ラーメンが正邪を作るお話 作:最弱の鬼人正邪ファン
記憶している中で、ここまではっきりとした夢を見るのは、初めてのことだった。
見晴らしのいい草原が広がっていた。遠くには人が営んでいる、それはそれは小さな村が見えた。
他に見えるのは大きな山、森、ヒマワリが異常なまでに咲いている花畑、それだけだった。
「ここが幻想郷……か。何の面白味もない場所だな」
幻想郷へ訪れる気があった、といえばウソではない。しかし、いま訪れる気はなかった。もう少し時間が経過してから、幻想郷へとやってきた
「負け犬だったのは私かよ。クソッ!」
転がっている石を蹴り飛ばす。
戦争が終わってから、気づけば夜は明るくなり始めていたし、大勢いた妖怪は否定されて、まやかしとなってしまった。
科学の時代になったせいで、妖怪たちは
それは私だって例外ではない。天邪鬼はいつの間にやら、形容詞となっていた。
私は天邪鬼なんだ。他者を否定して、嫌われることを良しとする妖怪なんだ。それはこの幻想郷でも変わりはしないだろう。
だから、私がするべきことは、この幻想郷で私の存在を知らしめること。もう二度と誰の記憶から抜け落ちることはない存在となって、幻想郷の外に戻ってやる。
私は立ち上がる。座った時に
すると、髪の色が──で見慣れないハイカラな服を着た、いわゆる
困惑しているのか、周りを見回しているようだった。
「もしもし。そこのお嬢さん」
私は女に向かって声をかけた。こちらに気付いたのか振り向いてきた。日本語で話しかけたから、意味は伝わらなかったか? そう考えた矢先。
「あら、どうも」
「へえ、驚いたな。あんた日本語達者だね」
「ええ、一応日本の大学に通っているので」
「大学か、あんたモガってやつ?」
「も、モガ?」
「モダンガール」
「結構古い言葉を使いますね」
古いだって? とんでもない! 私が使っている言葉は数年前に流行したばかり……いや、そう考えると古いのかもしれない。
「まあ、いいんだよ。それよりも、あんたここがどこか知ってるかあ?」
「……幻想郷」
「なんだ知ってたか。人間にしてはなかなか知恵があるな。いや、もしかしてあんた外の世界の人間じゃないのか?」
「いえ、外の世界の人間ですよ。ところで、貴方は……妖怪ですか?」
そう聞く目の前の女は、明らかに警戒を強めていた。おびえている姿を見ると気分がよくなる。
「妖怪のことも知ってるとはね、ああ、そうだ。そうだとも。我が名は鬼人正邪。生まれついての天邪鬼である」
「天邪鬼……実在していたのね」
「そうだ。人間は天邪鬼をひねくれ者として扱っているが、私は断じて認めはしない。さて、私が名を名乗ったのだから貴様も名を名乗れ」
「私はーーー。ーーーと呼んでください」
「わかった。ーーーだな」
そう、そうだ。幻想郷に始めて訪れた時、私は奇妙な女と出会ったんだ。
名前、名前は、たしか……
「……思い出せない」
いつの間にか目を覚ましていた。なぜか、鮮明に夢の内容を覚えている。おそらく、私が初めて幻想郷に来た頃の事を見ていたのだろうが、奇妙だ。なぜそんなに昔のことを今更。
竹林を抜け出した後、人里に行こうと思ったが、恰好がまずかった。さすがに血の痕は落としておくべきだった。
人里に入ることはできず、仕方なく、適当に夜風をしのげる場所で夜を過ごしたのがいけなかったか。
「取りあえず、今日は……山の神のところにでも行ってみるか」
思い出したが、山の神は最近幻想郷に来たはずだ。もしかしたら外の世界のらあ麺の事も知っているかもしれない。
私は妖怪の山へと歩みを進めた。
「たのもー!」
一人で夜を過ごした後、私は初めて一人で朝ご飯を作り、自信をつけたまま博麗神社に訪れていた。
「あれ、針妙丸じゃない、どうしたの?」
博麗神社では、霊夢がお茶を飲んでゆっくりとしていた。
「単刀直入に言えば、恩返しをしに来ました!」
「恩返し? なんの?」
「異変が終わった後……私はずいぶんと、霊夢に世話になっていたと悟りを得ました」
「小さい悟りねえ。まあ、恩返しは受け取っておくわ。何をくれるの?」
「私が家事をするよ!」
自信満々に答えた。きっとこれならば霊夢も感激して、膝をつけて私をほめてくれるに違いない!
そう考えていたが、実際は少し違った。
「……できるの? アンタに」
「で、できるよ! 見た目で判断しないでほしいね!」
「見た目じゃなくて心に聞いているのよ。家事とはいわば家のお仕事。貴方にお仕事の責任を背負うことができるの?」
「ううっ」
た、たしかに。私は自分自身が満足するだけでいい気になっていた。他人を満足させるのは難しいかもしれない。
「思うに。今のあなたは家事を覚えたてでしょう?」
「はい……」
「そうねえ、なら、その道数十年である私が修行をつけてあげるわ」
「え、いいの! わ、私昨日家事を始めたばっかだけど」
「もちろん! 最初はみんな拙いものなの。師に教えを請い、心と技を育てていくのよ。何も恥じることはないわ」
「霊夢ー!」
あまりに深い言葉に私は感激して霊夢に飛びついていた。
「霊夢さん、本当は家事を教えるふりして、自分が楽をしたいんじゃ……」
「おだまり、あうん。おーよしよし」
霊夢と、人の体を手にした神社の狛犬……確か、高麗野あうん*1が会話をしていたけど、気にしないことにする。
「よし、それじゃあ早速始めるわよ!」
「はい! 師匠!」
こうして、博麗神社での家事手伝いが始まった。
家事というのは……私の想像を絶するほどに厳しいものだった。
「ここ、ほこりが残っているわよ!」
「はい!」
「落ち葉の掃除もお願いね!」
「はい!」
「針妙丸さん! がんばれ!」
「ありがとう! あうん!」
「裁縫は……いうことがないぐらい完璧ね。強いて言えば小人サイズだわ」
「そこは見逃して」
厳しい修行だった……気づけば
「はあ……はあ……疲れた……」
「お疲れ様、お茶を汲んでくるわ」
「うん、お願い」
疲れた体にお茶が染みる。
家事ってこんなにも大変なものなんだなあ。霊夢の住む博麗神社は、いうまでもなくお城より小さい。それなのにこんなに大変なんだから。私の住んでいた輝針城で家事をするのは……考えたくもなかった。
「少し早いけどお昼にしましょうか」
「わーい!」
ありがたいことに霊夢がお昼を作ってくれるようだった。正直動きたくないから助かる。
「文々。新聞の新刊でーす!」
昼頃になって、天狗のお姉さんが新聞を届けに来た。
「おや? これは珍しい。博麗神社にまた居候してらっしゃるんですか?」
「いや、家事見習いをしてるよ」
「お姫様の次は家事見習いを……ふむ、まあ、頑張ってくださいね」
「はーい」
軽い会話をして、天狗は去って行った。霊夢がお昼を作っている間、暇だったので置いて行った新聞を読んでみる。
「うえー、字がびっしりだ……もっと写真とか絵とかないのかなあ」
仕方ないけど、とりあえず見出しから読んでみることにした。
大きそうなものとして、最近賢者の姿を見かけないこと、妖怪の奇妙な噂が広がっていること、などなど。
当たり障りのない内容ばかりだった。最近は平和なことばかりだからしょうがないか。もっと刺激的な情報はないのかと、隅まで眺めていると、一つの記事が目に入ってきた。
『幻想郷一まずい団子屋の反逆劇!?』
正邪が団子屋で働いていたという事、私と喧嘩してクビになった事、まあまあ団子が美味しかった事、さすがに鈴瑚団子には勝てない、といった内容の記事が書いてあった。
「そうか、正邪はこの団子屋で働いているのか」
私と同じように、正邪にだって意思はある。成長だってする。
私が家事道を極めようとしているように、正邪も団子道を極めようとしているのかもしれない。
とにかく、どこかで力尽きていないようで、少し安心する。
「あれ、新聞来てたんだ。それ読んだの?」
「うん、さっき来たよ。もっと絵とか欲しいって思った」
「新聞ですからね、文章がとても大事なんですよ」
お昼ご飯を作っていた霊夢が戻ってきて、私の隣でお昼寝していたあうんの意識も戻ってくる。
「閃いちゃった! 絵だけの新聞を作ったら売れるんじゃない!?」
「うーん、申し訳ないけど、針妙丸は私よりも商才がないと思う」
「霊夢さん! 言って良いことと、悪いことがありますよ!」
あうん、その発言は時に敵を作るんだよ。
私はメチャクチャ凹んだ。
「ところで、何かめぼしい記事はあった?」
「うーん、気になったのは正邪が団子屋に弟子入りしてたこと」
「え、本当に? 弟子入りするのもありえないけど、受け入れる方の気がしれないわね」
「後は、賢者が最近姿を消しているらしいよ。やばいね」
「んー、いや普通ね。多分。よくあることよ」
「あ、そうなんだ」
知らなかった、賢者はよく消えるんだ。霊夢は物知りだなあ。
そんなふうに感心していると、霊夢も新聞に目を通していた。
「いや、これは、うーん」
「どうしたんですか?」
「……まあ、多分大丈夫かな。勘だけど」
「何か気になることでもあったの?」
「なんでもないわ。そんなことよりお昼にしましょう」
「えー! 思わせぶりな発言が気になるんだけど!」
霊夢は聞く耳を立てず、居間に進んでいった。私もそれに続いていく。
「あれ? あうんは?」
「私は概念的な妖怪だから、ごはんを食べなくても大丈夫なんです!」
「そうなんだ、別に食べなくてもいいから一緒に行こうよ! お話ししよう!」
「えっ、いいんですか!」
うん。そう頷いたら、あうんは飛び込んできた。
そして一緒に霊夢の元へ行く。
「あれ、あうんも来たんだ。珍しい」
「いつも一緒じゃないの?」
「えへへ、あんまり霊夢さんの迷惑になりたくないもので……」
「気を使いすぎる。他のやつに分けてあげたいぐらいだわ」
「あうんは健気だねえ。あうんみたいな子が手下だったらなあ」
そう言いながら、座布団に座る。目の前には出来立てのお昼ご飯。
なんてことはない、白米に漬物、お味噌汁と、私が普段食べているご飯より豪華ではない。
「「いただきます」」
一口、漬物をいただく。きゅうりの漬物だった。漬物と一緒にご飯を頬張る。美味しい。
前に居候していた時よりも格段に。
「霊夢はすごい家事力だね、前に食べた時よりもご飯が美味しくなってる」
「それは違うわ、針妙丸。私は味付けは変えていない」
「え?」
「貴方は今日を経て、心が一段階上へ進んだのよ。家事の大変さと、気持ちよさを知ったからこそ、誰かが己のために作ってくれたご飯が、より一層美味しく感じるのよ」
「霊夢……!」
私は感動でご飯を食べる箸が止まらなくなった。そうか、これが、家事道……!
「え、霊夢さん味付け変えてましたよね? 針妙丸さんが頑張ってるから特別に〜って」
「おだまり、あうん。食事中の無駄な私語は美しくないわよ」
「は、はい」
霊夢とあうんが何か話しているみたいだけど、私はご飯に夢中で気づかなかった。
あっという間に食べてしまった後、ごちそうさまをして、私は洗い物を手伝っていた。
「さっき、考えたんだけど」
「何を?」
「私、正邪にも恩返ししたい」
「ええ……あんまりお勧めできないけど。あいつの事だから打ち出の小槌とかせびってくるんじゃない?」
「まあ、それは後々考えるよ。恩返しにも種類はあるし!」
たとえば、命を助けるとか。いや、それは恩返しにしては重すぎるか。
「いいんじゃないですか、恩返し!」
「でしょー?」
「あうんはあの天邪鬼を知らないからそう言えるのよ。まあ、針妙丸は付き合いが長いから大丈夫かもしれないわね」
「でしょでしょ?」
思えば、いきなり追い出してしまったせいで、私は正邪に何もしていない。
利用されたりはしていたけど、それでも私の気は済まない。
「まあでも、まずは霊夢のもとで修行するよ!」
「うん、是非そうしてちょうだい」
「針妙丸さんは寝泊まりする感じですか?」
「うん、そうする」
「そうなんですね!」
私が答えると、あうんの尻尾がこれでもかというぐらい振り回されていた。そんな姿を見て、なんだか笑ってしまう。
「はしゃいじゃって、うるさくなりそうねえ」
そう言っている霊夢も満更ではなさそうだった。私が見る限りでは。
「よっし! これからもっともっと家事を頑張るぞー!」
私はお世話になった人に恩返しをするという目標を立てて、達成まで頑張るという決意を新たにした。
針妙丸がもう一度ウチで暮らすことになった。
曰く、私に恩返しをしたいのだと。随分と律儀なものだ、明日には飽きて辞めてしまっているかもしれないが。
それだけならば別にいい。
気になる問題が一つ、昼頃に見かけた新聞に書いてあったことだ。
賢者が姿を消したらしい。そしてそれと同時に不思議な結界が見つかった。
……輝針城に。
賢者が姿を消すのはなんら不思議なことではない。紫も隠岐奈も、秘密をありえないほど持っている。滅多に姿を見せないタイプだからだ。ただ、華扇は少し違う、よく人間を気にかけていた。人里に降りることが多々あった。……甘味を食べるためでもあるかもしれないが。
結界とアイツらはなんの関係もないかもしれないし、とても関係しているかもしれない。灰色である。賢者なのだから潔白でいてもらいたい。
私の勘では、何も問題はないが、少しくらい気に掛けたほうがいいのだろうか。
「難儀なものねえ……」
まあ、何かあったら動けばいいか。今までもそうしてきたし。
「針妙丸! 人里にお買い物行くわよ! どうせあんた一人で買い物したことないでしょ!」
「失礼な! 事実だけどね! わかった!」
今は平々凡々な日常と小さなお手伝いさんを満喫することにする。