今度は異世界転生じゃなくて異世界転移かよ ※リメイク版 作:にゃすぱ@梨
アイズの渾身の一撃が届かなかったところで、決めていた制限時間はちょうど終わりを迎えていた。
「……ふぅ」
俺は軽く息を吐き、刀を下ろす。
アイズは膝をついたまま、剣を支えにしてなんとか倒れまいと踏ん張っていたが――
「っと、危なっ」
完全に力が抜け、アイズの身体が横へ倒れかける。
俺は素早く駆け寄り、首と膝裏に腕を回して抱き上げた。
いわゆる、お姫様抱っこというやつだ。
「リムルくん!?」「リムルさん!?」「アイズたん!?」
ヘスティア、ベル、そしてロキまでが同時に声をあげる。
俺はアイズを静かにソファへ寝かせ、懐から完全回復薬を取り出した。
「念のため、使っておくか」
小瓶の液体を手に垂らし、アイズの胸元へ触れさせると、光がふわりと弾けてアイズの身体へ吸い込まれた。
「これで少ししたら目を覚ますだろ」
「さっきの戦い、本当に凄かったですね……。僕、全然目で追えませんでした……」
ベルが肩を落とす。その肩にロキがポンと手を置いた。
「そらしゃーなしや、ベル。アイズたんが本気で倒れるような戦いやったんやで? レベル1の自分にはまだ見える世界やないわ」
「う……たしかに、そうですけど……」
落ち込みかけるベルの頭を、今度は俺が軽く小突く。
「なぁベル。俺だって最初から強かったわけじゃないぞ?
色んな経験を積んで、痛い思いもたくさんして、今があるんだ」
ベルはゆっくりと顔を上げる。
「だから、ベルも経験を重ねていけばいい。焦るなよ?」
「……はい! 僕、頑張ります!」
「よし、その意気だ」
ロキもそのやり取りを見て、ひゅうと口笛を鳴らした。
「いやぁしかし……アイズたんの全力の一撃を余裕で受け止めるとは。ほんまにバケモンやな、リムル」
「アイズさんって、レベル5の中でもどれくらいの強さなんですか?」
ベルが尋ねると、ロキは腕を組んで唸る。
「間違いなく上位や。きっかけさえあれば、レベル6に行ってもおかしくないで」
「そこまで……」
「リムルになら言ってええやろと思うけどな。実際、リムルはどのくらいの強さなんや?」
とロキが俺を見る。
「聞きたいのか?」
「そら気になるに決まっとる」
「んー……この世界の中では、アイズは“強い人間”だと思う。でも……俺の世界で言えば、下から数えた方が早いな」
「は?」
ロキの目が点になる。
ヘスティアも困惑気味に眉を寄せた。
「そのリムル君の作った国って……魔物の国、なんだろう?」
「まぁな」
「争いとか起きなかったのかい?」
「めっちゃ起きたよ。それが俺が魔王になった理由なんだが……」
俺は少し間を置き、淡々と語り始めた。
ファルムス王国がテンペストへ侵攻したこと。
仲間が無惨に殺されていたこと。
怒りと絶望の中で出された、一縷の希望。
魔王になるために二万の軍勢を、一人で滅ぼしたこと。
そして仲間を蘇らせたこと。
話が終わると同時に、部屋が水を打ったように静まり返った。
「……………………」
ロキは口をぱくぱくさせている。
「に、二万を……ひとりで……?」
ベルも想像が追いつかないという顔だ。
「俺は、人も魔物も色んな種族が共に笑って暮らせる国を作りたかった。
でも、それを邪魔するものは容赦しない――そう決めただけさ」
「……規格外にも程があるやろ……」
ロキはソファに背中を沈めながら呟いた。
ヘスティアも苦笑しながら肩をすくめる。
「そしてそのリムル君が、ボクの眷属なんだから……まぁ心強い限りだよ」
「ほんまや……敵に回さんでほんまよかったわ……」
ロキが心底ホッとした顔をしていると――
「……ん……」
アイズが小さく呻き、ゆっくりと目を開いた。
「おぉ! アイズたん! だ、大丈夫か!? 痛いところはないか!?」
ロキが顔を突き出す。
アイズは数回瞬きをして、自分がソファに寝かされていることに気づく。
「……大丈夫」
「アイズさん、おはようございます!」
「やっと起きたな」
俺が軽く手を挙げると、アイズはこちらを見上げた。
「……私、あの後どうなったの?」
「俺が攻撃を受け止めて、そのまま倒れたよ」
「……強い、ね」
アイズの声は弱々しいが、その瞳は悔しさと興奮で揺れていた。
「どうやったら、そんな強くなれるの……?」
「うーん、とりあえずこれからアイズって呼んでいいか?」
「……うん」
「じゃあ俺のことはリムルで。敬語はいらない」
「……わかった」
アイズの頬が、ほんの少し赤くなる。
俺は静かに言った。
「俺が強くなれた理由は、守りたいものがあって、やりたいことがあるからだ。
それを成すために、力が必要だった。それだけだよ」
「…………」
「さっきの戦いで思ったけど、アイズは急ぎすぎてる気がする。強くなることに、焦ってる。だが焦っても、いいことはないぞ?」
「それは……っ」
胸の内を突かれたように、アイズが目を伏せる。
ロキがその隣でため息をついた。
「アイズたん、強さへの執着は大事やけど、焦りすぎは怪我の元やで?」
アイズはゆっくりと頷いた。
「……うん」
ロキは立ち上がる。
「ほな、帰ろかアイズたん。今日は色々ありすぎたわ」
「…………」
アイズは立ち上がり、玄関へ向かうロキの後につく。
扉を開ける直前、俺は声をかけた。
「アイズ。朝、俺とベルは毎日模擬戦をしてる。よかったら、来いよ」
アイズは一瞬だけ目を開き、ゆっくりと頷いた。
「……行く」
そのまま扉が閉まる。
ヘスティアがほっと息を吐き、ベルは目を輝かせていた。
「リムルさん……! すごいです……!」
「ベルも明日から気合い入れていけよ?」
「はい!!」
---
ロキとアイズは帰り道、黄昏の館へ向かって歩いていた。
「いや~……リムルはほんまにバケモンやなぁ。アイズたん、完全に遊ばれとったで?」
「…………」
アイズは黙ったまま歩いている。
「でも、リムルが敵やなかったのは不幸中の幸いや。
本気で敵対してたら、ウチら全員あの場で死んどったやろな……」
「…………リムルは、悪くない」
「そらそうや。むしろ良い奴やったわ」
「……強さの底が全然見えなかった」
アイズがぽつりと漏らした。
「それにな、アイズたん。アレ聞いてへんと思うけど……
リムルは自分の国に攻めてきた二万の軍勢を、一人で殲滅したらしいで?」
「……っ」
アイズの肩がびくりと震える。
「せやからな。ウチはもうフィンたちと相談して、
ヘスティアとは絶対敵対せぇへん方向で動くで。
リムルを敵に回すのは、愚かすぎるからな」
「…………」
「それより、アイズたん。朝の模擬戦、行きたいんやろ?」
「……うん」
「やろな。帰ってからフィンたちにも話すで。アイズたんも一緒に聞いてな?」
「わかった」
---
その頃、オラリオのギルドでは――
「ちょっとちょっとエイナ!」
「どうしたのミィシャ……朝からうるさいよ?」
「ねぇねぇ、今噂の話聞いた!? ロキファミリアのベート・ローガ氏が冒険者同士の喧嘩で負けたって噂!」
「冒険者同士の喧嘩なんて珍しくも――」
「違うの! 相手が“レベル1”なの!」
「――はぁぁぁ!?」
エイナの顔から色が消えた。
ミィシャは興奮気味に続ける。
「しかも一撃!! ベート氏を一撃!!」
「ありえないって……そんな冒険者……」
「長い青みがかった髪で、中性的な顔立ちだって!」
「…………あ」
「どうしたの!?」
「……いや、心当たりが……ひとり……」
エイナは天を仰いだ。
「まさか……リムル君……?」
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そして、ロキが黄昏の館に帰宅する。
扉を勢いよく開けながら、
「ただいまー! 帰ったでー!」
「おかえり、ロキとアイズ」
「少し静かに入ってきてもいいんだがな……」
部屋にはフィンとリヴェリアが待っていた。
「二人とも時間あるか? 話があるねん」
「構わないよ」
ロキは椅子に座ると、真剣な表情で口を開いた。
そして――
リムルの正体以外のすべてを話した。
アイズが本気をぶつけても敵わなかったこと。
リムルの強さが異次元だったこと。
リムルの出自など。
話が終わると、フィンは目を閉じて小さく息を吐き、リヴェリアも信じられないという表情を浮かべていた。
「これは……驚いたな」
「せやろ? アイズたんも分かったやろ?」
「……強さの底が全く見えなかった」
アイズが静かに言うと、フィンは苦笑いした。
「見てみたくなるね……その強さを。
ガレスと三人で挑んで、どうにかなるとは思えないけどね」
「ウチはヘスティアんとこに敵対せぇへん方針でいくつもりや。
同盟は……まぁ、時期がくればやな」
フィンは頷いた。
「とりあえずアイズ。朝の模擬戦には行ってきなさい」
「……うん」
こうして、長い一日は幕を閉じた。