ラーメンが正邪を作るお話 作:最弱の鬼人正邪ファン
夢を見ていた。私が、もっとも目標に近づいていたあの日の夢を。結局辿り着くことができなかったあの日の夢を。
私は、何か大切なものを失ってしまった。……と、思う。
「正邪ー? 朝ごはんまだー?」
それは、人間にとっても、私みたいな天邪鬼にとっても大切な何か。
「正邪ー? まだ寝ぼけてるの?」
カンカンカンカン、何か金属を叩く音が聞こえる。
「うるせーな! 今真剣に考え事をしている途中でしょうが!」
「うるさい! 早く朝ごはんを作れい!」
少名針妙丸という名前の生意気なお姫様が私に突っかかってくる。小人のくせに。
「めんどくせえな! そんなに食べたいんだったら自分で作れよ!」
「そんなのやだよー! 私正邪の朝ごはんじゃないとダメ……もう他の朝ごはんじゃあ生きられないの」
「へえ、ああ、そう」
何だその反応は! と、突っかかってくる姫を無視して、私は台所に立つ。
失ってしまった大切なものってもしかして、これか? 誇りとか地位とか、私はいつの間にやら、対等な関係だと思っていた姫の、奴隷に成り下がってしまった。
「何が悲しくて、こんなチビの朝ごはんを作れっていうんだ……」
「おい! 聞こえてるからね!?」
心では嘆いていても、体は勝手に動いてしまう。我ながら、手遅れだと感じる。奴隷精神が染み付いてしまっている。
豆腐を切って、野菜を切って、そんで味噌とお湯を混ぜて出汁をとって、なんかしたらあら不思議。お味噌汁ができるわけだ。実際にはもっと手間がかかっているが、体が勝手に作ったから知らない。
「はい、朝ごはんですよ」
「わーい……お味噌汁だけ?」
「チッ」
「舌打ちした!?」
めんどくさいけど、私は干していた魚と、米を用意する。まあ、これで充分だろう。
「はい、これでも食ってろ」
「わーい! いただきます!」
姫が朝ごはんを食べ始める。がっつくように食べているかと思えば、ところどころの所作は綺麗にしている。私は食事作法で揚げ足を取るために、じっと姫が朝ごはんを食べるのを眺めていた。
「あのー正邪さん?」
「何でございましょうですか姫」
「ずっと見つめてどうしたのさ? 正邪も食べないの?」
「それさ、考えたけど、普通の奴らはご飯を食べて生き延びるんだろ? 私はあえてその逆を行こうと思ってな」
「食べ物を吐き出すの?」
「違う。何も食べない」
ふーん、という反応が返ってくる。何だかな、もっと昔のころは、『やっぱり正邪はすごいですね!』とか、キラキラのまなこで見てきた気がするけど。やっぱり舐められてるのかな。
「ところで正邪や」
私は何も返さない。姫が『正邪や』って言ってくるのは、大体がおねだり、もしくはお願い、つまり面倒ごとが多い時だけだ。絶対に言葉を紡いでなるものか。
しかし、私のささやかな反抗も虚しく。姫は私にある“提案”をしてくるのだった。
「朝ごはん、お味噌汁と煮干しは飽きてきちゃった」
「わかった、白米はやめて、玄米にしましょう」
「なんか別のもの食べたいな! たとえば……外の世界*1の料理とか」
「和食にしましょう。やはり刺身とか……」
「というわけで、なんか作ってよ」
「いやだね」
「前に霊夢から聞いたんだけどね! 外の世界では、“らあめん”っていう食べ物が人気らしいよ!」
こいつ人の話を聞かないな本当に。勝手に話を進めている。そして次に言う言葉も大体わかる。
「「作ってよ、らあめん」って? あのな、私は、見たことも食べたこともない物を作る程度の能力じゃないんだよ」
「じゃあ調べればいいじゃん」
「お前なあ……はあ、わかりましたよ。作りますよ、昼がいいですか? それとも夜?」
「お昼ご飯で!」
心の底から認めたくないが、私はらあめんとやらを作らないといけないだろう。仕方がないから、適当にそれっぽい物を作るか。
「ちなみに、打ち出の小槌*2で本気で作ったかどうか確認するから」
「……冗談でしょ?」
「本気でーす! わかったら、らあめんを作るんだねー! はっはっはっはー!」
勝ち誇った顔を浮かべて、姫はどっかへいく。どうせいつものように、外へ遊びに行ったのだろう。
しかし、非常に面倒な事になったな。どうしたものか。
「調べるしか、ない、か」
この際、一番らあめんの事を知っている奴に聞いた方がいいのではないか?
善は急げという事で、私はらあめんを姫に教えた、この面倒事の黒幕がいる、博麗神社に飛んでいく。
私がいる上空の輝針城*3から、博麗神社までは意外と近い。半刻もせずに到着する。
空を飛びながら、博麗神社に近づくと、私はお目当ての人物を見つけた。
博麗霊夢だ。この神社で巫女をやっている。鳥籠の管理者のような存在で、外の世界から迷ってきた、救い難い奴らを元の世界に戻したり、幻想郷の大切な結界を管理している。嫌い。
どうやら、箒で掃き掃除をしているようだ。
「おーい」
「珍しく面倒な奴が来たわね……」
「私はお前と長話をする気はないから単刀直入に聞くが、らあめんって知ってるか? 知ってるよな」
「知ってるわよ、外来人が教えてくれたわ」
いきなり答えに辿り着いたな。
「どんな食べ物なんだ?」
「おつゆに麺を入れた、蕎麦みたいな物らしいわ」
「……もっと詳しく」
「それ以上は聞いてないわ、特に興味なかったし」
そう思っていたのに裏切られた気分だ。
「ふーん、じゃあな」
「お賽……いや、もう二度とこないでよー」
「へーい」
しかし、これで一応らあめん……いや、らあ麺か? 多分こうだ。らあ麺が蕎麦のような食べ物であることは理解できた。
だが、蕎麦ではないのだろう。しょうがないから、蕎麦の味付けを変えて姫に出すか。
人里でそばに必要な材料を買って、昼まで一刻と半分くらい。
私はらあ麺を作る。
まず最初に、蕎麦粉とつなぎ粉を使って蕎麦を打っていく。少しだけ水をつけて、生地に回していく。繰り返して、全体に行き渡ったら練っていく。これは素早く終わらせなければいけない。
練ったら形を整え、のしていく。あとは包丁で適当に切れば終わり。
これで麺はできた。あとは”らあ“だ。一体何なのだろうか? 私は必死に考えた。少なくとも、異変を起こした時と同じくらい考えた。
結果、一つの天啓を得た。
だから、私がするべき味付けはもう決まっている。後は姫を待つだけだ。
昼頃、姫が冒険を終えて輝針城に返ってくる。
「ただいまー。天邪鬼よ昼ごはんの準備をせよ!」
「はいはい」
私は姫を席に案内する。机には箸が置かれていた。
姫はとても期待に満ちた顔をしていた。
「らあめん、一体どんな物なんだろう……!」
「今、運びますからね、姫」
私は、姫とは反対側に立って、丁度、向かい合う形になった。
掌には麺が乗っている。
「あれ? どうしたのさ。何でそんなところで立ち止まってるの?」
「スゥ──……」
深呼吸して、狙いをつける。
「ぉらあ!」
「イタッ!?」
全力投球、見事私の『(ぉ)らあ麺』は姫に直撃した。もう、文句は言わせないぞ。
「嬉しくてたまらないだろう? これが私のらあ麺だ、良かったな?」
「う、うわーん、あんまりだわーこんなの!」
「
「だってこんなの食事と言えないじゃない!!」
蕎麦と鼻を啜りながら、姫は涙を流し、私に詰め寄る。
「ズルズル……美味しい」
「それは良かった」
「もったいないから全部食べちゃう……じゃなくて! もう怒った本当に怒ったわ!」
「へー、どうするんだ」
「出て行け! このやろう!」
姫は小槌を取り出し、何かを言ったかと思えば、私はいつの間にやら、輝針城の外へと弾き出されていた。
「なんだよ、天邪鬼に料理を頼んで、マトモなのを期待する方がおかしいって」
愚痴を言うが、誰も反応する奴はいない。
「はあ、どうしたものかな、あの小人について行った方が、面白いことはあるからなー」
仕方ない、姫の機嫌が治るまで待つ事にするか。きっといつか、五日ほどすれば機嫌が治るだろう。
……暇だし、人里*4で愚かな人間でも眺めていようかな。思えば、ここ最近は姫についていくばかりで、自分の意思で何かをする事を、忘れてしまっていたかもしれない。
そうと決まれば、善は急げだ。私は人里に飛んで行く。
幻想郷において、人里ってのは一番退屈しない場所だと個人的に思う。何てったって愚かな人間どもの、愚かな生活を見下ろせるんだからなあ!
適当な家屋の上に降りて、下を見る。見下す。愚民どもの会話が聞こえる。
「安いよ安いよー! 鈴瑚団子! みんな買ってね〜!」あいつは兎
「文々。新聞新刊、絶賛発売中でーす! 購読お願いしまーす!」あいつは鳥
「賑わってるねー。それで? 何を買うんだ」あいつは不老不死
「ああ、そろそろ墨が心許ないから、予備を買っておきたいんだ」あいつは半妖
人間以外しかいねえ。どうなってるんだ。あーあ、面白みに欠ける奴等め。
……何だかなあ、ここ最近、刺激の強い日々が続いてたからかな。何だか普段の日常が陳腐でつまらなく感じてきたな。
「天邪鬼が人にちょっかいを掛けないなんて、我ながらひっくり返ってるじゃないか。笑えるな!」
自虐気味にそう呟いた。屋根の上に寝そべる。空は曇っていた。
このまま、風に吹かれて飛ばされてしまうんじゃないだろうか。なんて、馬鹿げた事を考えていた。
「おーい、ちょっと。こんな屋根の上でのたれ死なれても困るんだけど?」
「誰かが困るなら本望だよ」
話しかけてきたのはさっき見かけたやつとはまた別のうさぎだった。
青い髪をおさげ二つに纏めている。赤い目でこちらを見てきていた。
「あんたってあれか、花火大会で乱入してた小人の友達の……」
「友達じゃない、奴隷だ」
私は顔を歪ませながら訂正する。
「余計ひどいね?」
「それで? なんかようか」
「いや、うちの店に注目が集まってて何だろうなーって思ったら、あんたがいたからさ」
なるほど、どうやら私が寝そべっていた場所は、こいつの店の上だったらしい。
「で? 言っておくが私はここを降りる気はないからな」
「いいよ、別に。私も降りる気なくなってきたし」
「はあ? 自分の店があるだろう、職務放棄か?」
「いいのいいの! 私の店は幻想郷一まずい団子屋って知られてるから」
嬉しそうに言うそいつは、何も考えてなさそうだった。
「ねえ、あんた名前は?」
「私の名前は、鬼人正邪だ。よーく覚えておけよ」
「鬼人正邪ね、覚えたよ」
「……お前は?」
「ああ、私は清蘭。見ての通り、月兎*5でーす」
「種族には興味ねーよ」
ははは、ひどいなあ、とこいつは笑った。何が面白いんだか。
「なんで、うちの店の屋根に乗っかってたわけ?」
「暇だったから?」
「何で疑問形? まあ、いいや。暇ならうちの店を手伝ってよ」
「いやだよ、めんどくさい」
「天邪鬼がいやだって言うなら、それは肯定って事?」
「どうして私が天邪鬼だって知ってるんだ」
「前に小人が言ってた」
小人、と言う単語を聞くと、姫の事を思い出す。それが妙に不愉快で。
「やめてくれ、小人っていう単語を出すのは」
「ふうん、小人小人小人」
「やめろって」
どうしてこんな気持ちになるのか、私には理解できなかった。面倒だし、飛んで逃げる事にした。
しかし、青い髪をした心無い人外は、私についてきた。
「ついてくんなよ」
「私も暇だからね〜、天邪鬼の暇つぶしが気になるの」
「店で働けよ」
私が何を言ってもこいつはついてくるようだった。
「わかったよ! 手伝ってやるよ。これで満足か!? うさぎ野郎!」
「うわあ、急にでかい声を出さないでよ。まあ、元気そうでなにより」
「お前……いつかぶん殴ってやる」
「よし、お手伝いには早速、うちの店でやるべき事を覚えてもらおうか」
「はいはい」
まさか、私が本当に善意で手伝うと思ってるのか? こいつは、今からお前の店の悪評を作りまくって、店を潰してやるよ。今のうちに店がある幸せを噛み締めているといい!
こうして、私の団子屋の手伝いが始まった。