セレンディアに入学して一週間、学園生活にも慣れてきた。
今日も今日とて退屈な授業を済ませ、日課の鍛錬を終えたら希望者に剣技の稽古をつける…はっきり言って退屈だが、特に問題もない日々が続いていた。
そうして今日も部屋に戻って一日を終えようとしたのだが…今日は何やら、手紙が来ているらしい。使用人から手渡された手紙の差出人を確認すると、実に見知った名前が書かれていた。
「…ルイスから?」
ルイス・ミラーからの手紙だ。きちんと『結界の魔術師』として送って来ている辺り、業務上必要な連絡があるのだと当たりをつける。
さて、どんな厄介事が降りかかって来るのやら。嫌々ながらも封蝋を剥がし、手紙の内容に目を通す。
『特殊魔装騎士団団長 レノ・グロスシュヴェルト様
この度、私ルイス・ミラーはパパになります。』
「…この、クソボケチンピラ魔術師が!もっと言うべき事があるだろ!なんでモ…アレをこっちに寄越したのだとか!」
なんて事のない、ただの惚気だった。この内容なら私信で良いだろうが…!いや、続きを読めば何かしら重要な報告があるのかもしれない。
次々と湧き出てくる文句をなんとか飲み込み、続きを読む。内容を簡潔に表すと…
・パパになるぜやったー!
・母子の状況によっては七賢人としての業務に空きが出るかもしれない
・パパになるぜヒャッホーイ!
・しばらくは妻の傍にいたいので、休暇を貰います
・パパになっちゃうよイエーイ!
・緊急時には学業で長期休暇を取っているレノにも仕事を回す可能性があります
・パパとして頑張っちゃうぜ~!
と言った旨が書かれていた。馬鹿のように浮かれているのが、手紙からも十分すぎる程に伝わってくる。こいつはもうダメかもしれない。
「…これ、返信しないとダメですかね」
あまりにもあんまりな、うんざりする様な内容に愚痴をこぼすと、執事が口を開く。彼女は私が子供の頃からお父様に就いていて、特殊魔装騎士団設立の際にお父様から融通してもらった、非常に有能な人間だ。
「社交辞令的なお祝いの言葉は送った方が良いかと。お嬢様の気が進まないのであれば、ロザリー様に宛てる手紙として送ると良いのでは」
私の執事、天才では?私個人としてロザリーさんにはちょっとした繋がりもあるので、祝辞を送るのもやぶさかではない。
何より、人が苦労しているのを尻目に、アホみたいに浮かれているチンピラに祝辞を送るのは腹立たしいのだ。私はまだモニカを護衛として送ってきた事に納得していないのだから。
「…とりあえず、紙とペンを。ロザリーさんに宛てる手紙を書きます」
「こちらに」
執事から紙とペンを受け取り、助言を受けつつ私信としての手紙の下書きを書いていく。
気の利いた事は書けないが、七賢人の奥方ともなれば命を狙われる事も少なくないだろうし、既に一度暗殺未遂に遭っているのだ。我が家の傍系が取り仕切っている、戦闘もできる使用人を紹介できる事を書いておこう。
「さて…この辺りでいいでしょうか」
「はい、十分だと思いますよ」
執事のお墨付きも貰った所で、清書に移る…前に、一息つこう。なんせ手紙を書くなんて久方ぶりなのだ。肩肘が強張ってしまった。
「清書の前に、少し外の空気を吸いますか…」
部屋の窓を開け、大きく息を吸う。肺に吸い込まれるのは、今の時期特有の、温かみのある柔らかい空気…だった筈だ。
「これは…なんでしょうか?」
「なんでしょうか…と言うと?」
季節は夏と秋の境目辺り。今私が感じているのは…何処となく不自然な、張り詰めた様な冷たい空気。
いや、それは気のせいなのだろう。事実今吸い込んだ空気はそんな物ではなかった。だが肌で感じるのは…
「魔術…いえ、魔力ですね。それも氷の魔力…何故魔力を垂れ流している?」
魔術として組まれていない、単純な魔力だ。近くに氷の精霊がいたとしても、ここまで魔力を垂れ流すというのはあり得ない。
感じた力は微かな物だった。おそらく発生源からここまでは相当距離があるのだろうが…おおよその方角を予想して、そちらに意識を集中させれば…感じ取れる。魔術の気配だ。
「魔術…それも中級相当?場所は…男子寮の周辺、ですかね」
肌感で感じ取れるのはそこまでだが、そもそも日も暮れたこの時間で、セレンディアの敷地内で中級魔術を発動させているのは問題だ。
「少し、出ます」
「お気を付け下さい、お嬢様。この時間に男子寮へと向かえば、あらぬ噂を立てられかねませんので」
「わかっています。出来る限り様子見で留めます」
こんな時間に秘密の魔術練習、と言うだけならば問題はないだろうが…それにしたって規模が大きい気がする。何も無ければそれでいいのだが…
木々を伝って、月夜の森を駆け抜ける。魔力の発生源へと近づく途中、新たに火の魔力も感じ取れた。
きな臭くなって来たなと考えながら、適当な枝を手折り、振りやすい様に余計な枝葉を取り除く。万が一交戦するとなった時、無いよりはましだろう。
そして現場に辿り着けば、三人の人影が見えて来た。メイドの格好をした女…あれは、ルイスの契約精霊か?となると、隣のフードを目深に被った小柄な女は
倒れているのは、この学園の生徒の様だが…パッと思い浮かべられる人間では無い。しかし、何処かで見覚えがあるな。
ここで私がすべき行動は…とりあえず、拘束か。木の枝の剣を構えて、不審者たちへと警告を発する。
「そこの不審者。両手を上げて、ゆっくりとこちらへ向きなさい」
大きく肩を跳ね上げて、慌ててこちらを向いたフードの不審者の目前に尖った枝を突きつける。
「れ、レレレの、レノさん…」
「人の名前を何処ぞの掃除が趣味の人間の様に呼ばないでください。声と喋り方で大方誰かは分かりましたが、ゆっくりとフードを外してください」
私の言葉に従い、ゆっくりとフードをおろした少女は…予想通り、七賢人『沈黙の魔女』モニカ・エヴァレットその人だった。
「こんばんは、モニカ・エヴァレット…いえ、今はモニカ・ノートンでしたね。噂はかねがね…どうやら事件は解決したようですね?」
モニカ達に自由にして良いと声を掛けてから、倒れている男子生徒の身元を改める。
身体から僅かに漂って来る冷気で事の顛末は大方予想できた。顔色は悪いが、随分と整った顔立ち…やはり見覚えのある顔だ。
「この方は確か…」
「し、シリル・アシュリー様です…生徒会の、ふ、副会長の…」
モニカの補足で、私の記憶に齟齬が無かったと判明する。直接話した事はないが、この学園では相応に有名な人物なので、私も名前は知っていた。
「それで、何が起きてどうなったのですか?」
「あ、アシュリー様は、魔力吸収体質で…この魔導具の誤作動で、魔力中毒に…」
確認の為、モニカに現状の報告を促せば耳を疑う様な報告が為される。
シリル・アシュリーが魔力吸収体質なのはどうでも良い。身元を改めた時に想定はしていたし、自己管理の甘さに小言を言いたくはなるが、その程度だ。
問題はシリルの立場と、その魔導具にある。
「…モニカ。シリル・アシュリーはハイオーン侯爵家の子です」
「は、はぁ…」
モニカはおそらく、ハイオーン侯爵が何者なのかわからないのだろう。別に期待はしていなかったので、改めてモニカに現状がどの様に問題なのかを教える。
「もし、その魔導具がハイオーン侯爵から贈られた物だとして、あの方がそこらの安物を掴まされる可能性は非常に低いと考えています」
「そ、そうなんですか?」
「そうなんです」
『識者の家系』当主ハイオーン侯爵。彼の知見は多岐に渡る。魔導具に関しては専門外かもしれないが、最低限の知識は間違いなく有るだろうし…専門外ならばそれなりに、侯爵家としての力を振い『名実伴った専門家』に依頼するだろう。そう考えると、簡単に誤作動を起こす様な魔導具を摑まされるとは考えにくい。
「なので、相応のブランドを持った人間に手掛けて貰った物だと考えているのですが…その魔導具は誰が作ったんですか?」
「…え……」
「え?」
モニカは言うべきか否か、非常に悩んでいるらしい。彼女のリアクションからして、モニカでも知っている程度には有名な人物のようだ。
「…エマニュエル・ダーウィン様……です…」
「エマニュエル…はぁ!?」
そうして、たっぷり数秒の逡巡を挟んだモニカの口から出て来たのは有名も有名、この国でトップの魔導具技師、七賢人『宝玉の魔術師』の名前だった。
これには私も意表を突かれた。そんな有名人がそう簡単に誤作動を起こすような魔導具を、ハイオーン侯爵家に卸すとは思ってなかったからだ。
「それ、本当に言ってます?」
「ほ、本当です…」
思わず確認を取ってしまったが、本当だったら大問題だ。天下の七賢人の一角が、そんなしょうもない魔導具を世に出したと知られれば、本人だけでなく七賢人全体の、更には国家そのものの信用問題につながりかねない。
モニカが恐る恐る手渡しして来た魔導具の製作者の刻印を、しっかりと確認する。どこからどう見ても立派な、私の目からは本物に見える『エマニュエル・ダーウィン』のサインが刻まれていた。
「……本当ですね。まさか、あのジジイ、手抜きしやがったか?」
「ひ、ひいいぃぃ…」
あまりにもお粗末な事態に怒気を滲ませながら呟けば、モニカは身体を震わせ、怯えながら私の様子を伺う。
いや、もしかしたら何かしらの重大な事故で破損した可能性は…無くは無い。七賢人が手掛けた魔導具が誤作動を起こす様な事態ともなれば、相応の対処が必要になるが…それでもエマニュエルがやらかすよりは対処のしようはある。
「ところで、コレが故障した原因は?」
「け、経年劣化です…」
そうして少しばかりの期待感を込めて、モニカに不具合の原因を確認してみれば、なんともしょうもない理由だった。宝玉の魔術師のただでさえ低い評価は、これによって地に落ちた。
経年劣化。魔導具にあるまじき不具合だ。大抵の魔導具には劣化を防ぐ為の魔術式も刻まれている筈だ。まさかそんな初歩的なミスを、あの宝玉の魔術師がやらかしたのか?
「……保護術式は?」
「ありませんでした…」
いよいよもって面倒な事態になって来た。ハイオーン侯爵が偽物を掴まされたのならば、まだ首の皮一枚繋がって笑い話で済む…『識者の家系』がそんな失態を犯したとなると、笑い話になるかは怪しいが。
問題は魔導具が本物だった場合だ。ハイオーン侯爵が自ら宝玉の魔術師に依頼して、宝玉の魔術師自らが手がけた魔導具が
「……色々と吐き出したいですが、モニカに言った所でどうにもならないでしょうから、飲み込みます。魔導具の修理は?」
「す、既に完了しています」
モニカは仕事を完璧に熟してくれた様だ。流石の私も魔導具を修理する技術は持っていないので助かった。
「分かりました、それではこのシリル・アシュリーは…どうしましょうか」
火急の問題が無いならば、一先ず諸々の大きな問題を後回しにして、シリル・アシュリーについての問題を解決しよう。
潜入任務中のモニカの事は何がなんでも隠さなくてはならない。となれば、私が異常を感知して、私が問題を解決した事にしても良いのだが…魔導具の件に触れられたら誤魔化すのは面倒だ。
かと言ってシリルをここに放置するのは…気分は良く無いし、いつ起きるかもわからない以上、朝になっても起きず大事になればもっと面倒だ。
「ちょ、ちょっと待ってください…少しだけ、時間を下さい…」
「…わかりました」
モニカには何かしらの当てがあるらしい。いつの間にか近くに居た黒猫とルイスの契約精霊リィンズベルフィード…略してリンを連れて、木の影で会議を始めた。
聞き耳を立てようかとも考えたが…ご丁寧に防音結界を張ってある。読唇術で内容を確認しようかとも思ったが、モニカは私に背を向け、リンは器用に腹話術で話している様だ。
黒猫も会話に参加している様に見えるが、流石に猫相手に読唇術を使える訳もなし。私は蚊帳の外で待っているしかなさそうだ。
手持ち無沙汰なのでシリルの怪我や体調を確認する。身体は冷えているが、大きな怪我は無い。この様子ならば意識を取り戻すのにそう時間は掛からないだろう。
そうして時間にして1、2分程だろうか。モニカ達の作戦会議が終わったのか、防音結界が解除されたのが見えた。
モニカは私の前に立ち…深呼吸を挟んでから、口を開く。
「だ、誰にも言ってないのですが、実は私、契約精霊が居まして…」
「はぁ…まあ、そういう事にしておきます」
今までモニカが契約精霊の事を誰にも話していなかったのは、人見知り故か、はたまた後ろめたい事情でもあるのか…少なくとも、私にその情報を出す事を渋る程度の事情はあるようだ。
「そ、それで…アシュリー様は、私の契約精霊に運んで貰います…」
「それが隣の?」
「おう、ネロだ」
モニカの横には先程の黒猫ではなく、独特な衣装を身を纏った青年が立っている。上位の契約精霊は大抵、動物の姿と人の姿を使い分けられるし、彼もそうなのだろう。
私がシリルを運ぶとなると、体格的にどこかしらを引きずる事は間違いないので、他に任せられるのはありがたいが…
「万が一見つかったらどうするのですか?」
「ネロなら逃げられる…よね?」
「任せとけモニカ!」
見ず知らずの契約精霊に任せるのは、はっきり言って非常に不安だが、モニカの言葉を信じて任せてみよう…と考えたが、ネロがシリルを俵担ぎにしようとしたので、一度声をかけて止める。
「ネロさん、相手は一応傷病者です。その持ち方では腹部に負荷が掛かるので、背負うか
「仕方ねーな、感謝しろよ人間」
ネロはぶつくさと文句を良いながらもシリルを横抱きに持ち替える。よし、それなら長く運んでも問題は起きないだろう。
とりあえずシリル・アシュリーに関してはこれで解決した。後は諸々の疑問の解消と…銭ゲバジジイの後始末だ。
「それでモニカ。何故契約精霊が居る事を黙っていたんですか?」
「そ、そそそ、その…る、ルイスさんに、バレたら…仕事を、増やされそうだな…って…」
モニカの動機は理解出来ない物ではない。確かにあのチンピラならば、戦力としての向上を理由にモニカを良い様に扱うだろう。
その他にも単純に「話すべき相手が居なかった」という理由もあるだろう。この対人恐怖症の魔女の事だ、人と話すのを嫌って黙っていたのだろう。
「な、なので…る、ルイスさんには、秘密に…」
「…分かりました。必要で無い限りはこの事は誰にも言いません」
私としては、モニカには学者としての働きを期待しているので、ルイスに無闇矢鱈と仕事を回されるのは本意では無いし…何よりもモニカ本人がそう望むのだ。私としても聞ける限りの願いは聞いてやりたい。
それに今回の仕事の内容からして、モニカ自身が自由に扱える手札が多いに越した事はない。どこから情報が漏れるかもわからない以上、秘密を知る人間は少ない方がいい。
私の返答を聞いたモニカは、安心した様に一つ、ため息をついた。余程この秘密は隠しておきたかったらしい。
モニカの秘密に関してはこの程度で良いだろう。肝心なのは、今回モニカがどの様にして魔導具の異常を修正したかだ。
「さて、モニカ。例の魔導具にはどのように手を加えたのですか?」
「え、えっと…まず誤作動の原因となっていた魔術式の修正、それに加えて保護術式を二重にかけました…あと、魔力の吸収量を調整できる、自動調整の術式も付与しました…あ、あの、何か、やっちゃいましたか…?」
モニカの返答を聞いて、思わず溜め息を吐いてしまう。思いっきりやりすぎだ。特に『使用者の残存魔力量に応じた吸収量調整』なんて機能、魔導具に少しでも詳しい人間が見たら…いや、ハイオーン侯爵家の人間が使うなら、そのくらいの機能はあっても不自然ではないか?
ともかく、モニカは仕事を
「…すぐには難しいですが、金貨35枚…いえ、50枚用意します」
「は、はぁ…?」
「貴方の仕事への報酬ですよ、モニカ」
「はぁ…へぁ!?」
何の為に金を用意すると言ったのか理解していない様子のモニカに、その金の使い道を教えると、モニカは変な鳴き声をあげた。報酬を期待した行動ではなかったのだろうが、それでも驚きすぎではないだろうか。
「そ、そんな、ももも、貰えません!」
「仕事に対する正当な報酬ですよ。それと、今回の件の口止め料も含んであります」
モニカの行った諸々を考えれば、これでもまだ安いと考えている。本来ならば金貨60枚以上の働きなのだが…私が気軽に動かせる貯金は、そこまで多くはない。
この件は内密に処理する必要がある以上、私以外が報酬を支払う事はできないし、支払いもこの任務が終わった後…おおよそ一年後になるだろう。
「相応の仕事には相応の報酬を。わかりますね、モニカ?」
「そ、それでも、高すぎます…」
「宝玉の魔術師であればもっと吹っ掛けて来ますよ。それでなくても安すぎますしね」
モニカは自分を卑下する悪癖があるが、それでも『仕事に対する対価』という概念は理解している…筈だ。そして今回の騒動におけるモニカの活躍は以下の通り。
まず魔導具の改造費…これだけで市場なら、素材費を抜きにしても金貨30枚は行くと考えている。ただでさえ魔導具の素材は高いし、魔導具を作れる人間も少ないのだ。魔導具に関するアレコレには相当の費用がかかるのは避けられない。
そして今回、モニカには魔導具の不具合によるシリル・アシュリーの暴走を鎮圧し、同じ七賢人の不手際の尻拭いもさせたのだ。
魔導具の不具合と時間帯や場所から考えて、シリルが死ぬ可能性もあったと考えると…本来ならばハイオーン侯爵家から相応の報酬があっても不自然ではないし、エマニュエルから手間賃をふんだくる事も出来る。
ここまでやらせて無賃労働なんて、私が許せない。
「正直、この件であの銭ゲバジジイを糾弾したいのですが、貴方の今の立場やシリル・アシュリーへの処遇を考えると手出しできないんです。そしてモニカ、貴方にもこの件に不用意に触れられても困るのです」
「わ、私はお金を貰わなくても、誰にも言いません…」
「分かっています。ですが、万が一と言う事もありますしね」
モニカの人柄ならば自分のやった事を他人に自慢することもないだろうし、そもそも今回の仕事の特性上、無闇矢鱈と口外する訳にはいかないのは、モニカも理解している。
それでも、自分の要求を押し付けるならば対価が必要になるし、あえて口に出すことで念押しにもなる。だから私は「金を払うから黙っていてくれ」と言っているのだ。
「ルイスにはそちらから報告してください。あの手の魔導具が出回っているとなると、発覚したときに七賢人への不信感を募らせる材料になりますし、私からその手の報告をするよりは、そちらからして貰った方が足が付きにくいですから」
「わ、分かりました…」
先程から黙ってついて来ているリンは、伝書鳩の役割だろう。契約精霊の使い道としては随分と贅沢だが、利用出来る物は使わせてもらおう。
「クソ、次から次に面倒な仕事が増えていく…モニカ、学園生活に支障はありませんか?例えば、嫌がらせとか」
「い、今のところ問題はありません…」
モニカを悪し様に言う噂は私の所にも届いて来ている。流石に貴族の通う学校で物を隠したり、頭から水をかけられるなんて安直ないじめがあるとは思えないが…注意して見ておくべきだろう。
「……レノさんは…自分の才能について、どう考えていますか?」
私が今後、モニカに表からどう関わるかと悩んでいると、モニカから声を掛けられる。表情こそあまり変わらない、おどおどとした物だが声音から真剣さを感じられる。
…モニカの事だ、生徒会で何かしらのいざこざに巻き込まれて悩んでいるのだろう。大方、「貴方みたいな下賤の身で殿下に近づくなんて…不敬っ!」と言った所か。しかしモニカはその才能を買われて会計の席に着いたのだ。そこに身分は関係ない。
何を切っ掛けにモニカの才能がバレたのかは知らないが、そもそも才能さえ無ければこんな事にはなっていないのだから、モニカは自らの才能を誇らしく思える事が無いのかもしれない。
モニカの質問には、どうすれば自分の才能を誇らしく思えるのか、と言う疑問が含まれているのだろう。
確かに私はモニカよりも自らの能力を誇っている様に見えるかもしれないし、他に相談できる相手も居なさそうだ。つまり、私の返答はモニカの将来を大きく動かす可能性もあるだろう。
「…私は自他共に認める天才です。私に並び立つ剣士はこの国に居らず、その力を存分に振るってきました」
「は、はい…し、知ってます…」
モニカは戦いを通して私の強さを身を持って知っている。その戦いではモニカに勝てなかったが…私がどれほど強いのかは知っているだろう。
「そして、それを誇らしく感じた事は、今ではありません。ただその才能を振るい、その責務を果たす事が当然だからです」
幼い頃は、人より優れた才を誇らしく感じ、それを鼻高々と掲げたものだ。今では『誇り』は力を持つ者に対しての『他人からの期待』でしかなく、ただの足跡でしかないそれを自ら掲げたところで、何の意味もないと感じている。
「誇りと、それに伴う名誉は、私が行うべき責務を果たした時に付いてきた物であって、それを得ようとした事は一度も無いんです。モニカ、貴方にとって才能は…呪いなのでしょう。貴方の性格を考えれば、無理もないと思います。貴方はその才能によって目立つことを嫌い、その才能によって齎される責務を煩わしく感じている…違いますか?」
「…はい。私は…目立ちたくないんです……ただ、誰にも干渉されたくないんです…」
モニカが何故、自らの才能をここまで疎ましく感じているのか…それは知らないし、彼女から話す事がなければ、私から聞く事もない。しかし、方向性こそ違えど、同じ天才として予想することはできる。
恐らく、モニカはその才能によって迫害された過去があるのだろう。妬みと嫉み。それは才を持つ者に付いて回る物だし、モニカの気弱な性格からしてそういった騒動に巻き込まれたら、言われるがままにしかならないだろう。
そんな過去によって自らの才能を怨み、人を恨まないのは…モニカの人の良さと自己肯定感の低さが現れているが、それがむしろ鼻に付くなんて難癖も付けられたか。
「モニカは平民の出ですから、貴族の持つ責務についても詳しくはないでしょう。そして、私は貴方にそれを教える方法を知りません。私にとってそれは、生まれた時から共に有った物ですから」
私の原動力は『義務感』である。才在る者、力持つ者としての義務を果たす為行動する。
昔はこの力を自らの好奇心が赴くままに振るったが…今では「そうしなければならないから」と振るっている。
これが健全とはとても言えないが…モニカはそういった物ですら持たないのだろう。だから自らの才能を恨むのだ。
そんな人間に『力持つ者の義務』を教える事は、私には出来ない。私の義務感の根源を教える気は無いし、モニカに合わせた原動力を用意する事も、私には出来ないのだ。
「ですからモニカ。貴方に対して才能を誇らしく感じろだとか、その才能に見合った立ち振舞いを覚えろ、とは言いたくないんです。貴方にとって、今の七賢人という立場も望んだ物ではないのでしょう?」
「……そう、です…」
私は何故モニカが七賢人に立候補したか知っている。彼女の師であるギディオン・ラザフォードが、モニカの意思を無視して強引に捩じ込んだのだ。
当時の七賢人の空きは一つ。後々二つになるが、それを知る人間は居なかった。
モニカの性格からして、国を代表し大衆の前に出る七賢人は向いてない。国の研究者として抱え込むのが一番だろう。ラザフォードもそのつもりだった筈だ。
当時の候補者は4人。一人は再起不能の怪我で辞退。もう一人の候補者…私は、純粋に魔術師として未熟だったので、普通に落とされた。そして空いた席は二つ。
結果として、モニカとルイスが七賢人になったのだ…本人が望む望まないに関わらず、モニカはその才を認められ、七賢人になってしまった。
「ですが、モニカがその看板を背負わされた以上、私は国に忠誠を誓う騎士として、貴方にその名に見合った所作を教えなければいけないのです」
一つだけとは言え、モニカの方が年上だ。だが、国に忠誠を誓った貴族としては、私の方が先輩だ。
後輩を導くのも先達の義務。七賢人選考の際に顔を合わせ、年も近いので、モニカの同僚となるルイスと共にモニカに貴族としての最低限を教えたが…モニカにとっては地獄のような時間だっただろう。
「私に貴方は救えません。私は弱いからです。権力の振るい方も分からない、自らの経験を他人に教える事も出来ない。力だけが取り柄の幼い騎士。それが私です」
私は今、目の前で苦しむ少女を救えない。私の持つ力では救えない。私が救うにはモニカは強すぎて、なのに弱く苦しんでいるのに。
だから私は気休めしか言えないし、モニカを救う『何か』が現れることを望んでいる。
「ですが…もし、モニカがその才能を恨む事が無くなるとすれば、それは人との交流がもたらすと考えています」
彼女が苦しむ理由は、人への不信感か、自尊心の欠如か…その他の何かでも、私が埋める事は叶わない。だから他人に縋るしかない。
「期待はしなくて良いんです。信じなくても良いんです。ただ、人々の在り方を見る。そうすれば、自らがどの様にその才能を振るうべきかが、見えてくるかもしれません」
モニカの悩みを解決する方法は、他に依存するが為に確約はできない。しかし、私がモニカを救えない以上、私には『可能性』を指し示す事しか出来ないのだ。
「…レノさんも、そうやって見つけたんですか?」
「私の場合は違う形ですが…そうですね、もしモニカが『原動力』を見つけて、私に教えてくれたのなら。その時、気が向いたら教えてあげます」
重ねて言うが、私の原動力は誇らしく言える物でもないし、人が聞けば不健全な物だと言うだろう。事実、それを知る一人にはそう言われたし、私もそれを理解している。
だから、モニカにはここで私の原動力を教えないし、その時が来ても教えると約束する事も出来ない。
「願わくば、モニカがその才能を恨む事が無くなるように…私はそう思っていますよ」
私はモニカの才を認め、それを利用している。
私には無い力を持つ者を頼るのは、間違いではないだろうし、それは私が持つべき義務を果たす為に扱われている。だから罪悪感を抱くことはないし、自らの成すべき事の為ならば誰だって利用するつもりだ。
だが、モニカが私を頼る事は無いだろうし、頼られた所で力にもなれないかも知れない。現に、苦しむモニカの力にはなれていない。
やはり、どれだけ力を持とうとも、無力感を感じる事は尽きないのだろう…18にも満たない餓鬼が言った所で戯れ言にしかならないか。
「さあ、さっさと帰って寝ましょう。モニカは明日も生徒会の仕事があるでしょう?」
「は、はい…その…」
際限なく沸き上がる自己嫌悪を噛み殺し、モニカに帰るよう促すと、モニカから歯切れの悪い返事が返ってくる。
「ありがとう、ございます…」
「礼を言われる程の事はしていませんが…受け取っておきます」
所詮私がした事と言えば、「もしもこうなったら良いな」程度の理想を語ったに過ぎない。
モニカの苦しみは、モニカ自身が向き合い、飲み込まなければいけない。その方法も人それぞれで、私はどうにもそれを教えることが苦手だ。
醜く汚れた過去は何時だって自分を苦しめる。モニカのそれがどれ程悲惨な物かは知らないが、私とは違う道を見つけて欲しいものだ。