ラーメンが正邪を作るお話 作:最弱の鬼人正邪ファン
前にも同じような状況に陥ったことがあるが、あの時はすぐに解放されたので、私はこの幻覚が……いや、
ただ、妖怪が一番恐れている物を見せるというのは、なんとなくだが、分かる。
私も、鬼の世界も、根本的には同じような悪意の塊なんだ。
「知りたいことがあるのだけど、何もかもがひっくり返った世界を知らない?」
「……知ってる」
「本当に!? それは……」
それを言ってる途中で、何かが起こる。そして、明らかな違和感が生じた。
「知りたいことがあるのだけど、何もかもがひっくり返った世界を知らない?」
「……は?」
「……忘れてちょうだい。ただの思いつきよ」
「……」
私はメリーの首の骨を折った。人間ではありえない方向へ曲がり、悲鳴をあげる間もなく地面に倒れた。かと思えば、首と体は次第に戻っていき。無傷なメリーの姿がそこへあった。
「冗談でしょ……」
「どうしたの? そんな疲れたような顔をして」
「今すぐにでも逃げ出したいよ……出来ることなら」
「勝手にすればいいじゃない。私はやるべき事があるから、お別れね」
「ははあ、ついていきますぜ姉御」
「急にどうしたの? 本当に……」
本当に考えたくないが、この景色は、干渉可能だが結局元の運命の流れに戻ってしまうようだ。過去とは別の行動を取る事ができるが、それで運命が変わってしまうなら、やり直される。
つまり、私はメリーを置いて逃げ出すこともできない。そして、過去の過ちを見届けなければいけない。
メリーを見つめていると、
目から少し零れ落ちたそれが、頬を伝ってようやくメリーは気付いたようだ。
「なに、これ。……血?」
「大丈夫か?」
「大丈夫、……問題ないわ」
そう言うメリーは、明らかに周りを見渡し、その後、私をずっと見つめてきた。
「そんなに見つめられてもねえ」
「……妖怪っていうのは、みんな体に結界を持っているの?」
「さあねえ? 何を言ってるのか見当もつきません」
「……まあ、いいわ。今はそんなことどうでもいい」
そう言って、メリーは歩き出す。
左目を手で塞ぎながら、人里とは反対の方へ進んでいく。
「……何処へ行くんだ?」
「探している人がいるのよ」
「そいつはそっちにいるのか?」
「さあ、知らないわ」
草を踏み潰す音を出しながら移動していく。それと同時に、何処からか腹を空かした獣の唸り声も。
「私からみれば、今のお前は格好の餌食だな。若い女で、しかも特殊な力を持っている」
「!? どうして私の目のことを知って……」
振り返ったメリーの背後に、狼が飛び込んできた。なんてことはない、人の味を覚えてしまっただけの雑魚妖獣だ。
メリーを引っ張って、私の背後に下がらせ、獣の腹に蹴りを入れる。
体は少し吹き飛び、悲鳴のような鳴き声をあげて、横になる。
「あ、ありがとう」
「お前からは力を感じる。いわば、妖力とか、その類の奴だ」
「だから私に特殊な力があると?」
「その通り。目については、聞かなかったことにしてやるよ」
「……いえ、説明するわ。私の目には結界の境目を見る力が備わっているの」
知ってる。知ってるけど、あえて知らないふりをしないといけない。
「結界の境目?」
「そう、結界。いろいろな場所にあるそれを見つけて、私はその中に入る事ができる」
「なるほどね」
「ただ、少し変なのが……今朝から、物だったり、人物に結界が見えてきたの」
「それは、災難だな。どんな物に結界が見えたんだ?」
確か、こんな風に聞いたはずだ。そして、ようやくメリーの異常性が分かったはずだ。
「とにかくあらゆる物よ、朝食のトーストから、テレビ、冷蔵庫、移動に使った電車、親友まで」
「……電車、路面電車の事か」
「路面電車って、本当に古いわね」
「お言葉ですが、路面電車が作られたのは最近の事だ」
この時はそうだった。私にとって路面電車というのは、衝撃的な物だったな、列車の存在は知っていたが、ついに街にまで走らせるようになったのかと。
「そんなはずは……ねえ、今は何年なの?」
「大正十四年」
だったはずだ。ここら辺は、忘れようとした。
メリーは私の答えに絶句している。
「そんなに驚く事ではないだろう」
「……驚かずに聞いてほしいのだけど、私は……もっと先の、西暦2125年で過ごしていたの」
「へえ、そりゃあすごいね」
知ってたよ。知ってた。妖怪もオカルトも何もかも存在しない時代だろ。
知ってるよ。
「信じてないでしょ」
「信じてるさ」
「そうには見えないのだけど」
本当なんだけどな、天邪鬼だからか、信用されないようだ。
「で? どうして、2125年のお前が今の時代に来たんだ?」
「それは、わからないけど。さっき言った何もかも反転した世界が関係していると思うの」
「そうかー」
地面にある蟻の巣と、そこから出てきている蟻を踏み潰しながら私は言った。
もう既に知っている事が繰り返される今の状況は、本当に面白くない。だから少しでも変えようと思う。
「……それで、隠さずに言うと、私はその世界にさっき言った探している人を置いてきてしまったの」
「だから、その世界を見つけようとしてるわけだ」
「そういう事よ。手掛かりは一切ないのだけど」
「何も知らないのに、どうやってその世界に行ったんだ?」
「結界を潜り抜けたのよ。とても、異質な結界だったけど」
「ああ、じゃあその結界を探せばいいだけだ」
私がそう発言すると、分かりやすくメリーは溜め息を吐いた。
「だから手掛かりがないって言ってるでしょ?」
「そっか、で、自暴自棄で探してるのか」
「……まあ、そういう事ね」
「少し落ち着いて振り返れよ。そうすれば分かる事もあるだろう」
「そう、ね。少し落ち着く事にするわ。この短時間で色々とありすぎて、何が何だか」
メリーは落ち着いて過去を遡っている。
そして、一つの結論に辿り着く。
「ここって、幻想郷なのよね?」
「そうだよ? 初めて出会った時は確信を持って発言していたじゃないか」
「……そうだけど、よくよく考えればそれはおかしいのよ」
「ほう」
私はそれっぽく声を出す。感情のこもってない気持ち悪い声だったと我ながら思うが、目の前のメリーは話し始める。
「未来では、幻想郷は崩壊するのよ。ある日、突然起こった大地震と共に、その姿を表したの。一部の残っていた建物から文献をサルベージして、名称が判明した」
「それで?」
「幻想郷があった場所はいろいろな調査がされて、科学が発達して久しく見なかった、説明の出来ない現象として、オカルトブームを巻き起こしたわ」
「笑えるな、生きている間否定されてきた幻想が、死んでからようやく幻想として認められるなんて」
これは今聞いても面白いと思う。とんだ笑い話だ。
「悪趣味ね、貴方」
「天邪鬼にとっては褒め言葉だ」
「それでね、科学では説明のつかない現象。そこにヒントがあると思うの」
「そうか」
興味ないので、適当に生返事する。どうでもよさそうな私の反応が鼻についたのか、メリーは少し私を睨んで不満げな表情を浮かべるが、諦めたようだ。
「はあ、科学では証明できないものは色々あった、どうして今まで存在を認知されなかったのか? 明らかに人ではないもの、そして現存する動物のものではない死体。ただ特筆すべきは、巨大な山……」
「巨大な山?」
「そう、突然現れたそれは、土砂崩れを起こして、周辺の村のまで影響が及んだそうなの。行方不明者や死傷者も何人か出てしまうほどには」
初めて聞いた時は、妖怪の山だと思っていたのだが、実際は違った。そもそも山でもなかったのだ。
「世間では幻想郷は巨大な山脈だったと思われているみたいだけど、今の景色を見る限り、それは違う」
「何が言いたい?」
「つまり、幻想郷の空から山が降ってきたのよ」
初めて聞いた時は、何を言ってるんだこいつは、と思った。だけど、知って行くにつれて、それは見当違いでもなんでもない事だった。
実際には、山ではなかったが。
そして、空を見上げたメリーは笑みを浮かべた。
「ビンゴ」
「何も見えないけど? お前には幻覚でも見えてるのか」
「結界が見える……あの時ほど大きなものじゃないけど、異質な結界が!」
少し気分が昂っているようだ、だが、メリーは空を飛べるわけではないだろう。だけど、こいつの能力は思っていたよりもインチキだったんだ。
「どうやって空へ?」
「水面に映る境界から侵入するわ」
思えば、こんなにズルい能力なのに、私を即座に殺さなかったのは、八雲紫も慈悲を持っていたのかもしれない。或いは、また何か別の考えか。
「私もついて行くよ、面白そうだからな」
「別についてこなくていいのに」
「ついてこない方がいい、の間違いだろ?」
「自覚があるのなら改善してほしいものね」
そう吐き捨て、メリーは水辺を探し始めた。
少しして、ちょっとした川を見つけた後、私の手を掴んだ。
「目を閉じて」
何かを言う前に引っ張られ、川へ飛び込む、目を開けたままだったが、どうやらちゃんと移動はできたみたいだ。その証拠に世界の色が変わっていく。
青かった空はオレンジ色になっていき、白かった太陽は黒色の月に変わる。
そして、結界を越えたはいいが、メリーが酷い目にあっている。
隣で呼吸をしようとしているが、うまく息を吸えていないようだ。
妖怪を殺す為に、精神的に追い詰めるのなら、人間を殺すには、肉体的に追い詰めればいい。
今も現在進行形で苦しんでいるからか、私は新たに幻覚を見る事なくこの世界に降り立っているようだ。
「く、くるしい、やっぱり、か。けっかいは……あれ……」
私たちが通ってきた結界は入り口だったんだ。出口じゃない。
「あ……せい、じゃ、たすけ」
もう少しで助けが来る。が、その前にメリーは気絶してしまったようだ。
「メリー!」
遠くで黒い帽子、マント、スカート、そして茶髪の人間と、赤い着物に、亜麻色の長い髪の……小人が、こちらへ走ってきているのに気付いた。なるほど、前回はこんな感じだったのか。
「ごめんねメリー! だけどこれが唯一の方法だから!」
そう言って黒い衣服の人間、蓮子はメリーの口と鼻を塞ぐ。本来ならば明らかに殺す行為だが、この世界ではこれでいい。
「あの、大丈夫ですか?」
小人が、私の手を掴んでくるが、咄嗟に払ってしまった。
でも、この時私は幻覚を見ているはずだ。だから、どうせ何も変わらない。
「あっ」
「触るな。……私は大丈夫だ」
少し目を離している間に、メリーは目を覚まして、そして今の状況に驚いているようだ。
「れ、蓮子!? これは、どういう……う、息が」
「あ、呼吸しちゃダメよ! この世界は反対なんだから」
言われたメリーは、口を閉じ、鼻呼吸も意識してやめた、すると苦しそうな顔もなくなる。
「そう、それでいい。とりあえず移動しよっか。落ち着いて話したいしさ」
「この人……人じゃなくて妖怪なので幻覚を見て苦しんでいるんだと思います! 無理やり連れて行きましょう!」
「そうなんだ? じゃあ、しょうがないね」
私達は移動を開始する。私は小人と蓮子に半ば強引に手を引かれて連れていかれた。メリーは辺りを見回しては、顔を顰めていたが、次第に慣れていってるように見えた。
新鮮だが退屈な移動を数分ほどした後、反転した世界には似合わない、綺麗な
今の所、外壁だけだが。
「すごい……こんな立派な建築物が……」
「ねー、初めてきた時は驚いたわ」
……打ち出の小槌で作られた、嘘とインチキで作られた、ハリボテだ。
綺麗に作られているが、ただの欲望の象徴でしかない。
国の内側へと繋がる門の中へと入っていく、すると、今まで狂っていたように反転した世界は元の景色に戻っていった。
「もう息をして大丈夫よ。ここには、反転した世界を元に戻す結界が貼られてるからね」
「……はあ、生きた心地がしなかったわ。それで、説明してくれるんでしょうね?」
「もちろん」
くだらない経緯が蓮子の口から吐き出されている間、私は辺りを見回していた。
この国は、嫌いだ。同族嫌悪に近いものだが。
「あの、貴方達の名前をお伺いしてもいいですか?」
そう言ったのは、小人。この終わった国の王にあたる人物だろう。
「私の名前はメリーです」
「いや、貴方メリーじゃなくてマエリベリー・ハーンでしょ」
「……メリーと呼んでください」
「……お前、本当に小泉八雲と関係ないんだよな?」
「誰? それ」
私の問いに返ってきたのは、蓮子の疑問と、それに対して肩をすくめ、首を振るメリーの姿だった。
「あの、貴方は……」
「……鬼人正邪、生まれ持っての天邪鬼だ。よく覚えておけ」
「はい、覚えておきます」
「あの、貴方は?」
「申し遅れました。私は少名と申します。姓が少名で、名を持ち合わせておりません。小人族の末裔です。よろしくお願いします」
「ご丁寧にどうも」
自己紹介を済ませた後、蓮子とメリーは二人でこの国を回ることにしたようだ。
曰く、秘封倶楽部とかいう組織の活動として、この国を理解して世界の秘密を暴こうとするとかなんとか。
二人と別れた後、同じく残った少名が声をかけてくる。
「正邪さんは妖怪ですよね?」
「黙れ」
私に話しかけてくるな。
困ったような顔を少名は浮かべたが、次第に元に戻り、同じ言葉を投げてくる。
「正邪さんは妖怪ですよね?」
「黙れっ!」
どうして私は……!
「正邪さんは妖怪ですよね?」
「黙れよ!!」
思いっきり叫んで、息切れを起こす。
どうして、私はこいつの話に乗ってしまったんだ!
「そうだ……私は天邪鬼の妖怪だ」
「わあ、すごいなあ。私、妖怪なんて初めて見ましたよ! しかも、天邪鬼……私のご先祖さまの言い伝えでは、とても恐ろしい妖怪だって伝わってましたよ!」
ニコニコと笑顔で目の前の小人は言ってくる。
「そんなわけないだろ……」
私はそう否定したのに、目の前の小人は顔を崩さない。
空を見ても、雲も太陽も全く動いていなかった。太陽を見れば、私を焼き尽くしてくれるかと思ったが、網膜を痛めるだけで、何にもなかった。
そして、この痛みも幻である。
「……そうだ、私は天邪鬼だ。恐怖しろ、食われたくなかったらな」
「ひい! 怖い! どうか殺さないでください! 打ち出の小槌を差し出しますので!」
吐き気を必死に抑えながら、この茶番に付き合っていく。
「打ち出の小槌?」
「ええ、ええ、私たちの種族に伝わる願いを叶える秘宝です! この美しい国も、反転を元に戻す結界も、全て打ち出の小槌によって作り出されたものです!」
そう言いながら、少名は私の目の前で願いを叶えて見せた。
小槌から溢れ出すは黄金。目を開けられないほどに眩しい光が辺りを包みこむ。
「これは、素晴らしいな」
「ええ、ええ、そうでしょう、素晴らしい物でしょう? 私は貴方の忠実なる僕となりましょう。なのでどうか、私の命ばかりは!」
「ああ、ああ、いいだろう。お前の命は……助けてやる」
打ち出の小槌を少名から渡される。ただ、これは偽物である。
それでも、初めてこれを見た私を騙すには充分だったが。
「……どんな気持ちだ?」
「え?」
「今。どんな気持ちなんだ? 教えてくれよ」
「ええ、はち切れんほどの喜びを抱えています」
「そうか」
嘘ではなかったんだろうな。
少ししてから、メリーと蓮子が戻ってくる。
そして、何か思いついた顔の蓮子が私たちにある提案をする。
「ねえ、少名さん。正邪さん。私たちと一緒に、この世界を抜け出して外の世界へ行かない?」
「そうね、元の時代の、元の世界に戻れたら、きっと少名さん驚くよ。正邪は……知らないけど」
「えっ……それは」
「私、興味あるな。お前たちが過ごした時代」
「でしょー?」
「し、しかし、どうやってこの世界から抜け出すというのですか?」
少名は戸惑うような表情を見せた。
「そうだなあ。メリーの能力を使って、結界の出口を見つけるっていうのは?」
「どうかしら、それらしいものは見当たらないのよね。入口はあったのだけれど」
「……私の能力で、出口と入口をひっくり返してやろうか?」
「そんなこと出来るの?」
出来る。だから私は慢心していたわけだ。
少名が焦った顔を浮かべている。
「私はな、『なんでもひっくり返す程度の能力』を持っているんだ」
「それ、程度で済ましていいの?」
「いいんだよ。所詮その程度だからな」
「そしたら、私たちが使った結界の入り口を出口に変えられるかもしれない……」
「いいね! じゃあ、そうしよう」
「あ、あの、待ってください!」
大きな声を少名が出す。焦っているような顔だった。
「お疲れなようですし、今日はゆっくり休んで、明日に備えてはどうですか?」
「うーん確かに、それによくよく考えたらこの世界の夜も気になるかも」
「そういえば、蓮子は夜空を見れば時間と場所がわかる、この状況じゃ『使えない』能力を持ってるんだっけ」
「あら? 結界が見える『程度』の能力と比べれば、日常生活で便利じゃないかな〜?」
「うふふ、お二人は仲がとてもよろしいんですね」
自然と、今日ではなく明日外へ出ることになった。
もしも少名のことを無視して、今日この世界から出ていたら、どうなっていたのだろうか? そんなことを考えたけど、時間の無駄だからやめた。
私達は、一番大きな城……後の輝針城で一夜を過ごすことにした。
城に泊まるという滅多にない経験をするからか、人間の二人ははしゃいでいた。
四人それぞれが別の部屋を使う形だ。
深夜になって、小人が部屋を訪ねてくる。
「失礼します、正邪様……」
「……なんのようだ」
「正邪様は天邪鬼です、私は、貴方様を何よりも楽しませる事ができます」
「……なにか、芸を披露してくれるのか?」
「いいえ、あの人間どもを裏切ればいいのですよ」
「……あいつらと一緒に私も裏切ったんだろ!!」
頭を回す前に、体が動いていた。
少名の体を倒して首を絞めて、上から見下ろす、驚いた顔をずっと見せているのに、心は晴れなかった。何故か? 幻だからだ。
「いいんだよ私は!! メリーも!! 蓮子も!! お前も!! 何もかもどうでもいいんだよ!! 私は天邪鬼だ!!」
少名は怯えた顔を隠さない。
息を吸う。
「人を騙して!! 恩を仇で返す!! そんな妖怪なんだよ私は!!! なのに!!! お前は!!! 私を……」
私を裏切った。私の
今にも泣き出しそうな少名の顔に、私の気持ちは段々と落ち着いていった。
そして、手を離して解放した。少名は気を取り直したように話を続ける。
「帰ろうとする人間どもを、貴方の能力を使うふりをして、打ち出の小槌を使ってください。叶える願いは、なんでもいいですよ。ただ、打ち出の小槌はあまりにも大きい願いだと代償を伴いますので、小さな物が良いかと」
返事をする気力もなかった。
「あれ……正邪様、泣いてるんですか?」
「……自分の好きな展開に強引に持っていく、素人の書いた三流小説を無理やり読まされて、辛いんだ」
「よく、わかりませんが、もうお休みになられては?」
「そう、だな。おやすみ」
私はこの幻で、死にたくなっていた。惨めで、哀れで、誰かに騙される天邪鬼。
だけど、それじゃあこの鬼の世界の思うツボだ。
私は自分の部屋で眠りについた……と思ったら、もう既に朝になって、目の前にはメリー、蓮子、少名。全員揃っていた。どうやら、夢を見ることも許されないらしい。
「それじゃ、早速行こうか」
蓮子が仕切るように言っている。
「少名さん、正邪さんのために結界までの道を、小槌で安全にしてもらってもいいかな?」
「……小槌は私が持ってる。私が道を作ってやるよ」
「ええ!? 少名さんこんな天邪鬼に小槌渡しちゃったの!?」
「正邪様には逆らえませんから!」
ニコニコと法螺を吹く。どうしてこいつはこんなにも無害な顔をできるんだろうか。
「正邪様って、軽蔑するわ」
「後で返してあげなよ? 正邪さん」
「……さっさと行こう」
「……なんか元気ないね?」
小槌を振りながら、結界までの道が元に戻りますようにと唱えた。わかりやすく、他の毒々しい緑色とは違って、土色の地面が現れた。
メリーを先頭にして、蓮子、私、少名と続いて、結界まで続く道を歩いていく。
行きと同じように数分もすれば結界までたどり着く。
「それじゃあ、正邪お願い」
「正邪さんお願い」
「……お願いします、正邪様」
なんて願ったんだっけなあ……確か。軽いものにしようとしたんだよな。
「
そう願った……その瞬間、蓮子の様子がおかしくなる。
私はこの時、こいつらがどんな喧嘩をするのかしか、頭になかったはずだ。
「ちょっ、正邪! 何を願ってるのよ!」
「あれ、何かが、おかしい。う、気持ち悪い……な」
「……はあ」
「蓮子、どうしたの? 蓮子! 蓮子!?」
蓮子は倒れた。この鬼の世界を保つ為の生贄になったんだ。普通の一般人には耐えられない。
「ちょっと、どういうこと!? 何をしたの!?」
「少名。裏切ったんだな」
「やっぱりすぐ気付いてしまうのですね。だけど、もう遅い」
「少名さん……?」
少名が隠していた小槌を振るうと、さっきまで正常だった地面が、いつの間にか、反転した色へと変わっていた。
「なっ……正邪! 正邪気をしっかり!」
「無駄ですよ、小人よりも頭の弱い妖怪にとって、この世界は死そのものですから」
「言ってくれるなあ」
私の言葉は届いてないだろうが。
「蓮子に何をしたの!?」
「ただ、私という『小人』の代わりになってもらっただけです」
「……説明が足りないわ」
「この世界は、昔々、私のご先祖の小人が、欲深い願いを叶えてしまった代償として
「だから、その役目を蓮子に移したの? 他にも方法は「ありませんよ!」」
大きな声を出して少名は話を遮る。
「ほら、さっさと。外の世界へ行きましょう」
「お断りよ。私は蓮子と一緒に帰る為にこの世界にきたのよ」
「そうですか、では仕方ない。さようなら。メリーさん。もう二度と会うことはないでしょう」
少名が小槌を振るった。メリーがこの世界の外のどこか遠くへ飛びますようにと。
驚いた事に、紫はその願いを
「……驚きましたね。あなたもう、ほとんど人間をやめているじゃないですか」
「蓮子を救えるなら、この身が人の身でなくなっても良い!」
境界を操り、必死に願いの行き先を操作しようとしているが、それでも、駄目なようだ。
「さようなら」
「クソッ! 必ず助けるからッ!! 蓮子!!」
八雲紫は消えた。
はあ、なんとなく答え合わせされた気分だ。私の知らない出来事だったから。
「あとは、天邪鬼か」
「一つ質問」
「なっ!? ……貴方、喋れるのですか?」
この状態でどう足掻いても、私は、この世界から幻想郷に飛ばされる運命にある。だからか、多少の干渉をしても展開の修正はされないようだ。それは、とても好都合だ。
「今、どんな気持ちだ?」
「……良い気分ですよ。ようやく自由になれる」
「じゃ、追加でもう一つ。なんでそんなに恐れるような顔をしている?」
「さあ、外の世界が怖いからじゃないですか? じゃあ、さようなら」
「それ、嘘だろ」
少名は私にじわじわと近づいてきている。
「本当は自由とかどうでも良いんだろ。お前は自分を消そうとしている。当ててやろうか? お前の願いは、『過去の小人族を鬼の世界から解放すること』だ」
動きが止まる。
「もしくは、鬼の世界にいた過去を消して、平穏な外の世界で暮らすとか?」
「……なんで」
「鬼の世界から出て自由になるのはさほど難しくないからな。さっきメリーに話したのは、鬼の世界そのものを
「悪いですか?」
「別に? ただ、やった意味がわからないんだよな」
そう言ったら、少名が初めて、怒りの表情を見せる。
「だって、ずるいじゃん!」
「何が?」
「私は、この世界でずっと過ごしてるんだよ!? 生まれた時から! 一人ぼっちで! 自分の意思を持ったと思ったら! 誰かが残した遺書に小人という存在の罪が書かれてて!!」
それは子供の癇癪だった。誰にも育てられなかった心の叫びだった。
「名前もなくて!! 記憶もなくて!! あるのは!! 打ち出の小槌で植え付けられた知恵と知識だけ!! 楽しいってどんな感情なの!! 辛い気持ちもわかんないよ!! 何をしても死なない私はなんなの!!??」
息を荒げながら、少女は叫んだ。気持ちを吐き出した。
瞳からは涙が流れ落ちていた。
「私、鬼の世界で過ごした記憶を持ったまま生きていきたくないよ……あはは、なんで泣いてるんだろう」
「それが辛いって気持ちだよ」
「……これが、辛いって気持ちか」
疲れたような顔で、少名はそう言った。
「……なあ、ラーメンってお前食ったことあるか?」
「私、何も飲んだことないし、食べたことないよ」
「いつか食わせてやるよ。美味いらしいぞ」
「無理でしょ、私、今から過去ごと自分を消すんだから」
「それでどうするんだ」
「まともな人生を送るんだ。まあ、運が悪かったら酷いかもしれないけど。それでも、この何にもない世界よりはマシだから」
少名が私に近づいてくる。そして小槌を構えた。
「さようなら、鬼人正邪。ちょっとスッキリしたよ」
「それはよかった。少名……針妙丸」
視界が暗転した。
周りが明るくなり、ひっくり返っていた景色は元の色に戻り、目に優しい色となっていた。
そして、私の隣には、メリーがいた。
「知りたいことがあるのだけど、何もかもがひっくり返った世界を知らない?」
「……知ってるよ。……それは思ってたよりも、醜くて、美しいものだった」
幻は繰り返されていた。
だけど、私は何も絶望感を持たなかった。
新しい夢のために、私は絶対にこの世界を抜け出してみせる。