最強騎士の優雅なる学園生活   作:ピグリツィア

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秘密の焼肉パーティー

 とある日の放課後…日課の訓練を行う為に歩いていた所で、一瞬だけ漂ってきた異臭に気を取られる。

 

「この臭いは…火?」

 

 ゴミを燃やす様な臭いではなかった…この臭いは、おそらく炭火で肉を焼く臭い。人為的に火を起こしているのだろう…そして、それはきちんと管理されているようだ。

 

 今は風向きが変わったのか、そう強くは臭わないが、既に大まかな方角は把握した。

 不審火ではない事に内心安堵しながらも、個人的な好奇心の赴くままに、火を起こしているであろう場所を予想し、足を運ぶ。

 

 果たして、何者が調理場以外で肉を焼いているのか。その正体に薄々勘付きつつ、匂いから羊を焼いている光景を想像しながら現場へと向かうと…そこには小さな人だかりと、その中心で肉を焼く知り合い達の姿が見えた。

 

「…グ・レ・ン?」

 

「ひぃっ!?」

 

「ぴぃっ!?」

 

 グリルの前で串肉を焼いているのは、結界の魔術師ルイス・ミラーの弟子グレン・ダドリーだ。

 他にも多くの見知った顔が見えるが、学園内で焼肉パーティーを始めた馬鹿はグレンしか居ないだろう。天下の貴族様がこんな下賤な行為に手を染めるとも思えない。

 

 そして、グレンの悲鳴と共に聞こえた、奇妙な鳴き声の方へと視線を向けると…ついこの間話をした、知り合いの七賢人様の姿まで。

 

 ここで漸く、私は己の過ちを自覚した。モニカが居るのならば、この状況も知らんぷりをして立ち去った方が良かったのだ…この場にフェリクス殿下までいるならば尚更に。

 グレンの陰になっていて姿を確認できなかったのが悔やまれる。こんな所でモニカの正体がバレたら目も当てられないが…どうにか切り抜けることはできるだろうか。

 

「ここで、何を、やっているのですか…?」

 

「ご、ごめんなさいっす!」

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃぃ!」

 

 とにかく、声をかけてしまっては仕方がない。とりあえずはグレンを叱責して茶を濁そうとするが…止めてくれモニカ。見ず知らずの私にそこまで過剰に反応すれば、殿下に関係を勘繰られかねないだろうに。

 ぷるぷると小刻みに震える七賢人様は無視して、私はグレンの立場を探るべく質問をする。

 

「何故貴方がセレンディアに?」

 

「し、師匠に言われて…」

 

 ルイスに言われて、となると…護衛であるモニカから気を逸らすための囮だろう。こいつにセレンディアの空気は合わないだろうし、ルイスがグレンをセレンディアに入れる理由も、それ以外に思いつかない。

 

「へえ、あいつが…それで?アイツの命令は「セレンディアに入って退学させられろ」辺りですか?そんな馬鹿げた命令がある筈無いですよねぇ、グレン・ダドリー?」

 

「ふぁ、ふぁひ…」

 

 グレンの頬を引っ張りながら問い詰めてみれば、グレンは萎縮しながら情けない声で返事をする。

 ルイスの本当の目的は知らされていないにしろ、数ヶ月も経たずにグレンが退学させられる事態になるのはルイスが求めている事でもないだろう。なのに当のグレンはこの有様だ。

 

 グレンはモニカの事を知っていたのだろうか…いや、知らないだろう。グレンがモニカの事を知っていればすぐに口に出る筈だし、モニカは他人との関わりを持とうとはしない。それは関わりのあるルイスの周りの人間であっても同じだ。

 そうなると、モニカがグレンとルイスのつながりを知っている可能性も低いし…ここでルイスの名前を出すのは悪手か。上手く言葉を濁しておこう。

 

「それなのに貴方はこんな所で呑気に焼き肉ですか?」

 

「こ、校則には校舎裏で肉を焼いちゃいけないなんて書いて無かったっす!」

 

 なるほど、確かに天下のセレンディアで肉を焼く馬鹿など想定していないだろうから、校則で禁止している訳もないか。だが火を扱う馬鹿に関しては話は別だ。

 

「火の扱いに関しては?まさかなんの注意もないとは思ってませんよね?」

 

「…」

 

 私の質問に対して、グレンは視線を逸らすことで答えてくれた。どうやらこの馬鹿は火の危険性を理解していないらしい。

 

 どんな理由にしろ、学生が火を扱うなら届出が必要になる筈だ。そして焼肉をする為だけに火を使わせてくれ、と言った所でセレンディア側がそれを許可する筈もない。

 何より、グレンに「そういう届出をしよう」なんて発想があるとも思えない。どうせ「火事にならなければセーフ」なんて考えているに違いない。

 

「グレン。別に「貴族のようにお行儀よくしなさい」とまでは言いませんが…もう少し慎重に動いてください。退学させられたらどうなるか知りませんよ?あなたのお師匠様に、ここより厳しい『矯正』をさせられるかも知れないんですからね?」

 

「はい…そうっすよね。反省してるっす…」

 

 グレンの手から既に焼けている肉串を強奪しながら警告をする。

 馬鹿な事をやらかして退学になった弟子に、ルイスが容赦をするか?答えはノーだ。骨の一本二本は覚悟した方が良い。

 これはグレンの為に言っているのだ。私情が一切無い、とまでは言わないが、それよりもグレンの身を案じているというのは嘘ではない。

 

「レノ、そこまでにしてあげてくれないかい?」

 

「殿下も殿下でなに買収されてるんですか。と言うか、生徒会役員が三人揃って…本当に何やってるんですか」

 

 あまりにも申し訳なさそうにするグレンを見かねてか、殿下から止められたが…肉串を持ちながら言われても説得力はない。それよりもここにいるメンバーが揃いも揃って校則違反をしている疑惑の方が重大だ。

 

 校舎裏の焼肉パーティーに参加しているのは私を含めて六人。その内三人は襟元に生徒会の役員章が付いている。

 

 生徒会の紋章を付けていない、二年生の女子生徒に関しては知らないが…生徒会のメンバーに関しての情報は既に仕入れてある。

 ここに居るのは『調停者の家系』の子息に『七賢人』、それに『第二王子』か。錚々たる面子だ。『魔剣姫(わたし)』も含めれば、国防や軍備について話している場面にも見えるかもしれない。実際は校則を破って、こっそり焼き肉パーティーなのだが。

 

「で、殿下…この子は知り合いですか?」

 

「ああ、ニールは知らなかったか。レノ、名乗ってもらえるかい?」

 

 『調停者の家系』メイウッド男爵子息、ニール・クレイ・メイウッド。メイウッド家は貴族としての爵位は低いが、その爵位に見合わぬ程の権力を持っている。

 

 メイウッド家は代々、貴族同士の交渉事に際し、その間に立って調停役として立ち回っている。

 その仕事の性質上、持つ領地の規模こそ小さいが権力に関してはその限りではない。下手な伯爵よりも握っている実権は大きいだろう。

 

 メイウッド男爵家には我が家も相応に世話になっている。北部は特に環境が悪い事もあって、国から相応の支援を必要としているし、それ以外にも対竜害や有事の国防のあれこれと、何かと国のリソースを喰っている。

 出費を抑えたい国と、出来るだけの支援を受けたいフェアニッヒ辺境伯家。その仲人として、相応の頻度でメイウッド男爵と顔を合わせている。

 

 最近ではお父様とハイオーン侯爵、そしてメイウッド男爵が揃って『医療魔術』に関して話していたか。学園にいる内に顔を合わせられたのは幸いだが…この状況で合わせたくはなかったな。計らずしも弱みを握る形になってしまっている。

 

「フェアニッヒ辺境伯家、レノ・グロスシュヴェルトです」

 

「フェアニッヒ!?って事は…あの魔剣姫ですか!?」

 

「ええ、その魔剣姫です。メイウッド男爵には父が世話になっています」

 

 再びグレンから肉串を奪いながら名乗れば、私の名前を聞いたニール先輩は予想通り驚愕の表情を浮かべた。彼も相応に優秀で、その上既に婚約者までいると聞いていたが…繋がりを作るのは今後でも良いだろう。今はモニカも居るのでこの場に長居したくはない。

 

「とりあえず、殿下が何も言わないというなら、校則違反の件に関してはこれくらいにしてあげます。ですが殿下、グレンはかなり煩く言わないと反省しないんですよ。ほらグレン、この肉はどうやって調達したんですか。吐きなさい」

 

「ごめんなさいごめんなさい!勘弁してくださいっす!」

 

 グレンのふくらはぎを軽く蹴りながら問い詰めれば、グレンは私を懐柔するための肉を焼きながら、ひたすらに謝ってくる。どうせこっそり飛行魔術で学園を抜け出して、実家へ帰っていたのだろう。こいつはバカなのか。

 

 グレンは現在、監督役抜きでの魔術の行使は禁止されている。だというのに本人は呑気にこの有様。ルイスに密告してやろうか、そう考えながら三度、グレンから献上された肉串を頬張る。

 

「さっきから随分と親し気だけど、君とグレン・ダドリーは知り合いなのかい?」

 

「ええ、訳あってボコボコにしました」

 

「訳あってボコボコにされたっす…」

 

 殿下が興味深そうにグレンを見る。私がグレンをボコボコにする理由がわからないのだろう。

 そしてモニカはもっと表情を隠してほしい。そんな『ルイスが結界を纏って殴りかかってきた時』の様な、驚愕と恐怖の入り交じった表情をするな。 

 

「…どんな訳があったら、ボコボコにされるんだい?」

 

「し、師匠に言われて…」

 

「コイツ、私が魔剣姫だと知った上で喧嘩を売ってきたのに「こんなちっちゃい子と戦いたくないっすよ〜」なんて舐めた口を聞いたんですよ。だから力の差をわからせました」

 

 これには横にいた殿下や、真っ青な顔で黙っていたモニカも信じられないものを見るかのような表情でグレンを見る。

 

 私と実際に戦った事のある人間ならば、その言葉の重みもわかるのだろう…だが、モニカはこっちを見ないでほしい。繋がりを勘繰られるぞ。居心地が悪いのでまたグレンから肉串を奪う。

 

「それはまた…命知らずだね?君も、君の師匠も…」

 

「うう…あの頃のオレはバカだったっす…」

 

 馬鹿も馬鹿、大馬鹿者だ。敵を見た目で侮るのも馬鹿。実力も正体も分かった上で尚侮るのは、もはや救いようのない馬鹿だ。

 

 私が魔法兵団の訓練場にて、素手でグレンの顔面の表面積を二倍にした逸話は、今も魔法兵団の語り草だ。

 そして、魔法兵団の人間は私を指して、揃って口にするのだ。「見た目だけで敵を測ったら確実に死ぬ」と。

 

「それにしてもこの肉美味しいですね。グレンの所のでしょう?スパイスもそうですよね」

 

 これ以上モニカの前でグレンの話をしていたら、殿下にモニカとの関係を勘付かれるかもしれない。多少強引だが話を逸らそう。そう考えてグレンから肉串を奪いながら、味の感想を伝える。

 

 グレンの実家の肉屋は下処理が丁寧なのは知っている。グレンをボコボコにした時に、紆余曲折あって肉を贈られた事があるからだ。

 この量の肉を用意するとなると、やはり実家から取り寄せたのだろう…取り寄せた、ではなく取りに行ったのかもしれないが。

 

「そうっす!我が家自慢のスパイスっすよ!」

 

「調子の良い事で…私はもう行きますけど、殿下もあまり長居しないでくださいね。他人に見つかっても知りませんよ?」

 

「大丈夫だよ、適当な所で切り上げるさ」

 

 本当にわかっているのだろうか、この王子様は…まあ、彼も要領は良いので、敵対する人間に弱みを握られない様に上手く立ち回るだろう。

 最後に一本、とグレンから肉串を奪いつつ殿下に耳打ちをする。

 

「生徒会の人事に口出しするつもりはありませんが、殿下はもう少し()()を気遣ってあげてくださいね。現実でのシンデレラストーリーは、物語ほど上手くはいかない物ですから」

 

「…ああ、わかっているさ」

 

 私の目線の先にいるのはモニカだ。彼女を悪し様に言う噂は、私の元にも届いている。

 

 殿下の事だ、人の醜い面にも精通しているとは思うが…人の視線に、過剰なまでに敏感なモニカを守りきれているかというと、やはり疑問が残る。

 細々とした嫌がらせ程度なら予想できる。人前に出るのが苦手な彼女を、生徒会に任命した責任を取ってくれれば良いのだが。

 

「では、私はこの辺りで。ニール先輩はグレンの手綱を握ってくれると助かります。見ての通り、コイツは軽率な行動を取りがちなので」

 

「え!?は、はい…」

 

 最後に、同学年のニール先輩にグレンが退学にならない様に見張ってもらえる様に頼んでおく。これで校則違反で退学、なんて間抜けな事態にはなりにくくなる筈だ。

 

「グレンも、退学になりたくなかったら…いえ、退学になって、お師匠様に病院送りにされたくなければ、軽率な行動は慎んでくださいね」

 

「わ、わかったっす…」

 

 これでよし。ここまで釘を刺しておけば、飛行魔術を使って学園外へ飛び出す様を見られる可能性も…無くなりはしないまでも、幾らかは少なくなるだろう。

 

 やる事も済ませたので私はさっさとこの場を去ろう。願わくば、殿下が私とモニカの繋がりに気付かない事を…。

 


 

 小さな背中が遠ざかっていくのを見届けたフェリクスは、少しだけ息を漏らして、肩の力を抜きながら口を開いた。

 

「やれやれ、まさかの来客だったね?」

 

「本当にびっくりしたっすよ〜…」

 

 ラナ以外の面々…特にモニカとグレンは一際大きく息をついていた。

 ラナに関しては、家は男爵家、そして学園内でも役職に就いている訳でもなく、良くも悪くも目立たない立場だったので、他よりも緊張する事はなかった。

 

「なんか…話に圧倒されてたけど、すごい勢いで肉串を食べてたわよね」

 

「は、はい…ろ、6本も食べていました…」

 

「レノって凄い大食いなんすよ。あのちっちゃな体で俺よりも多くの量を食ってたのを見たっす!」

 

 生徒会役員が3人も居るこの集団の中では一般生徒という枠に入れられ、レノとも特に面識の無いラナは、蚊帳の外からレノの食欲を見て驚いていた。

 

 そんな他愛もない会話の中で、フェリクスはほっと肩を撫で下ろすモニカを見ていた。

 

「ところで、ノートン嬢。君はレノと面識があるのかい?」

 

「うぇっ!?い、いいい、いいえ!そそ、そんな事は!」

 

 フェリクスからの質問に対し、モニカは肩を跳ね上げて咄嗟に嘘をついた。

 レノとはつい先日話をしたし、なんなら過去には魔法戦で、実質2対1とはいえ戦って勝ったことすらある。

 その時のレノの行動によって、モニカにはそこそこのトラウマが刻み込まれているので、忘れる事も無いだろう。

 

「その割には随分と彼女を恐れていた様だけど?」

 

「あっ、あ、あの人は…な、何か、怖い雰囲気がして…」

 

「わかるっす!わかるっすよ〜!」

 

 モニカの苦し紛れの言葉に、レノに顔面の面積を二倍にされた経験のあるグレンが同意する。

 程度や状況の違いこそ有れど、お互い『恐ろしい目に遭った』のは間違いないのだ。そこで通じる何かもあるのだろう。

 

「まあ、怖いと言えばそうかもしれないけどね…」

 

「そういえば殿下も、レノさんに…その、叩きのめされたとか…?」

 

 その言葉に同調したフェリクスを見たニールが、入学式の日に起きた『事件』を思い出す。そういえば件の日の翌日は殿下も湿布臭かったな…と。

 

「ああ。彼女、私が王族だとしても容赦をしてくれないんだ。お陰であの時は、私も湿布臭くなっていただろう?」

 

「殿下を叩きのめすって…フェアニッヒ家の噂も強ち出鱈目でもなさそうね?」

 

 ラナは噂に聞くフェアニッヒ辺境伯家の『苛烈さ』に冷や汗を流す。いくら試合といえども、王族に治療が必要な程の怪我をさせる度胸を持つ人間は、そうそう居ないからだ。

 

「さて、私たちもそろそろお暇しようか?レノの言う通り、この光景を他の生徒に見られてはいけないからね」

 

「後片付けは俺に任せて欲しいっす!みんなは先に戻ってて良いっすよ!」

 

「それじゃあお言葉に甘えようか」

 

 グレンが率先して後片付けを申し出たので、他の面々はそれぞれの目的地へと向かって散る。

 

 モニカはラナと共に女子寮へ向かう…前に、ラナは自らの服を嗅いでから、懐から香水の入った瓶を取り出す。

 

「あ、モニカ。香水は…持ってる訳ないわよね」

 

「は、はい…」

 

「もう!そのまま寮に戻ったら臭いでバレる…とまでは言わないけど、怪しまれるわよ!」

 

 他の生徒達も、人から焼肉の様な臭いがするからと言って、まさか本当に校則違反をして、校舎裏で焼肉をする馬鹿がいるとまでは思わないだろう。

 だがそんな臭いを露骨に体に纏わせていれば、良い顔で見られないのもまた事実。それが生徒会役員ともなれば尚更だ。

 

「ほら、こっち来て。私の奴だけど…炭火の臭いそのままよりは良いでしょ!」

 

「わ、わ…」

 

 ラナは手に持った香水を適当な距離からモニカに振りかけていく。柑橘の爽やかな香りに包まれながら、モニカはおずおずと礼を口にする。

 

「そ、その…ありがとう…」

 

「生徒会役員が校則違反しているなんてバレたら大事だもの、これ位どうって事ないわよ!というか、モニカも香水の1本くらい持っておいたら?」

 

「う、うん…」

 

 いくら身嗜みに無頓着なモニカでも、流石にセレンディアで炭火焼きをしたままの臭いが不味い事くらいは理解できる。

 アドバイスを受けて真剣に考え込んでいるモニカを横目に、ラナはレノの背格好を思い浮かべて着せ替え人形にしていた。

 

「それにしても…魔剣姫って思ったより可愛い子なのね!なんと言うか、もっとこう…筋肉がしっかり付いている、男顔負けの体付きをしているかと思ってたわ」

 

 ラナは今まで耳にした噂から『単騎で竜を倒せる(筋骨隆々な)肉体を持った、宝石まみれの悪趣味な鎧に身を包んだ女』をイメージしていた。

 

「北部出身の騎士で、国内最強だって事は聞いた事があるけど…実際どれくらい強いのかしらね?赤竜を一人で討伐したとか聞いたけど、流石に本当だとは思えないし」

 

「そ…そうですね…」

 

 モニカは知っている、レノが本当に赤竜を討伐した事を。なんなら「これで魔剣か鎧を改良できませんか?」と赤竜の素材を持って来た事もある。

 ラナの疑問に対して思わず目を泳がせていたが、幸いにもラナはモニカの反応に気が付かないまま、レノの後ろ姿を思い浮かべていた。

 

「騎士が一人で竜を討伐なんて、最近流行ってる『最強女騎士と病弱王子』くらいでしか聞いたことないわよ」

 

「あ、アレ、流行ってるんですか…?」

 

 モニカはイザベルから貸された本の中でも、一際『非現実的な内容』であったその一冊を覚えていた。

 モニカはレノという『実例』をその目で見たことはあるが、「外れ値は適切に処理すべき」という統計学の基礎に倣って、脳の片隅でレノを一般的な騎士と別枠に置いていた。

 なのでモニカにとって例の小説は『非現実的』だ。レノの様な騎士が何人もいてたまるか、と言うのはモニカの正直な感想である。

 

「話に聞く『成金趣味な鎧』も気になるし…宝石を全身に散りばめてるなんて、流石に悪趣味過ぎる気がするけど…」

 

「それは違います!」

 

突如モニカが出した大きな声に、ラナの肩が一瞬震えた。いきなりどうしたのかとモニカの顔を見ると…モニカは、ラナの知らない生き生きとした顔をしていた。

 

「も、モニカ…?」

 

「あの鎧は大前提として、周囲一帯を巻き込む魔剣の影響を軽減しながらもレノさんの要望である『巡航魔術』を全面的に補助する為に、複数の効果を持つ魔導具の宝石を、さらに複数組み合わせた物なんです!魔導具同士が干渉しないよう、かつ鎧としての形を逸脱しすぎず、その上で出来る限り小さく纏められたまさに計算され尽くされた魔導具なんです!レノさんが使っている『プロトタイプ』はレノさんの身体能力に任せた強引な設計の部分もありますが、特殊魔装騎士団の正式な装備では飛行に効率的な形状にして、巡航魔術の出力を抑え出来る限り魔力の消費や癖を少なくした物が採用されて、いて………」

 

 何を隠そう、七賢人モニカ・エヴァレットはレノの鎧が大好きであった。

 

 魔導具に刻む術式の選定や、魔導具の配置。飛行に最適な鎧の形状に至るまでを数学で表す仕事は、モニカにとってこれ以上なくやりがいのある仕事だったのだ。

 未だにレノ以外の団員が居ないとはいえ、特殊魔装騎士団に正式採用されている鎧こそ、『沈黙の魔女』が設計した物なのだ。これに関しては自らの自信作なので、語れるならば半日は喋り続けられる自信もあった。

 

 しかし、今この場でその鎧についてモニカ・ノートンが語るには不自然すぎるだろう。

 

 レノの鎧についてひとしきり語ったモニカは、ようやく我に返り、真っ青な笑顔でラナの方を見た。

 ラナは豹変したモニカの様子に、思わず引き攣った笑みを浮かべていた。気弱な友人がいきなり壊れたレコードの様に喋り出したのだ。流石に少し怖かった。

 

(終わった…私はルイスさんとレノさんにボコボコにされるんだ……よ、夜逃げの準備を…)

 

 モニカはまるで死刑を宣告された罪人の如く、顔を白くしていた。なんとも情けない失敗で正体がバレたとなれば、ルイスは当然としてレノも相当に怒るだろう。

 

 なんとかしてレノにもルイスにもバレない様に外国へ逃げる方法を、リディル王国で五指に入る頭脳をこれ以上なく回転させて考えているモニカに対して、ラナは戸惑いを隠さずに正直な感想を述べる。

 

「…ま、まぁ、良く分からないけど、相当凄い鎧なのね?」

 

「……は、ハイ…ソウデス……」

 

 緊張と絶望のあまり片言になってしまったモニカは、涙目になりながらラナに縋りつき始めた。

 

「あ、あああ、あの、ラララ、ラナ…この事は、どうか秘密に…」

 

「えっと…モニカが魔剣姫の大ファンだって事を?」

 

 既に自分の正体がバレたと思っていたモニカにとってその言葉は、予想外の物であった。

 ラナの言葉にモニカは一瞬だけ硬直してから、この期を逃すまいと大慌てでその誤解に便乗する為の言葉を並べていく。

 

「そ、そうです!わた、私、レレレのレノさんの大ファンでして、ででで、でもそれを知られるのは恥ずかしいというかなんと言うか…」

 

 モニカは既にいっぱいいっぱいだった。自分でももはや何を言いたいのかも、何を言っているのかも分かっていないままに、ひたすらその場しのぎになりそうな言葉を連ねていく。

 

「……まあ、そういう人も居るわよね。特にモニカは人見知りだし…分かったわ、この事は誰にも言わないでおくわ」

 

 なんとかラナから秘密にするとの同意を得られた事で、モニカはぷしゅう…と口から息を吐き出してその場にへたり込む。

 

「モニカ、大丈夫?そんなに知られたくないの?」

 

「は、はいぃ…」

 

 ラナの手を借りてよたよたと立ち上がったモニカは、ルイスとレノから逃避行をする必要が無くなった事に安堵した。流石にこんなしょうもない事で正体がバレたとなれば、冗談でもなく殺されかねないと言う確信が、モニカの中ではあったのだ。

 

 モニカがなんとか持ち直したのを確認したラナは、いいことを思いついたと言わんばかりの表情で、モニカに視線を合わせて語りかける。

 

「そういえば、モニカってデッサンが上手だったわよね?魔剣姫の鎧も描いて見せてもらえる?」

 

「は、はい!分かりました!」

 

 ラナからの頼み事に、モニカは嬉しそうに返事を返す。それを聞いたラナもまた、嬉しそうな笑顔を浮かべた。

 


 

 フェリクスはグレン達と別れた後、まっすぐ自室へと戻り今日の出来事について振り返っていた。

 

「殿下、彼女の警告は…」

 

「おそらく、かなり噂が広がっているのだろうね。それも、よくない噂だ」

 

 召使いの姿となった契約精霊ウィルディアヌスの質問に対して、フェリクスは真剣な表情で応える。

 フェリクスも、モニカを会計として迎え入れると決めた時点で、彼女がクラスや学園内でどの様に扱われるかも既に想定していた。だが警告を受ける程に噂が広がっているとは考えていなかったのだ。

 

「多少はそういう声も上がるとは思っていたよ?なんせ、生徒会役員の大半が、挙ってノートン嬢の着任を拒否したんだからね」

 

 同じ生徒会のメンバーからも否定意見が噴出したのだ。こちらの事情もろくに知らない人間であれば、その意見はより一層強くなるだろう。その程度ならばフェリクスにも想像できる。

 

「それでも…彼女が私に対して直接警告してくるとなると、少し真剣に考えなくてはいけないだろう」

 

 フェリクスは改めてレノの『警告』について考える。

 「フェアニッヒ辺境伯家の人間は身内に甘い」と、クロックフォード侯爵から聞いたことはあるが、モニカとレノの関係性はほぼ他人。流石にレノもそんな関係性の人間を気に掛けるとは考え難い。

 それでも警告をして来たと言う事は…フェリクスの予想以上に、モニカへの悪評が広まっている可能性があるのだろう。

 

「如何いたしますか、殿下」

 

「…もう少しだけ、様子見だ。流石に彼女が出張るほどの大事には早々ならないだろう」

 

 十秒ほど掛けて、フェリクスが選択したのは『静観』だった。

 あくまでモニカは妾の子、そんな彼女に対して刀傷沙汰を起こすような人間は居ないと考えた結果だ。

 

「モニカには悪いけれど、多少の実害が出始めてから動くべきだ。あまり彼女ばかりに肩入れするのは良くない」

 

「既に手遅れかと思いますが…」

 

 既に生徒会長の権限を使って、強引にモニカを会計の席に捩じ込んでいる。肩入れしすぎだと言われたら、否定はできないだろう。

 しかし、だからと言って開き直って過干渉をする訳にもいかない。生徒会での行いは、自らが王となった時の行動を見せる物だからだ。

 

「僕としてはすぐに動きたいんだけどね…彼女を強引に会計の席に捩じ込んだ手前、私が大きく動くにはもう少し時間を置きたい」

 

「…それも、()()が?」

 

「ああ。レノが見張っている手前、あまり好き勝手動く訳にはいかないんだ。それに、『女子達の花園』に男が土足で踏み入るのは、いくら私と言えども良い顔では見られないしね?」

 

 皮肉な事に、フェリクスが動けない理由の中には、警告してきたレノ本人の存在も入っていた。

 あまり強権を振るいすぎれば、彼女を通して第一王子派へと報告されるだろう。そうなれば王位継承権の妨げにも繋がる可能性はある。

 実際の影響としては微々たる物だろうが、それでも敵にあえて弱みを握らせる必要も無い。

 

 レノ本人にその意図があるのかまでは分からないが、フェリクスからしてみれば、これは一種の『試練』のようにも思えていた。この問題を通じて、フェリクスに王足る器があるか…それを図られているように感じてならない。

 

「モニカとレノには何かしらの繋がりがある…一方的に面識がある程度かもしれないけどね。それを暴くには、モニカを泳がせる方が都合がいい」

 

 モニカを泳がせて、彼女の目的を把握する。それが彼女を生徒会の会計に置いた理由の一つでもある。なので過干渉をしてモニカの動きを縛るのも、フェリクスとしては避けたかった。未だモニカに対して完全に信を置いている訳ではないからだ。

 

「やはり、モニカ・ノートンの怯え様には何か隠し事があると?」

 

「勘、だけどね」

 

 モニカの言い分である「怖い雰囲気」も、レノと相対した事のあるフェリクスには理解できるものだった。

 それにモニカの性格ならば、多少大袈裟なリアクションにもなるだろう事も理解している。

 

 しかし、それを含めても異様な怯え方だとも考えているのだ。まるでレノの恐ろしさをその目で見たかのような反応。フェリクスはそれが引っ掛かっている。

 

「彼女の性格的に、多少大袈裟に反応しているだけかもしれないけど…流石に見ず知らず、って訳ではなさそうなんだよね」

 

 レノは確かに最強の騎士として名高い。だがその姿を見た者は、知名度に反して少ない。

 

 レノの装備として有名なのは『魔剣』だが、『鎧』の方こそこの国の魔導具技術の粋である。

 そしてその鎧は、悪趣味なまでに宝石が散りばめられた厳つい物で、兜はフルフェイスの物を採用している。

 なので背丈の低さはある程度誤魔化せているし、式典等でも顔は見えないようになっている。

 

 だからフェリクスは、レノが名乗る前からモニカが怯えていた事に疑念を抱いていた。

 

「グレン・ダドリーとの会話から、レノ・グロスシュヴェルトは『結界の魔術師』との繋がりがある。それも私の想定より深い繋がりだ」

 

 ルイス・ミラーが自分の周りに人を置こうとしているのは知っている。

 見張りか護衛かまでは分からないが、レノやグレンがルイスの手先の可能性は、低くはないだろうと当たりをつけている。

 モニカ・ノートンも何かしらを企んでいる可能性はあるが…それにしては、モニカの行動は全体的にお粗末だし、グレンも腹芸が出来る性格ではない。

 ならばレノが本命かとも考えたが…それにしてはレノの動きは身分に対して『消極的』だ。むしろフェリクスに近づかない様にしている節も見受けられる。

 

「…はっきり言って、全く分からないな。グレン・ダドリーとモニカ・ノートンの性格がノイズ過ぎる」

 

 もはやルイスの目的はただ自らの胃を虐めたいだけではないのか、なんて突拍子も無い妄想すら浮かび上がってくる程度には三人の纏まりがないのだ。

 

「レノが居るせいでより神経を使うな…」

 

「彼女のせい、ですか?」

 

 フェリクスの呟きにウィルディアヌスが反応する。ウィルディアヌスから見たレノは、多少過激な面はあるものの、自ら問題を起こす様な人間には見えなかったからだ。

 

「彼女自身が事を起こす事は滅多に無いだろうけど、いざ何かが起こったときに、些事を大事にする癖があるんだよね」

 

「ああ…」

 

 万が一モニカないしその他の誰かがよからぬ事を企てていて、レノが巻き込まれたとしたら?

 運が悪ければ『セレンディア学園爆破事件』だ。王城の一室を吹き飛ばした人間が学園で容赦してくれるとは、フェリクスには到底思えない。

 

「とりあえず、まずはモニカから手を付けようかな。『二兎を追う者は一兎をも得ず』なんて諺もあるしね」

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