装いに関して興味を示している。可愛い系となると、やはり騎士としての私のイメージからはかなり離れた物となるのだろう。

 それに関しては私も把握しているし、着ようと思えばもっと大人びたドレスもあるのだが…それでも私が『可愛い系』の服装を選んだのはきちんとした理由もある。

 

「やろうと思えば綺麗なドレスも行けそうだけど、そっちにはしないの?」

 

「それも考えましたが…殿下が近くにいるので、装飾が多くゆとりのある服装を選んだんです」

 

「あ〜、確かに可愛い系のドレスならゆとりが取りやすいわね……待って。ねえ、装飾とかゆとりって()()()()事?」

 

 私がドレスを選ぶ基準について、別に気づかれなくても構わないという程度に濁して伝えたが、被服に詳しいラナはその部分にどういった含みがあるのかを理解してくれたらしい。

 

 私が装飾が多くゆとりのある服を選ぶ理由はただ一つ。武器や防具を仕込められるからだ。

 流石に魔剣のような長物を仕込む事は出来ないが、投擲に適した道具やちょっとした鈍器であれば違和感なく用意する事ができる。別に武器がなくても戦えるが、緊急時には少しのリーチでも稼ぎたいので、これはとても大事だ。

 

「え、それって良いの?いや、許可は取っているのかしら…」

 

「まあ、そうですね。私もいつでも動けるように備えなければならない立場ですから」

 

 ちなみに許可は取っていない。下りる筈もない。今まさに殿下の命が狙われていると言うのなら別なのだろうが、そうでもない平時に武器を携帯するのは流石に駄目だ。

 しかし、ついこの間、この学園の生徒からも命を狙われている事が判明したのだ。流石に備えない訳にもいかないだろう。

 

「はぁ〜…勉強になるわね。女性騎士ってなるとそういう手も使える様にならないといけないのね?」

 

「これに関してはグロスシュヴェルトの特異性だと思いますよ」

 

「…怖いわね、グロスシュヴェルト家」

 

 『凡ゆる命関わる懸念には、手段を問わず備えよ』…4代目様の言葉だ。この言葉に限らず、我が家に伝わる言葉の大半は血によって書かれている。何かがあってからでは遅いのだと歴史も証明している。

 なので私もこうして後ろめたい方法で備えるのだ。殿下に何かが起きてから備えたところで意味が無い故に。

 

「ねえ、今度そのドレスとか小物を見せてもらっても良い?どんな服にどんな機能を持たせてるのか知りたいの」

 

「ええ、構いませんよ。別に隠している訳でもありませんからね」

 

 ラナは我が家の服の『仕込み』にも興味があるらしい。

 我が家の被服に関しては、デザインにはあまり力を入れていないが、暗器はとても力を入れている。本格的な女性用のドレスに完全武装ともなると、軽装鎧よりもよっぽど重くなる。

 今回はそこまで重武装にする気はないが、複数の飛び道具と暴徒鎮圧用の棍は用意するつもりだ。これだけでもラナの好奇心を満たすには十分だろう。

 

 そうして来たる学祭、及びその後の舞踏会の装いについてラナと話をしていたが…ここでふと、モニカの当日の装いについて思い至る。

 モニカが自前のドレスを持っている事はまず無い。ならばケルベック伯爵家の伝手でドレスを仕入れられるかと言えば…モニカにそんな度胸がある筈もない。

 私にも相談は無かったし、ルイスの方に相談している可能性も無くは無いが…正直に言うと、モニカにそんな気を回す能力は無いと考えている。

 考えても仕方がないか。ここはきちんと聞いてみるとしよう。

 

「そういえば、ノートン先輩はどのようなドレスを着るのですか?」

 

「うぇ!?わ、わわわ、わた、わたしは…」

 

「モニカには私のお古を貸すわ。この子、ドレスを用意していなかったのよ?」

 

 なんと、まあ…まさかそんな事になっているだなんて予想もしていなかったぞ。とにかく、当日になって慌てる事態は避けられたようで安心した。

 

「まったく、生徒会役員が舞踏会用のドレスを用意して無いなんてなったら、大恥じゃ済まないわよ?」

 

「そうですね…生徒会は学園の代表ですから、相応の格好でなければ務まらないでしょう」

 

 生徒会役員ともなれば、否応なしに注目を集める立場になる。そんな人間が舞踏会に制服で出れば悪目立ちするだけだ。

 ただでさえ目立つのが苦手なモニカがそんな目立ち方をすれば…一週間は人前に出られなくなるかもしれない。そうなったら任務にも支障を来すだろう。

 

「ノートン先輩はケルベック伯爵家に頼る事は難しいでしょうから、良かったです」

 

「あー…そういえば扱いが良くないんだっけ」

 

「いいい、いえ!良くしてもらっています!」

 

 モニカの場合、本気でそう思って発言しているのだろうが、ラナがモニカの言葉をそのまま受け取る筈もなく、同情的な視線を送る。

 

「うーん…だとすると自分でドレスを用意するのは難しかったかもしれないわね」

 

「そうですね。流石に生徒会役員ともなれば融通を利かせてくれるかもしれませんが…」

 

 実際、モニカがイザベルに相談すればイザベルは快くモニカのドレスを用意してくれるだろう。

 対外的な建前を用意する必要はあるが、イザベルであれば手間を惜しまずモニカの支援をしてくれる筈だ。

 

 そうして雑談を挟んでいれば、いつの間にかチェス大会の会場まで戻って来ていた。

 セレンディアの試合は次で終わりだが、バーニーの件もある。気を引き締めなければならないだろう。そう考えながら、ダンスホールの扉を開けると…

 

「…ね、ねえ。アレは?」

 

「ただの馬鹿です。気にしないでください」

 

 背中に『反省中』と書かれた紙を貼って、正座をしているロベルトを見たラナとモニカが絶句している。

 モニカに気がついたロベルトが口を開いたのを見て、私はモニカを庇うように前に出てロベルトを睨みつける。そうすればロベルトは口と目を閉じて、反省している格好を見せる。

 それで全てを察したのか、モニカとラナはロベルトから目を逸らした。

 

「じゃあモニカ、頑張ってね」

 

「健闘を祈ります、ノートン先輩」

 

「は、はい!頑張ります!」

 

 モニカに激励の言葉を掛け、エリオットとベンジャミンの元へ送り出す。バーニーの件に関しては何も言えなかったが、ここはモニカの成長を信じるとしよう。

 

「では、私も殿下の側に向かうので失礼します」

 

「分かったわ。お仕事、頑張ってね」

 

 別れ際、ラナにかけられた言葉に口をもにょもにょと動かして微妙な表情を浮かべてしまう。

 

「え、私何か変なこと言った?」

 

「いえ…側から見ればお仕事なので…」

 

 今の私はどこからどう見てもお勤め中の騎士様なのだが、実際はただの一学生だ。誰に言っても信じてもらえないだろうが、制度上はそうなっている。

 ついこの間までは実際に騎士として働いていたので、申請すればきちんと給金も出るが、今の状況では騎士としての給金は支給されない。名実ともに立派な学生だ。

 

 ともかく、微妙な気持ちになりながらもラナと別れ、ロベルトの側に居る殿下の元へと向かう。

 

「お疲れ様、レノ。モニカの様子はどうだった?」

 

「問題は無いかと。ラナ・コレットの手で化粧直しをしていたので遅れましたが、件の騒動に関してはあまり気にしていないように見受けられます」

 

「それは良かった。もしもあの件が尾を引いて、次の対局に影響が出たら問題だからね」

 

 もしもモニカがあの求婚の件を引き摺っていたら、殿下はどうするつもりだったのだろうか。少なくとも、殿下お得意の迂遠で詩的な口説き文句はモニカには通じないだろう。

 

 そのまま会場の様子を見ながら、ミネルヴァ側の代表選手を待っていると…来た。バーニー・ジョーンズだ。

 先に着席していたセレンディアの選手の向かいに、ミネルヴァの生徒が座っていくのだが…事前の情報通り、大将である筈のバーニーはエリオットの居る席には座らず、モニカの待つ机へと向かっていく。

 

「おや?彼は確か大将じゃなかったかな?」

 

「バーニー・ジョーンズですね。確かに彼はミネルヴァの大将として登録されていた筈ですが…」

 

 殿下の質問に対し、私はその情報が真であると肯定の返事を返す。

 試合の直前だった事もあり、選手の交代は通告されていないらしいが…今、司会席から観客へ、バーニーが先鋒に移ったとの通達が送られた。マナーは悪いが、きちんとした手続きの上で交代をしているので騒動もあまり大きくはない。

 

「行儀が良いとは言えないけど、あれも戦術ではあるか」

 

「先の試合ではノートン先輩の実力が遺憾無く発揮されていましたからね。相手に警戒されるには十分だったでしょう」

 

 側から見ればモニカを警戒した上での戦術だと見られているが…真相は個人的な因縁だ。

 その為だけにこんなお行儀の悪い事をしたのかと呆れたくもなるが、こういった因縁の重さは本人にしか分からない。ここは余計な事を言わず様子見に徹しよう。

 

 


 

 

 時間にして二十分。モニカがバーニーを下すのに所用した時間だ。

 

「これは…」

 

「圧倒的、だね」

 

 既に盤面は決着済み。あとは流れ作業で相手を詰めるだけ。そんな消化試合とも言える盤面だが、未だ対局は続いている。

 

「もはや見苦しいですね。命が懸かっている訳でも無いチェスでここまで足掻くのは…」

 

「まあまあ、あまり厳しい言葉を使わない方がいいよ」

 

 本来であればこの盤面が見えてきた時点で投了すべきなのだが…バーニーは悪足掻きをしている。因縁からか、それともプライドか…理由はわからないが、側から見ても面白い物ではない。

 結局、モニカとバーニーの対局は最後の最後(チェックメイト)まで続いたが…それでも、三十分も掛からずに終わっている。

 

「おや」

 

「はぁ…」

 

 モニカに負けたのがよほど癪に触ったのか、バーニーは一度頭を掻き毟ったあと、挨拶も無しに席を立ち、会場を後にした。散々だな。

 モニカはそれを気にした様子も無く盤面を見ていたが、しばらく待つと、ハッとした様子で顔を上げて周囲を見回し、バーニーの後を追うように会場を出る。

 

 個人間の因縁は当人同士で解消してほしいが…今のモニカは王命を背負う身だ。何かがあってからでは遅いし、いつでもカバー出来るように近くに居るべきだろう。

 

「すみませんが、様子を見に行ってきます」

 

「それが良さそうだ。モニカを頼んだよ」

 

 殿下の許可を取り、ダンスホールの入り口を出る直前。こちらを見るラナに一つアイコンタクトを送ってからモニカに続いて私も会場を後にする。

 

「まったく、モニカとあいつはどんな因縁があるんだか…」

 

 チェス大会が始まる前は、こんな事態になるなんて考えてもいなかったが…とりあえず、バーニーが無闇にモニカの正体を言いふらすような人間で無かった事は幸いだった。

 モニカとバーニーの仲は険悪なのだろうが、モニカの身分からここに居る理由に当たりを付けたのだろうか?

 

 バーニーが向かったであろう選手控え室まで向かう道中…遠くから争うような音が聞こえてくる。流石に暴力沙汰が起きるとは思えないが、少しだけ足を早める。

 そうして空いている控え室の扉から、気配を消しつつ中を伺うと…全身が濡れたモニカ、片腕が変質しているユージン、そして床に倒れるバーニーの姿が見えた。

 緊急事態が起きたのだろう。そう認識した瞬間に体が臨戦態勢へと入る。

 

「すみません、遅れました」

 

「れ、レノ…さん…」

 

 びしょ濡れのモニカの横を抜け、ユージン・ピットマンの懐へ飛び込む。状況から見てこいつが悪巧みしていたのだろう。違ったらその時考えれば良い。

 

 モニカから一撃をもらったのか、よろめいていたユージンは視線のみをこちらに向け、何かを呟きながら鱗状に変質した腕を振るってくる。

 明らかに人のそれではない形状の腕に、少しだけ気を取られたが…攻撃としては弱いと言わざるを得ない。

 伸びて来た腕を片手で掴み取り、叩き折るつもりで手刀を振り下ろす…が、見た目通り硬質な鱗に阻まれて、骨に罅を入れる程度に収まる。表皮は派手に砕けているが、想定よりもダメージは低いだろう。

 

「ガァッ!?」

 

「出鱈目な硬さですね…一般人なら腕が千切れ飛ぶ強さで叩いたんですが」

 

 相当強めに叩いたつもりだったんだが…この感触から察するに、かなり高精度に竜の鱗を模した物だったらしい。

 モニカの状態から相手に魔術の心得があるのは分かっているので、間髪入れずに詠唱を封じるため顎を砕き、逃がさないように左脛を叩き折ったら右膝を砕く。止めに鳩尾に死なない程度の掌底を叩き込めば鎮圧完了だ。

 偽ユージンは吹き飛んで壁に全身を強打…壁に派手な罅が入ってしまった。言い訳を考えなければいけないな。

 

「ひ、ひええぇぇ……」

 

「…魔剣姫は本当に人間なんですか?この侵入者よりよっぽど人間を辞めている様な動きに見えたのですが」

 

 うつ伏せに倒れた偽ユージンを、顔を見る為に仰向けになるように蹴る。白目を剥いて、砕けた顎が情けなく開いているが、生きている。意識が完全に途絶えているのを確認したら、次は負傷したバーニーの様子を確認する。

 これはこっ酷くやられたな。喉に一撃入れられているし、顔面に攻撃を入れられたのか口端は切れて鼻も折れている。

 

「手酷くやられましたね。簡易的なものですが手当てをします。歯を食いしばってください」

 

「ぐうっ!?」

 

 折れた鼻を元の位置に戻し、ハンカチで目立った場所の血を拭う。頭を踏みつけられた時に切ったのか出血が目立つが…命に別状はなさそうだ。

 

「頭の傷は血が出やすいので、押さえていた方がいいです。自分で出来ますか?」

 

「は、はい…」

 

 バーニーは私の質問に対して、少し掠れた声で返事を返す。受け答えに問題は無さそうだし、今出来る手当はした。次は周囲の警戒か。

 そう考えて気を張り詰めていると、窓から一羽の鳥が入ってくる。

 

「刺客の排除、お見事でございます。沈黙の魔女殿、魔剣姫殿…ふむ、これが巷で話題の現代アートですか」

 

 手足が無茶苦茶な方向を向き、でろんと力無く口を開く偽ユージンを見て馬鹿みたいな感想を言い出したのは、ルイスの契約精霊のリンだ。

 

「馬鹿なことを言ってないでください、リン。仲間がいる可能性もあるので、周辺の警戒をお願いします」

 

「かしこまりました」

 

 リンに指示を出したら、次はモニカの状態の確認だ。一目見たところ、モニカは水の魔術による攻撃を受けたようだが…目立った外傷は見当たらない。

 

「モニカ、怪我はありませんか?」

 

「だ、大丈夫、です。れ、レノさんは…」

 

「見ての通り、かすり傷一つありませんよ」

 

 受け答えもしっかりしているし、毒を盛られた可能性も低そうだ。

 明らかに攻撃を受けていない私を心配したのは気になるが、モニカの方は一先ず問題なしと見て、治療済みのバーニーの方へと視線を移す。

 

「ご挨拶が遅れましたね、バーニー・ジョーンズさん。私はレノ・グロスシュヴェルト。分かりやすく言えば魔剣姫です。見ての通り、今モニカ・エヴァレットは任務中なのです…積もる話もあるとは思いますが…」

 

「…大丈夫、です。話は合わせます」

 

「魔剣姫殿、シリル・アシュリーとニール・クレイ・メイウッドの2名がこちらへ向かってきています」

 

 リンからの報告を受けて、私はモニカに自分の後ろに下がるように指示を出しつつ、部屋の出入り口を警戒する様に構える。

 ユージン・ピットマンが成り代わられていた以上、他の人間が成り代わられていない確証も無いからだ。可能性は低いと思うが、シリルとニールを警戒しない訳にもいかない。

 

「失礼する…これは、何があったんだ!?」

 

「特殊魔装騎士団団長レノ・グロスシュヴェルトが命じます!シリル・アシュリー!今すぐ戒厳令を出してください!ニール・クレイ・メイウッド!警備員を6名以上呼んでください!不審者の拘束と二人の護送を任せます!」

 

「っ!了解しました!」「はいっ!」

 

 室内に入ってきた二人に対して、有無を言わせぬ気迫を込めて指示を出す。怪しい行動を見せたら速攻で鎮圧するつもりだったが、特に不審な挙動は見受けられないのでそのまま離れていく姿を見送る。

 リンが陰からサポートしてくれているとは言え、私とモニカが揃って殿下から離れている現状はかなり不味い。

 本来ならば私は今すぐにでも殿下の護衛に向かうべきだが…流石に一般人として振る舞っているモニカと、本当に一般人であるバーニーをこの不審者と一緒に放置する訳にもいかない。

 

「バーニー……」

 

「……協力するのは、魔剣姫に頼まれたからです。貴方の為ではありません」

 

 何やらモニカとバーニーが話しているが、今は関わるだけの余裕もない。頭の中で今日の警備員の配置を思い出しながら、モニカに対する指示出しもする。

 

「モニカ、ここは全て私が解決した事にしておいてください」

 

「わ、わかりました」

 

 シリルとニールに指示を出してからそう時間も経たない内に、ドタドタと10人の警備兵が私たちのいる部屋へと乗り込んでくる。

 警備員の顔は粗方頭に叩き込んでいたので、全員が見覚えのある顔という事実に安堵し…直後、舌打ちを漏らす。まだ変装という線は残っているからだ。

 

 しかし今は人員を選り好みできる状況でも無い。この中に敵の仲間が居たら最悪だが…数秒の思案を挟み、警備員たちに指示を下す。

 

「モニカ・ノートンとバーニー・ジョーンズを医務室へ。犯人は魔術師ですが、肉体を変質させる魔術による肉弾戦の心得もあります。気を付けてください。何らかの手段で変装していましたので、仲間が居る場合、同じ技術で警備員に成り済ましている可能性もあります。最低でも3人1組を厳守して動いてください。私は殿下の護衛に回ります。ここは任せました」

 

「分かりました!」

 

 警備員にモニカとバーニーの護送と不審者の捕縛を任せ、私は殿下の元へと向かう。魔剣は持ってくる時間も惜しいので無し。現場で適当な人員から武器を譲ってもらおう。

 

 他校からの客人や、チェス大会を観戦するために集まった生徒たちの集まるダンスホールへと足を踏み入れる。既に侵入者についての報告を受けているのか、緊張状態の警備員や生徒達の視線が私に注がれ、空気が弛緩するのを感じる。

 

「…お待たせ致しました。特殊魔装騎士団団長、レノ・グロスシュヴェルト、只今よりフェリクス・アーク・リディル第二王子殿下の護衛に就きます」

 

「ああ、レノ。来てくれたか」

 

 運良く殿下に危害を加えられる事態は避けられたらしい。

 殿下の様子を伺いながら、周囲の人間と距離を取っているのを確認して、殿下に耳打ちをする。

 

「既にユージン・ピットマンに成り済ましていた人間は捕まえましたが、仲間がいる可能性は排除できていません。前回の時とは事情が異なりますので…」

 

「ああ、分かっているよ」

 

 殿下への簡単な報告を済ませたら、次は警備員を数名呼び寄せる。

 

「警備員は3人1組を厳守して動いてください。不審な動きをしている人間が居たら問答無用で拘束してかまいません。これを全ての警備員に伝達してください」

 

 

 

「はぁ…今まで以上に面倒な事態になりましたね。近衛騎士の招集も視野に入れるべきでしょうか」

 

「君がそこまで言うなんて、そんなに厄介な相手なのかい?」

 

「外見は完璧に模倣していた様です。私が確認した際も、目立った違和感などはありませんでした」

 

 この状況で外部の人間を増やすのはあまりいい手段とは言えないが…それ以上に警備の手が足りないのが現実だ。ついでに警護の指揮も、もっと手慣れた人間に任せたいというのもある。

 

「ああ、クソ。やるべき事が多すぎる…場合によっては学園内の生徒含めた関係者全員の身元を確認し直す必要も出てきましたね」

 

 はっきり言って、今の状況は酷く悪い。不審者は他人に成り済まして侵入してきたので、見知った顔が実は侵入者だった、なんて事態も有り得る。しかし片端から本人確認を取れる時間も人手も無い。

 

「バーニー・ジョーンズとモニカ・ノートンへの事情聴取も必要で…警備計画の再編も…でも私は殿下から離れられないのか…私の数が足りない!」

 

「無理はしないでくれ。君に倒れられるといよいよ収拾がつかなくなる」

 

 ついつい零れた私の妄言に、殿下は本気で心配しているような口ぶりで労わってくる。私が足りないと言うのは冗談だが…人手が足りないのは本当だ。

 

「残念ながら、今は無理をしなければならない場面ですね。相手の正体も分かってませんし、仲間の有無すら確認出来ていませんから…」

 

 不審者に仲間は居るのか?居たとして人数は?学園内に侵入しているのか?欲しい情報は多いが、肝心の不審者は簀巻きにされておねんねタイムだ。学園内で起こす訳にもいかないので、情報を得るにせよ暫く時間がかかるだろう。

 

「はぁ…何処のどいつがこんな時期に暗殺を企てたんだか。少なくとも私の名前が抑止力にならない事は証明されましたね」

 

「もしくは居ると分かっていても引けない事情があるか…だね?」

 

 殿下は鎌を掛けているのだろうか。まるでケイシー・グローヴの件を隠喩するかのような口振りに、私はため息を吐いてしまう。

 

「そうなると交渉ではどうにもならないので面倒ですね…とりあえず早馬で衛兵を呼んでいるので、それが到着するまでは膠着状態になります」

 

「どれくらいで到着する?」

 

「二十分前後かと。事が事ですから、相応に人員を用意してくるでしょう」

 

 殿下の護衛、下手人の連行、被害者からの事情聴取に本物のユージン・ピットマンの捜索…この件に必要な人手はかなり多い。それだけの人数を動員するとなれば、相応に時間もかかるだろう。

 一先ずは護衛と連行。これをする為の先遣隊が送られてくるだろう。私はそれまでここを離れられない。

 

「クソ、学祭が目前に迫ってるとなると…今回こそ過労死するかもしれませんね」

 

「…本当に、無理はしないでおくれ?」

 

 私とて過労死はしたくない…だが今は、無理をしなければならない場面だ。せいぜい死なない程度に頑張ろう。

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