今度は異世界転生じゃなくて異世界転移かよ ※リメイク版 作:にゃすぱ@梨
次の日の朝、俺はベルと訓練場で向かい合っていた。
「ベル、お前はいま“成長期”真っ只中だ。ステータス上はどんどん強くなっていくと思う」
「はい!」
「でもな、数字が伸びてるだけで、ベル自身の“戦い方”が身についてるわけじゃない。ここ、絶対勘違いすんなよ?」
「……はい!」
返事だけはいい。そこがまた可愛げあるんだけどさ。
俺は構えを取り直し、ベルに合図を送る。
「よし、さっきまで通りでいい。全力でかかってこい」
「お願いします!」
ベルが短剣を構え、何度も何度も俺に斬りかかってくる。
最初の頃と比べれば、格段にマシだ。踏み込みも深くなっているし、なにより――
(ちゃんと死角を狙おうとしてるな)
俺の肩口や胴の“少し外側”を狙う軌道。意識してか無意識かは分からないけど、白老がいたら「筋はええ」とか言いそうな感じだ。
吹き飛ばされた時も、最初は豪快にすっ転がってたのに、今はしっかり受け身を取れている。
……いや、これ全部シエルが解析して俺に逐一フィードバックしてくれてるおかげなんだけどね。
「よし、今日はこの辺にしとくか」
「はぁ……はぁ……ありがとうございました!」
「明日から、もうちょい強めにしても大丈夫そうだな」
「えっ……」
「え?」
「あの……し、死なない程度にお願いします……」
「いやいや、そんなに上げないって。ベルの成長に合わせて負荷かけた方が、早く強くなれるだろ?」
「それは……確かに……」
素直なところが本当にいい。
「じゃ、ヘスティアを起こして朝飯にするか」
「はい!」
俺たちは訓練場から居住スペースへ戻る。といっても、同じ建物の中だから距離は大したことない。
ベルはそのままシャワーへ向かい、俺はヘスティア部屋の前へ。
「コンコンコンッ」
「ヘスティア〜、起きてるー?」
「……うみゅ……あとごひゅん……」
「む、あと五分だけだぞー?」
とりあえず猶予を与え、その間に朝食の準備をする。
テーブルに料理を並べ終わる頃には、とっくに五分を過ぎていたが……やっぱり起きてこない。
「やれやれ」
俺は台所に引き返し、“最終兵器”を持って再びヘスティアの部屋へ。
今度はノックもせず、そっと扉を開ける。
ベッドの上では、今日も平和そうな顔でヘスティアがすやすやと眠っていた。
よし。
俺はフライパンとお玉を構え――
「カンカンカンカンッ!!」
「ほら〜、朝だよ〜!」
「カンカンカンッ!」
「起きて〜!」
「うるさっっっ!!!!」
勢いよく飛び起きたヘスティアが、目をカッと見開いて俺を睨む。
「あ、やっと起きた」
「リムル君……どんな起こし方だよ!」
「でも、起きれたろ?」
「心臓飛び出るかと思ったよ!」
「まぁまぁ。ご飯用意してあるから、ほら食べよ」
やっぱり朝、人を起こすにはフライパンとお玉だよね!(真似されると困るけど)
◇ ◇ ◇
「ベルは今日はどうするの?」
「今日もダンジョンに潜ろうと思います」
「そうか。とりあえずだな、前みたいに五階層まで降りちゃうのは一旦なしな」
「はい……」
「今日からは“フロアごとのマップ”をちゃんと覚える。まずは第二階層までに絞れ」
「マップ、覚える……ですか?」
「ああ。考えてみろ。こないだミノタウロスに追い詰められた時、五階層の地形把握してたら、あんな袋小路まで逃げ込まなかっただろ?」
「それは……確かに……」
「だから周りの地形はしっかり覚えておけ。それだけで生存率はグッと上がる」
「はい!」
「ベル君、ダンジョン行く前にステイタス更新してからだよ?」
「わかりました、神様!」
「あ、俺も忘れてた。ベル」
「はい?」
「お前に与えたスキルだけど、ちょっと改造したい。少しだけ時間くれるか?」
「改造……ですか?」
「ああ。試してみたいことがあってさ」
「わかりました」
「じゃ、椅子に座って。そのまま動かないでくれ」
ベルが素直に腰掛けるのを確認して、俺はそっと手をかざす。
《準備は整っています。いつでもどうぞ、主様》
(頼んだ、シエル)
「それじゃ、始めるぞ」
「はい」
外から見れば、俺がベルの背後でじっと集中しているだけだろう。
でも、内側ではシエルがものすごい速度で作業を進めている。
《能力改変、並びにスキル統合……完了しました》
(おつかれ。……ん? スキル統合?)
《はい。“成長促進”が重複したままでは相互干渉の可能性が高かったため、《英雄萌芽》と《憧憬一途》、それに主様から付与したスキルを統合し、ひとつの“核”として再構成しました》
(マジかよ……そんな芸当できるのか)
《当然です》
絶対ドヤ顔してるなこれ。
「よし、ベル。終わったぞ」
「もうですか?」
「ああ。問題ない。……ヘスティア、続けてステイタス更新頼める?」
「りょーかい。それじゃあベル君、部屋に行こうか!」
「お願いします!」
俺たちはベルの部屋へ移動し、いつものようにうつ伏せになったベルの背中へ、ヘスティアが神血《イコル》を垂らす。
背中が淡く光り、少しして光が収束。
ヘスティアが息を呑み、無言で紙にステイタスを書き写して俺へ手渡してきた。
――ベル・クラネル
Lv:1
力:E 210
耐久:E 310
器用:E 345
敏捷:D 563
魔力:G 0
魔法
【 】
スキル
【英雄恋情】
・早熟する。恋慕と英雄への憧憬の丈により効果持続
・強敵との戦闘時、ステイタスにプラス補正
・成長上限の枷を外しうる
(……おお、きれいにまとまったな)
《説明も簡潔で良いと思います。元々《英雄萌芽》が持っていた“格上との戦闘で成長”と、“限界突破”の要素、それに《憧憬一途》の“恋慕&憧れが燃料”という性質をすべて内包しています》
(ついでに言えば、名前もカッコいい)
《主様のご希望通り、“英雄”と“恋”を両方入れておきました♪》
「……ふむふむ。なるほどね」
ヘスティアが紙を覗き込みながら呟く。
「内容自体は前と同じ“成長加速系”だけど、だいぶスッキリしたね」
「だな。成長の向き先も整理できたみたいだし」
「まったく、他人のスキルを書き換えるなんて、ほんと規格外だよ……」
「にひひ」
「笑ってごまかすな! ……でもありがたいよ」
そう言って、ヘスティアは少しだけ表情を和らげた。
「ベル、ステイタス更新終わったよ」
「ありがとうございます!」
俺はベルに紙を渡す。今度はスキル欄も隠さない。
「わ……すごい伸びてますね」
「昨日のミノタウロスとの死闘の成果だな」
「死闘……」
「それと、この【英雄恋情】ってスキルな。前も話したけど、成長速度に関しては、この世界の常識からは完全に外れてる」
「……はい」
「だからこそ、このスキルの詳細は軽々しく他人に喋るな。もし悪意ある神や冒険者に知られたら、間違いなく狙われる」
「絶対に言いません!」
ベルがギュッと紙を握りしめる。
「神様の前では嘘つけないんでしたよね……?」
「そうだね。だから、ギリギリまで隠し通すしかない。ばれたら……その時はボクとリムル君が全力で守る」
「はい……!」
「よし、じゃあ出発前にもう一回だけ確認な」
俺はベルの肩を軽く叩く。
「今日は第二階層まで。敵を倒すのも大事だけど、“地形”を最優先で覚えろ。危なくなったら迷わず戻れ」
「はい!」
「ちゃんと帰ってくるんだよ、ベル君」
「行ってきます、神様、リムルさん!」
「おう」
ベルは元気よく飛び出して行った。
◇ ◇ ◇
「さて、俺はどうするかな。ヘスティアは何か予定あるの?」
「んー、今日は特にないね」
「そっか」
「何かあったのかい?」
「いや、ちょっと出かけてこようかなぁって。昨日のアレもあるし」
「アレ、ね……。分かった。遅くなりそう?」
「本当に少しだけだよ。昼過ぎには戻ると思う」
「じゃあ気を付けてね?」
「了解。それじゃ、行ってきま〜す」
◇ ◇ ◇
一方その頃、ロキファミリア本拠。
「いや〜、昨日のアイツ……リムルって言ったか? やばかったなぁ」
テーブルに肘をつきながら、ロキが気だるげに言う。
「本当にね。僕の想像を軽く超えていったよ」
フィンが頷く。
「ベートが殺されなかっただけ、マシと考えるべきかの……」
ガレスが鬚を撫でながらぼやいた。
「リムル・テンペスト、か。今までオラリオに、あんな冒険者が居るなんて聞いたこともない」
「私もだ。圧倒的なまでの強さ。……“アイツ”より強いかもしれん」
リヴェリアが静かに言葉を重ねる。
「ま、ともかくや」
ロキが背もたれにどかっともたれた。
「この件に関しては、完全にウチが悪い。ウチらがヘスティアん所の子を馬鹿にして、喧嘩を吹っ掛けて、見事に返り討ちにされた。……そんだけの話や」
「そうだね」
「それに――殺されなかっただけマシ、ってさっき言ったけどな?」
ロキの目が少しだけ鋭くなる。
「あいつ、多分最初っから殺す気なんてなかったで。戦う前にうちに渡してきた回復薬。あれがなかったら、ベートは今ごろほんまに死んどったかもしれん」
「確かに、あの薬がなければ危なかった」
フィンが頷き、手元の瓶を見下ろす。
「それにしても、あれは本当にエリクサー級だったのか?」
「ああ。ベートの状態、見たやろ。内臓も骨も粉々のレベルや。普通のポーションじゃ、どうにもならん。けど今は――」
「すっかり元通り、だね」
「そういうこっちゃ。……借りは、借りとしてきっちり返さんとな」
ロキは立ち上がる。
「色々聞きたいこともあるし、ちゃんと謝りにも行かんとあかん。なにより――あいつの言葉で、ちょっと目ェ覚めたわ」
「“喧嘩を売る相手は間違えるな”……だったか」
リヴェリアが苦笑する。
「僕らも少し天狗になってたのかもね。オラリオ最強、なんて言葉に甘えて」
「一度、初心に立ち返る必要があるかもしれんの」
ガレスが小さく笑う。
「ま、問題はや」
ロキが頭を掻いた。
「よりによって、あいつが“ヘスティアん所”ってことやねんなぁ……」
「そこが一番、やっかいかもしれないね」
「しゃあないわ。今回のことと、今後のこと。ちょっとヘスティアに話しに行ってくるわ」
そう言って、ロキは部屋を出て行った。
◇ ◇ ◇
その頃の俺はというと、迷宮都市の路地を抜けて、例の店へと向かっていた。
「ミアさん、いるかな。っていうか、もう準備中かな?」
豊穣の女主人の前まで来ると、薄鈍色の髪の少女が店先を掃いていた。
「あら? あなたは昨日の……」
「あ、リムル・テンペストです」
「リムルさんですね。私はシル・フローヴァです。見ての通り、ヒューマンです!」
ふわっとした笑顔がよく似合う子だな。
「あの、ミアさんいますか?」
「ミア母さんですね? ちょっと待っててください!」
シルが店の中に駆け込んでいく。
入れ替わりで、今度はエルフの女性が姿を見せた。淡々とした眼差しで、じっとこちらを見つめてくる。
「……あの、どうかしましたか?」
「いえ。失礼しました」
「?」
「昨日の喧嘩、こっそり見ていました」
「あはは……お恥ずかしい」
「レベル5の冒険者を圧倒するなど、驚きました」
「いや、あれはちょっとやりすぎたなって反省中です。お店にも迷惑かけちゃいましたし」
「ふむ。ミア母さんは、あまり気にしていないと思いますよ」
「そうですかね?」
「ええ」
「でも、礼儀としてちゃんと謝っておきたくてさ」
「……誠実な方なのですね」
そこでようやく、彼女が名乗る。
「私はリュー・リオンです」
「俺は――」
「リムル・テンペスト、ですね」
「あれ、どうして?」
「さきほど、シルに自己紹介していたのを聞いていましたから」
「なるほど!」
そんなふうに話していると、奥からミアが姿を現した。
「どうしたんだい?」
「ミアさん、おはようございます。昨日の件で……ちゃんと謝りに来ました」
「……律儀なことだねぇ。あたしゃ別に気にしてないよ?」
「いえ。それでも、俺の気が収まらないので。それに、数人は喧嘩騒ぎを見てそのまま帰っちゃったと思いますし……これを」
俺は腰の袋から、じゃらりと音を立てて金貨袋を取り出す。
「これは?」
「昨日の迷惑料と、払われなかった分の食事代です。三十万ヴァリス、入ってます」
「どうしてあんたが払うんだい」
「俺のせいでもあると思ってるから、ですね」
「…………」
しばしの沈黙。
「……ふぅん」
「……」
「あんた、本当に変な客だねぇ」
ミアはため息をひとつ吐いて、袋を受け取った。
「わかったよ。でもさすがに全部は貰えないよ」
「いや、貰ってください、ミアさん」
「でもねぇ」
「む……。じゃあ、その代わりってのも変ですけど」
「なんだい」
「またここに、飯食いに来てもいいですか?」
「そんなことかい?」
「はい。ここの飯、すっごく美味しかったんで!」
「そんなの、あたしに許可取る必要なんてないよ。食べたきゃ勝手に来な」
「ありがとうございます! そういえば、この店って何時から開いてるんです?」
「昼からと夜からさね」
「なるほど。ってことは、もうすぐ昼営業?」
「そうだね」
「なら、このまま昼飯食べてってもいいですか?」
「……まったく。――シル!」
「はい!」
「こいつら分、先に用意しときな!」
「了解です!」
そうして俺は、その流れで昼食を取ることになった。
カウンター席に座ると、シルが嬉しそうに皿を並べてくる。横でリューが静かに様子を見ているのが、なんだか居心地がいい。
「リムルさんって、面白い方ですね」
「シルさん、そうかな?」
「あんなに楽しそうに話すミア母さん、あまり見たことありません」
「ふーん。俺には普通に怒られてるようにしか見えないけど」
「ふふっ」
そんな他愛ない会話をしながら、俺は豊穣の女主人の昼飯を堪能した。
◇ ◇ ◇
腹も心も満ち足りたところで、俺は店を後にする。
「それじゃ、また来るね」
「おう。また金を落としていきな」
「もちろん!」
ミアのぶっきらぼうな言葉に手を振り返しながら、俺はオラリオの路地へと戻っていった。
(さて――ロキのところも、そのうち動くだろうな)
《ロキ・ファミリア側も、既に状況を整理しているはずです。主様と神ヘスティアのもとへ来るのは時間の問題でしょう》
(だよなぁ)
ベルの成長、ヘスティア・ファミリアの今後、ロキとの関係。
動き出した歯車は、もう止まらない。
「ま、来るなら来るで、正面から話せばいいか」
そう呟いて、俺はヘスティアの待つ“家”へと帰ることにした。
――迷宮都市オラリオでの、新しい日々は、まだ始まったばかりだ。