最強騎士の優雅なる学園生活   作:ピグリツィア

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平和とは、退屈である(暴論)

 『フェアニッヒ・ブートキャンプ』と呼ばれた、訓練場での一幕から数日後。セレンディアでの一般的な授業を受けている私に、大きな試練が立ちはだかる。

 

「くぁ……ねむ…」

 

 最強である私を苦しめる大きな試練…それは眠気だ。ここ最近の授業で、毎度毎度飽きずに私の前へ姿を現すのだ。

 

 あくびをかみ殺し板書へと目を向けるが、実に退屈でつまらない授業だ。既存の知識をたらたらと垂れ流され続ければ、あくびの一つも出よう。

 別に私は座学が苦手だという訳ではない。特別得意という訳でもないが、我が家の教育と比べれば、本当に『暇』なのだ。

 

 まず我が家ではそこらの騎士団よりも辛く苦しい実戦訓練に加えて、座学もぎっちり学んでいる。なので下手な貴族のボンボンより方向性こそ違えど、教養もあったりする。馬鹿は戦場で生き残れないからだ。

 

 元が傭兵の出なので傭兵スタイルのかなり自由な戦い方と、王国に就く騎士としての戦い方。それぞれを対人と対竜に分けて学び、近代戦闘術…主に魔術師に対抗する為の戦闘訓練も加えられ、その上で現代では早々見ないであろう魔物だかの知識まで叩き込まれる。普通にキツい。

 

 食事にしても身体作りの為に最低量が馬鹿みたいに多く、消化吸収能力を鍛える訓練まであるし、我が家独自の『血浴』なんて狂った習慣まである。他所を知った今だからこそ言えるが、我が家は普通にイカれてる。

 

 座学に関しても、なんちゃって男爵から辺境伯になった時に、覚えるべき事が凄まじく増えたらしいし、更に才能を見出されたら現場指揮についても叩き込まれるので、下手な学園よりも勉強量が多い。もはや一人の人間がやれる作業量を超えている。

 そのような事情から、魔力量が多かった私でもミネルヴァに入学するほどの時間は生み出せなかったのだ。

 

 そんな環境で育った私からしてみればセレンディアの教育は…無茶苦茶温い。何が温いかと聞かれると…授業と授業の間に少しの休憩があるのと、授業の大半は座って板書を取るだけで良い所だ。

 我が家は常在戦場、ある時は筋トレをしながら、ある時は戦闘訓練をしながら、ある時は普通の座学に見せかけてと、事あるごとに不意打ちを仕掛けてくるのでそれに対応しながら勉強をする事になる。

 

 体を動かしながらも頭も動かせ。しくじれば死あるのみ。戦場がそうであるように日常もそうであると見做せ。そんな教育だ。

 フェアニッヒ辺境伯家は、戦闘に関しては本当にストイックなのだ。正直過激すぎる気もするが、家の出自を考えれば無理もないとは思う…だが、それにしたって限度ってものもあると声高に伝えたい。

 

 そして、肝心のセレンディアの授業はこのザマ。板書よりも自分の眠気との戦いの方が難しいくらいには暇だ。

 

「平和なのは良いんですけどね…少し退屈です」

 

 セレンディアの授業の感想はこの一言に尽きる。ただただ退屈なのだ。この授業が私の知らない知識に関する物であればもう少しマシだったのかも知れないが、既知の知識であるから尚更に。

 欠伸で漏れた涙を拭いていると、隣から声が掛けられる。

 

「そんなに退屈でしょうか?」

 

「ええ、そうですね…単純な座学ともなるとかなり退屈です」

 

 お隣に座っているのは最近良くない噂が広がりつつあるイザベル・ノートン。どうやら姉であるモニカ・ノートンは訳ありな子らしく、イザベルは彼女を疎ましく思い、きつくいびっているのだとか。

 

 間違いなく演技だろう。私が前に会った時はとてもそんな事をする人間には見えなかったし、何よりも彼女ならもっと上手くやるだろうという確信がある。

 自身の悪評を気にせずにモニカ・ノートンを孤立させ動きやすくさせているのだろうか。だとすると間違いなくケルベック伯爵も一枚噛んでいる。ここまでくるとモニカ・ノートンがルイスの駒である事は確定だろう。

 

 肝心なのはその駒が何かだ。ナイト(騎士)ビショップ(魔術師)か…クイーン(上位精霊)の線も消えてはいない。

 駒によってどの位置に居るべきかが大きく変わる。騎士であれば殿下の近くに居なければならないが、魔術師か上位精霊であればある程度距離も取れる。ルイスの伝手を考えれば魔術師の線が有力か。

 

「考え事ですか?」

 

 イザベルの呼びかけでようやく我に返る。退屈とはいえ、授業中だというのにまったく関係ない事ばかり考えるのもよろしくないが…退屈なものは退屈だ。このままイザベルと雑談と洒落込もう。

 

「イザベルさんはチェスは嗜みますか?」

 

「ルール程度なら。レノさんはお詳しいのですか?」

 

「兵法に繋がる部分もありますから、我が家の人間は漏れ無く嗜んでいます。それにやろうと思えば盤が無くても出来るのが良いですね」

 

 ある程度習熟すれば頭の中で盤面を組み立てる事もできるし、そこまで行けば盤面無しでもチェスを指せるようになる。余計な荷物を多くは持っていけない遠征時には、娯楽の一つとして手軽に扱えるので、フェアニッヒ家では得意不得意はあれど誰もが指せる程度には定着している。

 だが、私はあまりチェスが好きではない。理由は単純、下手だからだ。

 

「家で一番チェスが弱いのは私なんですよね」

 

「それは…意外ですね?」

 

 兵法に繋がるとは言っても所詮は娯楽だからか、どうしても駒を雑に突っ込ませてしまう。特にクイーンを使い捨てにしがちだ。クイーンは私ほど最強では無いのに、手癖で敵地に突っ込ませては玉砕させている。

 

「何度クイーンが私だったらと考えた事か…」

 

「確かに、クイーンがレノさんであれば単騎で敵軍を壊滅させる事も容易でしょうね」

 

 イザベルも私のあまりにもあんまりなぼやきにクスクスと笑っている。我ながら馬鹿な妄想を呟いたものだ。これも全部眠気のせいだろう。

 雑談も良いがいい加減授業に集中しなければ。流石にこれ以上は先生の目に付いてしまう。再びあくびを噛み殺して眠気と闘いながら、板書に向き合う。これが終われば昼休み、後十分程の我慢だ。頑張ろう。

 


 

 そうして、今日もなんとか眠気に打ち勝った私は、昼食の為に自室へと戻るべく歩みを進める。残念ながら未だ酒を飲む許可は得られていない。

 今日はどのような手で酒をねだろうか…そんなことを考えていた道中、人だかりが出来ているのを見つける。なにやら掲示板に興味深いことが書かれているらしい。ぽつぽつと掲示板に貼られた一枚の紙を指差す人の姿も確認できる。

 

 多数の生徒が注目する張り紙の内容は…生徒会の人事に関する公示だ。その公示には、訳あって空席となっていた『生徒会会計』についての告知が掲載されているようだ。

 前会計が何故居なくなったのかは公表されていないが、意識せずとも耳に入る程度には『噂』が出回っている。特になんの面白みもない横領だったらしい。

 私は生徒会に大した興味もないが、せっかく前を通りかかったのだし、次はどんな奴が生徒会に取り入ったのかと見てみれば…見覚えのある名前が掲げられていた。

 

「へぇ?アイツの駒は随分と優秀なようで」

 

 公示には2年生の『モニカ・ノートン』を生徒会の会計とする旨が書かれている。この件に関しては既に噂で出回っていたのであまり驚きはないが…まさかこの短期間で殿下の懐に潜り込むとは。

 モニカ・ノートン。私がルイスの駒ではないかと疑っている人間だ。これを話のきっかけにしてイザベルから事情を聞き出すのも悪くはないだろうが…イザベルとモニカ某の仲は険悪だとも聞いている。聞くにしても人目のない場所が好ましいだろう。

 

 さて、件の公示を見た人間の反応は大半が「誰?」と言った様子。つまり転入生にも関わらず然程目立ってはおらず、だが生徒会の会計に抜擢されるほどの能力を誰かしら…生徒会の人間か、それに近しい者に見せつけた、という事だろう。

 だが会計というのが妙に引っかかる。空いている席がそこだけとは言え、見ず知らずの編入生をいきなり生徒会なんかに引き込むか?それも庶務や書記ではなく、金庫番とも言える会計に?

 

「信頼を無視してでも、手駒に入れておきたい程数字に強い…と聞けば、やっぱりモニカが思い浮かびますね」

 

 私が真っ先に護衛の候補から消した人間、モニカ・エヴァレット。彼女ならば、会計に限って言えば、能力的に不足はないだろう。むしろ過剰戦力だ。そんな事に七賢人を使わないでくれ。

 だが、あの対人能力が壊滅している天才魔女に、生徒会としての業務が務まるかと聞かれれば…絶対に無理だ。物言わぬクマの人形を置いておく方が安牌だろうと思える程度には無理だ。

 

 もしどうしてもモニカを使いたいなら…最低限の仕事が出来る、適当なお飾りに会計の椅子を温めさせて、モニカ何某は『有志の補佐官』に任命すれば良いはずだ。いちいち本人を会計の席に座らせる必要はないだろう。

 

「モニカ以外となると…ルイスのトンチキ精霊にそんな能力があるとは思えない。誰だ?」

 

 ルイスの手駒と聞いて真っ先に思い浮かぶのはやはり、メイドの格好をした上位精霊だ。だが上位精霊は人とは()()()感性をしているので、潜入調査には向いていない。風の精霊ともなれば尚更その気が強いし、何よりもアレに会計なんて仕事が出来るとも思えない。

 一応、ルイスの駒で言うとグレン・ダドリーという駒もあるが…今回は本人をそのまま使っているのでモニカ=グレンの線は無いし、そもそもグレンに会計をさせるくらいなら可愛らしい猫に椅子を温めてもらった方がまだ役に立つだろう。

 

 未だモニカ・ノートンの人物像が見えない。一度でもその姿を直接見てみれば、その能力を推察できる可能性は低くはないだろう。少なくとも、体格や立ち振舞いでどのような手段で護衛に回るかは把握できるはずだ。しかし、今の所そういった機会には恵まれないでいる。

 

 やはりルイスは私の知らない、何かしらの隠し球を持っていたのだろう…それもかなり優秀だ。

 もしくは彼の師である『紫煙の魔術師』ギディオン・ラザフォードから都合の良い人材を融通して貰ったか。流石に陛下からの密命ともなればルイスも形振り構っていられないだろうし、その可能性も低くはない。

 

「そこまで行けば『治水の魔術師』様の線もありますか…まったく、そんな人材を持っているなら私にも貸してくれませんかね」

 

 ルイスはその本性こそ場末のチンピラだが、ミネルヴァで優秀な成績を残し、魔法兵団の団長に上り詰め、今や七賢人の一席を担っている。魔術師の伝手に関しては片手間には捉えきれない程多岐に渡るだろう。

 

 逆に私は、ほぼ独学で魔術の研究をしてきたので、魔術師の伝手という物が少ない。一番交流が多いのが頻繁に前線に出るルイス、次点でよく術式改良を依頼するモニカというあたりで交流の少なさが伺える。

 そうなった理由は簡単で、私が魔術よりも近接戦の強化に力を入れていたからだ。勉強は片手間で、本腰を入れて研究をしていた『巡航魔術』と『魔剣』に関連した知識以外は殆ど門外漢、強いて言えば治療用の魔術に関する研究を齧ったくらいだ。

 

 そんな訳で、私は信頼できる優秀な魔術師の助手が欲しいと常々考えているのだが…残念なことに機会に恵まれないでいる。

 特殊魔装騎士団を設立した時は、魔術に造詣の深い人間が入ってきてくれないかと少しばかり期待していたのだが…結果は団員ゼロ。魔術に詳しい云々以前の問題だ。

 

 ともかく、これ以上ルイスの手の内を読もうとしても出来ない事は出来ない。やはり何かしら動くとしてもイザベルに対して仕掛けるしかないのでさっさと切り上げよう。

 

「イザベルさんの噂についても気になる所ですが…どのタイミングで仕掛けるべきでしょうかね」

 

 明日辺りにでもお茶会か昼食に誘ってみるか。対外的な名分は…お互いの家の立場から、竜害に関する話題を絡めれば他の人間も寄りつこうとは考えないだろう。

 

「レノさん、少しお時間を頂けますか?」

 

「はい、なんでしょうか」

 

 掲示板の前でモニカ・ノートンの事について考えていると、背後からイザベルに声を掛けられる。このタイミングとなると…私がモニカ・ノートンを意識するのを見計らっていたのだろうか。

 

「少しばかり…()()()()()()なお話しがありまして。この後お茶でもいかがでしょうか?」

 

 柔らかい笑みを浮かべるイザベルを前に、私は少しばかりの逡巡を挟む。

 この誘いは明らかに裏がある。イザベルは少し前にモニカ・ノートンを自室に呼び出し折檻をしたと聞いているし、そうでなくても急すぎる。本来ならお茶会に誘うとしても、相手の準備の為に最低でも半日は置く筈だ。

 緊急…では無いにしろ、早い内に根回しをしておきたい。と言ったところか。この様子だとイザベルも私の事情を知っていそうだ。

 

「ふむ…分かりました。昼食を済ませたらそちらの部屋へ伺います」

 

 どちらにせよ相手から仕掛けてきてくれるなら話は早い。これを機にルイスの手を把握しておこう。

 


 

 今回はのんびり食事をする暇もないので、酒を強請る事なく食事を終わらせて、イザベルのいる部屋へ、少しお高めの茶菓子を持って向かう。

 

 イザベルの部屋の前では、既にイザベル御付きのメイドが待機していた。既に話は通っているようで、私の姿を見るなり部屋の扉を開けてくれた。

 

「お待たせしました。本日はお招きいただき有難う御座います」

 

「いえ、こちらこそ急なお誘いだったので…迷惑でなければよかったのですが」

 

 申し訳なさそうに話すイザベルに対し、私は簡素に「問題ない」と答える。

 実際に迷惑か迷惑でないかで言うと…流石に急すぎるという事もあって普通に迷惑だが、無駄に後回しにする事柄でもない以上は文句を言う気も無い。

 

「では早速…モニカ・ノートンについてはご存知ですか?」

 

 私が席に座るや否や、私の予想より早く、率直な質問が飛んできた。ここまで急いで話すとなると…かなり深刻な問題が起きた様にも感じられる。

 

「噂程度には。新しく生徒会の会計となった編入生ですよね」

 

「ええ、それで間違いありませんわ…直接、その姿を見た事は無いんですのね?」

 

「無いですね。少なくともモニカ・ノートンの顔と名前は揃っていません」

 

 イザベルの口振りから察するに、私がモニカ・ノートンを直接見れば、それが誰なのか分かる外見をしているのかもしれない。

 私は魔術師の知り合いはそう多くはない。となれば騎士の線が有力だが…モニカという名前から女騎士だと想定すると、候補はかなり限られる。

 ルイスと繋がりがあって、殿下の護衛を任せられる様な騎士…ここまで来ると、流石に当てはまる人間はいない様に感じる。そもそも隠れて護衛をしなければならないと考えると、やはり騎士よりは魔術師の方が適任だろう。

 

「そうですか…ここまで話せばお分かり頂けるかと思いますが、お恥ずかしながらモニカ・ノートンは私の姉ですの。血は繋がっていないのですけどね」

 

 血の繋がっていない姉…妾の子と言う訳ではないのか?モニカ・ノートンの細かい『設定』は分からないが、とにかくケルベック伯爵家での身分が低いのは分かる。

 

「話と言うのも…レノさんは『特殊魔装騎士団』の団長であり、学園内で何かしらの事態が起きた時には、護衛の任に就く可能性があると聞きましたの」

 

「そうですね。今でこそ休職扱いではありますが、殿下に限らず学園内で重大な事件や事故が起きた時にはそうなるでしょう」

 

 特殊魔装騎士団に課せられた義務の内の一つに、『有事の際は王族の保護を最優先事項として動け』という物がある。

 この状態で私が自由に動くためには、相応の人員と相応の立場の人間が揃って王族の安全を保障し、尚且つ私自身に『外敵の討伐』等が命令されなければならない。

 

 それに王族に直接命令されれば、騎士団所属の私に拒否権は無いので、殿下のご機嫌を損ねれば使いっ走りとして雑用を押し付けられる可能性もある。これもあるから私はセレンディアに来たくなかったんだ。

 

「私の姉、モニカ・ノートンがどのような手を使って生徒会に取り入ったのか…それは分かりませんが、決して不審者やそれに類するものでは無いと伝えようと思いましたの。万が一何かあった時の為の根回しと考えていただいて構いませんわ」

 

「…ふむ、続けてください」

 

 イザベルはルイス周りの云々も知っているのだろう。そして、イザベルが一々私に対して『根回し』をするとなると、ケルベック伯爵家も完全にルイス側の人間か。

 だが「モニカ何某は敵ではない」と、それを伝える為だけのお茶会ならこうも急ぐ必要は無い。つまり今回のお茶会の目的は、他の伝達事項も一緒に伝える為だろう。

 私の予想通り、イザベルは「ここからが本題だ」と言わんばかりに大きな咳払いを一つ挟んだ。

 

「あの、対人能力が絶望的で、いつもいつもボソボソと吃りながら喋る姉が、一体どうやって生徒会に入ったのかは知りませんが…少なくとも他人を害せるような人間でない事はケルベックの名に懸けて保証いたしますわ」

 

「………あー…それ程までに、対人能力が?」

 

「ええ、お恥ずかしながら」

 

 今、イザベルは彼女の姉である『モニカ・ノートン』について話している…はずだ。なのに何だこの既視感は。気持ちの悪い汗が背筋を伝うのを感じる。

 待て、待て待て待て。まだそうだと決まった訳じゃない。ただ()()を模倣しているだけという可能性も消えてはいない。そんな行為をする利点は特に思い付かないが…何かやむにやまれぬ事情があるのかも知れない。

 

「何時も何時も数字と睨めっこしては怪しく笑い、それ以外の時はおどおどとして過ごしている愚姉ですわ。全く何を考えているのやら」

 

 もう声も出ないし、動揺で手が震える。ここまでの情報から想像できるのはもう()()しかいない。特に数字を見てにやけるような人間と言ったら、アレだけだろう。

 

 『七賢人・沈黙の魔女』…モニカ・エヴァレット。間違いなく彼女だ。演技でもなければ彼女以外にあり得ない。それ程の能力を持っていなければそんな人間を護衛に選ぶ意味も無い。

 なるほど確かに、私が一目見ればわかる筈だ。彼女とは数少ないながらも、何度か顔を合わせた事もある。

 

 だが何故…何故モニカを選んだ?ルイスは呆けたか?明らかに人選を間違えているだろう。その上東部の名家ケルベックまで巻き込んでいる…いや、だから彼女なのか?モニカならケルベックに対して『ウォーガンの黒竜』の時の恩がある。その伝手を使えば協力も取り付けられるだろう。

 

 だが…やはり学園への潜入という要素を考えると、愚策と言う他無い。間違いなく予備の策はあるのだろうが、モニカに関しては間違いなく愚策だ。大間違いだ。

 

「まあ、どのようにして、何のつもりで生徒会に入ったのかはこの際どうでも良いんですの。問題は…ケルベックの人間だと言うのにあの態度で、その上生徒会に入ってしまった事が問題なんですの」

 

「……はぁ…」

 

 もはや力の無い返事を返すことしか出来ない。本当に、何があったらモニカが生徒会に潜り込めるんだ…?まさかルイスの奴、モニカに精神関与系の魔術でも使ったのではあるまいか。アイツなら必要であればやるだろう。

 いや、イザベルの話すモニカ像は明らかに沈黙の魔女のそれだ。モニカの精神を弄るなら人格矯正も併せて行う筈…となると、単純に脅して無理矢理仕事を押し付けたか。

 

「簡単に言えば、『舐められてる』らしいんですのよ。あの愚姉ならそうなっても仕方がないとはいえ、ケルベックの人間が舐められている現状…私は非常に腹立たしく思っていますの」

 

「舐められている、ですか?」

 

 イザベルは私の心境などお構いなしに話を進めるが、それはある意味で私にとっての救いとなっている。軽い現実逃避とも言う。

 

 もしも、億が一、モニカ・ノートンが私の想像するモニカ・エヴァレットその人であるならば…まあ舐められるだろう。舐められない筈もない。

 妾の子扱いであの性格、馬鹿にされない要素がない。七賢人という身分さえあればそれでも侮られはしなかったのだろうが…今は潜入任務中だ。身分を明かす訳にもいかない。

 

「愚姉にはケルベックの名前を出すなと言いつけておりますが、それでも名目上はケルベックの人間ですわ。なのでアレが侮られている即ち、ケルベックが侮られているという事にも繋がりかねませんし…特に生徒会に入った今、アレが恥をかくような事態になれば、ケルベックの人間が生徒会の名に泥を塗ったとも捉えられかねません。間違いなく、そうなると考えていますわ」

 

「…成程、生徒会長でもある殿下ならばモニカ・ノートンがケルベックの名を隠していても調べるのは容易でしょうし、その他の家の人間でも多少の力があれば同じく調べられるでしょうね」

 

「ええ、その通りですわ。そしていざ問題が発生した時…私まで巻き込まれるのは避けられませんのよ」

 

 それはそうだろう。社交界は貴族同士の足の踏みあいなのだから、相手の弱みを血眼になって探すような輩も少なくはないし、ケルベックなんて名家にもなれば敵の数も多くなるだろう。

 

「レノさんならばいざという時、殿下の側に就く事も容易でしょう?そうなった時にあの愚姉が変な事をしないように見張る…とまではいかなくとも、何かしらの不手際を起こした時に、無理のない範囲でフォローして欲しいんですの」

 

 これは…保身に見せかけた護衛の補助を依頼しているのか。おそらくは本気でモニカ・エヴァレットなのだろう。そうでもなければ私にこうしてまでモニカ・ノートンの『人格面の補助』を依頼しないはずだ。

 沈黙の魔女の技量を信頼していて、尚且つ彼女の性質も把握している人間だからこその依頼。極秘の任務という事もあって、頼れる人間は極少数。

 

 この依頼は…はっきり言って私の得意とする分野では無い。(はかりごと)も不可能とまでは言わないが、所詮私は一介の騎士に過ぎない。セレンディアの貴族や頭の切れるフェリクス第二王子相手に上手く立ち回れるとは言い難い。

 だがイザベルも取れる手段が限られている以上、私が断れば保険はルイスの持つであろう『何か』だけ…今回モニカを使うと決めた人間の『保険』なんて頼れる筈も無いか。

 

「本来ならば我が家の不始末は我が家で解決すべきなのですが…お恥ずかしながら、我がケルベック家の権力にも限界がありますわ。特にセレンディア学園内ともなれば尚更です。なのでこうしてレノさんにお願いをしているのですが…勿論、無理にとは言いません。断って頂いても構いませんのよ」

 

「そうですね…もし、殿下の護衛に就くような事態が起きた時、護衛の任に差し障りの無い範囲で良ければお受けしましょう」

 

 ケルベック家の子女にしては謙虚な物言いだ。彼女の家ならば多少の無茶は押し通せる筈だが…モニカの設定を考えると、ケルベック家としては大きく動けないのだろう。

 

 モニカ・エヴァレット相手なら、私だけでなくもっと手厚く介護するべきだとは思うが、これ以上となると間違いなく怪しまれる。ただでさえ私は目立つ人間だ。モニカの正体を隠す事が最優先と考えると、やはりこれが限界だろう。

 イザベルもそれが分かっているのか、私の返答に満足そうに頷いている。

 

「ええ、それで問題ありませんわ。流石の愚姉でも早々に問題を起こすとは考えられませんし、何よりそこまで無能ならば早い内に生徒会から摘まみ出された方が良いでしょうしね!」

 

 イザベルは悪役令嬢らしい言葉を吐いて、オーホッホッホ!と戯曲のような高笑いを見せる。随分と様になっているが、どれ程の練習をしたのだろうか。

 

「ああ、それと。先日父から「『ウォーガンの黒竜』の時の損害について、被害を受けた建築物の復旧が終了した」との知らせが届きましたわ。田畑や家畜に関してはもう少し掛かるそうですが…ケルベックの人間として、事後処理に協力してくださったフェアニッヒ辺境伯家に心からの感謝を」

 

 先程の高笑いが嘘のように真面目な話だ。『北部山岳猟兵団』が行った事後処理は、避難所の設営と堕とした飛竜の解体。そして物資輸送隊による食料や医療品の支援だったか。

 もちろんフェアニッヒ以外の多数の貴族も支援に参加しているが、今回私に直接礼を言っているのは…単純に、直接礼を言うべき貴族の子が居ないからだろう。あとは『今回のモニカの話のついでに』程度の気持ちか。

 

「竜害の規模から考えるとかなり早い復旧ですね。モニカ…沈黙の魔女の処理が適切だったからでしょう」

 

「ええ、あの鮮やかな手腕は…生涯、忘れることはないでしょう」

 

 イザベルが噛み締めるように話すのは、モニカの神技とも言える魔術の扱いをその目で見たからだろうか。

 

 件の騒動の時。現地に赴いた私は、状況が終了していたのを確認してから、モニカの『戦闘結果』を確認している。

 総勢24匹にも上る翼竜の群れは、一匹残さずその眉間を氷の槍で撃ち抜かれ、その死体は周囲の空き地に積み重なっていた。

 その時は翼竜の機動力と、物量も相まって建物の被害は大きかったが…襲いかかってきた竜の規模に対してはあまりにも少ない被害だと言い切れる程度の物だった。

 それもこれも、全ては『沈黙の魔女』だからこそできた事だろう。私では殲滅できても翼竜相手では時間は掛かるし、死体を町に被害の出ない場所へ一箇所に纏める、なんて器用な真似はできない。

 

「イザベルさんはモニカの戦闘を見たのですか?」

 

「いえ、直接は見ておりませんが…屋敷で報告を受け、安全を確認されてすぐに現場を見に行きましたの」

 

 つまりだ。このお嬢様は街が翼竜に襲われている時に、逃げなかったと言う事になる。非戦闘員の、か弱い伯爵令嬢が、だ。

 

「…一端の騎士として小言の1つ2つ込み上げてきましたが、私が指摘することでもありませんね。黒竜との戦いも?」

 

「残念ながら黒竜は森の奥地に居たので、お姉…沈黙の魔女様が討伐に出向き、見事撃退して見せたとしか知りませんわ」

 

 やはりと言うか、イザベルも流石にそこまでお転婆だった訳ではないらしい。安心したような、残念なような不屈な気持ちだ。

 しかし、黒竜戦について情報が得られないのは惜しい。件の戦闘について、詳しい戦況を知る人間はモニカ以外にいないのだろうか。

 

「その様子だと、何か気になることがあるようですわね?」

 

 私の内心に勘付いたのか、イザベルは興味深そうに視線を私に向けてくる。別に隠すような事でも無いのでイザベルの意見も聞いてみるとしよう。

 

「はい、モニカの戦いを見たイザベルさんなら分かると思いますが…モニカが黒竜を()退()する光景が思い浮かばないんですよ」

 

 私が感じていた違和感を口にすると、イザベルは私の真意を見極めるかのようにじっと見つめてくる。

 よくよく考えればこの言葉だけではモニカの実力が足りないとも捉えられてしまうかもしれないな。失敗だ。

 

「沈黙の魔女様が力不足…と言う訳では無いのですのよね?」

 

「はい。これは『相性』の問題です。モニカの戦法と黒竜の『黒炎』…この二つの要素を勘案すると、違和感が浮かび上がるんですよ」

 

 イザベルは私の言葉足らずを適切に捉えてくれたようだ。私としてもイザベルからの心象を悪くしようという意図は無いので助かった。

 人と竜の一対一。お互いが相手を確実に殺せるような状況で、お互いが『生存』した状態で戦闘が終わるか?私は終わらないと考えている。

 

「例えば、一般人二人がお互いの脳天に銃口を向け合っている状態があるとします。この二人は銃を下ろさず、必ず引き金を引くとして…片方は無傷で、片方は生きて逃げ延びる結果になる可能性は限りなく低いでしょう?私の知っているモニカと黒竜の相性は、そういう形に近いと考えています」

 

「ふむ、謂わば『信頼が故の違和感』という事ですわね!」

 

「…まあ、そうなりますかね?」

 

 何故かは分からないがイザベルから尊敬するような眼差しで見つめられる。モニカの技量は信頼しているので、イザベルの言葉を否定する事はないが…何か勘違いされている気もする。

 

「確かに、レノさんの言う様な戦闘だと考えると『撃退』は不思議な結果ですわね…沈黙の魔女様が先制攻撃で黒竜を仕留めきれなかったとすれば?」

 

「可能性で言えばそれが一番高いですが…モニカが()()()()()()()()()()()()なんて事は無いと思うんですよね」

 

 この年齢にして、多くの竜害を見聞きしてきたケルベック伯爵家の人間として、モニカの『戦法』を知っていたイザベルも、撃退という結果に少しだけ疑問を抱いた様だ。

 

 私の予想では、モニカならば黒竜相手だろうと先手を取って一撃で仕留められると考えている。

 黒竜は黒炎の火力こそ脅威的だが、過去の記録を見るにそれを吐くまでに相応の溜めが必要になるし、他の上位竜と比べても耐久力が特別秀でている訳でも無い。そんな相手をモニカが仕留め損なう筈もないだろう。

 それに、万が一モニカが『一撃で仕留めきれない』と判断したのならば、初手は機動力を削ぐ為に超遠距離、具体的には黒炎の範囲外から翼や脚を拘束すると考えられる。彼女は確実に仕留め切る方法を模索して、確実にそれを実行するだろう。

 

「かと言ってモニカが後手に回る可能性は少ないですし…万が一後手だった場合、モニカには黒炎を躱せないと考えています。彼女は飛行魔術を使えませんからね」

 

 黒竜の吐くブレス『黒炎』は防御不可の攻撃とされている。結界などで防御をしても少したりとも役に立たないと考えると、飛行魔術か回避で対処するしかないが…同年代どころか、本人の半分も生きていないような子供にすら負けかねないモニカの運動神経では、まず不可能だろう。

 

「飛行魔術を使えないと言うのは知りませんでしたわ…となると、沈黙の魔女様が後手を取った上で、黒竜が黒炎を使わなかった?」

 

「その場合でもモニカが勝ちそうですがね。モニカ相手に一手でも隙を見せれば、私でも普通に負けかねませんし」

 

 攻撃にせよ防御にせよ、詠唱という手間の必要な他の魔術師と違い、モニカ相手への『一瞬の隙』は、文字通り一手分のアドバンテージを与えることになる。そしてモニカは一手あれば必殺を放てる魔術師だ。

 あくまで『現在の五分の距離』から戦闘を始めた場合の話だが…モニカの同時詠唱数が三つだった場合、私は満足に距離を詰められないままモニカに封殺されるだろう。

 

「『魔剣姫』様でも…ですか?」

 

「無詠唱というのはそれくらい強いんですよ。モニカ自身の手札の量も多いですし、魔術に関して彼女の右に出るものは居ません。あと1つだけでも、同時詠唱の量を増やされたら私でも『必殺の距離』以外では勝てるか怪しくなってきますよ」

 

 魔術という物は、魔力という限られたリソースと詠唱の明確な隙があるからこそ、騎士でも対処できる『可能性』がある。

 それに対してモニカは『無詠唱』という手段によって隙を限りなく小さくし、その上で『節制術式』なんてモニカ以外では大道芸にしかならないような技術を含めた魔術を使って、低コストで高火力な範囲攻撃を連射してくる。騎士から見れば普通に理不尽大魔王だ。

 しかもモニカは、運動神経こそヘッポコくんだが動体視力は結構高く、軌道予測能力も出鱈目に高いので、そこらの騎兵や竜相手ならば眉間への精密射撃で一撃だ。

 

 モニカは本当に強い。通常の魔術師のように『お行儀良く』戦っていては勝ち目など無いと言い切れる位には強い。ルイスのように実戦慣れしていて、尚且つモニカと相性の良い、搦め手を挟む戦い方のできる人間でもなければ勝ちの目を拝む事すらできない。

 

「私がモニカと戦うとして、今のモニカ相手でも遠距離から交戦を始めれば圧倒的不利で始まります…まあ、魔術師対騎士の盤面だと距離が離れるほど魔術師有利に傾くものですがね」

 

 そういう意味では『魔術師に対して遠距離から交戦を始めても勝ち目がある』というのが異常だという意見もある。私は自他共に認める、文字通り『規格外に最強』の騎士だ。

 

「七賢人相手に『勝ち目がある』と言い切れるとは…一度その戦闘を見てみたいですわ!」

 

「…黒竜に関しては、そういった違和感があるので、私も黒竜戦についてモニカに直接聞きたいのですが、本人の気質的にそれは難しいんですよね」

 

 『ウォーガンの黒竜』の騒動からモニカは自分の家に篭りっきりだった。後学の為にも黒竜とどのような交戦をしたのか知りたかったのだが、時間を取れないまま今日に至る。

 それに直接聞きに行った所で、あのモニカ相手だと碌に話も聞けないだろう。報告書制作を急かすべきだったか。

 

「今では私も学生の身ですし、話を聞く時間が作れるかどうか…」

 

「ふむ…その件、私の方でも調べさせていただきますわ。七賢人、それも『沈黙の魔女』様の戦い方ともなると、参考にできる点は少ないでしょう。それでも、「後学の為」と戦闘記録を求めれば拒否される可能性は低いかと」

 

「そうですね。私よりは当事者であるケルベック家の人間が要請した方が都合は良いでしょう」

 

 ここでイザベルの協力を取り付けられたのは大きい。彼女ならば機会さえあれば、学園内にいるモニカから当時の状況を聞く事もできるだろう。少なくとも、私よりは早く情報を集められる筈だ。

 

 私がイザベルに聞きたい事はこれくらいか。後はイザベルが私に聞きたい事が無ければ、この場はお開きとなるだろうが…

 

「さて、『ウォーガンの黒竜』についてはこの辺りにして…ガールズトークと行きましょう!」

 

「が、ガールズトーク…?」

 

 ガールズトーク…知識としては知っている。女子同士で最近の巷の流行だとか、気になる男についての話だとかをする場の事だ。生憎、戦場で生きてきた私には縁のない物ではあったが…ここはセレンディア。一般的な貴族の子女ともなれば、そういう話題に花を咲かせる事もあるのだろう。

 

「お茶会といえば、ですわ!気になる殿方の話…は私も出来ないので、最近の趣味などのお話はどうでしょうか!」

 

「しゅ、趣味…」

 

 私の趣味は剣技を極める事と魔術に関する勉強だが…私でもこれが一般的な貴族子女の嗜みとしては不合格なのはわかる。

 イザベルはそんな戸惑う私に構う事なく、横にいるメイドから受け取った本を私に押し付けてくる。

 

「私は最近、『マローネ・フィリル』という方の執筆する小説を読んでいますの!」

 

「は、はぁ…」

 

 手渡された小説の中を軽く読んでみる…どうやら、恋愛小説のようだ。

 恋愛…今の私とは縁遠い物だ。お父様やお母様はセレンディアで出会いの一つ二つを求めているらしいが、私は未だに『恋』がなんなのかピンときていない。もっと成長すればそういう事柄に詳しくなれるのだろうか。

 

「ふむ、表情から察するにレノさんは恋愛という物が理解出来ていないようですわね!」

 

「まあ、そうですね…特に私みたいな立場になると、一般的な女子とは違った恋愛観になっているでしょうし…」

 

「ええ、分かりますわ!レノさん程強ければ『守られる』なんて事も無いでしょう…では、逆に『守りたい』と思える殿方を…」

 

 不味い、イザベルがヒートアップしてきている…横にいるメイドも次から次へと本を持ってきているが、まさかそれは全て恋愛小説なのだろうか。そして私に読めと?

 

「女騎士と王子の恋愛物語…数は少ないですが、存在しない物ではありませんわ!若しくは騎士と姫の恋愛物語を良い様に解釈するとか…」

 

「なんですかこれ、『最強女騎士と病弱王子』…明らかにこの女騎士、でかくなった私なんですけど。黒竜とか斬ってるじゃないですか」

 

 正面から一対一で上位竜を叩き斬れる騎士なんて、私以外居ないぞ。なんなら私でも上位竜を斬ったのは赤竜一匹だけだ。主人公の性能を盛りに盛った結果、たまたま私みたくなっただけだろうか?

 王子も王子で、これでもかと言うほどに病弱だ。しかも王家としての才覚に恵まれていないのをコンプレックスに感じているらしい。だが女騎士はその王子の心優しさに惹かれたとかなんとか…

 

「以前は『強い女性』を描くなら魔術師か貴族、という風潮が強かったのですが、レノさんが騎士団長になってからは、女騎士が主役の物語も飛躍的に増えましたわ!同時に女騎士と姫の禁断の恋を描いた物も…!」

 

「うわぁー!なんか聞きたくない!私を出汁に変な小説書かれてるとか聞きたくない!」

 

 無茶苦茶悪寒が走る!ぞわっと来た!もしかして私そういう目で見られてるって事!?そういう目で見てくるのはあの呪術ナメクジだけでも手一杯なんだけど!

 

 …別に私は同性愛云々に文句を言うつもりはない。私自身、恋愛を知らない身だ。愛の形は人それぞれ、とも言うし「そういう人がいるんだなぁ」程度の感覚だ。

 だが、それとこれとは別問題だ。明らかに私をモデルにした様な恋愛小説がある上で、そういう小説が有るとなると…少し気味が悪いし、えも言われぬ感覚が襲ってくる。

 

「ちょ、ちょっと止めません?女騎士云々はいいので、とりあえず普通の奴を…」

 

「そうですか…ではこの『白薔薇の乙女は花園に眠る』はどうでしょう!」

 

 あまりにも悍ましい呪物をやんわりと遠ざけて、比較的無難な小説を要求すると、イザベルは自信満々に一つの小説を手渡してきた。

 

 イザベルの一押しなのだろう小説を少しだけ覗いてみる…良かった、これは女騎士モノではなさそうだ。

 だが、なんと言うか…良く言えば『詩的な表現』の多い小説だ。これは読むのに相当な労力を強いられそうだ。

 

「その本だけとは言わず、気になった本はお貸し致しますのでゆっくりご覧になってください!」

 

「…女騎士の物以外なら、読むだけ読んでみます」

 

 イザベルから齎された『凶報』のせいで、この先しばらくは『創作の女騎士』をまともに直視できなさそうだ。

 とは言え、普通の小説なら問題ない。巷で流行っている物語というのも気になるし、イザベルからそういう物の情報を仕入れるのも悪くはない。それに、こうして定期的に会う口実を作っておけば、モニカの件の話もしやすいだろう。

 

「では、今後もこの様にして私のお気に入りの小説をお勧めいたしますわ!」

 

「…セレンディアに在学している間の趣味としては良さそうですね。女騎士が出るもの以外なら是非お借りしたいです」

 

 どうせセレンディア内では体を動かすにも限界があるし、お淑やかな趣味を身に付けるのも悪くはないかもしれない。イザベルの勧める小説を眺めながら、私は紅茶を一口啜った。

 

 


 

 

 レノが立ち去った後の部屋の中で、満足そうな表情をしたイザベルと侍女であるアガサが、資料(悪役令嬢物)を片手に話し合っていた。

 

「結界の魔術師様の言う通りでしたね。レノ様とお姉様が顔を合わせる機会に恵まれなかった時は、お姉様が『計算が非常に得意で、対人能力は壊滅的』と伝えれば嫌でも分かって貰える、と言ってましたが…レノ様のあの反応、本当に予想外だという表情でした」

 

 イザベルがモニカ・ノートンの性格について悪し様に語った時、レノは動揺を表に出すまいと努力はしていたが、イザベルの目にははっきりとその動揺が確認できていた。

 

「まさかあの名高い魔剣姫様が、あそこまで動揺するなんて思いもしませんでしたね」

 

「それ程までに、と言う事でしょう。確かにお姉様の性格を考えれば、とても護衛には向いてるとは言えないもの」

 

 イザベルのみならず、ケルベック伯爵領に住まう人々の間ではモニカは非常に神聖視されている。

 モニカ本人の動機や理由はどうであれ、ケルベック伯爵領を近年最悪の竜害から守り抜き、自らの活躍を讃える宴も「ケルベック伯爵領の復興を優先させ、自身の利益に囚われない高潔な魔女」として扱われているからだ。

 

 しかし、だからと言って盲信的になるようなイザベルでは無い。モニカと実際に会って、その人となりを理解した今なら、モニカ・エヴァレットを護衛にしたと知ったレノの反応にも理解を示せる。

 

「人には誰しも得手不得手という物があるけれど…どう好意的に捉えても、お姉さまの人柄では潜入任務は向いていないもの」

 

「そうですね。沈黙の魔女様は人との関わり合いを避けていますから、学園生活はあのお方にとって苦痛になっていても不思議ではありませんね」

 

「ええ。結界の魔術師様の要請で引き受けた仕事ではあるけれど、もしもあの時、お姉さまの事をよく知っていれば、もう少し広く手を回していたのに…」

 

 イザベルとしては、モニカの事を知った今では今回の任務への参加に異を唱えたくはある。モニカが望まない事をやらせるのはイザベル、ひいてはケルベック伯爵家としても望まない事であるからだ。

 しかし今回の潜入任務は、直接的にはルイス・ミラーから与えられた物ではあるが、ルイスは国王陛下の命で動いている。そうなれば今回のこの任務は王命にも等しくなる。王命にもなるとケルベック伯爵家や七賢人といえども拒否するのは難しい。

 

「こうなるとレノ様がこの学園に入学して来てくれたのは非常にありがたいわね。私たちとは違う方面からお姉さまを補助できるもの」

 

「まさかモニカ様が、ここまで早く生徒会の会計の席に座れるとは思っていませんでしたからね」

 

「ええ。だからこそお姉さまの立場をあそこまで低くして、周囲から干渉されにくいようにしたけれど…こうなると、逆効果になってしまうかもしれないわね」

 

 もしもモニカが生徒会に入らずに、陰からフェリクス第二王子を護衛するという形であれば、モニカは周りから腫れ物を扱うかのように、過度な干渉はしてこなかっただろう。

 だが今回は良くも悪くも第二王子に非常に近い立場になってしまった。こちらの方が護衛はしやすいだろうが、ケルベック伯爵家の後ろ盾が無いに等しい以上、妬み嫉みの的になる事は避けられない。

 

「お姉様が生徒会に入った以上、滅多な事では殿下に危害を加えられる事は無いと思うけど…お姉さま本人に関しては話が変わってしまうわね。現在の立場(妾の子扱い)では私が干渉する事はできないわ」

 

「今のモニカ様の立ち位置を考えると、小さな問題が多く発生しそうですからね」

 

「その手の問題には私からは関われないでしょう…今の私は悪役令嬢、表立ってお姉様の味方をする事は許されないの!」

 

 ヨヨヨと泣き崩れるふりをするイザベルを、アガサが大袈裟な反応で支える。この二人、随分と楽しそうである。

 

「レノ様もお姉さまとの表の接点は無いに等しいけど、お姉さまを表立って虐げている私よりはお姉さまを守りやすい立ち位置にいるでしょうし、レノ様ならば、お姉様と殿下の距離が近い今なら殿下から生徒会へと関わる可能性もゼロでは無いわ」

 

「ケルベック伯爵家とフェアニッヒ辺境伯家の間に割り込める人はそう多く無いですから、こうして話をするのも容易ですしね」

 

「女子同士のお茶会という形で殿方や殿下ですらも割り込み難いでしょう!」

 

 いわゆるサブプラン、という物だ。実際は行き当たりばったりなのだが、物は言いようである。

 

「レノ様に期待しているのは…問題が起きた時に素早く、効果的に解決してくれる事。お姉様をいびり倒している私には使えない手を使ってくれるでしょう?」

 

「現職の騎士、それもフェアニッヒ辺境伯家の人間ともなれば「不義を見過ごす事はできません!」みたいな形で動けるかもしれませんからね」

 

「それこそ『最強女騎士と病弱王子』のように!「世界の全てが貴方の敵になろうとも、私は貴方の味方であり続けたい」と颯爽と助けに行ってくれる事でしょう!」

 

「きゃ〜!ロマンチック!虐げられる伯爵家の娘と女騎士団長の禁断の恋!」

 

 この二人、非常に楽しそうである。レノがこの会話を聞いたら、自らの扱いを改めるようイザベルを説得していただろう。

 

「…嫌ですわ!いくら魔剣姫様と言えども、モニカお姉様をそう易々と渡す訳には行きませんの!」

 

「それでもお嬢様は、任務の為に憧れの人である沈黙の魔女様を虐げなければならない…ああ!「国に忠を尽くす」と言うのはこういう事なのですね!」

 

 イザベルはモニカとレノがいい感じの雰囲気になる光景を思い浮かべ(妄想し)て、レノへと嫉妬していた。イザベルの乙女心は複雑なのだ。

 それに対しアガサは、最近読んだ『とある騎士同士の悲恋を扱った本』の状況を思い出し目に涙を浮かべていた。

 

「…ふう、少し熱くなっちゃったわね。とにかく、私は悪役令嬢として、レノ様は私からお姉様を守る騎士としての関係を作り上げれば、お姉様のサポート体制は万全になるでしょう」

 

 自らは現在のモニカとの立ち位置を維持しつつ、有事の際には外部からのサポートとしてレノを置く。これがイザベルの考えた現状で打てる最良の手だった。

 

「お姉さまとレノ様の距離を無理なく近づける為にも、程々に大きめの騒動が起これば良いんだけど…これに関しては私が動く訳にもいかないわよね」

 

「多少であればケルベック伯爵家に損害が出ても良い、とは言ってましたけど、限度もありますしねぇ」

 

 ケルベック伯爵家がモニカに対して抱いている敬愛の念は非常に大きい。それこそ、彼女のためならば一も二もなく動くであろう。だが、それが自分の領地やそこに住まう人々を冷遇する免罪符にはならない。立場ある者として、相応の立ち振る舞いが求められるのだ。

 今は悪役令嬢としてモニカを冷遇しているが、度が過ぎればケルベック伯爵家にも被害が及ぶ。レノがモニカに近づく為だけにイザベルが騒動を起こすのは、些か不都合なのだ。

 

「切り札はここぞという時まで取っておく物。まだ、機を見計らう時期ね」

 

「今は雌伏の時ですよ、お嬢様」

 

 悪役令嬢らしい、悪どい笑みを浮かべながら『悪巧み』をする。全ては恩人モニカ・エヴァレットの為に。

 

「さあ、それまではお姉様をいい感じにいびり倒すわよ!アガサ!」

 

「はい!このアガサ、お嬢様について行きます!」

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