今度は異世界転生じゃなくて異世界転移かよ ※リメイク版   作:にゃすぱ@梨

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酒場の喧嘩と英雄の芽

 

 

「おかえり、ベル」

 

「リムルさん、ただいま帰りました!」

 

玄関を開けて飛び込んできたベルは、いつものように元気いっぱいだった……と言いたいところだが、

よく見ると服がところどころボロボロで、ところどころ赤黒く染まっている。

 

「よしベル。早速だけど、今日のこといろいろ聞きたいんだが──今日はヘスティアが居ないらしくてな。

久しぶりに、外で飯食わないか?」

 

「わ、いいですね! 行きましょう!」

 

「……と、その前にな」

 

「え?」

 

「お前、一回体洗えよ。ミノタウロスの血、べったりついてんじゃねーか」

 

ベルはきょとんとしたあと、自分の服を見て固まった。

 

「あ、そういえば……忘れてました……って、あれ?」

 

「どうかしたか?」

 

「いえ……お風呂入ってきます!

(どうしてリムルさん、これがミノタウロスの血だって分かったんだろう……)」

 

ベルは慌てて風呂場に駆け込んで行った。

 

 

しばらくして、風呂から上がったベルが、さっぱりした顔で戻ってきた。

 

「お待たせしました!」

 

「よし、じゃあ行くか」

 

「はい!」

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

ひとつ失敗したことがある。

 

外で食べることは決めていたが、「どこで食べるか」はまったく決めていなかったのだ。

 

ベルはファミリアに入ったばかりで、オラリオの店なんてほとんど知らない。

俺も、豊穣の女主人とギルド横の軽食くらいだ。

 

さてどうするかと思っていたところで──

 

《主様、この近くにある“豊穣の女主人”でいいと思います。オラリオでも屈指の人気店ですので》

 

おお、確かにそうだな。

お金落としてあげないとだし

迷惑も少しかけちゃったし…

 

「よしベル、飯食う店決めた。ついてこい」

 

「どこに行くんですか?」

 

「オラリオでも有名な店。“豊穣の女主人”だ」

 

「有名店!気になります!」

 

 

 

そんな会話をしながら店の前に着くと、案の定かなりの賑わいだった。

 

「すごい人ですね……」

 

「人気店って証拠だな。入ってみよーぜ」

 

扉を開けると、酒と肉と笑い声の混じった、実にいい匂いの空気が広がっていた。

 

「いらっしゃいませー! お客様は二名様かニャ?」

 

元気な猫人のウェイトレスに声をかけられ、俺たちは頷く。

 

「はい、二人!」

 

「それじゃ、こっちへどうぞニャ」

 

奥へ通され──

案内されたのはカウンター席だった。

 

カウンター越しに顔を上げると、そこには見覚えのある大柄な女性が立っている。

 

「……なんだい、あんたかい。今度は坊主連れとはね」

 

「や、やっぱ覚えてたか。約束通り“客として”金持ってきたよ」

 

「当たり前だろうが。あんなでかい魔石見せつけといてトンズラされたら、アタシの心臓に悪いからねぇ」

 

豪快に笑うその人こそ、この店の女主人、ミア・グランド。

 

「で、そっちの白い坊主は?」

 

「ヘスティアファミリアの、新人だ」

 

「ベル・クラネルです。よ、よろしくお願いします!」

 

「ほう、ヘスティアの。あのチビっ子もやっと眷属増やしたのかい」

 

ミアはニヤリと笑ったあと、カウンターを軽く叩いた。

 

「で、今日は何にするんだい?」

 

「ミアさんお任せで、この店の一番のオススメをお願いしたい」

 

「任されたよ。たんまり働いていきな、金の方にね」

 

 

 

ミアは厨房の奥へと消えていく。

 

隣を見ると、ベルはカウンターにちょこんと座りながら、やたらと姿勢を小さくしていた。

 

「で、ベル。なんでそんな縮こまってんだ?」

 

「リムルさんは……あの人を見て、びっくりしなかったんですか?」

 

「ん? 面白そうな人だなぁ、としか」

 

「迫力が凄くて……睨まれたら動けなくなりそうです……」

 

「まぁ分からんでもないが。いい人だぞ、ミアさん。すぐ慣れる」

 

「……が、がんばります」

 

ミノタウロス相手にはよく頑張ったくせに、店の女主人にはビビりまくるとは。

世の中よく分からない。

 

 

 

「で、今日のダンジョンはどうだった? 初ダイブの感想は」

 

「そうですね……正直、もっと苦戦するかと思ってたんですけど、

上の階層のモンスターは思ってたより弱くて。ちゃんとリムルさんに教えてもらった通りやったら、何とか……」

 

「なるほど。で、調子に乗って五階層まで潜っちゃったと」

 

「!? ど、どうして知っているんですか!?」

 

「心配だからだろ。お前、俺と最初に戦ったときひどかったからな。

“もしかして”って思って見てたんだよ」

 

「そ、そうだったんですか……全然気づきませんでした」

 

そりゃ、気づかれないように見てたからな。

 

「それで? ミノタウロスと対峙したとき、なんでお前はビビりながらも立ち向かえたんだ?」

 

「そこも見られてたんですね……」

 

「助けに行くかどうか、だいぶ悩んだぞ?」

 

「あはは……ええっとですね。最初は、ダメだって思ったんです。絶対勝てないって。

でも、リムルさんに“死ぬなよ”って言われたのを思い出して……約束だけは守らなきゃって。

それで、死に物狂いで攻撃を避け続けて……そしたら、だんだん自分でもびっくりするくらい体が動いて……

“避けるだけなら、まだいけるかも”って思ったんです」

 

「……そうか」

 

間違いなく、《英雄萌芽》が働いていたな。

 

「で、誰かが来るまで耐えたわけか」

 

「はい。途中で何度も心が折れそうになりましたけど……

“英雄になりたい”って気持ちだけは、どうしても捨てられなくて」

 

「──よく頑張った。約束、ちゃんと守ったな。偉いぞ」

 

ぽんぽん、とベルの頭を撫でてやる。

 

「い、いえ! そんな……。

……僕、誰かを失う辛さは、分かってるつもりなので……誰かに悲しい思いをさせるのは嫌で……」

 

ベルは一瞬だけ、顔を曇らせた。

 

 

 

ちょうどそこへ。

 

「はい、お待ち!」

 

ミアがどかん、と皿を置いた。

 

目の前には超山盛りのパスタと、食欲をそそる肉料理が並べられる。

 

「そこの白髪坊主。何暗い顔してんだい? 事情は知らないがね、

ここは楽しく食って飲んで、少しだけ嫌なことを忘れる場所だよ。

辛気くさい顔してないで、まずは食いな!」

 

「は、はい!」

 

「ほら、これもお飲み」

 

ジョッキがベルの前に置かれる。ほんの少しだけ薄められた酒だろう。

 

「あー! ベルだけずるい! ミアさん俺には?」

 

「あんたにサービスする理由はないよ!」

 

「えぇー! じゃあ俺も同じのちょうだい! ちゃんと払うから!」

 

「ったく……毎度あり」

 

そんなこんなで、俺たちは楽しく食べて飲み始めた。

 

 

 

ベルがさっき言っていた「誰かを失う辛さ」の話をもう少し聞きたいところだったが──

 

 

 

カランカラン、と扉のベルが鳴った。

 

その瞬間、店内の空気がわずかに変わる。

 

「あ、ロキファミリアだ」

 

「また随分と派手に飲みそうな面子だな……」

 

客の何人かがそう囁くのが聞こえた。

 

 

 

ロキファミリア──

あぁ、五十階層で会った連中か。

 

《それと、ベルを助けたアイズ・ヴァレンシュタインも所属しています》

 

ああ、なるほど。そりゃそうだった。

 

 

 

ロキファミリアは店の中央付近に陣取り、

次々と料理と酒が運ばれていく。

 

忙しそうに動くリューたちを横目に見ながら、

やがて、赤髪ポニーテールの女神が立ち上がった。

 

「今回もみんな無事帰ってきてくれて、ほんまありがとう!

今日は宴や! 飲んで食って騒ぐで! ほな、カンパーイ!!」

 

「「「カンパーイ!!」」」

 

店内はさらに賑やかさを増した。

 

《あれがロキファミリアの主神、ロキです》

 

賑やかなのは嫌いじゃない。

こういう喧騒は、嫌なことを忘れさせてくれる。

 

 

 

ふと、思い出す。

 

(そういえば、ベルってアイズに一目惚れしてたんだったな)

 

「なぁベル〜」

 

「な、なんですか?」

 

「お前さ」

 

俺はベルの肩を引き寄せて、耳元で囁く。

 

「アイズ・ヴァレンシュタインのこと、好きになったんだって?」

 

ベルの顔が、瞬時に真っ赤に染まる。

 

「な、な、な、なんで知ってるんですか!!」

 

「今日のこと見てたって言ったろ?

ミノタウロス倒したお姫様見て、顔面トマトになって逃げたらそりゃ分かるわ」

 

「あ、あ、うぅ……」

 

「いいじゃないか。恋する少年は強くなるもんだ。俺は応援するぜ?」

 

「うぅ……」

 

「目標ができたってことだ。

まずは、あのアイズって子に追いつかないとな」

 

ベルは顔を赤くしながら、でもしっかりと頷いた。

 

「そう……ですね。が、がんばります!」

 

「おう。俺も全力で手伝ってやるよ」

 

 

 

──恋愛かぁ。

 

スライムになってから、そういう感情からはずいぶん遠ざかっていた気がする。

 

《大丈夫ですよ、主様》

 

何がだよ。

 

《私という正妻がいるではありませんか》

 

どの口が言うんだこの神智核は。

 

《気のせいです♪》

 

気のせいじゃねぇ。

 

 

 

そんな漫才じみたやり取りをしていると──

 

 

 

「なぁアイズ、あの話聞かせてやろーぜ」

 

ベートの声が聞こえてくる。

 

「……」

 

「例の少年か?」

 

リヴェリアが問いかける。

 

「あぁ。五階層でよ、ミノタウロスに襲われてる奴がいてさ。

アイズがミノをぶった斬ったんだがよ、そいつ、ミノの血で真っ赤になっててさ……ぶあはっ! あれはねぇわ!」

 

ゲラゲラと笑うベート。

 

「……あれを逃がしたのは、私の責任です。あの人は悪くありません」

 

「でもよ、助けてやったのに叫びながら逃げてくんだぜ? 情けねぇだろ」

 

「それでも、笑うのは違うと思います」

 

 

 

悪意半分、嘲り半分。

 

──さっきダンジョンで聞いたのと同じ笑い声だ。

 

あのときは、魔王覇気が漏れかけた。

 

《主様、落ち着いてください》

 

分かってるよ、シエル。

 

 

 

ふと隣を見ると、ベルは俯き、膝の上でぎゅっと拳を握りしめていた。

 

「ベル……悔しいか?」

 

「……はい」

 

「なら、あいつらを見返せるくらい強くならないとな」

 

「はい」

 

握りしめた拳が、ゆっくりと緩んでいく。

 

「今の気持ち、絶対忘れるなよ。

悔しいって感情は、鍛えるには最高の燃料だからな」

 

「……はい。ありがとうございます」

 

「なぁに、気にすんな。ただ──」

 

俺はわざとらしく笑って見せる。

 

「俺はムカついた。お前のこと二回もバカにしやがったからな」

 

「え……二回?」

 

「一回目は、さっきダンジョンで血まみれって笑ってたときだ。

あのときは見逃してやった。

けど二回目は、こうしてベルの前で、楽しそうにネタにしてる」

 

「リムルさん……僕は大丈夫ですよ。もっともっと強くなりますから」

 

「それは分かってる。だからこそ、ケジメはつける」

 

椅子から立ち上がる。

 

「ちょっと喧嘩してくる」

 

「えっ」

 

 

 

背後から、低い声が飛んできた。

 

「待ちな」

 

ミアだ。

 

「ミアさん?」

 

「喧嘩するなら外でやりな。

店の中で暴れたら、あんたもあんたの相手もまとめて叩き出すよ」

 

「……了解。忠告感謝します」

 

笑って礼を言うと、ミアはやれやれといった顔をした。

 

 

 

今度こそ、俺は席を立ち、ロキファミリアのテーブルへ向かう。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

「もういいだろ、ベート。あれは私たちが逃がしてしまった結果だ。

あの少年を笑うのは、少し違うと思うぞ」

 

リヴェリアがたしなめる。

 

「あぁ? うるせぇババァ、黙って酒でも飲んでろ」

 

やれやれ、とリヴェリアはグラスを口に運んだ。

 

 

 

その時だ。

 

こつ、こつ、と靴音が近づいてくる。

 

そして、ロキファミリアのテーブルの前で止まり──

テーブルを壊れない程度の強さで、コンッと叩いた。

 

 

 

その瞬間、ざわついていた店内の音が、わずかに沈む。

 

 

 

「なぁお前ら。うちのベルについて、楽しそうに話してたな」

 

俺はゆっくりと口を開いた。

 

「だったら俺も混ぜてくれよ。その話」

 

 

 

「……なんだテメェは」

 

ベートが低く唸る。

 

「犬人《シアンスロープ》に名乗るつもりはねぇよ」

 

「あぁ!? 俺は狼人《ウェアウルフ》だ! 間違えんじゃねぇ!!」

 

「悪い悪い。キャンキャン鳴いてるから、てっきり犬かと」

 

「このガキがッ!!」

 

ベートが立ち上がりかけたところで──

 

「待ちな、ベート」

 

ロキの声が飛んだ。

 

 

 

「これはこれは、神ロキ」

 

「おや? ウチのこと知っとるんか?」

 

「えぇ。もちろん。

あなた方がロキファミリアだってことも、五十階層で会ったときにね」

 

そう言うと、フィン、リヴェリア、ガレスの三人が目を見開いた。

 

 

 

「……あの時の仮面の子、だね?」

 

「フィン・ディムナ。覚えてもらえて光栄だ」

 

ロキがじっと俺を見て、ニヤリと笑う。

 

「ほう、ヘスティアんとこの子かい。

とりあえず、リムルでええか?」

 

「好きに呼んでくれ」

 

「さて、リムル。確かにウチの子らは、あんたんとこの少年に対して、

喧嘩売ったと思われてもしゃあないこと言うたわ。認めるで」

 

ロキはグラスを回しながら続ける。

 

「せやけどな、ウチらこれでもオラリオでトップ張っとるファミリアなんや。

喧嘩を買う相手、よう考えな。ヘスティアファミリアなんて、

今んとこちっさなとこ、簡単に潰れてまうで?」

 

「なるほど。トップなら、誰を笑い者にしてもいいって訳ですね?」

 

俺は肩をすくめた。

 

「抗える奴がいないから、強者の余裕を気取る。そういうやつ、俺の周りにもいたなぁ」

 

「……」

 

「別に、ロキファミリア全員に喧嘩を売る気はありませんよ。

今の話も、全員に向けて言ったわけじゃない」

 

俺は視線をベートに向ける。

 

「“自覚あるやつ”だけで十分です。さっき、あぁ? って返事したしな」

 

「テメェ……!」

 

「ベートは、ウチの幹部でレベル5や」

 

ロキが言う。

 

「レベル、ね」

 

俺は鼻で笑った。

 

「数値に縋る時点で、程度が知れますね」

 

「……ちょっといいかい、リムル君」

 

フィンが割って入った。

 

「なんでしょう、団長さん」

 

「君は、ベートに喧嘩を売りに来た。そういうことでいいね?」

 

「逆ですよ。ベルのことで喧嘩を売られたから、俺が買いに来ただけです」

 

「なるほど……確かに今回に関しては、完全にこっちが悪いね」

 

フィンはあっさりと認めた。

 

「今まで“買われる”ことがほとんどなかったせいで、

ベートも天狗になっていたかもしれない。そこは僕の責任でもある」

 

「そう言ってもらえるなら話は早い。俺は喧嘩を買ったんでね。

で、そっちの犬人《シアンスロープ》はどうするんだ?」

 

「テメェ……いい加減に──」

 

「ベート」

 

フィンの声に、ベートがピタリと黙る。

 

だが、闘志はまったく収まっていない。

 

 

 

ロキが小さくため息をついた。

 

「……しゃあない。ええわ。

ウチもベートを甘やかしすぎたかもしれん」

 

 

 

俺は一歩下がり、店の入り口の方へと視線を向ける。

 

「ここは店の中だ。やるなら外にしようぜ」

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

「団長、本当にいいのか?」

 

外へ出ながら、ガレスが低い声で訊ねる。

 

「……多分だけど」

 

フィンは前を行くリムルの背中を見る。

 

「ベートが負けるかもしれない」

 

「わしもそう思うの」

 

リヴェリアもまた、険しい表情だった。

 

「団長!? いくらなんでも言い過ぎだろ!」

 

ティオネが声を荒げる。

 

「少なくとも……“ただのレベル1”には見えないよ、あの子は」

 

フィンはそう言って、足を速めた。

 

 

 

店の外に出ると、既に野次馬が集まり始めていた。

 

「おいおい、レベル5に喧嘩売ったぞあいつ!」

 

「何秒持つか賭けるか?」

 

好き勝手なことを言っているが、まぁどうでもいい。

 

ベルも慌てて後を追ってくる。

 

「リ、リムルさん、本当に大丈夫ですか!? 相手はレベル5ですよ!?」

 

「大丈夫だ、問題ない。危ないからお前は少し下がってろ」

 

「は、はい……!」

 

 

 

ロキたちも外へ出てくる。

 

「神ロキ」

 

「なんや?」

 

「この場に、エリクサーあるか?」

 

ロキは周囲の団員に目で問いかけるが、全員首を横に振る。

 

「無いな」

 

「じゃあ、これを使うといい」

 

俺はロキへ小瓶を放った。

 

「なんやこれ」

 

「エリクサーと同等の回復薬だ。

俺は本気は出さないけどな。仲間を二回も侮辱されたから、相応の代償は払ってもらう」

 

ロキの目が細くなる。

 

「殺しはしねぇよ。ただ……一回“死ぬ”くらいのダメージにはなるだろうから。

本当に死ぬ前に、それで回復させてやってくれ。

さすがにファミリア同士の大問題になるのは、俺も面倒だ」

 

「……変わっとる子やな、あんた」

 

ロキは苦笑しながらも、小瓶を大事そうに懐へしまった。

 

 

 

俺は視線をベートへ戻す。

 

「ナメんじゃねぇぞ……クソガキ」

 

「じゃあ証明してみせてくれよ、“レベル5さん”」

 

「たかがレベル1の分際で、レベル5に喧嘩売ったこと後悔させてやる」

 

「だから逆だって言ってんだろ。お前が先に売った喧嘩を、俺が買ってやったんだよ。

……やれやれ、喋ってても埒が明かねぇな」

 

 

 

周囲に被害を出すつもりはない。

 

俺は指をパチンと鳴らした。

 

その瞬間、ベートと俺を中心に“空気”が変わった。

 

「な……なんだ……?」

 

「結界だよ。この中は別空間みたいなもんだ。

どんな攻撃をしても、外の連中には影響がいかない。

好きに暴れろ」

 

「テメェの“死に場所”ってわけか……一撃で終わらせてやるよ!」

 

 

 

ベートは地面を強く蹴り、疾風のような速度で間合いを詰めてきた。

 

その足が、俺の顔面めがけて振り抜かれる。

 

砂埃が舞い上がり、視界が白く染まる。

 

 

 

──観客たちは思っただろう。

 

“終わったな”、と。

 

 

 

だが。

 

 

 

「……あ?」

 

砂埃が晴れたとき、ベートは違和感に気づいた。

 

上げた足が──

 

降ろせない。

 

 

 

「な……」

 

視界がクリアになり、目の前の光景に絶句する。

 

俺は片手で、ベートの全力の蹴りを掴んで止めていた。

 

「おいおい。これが全力か? こんな蹴りで、どうやって俺を殺すんだ?」

 

俺は足を放す。

 

ベートは慌てて飛び退いた。

 

(ありえねぇ……今のは全力での蹴りだった。

こいつ、本当にレベル1かよ……!?)

 

「でかい口叩いてた割に、大したことないな」

 

「なっ!?」

 

「そういえば、獣って自分より強い相手には大人しくなるんだっけ?

ちょっと、試してみるか」

 

俺は、ほんの少しだけ魔王覇気を解放した。

 

ベートがビクリと震える。

 

膝が笑い、腰が抜け、その場に崩れ落ちそうになる。

 

言葉を発しようとしても声が出ない。

 

 

 

ゆっくりと歩いて近づき、目線を合わせる。

 

「所詮、獣だったな」

 

軽く、だが“この世界基準では致命的な”力で、腹部へ拳を叩き込んだ。

 

ドン、と鈍い音が響く。

 

ベートの体は地面ごと沈み込み、口から血を吐いて白目を剥いた。

 

完全に気絶だ。

 

 

 

俺は結界を解いた。

 

 

 

「……」

 

ロキファミリアの面々も、野次馬たちも、誰一人声を出せない。

 

沈黙。

 

その中で、ロキが小さく息を吐いた。

 

「ほんま……とんでもないのが、ヘスティアんとこに入ったなぁ……」

 

 

 

少し大人げなかったかもしれない。

 

でも、スッキリしたからよしとする。

 

 

 

「ベル」

 

振り向くと、ベルは目を丸くして俺を見つめていた。

 

「お前が悔しいって思ったなら、それでいい。

あとは──あいつらに、笑われないくらい強くなれ」

 

「……はい!」

 

ベルの瞳には、さっきの悔しさとは違う、“憧れ”が混じっていた。

 

 

 

こうして、“ヘスティアファミリア”の名前が、

少しだけオラリオに広まり始める。

 

そのきっかけは──

酒場の小さな喧嘩だった。

 

 

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