ラーメンが正邪を作るお話   作:最弱の鬼人正邪ファン

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少名針妙丸
咳をしても一人


シアワセな夢を見た小人

「おかあさま! お母様!!」

 

 母の顔を見るのは、実に久しぶりなことだった。最後に見たのは……いつだったか。覚えていないが、とても昔のことである事はわかる。

 気付けば私は母の体に飛び込んでいた。そしてその勢いのまま、母は体勢を崩して、私と共に床に倒れてしまう。

 

「う! いたた……」

「あ、ご、ごめんなさい、お母様……」

「いいのですよ。元気があってよろしい」

 

 母は私に笑顔を見せてくれた。それが嬉しくて、あるいは懐かしくて、私も笑い返して、体を抱きしめた。

 このままずっと母のぬくもりを感じていたかったが、やるべきことを思い出した。鬼の世界に行って、正邪に会いに行く。あれ、でも、私って鬼の世界に突入したんだよね?

 なのにどうして、昔母と一緒に住んでいた場所にいるんだろう。

 

 じゃあ、もしかして……

 

「……お母様って鬼の世界に隠れてたの?」

「え?」

「いや、だってここって鬼の世界でしょ?」

「針妙丸、ここは鬼の世界ではありませんよ。何か思い違いをしています」

「うーん……?」

「ほら、もう昼時ですから。母様と一緒にお昼ご飯をいただきましょう」

「え! 本当に? やったあ!」

「……針妙丸、敬語はどうしたの? そのような言葉遣いを教えた覚えはありませんよ」

 

 忘れてた。そういえば私は母の前では敬語を使うよう言われていたっけ。

 

「えっと、申し訳ございません、お母様」

「いや、謝って欲しいのではなくてですね……」

「えーと、嬉しいです! お母様とご飯をいただけて?」

「……まあ、いいでしょう」

 

 困ったような顔をしたけど、笑顔を浮かべていた。優しい笑顔だった。

 そういえば、母は敬語とか、礼儀作法に厳しい人だったか。

 結果的には、正邪とか色んな人と関わる上で、言葉遣いは悪くなっていったけど。

 

「今日は、蕎麦を作ります。すぐに、ゲホッ、作りますので待っていてくださいね」

 

 母は咳をしながらそう言った。大丈夫なのだろうか。

 いや、多分大丈夫だろう。

 そう思った次の瞬間、景色が変化した。温かみのある家の中から、紅葉が漂う外の景色へと。

 

「……え?」

「どうかしましたか? 針妙丸」

「あれ、私の蕎麦は? ていうか、え? これは夢?」

「貴方が今見てるのは夢じゃありませんよ。どんぐり拾いをしたいと言ったのは、針妙丸でしょう?」

 

 なんだろう、妙に既視感を感じる。だけど、私の記憶の中ではこんな場面を見た事はないはずだ。

 

「うう寒いですね……やっぱりもう少し着込んできた方が良かったかしら……ゲホッゲホッ!」

「お母様大丈夫?」

「ええ、大丈夫です」

 

 ニコニコと笑顔を保っている。保っているが、本当に大丈夫なのだろうか、大丈夫だったのだろうか。……だった? 私は何を言っているんだ。

 これは、この景色は今、初めて見たじゃないか。

 だから、何も心配する事はないはずだ。大丈夫だって本人が言っている。……頭が痛い。

 

「さあ、どんぐりを拾いましょう。母様も手伝いますから」

「あ、わかりました。お母様」

 

 とりあえず、難しい事は考えないようにして、私はどんぐりを拾うことにした。

 両手一杯になるまで拾って、遂にはこれ以上持つことができないほど拾った。はずだった。

 

 また景色が変化する。今度は赤かった世界が、白い、白銀の世界に変わる。寒気を感じる、冬の世界だった。手に持っていたどんぐりは消えていた。

 

「うわっ!? 寒っ!?」

 

 当然だ。夏用の服を着ていたのだから。秋ならまだ耐えることが出来るかもしれないが、冬は無理だった。

 そして今理解したが、時が飛び飛び、場所も飛び飛びになっている。これは、鬼の世界の性質なのだろうか。

 

「大丈夫ですか? 針妙丸。ほら、母さんの羽織りを着なさい」

「あ、ありがとう。お母様」

「冬は寒いですから、ゴホッケホッ」

「……ねえ、本当に大丈夫なの?」

「大丈夫です。心配しないで。きっと春には良くなります」

 

 本当にそうなのだろうか。とにかく、母から着させられた羽織りはとても暖かかった。

 

「ほら、針妙丸は雪だるまを作るために外に出たんでしょう? 母様も手伝いますから。一緒に大きな雪だるまを作りましょう」

「あ、うん!」

 

 そうだったそうだった。私は雪だるまを作るために外に出たんだった。

 ちゃんと目的を果たさないと。

 少しだけ雪を取って、それを固めて、どんどん大きくしていって、まあまあな大きさになったら、雪を転がして、そうしたらどんどん地面の雪を巻き込んで大きくなっていく。

 

 それを二回繰り返して、出来上がった大きな雪玉を重ねて、石を目と口の部分に嵌め込む。

 

「お母様! 見てください! こんなに大きな雪だるまを作りました!」

「ええ、本当に大きな雪だるまですね」

「私は、将来こんな大きな雪だるまよりも大きくなります!」

「ふふ、とても素敵な夢ですね……ゴホッゴホッ!」

 

 母は、体調が悪かったんだっけ。覚えて……ない。

 だけど、なんでか知らないけど、嫌な予感がした。

 

「お母様、大丈夫?」

「ええ、大丈夫です。ゲホッゲホッ!」

「……もう今日は家に帰って休みましょう!」

 

 たまらずそんな事を言った。お母様が目を丸くして、私を見ていた。そして、

 

「そう、ですね。今日はもう、うちで休む事にします」

 

 微笑んで私にそう返した。私は母の手を取って私たちの家に帰る。

 妖怪の山の麓にひっそりと建っている小人サイズの家だ。

 幸い雪に埋もれる事はなかったが、それでも雪が積って入り口が塞がれている。

 

「ああ、雪かきをするのを忘れていました。ここは母様に任せて」

「邪魔な雪よ! 私達の前から消えますように!」

「……え?」

 

 私は打ち出の小槌を振るって家の前の雪を消す。そして母の手を掴んで、家の中に入る。

 

「針妙丸、その小槌はどこで……?」

「忘れたの? お母様が……あれ、なんでだっけ? まあいいや。お母様は布団で横になってて」

 

 寝室に母を連れて、布団を敷いて、母を寝かす。

 

「私は、夢か、まやかしでも見ているのかしら? 針妙丸が、お布団を用意してくれるなんて……」

「違うよ、これから見るんだよ! おやすみなさい、お母様」

「おやすみなさい、針妙丸」

 

 どうか、母の容態が良くなりますように。気付けば小槌にそう願っていた。小槌は反応しなかった。私は自分の手がしっかりと小槌を握っているか確認した。そしたら、どうしてか知らないが、私の手は赤くなっていた。

 

 瞬きをすると、赤色は消えて、暖かかった羽織りも消えて目の前には、苦しそうにしている母の姿が。

 

「お母様、大丈夫?」

「だい……」

 

 そう言いかけたところで、言葉に表せないほど、激しい咳をした。そこには血も混ざっていて、口を押さえた母の手を赤くしていた。

 

 だからか、だからさっき母の手を握った私の手も赤くなっていたのか。どうして私は気付かなかったんだ。こんなにも母の体調が悪くなっているなんて。

 

「お母様の、咳が治りますように」

 

 小槌を振るった、何も反応しなかった。

 

「……針妙丸。私はその小槌について話すべきことがあります」

「……話すこと」

 

 わからない。わからない。どうして小槌が作用しないのか。どうして話が噛み合わないのか。

 なにか、何かとても大事な事を忘れている気がする。

 

「針妙丸、それを己の欲望のために使うのはやめなさい」

「……欲望?」

「ええ、ええ」

 

 咳き込みながら、血を吐きながら母は言った。

 

「それを使いすぎて、小人族が鬼の世界へと閉じ込められたのは、なんども話したでしょう」

「うん」

「ならば、使うのはおやめなさい。貴方の身を滅ぼします」

「だけど、私のために使ってないよ。私は、お母様に楽になって欲しくて」

「……小槌を使っても、楽になれないほど、私はもう手遅れなのでしょう」

「そんな事ない! そんなことあるもんか! きっと魔力が足りないだけだから、きっと、今すぐにでも……」

「針妙丸」

 

 弱々しく、私の手を握ってくる。

 

「小槌には、代償があるのです。万能の、神にも匹敵するその力には、代償が伴うのです。たとえそれが、他者のために使ったとしても」

「……知ってるよ。自分の身を持って味わったから」

「それは、どういう……」

 

 聞かれる前に母は咳き込んで、そして力無く布団に横たわる。

 

「……針妙丸。どうか、どうか、欲深い小人にはならないで、他者を思いやるようになりなさい」

「……どうして、そんな事を急に」

 

 言うの。そう言いたかったけど、それ以上は言えなかった。母が目の前で、瞼を閉じた。

 それ以降、母は何も喋らなかった。窓の外には綺麗な桜が咲いていた。私の記憶の中では、母を看取るのは初めてのことであった。

 どうして、どうして、どうして、なんで死んだ? 私何かしちゃった? これは現実? それとも夢? どうして既視感を感じるの?

 わからない。

 わからない。

 わからない。

 

 どうして、私は、何もわからない?

 

「針妙丸? どうしたの? どうして泣いているのですか?」

「え」

 

 先程、眠りについたと思っていた母は、目の前に立っていた。

 顔色も先程と比べればとても健康そうである。

 

「なんでもない……です。お母様」

「何か悩み事でもあるの? 母様になんでも相談してください」

「ううん、ただ……どうやったらもっと大きくなれるのかなーって」

「それは……ごめんなさい。母様にもわかりません」

 

 何故か、鬼の世界に入って、母と出会う時がもう一度繰り返されている。

 妙な既視感を感じていた。これが二度目だから、と言うわけではなく、その前からずっと、私はこの景色をどこかで見たような記憶がある。

 

 私は、何か大切な事を忘れている。

 

「どうすればいいんだろう……」

 

 その、大切な事は思い出していいのだろうか?

 頭が、心が、思い出すなと私に訴えている。

 

「だけど、私は知りたい」

 

 小槌を握り締める。

 

「私の……失われた記憶が戻りますように!」

 

 小槌を振った。

 

 

 私の目の前で、母が横たわっていた。幼い私にとって、それは衝撃的で、悲しい事であった。

 

「お母様。お母様? どうされたのですか」

 

 訂正しよう。私は何も知らなかった。母は起き上がる事なく、ただただ、そこに横たわっていた。

 何秒も、何分も、何時間も、私はそこから離れることができず。ずっと母の亡骸を抱きしめていた。

 

「……お腹が空きました」

 

 空腹感が頭を支配するまで、私は母を抱きしめていた。

 

「ご飯の用意をしましょう」

 

 誰も聞く人はいないけど、私はそう呟いた。

 台所に移動して、立ち止まる。その時の私には、料理の知識はまるでなかったから。全ての家事を母に任せていたから。

 

「……お困りのようですね」

「……誰ですか?」

 

 背後から声をかけられる。

 白いワンピースを着た女性がいた。黒を基調として一部分に赤と白が混ざった髪型で、頭には角が生えている。つまり、妖怪だった。

 後の私の友人である、正邪がそこにいた。

 

「私の名前は鬼人正邪。生まれもっての天邪鬼です。以後お見知りおきを」

「そうですか」

「……失礼かもしれませんが、貴方の名前を伺っても?」

「私の名前は、少名針妙丸です」

「……少名針妙丸様ですか。実に素晴らしいお名前だ」

 

 大袈裟に反応しているが、私は正邪の事を怪しく思っていた。

 

「何故、私の家にいるのですか?」

「ああ、申し訳ありません。ここ数日何も食べていなくて……この家を見つけて、食料を分けてもらおうと思ったんですよ」

「そうなんですか、それは大変でしたね」

 

 ああ、昔から正邪は他人の優しさにつけ込むのが好きだったのか。好きというより、得意か。

 

「それは、まあ大変でした。ところで、どうでしょう。私が何か作って差し上げましょうか?」

「いいのですか?」

「ええ、ええ、貴方は、小人族でしょう? 小人族と言えば、高貴なお方。一寸法師でも、鬼を退治した伝説が今も語り継がれるほどに!」

「なんですか、その『一寸法師』って」

 

 そういえば、正邪に一寸法師について教えてもらったんだっけ。

 

「お話ししましょうか。料理を作っている間に」

 

 正邪は私に一寸法師のお話を教えてくれた。一寸法師だけでなく、聞いた事になんでも答えてくれた。敬語は使わなくいいと言って、その時の私にとって、それはとっても新鮮な時間だった。

 

「はい、できましたよ。単純な味噌汁に魚の煮物ですが」

「ありがとうございます、正邪。そうだ、お母様にも食事を用意してもらってもいいですか?」

「ああ、母君がいらっしゃったのですね。ええ、構いませんよ。運びましょう」

 

 台所から母親が寝ている寝室へ。

 私は、母が寝ているものだと思っていた。この時は母が亡くなっているなど、知らなかった。

 

「お母様。正邪が食事を用意してくれましたよ」

「失礼します。私は……ああ」

 

 部屋の中に入ると、苦しそうな顔で目を閉じて、横たわっている母がいる。

 

「正邪、そこに置いておいてください」

「はい。置いておきますね……?」

 

 正邪は食事をの乗せたお盆を母の枕元に置いて、違和感に気付く。

 

「おい、こいつ息をしてないぞ!」

「え?」

「心臓も止まってる……」

「そうなんですね」

「そうなんですねって、お前……」

 

 嫌悪感というか、恐怖を露わにした顔を浮かべて、私を見てくる。

 まあ、これを思い出している私も似たような顔をしているだろうが。

 

「自分の母親が死んでるのに、何も思わないのか?」

「死んでるってなんですか?」

 

 私の言葉に、正邪は驚いて、数秒頭を抱えた。そして、大声で笑い出した。顔はちっとも笑っていなかったが。

 

「ああ、ああ、あははは! あはははは! 哀れすぎる! 箱入り娘もここまでくれば可哀想だ!」

「どうしたんですか?」

「ああ、いえ。なんでもございません。なんでも。そうですね、死ぬというのは、いわば、永遠に眠りにつくという事ですよ」

「永遠に、ですか」

 

 この時の私には、まだ死というものの実感が湧いていなかったのだと思う。

 死んだと言われても、よくわからなかった。

 

「……とりあえず、あなたのお母様のご遺体を埋めましょうか」

「そんな! 埋めるなんて可哀想です!」

「じゃあ、焼きますか?」

「どうしてそんなに酷い事をするのですか!?」

「……亡くなった方は埋めるか焼くか……色々方法はありますが、とにかく別れを告げないといけないんです。魂と体の繋がりを断ち切る為に」

「そうなんですか?」

 

 誰かを疑う事を知らなかったのは、不幸中の幸いだろうか。私は、この時初対面である正邪の事をあっさりと信じていた。

 

「埋めるとするなら、どこにしますか? それとも、焼きますか?」

「う、埋めるでお願いします。どこに埋めればいいんですか?」

「わかりました。そうですね、墓地とかに埋めるのが一般的ですが、そんなものここら辺にないですし、思い出の場所とかでいいんじゃないですか」

「じゃあ、家の下に埋めればいいんですか?」

「外に埋めましょう。家では、きっと解放されないでしょうから」

 

 私達は、母の遺体を外に運んだ。といっても、正邪が軽々と持ち上げていたが。

 意外なことに、丁寧に、慎重に扱っていた。

 

「あそこ、あそこの木の下に埋めてもらっていいですか?」

「ええ、いいですよ。そこにしましょうか」

 

 桜の木の下。秋にも冬にも、春の日も、あまり遠くへはいけないので、そこで遊んで過ごした記憶がある。ただ、それだけだったが。

 それでも、私にとっては思い出の場所である。

 木の近くに体を持って行って、寝かせる。

 

「さあ、埋める為に地面を掘りましょう。何か土を掘る道具はありますか?」

 

 そう言いながら、正邪は私を見つめてくる。

 

「……私も掘るんですか? 掘っていいんですか?」

「……当たり前だろ。家族なんだろ? やれよ。私も手伝うからさ」

 

 都合がいいのか、悪いのか、家には植物を植える為に使う、小さなスコップがあった。

 それでも私の体には大きなものだったし、母を埋めるための穴を掘るのには充分だった。

 

 私と正邪は土を掘る。ただ、黙々と。

 一時間もすれば、母の体が入るほどの穴ができた。

 

「……ここに、お母様を入れればいいんですか?」

「ええ、ゆっくりと優しく入れてあげてください」

「お母様は、土に埋められて、苦しまないんでしょうか」

「苦しみませんよ。少なくとも、この世では。苦しみから解放されるんですから」

 

 母の体を持って、穴に入れる。

 手から重みがなくなって、少しだけ、寂しさを感じた。

 

「埋めましょう」

「はい」

 

 掘った分の土を被せていく。最初に体を埋めて、髪を埋めて、最後に、顔が残る。

 

「最後にお別れでも言ったらどうですか?」

「もう、会えないんですか?」

「……ええ、はい。会えないでしょうね」

「わかりました。ありがとうございます正邪。……さようなら。お母様」

 

 土を顔に被せて、母の顔も体も、何もかも見えなくなった。盛り上がった土だけが残る。

 

「お腹が空きましたね。家に戻りましょうか」

「……待ってください。墓石を建てましょう」

「墓石、ですか」

 

 正邪がどこからか岩を持ってきて、それを盛り上がった土の近くに置いた。

 

「そんな綺麗なものじゃないですがね。無いよりはマシだと思います。じゃあ、姫様」

「……何をすればいいんですか?」

「母君の名前を刻んでください。生きた証を残すのです」

 

 言われて、刻んだ。そこら辺に落ちてた石で。

 

「他に何かやることはありますか?」

「いえ、もう無いと思います」

「わかりました。家に帰りましょう」

 

 私達はお墓を後にして、家に戻った。

 お墓を作る前に用意したご飯は、冷め切っていた。冷め切っていたが、不味くはなかった。

 

 そこから、数日して、私はようやく母が亡くなることの辛さを実感した。

 

 朝起きて、お母様に挨拶しにいっても、いるのは正邪だけ。お母様、と声をかけても、誰も返事はしない。お墓に行って、ようやく母にはもう会えない事を実感して。感情が少し激しくなる。

 私はとても寂しさを感じていた。

 

 春も終わりが近づいている頃だったか。私はお母様の部屋で、正邪に言われて遺品を整理していた。

 棚を整理していると、衣服が多くあった。だけど、一つだけ、目を引くものがあった。何か、何かが入っている黒い箱だ。大きさは、私の両手よりも大きいくらいだ。不思議と重さは感じなかった。

 

「何か見つかりましたか?」

 

 正邪が大量に本を抱えて聞いてきた。

 

「うん。何か、黒い箱があったよ」

「ほう、開けてみましょうか?」

 

 箱を開けると、中には手紙と、小槌が入っていた。

 

「これって」

「ああ、そりゃそうか。そうだよなあ」

「え?」

「とりあえず、読んだらどうですか? 手紙を」

「わかった」

 

 手紙を読んでみる。中身は、遺書であった。

 

針妙丸へ。これを読んでいるのならば、私は後悔を残してこの世を去ってしまったということでしょう。

もう少しお前の側にいたかった。しかし、それは叶わぬ夢となってしまった。

不甲斐ない母で申し訳ない。

 

 文字は掠れていて、読みづらかった。

 初めは、私への謝罪と、後悔から始まった。おそらく、これを書いているときに、母はすでに己の不調に気づいていたのだろう。

 

お前にこれを残す。小人族の秘宝の打ち出の小槌である。

願い事を叶えてくれる、秘宝だ。ただし、己の欲のために使ってはいけないよ。代償が伴ってしまうから。

 

 続いて、打ち出の小槌と、その概要が簡単に書き記されていた。ちゃんと代償の事も記してあったのか。

 

最後に、本当にごめんなさい。針妙丸。お前が許してくれるかどうか、私にはわからないが。どうか、お前を残していった母を許しておくれ。さようなら。

 

 母のお別れの言葉で最後が締められていた。私は、気づけば手紙を濡らしていた。

 そしてただ一言、呟いていた。許さない。

 

「姫? 大丈夫ですか?」

「ええ、ええ、大丈夫です」

 

 嘘だ、本当は自分の気持ちに整理をつけたかった。

 そして、なんとかして、自分の内に潜む邪な思いを消したかった。

 目の前にあるのは、なんでも願いを叶えてくれる。秘宝。私が考えていることは、もう一度母と出会うこと。

 この秘宝で母を蘇らせてしまえば……

 

「姫。本当に大丈夫ですか?」

「大丈夫です。大丈夫……」

 

 それがどんなにいけないことなのか、私にはよくわかっていた。だけど、己の欲望を抑える方法を私は知らなかった。

 小槌を手に取る。不思議と馴染んで、簡単に扱うことができる。

 

「それが、打ち出の小槌ですか! 伝説の秘宝である、なんでも願いを叶えると言われているあの!」

「はい」

「どうですか? 何か願いを叶えてみては?」

「そうですね、外へいきましょうか」

 

 このとき、私が何を考えているのか、正邪には見当がつかなかったのだと思う。私だって、今なら全く考えられないことだ。

 だけど、私はそのとき子供だった。今よりもずっとずっと小さい子供だ。

 外にあるお墓の前に移動する。ここにきて、ようやく正邪は私が何て願おうとしているか、勘づいたようだ。

 

「……おい、まさかとは思いますが」

「お母様が、生き返りますように!」

 

 土が盛り上がる。初めに手が出て、土を掻き分けるように手が動いて、初めに頭が出てくる。

 髪の全体が見えて、最終的に体が出てくる。

 

「ああ、良かった! お母様が生き返った!」

「…………はあ、最高だな。良かったな」

 

 私は母に駆け寄って、抱きつく。ああ、なんともまあ、酷い匂いがした。

 だけど私は、それを気にしなかった。ただ、もう一度母に会えたことが嬉しかった。

 

 ……実際には、会えていなかったわけだが。

 

「お母様、もう一度会えて嬉しいです。お母様はどうですか? また会えて嬉しいですか?」

 

 母は何も言わない。当然だ。そこには魂がなかった。

 必死に声をかけるが、何も返ってこない。

 

「お母様、なにか言ってください。お母様……」

「……もういいだろ。お前がどんなに願ったってお前のお母さんは帰ってこない。お別れしたんだから」

「何を言ってるんですか、正邪。お母様は私の目の前にいるじゃないですか。寝てはいない、ちゃんと両足を地につけて立っているじゃないですか」

「……何も言わないお人形さんが生きてると思うのか? お前のお母さんの顔を見てみろ」

 

 顔をみる。そこには苦痛の表情を浮かべる死体があった。

 

「お、お母様?」

「ずいぶん綺麗になったじゃないか。だけど、魂が無い。抜け殻だな」

「じゃあ、じゃあ、魂が戻りますように!」

 

 だけど、今度は何も起こらなかった。

 輪廻転生を済ませた魂をどうこうするなんて、無理だったんだよ。私。

 

「なんで、どうして何も起こらない!?」

「……私にもわかりません。魂は我々のような有象無象が触れていい領域ではありませんから」

 

 一言も発さない肉体が、私を見下ろしていた。

 

「ああ……ああああああ! 私は! 私は何を!」

 

 少しすれば、落ち着いて、自分の犯した罪に気付く。

 こんなの、死者の尊厳を汚すのと同じじゃないか。墓を荒らして眠りを妨害したのと変わらないじゃないか。

 

「もう一度、眠らせてあげましょう」

「はい……」

 

 打ち出の小槌で叶えた願いを掻き消して、私達はもう一度母を埋めた。今度は、お別れを言えなかった。

 

「……気持ちはわかります。心中お察ししますよ」

「……忘れてしまいたい」

「え?」

 

 私は耐えきれなかった。自分の犯した罪に、愚かさに、そして悲しみに。

 

「嫌な事を全て忘れてしまいたい」

「そんなの、自然と忘れていきますよ。何でもかんでも鮮明に覚えてるやつなんていませんよ」

「そう、ですかね」

「……小槌で記憶を消すつもりだな? お言葉ですが、あまりいい考えだとは思えないな」

 

 私は何をやっているんだろうか。

 小槌をあれほど己の欲に使うなって言われてたのに。

 手はしっかりと小槌を握りしめていた。

 

「辛い記憶含めて自分の存在だろ。記憶を消すなんて、自分を否定するのと変わらない」

「止めるんですか」

「まさか! 勝手にしろよ。ただ、あまりにも可哀想だから助言してやってるだけだ」

「ありがとうございます。だけど、私はもういいのです。辛い記憶を持ったまま生きるなんて嫌だ」

「……小人族って、本当に欲深いよな」

 

 正邪に言われるなんてよっぽどだな。だけど私もそう思う。

 小槌を高く掲げ、振りかぶる。

 

「私を苦しめる記憶がなくなりますように」

 

「うう、頭が痛い」

 

 何日か分の記憶を思い出したわけだから、しかもかなり辛い内容だったので、私は気分が悪くなっていた。

 そうか、私はこんなに大きな事を忘れていたのか。

 

「ああ、私は罪深い小人だな」

「何を言っているのですか? 針妙丸」

「あ……お母様」

 

 お母様の顔を見た瞬間。私は恥知らずにも泣き出してしまっていた。

 目の前のお母様はきっと本物ではないのだろう。だけど、それでも私には恋しく思える存在だった。

 

「お母様、ごめんなさい! ごめんなさい!!」

「ど、どうしたのですか? 針妙丸。おお、泣かないで。よしよし」

 

 今はただ、母親に甘えていたかった。

 数分してようやく落ち着いてから、私は、私のやるべき事と、やりたかった事を思い出した。

 

「お母様、私、お母様に恩返しをするよ」

「え? 恩返しってどういう……」

 

 台所に行ってささっとお昼ご飯を作る。霊夢のもとで鍛えた家事力が光る。

 

「できたっ! 簡単なものだけど、お昼ご飯だよ」

「まあ、私は夢を見ているのでしょうか……?」

 

 私の用意したお昼ご飯にお母様が手をつける、前に場面は切り替わって、周りが紅葉で染まる。

 今度は、お母様は寒がっていたんだっけ。

 

「お母様、今すぐ枯れ木とか集めてきますね!」

「え? ええ。気をつけてくださいね」

 

 落ち葉や枯れ木、よく燃えそうなものを持ってきて、それを束ねる。周りに燃え広がらないように、葉っぱをどかして、土が見えたらそこの上に束ねたものを置く。

 そしてそこに、妖力を使用して火をつける。

 

 よく燃えて、周りがあったかくなる。

 

「どうですか、お母様! あったかくなったでしょう!」

「あ、ありがとう。針妙丸」

 

 感謝をもらって景色が変わる。今度は冬だ。一面白色の雪景色だ。

 私は母の手を取って家に戻る。

 

「ちょ、ちょっと、針妙丸?」

「消えろ! 雪! 私の幻覚の雪!」

 

 家の前に積もった雪を消して、家の中に入る。そうか、だんだんわかってきたぞ。

 

「お母様は寝ててください!」

「え、ええ?」

「暖かいお粥を用意しますので! 失礼します!」

 

 そう言って台所へ、お粥を用意するために移動する。

 お米をお湯につけて、待つ。私はその間に、母の元へ行く。

 布団で横たわっている母の元へ。

 もし、私が母の体調に気を使っていれば、あるいは、なんてたらればを考えたって無駄だ。

 

「針妙丸、今日は雪だるまを作るんじゃなかったのですか?」

「気が変わりました。お母様のためにお粥を作ります」

「……ありがとうございます。針妙丸」

「お母様、私は……その、あの」

 

 何かを言おうとする前に家の中が暖かくなる。窓の外を見れば。桜が咲いていた。

 わかってる、この世界は幻だ。

 

「……目の前(まぼろし)のお母様の病気が直りますように」

 

 魔力はあまり消費せず、願いを叶えることができた。当然だ。私以外になんの影響もないのだから。

 顔色が良くなりながらも、驚いたお母様が私を見てくる。

 

「……針妙丸? それは……」

「お花見をしましょう。お母様」

 

 母の手を取って、外へ出る。外には満開の桜が咲いていた。

 

「綺麗ですね、お母様」

「……針妙丸。さっきの小槌は……」

「……お母様が残してくださりました。お母様が病で亡くなったあと、棚の奥にあったのを見つけたのです」

「そう、なのですね。ごめんなさい。針妙丸。おそらく貴方に寂しい思いを」

 

 言い終える前に私は抱きしめた。

 

「私は、お母様の事を許します。私はお母様の事を恨んでいません」

「針妙丸……」

「だから、私の事も許して欲しいです。己の欲のために小槌を使った私を……」

「私は……」

 

 私の頭を優しく撫でてくれる。

 

「私は、お前の罪を許す権利を持っていない」

「……」

「だけど針妙丸、お前は賢い子だ。知恵に優れ、優しさに満ち溢れた我が娘よ。私はお前を責める気持ちも、咎める意思も持っていない。ただ健やかに生きて欲しい」

「……お母様」

「お前の正しいと思う事をしなさい。そうすれば、きっと許される」

「正しいと思う事……」

 

 私が正しいと思える事か。

 

「いきなさい。針妙丸。こんなまやかしになど惑わされず、やるべき事をしなさい」

「ありがとう、お母様」

 

 私は母の元から離れる。

 母の足元には桜が散っていた。私の足元には、鬼の世界がある。打ち出の小槌を構えた。

 

「さようなら。お母様」

 

「さようなら。針妙丸」

 

 打ち出の小槌をしっかりと握る。

 これは私の欲ではない。私の罪滅ぼしのために、誰かのために、正義のために。

 

「私の目の前の夢が! 消えますように!」

 

 叫んだ瞬間。何もなかったように私は、幻覚から解き放たれた。

 色が反転した気持ちの悪い世界。これが鬼の世界か。

 

「終わったの……?」

 

 背後から、具体的には右斜め後ろから声が聞こえた。

 清蘭だった。

 

「うん、ようやく終わったよ。だけど、まだやることはあるよ」

「そう、だよねえ。はは、先が思いやられるなあ……」

 

 かなり疲れているようだった。正直に言えば、私もとても疲れた。だけど、この世界でやるべき事を終わらせないといけない。

 

「行こう! 清蘭!」

「……了解!」

 

 私は、私の思う正しい事をするために、前へ進む。




敬愛する母が咳をしていても、針妙丸は一人。
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