最強騎士の優雅なる学園生活   作:ピグリツィア

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おおらるふよ!こっせつていどでひっこんでしまうとはなさけない!

 今日はとうとう学祭当日だ。警備はスカスカ、前日捕らえた不審者も脱走したとなると…不安にも程があるが、それをなんとかするのが私とモニカの役目だ。

 服の下に仕込んだ暗器や、いざという時の為の遠距離攻撃用魔導具の確認は既に済ませた。私とて『魔剣姫』と呼ばれてはいるが、魔剣だけの騎士ではないのだ。

 あとは化粧を施してもらえば……準備は万端。殿下との待ち合わせ場所まで行くとしよう。

 

「では、征ってきます」

 

「行ってらっしゃいませ、お嬢様。どうかご武運を」

 

 これから私が行くのは、ただの学園行事ではない。これも立派な政治活動であり、騎士としての護衛任務も兼ねているのだ。

 護衛は言わずもがな、殿下と共に賓客の接待をするとなると半端な田舎貴族は居ないだろう。そういった政治面でも気は抜けない。

 貴族として生まれたからにはこれも必要な事だとは理解しているが…やはり、苦手意識は拭えないな。

 

「クソ、普段は化粧なんてしないから顔に違和感が…」

 

 化粧のせいで顔面を覆われているような違和感を感じる。拭いたくなるが、我慢しないと大惨事になるし…本当に面倒だな。

 とにかく、今日はいつにも増して礼儀正しく過ごさないといけない。それも騎士としてではなく貴族としてだ。私の苦手な事のオンパレードだな。

 

 内心で延々と愚痴を吐きつつも、フェリクス殿下との待ち合わせ場所へ向かう足は止めない。彼も今日は生徒会長としての職務をこなしながら、来賓への挨拶や接待もしなければいけない多忙の身だからだ。

 そうして待ち合わせ場所へと来てみれば…既にフェリクス殿下が護衛を従えて立っていた。時間的には早めに来たつもりだったが、これも殿下の気遣いか。

 

「お待たせしました、フェリクス殿下」

 

「やあ、レノ。随分と早いじゃないか。今日はいつもより綺麗な雰囲気だね。普段の騎士としての凛々しさも捨て難いけど、今の君は立派な辺境伯令嬢だ」

 

「ええ、殿下の横に立つ事になった以上、妥協は許されませんからね。慣れない化粧もして来たんですよ」

 

 殿下の甘言に素っ気無く返事を返すと、殿下は「君らしいね」と薄い笑みを浮かべながら、改めて私の容姿を見る。

 

「薄々勘付いてはいたけど、普段は化粧をしていないんだね」

 

「面倒ですし、騎士が化粧をしていたら…ほら、悲惨な状態になる可能性も高いでしょう?それに幸い、化粧に頼らなくても良い外見ですしね」

 

 そう言いながら小首をかしげて、とても良く整っていると自負している自分の顔を両手で指差せば、殿下は苦笑いを浮かべる。さしもの殿下も、異性の容姿については触れ辛いか。

 

「まあ、騎士の件については理解出来るし、君のその見た目なら化粧をしていなくても不自然ではないだろうけどね」

 

 そう話す殿下の視線は、私の顔…ではなく、頭頂部だ。殿下は私の女児体型を指して化粧はいらないだろうといっているのか?それはそれで正論なのだが…違うのだ。

 

「容姿に関しては、そちらの意味では無かったのですが…まあ良いでしょう。では、本日はよろしくお願いします」

 

「ああ、良い学祭にしよう」

 

 とうとう学祭が始まる。あらゆる懸念の中、私は最後まで殿下を守りお嬢様らしくいられるのか……前者はともかく、後者に関しては本当に自信が無いな…

 


 

 フェリクス第二王子殿下と学祭を回ると言う事は即ち、来たる来賓の接待を任されるという事だ。

 これで二桁に入ろうかという人数の来賓と挨拶をすれば、否が応でも慣れると言ったものだ。

 

「本日はお忙しい中、ご足労頂きありがとうございます。──公爵」

 

「おお、これはご丁寧に…して、そちらの子は?」

 

 そして、この質問も二桁に入ろうとしている。出会う貴族の誰も、私の素顔を知らないのである。貴族としての顔出しはしていないし、国の儀礼に出席するときは大抵完全装備で顔が隠れているので無理も無いが…ここまで多いとうんざりするな。

 

「フェアニッヒ辺境伯家、レノ・グロスシュヴェルトでございます」

 

「な、なんと…あの魔剣姫殿でございましたか。これは失礼」

 

 そして、名乗ったら名乗ったで一歩後退られるのもなんと言うか…失礼じゃないか?殿下に愚痴を溢したら「君が王城で『深淵の呪術師』にやった事を思い出してごらん」なんて言われたので、渋々とだが受け入れている。

 

 ともかく、この後は殿下と来賓が適当に話して(時々私に話を振りながら)、次の来賓へと挨拶しに行く。これの繰り返しだ。

 

 そうして何人と挨拶をしたのだろうか。ふと、周囲に僅かながら緊張感が走っているのが感じ取れた。

 それは学生たちではなく、数名の貴族…それも、名のある貴族たちから醸し出された物だった。彼らはある方向を一瞥するなりそそくさとこの場から離れていく。

 そちらを殿下と共に見てみると、目に映ったのは…私にとって馴染み深い紋章を掲げた、()()が牽く馬車から一人の偉丈夫が降りてくる光景だった。

 

「…レノ、君、家族を呼んだのかい?」

 

「はい。護衛から外された時に…まさか本当に来れるとは思ってませんでしたがね」

 

 彼の姿を見た殿下が、僅かに驚いたような表情を見せた。私としても駄目元の保険ではあったのだが、これで学祭の間に不審者が出てもどうとでもなるだろう。

 190cmを優に超える背丈、礼服の上からでも分かる程に洗礼された肉体に、その戦歴を窺わせる精悍な顔付き……彼はフェアニッヒ辺境伯家当主、アレックス・グロスシュヴェルト。私のお父様だ。

 

 お父様は私の姿を見て、笑顔を浮かべ…横にいる殿下に視線を移すと、見た目に似合わぬ柔らかな表情を浮かべた。

 

「ご機嫌よう、フェリクス・アーク・リディル第二王子殿下」

 

「フェアニッヒ辺境伯…本日はお忙しい中お越し頂き、ありがとうございます」

 

 お父様とフェリクス殿下の二人が会話している場面を、周囲の人間は遠巻きに、戦々恐々としながらも静観している。

 二人は周囲の沈黙も気にせずに会話を続けているが…その表情とは裏腹に、空気は穏やかとは言い難い物だ。

 

「フェアニッヒと言えば、最近はケルベック伯爵領での竜害に対する事後処理の協力に当たっていたと記憶しているのですが…」

 

「ええ、娘から招待されまして。この子がこういった祭りに参加するのも多くなく、仕事を早めに済ませて来たのです。それに、私が率いる兵団は、私が居なくとも問題なく動けますから」

 

「お母様は?」

 

「予定が合わなくてな。今日来れたのは私だけだ」

 

 なるほど、それなら仕方がないか。こういった行事であれば、お母様も居てくれた方が心強いが、わがままも言えない。お父様が来てくれただけ良かったと考えよう。

 

 それに、元より私が呼びたかったのはお父様だ。お母様も武術の心得があるとは言え、兵団を率いるお父様と比べると流石に見劣りしてしまう。

 お父様なら暗殺者の一人や二人程度なら片手間で返り討ちにできるし、万一の時に殿下を任せられる。それにフェアニッヒの名の抑止力も小さくは無い筈だし…これなら学祭の間は少しだけ安心できるだろう。

 

「ところで、殿下。先日の騒動について、少し質問があるのですが…」

 

 そんな事を考えていると、社交辞令の応酬をしていたお父様から僅かばかりの険が混じった声が飛び出す。

 何事かと思ってお父様の顔を見てみれば…笑顔は作っているが目は笑っていない。これはあまり良くない雲行きでは?ここで大喧嘩勃発なんて事態は避けたいのだけど。

 

「レノを護衛から外した件について、ご説明願えますか?」

 

 お父様の質問を聞いた殿下が、スッと目を細めるのが見える。下手な返事をすれば第一王子派に弱みを掴まれる事にもなるので、相当に神経を使う受け答えをしなければならないだろう。

 

「彼女は確かに騎士であり、王家に…いえ、()に忠誠を誓うフェアニッヒ辺境伯家の一人です。ですが、この学園にいる以上、彼女の学生という身分も蔑ろにされてはいけないと考えているのです」

 

 殿下は私の身分を言い訳に使うらしい。まあ、私も学生としての本文を疎かにしている自覚はあるが…それでも騎士としての義務の方が重要なのは、比べるべくもないだろう。

 

「既に一度、数週間拘束したというのに、学祭まで自由に過ごせないのは…個人的にも、看過し難い事態だったのです」

 

「…なるほど。まあ、そういう事にしておきましょう」

 

 なんと言うか…思っても無い事をペラペラと上手く言った物だな、という感想が浮かび上がる。

 しかしお父様もここで事を荒げるつもりは無いらしく、殿下の言い分をそのまま受け取るようだ。私としても一安心だ。

 

「それでは、学祭の成功を心よりお祈り申し上げます。私はこの辺りで…」

 

「ええ、ぜひ学祭を楽しんでください」

 

 お父様もここで他の貴族との交流をするのだろう。私の想定よりも早く話を切り上げて、他の貴族の方へと向かっていく。

 セレンディアがクロックフォード公爵のお膝元なのもあって、第一王子派の貴族は少ないが、居ない訳ではない。彼らとならお父様でも問題なく話せるだろう。

 

「…こういうのは、予め伝えておいて貰いたかったなぁ」

 

「重ねて言いますが、私も来るとは思ってなかったんですよ。ケルベック領への支援が一段落したとは言え、黒竜への警戒は続いていますし、私が居ない分の穴を埋める仕事もありますから…」

 

 離れゆくお父様の背中を殿下と二人で見送り…ある程度離れた辺りで、殿下は苦笑いを浮かべながら呟いた言葉に返事を返す。

 セレンディア学園に入学する以前の私は、竜害の前線に率先して出ていた。そんな自分が抜けたのだから、前線に掛かる負担は少なくないだろうと考えていたし、実際ルイスから愚痴がこぼれる程度には仕事が増えたと聞く。

 そんな状況で、北部山岳猟兵団を率いるお父様に暇ができるとは考えていなかったので、今回時間を作ってここまで来てくれたのは想定外だった。

 

「……君は、愛されているんだね」

 

「ええ、そうですね。自覚はあります」

 

 そう言う殿下は…恐らく、家族とは上手く行っていないのだろう。少なくとも、殿下の母親は彼が幼い時に亡くなられているし、祖父であるクロックフォード公爵との関係は良好には見えない。父親に関しては言わずもがなだ。

 

 しかし、気のせいだろうか。殿下の目は、どこか遠くの古い記憶を見ているようにも見える。母親との記憶だろうか?

 こんな時、どのように相手に接すれば良いか分からない。少なくとも、そう易々と触れられるような事情ではないのは表情から読み取れるが…考えても仕方がないか。

 

「…まだ挨拶すべき賓客も多いですし、そちらへ向かいましょう」

 

「ああ、そうだね」

 

 私の言葉によって、殿下はいつもの柔和な笑顔に戻る。どうしても引っかかる部分はあるが…気にしないようにすべきだろう。

 


 

 その後、追加で多数の貴族を相手に挨拶をしたり、談笑をしたりと、個人的に非常に疲れる作業をして一時間程経った。時刻的にそろそろ学祭の一大イベントである演劇の客席が開けられる頃か。

 

「さて、そろそろ演劇の時間だね。舞台の方に行こうか」

 

「分かりました」

 

 殿下に連れられて野外舞台の特等席へと向かう。ここに着席する途中でルイスの姿も確認できたし、お父様も広い範囲を見渡せる後方の席に座っていた。お父様に関しては、単純に身長が高いという理由もあるのだろう。

 モニカの姿はまだ見えないが、演劇が始まるまでまだ時間はある。そのうち来るだろうと考えて探すのは控える。

 

 演劇の開始を待つ間にも、賓客の接待は続く。主な受け答えは殿下が務めてくれるが、私の方にも軍事関連の話題…特にケルベック伯爵領に現れた黒竜の話を振られるので、言葉を選びつつ返答をしていく。

 非常に面倒ではあるが…これも演劇が始まるまでの我慢だ。劇が始まれば自然と会話も無くなるだろう。

 

 

 そうして毒にも薬にもならない会話をする事数十分…ようやく、劇が始まる合図が響く。

 今日の演目はリディル王国の初代国王『ラルフ』の物語…とてもざっくりとした説明をすれば、争っていた七つの部族を纏めてから、暗黒竜退治に行くという物だ。

 竜退治と聞くと親近感が湧くが…伝承に残されるラルフの戦闘スタイルは、私とは全く異なる物だ。

 英雄ラルフは精霊の力を借りて戦うのに対し、私の戦闘スタイルは高い身体能力を活かした肉弾戦だ。共に剣は使っているが、流石に似た戦闘風景にはならないだろう。

 

 ともあれ、個人的に興味のある暗黒竜との戦いは後半の部で行われる。前半は七つの部族を纏める、いかにも王様らしい物語を演じる。

 役者はなかなかに良い演技をしているが、やはり個人的な好みからは外れているので少しだけ退屈感を感じる。もっと殺陣でもあれば良いのだが…それだとラルフが七つの部族を力で押さえつける蛮族になってしまうので、入れる訳にもいかないだろう。

 

「ラルフ役の彼、なかなか良い演技じゃないか。この間練習を見た時よりも発声がはっきりしているし、表情も良くなっているね」

 

「英雄ラルフは竜に立ち向かう人間ですからね。敵と対峙する時は大きな声を出して、自らのみならず仲間も鼓舞するのが騎士という物です」

 

「ああ、そういえば君が発声練習をするように指示を出したんだっけ?」

 

「知ってて褒めたんじゃないんですか?ええ、私の知っている発声練習の一部を伝えました。練習に付き合った訳ではないので、練習を継続していたのは彼自身の自主性による物でしょう」

 

 ラルフ役の男子の発声は、私が初めて見た時よりも断然良くなっていた。これも彼の努力の賜物だし、それに関して私がケチをつける気はない。問題は観客の反応だ。

 

「しかし…些か、盛り上がりに欠けているようですね」

 

 周囲の観客はあまり劇に集中していない。離席は目立ち、他人と話す声すら聞こえてくるくらいだ。

 ラルフの発声が良くなったとは言え、それも付け焼き刃。アメーリアも一般的なイメージからかけ離れた配役のせいで浮いている。演技は悪く無いのだが…これは如何ともし難い問題か。

 

 私はそもそも演劇にあまり興味が無いので、感想を求められても困るが…一つだけ、どうしても気になる点がある。

 さっきからアメーリア(エリアーヌ)が、時折私の方に敵意のある視線を送ってくる点だ。

 はっきりと睨んで来たりしている訳ではないのだが…明らかに敵視されてるのは分かるし、時々目が合う。明確に殿下や私に視線を向ける瞬間があるのだ。

 

「…落ち着かないですね」

 

「気にしない方が良いよ。それで、そろそろ小休憩だけど、レノはどうする?」

 

 気が付けば前半の部も終盤に差し掛かっている。この後の個人的な予定は未定だが…やはり、殿下について行った方が良いだろう。

 

「軽く軽食を取りたい気分ですが…やはり、殿下に付いていきます」

 

「無理に付いて来る必要は無い、と言いたいけど…君の立場だとそうもいかないよね。じゃあ、この後の予定を簡単に教えておこう」

 

 殿下はこの後も賓客の接待をしつつ、トラブルが起きていないか学園を歩くらしい。その道中で食堂の方にも寄るので、そこで軽食を取るとの事だ。

 そうして今後の予定を話しているうちに、演劇も一旦の閉幕を迎える。どこか乾いた拍手の中、私と殿下は席を立つ。

 

「それじゃあ行こうか」

 

「ええ、そうですね」

 

 学園の軽食も量は食べられないだろうが、何も腹に入れないよりはマシだろうし、味に関しては期待できる筈だ。

 

 学祭用の面白いメニューに心を馳せつつ、野外舞台を離れていくと…背後から誰かが駆け寄る音が耳に入る。

 瞬時に警戒態勢に入り、近づいてくる人影を確認する。演劇のスタッフを務めていた女生徒だ。手元に武器は確認できないが…明らかに、殿下を目標として駆け寄ってきている。

 殿下も足音には気が付いているようだ。ちらりと私の方を見て、歩く速度を落とした。とりあえず、まだ暗器は構えなくても良いか。

 

「す、すみません!殿下…」

 

「止まってください」

 

 走ってきた生徒が殿下を呼び止めた瞬間、私はその生徒と殿下の間に体を挟み込む。相手の生徒は驚いた表情で私を見て、一歩後退る。

 

「貴方の名前と役職を…」

 

「いや、良いよレノ。君、要件はなんだい?」

 

「じ、実は…」

 

 殿下は私の尋問を手で制して、駆け寄ってきた生徒に要件を伝えるように言う。ここは人目も多いし、あまり悪目立ちをしたくがない故の選択だろう。

 そして、肝心の要件は…どうやら舞台裏の方で事故があったらしい。その事故でラルフ役の生徒が負傷、演技の続行は不可能で、代役を殿下に務めてほしいとの事だ

 

「ふむ。腕の骨が折れた程度で、と言いたい所ですが…」

 

「流石に怪我人に無理をさせるのは良くないよ、レノ」

 

 英雄ラルフなんだから、骨が一本折れた程度で…とも考えたが、これは所詮演劇だし、ラルフ役の生徒も一端の貴族だ。無理をさせる訳にもいかないのは理解している。まあ、不注意に関しては言いたい事の一つ二つはあるが、それも私から口出しする事でもない。

 問題は、(護衛)としては、殿下には舞台の上に立って欲しくないという点か。

 

「それで、殿下に代役を…ですか」

 

「は、はい…」

 

 殿下が演劇に出れば、ラルフ役はそつなくこなせるだろう。彼の器用さは私も知っているし、外見も良い。何より、初代国王をその子孫である第二王子殿下が演じると言うのは、盛り上がる要素にもなるだろう。

 しかし、護衛の身分から言わせて貰えば、殿下には私の側に居てもらいたい。舞台上なんて馬鹿みたいに目立つ場所に居られるのは不都合だ。

 演劇に出た所でリンやモニカ、それにルイスが見ている筈なので、いざとなれば彼女が無詠唱魔術で守れるだろうが…騒動になると後処理が面倒だし、何よりこの話題で殿下の元に人が殺到するだろう。そうなっては面倒だし、ここは別の代役を立ててもらうべきだ。

 

「代役の条件は?」

 

「え、ええと…衣装は他に無く、あまり大きなサイズ変更もできないので背格好が近しい人が第一です。それと最後のシーンを考えると相応の身体能力も…あとは、演劇ですので良く通る声をお持ちの方ですとなお良いかと…」

 

 話を聞く限り、殿下は十分代役の条件を満たしている。とりあえず、殿下と同じくらいの体格をした、声がでかくて運動神経のいい人間を探すべきだろうが…そう都合良く見つかる物だろうか。

 もしも「どうしても殿下に代役を」となったら、私は万が一に備えて舞台袖で待機できる様に交渉すべきだろうか。クソ、面倒だな…

 

「殿下、どうしますか?」

 

「個人的には、生徒会長としての仕事もあるから、遠慮したい所なんだけど…」

 

 殿下も代役には乗り気では無いようだ。となると、他の代役を探してもらうべきだろう。

 

「殿下もこう言っていますし、他の代役を…」

 

「で、でも…」

 

 しかし彼女も引き下がらない。気持ちは理解出来なくも無いが、早く他の候補者を探して欲しい。

 

 そんな問答をしている最中、女生徒の後ろからラナとモニカがこちらに気が付いて近寄ってくるのが見えた。殿下も気が付いたらしく、少しだけ困った様な笑顔を見せるが、彼女らを遠ざける様な態度も取らないので、私から行動を起こすのも控える。

 

「どうしたんですか、メイベル先輩?」

 

「ああ、ラナ・コレット嬢!実はね…」

 

 ラナと女生徒…メイベルが話している間に、私と殿下はこの後の予定と、代役の可否について話し合う。

 

「代役をやりたくないのは理解しましたが…他の候補が見つからなかった場合は、どうしますか?」

 

「私が出るしかないだろうね。学祭の目玉である演劇が中止になるのは流石に看過できない…レノ、どうにかできないかな?」

 

「最強の騎士に事務仕事を求めないでください…それに私は新入生ですよ?学園内の生徒に関しては、生徒会長である殿下の方が詳しいでしょう」

 

 「この人を探してきてほしい」というお使いなら私でも協力できるが、「この条件に当てはまる人間を見繕ってこい」という仕事になると…流石に時間が少なすぎる。

 私の都合もあって、殿下を舞台に立たせるのは避けたいが…どうしたものか。

 

「あーっ!モニカ達も来てくれたんスか!丁度今、スパイス焼きが焼き上がったんスよ!あと、オレのお勧めは子牛の煮込み!学園のシェフさんが、うちの肉をめっちゃくちゃ良い感じに調理してくれて、もう肉がホロッホロなんすよ!絶品だから食べてってほしいっス!」

 

 そうして私たちがああでもない、こうでもないと話し合っていると、遠くから非常に聞き覚えのある、バカデカい声が響いてきた。セレンディアに入学してそこそこ経ったというのに、この馬鹿は大人しさの一つも学べなかった様だ。保護者(ニール)はどこだ?

 

「はぁ…多少は慎みを覚えてくれないものですかね…」

 

「あ!レノも居たんスか!会長もこんにちは!今日はうちの実家の肉を使ってくれてありがとうございますっス!もう、うちの親父もお袋も鼻高々で!オレ、一生分の親孝行したっス!」

 

 こちらに駆け寄ってきたグレンは、私の文句も気にする事なく捲し立てる。しかしグレンの実家の肉屋から食材を仕入れているのか。あとで食堂に寄りたいが時間はあるだろうか。

 

「そう思ってくれているのなら嬉しいな、ダドリー君」

 

「いやぁ、もう会長には感謝感謝っス!」

 

「そう?じゃあ、一つ…私のお願いをきいてくれないかい?」

 

「勿論っす!」

 

 嫌な予感がする。非常に嫌な予感がする。タイミング、グレンの体格…そして殿下からの『お願い』…どう考えても、そういう事だろう。

 

「殿下…私にはこいつに演技が出来る器用さは無いように見えるのですが?」

 

「体格と声質に関しては問題無いし、体を動かすのも得意そうに見えるけどね?」

 

「それは否定しませんけど…はぁ、好きにしてください」

 

 グレンは魔術師の弟子であり、彼も強力な魔術師となり得る素質を持っている。これだけ聞くと、体を動かすのが得意そうには聞こえないが…その師匠は、魔術師の中でもトップの身体能力を持つ『結界の魔術師』ルイス・ミラーだ。

 ルイスがグレンに体術の指南をして無い訳がないし、グレンも実家が肉屋という事もあって、力のいる家畜の解体作業を経験している事も知っている。身体能力に関しては十分だろう。

 

 必要最低限の要素は満たしているし、それ以外の注文は無かったので、これで良いのだろう。そう自分に言い聞かせる。私としては別に劇が失敗しても構わないし…グレンがヘマをしてルイスに折檻されても関係ない。私しーらない。

 

「ええと…レノ、本当に大丈夫なの?」

 

「…ノーコメントで」

 

 不安そうな声を滲ませるラナから全力で視線を背ける。私の意見は既に言った通りだ。

 ルイスの弟子であるグレンの身体能力は魔術師としては破格のものだし、そんじょそこらの貴族のボンボンよりもよっぽど動ける体作りをしている。その点については心配ないだろう。

 問題はグレンの頭だ。こいつにぶっつけ本番で複雑な台詞回しや演技が出来るとは到底思えないので、そこら辺は入念に調整するべきだろう。

 

「とにかく、本気でグレンを代役に立てるつもりならセリフは出来る限り少なくした方が良いですよ。あいつ、魔術師なのに碌に詠唱を覚えられないんですから…」

 

「ええ…それは魔術師としてどうなのよ」

 

 私もラナの意見には同意する所だ。まあ、グレンの魔術師としての強みはその規格外の魔力量にある。多少魔術式や詠唱を覚えるのに手こずっていても、その力を腐らせるのは惜しいだろうしルイスが見捨てる事はないだろう。

 

「じゃあ、私は衣装の微調整をしなくちゃいけないから、モニカは…」

 

「モニカはこちらで引き受けるよ。一緒に劇を見ようか」

 

 ラナが演劇の裏方に回る必要があるので、モニカは一人になってしまうがそこは殿下が責任を持ってフォローするらしい。これも生徒会としての仕事の一環とも言えるか。

 

「そうだ、レノ。君もダドリー君の演技が上手くいく様に指導を協力してあげてくれ。彼の人となりを知っている君にしか任せられない仕事だ」

 

「…分かりました。流石にグレン一人放っておくのも不安ですし、協力しましょう」

 

 個人的には殿下から離れたくなかったが、それ以上にグレンの手綱を離したまま演劇に出すのを避けたい。ここは私がグレンの為に演技の添削や、やってはいけない事を教え込むべきだろう。

 

「それでは行きましょうか、グレン」

 

「分かったっす!…じゃなくて、分かったゼ!」

 

 本当に大丈夫なのだろうか…不安しかないぞ。




ネンマツイソガシ...イソガシ...
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