時が経つのは早いもので、あれよあれよと準備している内に、入学式が間近に迫っていた。
それまでは時々東部で竜を狩りながら準備を進めていた私も、この時期になれば北部の実家へと帰り、使用人に命じて本格的に学業に必要な諸々の道具をセレンディア学園へと運ばせる必要がある。
「魔剣の整備道具は慎重に扱ってください。学園に寄付した武術の訓練用道具は、無事敷設が完了したと。魔術の方に関してはもう少し時間が必要そうですか。わかりました」
こんな雑用、使用人に任せれば良いと他の貴族なら言うだろうが、今回に関しては自ら手回ししている事柄や、魔剣云々の問題があるので私が総轄している。
私は最強なのが売りだが、事務仕事が出来ない訳ではないし、特殊魔装騎士団の団長でもあるのでそういう仕事にも慣れている。なんだかんだで10年くらいに一人の天才でもあるのだ。
「レノお嬢様、頼まれていた学園の新入生及び編入生の一覧でございます」
「はい、ありがとうございます」
私が直接やる必要のある仕事の一つが、この『新入生及び編入生の確認』である。裏でコソコソしているルイスが、どんな手を使ったのか確認しておけば、うっかりミスでルイスの妨害をする可能性も低くなる…はずだ。
秘書が持ってきた紙に目を通せば…編入生の欄、二つある名前の
「編入生…モニカ・ノートンですか」
グレン・ダドリーの下に書かれたその名前を目にした瞬間、私が随分とお世話になっている七賢人の顔を思い出し…頭を横に振る。
「奇しくも『沈黙の魔女』と同じ名前ですが…名字も違いますし、他人でしょうね。彼女に潜入任務なんて、あのグレンと同じくらいには無理がありますからね」
沈黙の魔女とは直接接触したことは少ないが、魔術式の改良や装備の効率的な形状を研究する時に頼っているし、彼女の人となりは十分把握している。
彼女の扱う無詠唱魔術は、護衛対象をこっそり守るにはうってつけだが、それ以前に彼女がまともな学生生活を過ごせるとは思えない。適当なタイミングで逃げ出す可能性も無くはないだろうから、この件からは除外しても良いだろう。
風の噂では魔術式の計算に飽き足らず、どこぞのお偉いさんの帳簿番までしていると聞いたが…天下の七賢人がそんなしょうもない事に時間を浪費しているとは考えたくない。きっと出鱈目だろう。閑話休題。
「となると…新入生でしょうか。個人的に気になるのはこのケルベック伯爵令嬢のイザベル・ノートン嬢ですかね。モニカ某もノートン姓…ふむ、このモニカがあのトンチキ精霊の可能性もありますか。どうせあのチンピラが「引きこもりの同僚殿の名前なら借りても問題ないでしょう」なんて考えているんでしょうね」
ケルベック伯爵と言えば、我が家も懇意にしている東部の一大貴族だ。もしかしたらルイスが何かしらの手を使って協力を取り付けたのかもしれない。
編入生の名前に関しても、名前を貸す程度なら小心者のモニカが文句を言う可能性は低いし、文句を言ったところでルイスなら交渉という名の強迫で黙らせるだろう。
それよりも、このモニカ・ノートンがルイスの契約精霊だった場合の問題だが…件の精霊はかなりの常識知らずなので、貴族ではあり得ない奇行をして退学になる可能性が低くはない点か。
「イザベルさんとはちょうど学年も同じ…そうですね、同じ組に入ったらそれとなく事情を聴くに留めましょうか」
もしも同じ組じゃなかった時は…機会があれば話を聞いておこう、程度に収まるか。無理に接触すれば第二王子から目をつけられるかもしれないので、ここは慎重にならざるを得ない。
「後は…グレン・ダドリーに『学園内で魔術を乱用するな』と釘を刺しておくくらいですかね。あいつなら軽い気持ちで飛行魔術を使って事故を起こしかねませんし、陽動として働いてもらうなら、退学にならないように行動を縛らないと…」
事情は知らないが、グレンはミネルヴァでかなり大きな事故を起こした結果、数ヶ月で退学になったと聞いている。
私が在学している内にそんな事をしでかしてくれたら、私が拘束しなきゃいけない可能性まで生まれるので、是非とも大人しくしていただきたいところだ。
「ああクソ、なんで私がこんな事を考えているんだ?どうせルイスの仕事なんだからあいつの好きにやらせればいいってのに…」
ふと脳裏に過った疑問に思わず悪態をついたが、答えはわかっている。放置すればろくでもない事態になりかねないからだ。
他の学生達とは違い、私には『特殊魔装騎士団の団長』なんて肩書きがある。もし学園内で大きな問題が起きれば、私に声が掛かる可能性があるのだ。
その問題を起こした何かがルイスの差し向けた護衛だった場合…私はフツーにブチギレる。誰だって余計な仕事を増やして欲しくはないだろう、私もそうだ。だから出来るだけの対策を、こうしてせせこましく、せっせと立てているのだ。
まあ、第二王子に万が一があったとて、私の責任になる可能性は限りなく低いが…それはそれとして良く思わない人間は相当数発生するだろうし、私をつっつく為の材料に使う馬鹿も出てくるだろう。
ついでに有事の際には、私にも色々な仕事が発生する可能性が高い。そういう余計な仕事を避けるためにも、私のこの行為は無駄にはならないと信じよう。
「レノ、準備は順調か?」
「ええ、まあ。ポケットマネーで少しばかり『寄付』に勤しみましたが、問題はありません」
ノックもせずに部屋へ入ってきたお父様の質問にぶっきらぼうに答える。
セレンディアでは平和な学園生活が待っている訳だが、その間にも自主訓練を疎かにするわけにはいかない。長くても一年後には、また前線へと復帰するのだから。
だがセレンディアの設備では私が満足できるはずもないので、必要な物を『寄付』することにした。セレンディアとしても剣術の授業に使えるので、損はないだろう。
「お陰で感謝状に…随分と豪華な個室の確約まで。魔剣の件もあったので個室は確定していましたが、当初の予定よりもかなり立派な物になるらしいですよ」
私が『感謝状』をお父様に見せびらかせば、お父様は苦笑いを浮かべる。
剣術用の備品もそこそこに良い物を送った自覚はあるが、想定以上に感謝されたらしい。随分と上質な紙を使った感謝状に…かなり立派な個室まで付いてきた。
仮にも第一王子派でクロックフォード卿と対立していると思われている私が、こんな贅沢な部屋を使って良いのか?なんて考えてしまうが、相手が良いといったのなら良いのだろう。
「その件は把握している…父上が剣術の指南役を頼まれたそうだ」
「お祖父様に?」
お祖父様は領主の座をお父様に譲った今でも、東部の何処かで悠々自適に獣狩り(時々竜狩り)ライフを楽しんでいるはずだ。
そんな戦闘大好きなお祖父様が、セレンディアで先生の真似事など出来るはずもないし、何よりも「クロックフォードのジジイに良いように扱われてたまるか(北部スラング)!」とまで言い出しかねない。
「勿論断ったそうだ。だが今年のセレンディアは剣術に力を入れようとしているのが分かるな」
「私が入学するからでしょうね。出来るだけマシな講師を雇おうとしているのが見えますね」
ただでさえ本業騎士の人間が入学する上に、そいつがクロックフォード公爵と仲の悪い家の人間ともなれば、恥をかかないためにも教師を一流の人間にしようとするのは理屈としては分かる。
だがその為に当のクロックフォード卿と対立している家の人間を講師に呼ぼうとするのは如何なものか。
それに私は別に貴族用の剣術を見て横から口を出すつもりはない。興味もないからだ。
「別にセレンディアの剣術に対して私が口を挟むつもりは無いんですけどね。所詮は貴族用の格好付けでしょう?」
「我が家の訓練と比べれば見劣りするかもしれないが、実用性が無いわけではないぞ」
諭すように話すお父様の言葉もわからなくはない。貴族用の格好付けの一対一の対人用武術だとしても、実際に決闘に用いられていた物だから、実用性が無ければ話にもならないだろう。
とは言え、グロスシュヴェルト家の扱う…良く言えば『フリースタイル』な剣技と比べれば、貴族様の剣術は些かお行儀が良すぎるようにも思える。
「一度見てみるのも良いかもしれませんね、いざとなったら『縛り』として使えるかもしれませんし」
「それが良い。折角の学園なんだ、気になるものを見ると良い」
そういえばセレンディアでも簡単な魔術は学べたな、セレンディアでの選択授業は魔術系にしようか、なんて考えながら書類を纏めて席を立つ。
「さてと…一区切り付きましたし、そろそろ夕食の時間ですよね?」
「ああ、そうだな」
お父様が私の部屋まで来たのは夕食の時間が来たからだろう。お母様も待っているだろうし、セレンディアに行けばこうやって話す機会も無くなってしまうだろうから、今のうちに話せるだけ話しておこう。
ついでに弟から貴族様の学園がどんな物か聞くのも悪くはない、そう考えながらダイニングへと入る。
「レノ、仕事は終わったの?」
ダイニングへと入ってみれば、先に席に座っていたお母様が声をかけてくる。お母様は今回私のセレンディア行きが決まった事を知った時、喜び半分心配半分といった様子だった。
今も私が執務室に張り付いていると聞いてしきりに心配しているのだ。セレンディアでの生活は今までの生活とはガラリと変わるので、私がそれに馴染めるかを心配してくれているのだろう。
「仕事という程の物でもありませんが、一区切りはつきました」
「そう、それなら良かったわ。セレンディアへ行く準備はどう?」
「問題はありません。懸念点こそありますが、それに関しては入学してから改めて対処することになるでしょう」
私としては正直に報告したのだが、小難しく報告する私が気に食わなかったのか、お母様は大きな溜め息を吐いてしまう。この様子から察するに、お父様はお母様に今回の事の発端について何も話していないのだろう。
「はぁ…レノ、学校なのよ?戦に行く訳でもないのにそんな警戒すること無いでしょう?ねえあなた」
「あ?…ああ。まあ、そうだな…」
お父様はお母様が大好きだ。なので隠し事をしようとすると、ご覧のように罪悪感でしどろもどろになる。他の人間相手ならこうはならないのにだ。
これはお父様に限らず、グロスシュヴェルト家の人間は身内に対してこうなる傾向がある。ある程度心を許した相手に後ろめたい事をしようとすると、別人のように挙動不審になるのだ。
「……そう、何かあるのね?」
「…」
そして、そんな大ボケお父様を見逃すほどお母様も鈍くはない。お父様に対して突き刺さるような視線を送ってから、優しい目で私に諭すように語りかけてくる。
「お祖父様はクロックフォード卿への牽制だのなんだの言っているけど、私としてはレノには普通に学生生活を楽しんで欲しかったのよ?それなのにまた変な事に巻き込まれそうになっているなんて…」
「それに関しては私も激しく同意します。ミネルヴァに行くならならまだしも、セレンディアの厄介事に首を突っ込まされるなんて…かなり不本意です」
ここで今回の件が私の意思によるものではない事をお母様に強調しておく。するとどうだろう、お母様の眦が吊り上がって行くではないか。
この顔は「あなた、レノに変な事押し付けたんじゃないでしょうね」の顔だ。お母様は未だに私が最強の騎士になってしまったことを引き摺っているのだ。
お母様は私が生まれる前に「女の子だったら武術は程々にして、お嬢様らしく育てたい」と言っていたらしい。だが結果はこの始末。お母様も武術に対しての理解はあるので、お父様たちの気持ちは理解しているし、最強の娘を持って誇らしくも感じているとは言うが…それはそれ、これはこれと言った所らしい。
「まあ、なんだ…私としてもレノには楽しく過ごして欲しくはある。こちらの事情に関係無くな。それでも、今回に関してはもらい事故と言うか、引くに引けなくなってしまったと言うか…」
「レノ、本当なの?」
「そうですね…可能性は低いでしょうけど、最悪を想定すると動かざるを得ないです」
お父様が気不味そうに言い訳をしているが、私としても今回の事情に関しては、お父様を悪者にして解決する事では無い事も分かっている。
第二王子が裏でこそこそ動いているということは、クロックフォード公爵が何かしら企んでいる可能性にも繋がる。そしてクロックフォード公爵は帝国との戦争を始めたがっているというのは、この国でそこそこの力を持つ貴族ならば知っていて然るべき事情だ。
そうなると流石の私も戦争を避けるために動かなくてはならない。お父様やお祖父様も動いているだろうけれど、第二王子に対してアプローチしやすいのは我が家では私か、次点で弟のアランだけ。だが中等部のアランが関わろうとするには、学年的にも些か苦しい立ち位置である。つまり…選択肢は無いのだ。
ここまでの事情をお母様に話せば、少なからず理解を示してくれるだろう。だが今回の情報源は国王から、その上ルイスの『密命』にも関わるので、家族といえどもそう易々と口外する訳にも行かない。
「私に具体的な事を教えてくれないとなると…相当面倒な事になっているのでしょうね。今更ぐちぐち言いたくは無いのだけれど、もし家の力が必要なら遠慮無く言ってね?特に今回は武力で解決できない問題の方が多そうだし…」
「ええ、わかっています。今回は私の不得手な戦場と言っても過言では無いのですから、使えるものは使っていきますよ」
お母様ならば私たちが
今回の件については、あらゆる問題に対してグロスシュヴェルト家の権力やコネ、更には私自身の立場や資金に至るまで。使えるものは使っていく所存だ。一番自信のある武力は…今回は出番がなさそうだし、あったらあったで大問題なので出番が来ないことを祈ろう。
「はぁ…不安だわ。レノが何をしでかすか…最悪の事態でも大きな怪我をする事は無いでしょうけど、学園を半壊させたり変な男に引っ掛かったりしないかしら」
「男か…私より弱い男は認めないぞ!なんてセリフ、一度は言ってみたいが…私が言うと国内を探しても二桁前後の人数しか残りそうにないからなぁ」
この二人は何を言い出すのか…おそらく男の影もない娘に良い相手が出来ることを期待しているのかもしれないが、それにしたって話が飛躍している。
お母様は私が変な男に引っ掛かる心配をしているし、お父様に至ってはなかなかの無理難題を、まだ見ぬ相手に押し付けようとしている。
お父様は普通に国で有数の強さを持つ人間なので、勝てる相手となると…王宮近衛隊長や、竜騎士団団長みたいな『極まった』人間か、後は王宮魔法兵団のような強めの武闘派魔術師くらいだ。
「強さだけなら、今代の茨の魔女辺りなら文句も無いんだがな…」
「私の結婚相手についてはまだいいでしょう?そんな先の事よりも、今はセレンディアの事ですよ」
ここで七賢人を出す辺り、お父様の私に対する評価の高さが窺えるが…『茨の魔女』ラウル・ローズバーグは強さとしては申し分なくても、かなり気に食わない部分があるので、そこを治してから出直してきて貰うことになるだろう。
他の七賢人で未婚なのは…セクハラナメクジか。論外だ。
「まったく、それにしてもアランはどうしたんですか?セレンディアの事について聞いておきたかったのに…」
「アランは第三王子殿下と用があると言っていたな」
そういえばアランはいつかの式典の時、第三王子と仲良くなったと自慢していたか。
アランもアランでやる事はやっているらしい。流石に第三王子よりも私を優先しろとまでは言う気もない。剣の腕に関してはまた今度見れば良いだろう。
「なんだかんだ上手くやってそうですね。セレンディアに入って社交界について勉強すると言い始めた時は、我が家の先行きが心配になりましたが、この調子なら辺境伯から侯爵になるのもそう遠くは無いかもしれませんね」
「アランはともかくとして、元はお前にもしっかりと勉強させるつもりだったんだがなぁ…」
お父様の失礼な物言いに少しだけイラッとする。私は最強であるが為に剣の腕を磨いてきたが、そればかりにかまけて貴族としての勉強を欠かした事は無いのだ。
「過ぎた事をいつまでも引きずって…私だって最低限の勉強はしていますよ?お茶会の作法からダンスのステップも学びましたし…」
「でもそれよりも兵法とか魔術の知識の方が豊富よね?」
お母様の発言も嘘ではない。実際のところ貴族としての作法は本当に最低限しか知らないし、それを実際に使った事は片手の指で足りる程度でしかない。同い年の伯爵令嬢と比べたら拙い部分も目立つだろう。
「良いじゃないですか、成果は出していますし…」
「ふむ、少し心配だな。家にいる内に復習しておきなさい」
「そうよ、最後にお茶会をしたのが…2年前よ?念の為一度やっておいた方がいいわ」
2年前…親族と『七賢人落ち残念会』なんてふざけた名前のお茶会を開かれた時か。あの時は本気でキレそうになった。
それはともかく、経験不足なのは自覚しているので今一度復習をするのは吝かでは無い…狩りとか体を動かす方が好きなのは否定しないが。
「わかりましたよ。相手は…適当に見繕っていただけますか、お母様」
「ええ、任せてちょうだい!」
あれから一週間、いよいよ入学式前日だ。私の実家は北部にあり、前日のうちに学園まで移動しなければ普通に間に合わないので今日でこの家から離れなければならない。
その間にも親族を集めての『セレンディア入学頑張れ会』なるお茶会にて作法を振り返ったが…基本的な作法に関しては問題はなかった筈だ。それ以外については、まあ、置いておこう。
『
「忘れ物はない?魔剣は持った?」
「お母様、8回目ですよ…魔剣は見ての通り佩いていますし、その他の必要なものは先に学園へ送ってあります」
お母様はしきりに私の心配をしている。気持ちはわからないでもないが、いくらなんでも同じ事を聞きすぎだ。
「レノ、絶対にとは言わん。だが他の家の人間に手を上げるのは…出来るだけ少なくして欲しい」
「お父様はお父様で、私をなんだと思っているんですか。決闘を申し込まれない限りは手を出しませんよ」
お父様もしきりに学園の心配をしている。腹が立ったので、とりあえず脛に蹴りを叩き込んでみれば、軽快な音が周囲に響く。
「おっ…!ごあぁ…!」
「では行ってきます、お父様、お母様」
「頑張ってね、レノ」
お母様の胸に抱かれるが、抵抗はせずされるがままにする。今までに無い行動だがそれ程心配なのだろう。
まったく心配性に過ぎないか、とは思わなくはないが…親の心子知らずとも言うように、私には推し量れるものではないのだろう。
お母様の気が済むまで、とは行かないにしても妥協できるギリギリの時間までその抱擁を受け入れ、私は馬車に乗り込み学園へと出立する。そして…
流石に学園へ向かう道中で問題が起きる訳も無く、昼過ぎには学園前に到着した。
時間も良い所なので昼食を済ませてから学園長へと挨拶し、私に割り振られた部屋へと立ち寄る。
「部屋は聞いていた通り…無茶苦茶に豪華ですね」
流石は伯爵級の部屋、実家の自室とは比べ物にならないくらいには豪華絢爛だ。中央の貴族ともなれば、着飾るのは当然と言った感じなのだろう。
私の見積もりでは…私の使っている鎧の12分の1くらいの金が掛かってそうだ。上質な宝石や竜の素材を潤沢に使い、我が国の最先端魔導具技術を詰め込んだ鎧と比べられる時点で、相応の金がかかっている。
伯爵の時点でこの豪華さとなると、殿下の使っている部屋はどのようなものになるんだか…壁一面に宝石をふんだんに使った絵画が描かれていたりするのかもしれない。
「さてと…次は『コレ』ですか」
部屋の様子見を済ませたら、手元の『招待状』に視線を落とす。差出人は…フェリクス・アーク・リディル。セレンディアの生徒会長兼、我が国の第二王子だ。この招待状は丁度一週間ほど前に我が家へと届き、既に返事は返してある。
なぜ第二王子なんてお偉い様が、何用で私に
返事は「学園長への挨拶の後に行く」と返してある。個人的には学園長より優先しても構わなかったが、学園内に限っては殿下よりも学園長の方を優先した方が良いだろう。
そして学園長への挨拶は先ほど済ませた以上、いよいよフェリクス・アーク・リディル第二王子殿下とご対面しなければいけない訳だ。
「行きたくねぇ〜…」
柄にもなく北部風の悪態が溢れてしまうくらいには行きたくない。どう考えても面倒臭い問答が始まるに決まっている。
それでも、人間にはやらなければならない時があるのだ。私にとってのそれが今だ。
「最強は辛いよ…って所ですかね」
ここで駄々を捏ねていてもしょうがない。もう「行く」と言ってしまった手前、渋々とは言え行かざるを得ないだろう。
という訳で嫌々ながら生徒会室前までやってきた。何故殿下はここに来るように言ってきたのか…全くわからない。自分の学園内での力を見せつけるためだろうか?
扉をノックすれば「どうぞ」と優しげな声色の返事が聞こえてきたので、扉を開け入室する。
「…どうも」
「おや、予想以上に嫌われているみたいだ」
嫌々来ましたよ、という態度を隠しもせずに軽い挨拶をすれば、苦笑いしたフェリクス・アーク・リディル第二王子殿下が出迎えてくれる。室内には私と殿下の二人だけ、他の生徒会役員や護衛、使用人は居ないようだ。
金髪碧眼の、評判通り見目麗しいと言われる整った外見だ。この顔ならさぞ貴婦人方への誘いには困らなかったのだろう。
それはそれとして、私は貴婦人である前に武人なので、こういった面倒臭い空気は大っ嫌いだ。今の所は色気よりも食い気の方が勝るくらいには異性に興味がない。殿下の顔も「随分整ってるなぁ」程度にしか捉えていない。
ともかく、今は殿下に何故私がここまで不機嫌そうにしているのかを、懇切丁寧に教えよう。
「なんせ私が
「かの最強と言われる騎士でも政治的な柵からは逃げられなかったのかい?」
「流石に国を半壊させるのはどうかと思いまして」
「…冗談、という事にしておこう」
無論、軽い冗談である。私が全力でセレンディア行きを拒否したとて、せいぜい我が家が全壊する程度だろう。私とて無闇矢鱈と国に大混乱を起こす事を望んでいる訳ではないのだから。
「それで、どのような要件で私を呼んだので?まさか刺客に狙われているから守って欲しいとか?」
「確かに君以上に頼りになる護衛はこの国を探してもそう見つからないだろうね。今回君を呼んだのは、どういうつもりでここに来たのか探りを入れる為だよ」
なんともまあ直接的な物言い、私好みだ。
それはそれとして、第二王子殿下がそのような聞き方をするのは意外だったので興味本位で聞いてみる。
「随分と素直に聞いてくれるんですね。てっきりもっと迂遠で、爪先で地面を探りながら、すり足で寄るように探ってくると思ったのですが」
「それが君の貴族に対するイメージかい?強ち間違いとは言い切れないと思うけど、君に対してならそんな方法を取る必要はないと考えてね」
つまりは私に合わせてくれた、と言う事らしい。そういう事なら私も直接的な物言いをした方がいいだろう。
「話が早くて助かりますね。私がここに入学した理由は殿下の派閥への牽制ですよ。私が殿下と同じ学園にいれば、周りは下手に動こうとは思えなくなるでしょう?」
「そうだね、君に喧嘩を売るのは手の込んでない自殺と同義だ…一応聞くけど、ちょっとした嫌がらせを受けたとして、その仕掛け人の一族を焼き払う、なんて事はしないよね?」
「貴方たちは私をなんだと思っているんですか?流石に自重はしますよ。まあ、警告しても聞かないようだったら、そうなる可能性も無くは無いですが」
この切れ者とも評される第二王子とクロックフォード卿が私に対して何か行動を起こすとして、生半可な嫌がらせをしてくるとは思えなかったが…流石に末端の暴走までは関与しきれないという事だろう。コレはその時の為の質問か。
その『ちょっとした嫌がらせ』の程度にもよるが、精々が『グロスシュヴェルト家が見放す』程度に収まるだろう。こちらから攻撃するような事はしないはずだ…あまりにも目に余るようでなければ、だが。
「……よし、もしもそうなったら焼き払うより先に私に相談してくれ。できる限りなんとかしよう」
「わかりました、私としても面倒事を増やすのは好きではないので頼らせてもらいましょう」
第二王子殿下としても、私が直接手を下すような事態にまで発展させるのは本意ではないらしい。おそらくどれ程まで被害が広がるか分からないからだろう。
私の癇癪で一つの家が潰れないか冷や冷やしているのだ。ちょっとした事故で王宮の部屋一つを吹っ飛ばしたくらいで大袈裟なものだ。
「まったく、王宮の人間はまだ『例の事故』を引き摺っているのですか?」
「まあ、当たり前だよね。本当に悲しい行き違いが生んだ事故だったとはいえ…王宮の一部が吹き飛んだんだよ?レイ・オルブライトは全治5ヶ月の大怪我をしていたしね」
おおよそ五年ほど前になるか、あの時の私は若かった。薄気味悪い、見るからに不審な姿形をした変態からのセクハラという経験した事も無い不快感に、思わず魔剣の能力の一つ『魔力砲』を室内で発動させる程度には若かった。
すわ襲撃か、と王都のあらゆる戦力が集まってきていたのは壮観だったが…事情を話せばびっくり。私が吹き飛ばした薄気味悪い変質者は、まさかの当時の七賢人『深淵の呪術師』アデライン・オルブライトの孫兼後継者であるレイ・オルブライトだったのだ。
もちろん王宮の一部を吹っ飛ばして、未来の七賢人候補の一人を半殺しにした事は無茶苦茶怒られたし、多くのペナルティを課されたのは仕方がないと思ってはいるが…あの時の七賢人たちの「ああ、ついにこうなったか…」なんて生温い視線が一番痛かった。
レイは私の十倍くらい怒られていた。当時の『茨の魔女』からは「このロリコンナメクジ!死ね!」と岩塩の塊をぶつけられていたし、先代『深淵の呪術師』も殺さんばかりの勢いで怒鳴り散らかしていた。「別にあんたの行動にケチ付ける気は無いけどね、絡む相手くらいは見極めな!」とのことらしい。
そして私は、この事件がきっかけで多くの貴族から『気に入らない事があったら王宮内だろうと、相手が七賢人の関係者であろうと関係なく噛み付くやべー奴』と見られている。心外だ。
「レイ・オルブライトの方は、話に聞く限りいつかやらかす可能性があるとは思ってたけど…まさか、よりにもよって君に対してやらかすとはね」
「そう思ってたなら諌めてくださいよ。思わず魔力砲をぶちかましたのは失敗でしたけど、逆にそうでもなければ変た…深淵の呪術師殿の首が飛んでたかもしれないんですよ?」
殿下はくつくつと笑いながら話すが、実際は普通に笑い事ではない。王宮内での事故だから、と言うよりはその時の状況が非常に危険だった。
事は私とレイ・オルブライトが対面した時…つまりかなりの至近距離で起こったのだ。その距離になると私の場合『魔剣』でなくても相手の行動よりも先に首を落とせる。私の選んだ行動次第で、レイは物理的に首が飛ぶ可能性もあったのだ。それに比べれば王宮の一室と全治5ヶ月の怪我くらい、安い物だろう。
「まあ、そういう訳で、私は君に対して強い…とても強い警戒をしなければならない訳だ」
「私としては少し不本意な部分もありますが、目的は達成しているので良しとしましょう」
私の評価についてはともかく、元より私の目的は第二王子殿下への牽制だ。何をせずとも相手が自由に動けなくなるならそれで良い。散々な評価に関しては…この際飲み込もう。
「さて…用事は以上ですか?それなら私は自室へ戻るんですけど」
「必要な話はこれだけかな…まあ落ち着いて、もう少しゆっくりしていって欲しい」
つまりここからは『個人的な話』なのだろう。面倒臭いが、拒否して不興を買うのも避けた方がいい。私としてはさっさと解放されたいのだが…渋々受け入れることにする。
「これは興味本位で聞くんだけど…君が私を暗殺するとして、どうやって殺す?」
「真昼間、屋外で談笑している所に、高空から弓での狙撃ですね」
殿下からの急なとんでもない質問に、逡巡する事もなくあっさりと答える。
私用の長弓を使えばかなりの遠距離からでも人一人を殺す程度の威力は出せる。弓はあまり使わないが、使えない訳ではない。大して動かない目標に当てることなんて造作もない事だ。
「思ったよりもちゃんとした暗殺だね。何故昼間なんだい?」
「夜に一人でのこのこ外を出歩いてくれるのであればそこを抜くんですけど、流石に殿下もそこまで馬鹿じゃないでしょう?そうなったら自然と昼になるので、太陽を背に狙撃して透明化しながら滑空で離脱。あとは適当な山奥や人混みに紛れるなりして終わりです」
不可視とまではいかなくても、自分の顔や体型を隠せればどうとでも撒ける。
特にこの第二王子は自分の周りに護衛を置きたがらない。即応性は貧弱なので仕留めるのは難しくないだろうし、余程の遠距離からともなれば追いかけるのも一苦労だろう。
「魔力探知は?」
「私に阻害する手がないと?それに生半可な魔力探知が届くような距離から攻撃する気も無いですよ」
「ふむ…同じ手を使える人間は?」
「そうですね…案外、居ないかと。姿を隠す道具を使えば難易度は下がりますけど、今前提にしているのは『私の』道具ですから。殺すだけで良いなら七賢人なら大半が出来るでしょうね」
私は私が独力でできない事を『魔導具』を介して出来るようにしている。その為に様々な魔導具の研究と開発も、仕事の片手間に行なっている。そしてその開発した魔導具は何かと便利な物から、使い所が限られすぎる変な物まで、多種にわたる。
私や私の協力者が開発した魔導具の大半は『目録』に記録される。これは一般にも公開されていて、その形状と大まかな効果が記されている。王族ならば知っている可能性もなくはないだろう。
「昼間に高空となると…水晶外套かな?」
「よく知ってますね。あの失敗作でも場所によっては使い道がありますから」
それに身を包んだ人間の姿を隠す魔導具…の失敗作『水晶外套』は、光量だけをそのまま通し、姿は隠せないという変な装備だ。
通常時は使用者の輪郭がぼやけ、微かに光っているように見え、影が薄くなる(慣用句的な意味ではなく物理的に)だけだが、強い光を背後にした時には結果として姿を隠す効果が現れる。
顔は仮面なりなんなりでどうとでも隠せば良い。一度姿を隠せばその後に見つけるのは至難の業だろう。
「毒殺、なんて手は?」
「井戸に使うならまだしも、人一人殺すのにそんな小細工を、ちまちまと弄するのは性に合いませんね」
毒を使う場合、下手人は私じゃなくても良いだろう。今回は『私が第二王子を暗殺する』というシチュエーションなので、実際に私が使うであろう方法を挙げる方が適切なはずだ。
「グロスシュヴェルト辺境伯家の教えは随分と苛烈だね」
「傭兵上がりですから。貴族様とは比べ物にならないくらいお行儀は悪いですよ」
まあ、なんだかんだ言っても必要であれば、毒物の使用も辞さないが。だが私が毒物を使う必要に駆られる事態は、滅多にないだろう。
「もし不安なら腕の良い職人に魔導具を作らせましょうか?」
「君が頼るとなると…結界の魔術師かい?」
「ご希望とあれば」
第二王子ともなれば、護身用の魔導具が必要なら自分で依頼するだろう。だが既に一回ぶっ壊している事を考えれば、あのルイスが第二王子の為に魔導具を作ってやろうとは考えないだろう。名指しされない限りは『宝玉の魔術師』あたりに押し付けると思われる。
「君って第一王子派じゃないのかい?」
「それは親です。私個人としては愚王で無ければ誰でも。誰が良いか、と言われたら…強いて挙げるなら第一王子派ではありますが、何が何でも第一王子を王に、とまでは考えていません」
殿下はフェアニッヒ辺境伯家の私が、自ら進んで殿下の身を案じるような事を言うのが気になったのだろう。
フェアニッヒ辺境伯家は『クロックフォード伯爵が大嫌いだから』と言う理由で第一王子派を公言しているが、私個人は中立派だ。明確に第一王子派だと主張する気も無いし、第二王子が王に選ばれた所で能力的には問題ないだろうから止める気も無い。
「そうか…君が私より兄上を支持する理由とか、聞かせてもらえるかな?」
だが当事者である第二王子様は、私の答えが引っ掛かるようだ。それもそうだろう、王位継承なんて大事に関連するのだから、目の前の相手が何を根拠にその選択をしたのかは把握したい筈だ。
私は一度、何も語らずじっと殿下と目を合わせ、少ししてから口を開いた。
「…眼、ですかね」
「眼?」
「貴方の眼を見ると…貴方についていこうと思えなくなるんですよね」
「眼か…私ってそんなに目付きが悪いかな?」
殿下は中指で目尻をぐりぐりとこねくり回すが、私が言っているのはそういう意味では無い。もっと概念的な、瞳に映る物のことを言っている。
なんというか、駄目だ。殿下の能力や人柄は申し分ないが、私にはどうも彼が
「少なくとも素人目ではありますが、民を率いる眼には見えませんね」
「これは手厳しいね」
重ねて言うように能力に文句はないので、いざ王になったとしてもどうこうする訳ではないが、気に入らないものは気に入らないのだ。修羅場を潜らせればもう少しはマシになったりするのだろうか。
「…君、何か物騒な事を考えていないかな?」
「否定はしませんが、そこまで物騒ではありませんよ。ただ一度、私の赴く戦場に連れて行けば良くなるのではないか、と考えただけです」
随分と勘のいい人だ、私の不敬な思考まで筒抜けらしい。だが別にぶっ殺そうとか考えている訳ではないので、大目に見て欲しい所だ。
「君が実際に戦う所を見てみたくないかと問われれば、もちろん見てみたいけど…流石に自ら危険な場所に飛び込むのは怒られてしまいそうだ」
「それはそうですよね。護衛もただ立っているのが仕事ではないですから」
私が出るような戦場となれば、大抵は竜の群れとの戦闘になるだろう。そんな所に殿下を連れて行こうとすればいろんな人に止められる。なんなら
殿下の胆力は悪くなさそうだが…流石にわたし一人で守りながら、となると骨が折れそうだ。慣用句的な意味で。
「……もし、私が十分な護衛を用意した上でついていくと言ったら?」
「私は構いませんよ?説得をするなら周りの人間でしょうね」
クロックフォード卿に護衛の面々、後は陛下か。ここら辺りを説得すれば私と共に竜の群れへと突っ込んでいけるだろう。つまり、ほぼ不可能だ。
「そうか、考えておこう」
「…応援はしませんよ」
もしかしたら私は余計な事を言ったかもしれない…流石に護衛もクロックフォード卿も首を縦に振ることはないだろうけど、万が一もある。その時は…この殿下の行動力を褒めて、かなりキツい戦場へつれていってやろう。
「あとは…そうだ、最後にこれだけ聞かせてくれ。もし私が君を生徒会に誘ったら…」
「お断りします」
「だよね。会計は得意かい?」
「出来なくは無いですね。一週間も勉強すれば不足無く熟せるでしょう」
『出来るか出来ないか』と『やりたいかやりたくないか』は別だ。ただでさえ殿下の側にいれば、要らぬ面倒事が降りかかってきそうなのに、その上雑用までしろと言われても。確かに、セレンディアの生徒会役員になれば色々と箔がつくだろう。だが既に騎士として名を挙げている私には、要らないタイプの箔だ。
「今、ちょっとした事情で会計の席が空いているんだけど…今後代わりが見つからなかったら臨時で入ってもらうかもしれない」
「お断りします」
「その時は『護衛兼会計』って形になると思うから、よろしく頼むよ」
「お断りします」
絶対に嫌だ。なんで殿下はここまで私を近くに置こうとしているんだ…武力か?武力が必要なのか?そんなもの会計には必要ないだろう。
その時が来たら私に拒否権はないだろうけど、それでも私は「嫌だ」と言い続けるぞ。私はどんな相手にも『NO』を言える人間なのだ。
「私から話したい事は以上かな…この後はどうする予定なんだい?」
「食事をして寝ます」
今日は何かと忙しかったのだ。日課の鍛錬は最低限だが朝早くに済ませているし、魔導具の研究は資料がないのでほぼ不可能。そうなると寝るしかない。
「そうか…なんと言うか、普通だね?」
「今の私は普通の女学生ですからね」
「それにしては身分が厳つ過ぎる気がするけどね」
それは否定しない。現職騎士が入学する事自体、セレンディア初と学園長から聞いたし、不足があれば言ってくれとも言っていた。
セレンディアに入学した貴族が騎士へとなる事はそう珍しくない。家督を継がない三男以降の男児が騎士になる、というのが良くある事だからだ。
だがその逆、既に騎士という職を持っている人間がセレンディアに入学する事は、今後も無いだろう。何故なら必要無いからだ。
一度騎士になった人間が、その職を捨ててまでセレンディアに入学する必要が生まれるか?答えはほぼ無い。それこそ剣の天才が、近衛兵となる為に礼節を学ぶ為に入学する可能性があるかどうかと言った所だろうが…それほどの才を持つ人間は滅多にいないし、それならセレンディアに入学させるよりも、東部か『
今回だって、私がセレンディアに入学した理由は『騎士として』ではなく『フェアニッヒ辺境伯家の人間として』だ。
同じような理由で入学してくる人間が絶対に居ない、とまでは言わないが…可能性は無いに等しいだろう。
「私と同等か、それ以上の
「それは否定出来ないかな。あくまでもここは『貴族の子供が通う学園』だ。将来がほぼ約束されているとはいえ、その時点で本人が実権を持っている訳ではないからね」
この学園でどれだけ偉ぶっていても、所詮は『親の権力』を振りかざしているに過ぎない。結局は『親の七光り勝負』だ。
まあ、私も個人的な身分を抜きにしたとて『
王族に関しては…それはそれで『個人的な身分』としても扱われると考えよう。全く、生まれた時からその才能に関わらず、相応の責任を負わされるなんて…その恩恵を加味しても不幸な人種だ。
「力はあっても才の無い王族と、才はあるがそれを育む力さえも持たない一般人。どちらの方が不幸なのでしょうね」
「…どうだろうね」
ふと思い浮かんだ疑問が口から零れ落ちる。その疑問は、フェリクス殿下にとっても考えさせられる物があるらしい。
才を持たないとしても『力を持つ者の責任』を果たせと迫られる貴族。そして責任は持たないが、その才を生かす事も許されないほどの苦境に立たされる一般人。方向こそ違えど、どちらにも相応の苦痛があるのだろう。
幸いにも、力と才どちらにも恵まれた私や殿下には無縁の話だ。当人にしかわからない問題に現を抜かす暇があるのなら『力持つ者の責任』を果たすべきだろう。
「まあ、力も才も持つフェリクス殿下には関係のない話でしょう。小娘の戯言だと思って忘れていただいて構いません」
「ああ…そうだね」
空返事を返した殿下は私の『戯言』を随分と重く受け止めているようにも見える。もしかしたら何かしら思い当たる節があるのかもしれない。
王族で考えると…一番非才の身である第三王子でも、その『責任』を果たすだけの才は持っているように見受けられる。そう考えると後者について思い当たる節があるのだろうか。
だとしても私には関係のない事だ。いい加減殿下とのお話にも飽きてきたので、さっさと帰るべく殿下に声を掛ける。
「用事はもう済みましたよね。では、私はこれにて失礼します」
「…ああ、すまない。想定より話し込んでしまったね。また学園内で話す機会があったら宜しく頼むよ」
殿下の言葉に曖昧に返事を返してから、この場から逃れるように生徒会室を出る。まだ入学前だと言うのに無駄に疲れた。さっさと家へ…ではなく寮の自室へ戻って食事をして寝よう。