今度は異世界転生じゃなくて異世界転移かよ ※リメイク版 作:にゃすぱ@梨
「よし、ステイタスも刻めたし、とりあえずギルドに行って冒険者登録してくるよ」
立ち上がった俺の背中から、まだかすかにじんわりとした感覚が残っている。
新しい世界、新しいステイタス、新しい神様。
テンションが上がらない方が無理というものだ。
「ちょっと待った!」
元気のいい“待った”が飛んできて、俺の足が止まる。
「どうしたんだ?」
「今日はもう夜遅いから明日にしよう。それにね? 今後のことについて、少し話し合わないかい?」
ヘスティアの言うことは正しい。
というか、何も考えずに飛び出そうとしていた俺が悪い。
俺たちは申し訳程度に置かれた椅子に腰を下ろした。
「今後の方針についてだけど、とりあえずリムルくんにはギルドで冒険者登録をしてもらう。その時の“レベル”は、1にしておくんだ」
「レベル? なにそれ」
素で聞き返したら、ヘスティアが固まった。
そういえばステイタスの欄に“Lv.―”って横線が引かれていた気がする。
あれ、多分それだ。
「……リムルくん。とりあえず、君にはこの世界のことから教えようか」
ヘスティアはそう言って、世界についての講義を始めた。
長かった。
どうして神が地上に降りているのか。
ファミリアとは、眷属とは。
ランク、レベル、ギルドの役割、ダンジョンの常識。
他ファミリアの勢力やら何やらまで、ぎっしりと。
要するに、
神は地上で“遊ぶ”ために降りてきた
冒険者はファミリアに所属しないと基本ダンジョンに潜れない
ステイタスを刻んだら、みんな最初はレベル1
レベル差ひとつで天と地ほどの差がつく
らしい。
上限はないみたいだけど、レベルを上げるには“身の丈以上の戦い”で経験を積まないといけないとかなんとか。
ステイタスの数値はIからSまで。完全にゲームだ。
でも、ステイタスを見て“今の自分”を数値で把握できるのは、少し楽しそうだ。
「なるほどね〜」
「“なるほどね〜”って言い方が全然分かってない顔なんだけど」
「もちろん理解したさ」
ヘスティアから聞いた情報を、シエルが裏で整理・補完している気配がする。
俺には感じ取れないところまで、たぶん全部。
《ヘスティアの血の情報から、この街についての知識もある程度取得済みです。活用可能です、主様》
心強いにも程がある。
「よし、とりあえずボクはもう寝るよ」
「あ、神様でも寝るんだな?」
「当たり前さ。ボクら“神”といっても、地上に降りた時点で身体は人間と変わらないんだ」
そう言いながら、せっせと寝る準備を始めるヘスティア。
「そういうリムルくんは寝なくて平気なのかい?」
「俺はどっちでも。一応寝れるけど、寝なくても平気かな」
「羨ましいねぇ……」
そうぼやきながら、ヘスティアはブランケットにくるまった。
さて、俺はどうするか。
この街の地理、全く分かっていないんだよな。
探索してみるのもアリだ。
《ヘスティアの血からの情報解析で、この街の構造もおおよそ把握しています》
「そんな記憶まで拾えるのかよ……」
《はい。ですが、実際に主様が歩いて確認することも有用です》
だよな。
というわけで、俺は夜のオラリオ探索に出かけることにした。
シエルから共有された情報をもとに、通りや大通りを歩いて回る。
……が、時間が時間だけあって開いている店は少ない。
そもそも、お金がないので入れない。
ひとつだけ、気になる点があった。
《主様。街の情報の一部、意図的に“ぼかされている”区域があります》
「ん? ヘスティアが知らない場所ってことか?」
《そう判断できます。……ですが》
一拍置いてから、シエルは告げる。
《主様には現時点で関係のない場所です》
きっぱり切られた。
「ふむ、解せぬ」
とは思いつつ、今は深入りしないことにした。
探索から戻り、スライム姿のままヘスティアの部屋で今後のことを考える。
(いつまでもこの狭い部屋って訳にもいかないよな)
今は俺とヘスティアの二人だけだからいいけど、団員を増やすつもりなら、もっと広い場所が必要になる。
(何はともあれ、まずは金集めだな)
さっさと冒険者登録をして、ダンジョンに潜って魔石を換金する。
それで豊穣の女主人にも顔出して、預けた仮面も受け取りたい。
「うぅん……」
布団の中で何かがもぞもぞと動いた。
「ヘスティア? 起きたのか?」
声をかけると、再びもぞりと動く。
しかし返事はない。
(結構日も昇ってると思うけど、今何時なんだろ……この神様、めちゃくちゃ寝るな)
「おーい。そろそろ冒険者登録しに行こうかなって思うんだけど」
「……ぼうけんしゃ、とーろく……?」
布団の中から、寝ぼけた声。
「そうそう。冒険者登録して、お金稼いでこないと」
「う……ん……? ……はっ!」
ヘスティアが勢いよく跳ね起きた。
そして俺を見て──
「そうだった! ボクもやることあるんだった……って、スライム!? なんでここにぃ!?」
すごい勢いで後ずさる。
「いやいや、寝ぼけるなよ。俺だよ、リムル」
人型へと変わると、ヘスティアはぼーっとした顔で俺を見て──
「あれ……? あ、そっか……ごめんごめん」
眠そうな目をこすりながら自己解決していた。
「あはは、少し混乱してただけだろ。ヘスティアのリアクションは見てて面白いけど」
にひっと笑うと、ヘスティアは照れたようにそっぽを向いた。
「ヘスティアも起きたことだし、俺は冒険者登録しに行ってくるよ」
「わかった。ボクも用事があるから、少ししたら出かけるよ。くれぐれもバレないようにしてくれよ? レベルは1だからね?」
「分かってるって。それじゃ、行ってくる」
外へ出ると、夜とはまるで別世界だ。
人通りが多い。
店のシャッターも開き始め、喧騒と匂いが道を満たしていく。
(活気がある街ってのはいいな。見てるだけで楽しい)
今日の予定はシンプルだ。
冒険者登録
魔石を集めて換金
豊穣の女主人で仮面回収
人混みを進んでいくと、ひときわ出入りの多い建物が見えてきた。
「ここがギルドか。立派だな」
受付前には行列。
それでも、じろじろ見られている気配がする。
(やっぱ目立ってるのか? そんなに変な格好してないと思うんだが……)
ともあれ、登録を済ませてしまうのが先だ。
俺は職員のいるカウンターへ向かった。
「あの〜、冒険者登録ってここで大丈夫ですか?」
「はい。では、こちらの用紙に必要事項の記入をお願いします」
渡された用紙を見る。
名前、性別、種族、レベル、所属ファミリア……などなど。
(性別と種族なぁ……)
無性とか、竜魔粘性星神体アルティメットスライムなんて書いたら確実に事件になる。
(ここは無難に“男”と“ヒューマン”で)
さらさらと記入し、用紙を返す。
「はい、ありがとうございます」
受付のお姉さんが内容を確認している。そのとき、
「……うそっ、男……?」
小声が聞こえたが、聞かなかったことにしてあげた。優しさだ。
「こちらの“ヘスティア・ファミリア”は新しく発足したファミリアで間違いありませんか?」
「あ、はい。眷属は俺だけですね」
「かしこまりました」
お姉さんは何やら手元で作業を進めていく。
こういうのはどの世界もだいたい時間がかかる。
「それでは、初心者講習を受けていただきますので、こちらへご案内いたします」
「あ、はい」
……はい?
初心者講習? なにそれ?
登録したらそのまま潜れるもんじゃないのか?
めんどくさいなと思いつつ、お姉さんの後ろについていく。
案内されたのは、小さな個室だった。
「今後、リムルくんの担当アドバイザーになります。エイナ・チュールです。よろしくね?」
さっきの受付嬢とは別の人だ。
少しきっちりした雰囲気のハーフエルフらしいお姉さんが微笑んだ。
「えっと、お願いします。あの、初心者講習って……長いんですか? 正直、なくてもいいかなぁって」
俺がそう言うと、エイナさんの眼鏡がキラッと光った……気がした。
「本来なら同じファミリアの人が教えることが多いんだけど、新規発足ファミリアの場合はギルドが担当する決まりなの。
ただでさえ危ない仕事なんだから、少しでも長く生きて帰ってきてほしい。そのための講習よ」
ふむ。言ってることは正しい。
……正しいんだが、60階層から帰ってきた俺には全く実感がない。
「今から講習を始めるけれど、終わったあとにテストをします。それに合格するまで、ダンジョンには行けませんからね?」
「ま、マジ?」
「大マジよ」
心の底から面倒くさい。
視線を横に向けると、分厚い本が1冊。
絶対あれが教本だ。
どうしたものかと思っていたそのとき、シエルの声が響いた。
《主様。あの教本を一時的にお借りできれば、内容を全て把握できます》
ナイス、シエル。
「えーっと、エイナさん?」
「なーに? 何を言われても講習の時間は短くしないからね?」
「いやいや、そうじゃなくて。テストに合格すればいいんだよね?」
「……そうだけど?」
「なら、その本貸してくれないかな?」
エイナさんが怪訝そうな目を向けてくる。
まあ普通の反応だ。
それでも、少し逡巡した後、本を手渡してくれた。
次の瞬間、俺の身体からすっと意識が退く。
シエルが前に出た。
本のページを、ありえない速度でめくり始める。
パラパラパラパラパラッ。
「ちょ、ちょっとリムルくん!? 何してるの!?」
驚くよね。俺も客観的に見たら驚くもん。
《読了。内容の解析完了。いつでもテストに臨めます、主様》
数分も経っていない。
さすが、というかなんというか。
「――ってわけで、覚えたから問題ないぞ?」
エイナさんは口を少し開けたまま固まっていた。
「えっ? さっき、本をめくってただけじゃない……?」
「中身は全部頭に入ったから大丈夫。試してみる?」
「っ……分かったわ。じゃあ、テストをしましょう」
エイナさんは半ばヤケになったように、次々と問題を出していく。
階層構造、危険モンスター、撤退ライン、ポーションの運用、パーティの役割分担……。
シエルが横でささやき、俺はそれをそのまま言葉にするだけだ。
結果。
「……う、うそ。全問正解……」
今度こそ完全に放心していた。
「初心者講習とやらは、これで終わりでいいんだよな?」
返事はない。
ぽけーっとしたままのエイナさんをよそに、俺はそっと部屋を出て行った。
「あれ? エイナ? 初心者講習やってたんじゃないの?」
ピンク色の髪の女の子――ミィシャが声をかけてくる。
「うん、そうなんだけどね……もう終わったの」
「え? 何が?」
「だから、初心者講習が、もう終わったの」
一拍置いてから、
「えぇっ!?」
ミィシャの声がギルド内に響いた。
「ちょ、声が大きいってば……」
「ご、ごめん。でもさ、初心者講習って、バカな子なら二時間以上かかるじゃない? 何分で終わったの?」
「十……分、かかってないくらいかな……。本を渡したら、いきなり“バババッ”て全ページめくり始めて、そのあと全部覚えたって言うからテストしたら……全問正解だったの」
「うっそ……そんな人、いるんだねぇ……」
ミィシャは目を丸くして、感心とも呆れともつかない声を出した。
「あ、それにね。彼女じゃなかったの」
「ん? どういうこと?」
「リムルちゃん、見た目女の子かと思ったら……“男”だったの」
「えっ、あの外見で男!?」
「ね。色々やばいでしょ」
ミィシャは肩をすくめたあと、少し笑って言った。
「ま、楽できたと思えばいいんじゃない? 新人指導って同じこと何回も言うから、結構疲れるし」
「……そうだね。そう考えることにする」
エイナはようやくため息をついた。
日夜いろいろな人間が訪れるギルド。
“この人正気?”と問いかけたくなるような者も少なくない。
その中でも、今回の新人はなかなかに規格外だった。
(……聞き分けは良さそうな子だったし。どうか、大きな問題を起こしませんように)
エイナは心の中でそう祈るのだった。