ラーメンが正邪を作るお話 作:最弱の鬼人正邪ファン
メリー、と。確かに目の前にいる八雲紫は……八雲紫なのか? それとも、本当にメリーなのか?
目の前のやつが、本当にメリーだったら、私は……私は……、どうすればいい? なんて声をかければいい?
いつの間にか、掴まれていた首は解放され、自由になった部分をさすりながら、必死になって考える。
「メリー……ね、死んたと、思ってたんだけどな」
「あっさりと信じるわね?」
「いや、信じたくない。信じたくないが、意味もなくメリーの名前を出すわけがない。お前は、私とメリーの関係を知っているな」
「適当にメリーと言ったら、たまたま当たったかもしれないわよ?」
「であれば、いいんだけどねえ」
今の会話で何もわからないが、目の前の存在は、本当にメリーなのかもしれない。
「わかったよ、何をしてほしい? 聞くだけ聞いてやる」
「私とともに、鬼の世界へ行きましょう? そして、私を殺すの」
「……は?」
前々から、周りくどいことを言うことがあったが、今回は今までとは比べ物にならないほど、意味が分からなかった。
「聞こえなかった?」
「……聞こえたよ。聞こえたうえで、疑問に思うんだ。頭が狂ったのか?」
「理解力が足りないんじゃない?」
「いや、お前の説明が足りないだろ」
私がそう返すと、何がおかしいのか、にやにやと笑いながらメリーは……いや、こいつは八雲紫だ。きっとそうだ。認めてなるものか。
「ふふ、冗談よ」
「それは、殺すことが?」
「二つ前の言葉が、よ」
「……詳しく説明してくれるんだろうな?」
「ええ、もちろん」
説明してくれ。私は理解しなくちゃいけないんだ。自分が何をするべきなのかを。
「鬼の世界では、すべてがひっくり返っているというのは、私たちも知ってるわよね? それは時間も、例外ではない」
「……続けろ」
「反転した時の流れに身を任せて、過去に戻るのよ。そして、過去の私を見つけて、殺す」
「……そしたら、お前も消えるだろ? 意味がない」
「いいのよ。それで。私が消えるという状況が作れれば、それでいい」
この世界に飽きて、消えたくなったのなら、私を巻き込まず、一人で消えてほしいんだけどな。
ただ、それだけじゃあないんだろう?
「それをして何になるんだ? 自己満足か? 知的好奇心が満たされるのか?」
「ひどいわ、忘れてしまったの? そうすることで助かる人物がいるというのに」
「わすれてしまったよ。そんなかわいそうな」
言い切る前に、言葉を止める。憎たらしく笑っていた紫が、こちらを、燃え滾るような憎悪の表情で、睨んでいたからだ。
言葉を止めたら、すぐに元の笑顔に戻る。
「わすれてしまったのなら、仕方ない」
「……」
「それで、協力してくれるわね?」
「断る」
はあ、と。紫は溜息を吐いた。予測していなかったわけではないのだろうが。
「一応、理由を聞いておこうかしら?」
「お前が気に入らない。気に入らないし、逆に考えろよ」
「……なにを?」
はあ、と。私は溜息を吐いた。予測できなかったのだろうか?
「そうすることで、助からなくなる奴もいるだろう?」
「誰の事を言ってるの?」
「忘れたなら、仕方ないな。交渉決裂だ」
言い切った後に、紫は私の首を切断してこようとしてきた。境界を操って、切断しようとしたのだ。が、わたしにだって境界は見える。
首をそらして、境界の範囲に入らないようにする。
「私を殺したら、お前の目的が達成できなくなるんじゃないか?」
「別に、貴方が死んでても生きていても、どっちでもいいわ。式をつけて、操ってしまえばいいのだから」
「ぺらぺらと……そんなに余裕なら、自分一人でやれよ」
「私ひとりじゃ、今の時代で境界を見つけることができないの」
「へえ、賢者にもできないことはあるんだなッ!」
相槌を打ちながらも、私は紫に蹴りを放った。それは軽々と受け止められてしまい、憐れむように笑われてしまったが、落ち着かせる事に意味があった。
「助けたいのって……お前の親友だろ?」
「……ええ、そうよ」
「お前が何をしたって、過ぎてしまった運命は変わらない」
「いいえ、変わるわ。知っているでしょう?」
……ああ、そうだな。過去を変えてしまったからこそ、こんな状況になったんだ。
やはり、コイツを口車に乗せるのは難しいか。
「考えたのだけど、助からなくなる人物って、小人の事でしょう?」
「……そうだけど?」
「そんなにあの小人の事を大事に思っていたなんて、意外ね。私が化けていたことも、すぐに見破ったし」
「ほっとけ!」
お前には関係ないだろう。しかし、いまだにこの状況から逃れる方法が、思い浮かばない。袋の中の鼠になってしまっている。
「お互いに譲れないものがあるんだ。間を取って、何もしないってのは?」
「残念、私はエゴイストなの。自分の望む方に進まないと気が済まない」
「自己中なやつめ」
「それじゃ、遊びを再開しましょうか?」
クソッ、結局、何も思い浮かばないまま、戦闘することになりそうだ。はっきり言って、私に勝ち目はない。便利な道具もないし、仲間もいない。騙すこともできないだろう。
攻撃に対応するために、構えていると、目の前にスキマが開き、標識が飛び出してくる。紫は、いたるところにある境界と境界をつなぎ、物や人物を転送させて、移動したり、攻撃したりする。
赤い三角形の、外の世界の標識だ。私の首めがけて突っ込んでくる。
間一髪でそれをしゃがんで回避する。そして、その標識を掴んで、ひっくり返す。
私はそれを掴んで、両手に持つ。
この状況を打破する方法が、一つだけ思いついた。それは、こいつを満身創痍にさせればいいということだ。そうすれば、自然と結界は崩れるだろう。
非常に厳しい戦いだが、できなくは、ない。か?
「来いよ。お前の力じゃ、私の命は奪えない」
「面倒ね、あまり動きたくないのだけれど」
挑発をしても、紫は一向に動かない。スキマを開いて、時々ちょっかいをかけてくる。まるで、何かを待っているように。なんだろう、いやな予感がする。
こちらから動くしかないか。私は駆け出す。
「そう焦らなくてもいいじゃない? 時間はたっぷりあるのだから」
「私にはやるべきことがあるんだ! この百年以内に、終わらせないといけないことがな!」
具体的に言えば、ラーメンを針妙丸に食べさせること。
手に持っていた標識を、思いっきり振りかぶる。紫の首を落とすように。
しかし、それは届くことなく受け止められる。
私は標識を手から離す。標識はスキマの中へと消えていった。
「じゃあ、少し動きましょうか」
そういうと、紫は傘を取り出した。先端を私に向けてくる。
私は後ろに飛んで距離を取る。背中を壁につけて、じっと紫を見続ける。
傘が開いて……何も起こらない、しかし、警戒はしないといけない。
傘が落ちる、と同時に、紫の姿が消えた。おそらくスキマを使ってどこかへ移動したのだろう。
不意打ちを警戒して、部屋中を見回す。だからか、私は背後にスキマが現れた事に気付かなかった。
「私メリーさん。今貴方の後ろにいるの」
声が出ると同時に、スキマから出てきた腕が、私の体を掴む。
まるで、少女がぬいぐるみを抱き抱えるように。
「ッ!? ……針妙丸に聞いたけど、それは無意識の奴の持ちネタじゃなかったか?」
「恐れているわね。心臓の鼓動が早まっている」
「……私は、死なんて恐れない。命なんて、いらない」
「それが遺言という事でいい?」
私は何も言わなかった。ただ、あるはずのない、救いだけを願って。
「さようなら、鬼人正邪」
結局、紫からすれば私は、有象無象の一つに過ぎなかった。
目を開きながら、
そう思って、動くのをやめていた私の体は、何か強い力に引っ張られた。
天井が目の前に現れ、床を背中にして、そして気付く。
結界が壊れて、壁が壊され、そのまま背中を引っ張られたのだと。
そして、こんな事をした奴は。
「清蘭」
「はは、随分な間抜け面だね。正邪」
どうしてここに、どうやってここに、なんだその格好は、とか。色々、色々聞きたかったけど、次に聞こえた音で、私は逃げる事を決意した。
「どうして、貴方が天邪鬼を助けるのかしら?」
そういうメリーの顔は、真顔だった。そして、両腕がなかった。
「困ってたから助けただけだよ。天邪鬼でも、天邪鬼じゃなくても私は助けてた」
「別に、助けてとは言ってないんだけどな」
「なにそれ、お礼とかないわけ?」
「天邪鬼のお礼、欲しいか?」
「いらない」
「酷いわ、仲間外れなんて」
いつの間にか両腕が元に戻っていた紫は、泣き真似をしながら、こちらに近づいてきている。
その足取りは、ふらついていて、だというのに、心の底から危機感を煽る。
「おい、清蘭。逃げるぞ」
「オッケー、応戦するよ」
「違う! 今の言葉は反対じゃない! 逃げた方がいいんだよ!」
「逃げさせない」
私の元に針が飛んでくる。一本一本が私の命を確実に奪うものだ。それが、凡そ八本ほど。
しかし、清蘭が手に持っていた銃で、弾かれる。
正確に言えば、銃についている剣で。
「なるほど、確かにこれは逃げた方がいいかも……」
「わかったら、さっさと……」
逃げるぞ、そう言いたかったが、どこへ逃げればいいのか、見当がつかなかった。
私達は、既に大量の針に囲まれていた。
空中に浮いているそれは、私達の体のあらゆる箇所に狙いを付けていた。
「ひっくり返せない?」
「……無理だ、ひっくり返しても、すぐに戻される」
「そ、じゃあ仕方ない。合図したら走ろう。前に走るよ」
正気を疑いたかったが、もうそれしか手段はない。信じるぞ、清蘭。
「どうやって切り抜けるのか、楽しみね」
紫はお気楽そうに言った。そして、私たちの元へ針が飛んでくる。
「バン」
清蘭がそう言った瞬間走り出したので、慌ててついていく。
目の前の針は、どこからか飛んできた銃弾に接触し、そして、地面へと落ちる。
「『異次元から弾丸を飛ばす程度の能力』だったかしら? 面白い能力よね、少し親近感も覚える」
目の前に紫が現れそう言った。清蘭はそんな能力を持っていたのか。
そして、清蘭は紫に切りかかった。
「アンタのスキマとは違うよ」
「でしょうね」
清蘭が横目で私を見る。
逃げろ、そう言っている気がした。
私は駆け出した。
「待ちなさい……」
紫はスキマを開いたが、スキマから弾丸が飛んでくる。
「そのスキマ、不良品みたいだね。今日はもう使わない方がいいんじゃない?」
「残念ねえ、誰か修理してくれないかしら」
清蘭が引き付けてる間に、私は逃げ出した。
走る、走る、走る。ただ、闇雲に走っているわけじゃない。
私は、この輝針城にある自室へと向かっていた。
八雲紫と敵対してしまった以上、私の身一つじゃ、何もできない。
私の部屋には、反則アイテムがある。道具は裏切らない。
外は、陽が落ちて暗くなっていた。灯りがなく、暗い城の廊下を走って、自室へと入る。
目的の道具があった。とにかく全部持って、外へ出る。
そして、その中の一つである折り畳み傘を手に持った。これは八雲紫が使っていたスキマを作り出す事ができる道具だ。
使い勝手は、あの女のものほど良くはないが。
折り畳み傘を振ると、目の前の空間に亀裂ができて、その亀裂はスキマとなった。
スキマの中に体を入れると、ちょうど清蘭の喉元に針が刺さろうとしていたので、私はまた別の道具、カメラを使った。
カメラに写り込んだ針は全て消えた。射命丸文が使っていた物と似た物だ。
そして、カメラの音で二人は私の存在に気づく。一人は笑顔を浮かべて、もう一人は失望を見せていた。前者が紫で、後者が清蘭である。
「どうして、なんで、戻ってきたの」
「逃げるとは言ったが、戻ってこないとは言ってないんでね」
「私の事なんて、放っておけばよかったのに」
「……何があったか知らないが、そういう奴ほどますます助けたくなる」
「綺麗な友情ね」
皮肉を込めてそう言ったのだろう。作り笑いである事なんて、秒で気付いた。
私はアイテムを提灯と陰陽玉に持ち替えて、
「さあ、遊びを続けよう!」と言った。
「紛い物の道具を手にした程度で、調子に乗らないで欲しいのだけど、そうも言ってられないか」
その通り。私は提灯に火をつけながら、陰陽玉を紫に投げつけた。
提灯は火を灯している間、死神が目を逸らしてくれる。そして、陰陽玉は、私と場所を交換してくれる。
つまり、私は無敵のまま、紫の目の前に現れた。
そしてそのまま、ぶん殴ろうとする。するが、私の事を警戒していたのだろう。すぐに背後に移動する。しかし、それは間違いであると言わざるを得ない。
紫の背後から、清蘭が銃についている刃物で、背中を突き刺した。刃物は体を貫通し、ついには先端が、紫の胸から突き出しているようだった。
紫は驚きの表情を浮かべた。
「私を警戒しすぎだ」
「……そうみたいね」
そう言いながらも、軽々と清蘭を引き剥がす。
「くたばれ、化け物」
「あら、酷いわ。この場の全員が化け物のようなものなのに」
全く、同感である。
提灯の灯火が消え、もう使えなくなったのを確認した後、私はすぐさまアイテムを持ち替えた。
今度は、人形と爆弾。
「諦めろ! 二体一で、アイテムだって私の手元にある!」
「どんなに時間が掛かろうが……私は必ず、救ってみせる」
「……あのさ、本当にその方法じゃないとダメなのか」
私は最後に、もう一度だけメリーに説得を試みる。
「それ以外に何があるのかしら? あの世界に関わってしまった時点で、詰んでいたのよ」
「聞くけど、あの女が、誰かを犠牲にしたおかげで助かって、素直に喜ぶと思うか」
「いいのよ、気付く事はないのだから」
「じゃ、もう一つ。親友が急に消えて、それっきり。もう二度と会えないってなったら、深い心の傷を負うだろうね」
「……それは」
明らかに迷いが見えた。このまま、押し切るしかない。すると、清蘭が口を開いた。
「私は部外者だから、何の話をしているのかは知らない。だけど、親しい、大切な人を失うって、本当に辛い事なんだよ。紫さん」
「……貴方達に何がわかる」
「私さ、お前がメリーだって本当に知らなかったんだ。メリーは、昔に死んだと思ってた。だけど、実際は目の前で生きてる。お前の親友だって生きてるかもしれないだろ」
「……貴方は本当にそう思うの? 蓮子が生きてるって。あんな目にあっておいて」
「思わないね」
「だったら何故!!」
「ひっくり返せばいいだろ」
メリーは言葉をなくす。少なくとも私にはそう見えた。
「……手伝うよ。鬼の世界に行くの。だけど、小人にも過去の私達にも、手を出すな。私にだって叶えたい願いがあるんだ」
期待を込めて、メリーを見つめる。
「……ありがとう、ごめんなさい」
メリーは戦う意志を無くしたようだ。それと同時に、人形の効果が消える。
メリーと話していた私は、姿を人形に変えて、メリーの背後に爆弾を持った私の姿が。
清蘭の驚いた声が響き渡る。
「ええっ」
「ごめん、説得できると思わなかったから」
「もう何でもいいわ。蓮子を救えるのならそれでいい」
疲れ切った声だった。メリーも考えて考えて考えた結果、こうなったんだ。
だけど、一人じゃ限界が来る。それが今だったわけだ。
「何はともあれ、一件落着かな?」
「そういえば、どうしてお前はここに?」
「なんか、亡霊のお姫様から手紙を貰ってきたよ。天邪鬼がピンチみたいな」
「あいつが? なんでそんな事知ってんだ」
「さあ? 死に敏感だからじゃない?」
「……死?」
疲れ切っていたメリーが、死という単語に反応した。
「お前の親友のことじゃないから。安心しろ」
「いや、そうじゃなくて、蓮子のことではあるんだけど、今、閃いた!」
「そ、そうなのか。まあ、元気で何より」
「早速行きましょう、幽々子の元へ!」
「今から!? それはまずいでしょ!」
「あー、私はもう寝るから。おやすみ」
「ちょ、正邪!? 紫さんを止めるの手伝ってよ!」
私は清蘭とメリーを置いて、自室へと戻っていった。
もうすぐで、全てが終わる。そんな気がする。
ただ、今は睡眠をとって、明日へ備えたい気分だった。