僕がポケモンより強くなれば全部解決なんじゃないかい!? 作:波間こうど
ツタージャがきのみを持ってきてくれたのはそれからすぐ後のことだった。イーブイは咀嚼する力も残っていないみたいなので、きのみは千切って小さくしてからお椀に入れてすり潰し、ペースト状にして食べさせることにする。弱ってるときは食べ物をお粥状にしたほうがいいのは人間もポケモンも一緒だ。
定期的にモモンのみとオレンのみのペーストを食べさせつつ、毛布で身体を包んであげる。体温を逃がさないためだ。こまめに水分補給させるのも忘れない。水は新鮮なものを汲んでから、念の為煮沸してあるので万が一にも感染症なんかになる可能性もない。
木に縛り付けていた方のイーブイも、ここまですれば僕たちが悪意のある人間ではないということがわかったようで、警戒心を解いてくれた。今となっては毛布に包まれて僕の膝の上(地面が固かったので膝の上か寝袋の上くらいしか柔らかい場所がなかったのだ)にいるイーブイの顔を見ては心配そうに小さく「キュウキュウ」と鳴いている。不謹慎かもしれないがすごく可愛い。
「安心したまえ、峠は超えたよ。このままちゃんとよくなるから、君も疲れているだろうから早く寝るといい」
「……ブイ?」
「……? あぁ、君が寝ている間にこの子を連れていったりしないさ。僕はそこまで悪党じゃないよ」
イーブイが何やらこちらを怪訝そうな顔で見てくる。顔に「え〜? ほんとにござるか〜?」って書いてあるけど、本当だよ。何故なら連れていくなら君たち二匹とも連れていくからね。
……それにしても冗談混じりの顔をしてくれるようになったのは少しばかりは信用されたのかな? 僕のすぐそばで丸くなるイーブイを見て微笑みが漏れてしまう。いや、本当、やっぱりね。優しさと知識さえあればポケモンたちは賢いから心を開いてくれるんだよね。
あとはやっぱりポケモンたちを鍛えるための力だ……力が欲しい……みんなを強く鍛え上げることができる力が欲しい……差し当たっては腹筋の強化が必要だよね。
イーブイの“たいあたり”こそなんとかなったが、これが“とっしん”や“すてみタックル”だった場合は受け止めることができなかっただろう。ポケモンの個体差や、ポケモンによっては“たいあたり”ですらも怪しかった説もある。
「腹トレ増やそうかな……でも腕回りももう少し鍛えたいし……」
まだまだやらなくちゃいけないことは山積みだ。
「まぁ、時間はあるし、次のリーグの大会までにあと四年……それまでに結果を出して、代表選手に選ばれればいい」
そして、そこまでに僕の手持ちのポケモンたちは軒並みレベルを底上げして、かすり傷一つなく勝つ。そのレベルまで育てる。安全に、怪我の一つも負うことなく。
そうすれば、“誓い”も“約束”も、どっちも果たすことができる。だから──。
僕が自分の野望を今一度思い返していると、イーブイが寝たのとは逆の方にツタージャが近寄ってきた。僕の足に手を乗せて右手に持ったオレンの実を押し付けるようにグイグイと近づけてくる。
「タジャ」
「なに? オレンのみ?」
「タジャ!」
「? もう足りてるけれど……あ、イーブイのために取ってきてくれたの助かったよ。ありがとう」
「タ! ジャ!」
「……食えってことかい?」
何やらツタージャの目が真剣なので手渡しされたそれを口に運ぶ。味付けのしていないそれはなんだかこう、良薬口に苦し、というような味がした。美味しくないけど不味くもないみたいな……いや、不味い寄りだな。少なくとも僕の口には合わない。
「ん〜……不味いけど……なんだい? 急に……」
「…………」
「なにかな? その、まだ誤魔化すつもりかこいつみたいな目」
ツタージャが黙ったまま“つるのムチ”を伸ばすと、そのまま僕のお腹に突き刺した。その瞬間、体が忘れていた痛みを思い出し、脳天まで駆け上がる。
「〜〜〜ッ!」
あまりの痛みに涙目になるも、イーブイたちを起こさないように出来る限り声を抑える。ここで起こしちゃったらスヤスヤ寝てる二匹が可哀想だ。声をなんとか押さえてそのままジロリとツタージャを睨みつける。
「……痛いんだけど?」
僕の言葉をどこ吹く風とばかりに流したツタージャがジロリとこちらを睨み返す。おぉ、ポケモンが覚えてる“にらみつける”はちゃんと防御下がりそうだからやめて欲しいな。
「……わかったよ、わかった。悪かったってば。確かに“たいあたり”でちょっとお腹怪我したよ? 青痣ぐらいはできてるかもね。でも事態は一刻を争ってたんだ。君にもわかるだろう? なに? それとこれとは別? 自分がイーブイの相手をした? そうすれば僕は怪我なくイーブイのこと診れた?」
まぁ、確かに。本来であれば突っ込んできたイーブイの相手をツタージャが行うことで僕は怪我一つなくイーブイの治療に向き合うことができただろう。しかし、それではもしかするとイーブイが怪我をしてしまう、なんて僕からすれば最悪の可能性すらあったわけだ。その怪我がツタージャの命を奪ってしまう可能性もある。
その可能性が少しでもあるなら、僕はツタージャにバトルなんてさせたりしない。
「タジャ!」
「だから今後はバトルを自分に任せて欲しい?」
ツタージャの言うことはもっともなのだろう。ポケモンバトルは、ポケモンがするからこそバトルになるのだ。本来、人間がポケモンのわざを受けるなんてことはあってはならない。
「……言っておくけれど、今後もツタージャから見てレベルが15は下のポケモンじゃないと戦わせないからね」
「タジャ!?」
「いーや、高すぎないね。ツタージャのことは信頼しているけれど、怪我をしないなんて言い切れないだろう? だからダメだよ」
不満あり気なツタージャに向けて何度も伝える。
きっと、わかってくれる日が来るから。
僕はもう二度と、友達を、家族を亡くしたくないのだ。
「だから悪いけど、この意見だけは曲げないよ。ツタージャ、君が僕の手持ちでいる限りね」
まだ不満ですという顔のツタージャの頭を撫でる。無理にわかってくれ、なんて言わない。これは僕のエゴでしかないから。
不満げな顔をしていたツタージャがしばらくしてから、今は少しだけ折れてあげる、というようにツタージャが僕の手に擦り寄りながら優しく鳴いた。
× × ×
ツタージャは自分の主であるブラックのことをアホだと思っている。
しかし、ブラックという少年は賢い。
この年にしてポケモンについてはそこらの研究者にすら負けない知識を持っており、ポケモンの治療などについては簡単なものであればこなすことができ、飽くなき探究心が彼のことを導くままにオーキド博士やアララギ博士、ナナカマド博士……ポケモン研究者、権威と呼ばれるような人物たちの論文すら読破し、知識を蓄え続けた彼の脳には、およそ数百匹以上のポケモンの知識が備えられている。
十二歳の子どもにして、知識だけで言えばポケモン博士さながらであった。知識はあるものの経験が足りない、という圧倒的な欠点こそあるものの、彼の頭脳は十分に天才と言って差し支えのないものである。
つまるところ、彼は賢かった。
しかし、それでいて、ブラックという少年は底抜けのアホでもあった。
ポケモンとは神秘の塊である。当たり前ではあるが、ノーマルタイプの初歩的なわざである“たいあたり”ですら、人間のことを吹き飛ばすのに余りある威力を備えたわざなのだ。
普通の人間はポケモンのわざを生身で受けよう、などとは考えない。一部例外(
“はかいこうせん”や“りゅうせいぐん”“だいもんじ”“かみなり”などのわざが脅威なのは当たり前だが、それを当たり前のように放つことができるポケモンがイーブイの“たいあたり”で戦闘不能になることもある。
それが、この世界の理。どれだけ鍛えた大人でも、ポケモンのわざを受けようなどとは考えない。それは少しミスをすると死に直結してしまうものになるからだ。
だから、普通の人間はポケモンの、ましてや躾の行き届いていない野生のポケモンのわざなんて軽々しく受けたりしない。
それが普通だ。
『ぬぐぐぐ……! なんぼのもんじゃーい!』
だからこそ、ツタージャは“たいあたり”してきたイーブイを受け止めて、あまつさえ投げ飛ばした自らの主をアホだと思うのだ。
彼も一緒に過ごして三年、旅を始めて一週間、彼のおかしさにも慣れていた。そんなツタージャでも一瞬硬直するような無法。顎が外れたのかと言わんばかりに口を大きく開いてしまったのは仕方のないことだと思う。
木に叩きつけられたイーブイを“つるのムチ”で縛れたのはそんな無法をしでかすことを体が理解してしまっていたからだった。……可哀想にイーブイは虚を突かれてなされるがままになってしまっていたが、それも仕方がないことだ。彼との付き合いの長さは、奇想天外やアクシデントへの対応力が上がることを指している。あのイーブイと自分の差は過ごした時間と、彼への理解度の違いだ。
自分の目の前でポケモンを死なせない。
それは彼の信念で、“誓い”で、トラウマだ。
ツタージャだけは知っている。彼がポケモンを何故、そこまで大事にするのかを知っている。
それでいて、いや、だからこそアホだと思う。自己の認知と、他人への認知の天秤が歪だ。
彼は自分の命や無事ということへの優先順位が低い。誰かに向けられた心配を、そこまで大きなものだと捉えていないのだ。
自分の命が軽い、人の命は重い。
自分の向けている感情の重さを理解しているのに、人やポケモンから向けられる感情の重さを理解していない。それがこのアホ主なのだとツタージャは知っていた。ツタージャは冷静で、知的なポケモンなのだ。
腹の痛みを隠してイーブイ達を撫でるブラックに不満げに木の実を食べさせる。これを食べさせるとポケモンの体力が回復する、ということはブラックが読んでいた本を教えてくれたので知っていた。木の実を食べさせることでツタージャは「怪我に気づいてるよ」ということを伝えるつもりだった。
しかし、ブラックはツタージャの意図を理解していないようだ。木の実を食べたあとも首を傾げつつ、こちらの意図に気づいていないようだった。こちらの心配に関して本当に何? という顔をしている。イーブイたちが寝てなかったら“つるのムチ”で引っ叩いてた、マジで。
「だから悪いけど、この意見だけは曲げないよ。ツタージャ、君が僕の手持ちでいる限りね」
彼は誤魔化すとき、絶対にツタージャの頭を撫でた。決まって優しく、微笑みながら撫でてくる。ツタージャにはそれが嫌だった。人間という種族で見ればまだまだ子どものブラックが、悟ったような顔をして甘やかしてくるのが嫌だったのだ。
これをすればツタージャが折れてくれるって知ってる、あくタイプのわざなんて目じゃないほど、大人も真っ青なことをするのに。
優しい目をしている彼の手に擦り寄る。いつも、彼はツタージャにバトルを禁止するときはこの目をする。とても優しくて、切なくて、ツタージャの大好きで、大嫌いな目。
ツタージャじゃなくて、過去を見つめる優しい瞳。
「……タジャ」
だから今日も折れてしまうのだ。その瞳、今は自分だけを写して欲しいから。
幸い、先は長い。何度だって呼びかけよう、何度だって声をかけ続けよう。
貴方のことを大事に想っている存在がここにいるんだよってことを。
だから、今は折れてあげる。この先の長い旅路で、貴方のことを守れる勇敢な相棒として、貴方が頼ってくれるその日まで。
ブラック:トラウマと誓いと約束の狭間で揺れてる少年。ポケモンについての知識だけでみれば世界有数の頭脳を誇る。
最近の悩みはツタージャがあの手この手でバトルさせろとせっついてくること。
ツタージャ:アホ主のことをわりと真面目に説教したい。最近は人間の文字を学習中。字を書ければ考えは伝わるだろうか?
最近の悩みはふしぎなアメが落ちてないこと。