古代の偉大なる魔術師、永遠のTS幼女になってしまう。 作:第616特別情報大隊
……………………
──学生時代//不吉な影
アリスとレオの入学は学院にちょっとした噂をもたらした。
曰く、天才的な才能を持つ幼い姉弟が入学した、と。
その姉弟は失われたはずの異界魔術を自在に操り、魔術学部学部長のトーランド教授を感心させ、推薦を勝ち取ったそうだ。
そして、何よりその姉弟は血統魔術師の家系の人間ではない。
「気に入らんね。実に気に入らない」
そう呟くのは黒髪をオールバックにした、猛禽を連想させる顔立ちの男性。年齢は30代前半ほどだろいうか。そのよく鍛えられた肉体にはグレイのスーツを纏い、一応は学者のように見える風体だ。
彼はエリオット・アレクサンダー。魔術学部の教授のひとりであり、五大血統魔術師たるレイヴンシャー伯爵家の推定相続人だ。
「トーランド教授も随分と早まった真似をしたものだ。聞くところによれば、その姉弟というのはまだ16歳と14歳だそうじゃないか」
「え、ええ。そ、その通りだと思います、アレクサンダー教授」
彼が研究室にいる研究員や院生、学生に向けて言うのに、学生のひとりであるブルネットの髪をした若い女性がおどおどと頷く。分厚いレンズの眼鏡をかけ、顔にはそばかすが少し目立つ、小柄で地味な服装の女性だ。
彼女はジェシカ・ドーソン。エリオットの研究室のメンバーだ。彼女は血統魔術師であるレイヴンシャー伯爵家の遠縁の親戚であり、血の繋がりは薄いものの、一応血統魔術師になる。
さて、五大血統魔術師というものについてここで説明しよう。
それはアルビオンのおける魔術の才能ある家系として知られているものだ。
ひとつ、ウィンタースリー伯爵家。
これはアリスも知っているアイザックとリリーを学院に在籍させているドレイク家の有する名で、五大血統魔術師の家系でもかなり古い歴史を持つ。
ひとつ、ラングフォード伯爵家。
これもアリスが知っているトーランド教授を学院に在籍させているトーランド家の有するもので、当主はトーランド教授その人だ。
ひとつ、レイヴンシャー伯爵家。
先に述べたエリオットのアレクサンダー家が有する名であるが、五大血統魔術師の中では一番歴史が浅いものである。
そして、残りはストームヘイブン伯爵家とチェスターウィック伯爵家で、それぞれノースウッド家とオズワルド家がその名を有する。そして、どちらの家も、子弟を学院の魔術学部に在籍させていた。
さらにこれらの家系の分家などが血統魔術師を構成してているのだ。
「異界魔術が使えるという話だったが、疑わしいことだ。異界魔術は完全に失われたというのが、今も魔術界の公式な意見であり、学説だ。それをよく分からないぽっと出の魔術師が使えるなど。詐欺の類にしか思えん」
エリオットはそう言って、他の人間を見渡した。
ここにいる全員は血統魔術師だけだ。非血統魔術師は所属していない。
「それに魔術の才能は血統で決まる。これもまた認められた学説だ」
その理由はエリオットが非血統魔術師を無能と見做しているからだ。
「もし、その問題の姉弟がペテンを働いていたとした場合、それが学院の信頼に関わる問題になる。我々の信頼の問題になるのだ」
「は、はい、教授」
「そうであるが故に我々も無関係とも言えない。何か続報があれば、すぐに私に知らせたまえ。いいな?」
「分かりました、教授」
エリオットの言葉にジェシカたちが頷く。
そのとき、1羽のカラスが研究室の窓の外から中を覗くような仕草をし、それから遠くへと飛び去っていった。
* * * *
カラスはアルビオンの北部にある島に降り立った。
島には15世紀に作られた古い砦の跡があり、今は誰も暮らしていない無人の場所であるはずだった。
だが、そこにひとりの女性が姿を見せた。
「……ノクシアの使いガラスか……」
女性は長身で190センチ近い身長があり、真っ黒なパンツスーツの上から古代の魔術師たちが纏っていた灰色のローブを羽織っている。
そんな黒髪をミディアムロングに伸ばした女性は、カラスをその腕に止まらせて、そのエメラルドの瞳でカラスを見つめた。
『エスミーラ様、報告、報告』
すると、カラスが小さいながら人間の声で囁くように言葉を告げ始める。
「……ほう。学院に異界魔術の使い手が、と……」
それからエスミーラと呼ばれた女性はカラスの言葉を聞いて目を細めた。
「面白い話だな。学会長に通達しておこう」
エスミーラはそう言って古い砦の中に入っていく。
本来は大昔から無人のはずである砦の内部には、明らかに近年のうちに人の手が加えられた痕跡があった。そのような砦の中をエスミーラは進んでいき、地下へ、地下へと降りっていった。
「学会長。興味深い話が舞い込んできたぞ。首都の学院に潜伏しているノクシアからの報告だ。聞くか?」
そして、エスミーラが声を上げるのは、古代帝国時代の神殿のごとき場所であった。いくつもの柱が並び、その中央には王座のような椅子があった。
その王座に腰かけているのは白髪だが、若く、小柄な女性だ。
「ほう……? 聞こうではないか、“放蕩”のエスミーラ」
その女性は白髪をとても長く伸ばし、その髪は背中に、腰に、王座に、そしてくるぶしの付近まで流れていた。とても美しい白髪であった。
その瞳は血のように赤く、異質なことに爬虫類のような縦に細い瞳孔。
そして、その小柄な体には黒いジャンパースカートに白いブラウスという姿で、それだけ見るならば身分の高いところのお嬢様にも見えた。
だが、その上からは、さらに深く黒く、禍々しい空気を漂わせたローブを纏っており、前述した印象がかき消されている。
学会長と呼ばれたその女性は、エスミーラにその赤い瞳を向ける。
「異界魔術の使い手が現れた。
エスミーラ告げた言葉に学会長と呼ばれた女性は僅かに眉を歪める。
「それは異界魔術が
「違うだろう。使ったのは愚かな血統魔術師どもではない。非血統魔術師の姉弟だ。若くして学院に入学してきて、天才だと噂されている少年少女だ」
「天才、か……」
エスミーラの報告に対して、女性は考え込むように虚空を見る。
「私が天才だと認めた人間はただひとり。そう。魔術を生み出した偉大なる魔術師アストリウスだけだ。それ以外を天才と呼ぶことを私は認めない」
「頑固だな」
「天才という言葉の重みを理解していると言ってくれ」
エスミーラが無表情に言うのに、女性は苦笑したように笑う。
「しかし、いずれにせよ秘匿すべき異界魔術を使える人間が外部に現れたというのは問題だ。そんなことはあり得るはずがないのだから。私がその全てを抹消してきたのだから。伝承者たちを、文章を、絵画すらも、ひとつ残らず」
女性はそう語る。
「学院にいるのはノクシアか。情報を集めさせるように知らせておけ。将来的にその天才少年少女とやらが、我々のリスクになりえるのか。見定めなければならない」
「分かった。ノクシアに使いガラスを送っておく。他には?」
「そうだな──」
女性はエスミーラの言葉に考え込む。
「もし、その姉弟が危険であると判断されたら、すぐに知らせるように。可能性の芽は摘まんでしまうに限る。それが学院で成長して、本格的な我々の脅威になるようであれば、花が咲き誇る前に枯らしてしまえ」
「ノクシアで対処できるだろうか? 問題の姉弟が本当に異界魔術を使うならば……」
「ノクシアは慎重な女だ。相手の力量を把握せずして挑みはしまい。助力を必要とするのであれば、そのように連絡してくるだろう」
「そうだな。心配無用か」
女性がそう言い、エスミーラは頷く。
「我々が
女性はそう言い、眠るように目を閉じた。
……………………