最強騎士の優雅なる学園生活   作:ピグリツィア

8 / 28
生徒会役員毒殺未遂事件

 生徒会役員達の焼き肉パーティーから数日後。時は放課後。

 

 訓練場で日課の鍛練がてら、他の生徒に剣術の指南をしている私の元に、数人の衛兵が慌てながらやってきたと思えば、私に対して()()()()()が発生した事を周囲に聞こえぬように報告してくる。

 

 ここで一つ、私の現在の立場について振り返ろう。

 私は現在一介の辺境伯令嬢であり、一人の一般生徒として扱われてはいるが、『特殊魔装騎士団・団長』の肩書きを完全に失った訳ではない。いわば休職扱いだ。

 

 なので校内で起きた重篤な問題や事件は、警備員を通じて報告される場合がある。

 特に傷害や殺人に類する事態が起きた時。フェリクス第二王子の身の安全を確保する為に、私の立場は学生から団長へと変化し、殿下の護衛任務に就く場合があるのだ。

 

 これに関しては学生云々は関係なく、王室直属である『特殊魔装騎士団の義務』であり、王族の周辺にて危険が生じた場合は警備にも『上官、及び王宮所属騎士団への報告義務』が発生する。

 

 これを怠れば軍規違反にもなる可能性が高いので、クロックフォードだのフェアニッヒだのと言った派閥も関係ない。『重篤な問題が起きたら、必ず私に報告がくる』のだ。

 

 長々と語ったが…簡単に言えば今の私の身分は一人の生徒ではなく騎士団長。つまりは()()()()()だ。

 

「なんだってこんな事に…失礼します」

 

 湧いて出てきたトラブルに愚痴を吐きながら、医務室の扉を叩き、返事を待たずに開くと…第二王子殿下と生徒会副会長殿がベッドの横で腰掛けているのが見える。

 ベッドに横たわっているのは…とても見覚えのある、小柄で痩せ気味の少女だ。

 

「ここは関係者以外立ち入り禁止だぞ!…貴様、何故帯剣をしている?」

 

 生徒会副会長…シリル・アシュリーが、ずかずかと入室した私に視線を送り、魔剣を背負っているのを確認したと同時に魔術を詠唱し始めたが…それをフェリクス第二王子殿下が素早く手で諌める。

 

「レノ、なぜ君がここにいるんだい?」

 

「学内で他人に毒を盛る馬鹿が居ると聞いて。ええそうです、そんな馬鹿が居ると聞いて私が殿下を放置すれば、普通に怒られます」

 

 殿下は今の状況を理解しているのだろうが、周辺の人間…特にシリル・アシュリーが、今の事態がどのような物なのか把握してないのを考慮して、敢えて私に質問を投げかけてくる。

 

 私に来た報告は「学園内で生徒会役員が毒物を盛られる事案発生」の一報だ。幸い、殿下を狙った物ではないらしいが…そもそも学園内に毒物を持ち込んでいる人間が居る事自体が大問題だ。

 

 そんな中で最強の私が、と言うよりは仮にも王室直属組織である特殊魔装騎士団の団長である私が殿下を放置すれば、普通に怒られる。

 

「お初にお目に掛かります、ハイオーン伯爵家、シリル・アシュリー様。私は…『特殊魔装騎士団・団長』レノ・グロスシュヴェルトです」

 

「魔剣姫…失礼いたしました。かの魔剣姫が入学していたとは聞いていましたが、今回はどのような理由でこちらへ?」

 

 シリルは私の身分を強調した『名乗り方』で、今の私がどのような立場なのか察してくれたらしい。

 警戒する視線はそのままだが、すぐに準備していた魔術を解き、貴族らしい挨拶を返してくれる。流石はハイオーン伯爵の選んだ養子だ。かなり優秀と見える。

 

「今回は学内で毒物が使われたとの事なので、特殊魔装騎士団の規定に基づき、殿下護衛の任に就きます」

 

 個人的には必要ないとは思うが、それはそれ、これはこれだ。対外的なアピールの為にも私は今から第二王子殿下の護衛に就かなくてはならない。

 

「普段なら学生、それも一年生なのでそこまで畏まらず…と言いたい所でしたが、今回は見ての通りの事態なので、そのままでお願いします」

 

 畏まった態度を取るシリル・アシュリーに「姿勢を崩すな」と伝えるのも忘れない。

 いくら普段は学園の先輩で生徒会副会長だとはいえ、今は業務中の騎士と一介の学生の関係だ。こればかりは国を代表する騎士として、下手に出る事ができない。

 

 これだから私がセレンディアに来るのは嫌だったのだ。こんな『時と場合によって身分が変わる様な人間』が近くにいるのは、他の生徒や教職員にとってはあまり良い気分ではないだろう。

 

「只今より事態が収束するまで私、特殊魔装騎士団団長、レノ・グロスシュヴェルトがフェリクス・アーク・リディル第二王子殿下の臨時護衛としてお側に付かせて頂きます。…私も嫌なんですから、殿下も我慢してくださいね」

 

「ああ、わかったよ」

 

 僅かに漏れた本音はともかく、あまり護衛を就けたがらない殿下からの同意も得られた所で、私は見たくもなかった『現実』と向き合わなければいけない。

 

 今回の被害者は…生徒会の会計だと聞いた。そう、()()モニカ・ノートンだ。

 

「それで…彼女が被害者ですか?」

 

「ああ、モニカ・ノートン…生徒会の会計だよ」

 

 ああ……なんと言う事だ。どこからどう見ても七賢人が一人、『沈黙の魔女』モニカ・エヴァレットが、ベッドの上で顔を青くして眠っているではないか。天下の七賢人様が毒殺されかけたのだ、大事件である。

 

 問題は本人が七賢人という身分を隠してここにいるので、表立って問題にできない点か。だが私の心境はアホみたいに荒れ狂っている。戦場でもここまで動揺した事はないぞ。

 

「ノートン…私の同級生に同じ苗字の子が居ましたね」

 

「ケルベック伯爵令嬢だったかな?」

 

「はい、そうです。時々お茶会に誘って頂いている程度には懇意にさせてもらっています」

 

 私の動揺が顔に表れてはいないか、なんて心配しながら私とモニカの繋がりを、主にシリル・アシュリーに対してそれとなく把握させる。

 

 モニカとは一応『校舎裏の焼き肉パーティー』で顔を会わせたことはあるが…あの場にはシリルは居なかった。ここであの件を口にすれば余計な面倒事が増えるに違いない。殿下と一緒に知らんぷりだ。

 

 しかし…イザベルとのお茶会で彼女の身分を知った時でも、ここまで動揺しなかったぞ。

 モニカは七賢人の中でも群を抜いた才能の持ち主。その命がこんなしょうもない事で失われてたまるか。

 

「彼女の容体は?」

 

「問題ないよ、現場に居合わせた生徒の一人が、適切な応急措置をしてくれたからね」

 

 ふむ…後遺症も無いようでなによりだ。現場に居合わせた生徒というのは、カーテンで遮られた隣のベッドにいる人物だろうか。色々と聞きたい事はあるが、それはまたの機会にしよう。

 

「じゃあ…レノ、医務室の外で人払いをしてくれ。誰が訪ねてきても通すな」

 

「了解しました」

 

 出来れば殿下の側で護衛に付いていたい所ではあるが、人払いを命じられたのなら従う他ない。大人しく廊下で突っ立っておこう。

 

 

 

 廊下の外にいても聞こえるような騒動が医務室で起こっている…どうやら、モニカが殿下に謝罪しているのを、シリル・アシュリーが叱責しているらしい。それを妹のクローディア・アシュリーが諌め…いや、これは煽っているな。何が何やら。

 

 そうした一幕を終えた後、医務室から出てきた第二王子殿下は、先程よりも随分と不機嫌そうにしていた。

 

「今回の件、私は少々腹に据えかねている」

 

 モニカと殿下の関係性については、それとなく耳にしたことがある。第二王子様はお気に入りのペットを傷つけられて大変ご立腹のようだ。

 下手人は王族の怒りを買った…つまりは()()()()()になるだろう。

 

「…流石に学園で流血沙汰は避けたかったのですが、殿下の命令であれば何時でもこの魔剣を抜きましょう」

 

 殿下の命とあらば、下手人はその場で『打首』に処される可能性すらあり得る。既に物証は確保し、目撃者も相当数居る以上、後から何を言われようとも正当性を訴える事もできる。

 

 もし殿下がその判断を下した場合、実行するのは殿下の近くに居る、国に仕える相応の地位を持った騎士…つまり私だ。

 それとなく「控えた方が良い」と助言は出来るだろうが、最終的な決定権は殿下にあるし、私に拒否権は無い。つまり詰みだ。

 

 厄介な仕事を増やされてしまったものだ。いくら正当な処罰とは言えども、実際に同じ学園の人間を『処理』した私に向けられるであろう視線は、間違いなく良いものではないだろう。

 

 モニカを害するような相手に容赦をする気はないが…今後の学園生活が思いやられる。

 

「ああ、いや。流石にそこまでする必要はないよ…余程の事が無い限りはね?」

 

「おや、そうでしたか。私の前でそのような物言いをするので、早とちりしてしまいました」

 

 どうやら私の早とちりだったらしい。傍目からも機嫌の悪さが見て取れた殿下がとても落ち着いたのがわかる。シリル・アシュリーの顔も心なしか青くなっているし、これは失言だったか。

 

「……首謀のノルン伯爵令嬢と他二名を、事情聴取のため応接室に待機させています。それと…」

 

 シリルが殿下に何やら耳打ちをしようとしているが、この距離だと私の耳なら問題なく内容が拾えてしまう。念の為に聞いてない振りをした方がいいか確認すべきだろうか。

 

「私は聞かない方が良いですか?」

 

「いや、問題ない。むしろ聞いておくべきだね。1人客人が増える。君の知り合いだよ」

 

 護衛として来訪者の情報は知っておいた方が良いし、殿下もそれを分かっているので私にこの後来る事になる『客人』についての情報を伝えてくれる。

 

 聞いた瞬間はすこし驚いたが、ちょっとでも考えれば意外でもなんでもない客人だ。殿下も受け入れると言っているし、その時を楽しみにしておこう。

 

 

 

 殿下が先頭に立ち、応接室の扉を叩く。そんな殿下の服の端を一度引いて下がらせてから、私が前に出る。この第二王子は護衛の意味をわかっていないのか。そんな「やれやれ大袈裟だな」なんて肩を竦めてもダメだ。

 

「失礼します」

 

 扉を開くのは私の仕事だ。先に入室し、危険がないか一通り確認してから、殿下へ入室を促す。

 

 先に室内に居たノルン伯爵令嬢その取り巻きが、学生服を着ながらも佩剣(体格の問題で剣は腰ではなく背負っているが)している私を見て驚愕しているのがわかる。

 セレンディア内で生徒が帯剣するなんて、余程の事態が起きても許可されないからだろう。

 

 つまり、彼女らは事の重大さを正確に捉えられていないのだ。そして、私が何者なのかもわかっていない。これに関しては仕方がない点も大いにあるので、彼女らを責める気にはならない。

 

「ああ、ありがとう」

 

「仕事ですから」

 

 物々しい私の雰囲気に戦々恐々としているノルン伯爵令嬢達を他所に、殿下は彼女たちの対面のソファへ腰を下ろす。

 私は護衛なので、いつでも殿下を庇えるように殿下の横で立っていなければいけない。別に立ち続けるのは苦ではないが、退屈なのは如何ともし難い。

 

 さて、ここからは殿下とシリル・アシュリーの腕前を見せてもらおう。私もその時々で補足を入れるだろうが、話を進めるのは主にこの二人になる。

 

「ノルン伯爵令嬢、カロライン・シモンズ。モニカ・ノートン嬢毒殺未遂事件における、君の言い分を聞かせてもらおうか?」

 

 これから始まるのは事情聴取なんて生温い物ではない。尋問だ。

 相手が生徒会役員であろうと無かろうと、そして自らが使った薬物が何であるかを知っていようと知らなかろうと、殺人未遂という結果が出ている。それも天下のセレンディア学園でだ。

 

 クロックフォードのお膝元で、クロックフォードの手先となっている殿下が情けをかける筈もない。害されたのが自分のお気に入りのペットともなれば尚更だ。

 

「我が妹、クローディアが言うには、貴女が所持していた目薬は法で規制されている物らしい。医者、或いは国家認定薬剤師の資格が無ければ所持することはできない」

 

「カロライン嬢が関連資格を持っていないのは確認しています。違法薬物の所持、そして他人に毒物として服用させたとなると…間違いなく殺人未遂として立件されるでしょう」

 

 シリルの言葉に私が続けて補足をする。資格云々は事件の報告を貰った際に、詳細を聞くついでに確認してある。

 

 こういった裏取りに関しては、本来私の仕事ではないのだが…殿下の護衛ともなるとこういう『専門外』の分野での手回しもしなければならない。全く面倒な限りだ。

 

 私の追撃に一瞬だけキッと眦を上げて睨みつけてくるカロラインを無視して殿下の言葉を待つ。

 やはり彼女は、私が何者か知らないのだろうが…殿下側に立っている時点で、相応の身分を持っているとは考えないのか。それに私が何者であるにせよ、そこまで露骨に睨みつけるのはお行儀が良くないのではないか。

 

「それは…わたくし、この目薬がそのような恐ろしい物だなんて知りませんでしたの。ただの目薬だと聞いていたのですから…あぁ、殿下、どうか信じてくださいまし!」

 

 ただの目薬だとしても紅茶に入れる物では無いのでは?と言いたい気持ちをぐっと堪える。クソ、もし私が自由であればここで華麗な『北部流煽り術』を見せてやったのに。

 

 わざとらしく涙を流すカロラインに対して殿下は柔らかく微笑みながら、同調するような声色で語りかける。

 

「そう。君は何も知らずに、ほんの悪戯心で、あの目薬をモニカ・ノートン嬢のカップに盛ったと」

 

「えぇ!そうです!」

 

「ノートン嬢に恥をかかせるために」

 

 流石は殿下、上げて落とすのが上手い。一瞬だけ明るくなったカロラインの表情がそのまま固まっている。味方だと思っていた相手から刺されるのは相当堪えるだろう。

 

「名誉毀損罪も上乗せかな」

 

 そしてさらりと罪状も加えていく。ここまで徹底的となると、モニカは相当可愛がられているようだ。

 殿下はモニカの何処に惹かれているのか…もしや、少女偏愛(ロリコン)?それも気弱なタイプが好みなのか?

 

 ……そういえば私も生徒会に誘われていたな。私も好きでこの背格好(女児体型)という訳ではないが…まさか、本当にそういう趣味なのか?

 

 ……殿下の性癖についての考察はこれが終わってからにしよう。私は私のやるべき事をしなければならない。

 

「確実な罪状である殺人未遂一つを取っても、少なくとも一年以上の禁錮は避けられないでしょう…それに退学も。その後にどうなるかはわかりませんが、ノルン伯爵家やカロライン様にとって良い結果にはならないでしょうね」

 

 私の権限を利用して集めた情報が纏められた紙束を殿下が確認している横で、カロラインに念押しをしていく。

 ここまで騒ぎが大きくなれば、良くても自主退学だろう。そうなった貴族の娘がどうやって生きていくのか…それは私の知った事ではない。

 

 それに、やらかした相手を考えれば…家の爵位剥奪及び、首謀者と関係者各位が縛首にされても不思議ではない。モニカが身分を隠していたのが不幸中の幸いか。いや、身分を隠していなければ殺人未遂(こう)はなっていなかったか。

 

「さ、さっきから貴方はなんなんですの!?殿下が連れてきたから見逃していたものの…もう我慢なりませんわ!名乗りなさい!」

 

 そして、そろそろ起こると考えていた事態が起きた。カロラインが正体のわからない私に対して、名乗れと言ってきたのだ。

 

 佩剣しているとは言え、格好は一年生の制服のまま。それに私は幼女体型だ。そんな『ぽっと出のちんちくりん』に良いように言われているのが我慢ならないのか、カロラインは声を荒げて私を糾弾する。

 

 しかし、名乗りなさい!と言われたので名乗る…という訳にも行かないのが護衛の辛い所。こういう場面では主人に許可を求めてから動かなければならないのだ。

 さっきまで好き勝手喋ってたのは…細かい事は良いだろう、業務的にも必要なものだったし。

 

「殿下」

 

「許可する」

 

 殿下から許可を頂いたので、一貴族ではなく一騎士としての方式…剣を構えて名乗りを上げる。

 

「特殊魔装騎士団団長、レノ・グロスシュヴェルトです。今回の事件に際し、臨時で殿下の護衛をしています」

 

 カロラインと取り巻きの二人の表情が引き攣った。おそらく良い所で『ただの野次馬』か『ちょっと法律に詳しいだけの出しゃばり娘』止まりだと考えていたのだろう。

 

 自慢ではないが、私は普通にお偉いさんだ。グロスシュヴェルトの人間というだけで武力的な実力は保証されているし、私自身も武官としては上から数えた方が早い程度には偉い。

 

 そして何よりも…多くの貴族の間ではグロスシュヴェルトは『蛮族』と呼ばれる程度には野蛮だと思われているし、避けられている。

 ついでに私のやらかし(王城爆破事件)についてもかなり有名なので…私の気分を害せば()()()()になるとも思われていたりする。これに関しては本当に心外だ。悪いのは『深淵の呪術師』なのに。

 

 …だからなのだろう。カロラインたちの表情はすでに恐怖に歪み、お互いが身を寄せ合って小さく震えている。この調子ではろくに話せないかもしれない。

 

「はぁ…こうなると思ったから名乗りたくなかったのですが」

 

「彼女たちの疑問は正当な物だからね、聞かれたのなら名乗らなければならないだろう?」

 

 カロライン達に助けを求める様な視線を向けられているにも関わらず、殿下は柔らかな笑みを崩さない。

 

 ここに来てようやく、カロライン達は『フェリクス殿下が絶対に味方にはなってくれない』と気がついたのだろう。顔から血の気が引いていくのが見て取れる。

 

 さて、この後はどうするべきか。この調子では尋問も続けられないだろう…なんて考えていると、応接室の扉をノックする音が響いた。殿下に一言断りを入れてから、私がその『客人』を出迎える。

 

 扉を開けた先には…イザベル・ノートンとその従者が立っていた。仮にも自分の家の人間が害されたのだ、彼女が出てくる道理は十分にある。

 イザベルは私を見て一瞬だけ目を丸くしたが、すぐに柔らかな笑みを浮かべて、殿下へと一礼をする。

 

「ケルベック伯爵令嬢イザベル・ノートンと申します。立会をお許しいただきましたこと、心より感謝いたしますわ」

 

 彼女はモニカを随分と毛嫌いして、暴力さえ振るっているなんて噂が流れていたが…それがモニカの後始末をしない理由にはならない。演技であれば尚更に。

 

「この度は我が家の厄介者が、皆様に御迷惑をおかけしたとか。ケルベック伯爵家の者として、大変心苦しく思いますわ」

 

 モニカは妾の子として扱われている。そうすればモニカに寄りつこうと思う人間は少なくなる…筈だった。対人能力が壊滅的な彼女でも辛うじて取り繕える程度には負担も少なくなると予想していたのだろう。しかし、今回はその筋書きが裏目に出る形となった。

 

 ケルベック伯爵陣営の誤算は、モニカが自ら…と言うには語弊があるかもしれないが、結果として悪目立ちをする行動を起こした事と、学園にただの嫉妬や妬みで他人に毒を盛るような人間(バカ)が居ると考えなかった事だろう。

 

 実際私もここまで馬鹿な人間が居るとは考えていなかった。その結果が七賢人殺人未遂だ。普通に国家反逆罪として立件される可能性すらある。

 そうなったらもちろん、カロラインと取り巻き二人は死罪となるだろうし、ノルン伯爵も爵位を没収されるだろう…今回はそうはならないのだが。

 

「お詫びの気持ちと言ってはなんですが…実は侍女にお茶を用意させていますの。皆様、喋りっぱなしで喉が渇いたでしょう? 是非、召し上がってくださいませ」

 

 ケルベック家とモニカの事情について考察している間に、少し面白い展開になっていた。是非とも参加したい気持ちはあるが、今は殿下の護衛の身。側から見るに留めるしかない。

 

 イザベルの侍女が紅茶の入った盆を持って入室し、それをテーブルの上に置き…次いでイザベルがポケットに手を入れ何やら特徴的な形の瓶を取り出す。

 それを見たカロラインたちの動揺を見るに、例の毒物の瓶と似た形の瓶なのだろう。面白い演出だ。

 

「そうそう。折角ですからカロライン様達にはこれをお試し頂きたいの。最近行商人から買ったのですけどね…とっても美容に良いお薬なんですのよ」

 

 イザベルはそう言いながら、下手人たちのカップに一滴ずつ瓶の中の液体を垂らす。

 流石に例の毒物を盛る、なんて愚行は犯さないと思うが…さぞかし強烈な気付け薬なのだろう。温室育ちのお嬢様に耐えられるのだろうか。

 

 イザベルは見ているだけで腹の立つ、相手を見下すような笑みを浮かべる。自分に向けられていなくても気分のいい物ではないが、相手のしでかした事を考えれば宜なるかな、と言った所だ。

 

「…さぁ、召し上がれ?」

 

 カロラインの取り巻きはカップに手を出さない。きっとそれが毒物だと思い込んでいるのだろう。もはや自分たちの使用した物も毒物だと認めたようなものだ。

 

 そして、首謀者のカロラインは覚悟を決めた様子で、一口だけ啜り…吐き出した。

 

「…っぶ!?ぅっ、ぉぇぇぇぇっ」

 

 カロラインは口の中に毒物を僅かたりとも残す物かと、執拗に唾液を垂らし続け…イザベルに殺意の籠った眼差しを向ける。まるで狂犬病を患った犬のようだ。

 

「毒よ!この女はわたくしに毒を盛ったわ!」

 

「…まぁ」

 

 カロラインに糾弾されたイザベルは心外と言った様子でクスクスと笑い…自身の紅茶に同じ薬を数滴落とし、上品に飲む。勿論、咽せたり吐き出すなんてみっともない真似はしない。

 

「先ほども申しましたでしょう? 美容に良いお薬だって。あぁ、少々苦いから驚かれてしまいましたのね?」

 

「あ、あなた…」

 

「ふふっ、だからって何もそこまで見苦しく吐き出さずともよろしいでしょうに…あの女は、貴女が出した苦い紅茶をきちんと飲み干しましてよ?」

 

 ここでカロラインが下に見ていたモニカとの対比を入れるのは、かなり良い攻撃だ。暗に…いや露骨に「お前はモニカ以下だ」と突き放している。

 今までのやり取り…イザベルの演出を面白そうに眺めていた殿下が、物は試しとばかりに私に対して『お願い』をしてくる。

 

「レノ。()()、頼めるかい?」

 

「…わかりました」

 

 殿下に頼まれたら断る事は出来ない。殿下が視線で指し示した、手のつけられていないカロラインの取り巻きの紅茶を飲む。

 

 なかなかの苦味を感じるが、フェアニッヒ家に代々伝わる気付け薬と比べれば屁でもない。紅茶の香りを阻害していないので、特段飲みにくさといった物も感じられない。漢方にしても随分と飲みやすい、上質な物に感じられる。

 

「随分と苦いですが…それだけですね。少なくとも即効性のある毒ではないかと」

 

「そうか、それじゃあ私も飲んでみようかな?」

 

「これが終わった後にして下さい」

 

 殿下のお茶目な発言に釘を刺しつつ、私は心の中で我が家秘伝の気付け薬にしてやろうかと画策する。あれを飲んで咽せない人間は居ないはずだ。お茶目な殿下には丁度良いだろう。

 

「まったく、アレは育ちの悪い女で、我が家の鼻つまみ者ですけれど…どんなにまずい紅茶も残さず飲もうとした、客人としての振る舞いだけは評価しますわ。貴女はそれ以下ですのね?殿下の前で…なんてはしたない」

 

 おっと、これは痛烈な一言だ。特に恥をかかせようとしたモニカ以下だと蔑む部分と、「殿下の前で、なんてはしたない」の一言は特に効いただろう。

 

 ここはまさに公開処刑、といった状況だ。悔しそうに歯噛みをするカロラインを、イザベルが嘲笑っている。これがカロラインがモニカに対してやろうとしていた事なのだろう。奇しくもその光景を、殿下の前で自らが演じる事になっているが。

 

「今回の件ですが、お父様には早馬で報告をさせていただきますわ。仮にもノートンの姓を持つ者が、毒殺されかけたんですもの。当然ですわよねぇ?」

 

「…っ!!」

 

 散々恥をかかせてようやく満足したのか、仕上げに入るようだ。イザベルは見下すような笑みを隠さず、かつ突き放すように『死刑宣告』を言い放つ。

 

 カロラインが気付いていなかったであろう、彼女の大きな過ち…それは東部でも強大な権力を持つ『ケルベック伯爵家』に喧嘩を売った事だ。

 そしてこのタイミングで私も一つやらなければいけない事があるので、殿下に一言断ってから、それを宣言する。

 

「その件ですが、私の方からも父上である『北部山岳猟兵団』の団長…フェアニッヒ辺境伯に報告させていただく事になります。一度、ノルン伯爵家からは距離を置くように、と」

 

 いくら知らないとは言え、七賢人に毒を盛るような人間とは距離を置きたいし、そうでなくてもケルベック伯爵家に思いっきり喧嘩を売っているのだ。東部でのいざこざでノルン伯爵家に味方をしない、という意思表示はここではっきりさせておかなくてはならない。

 

 北部山岳猟兵団は『北部』と名はついているものの、東部での竜の掃討作戦なども行っている程度には顔が広い。

 国内の武力が必要な問題を解決する際、竜害なら竜騎士、野盗なら騎士団と言った風に基本はそれ相応の相手を呼ぶ物だが…とにかく武力が必要かつ緊急といった場合、真反対の南部でない限り最初の候補に上がるのが、陸上部隊随一の機動力を誇る『北部山岳猟兵団』と言われる。

 この機動力の高さはかつて戦場を渡り歩いた傭兵団だった頃の名残である。

 

 そして、この機動力の高さは行動範囲の広さ、それに付随して顔の広さにも通ずる。特に竜害の多い東部では尚更だ。だからこうして先んじてフェアニッヒ辺境伯家のスタンスを伝えておく必要がある。

 

「まって!そうなったら…!」

 

「竜害の際には自らの兵力のみで対処していただく事になるでしょう」

 

 そして、ついでではあるが…フェアニッヒ辺境伯家が手を引いたとなれば、国内の騎士団の大半が手を貸す事を渋るようになる。

 

 『グロスシュヴェルトの避ける場所は死地となる』国内の騎士団なら知らない人間は居ないほどの格言だ。実際はそうでもないのだが、避けた戦場での死亡率が高い事は確か。

 

 フェアニッヒ辺境伯家は、傭兵としての経験を代々継いできた。その結果が現在『国内一の生存能力』を誇る北部山岳猟兵団となっている。所謂『実績に裏打ちされた信用』という奴だ。

 

 ただでさえ東部の一大貴族であるケルベック伯爵家と敵対するのに、中央の騎士団からも敬遠される様になれば…有事の際は、孤立無援で戦うことになるだろう。

 

「グロスシュヴェルトは身内には甘いですが、背中を刺してくる者を身内だと思うほど優しくはないので」

 

「ケルベックも同じく、ですわ」

 

「あ、ああ、違う、違うの…待って…わたくし、そんなつもりじゃ…そんな、つもりじゃ…」

 

 実際の所、ノルン伯爵領の立地を考えた場合…私が今回の件をお父様に報告した所で、手を貸さなくなる訳ではないだろう。だが万が一『ノルン伯爵家対ケルベック伯爵家』の争いになった時に効くのがこの布石だ。

 

 最悪を想定して動かなければならないのが社交界の面倒な所だ。それに、今回の件に関しては『ケルベックに喧嘩を売った』というよりも『七賢人に毒を盛った』という部分が大きすぎる。

 

 密命という性質上、表立って問題になる事はないだろうが…モニカの事情と正体を知っているであろうケルベック伯爵がどう動くかが全く読めない。

 流石に大事になる可能性は低いと見ているが…やはり、確証は持てないでいる。

 

「貴女の軽率な行いが、貴女の故郷を滅ぼす。それが社交界でしてよ?」

 

 イザベルがカロラインに教え込むように、はっきりと言い放った言葉が全て。

 セレンディア(ここ)はただの仲良し学校ではなく、社交界の延長線上にある『戦場』。だから私は、ここには来たくなかったのだ。

 

「さぁ、寮に戻ったら、他のご友人方にしっかりと語って聞かせてくださいまし…我がケルベック伯爵家を敵に回すと、どうなるのかということを!」

 

 イザベルがそう締めくくった事により、『イザベル劇場』は幕を閉じた。

 彼女たちの処分については私たちが関与する事ではない。殿下ならば強引に関与できなくはないだろうが、それもないだろう。

 つまり彼女たちは絶体絶命。詰みである。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。