今度は異世界転生じゃなくて異世界転移かよ ※リメイク版 作:にゃすぱ@梨
朝のギルドはほどよく騒がしく、
冒険者の気配と紙の擦れる音がところどころで混じり合っていた。
ただ、今日の空気はいつもとほんの少しだけ違う。
「……白い仮面の奴がどうとか」
「見たか? いや、見てねぇけど──」
「新人だったらしいぞ。中層帰りの」
そんな断片的なさざ波が、
受付前の空気にゆっくりと漂っていた。
だが決して騒ぎにはならない。
誰もが半信半疑で、誰も顔を知らない。
確かめる気も、特に強い興味も持たない程度の噂だ。
そして、その“白い仮面の本人”はというと――
「換金お願いしまーす」
白い仮面のままカウンターへ行くと、
受付職員は淡々と魔石を確認し、手を止めずに答えた。
「……中層以上の魔石が多いですね。
初日の換金としては、かなり珍しい量です」
「まぁ、ちょっとね」
職員は深く追及しない。
ギルドでは“珍しい新人”なんて日常茶飯事だ。
仮面に視線が向くことはあっても、
噂の核心を探るほどのことではない。
換金が終わり、袋に入った金貨が渡される。
「はい、こちら換金額です。またのご利用をどうぞ」
「はーい」
軽く手を振り、リムルはギルドを出ようとした。
その背後で、冒険者数名がひそひそ声で囁く。
「あれが……?」
「いや、違うだろ。仮面なんてよく見るし」
「白い仮面って言ってたぞ」
「でもほら、体格が……いや、違う気がする」
誰も確証は掴めない。
それで終わり。
これが噂の規模としてはちょうどいい。
カウンターの奥からその様子を見ていたエイナは、
頬に手を当てて小さく呟いた。
「……やっぱり、あの子なのかな」
初心者講習を“ほぼゼロ時間”で突破した新人。
ページをパラパラとめくっただけで理解してみせた青年。
――白い仮面。
――中層の魔石。
繋がる線は細い。
でも、直感は妙にしっくりきている。
「……心配というほどでもないけど……
なんだろう、この感じ」
もっと危なっかしい新人は山ほどいる。
だがリムルは“危険”ではない。
ただ“予測ができない”。
職員としては一番扱いに困るタイプだ。
「……気をつけてね、ほんと」
その小さな呟きは、
忙しさの中へ静かに溶けていった
ギルドを出て表通りを歩いていると、背後から声が飛んだ。
「リムルくん!」
ぱたぱたと小さな足音。
振り向くと、ヘスティアが息を弾ませながら駆け寄ってくる。
「はぁ……見つけた……よかった……!」
「どうしたんだ、そんなに急いで?」
「ギルドでちょっとね、噂になってたんだよ。
“白い仮面の新人がどうのこうの”って。
君かもしれないと思って……心配になって探しに来たんだ」
声色は静かで、優しくて、
怒りでも焦りでもなく“身内を案じる温度”だった。
「ただ換金しただけだし、特に問題なかったけどな」
「……そっか。ならいいんだけどさ」
胸に手を当ててほっと息をつく。
緊張がとけて、ヘスティアはふわっと笑った。
「で、今日はこれからどうするんだい?」
「ミアさんのところに挨拶しに行こうかなと思って。
昨日世話になったしさ」
「うん、それはいいね。
じゃ、ボクもついていくよ。
……なんか君を一人で歩かせてると、
知らないうちに一つくらい問題増やしてそうな気がしてね」
「おいおい、信頼度どうなってんの?」
「ゼロじゃないよ。ただ……ちょっと薄い」
「なんだその評価!」
二人の笑い声が、朝のオラリオに吸い込まれていく。
リムルの白い仮面が陽光を反射し、
その存在は今日もまた小さなさざ波を落とす。
誰もまだ気づいていない。
この“静かな波紋”が、やがて世界の流れを変えることを。