最強騎士の優雅なる学園生活   作:ピグリツィア

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音を立てない立ち回りは、フェアニッヒでは必修科目です

「という訳で、彼がラルフ役の代役を務めるグレン・ダドリー君と、その補佐を務める、レノ・グロスシュヴェルトさんです」

 

 メイベル先輩の紹介と共に、私は軽くお辞儀をする。グレンは私がお辞儀したのを見てから、ぎこちなく頭を下げた。

 行動が一手遅れているのは気になるが…周りを見て空気を読めるようにはなったので良しとしよう。

 

「ちなみに、このグレン・ダドリー君…フェリクス殿下が推薦された人物です」

 

「グレン・ダドリーっス!お芝居はやったことないけど、子どもの頃に英雄ラルフごっこは沢山やったんで、自信はあるっス!」

 

「…まあ、こんな悩みの無さそうな奴ですが、私も出来る限りの補佐はします。よろしくお願いします」

 

 子供の頃にやったごっこ遊びと、観客に貴族も居るような演劇を一緒にしないでほしい。この演劇に対する侮辱とも取られかねないぞ。

 しかし、私の心配も他所に周囲の人々は、グレンの発言を苦笑いしながらも受け入れている。所詮は平民の戯言だと流してくれたのかもしれない。

 

 そんな弛緩した空気の中、アメーリア役を務めるエリアーヌ・ハイアットがグレンの前へと出て、貴族らしい一礼を見せる。

 

「アメーリア役の、エリアーヌ・ハイアットです。よろしくお願いいたします」

 

「…アメーリア役?」

 

 グレンの疑問を抱いた言葉に、私は下手な事を言わないでくれと願いながらグレンを睨む。嫌な予感がしてしょうがない。

 

「カッコいいアメーリアと、なんかイメージ違うっスね……痛いっ!?レノ、何で殴るんスか!?あだだだだ!み、耳を引っ張らないでほしいっス!」

 

 私の願いも通じず、グレンは思いっきりエリアーヌを馬鹿にし始めたので、私はグレンの耳を引っ張って頭を下げさせつつ、私も頭を下げてエリアーヌに謝罪をする。

 

「申し訳ございません、ハイアット様。この馬鹿はこの通り、礼儀の『れ』の字も知らないので…後できちんと、言い聞かせておきます」

 

「い、いえ…大丈夫です。確かにわたくしでは、偉大なるアメーリア妃に遠く及びませんから。それでも、精一杯やらせていただきますので、どうぞよろしくお願いいたします」

 

 怒っている。表情にこそ出してないし、声色も変わってないように見えるが…明らかに怒っているのが分かる雰囲気だ。

 よりにもよって公爵令嬢を怒らせるなんて…いや、グレンにそこらへんの機微を察しろと言う方が酷か。

 

 とりあえずここは一旦撤退だ。このままグレンを放置したらまた不躾な言動や行動を取りかねない。そうなればグレンも代役から降ろされかねないし…その方が良くないか?

 ……いやいや、流石にそれを理由にグレンを自由奔放に暴れさせる訳にはいかないだろう。殿下の要望に背く事にもなるし、今から代役を探すのも絶望的だ。ここはグレンの手綱を握り続けるべきだろう。

 

 何はともあれ、一度グレンの耳を引っ張りながら人気の無い所まで歩く。これ以上あそこにいたら、グレンがまた火に油を注ぎかねない。

 

「痛っ、痛たたっ!は、離してほしいっす!」

 

 エリアーヌとある程度距離を取ったところで、グレンの耳から手を離す。私とグレンの身長差はとても大きいので、グレンもさぞ歩き難かっただろう。

 

「も、もしかして…かなり怒ってる、スか?」

 

「怒り半分、呆れ半分と言った所でしょうかね」

 

 殿下にあんな態度をとっている時点で、グレンに礼節という物を求めるのは間違いだと分かっていたのだ。あらかじめ釘を刺すなり、黙らせておくなりしなかった私が全面的に悪いのだろう。

 

 それはそれとして、『やるべきこと』が増えた事にうんざりしている気持ちはある。グレンはどこから見ても立派な平民だ。ど田舎貴族の五男とかそういう次元じゃないのは立ち振る舞いで分かる。

 そうなると、グレンがどこから差し向けられた人間なのかを調べられる事になる。たいして隠してもいないので、『結界の魔術師』に辿り着くのにそう長くは掛からない筈だ。

 グレンが下手な振る舞いをすれば、巡り巡ってルイスの不利益に繋がる。個人的な交友のある彼に悪評が集まるのは好ましくないし、グレンの失態は私が尻拭いをしておくべきだ。

 

「まあ、貴族に対する礼儀に関しては、ちっとも期待していないので…とりあえず、勝手な言動は控えてください。さっきの発言はあまりにも酷い物でしたからね?」

 

「そ、そんなにスか?」

 

「むしろあの発言がハイアット様を貶める物だと考えられないのがあり得ませんが?どこからどう聞いても、アレは『お前にはアメーリア役は似合わないからやめろ』と言っているんですから…」

 

 はっきり言って、先ほどのグレンの発言は想定以上に酷い物だった。地雷も地雷、大地雷だ。

 エリアーヌがアメーリア役に相応しく無いと陰で言われているのは、この学園の生徒の大半が思う所だし、私としても違和感が生まれる配役だとは思っていた。だがそれを本人の目の前で言うのはただの馬鹿だ。

 相手は公爵令嬢。敵に回して良い事など何も無いし、グレンは所詮『七賢人の弟子』だ。はっきり言って、平民と変わりないし、もっと弁えた行動をしてほしい。

 

「あ、謝った方が良いんスかね?」

 

「ええ、そうですね。ですが演劇後にしましょう。ハイアット様も本番前で忙しいでしょうし…何より、こっちに余裕がありませんからね?」

 

 グレンも己の発言の迂闊さに気付いたようだが、今から謝罪だなんだと行動できるほど私たちに時間的な余裕は無い。

 エリアーヌの方も修正される演劇の内容調整で忙しいだろうし、グレンは今から演劇の流れを覚えて、ラルフのセリフを暗記しなくてはならない。余計な事にかまける暇はないのだ。

 

「グレンさん、レノさん、出来ました。こちらが修正した台本になります」

 

「ありがとうございます。ではグレン、まずは劇の流れを確認しましょう。それから振り付けと台詞を覚えましょう」

 

「分かったっス!」

 

 


 

 

 連絡役から受け取った台本を読みながら、グレンの演技を指導していく…まあ、私も演劇に詳しい訳では無いので、殆どは演劇関係者に任せっきりだったが。

 

「グレン、セリフは覚えましたか?」

 

「な、なんとか…?とりあえず、ラルフっぽく演技すれば良いんスよね?」

 

 グレンの言う事も間違いでは無い。間違いでは無いのだが…さっきまでの演技指導を理解出来ているのか不安になる言葉だな。

 

「セリフや振り付けはできる限り減らしましたが…不安ですね」

 

「もうちょっと信じてくれても良くないスか?」

 

「使える魔術が二桁を超えたら見直してあげますよ」

 

 碌に魔術式を覚えられない魔術師の記憶力のどこを信じれば良いと言うのだろうか。むしろ不安にしかならないぞ。

 しかし、後はグレンを信じるしか無い。グレンが舞台に立てば、私に出来る事は無いからだ。

 

 午後の部が始まるまで後数分。ここまで来れば私の仕事も無い。あとは演劇に関わる彼らに任せるだけだ。

 

「さて、私は殿下の所へ戻りますが…何かありますか?」

 

「いいえ、問題無いわ。モニカや殿下と一緒に劇を楽しんでちょうだい」

 

 多少余裕のあるラナからも、私の仕事はないと言い渡されたので、観客席の方へと戻ろう。

 モニカが側に居るとは言え、今の状況では何が起こるかも分からない。私が殿下の側に居た方が対応できる事も増えるだろう。

 問題は…殿下の側で空いている席があるか分からない所か。空いてなかったら適当な席に座るしかないが…私の役割を考えると、やはり殿下の側にいた方がいい。殿下は席を取っていてくれているだろうか。

 


 

 護衛の事や演劇の事を考えながら特等席の方へ向かい、殿下とモニカの姿を探す。午前の部の時に座っていた座席を見れば、モニカと殿下の姿。殿下の横に空席もある。

 席に近づくと、殿下も私に気がついたのかこちらを見て軽く手を挙げた。

 

「おかえり、レノ。ダドリー君の様子はどうだったかな?」

 

「手は尽くしました。あとは天命に任せるだけです」

 

 確実に問題ないとは言えないが、私のやれる事はやった。こちらから演技中のグレンに干渉する術はないので、全てはグレン次第だ。

 

 それにしても、モニカは何故さっきから私に視線を送るのか…何かトラブルがあったのか?

 仕方がないので、視界の端にいる黄色い小鳥にアイコンタクトを送る。これで察してくれれば良いんだけど…

 

(沈黙の魔女殿は先程、殿下からグレン・ダドリー殿が『高名な魔術師のお弟子さん』と聞いたのです)

 

 私のアイコンタクトが通じたのか、耳にリンの声が響く。きちんと私だけに聞こえるようにできる辺り、本当に風の精霊は便利だなと実感する。

 

 そしてモニカについては理解した。私なら何か知っているのだろうと考えて、こんな視線を送ってきているのだろう。殿下の前で話す気は無いので無視を決め込もう。

 

「演劇自体も大きく省略しましたし、その上で台詞も大幅に減らしましたから…流石にしくじらないとは思います。師匠も見ていると伝えたら、より一層真剣になっていましたしね」

 

「ふむ…それじゃあ、期待して見るとしよう」

 

 演劇が始まるアナウンスと共に、舞台の幕が上がる。

 正直に言えば、グレンがヘマをしたところで私にはほとんど悪影響は無い。元より「やめとけ」とは言っていたからだ。

 しかし私も多少はこの演劇に関わった身。失敗してほしいとは考えてもいないし、成功に終わるのならばそれが何より。ここはグレンがうまく立ち回ってくれる事を祈ろう。

 

「少し省略したんだね」

 

「ええ、まあ…主役がアレですからね。それでなくても急な代役ですから、多少の変更はやむを得ないでしょう」

 

 英雄ラルフが暗黒竜の下に向かうまでの、長く険しい道のりは大胆にカットだ。ナレーションで簡単な道筋を話したら、すぐに舞台端から暗黒竜(ハリボテ)が姿を見せる。

 会場中に響く暗黒竜の咆哮の後、ラルフ(グレン)アメーリア(エリアーヌ)が向かい側の舞台袖から現れる。

 観客も前半の部とラルフ役が入れ替わっているのに気が付いているのか、観客席には小さくないどよめきが広がる。

 

「『我こそは、七人の精霊王の加護を受けし者! この地を蝕む暗黒竜よ、我が刃を受けるがいい!』」

 

 しかし、そのどよめきを切り裂くように会場にグレンの声が響き渡った。

 グレンの声には、観客を劇に引き込むだけの気迫はある。こういう時に緊張をしないような性格も良かったか。

 

「どうやら、君の心配は杞憂に終わりそうだね?」

 

「そうなるように努力しましたからね。こんな開始早々に失敗されても困りますよ」

 

 演劇用の大きな剣も振り回されずに振るえているし、一番心配だった台詞も今の所は問題無い。心残りといえば、弟子が舞台に上がっている姿を見たルイスの顔が見られない事くらいだ。

 

 その後も舞台はつつがなく進行していき、いよいよ山場である部分に差し掛かる。

 

「『おのれ、目障りな人間よ。我が炎で焼き尽くしてくれるわ!』」

 

「『ラルフ様、わたくしが防御結界を張っている間に、竜の眉間を貫いてください!』」

 

 この後はアメーリアがラルフに防御結界を張り、ラルフはそのまま暗黒竜の眉間に剣を突き刺すだけだ。その後は二人は幸せなキスをして終了。

 万が一が起こるとすればここくらいだが…舞台の安全確認は念を入れてやっている筈だし、肩の力を抜いても良いだろう。

 

「……うん?あれは…」

 

 ここでアメーリアが防御結界を張るのは間違いない。なので詠唱する()()を行うのも問題は無いのだが…

 エリアーヌは詠唱する演技では無く、確実に何かしらの魔術を行使しようとしている。しかし防御結界はそこそこ難易度の高い魔術だし、そもそもエリアーヌの詠唱が明らかに防御結界のそれでは無い。

 しかし、何をしようとしているのかが分からない。流石に詠唱文を聞いただけで何の魔術を行使しようとしているのかまでは分からないし…ここは警戒するに留めるしか無いか。

 

 そっと、横目でモニカの様子を伺う。モニカもエリアーヌの行動に気が付いているようだから、万が一の場合はモニカの援護も期待できる筈だ。まだ先走って騒ぎを起こす時では無い。

 

「どうしたんだい?レノ」

 

「もしかしたら、問題が起こるかもしれません」

 

 私の様子に気がついた殿下の質問に答えた瞬間…舞台上で大きな爆発が起こる。

 

「これは…」

 

「想定よりも大きい発破だね。レノが警戒していたのはこれかい?」

 

「…そう、かもしれません」

 

 事前に聞いていたよりも強力な爆発だ。炸薬の量を間違えたか、エリアーヌの魔術の影響か…私の目前では、エリアーヌの魔術によって起こされたであろう大きな爆発の後の火種が、不自然に消えていっている。

 爆発に巻き込まれたグレンも無傷だ。流石にあの爆発で傷一つ無いとなると、誰かが防御結界を張らないといけない筈だ。エリアーヌはそんな素振りを見せなかったし、グレンはそもそも防御結界を使えない。ルイスが演劇に手出しをするとも思えない。

 

 となると、こんな真似が出来るのはモニカしかいないだろう。彼女の方を見てみれば、舞台を食い入るように見つめる姿が映る。この分であれば、私の出番は無いだろう。

 

「きゃぁっ!?」

 

 そんな思考をした矢先に、エリアーヌの悲鳴と木材が大きく軋む音が聞こえる。舞台に目を向けてみれば、エリアーヌの立っていたセットが大きく傾いていくのが見える。

 恐らく火種が飛んで、セットの柱を焼いたのだろう。所詮は学生の作ったセットだし、何度も使い回す様な物でも無いので簡素な作りだった筈だ。今回壊れたのは運がなかった、と言った所か。

 

 再びモニカの様子を伺う。モニカは焦燥した表情を浮かばせながら、視線をセット、グレン、エリアーヌと巡らせ、顔を青くしていく。私の想定では、モニカがこの状況を解決するのに必要な手数は四手…モニカだけでは手が足りないか。

 

「殿下」

 

「任せたよ」

 

 私の言葉に、殿下は間を入れず返答を返す。許可が降りたので、私は音を立てずに客席から飛び出し、煙の中へ突入する。最前列だったおかげで、他の観客を跨ぐ必要がなかったのは幸運だったか。

 

 モニカは…グレンへの防御結界と舞台の火消しで既に二手使っている。ならば私の仕事は、倒れゆく舞台への対処とエリアーヌの保護か。

 そう考えてエリアーヌ方へ視線を向ければ…既にグレンが彼女を横抱きにして飛んでいるのが確認できた。グレンもグレンなりに考えて動いたらしい。手間が省けて助かるな。

 

 エリアーヌの立っていた舞台のセットは櫓のような物。重心を見極めて、倒れる勢いを殺しながら音を立てないように支える。

 セットを静かに地面に横たわらせて、私は舞台の影へと身を隠す。この演劇に私の存在はノイズでしかないし、ここはできるだけ穏便に事を済ませるべきだと判断したからだ。

 

「『これで終わりだ、暗黒竜!』」

 

 英雄ラルフ(グレン)が決め台詞と共に暗黒竜の額へ剣を突き刺し、暗黒龍は断末魔と共に舞台袖へと引っ込んでいく。

 エリアーヌとグレンは無事、客席に被害もないし…一先ず、急場は凌げたと見て良さそうだ。

 

「ふう…全く、何がどうなっているんだか」

 

 この事故の発端は、おそらくエリアーヌの魔術による物だと考えられる。しかし、動機が分からない。

 エリアーヌが例の侵入者で、何かしら混乱を起こしてその間に共謀者が殿下に何かを仕掛けようとしたとして…エリアーヌに成り済ませたのならば、もっと上手いやり方もあった筈だ。

 

「リン、不審な人物はいましたか?」

 

「こちらでは確認できておりません」

 

 殿下の周辺を警戒していたであろうリンへ情報を求めるも空振り。他の貴族が目的という可能性も否めないが…私が使える人手が少ないせいで、広範囲に警戒網を広げる事も出来ない。

 演劇も終わったのか、盛大な歓声と共に幕が閉じて行くのが視界に入る。最後に一悶着あったが、大事も無く済ませられたようで何よりだ。

 

 幕が閉じ切った瞬間、バタバタと舞台袖から裏方の生徒たちが駆け寄ってくる。彼らはエリアーヌの無事を確認してから、倒れたセットへと目を向け…私と目が合う。

 

「さてと…私は私の仕事をしなければなりませんね?」

 

「ひぃっ!?れ、レノさん…」

 

「演出用の火薬の管理に、これほどの大きさのセットの倒壊…それぞれの管理責任について、生徒会長(殿下)も交えてきっちり精査しますよ」

 

「…はい……」

 

 今回の事故の犯人はエリアーヌで間違い無いだろうが…私が先走って彼女の事を責め立てるのは控えた方が良い。とりあえず、殿下に報告をしてから処遇を決めるべきだろう。

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