先祖:勘違い厄介強火夢女子
主人公:悪役令嬢なりきり厄介強火オタク
これは、私たち一族だけに伝わる物語。
私たち一族の、絶対にして唯一の使命。
あの結末を、最高の大団円に────
───この日をずっと、待っていました。
目の前に転がる、傷だらけで薄汚れた青年。鬼を連れた隊士。そして、我が一族が焦がれ続けたこの世界の主人公。
竈門炭治郎───
ホ。
(ホンモノですわ〜〜!!!)
何度も読み返してきた通りの、期待通りの姿に興奮が隠しきれなくなってしまう。表紙で色のついた彼をみたことはあったけれど、やはりホンモノには遠く及ばないもので。目の前の彼は呼吸をし、体温があり、生きている。現実とは、生命とはなんて尊いのでしょうか。
竈門炭治郎が主人公である、なんてことを知らない柱の方々は、ピリピリとした空気をまとっている。
それもそうだ。
このことは、私たち一族しか知らない。偉大なる祖先が遺してくれた、一族の原典──『鬼滅の刃』を読むことができ、そしてこの物語の結末を変えることに全てを捧げる私たちしか。
時は、約三百年前に遡る。
一族の祖である、偉大なる初代。彼女は別の世界の遠い未来から、奇跡的にこの世界にやってきた。彼女は誰よりも鬼滅の刃を愛した人間であり、誰よりも鬼滅の刃に愛された人間だった、と。日記にはそう記されている。
その証拠に。
彼女は黄泉の国を、次元を、時を、世界を越えて、この世界に降り立った。
鬼と鬼殺隊の存在を知り、彼女は自分が選ばれし者だと自覚したという。そう、この物語の終わりを、誰も死なない大団円に変えるという、偉大なる使命を背負った選ばれし者だと──!
こうして、我が団円一族は始まった。
初代はもともと別の世界の人間であったからか、我が一族は他の人間とは違う、不思議な力を手に入れることができた。初代は異世界から彼女の生前の所有物を手に入れることができ、その力で一族の原典を遺した。ある者は動物と会話し、またある者は他人の心を読んだ。
私は───
「いつまで寝てんだ、さっさと起きねぇか!」
竈門炭治郎が目を覚ました!真っ赤な瞳がなんとも美しい。
あぁ、始まる。裁判が、始まる。
目を覚ました平隊士に、九名の柱が視線を向ける。その中に、団円幸代はいた。ほの暗い黄金色の髪はしっかりと巻かれ、塗られた口紅はリンゴより濃く、纏うバラの香りはむせ返るほど。そして、キンと高く響く声と口調はまるで
「まあ、皆様とてもお優しいのね。鬼の首を斬ったあと、切腹でもさせるのかと思っていましたわ!あら、怒らないで。これも私の優しさですわ」
異国のおとぎ話に出てくる、意地悪な令嬢のようであった───なんて。
(わざとらしくはなかったかしら)
悪目立ちしないように、適度に茶々を入れる。柱になって以来、五年も温めてきた一言。
(噛まずに言えてひとまず安心ですわ)
あとは周りに任せていいだろう。
それにしてもやはり。かける言葉それぞれに個性がよく出ていて素晴らしい。信念のこもったセリフだ。初めて読んだ時はなんていじわるなのかしら、と憤慨したものだが、最後まで読み終え、そして鬼を狩る仲間として時間を共にしてきた今は、その意味を正しく理解できる。
「妹は…妹は俺と一緒に戦えます!鬼殺隊として、人を守るために戦えるんです!だからっ──」
もちろん、竈門炭治郎の言葉も。
「鬼がなんだって坊主?鬼殺隊として人を守るために戦えるゥ?そんなことはな…ありえないんだよ馬鹿が!」
不死川さんの言葉も。
(あぁっ!禰豆子さん…血が…!!分かっていても、耐え難い光景ですこと)
「ぷふっ……不死川さん、野蛮でしてよ〜!刺すのも斬るのも、首だけにすべきでしたわね」
竈門炭治郎の頭突きで倒れ込む不死川さんに一言かけるくらいなら話題にもならないでしょう。それに冨岡さんの言う通り、もうじきお館様がやってくる。
あの後、無事に柱合会議までの一通りを終え、原作とは少々違う柱合会議を迎えた。一族の目標に、主要人物全員の生存は不可欠だ。胡蝶カナエの死を阻止することは、その一歩であった。その結果起こるであろうズレや弊害をおさめることも、我が一族の使命である。
実際、胡蝶カナエは今も花柱として活躍しており、妹の胡蝶しのぶも無事蟲柱に就任し立派に蝶屋敷の運営に携わっている。他にも一族が介入した人物といえば……
霞柱──時透無一郎。彼に関しては少々ズレが大きいが、戦力には大差ないため許容範囲だ。いや、むしろ
「団円幸代」
お館様の優しい声に名を呼ばれ、意識が外へ向けられる。頭の中で喋りすぎてしまうのは、異世界の書物に触れすぎてしまった私の悪い癖だ。
自分が精鋭達に数えられているのがなんだかくすぐったい。私はそうあらねばいけなかったから、そうしただけだ。それが、生まれ落ちたその瞬間から背負っていた使命を果たすために必要だったから。必要なことは何だってする。
だから胡蝶カナエを生かした。
だから時透兄弟を生かした。
だから竈門一家を見捨てた。
それが我が一族唯一の使命だから。
彼女───泥柱、団円幸代という人間についての印象は、柱内でほぼ一致している。
一見お上品だが、口うるさくて、何を考えているのか分からない、気づいたらそこにいるような謎の多い変人。
「カナエさん、しのぶさん!ちょっとお時間よろしくて?」
「──幸代?あなたから話しかけてきてくれるなんて、随分久しぶりね」
今だってそうだ。帰り支度をする私たちに、高飛車に微笑みながら話しかけてきた。あの日以来、彼女が私を避けていたのは明白で、柱合会議で顔を合わせても目さえ合わせてくれなかったというのに。
「そうだったかしら?それよりも、お願いしたいことがあるんですの」
「なぁに?貴女のお願いだもの。私にできることならなんでも応えるわよ」
隣でしのぶが顔を顰めたのがわかった。私と幸代の関係を知っている妹は、どうやら彼女をよく思っていないらしい。時々二人だけで何か話をしていて、見かける度に姉として、友として、少し寂しさを覚えていた。そんな私の感情なんて知らないままに、幸代は話を続けた。
「今夜──いいえ今日から当分かしら?蝶屋敷に泊めてほしいんですの」
「うちに?別に構わないけれど……どこか、体調でも悪いの?」
「いいえ。貴女達、あの兄妹に同情していたでしょう?だから、もしもの時はワタクシが斬ってあげようと思って!鬼の、首」
「っ、あなたはっ」
しのぶを手で制し、変わらず微笑んでいる幸代に目を合わせる。
「───そう。分かったわ。アオイに部屋を用意するよう、伝えておくわね」
「ありがとう存じます。夕餉はすましてきますから、そちらもアオイさんにお伝えくださいな」
では、と会釈をし、こちらに背を向ける。その背中を見つめていたはずなのに、瞬きをした隙に幸代の姿は消えていた。
「〜〜っあの人は、本当に……!姉さん、泊めてよかったの?」
「えぇ。幸代の頼みだもの。断る理由なんてないわ」
しのぶは唇をとがらせて、ふいと顔を背けた。ここ数年で随分大人になったと思っていたけれど、やはりしのぶはしのぶだ。私の大切な妹。守るべき、妹。
胸に手を当てる。あの日、上弦の弐につけられた傷は、今も消えることなく残っている。幸代がいなかったら、私はあの時に死んでいただろう。
幸代が何を考えているのか、私には分からない。けれど、少なくとも私は、彼女を友人として慕っていた。確かに、歳も隊士としての経験も彼女の方が上だったが、ただ守られるだけではない、同じ柱として彼女の隣にいるつもりだった。
『カナエ。彼は上弦の弐──貴女では到底太刀打ちできない相手ですわ。今すぐ逃げて、振り向かず走りなさいっ!』
あの時、私は幸代の言葉を聞いて逃げればよかったのだろうか。幸代を、信頼してなかった訳ではないのだ。ただ、二人で相手をした方が、首を斬れる可能性が高いと思っていた。鬼殺隊の、ましてや柱が鬼に背を向けて逃げるなんて、有り得ないと思っていた。
『───カナエっ!』
幸代の言うことを聞かずに、あの鬼に刀を向けた私は、間違っていたのだろうか。
『どうして、逃げなさいって、私は……っ』
血飛沫が上がり、時間がゆっくりと進む世界で捉えた幸代の表情は、失望だったのか、はたまた───
幸代のことを、理解することはできない。何を考えているのか分からない。あの日の会話も表情も出来事も、確かに覚えているのに、幸代に関することを考えると上手く頭が回らなくなる。
明確なのは、私は彼女とまた、かつてのようにありたいと思っていること。
幸代は私のことをどう思っているのだろうか、なんて。やはりどうしても理解することはできないのだ。
「姉さん、またあの人のこと考えてるでしょ」
「うふふ、どうかしら」
行きつけの蕎麦屋で夕餉を済まし、蝶に迎えられながら屋敷の門を潜る。綺麗な名前の、素敵なお屋敷。
「失礼いたしますわ」
反応は返ってこない。
那田蜘蛛山の被害は甚大だった。突然泊まりに来た私が招かれざる客であることは否定のしようがないし、ましてや理由がアレではなおのこと。そもそも、生来私の声が遠くの誰かに届くこと自体稀なのだ。こればかりは、仕方がない。
以前はよく訪れていた場所だ。客間の位置も知っている。主人公一行の様子を確認したかったが、さすがに許可なしで病室を訪ねるのは気が引ける。今日は大人しく寝床につくとしましょう。
──翌朝、廊下で鉢合わせたアオイさんに心が痛むほど頭を下げられたので、今後はしっかり声をかけてから屋敷に入ることにした。遠慮のし過ぎも、時には迷惑に繋がるのだ。
「それにしてもアオイさん、少し身長が伸びましたか?」
「ほ、本当ですか?もう二年以上会っていませんでしたから、確かに……そう、かもしれません」
顔を赤らめて声を弾ませる姿がなんとも愛らしい。強気で真っ直ぐな性格であることは原典から知っていたが、私の前では礼儀正しく、年相応に背伸びをしたがる少女な姿を見せてくれる。私はカナエよりも年上で、身近な人間で一番年上だからだろう。
目的地である台所につき、手伝いを申し出たが丁重にお断りされた。忙しいだろうに、私の分のおむすびをこなれた手つきて瞬時に作ってしまう。
「団円様はゆっくりなさっていてください!しのぶ様は出かけてしまいましたが、カナエ様は今からお食事ですし、ご一緒に──」
「ありがとう存じます、アオイさん。ですが、隊士の方々への食事の配膳くらいは手伝わせてくださいまし。気が動転していて、暴れる方もいらっしゃるのでしょう?」
「……それは、そうですが……では、お願いします」
分かりやすく落ち込むアオイさんを見ていると、弟のことを思い出す。あの子も、こんな風に目を逸らして眉を下げて落ち込んでいた。
「心配はご無用ですわ、アオイさん。カナエとは喧嘩しているわけではありませんの。私の不徳の致すところ、としか言えませんが……貴女が気を落とす必要は、ありませんのよ」
安心させるように頭を撫でると、耳を赤くしてしまう。本当に、かわいい子だ。もう少しアオイさんのかわいさを堪能していたかったが、こちらへ向かう足音が複数。
「おはようございます、アオイさん!」
「おはようございま──あ!団円様!」
「わ〜!本当だ!お久しぶりです団円様!」
きよさん、すみさん、なほさん───蝶屋敷で様々なお手伝いをしているかわいらしい三人娘のご登場である。私を囲み、雛鳥のように各々が話しかけてくる。その姿があまりにもかわいらしいため、頬を緩ませ耳を傾けていると、こほんと咳払いが一つ飛び込んできた。
「んんっ……今朝の配膳は団円様がお手伝いしてくださるそうです!ほら、患者の皆さんが待ってるんだから、早く持っていかないと!」
「あっ、そうでした!」
「はーい!」
「なほちゃんきよちゃん、行こ!」
指示に素直に従う、本当にいい子達。
さて───もう一組、良い子達三人組の様子をそろそろ確認したい。アオイさんが食事台に並べたお盆を三つ、二つは両の手に、一つは二の腕の上に置き持ち上げた。
「アオイさん、私はあの三人を担当させていただいてもよろしいかしら。ほら、鬼を連れていた」
「あぁ、あの。かまいませんが……一人、すごく暴れる方がいるので、気をつけくださいね」
「えぇ。お気遣いありがとう存じます」
アオイさんも、薬の服用の確認のために後程足を運ぶという。それまでの間、私が焦がれてやまなかった三人との会話を楽しませていただきましょう。
昨日は日が沈まないうちに眠りについたせいか、随分と早い時間に目が覚めてしまった。伊之助はらしくもなく布団の上でじっとしているし、善逸は喚いていたのが嘘のように静かに眠っている。慣れない空間だが、先日の那田蜘蛛山で過ごした夜よりは、当然ながら心地が良い場所だ。禰豆子はどうしているだろうか、あの酷い性格の柱の人は俺の頭突きに苦しんでいるだろうかなど、とりとめのないことを考えながら夜明けを待っていた。
微睡んでいたのは、間違いない。
「おはようございます」
しかし、この距離まで人の気配を───匂いを一切感じなかったのは、これが初めてだった。
「わーっ!?お、おはようございま……す……」
「あら。寝坊助さんがひとりいらっしゃるのね。仕方のない子ですこと」
突然現れた女性は、伊之助と俺に食事が並べられたお盆を渡し、善逸の布団に腰掛けた。そして、真っ白な右手を善逸の顔の前に持っていき───
「あ゛き゛ゃ゛あ゛ッ!!!!」
弾いた指でそのでこを撃った。到底指とおでこがぶつかって発生するものではない衝撃波が、隣の布団にいる俺にまで届いてくる。
何だ、この人は。
この女性は一体何者なんだ。善逸が痛がっているのに、どうして俺は体を動かしたり、声を出したりすることができないんだ。
「おはようございます、我妻善逸さん。朝餉の時間でしてよ」
悶えている善逸を無視して、彼女は善逸の朝食を布団に置いた。
「さあ!皆様ごきげんよう。アオイさんが丹精込めて作った朝食です。よく噛んで、お召し上がりになってくださいまし」
丁寧な口調だが、表情と声の抑揚は高飛車な雰囲気を醸し出している。相変わらず、彼女から感情の匂いやその人特有の匂いはしない。微かに花の───バラの香りだけが辺りに漂っている。
「ほら、何を呆けているんですの?せっかくの温かい白飯が冷めてしまいますわよ!」
有無を言わせない雰囲気の女性に圧倒され、促されるがままにお箸を手に取ってしまった。食事を始めた俺たちを見て満足したのか、彼女も奥の布団に腰かけ、懐から出したおにぎりを口にし出した。
重苦しい空気のまま、皆の咀嚼音だけが部屋の中に響く。善逸、伊之助、俺の順で箸を置いた。空気は悪かったが、素朴な優しい味でとても美味しい朝食だった。
「……全員食べ終わったようですわね。もうじきアオイさんが今日の薬を処方しにきますわ」
隣の善逸がビクッと体を震えさせた。随分と苦いらしい薬への拒否感もあるだろうが、それ以上に、この女の人への恐怖の匂いがする。
「た、炭治郎ぉ……この人変だよぉ……音が、音がしないんだよぅ……」
「善逸もか?俺も、この人からは匂いを──」
「あら、私の前で内緒話ですの?」
「!?」
まただ!また何の気配も感じないまま、彼女が突然視界に現れた。奥の布団に座っていたはずの彼女が、俺と善逸の布団の間で腕を組んで立っている。
「あなたは……」
「覚えていませんの?全く失礼ですこと!あなたとは会ったことがありましてよ、竈門炭治郎さん」
俺が、この人と?こんな人と会った記憶は───
「柱合会議でお会いしたばかりですのに。我妻善逸さんと嘴平伊之助さんとは初めてですし……まあ、仕方ありませんわね」
柱合会議?柱合会議には、お館様と、女の子たちと、隠の人たちと、後は、柱の人たちが───
「私は団円幸代と申します。鬼殺隊の泥柱、と言えば、思い出してくださるかしら?」
まあ、思い出しはしないでしょうね。それが私の能力ですから。
いい子くん達がご飯を召し上がる姿はなんともまあかわいくて、思わずじっと見つめてしまった。ですがきっと、それすら三人は気づかないでしょう。
我が団円一族が持つ、特別な力。
私に与えられた力は、このように───存在を認識されにくくなるというものである。
書物で見た素敵な言葉で表すなら「認識阻害」、気取らずそのままに表現するならば「影が薄い」
たったそれだけの力だ。
「柱───柱!?」
炭治郎さんも、あの濃い面子の中にこんな者はいたか、という表情で私を見つめている。突然現れ偉そうに振る舞い、挙句暴力にまで手を出した女が、柱を名乗り出したのだ。当然の反応であろう。
「おはようございます!朝のお薬の時間ですよ!……団円様、お手伝いありがとうございました。後は私一人で大丈夫です」
キリッと引き締まった表情で登場してきたアオイさんだが、私と目を合わせると少しそれを和らげた。なんてかわいい子なのかしら!
しかし、もう時間切れか。
「そうですね。私には薬学の知識は全くありませんから……ですが、随分と失礼なこの子達を押さえつける程度なら、お力になれますわよ」
「え……?」
突然攻撃的な発言をした私に、アオイさんは困惑した表情を浮かべた。気にせず意地悪な言葉を述べ続ける。
「一人は弱っていますが……片やアオイさんの仰っていたギャーギャーと大声で喚きあばれる無礼者、片や───
鬼を連れた頭のおかしい狼藉者。
アオイさんだけに任せるには、いささか信頼のおけないものばかりでしょう」
見下すように言葉を吐き捨てると、炭治郎さんの顔が歪んだのが分かった。
予想どおり、釣れた。
ここで主人公陣営に私という存在を覚えさせねばならない。覚えてさえくれれば、それが悪感情由来の記憶であろうと構わない。
物語に入り込む隙を、私は作らないといけないのだ。
「もし彼が妹だとかいう鬼の血気術にあてられているようでしたら、私が対処してさしあげます。もちろん、悪鬼の首も、ね」
「っ!!妹は───」
「はい、そこまでよ」
決して大きくはないのに、届くべき人に必ず届く、芯のある声。私には決してできない芸当だ。
「……カナエさん」
振り返ると、いつもの柔らかい笑みを浮かべたカナエが、部屋の入口に立っていた。
「ごめんなさいね。幸代は時々、物凄く意地悪なことを言うの」
「本当に意地の悪い発言でした!!俺と禰豆子はれっきとした兄妹ですし、俺の頭はおかしくない!!」
「あぁもう……はぁ……」
頭に手を当て大きなため息を吐き、カナエの登場に対しての不機嫌さを訴えかけてみる。アオイさんの前でこんなに感情を表に出したことはないからか、彼女は不安げな表情で私を見つめていた。
「私を蚊帳の外にしてこんなに動き回るなんて、ひどいわ」
「……えぇ。館の主人である貴女への挨拶を欠いていたことは、私の失態ですわ。非礼を詫びます」
詫びの言葉とともに下げた頭を上げると、切なそうな顔で私を見つめているカナエと目が合った。
カナエが私を大切に思ってくれていることは、とうの昔から分かっている。だからこそ、私は貴女とはいられない。あの日のことが脳裏に浮かぶ。
登場人物が、私を庇って怪我を負うなど、あってはならないことだった。
庇われるほど弱くないと、その信頼を得られなかった私の落ち度。優しいカナエが私を守ろうとする限り、私はカナエの傍にはいられない。
「……貴女にも、貴女なりの考えがあるのよね、幸代」
「さあ。少なくとも、カナエさんのように鬼との共存なんて甘い考えは持ち合わせていませんわね」
「幸代……」
何か言いたげなカナエを無視して、蚊帳の外だった三人から空の食器を回収する。大人しい伊之助さん、怯えている善逸さん、そして真っ直ぐな敵意を隠そうともしない炭治郎さん。彼らは私に悪感情を、カナエにはいい印象を抱くに違いない。カナエと三人がどのような関係になるかは未知数だったが、良い関係を築いてくれそうだ。
ご機嫌ついでに、トドメの一言を置いていこう。
「竈門炭治郎さん」
「はい!何でしょうか!!ご飯、は!ありがとうございました!!」
本当に、どこまでも真っ直ぐな子。
「お館様と、ここの主人のカナエさんが認めている以上、蝶屋敷にいる間は貴方の妹さんの存在を許しましょう。ですが───このまま、貴方が弱いままであれば、私は鬼殺隊としての責務を果たしますわ。認められるには、それ相応の強さが必要です。お分かりかしら?」
互いに目を逸らさずに、意志をぶつけ合う。
「……分かっています。俺は強くなって、鬼舞辻無惨を、倒します!そして禰豆子を、妹を人間に……!」
強く握りしめられた拳と、真っ直ぐに私を見つめるその瞳から、確かな覚悟を感じた。これで十分だろう。彼らは私のことを覚えたはずだし、機能回復訓練に私が混ざってもいい流れができたはずだ。
何より、私が何度も見返した、大好きな物語の主人公の姿がそこにはあった。
眩しい人。
「はてさて、弱者の戯言で終わらなければいいですけど」
内心とてつもなく感動しているが、悟られないよう高慢ちきに嘲笑って背を向ける。背中に敵意が刺さるのも無視して、どこか怯えるような、悲しそうな表情のアオイさんと目を合わせた。
「お仕事の邪魔をして申し訳ないですわ、アオイさん。おにぎり、とても美味でした。残念ながら今晩は任務で不在ですが、また明日。貴女の作った料理をご馳走になれたら……とても嬉しく存じます」
「だ、団円様……はい。任務、どうかお気をつけて……」
その声に、いつもの快活さはなかった。
一度染み付いた悪い印象というものは、そう簡単には拭えない。しかし受け入れられないという悲しさを、相手に押し付けるのは愚者の行いだ。仕方のないことだと、飲み込まないといけない。
一族の使命に、登場人物に好かれることは必須ではない。むしろ、あまり近づくべきではないとすら思っている。その上で──私のわがままで、彼女たちとの距離を縮めていたのだ。大部屋を出て、頭を整理する。
物語はとっくに始まっている。
これからも私は選択に迫られ、沢山のものを切り捨てていかねばならないだろう。
それでも、この先に彼らの幸せがあるというのなら。
私はハッピーエンドの奴隷になってみせよう。
主人公がお嬢様ロールプレイをしているのは、濃いキャラじゃないと人に覚えてもらえない、かつ漫画で読んだ悪役令嬢への憧れが理由です。