厄介強火ハピエン厨一族   作:ばぶ美

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解釈違い───厄介オタクに欠かせない、必須スキルの一つである。



第二話 解釈違い、ですわ!

 

煉獄杏寿郎。

 

鬼殺隊において、彼の存在はとてつもなく大きい。一般隊士からも、柱からも慕われている彼は

 

 

 

数ヵ月後には、命を落とす───

 

 

 

ことになっているが、そんなことにはもちろんさせない。

 

既に作戦は立てている。この作戦に竈門炭治郎御一行は組み込まれていないが、だからこそ、彼らが予想外の危機に見舞われる可能性は極力下げなければならない。

 

というわけで。

 

 

 

 

 

「おーっほっほっほ!!この程度ですの?じゃれつく猫の方が俊敏なのではなくって??」

「んぐぐぐぐぐ……」

 

鼻の効く炭治郎さんにとって、このキツイ香りを放つ薬湯は随分と辛い代物だろう。ましてや、そんなものを頭から被れば……

 

「あなたは少々頭がおかしいように思えますから、ちょうど良かったですわね!おーっほっほっほ!」

「ぐぎぃーーっ!!もう一度!!お願い!!します!!」

 

顔を真っ赤にしつつも、決して逃げることはしない。こんないい子に容赦なく薬湯をかけるのは、心が痛むというものですわ。なんて。

 

「そういうところですわよ、竈門炭治郎さん?闇雲に挑んでも意味があるとは思えませんわね。もっと視野を広く、持つべきではなくて?」

「っ……視野を……広く……!すぅーー、はぁーー……よし!もう一度、お願いします!」

 

なんて素直なのかしら!私にも彼と同じ年頃の弟がいるが、あの子には炭治郎さんのような素直さが欠けている。

 

 

「始め!」

(いい子なのだけれど、どこか擦れているのよね……炭治郎さんと仲良くなれば、少しは……いいえ。あの子は鬼殺隊を嫌っているから、無理な話ですわね)

 

弟のことを考えながらも、反射で手を動かし続ける。一朝一夕で視野を広くすることなんてできない、が、だからこそ日々の訓練をするのだ。視野を広げることに気を取られすぎたのだろう、その隙をついてまた彼に薬湯をかける。

 

「おーーーっほっほっほっ!先程よりも追いつけていましたが、咄嗟に動けなければ意味はありませんのよ!判断力も集中力もまだまだ足りていない証拠ですわ!」

「むきーーーっ!!もう一度!!」

「ふぅ……愉快すぎて疲れましたわ。今日はここでお暇させていただきます」

 

このまま訓練を続ければ、広い視野で相手の動きを捉え、どの角度からの攻撃も反射的に対応できるようになるだろう。

 

炭治郎さんの挑戦状を無視し、体を伸ばす。私には一滴も薬湯はかかっていないのだが、何故か差し出しされた手ぬぐいをアオイさんから受け取り、首にかけた。

 

「ありがとう存じます、アオイさん。今日も訓練の邪魔をしてしまって……ご迷惑では、ありませんでしたか?」

「いえ!団円様のご助力、ありがたく思っています!」

 

アオイさんらしいハキハキとした返事に、安心してしまう。

 

───あの日から、機能回復訓練が始まるまで、アオイさんとの関係は随分とぎこちないものであった。避けられたり無視されたりということはないものの、私が近づくたびにほのかに怯えられ気を遣われる窒息感は、なんとも居心地の悪いもので。

 

しかし───機能回復訓練が始まってからというもの、彼女は突然私への態度を軟化させた。むしろ以前よりも生暖かい、どこか憧れすら感じる目線を向けられている気がする。

 

(怯えられるよりはまし、なのかしら……)

 

こうもキラキラとした目線を向けられるのは、どうもむず痒い。私にとっては、登場人物たちこそが憧れの人物だったのだ。

 

納得していない様子の炭治郎さんだったが、薬湯まみれで他の訓練に戻るわけにもいかず、大人しく解散に従ってくれた。マットの片付けは炭治郎さんと蝶屋敷の良い子三人に任せ、私とアオイさんは、二人で湯のみや汚れた手拭いを運ぶことになった。

 

先に湯呑みを流しに置き、手ぬぐいの洗濯へ向かう。

 

「団円様、今日の夕食はこちらで召し上がっていかれますか?立派な茄子が手に入ったのですが……」

「あら、それは素敵ですわね。ですが今晩から実家に顔を出そうと思っていますの。残念ですわ」

 

もう二週間以上実家に帰っていない。父と計画の確認もしたいし、姉離れをしていない弟のご機嫌も取らなければいけないため、どうしてもそろそろ帰らねばならないのだ。

 

「そうですか……」

 

しゅん、と肩を落とすアオイさん。

 

こうもあからさまに凹まれると、やはり調子が狂ってしまう。以前も私には懐いてくれていたけれど、妹のような距離感から、キネマ俳優の熱心な愛好家のような距離感になってしまった。一体、アオイさんの中で私はどうなってしまっているのかしら。

 

「ん、んー。アオイさん」

「! はい!」

 

こういうのは、直接聞いてしまうのが簡単で確かなものなのだ。

 

「最近……私のことをとても慕ってくださっていますわね。ありがたく思っております。ですが私、アオイさんに慕っていただけるようなことをしたかしら……何か、勘違いされているのではなくて?」

「……ば、バレていましたか?恥ずかしい……」

 

私も自信家のようで恥ずかしくてよ、とは言えない。しかし、気になることは放っておけない性分だ。

 

この小さな疑問が、後の展開に大きな影響を及ぼすかもしれない───私は常に、そう疑って生きてきた。

 

耳まで真っ赤になったアオイさんは、口ごもりながらも教えてくれた。

 

「───カナエ様と、お話したんです」

「カナエと?」

 

手ぬぐいの入ったタライに水を張りながら、会話を続ける。

 

「正直に言うと、炭治郎さん達に対する団円様の振る舞いが、私たちに対するものとあまりにも違っていたから……あの日以降、少し怖かったんです、団円様のこと」

 

水が溢れる前に蛇口を閉める。薬湯の緑色が、ジワジワと澄んだ冷水に滲み広がっていった。

 

「でも」

「でも?」

 

 

「団円様は、意味もなくあのような態度をとるお方じゃないって……そう分かっていたので」

 

 

手ぬぐいをこする手をとめ、顔を上げた。私の正面で手ぬぐいを絞り下を向いている彼女の顔は、見えない。

 

「機能回復訓練が始まって、訓練に付き合ってくださる団円様を見て、やはり何か考えがあるのだと思いました」

「……そんなこと……」

 

私の手が止まっていることに気づいたのか、顔を上げたアオイさんと目が合った。

 

「ですが、私には団円様のお考えを理解することなんて難しかったので。カナエ様と、お話したんです。私よりカナエ様の方が、団円様のことをよく知っているはずですから」

 

 

原典に登場する人物が、幼い頃から私の憧れだった。

 

そうだ。アオイさんは、とても真っ直ぐで綺麗な瞳の人だと、初めて頁をめくり彼女を目にした時、幼い私はそう思ったのだ。

 

その瞳が今、私をじっと見つめている。

 

 

「カナエ様が仰っていたんです。団円様の考えていることを理解するのは難しいけど───でも団円様は優しい人だから、きっと炭治郎さん達のためにあんな振る舞いをしているんだって」

 

 

否定することができなかった。ただ、聞いているだけの私に、アオイさんは言葉を続けてくれる。

 

 

「……私も、患者の皆さんに元気になってほしいから、可愛げがない態度をよくとってしまいます。私の場合は性格もあるけど……でも、団円様もそうなんじゃないかなって、思いました」

 

 

薬湯のキツイ香りのせいだ。鼻の奥がツンと痛むのは。

 

 

「団円様の意図を完璧に理解することはできませんでしたが、団円様、お忙しいのに訓練にたくさん顔を出してくださいますし、バカにするフリして助言してるし」

 

 

「そういうところが、素敵だと……思って……」

 

 

突然言葉をとめ、アオイさんは下を向いた。静止した水面に反射する顔は真っ赤だ。

 

「こほん。言っておきますが、私は炭治郎さんの妹さんが悪鬼であると判断したら、本当に首を斬るつもりですわよ」

 

二人して手ぬぐい洗いを再開する。水がやけに冷たく感じた。その冷たさが、私の身体の熱を冷まし、一つの可能性に思い至らせる。

 

 

「……あの、アオイさん。一つお尋ねしてもいいかしら」

「なっ、ななな、何ですか!」

 

「もしやとは思いますが……私がカナエと喧嘩しているわけじゃないと言ったこと、カナエに話してしまわれました?」

「は、はい!……だ、ダメでしたか……?」

 

 

しまった。

 

 

「いいえ、構いませんわ。さて、そろそろ私は帰省の準備をしてまいります。残りは任せてもよろしくて?」

「もちろんです!お手伝い、本当にありがとうございました!」

 

キリよく手ぬぐいを絞り終えたところで、立ち上がる。

 

薬湯の染みは、綺麗さっぱり消えていた。

 

「団円様!茄子、漬物にして残しておきますから!」

 

会釈をして、足早に去った。洗濯をして手先から体は冷えたはずなのに、どこか熱を感じる。こんなの、私ではない!

 

 

(なんて、なんて恥ずかしい!私ったら、アオイさんにあんな風に思われるような振る舞いをしていたなんて!)

 

 

一族の能力は、その詳細を完全に自覚できるわけではない。手探りで、自分で理解するしかないのだ。そして私の能力は、人から認識されにくくなると同時に、私に対して得体の知れなさを抱かせる効果がある。

 

 

つまり私は、影が薄く、理解のできない、なんとも気味の悪い存在なのだ。

 

 

アオイさんが私に対して恐怖を抱いたのもその影響、寂しいとは言え慣れていたし、本当に仕方のないことだった。それが───

 

 

─── 団円様は、意味もなくあのような態度をとるお方じゃないって……

─── でも団円様は優しい人だから、

─── そういうところが、素敵だと……

 

 

廊下の途中で足を止める。顔は赤くなっていないだろうか。泥柱団円幸代は、こんなことで照れたり恥ずかしがったりしないものだ。偉そうにふんぞり返り、周りに振り回されるなんてことはなく。

 

 

 

 

ましてや、理解されて嬉しいだなんて。

 

そんなの、思っていいわけがない。

 

 

 

 

(……失敗だった。炭治郎さん達に会えて、興奮していたのね)

 

アオイさんに、言わなくてもいい事を言ってしまったし。心のどこかで、私も物語の世界の一員になった気でいたのかもしれない。

 

傲慢だ。私は部外者でしかない。

 

あの人たちは、物語の登場人物であり、今を生きる人間だ。私は、前者には当てはまらない。ただの、大正時代を生きる人間。

 

もっと、登場人物への理解を深めないと。距離感を間違えてしまう。

 

カナエとの一件で、分かっていたつもりだったのに。

 

 

機能回復訓練に参加する以上、アオイさんとの接触は避けられない。何より、まだ子どもらしい一面を持ったアオイさんを避けるのは心が痛む。今が一番、熱を持った時期だろう。徐々にそれが冷めることを待つしかない。

 

 

……私を好いて、彼女たちが得することなんてひとつもない。

 

 

私が初代の遺してくれた書物の主人公のように、鈍感で感情の機微に気づけない人間だったら良かったものの、生憎と人の性格を解釈する癖のせいで、そうはいかない。

 

カナエからの友愛も、アオイさんからの憧憬も、理解している。

 

 

その上で───それは私にはいらないものなのだと、私は判断する。

 

 

……頭の中で喋りすぎてしまうのは、私の悪い癖だ。悶々としながらも足は進めていたようで、客間の前まで来ていた。風呂敷に衣服やコロンをまとめ、ひょいと背負う。

 

 

少し早いが、蝶屋敷にいると考えすぎてしまうだろうから、もう出発してしまおう。館の主人であるカナエに挨拶はすべきだが、今は顔を合わせたくない。

 

客間の窓を開け、きっと木陰で待機しているであろう私の鎹鴉へ声をかける。

 

「白菊さん、いらっしゃるのでしょう?」

 

藤の木から、一羽の真っ白な鴉が私の肩へとまった。

 

「幸代さん。えぇ、白菊はここにいますとも」

「ありがとう。実は今日から実家に帰るのだけれど、カナエにその旨を伝えてほしいの。頼めるかしら」

 

白菊さんは世にも珍しい真っ白な鴉である。目立たない私の代わりに、うんと目立って存在を周りへ伝えてくれる、大切な相棒だ。書物によると、彼女はアルビノというものらしい。なんとも胸をくすぐるカッコ良さだ。

 

「えぇ、構いませんよ。でも、カナエさんは幸代さんが直接伝えた方が喜ぶでしょうね」

「う……意地悪はやめてくださいまし」

 

私の方が長く生きているはずだが、鴉の物差しで考えた場合、白菊さんは私よりも少し年上になるらしい。長女である私にとって、姉のような存在。

 

「頼みましたわよ」

「えぇ」

 

白菊さんが飛び去るのを見送って、私も玄関へと向かった。白菊さんは気が利くから、私が屋敷を発ってから、カナエの元へ向かうだろう。

 

 

 

 

ところで。

 

能力の影響で、私は常に影が薄い。意識して存在を消すことは可能だが、意識して存在を目立たせることは基本的に難しく、コロンや派手な化粧、そしてこの口調で、精一杯存在を強調しているのである。

 

 

───つまり。常に影が薄い私を避けるということは、どんなに意識していても難しいということなのだ。

 

 

「っ!団円さん……」

「あら。しのぶ、ごきげんよう」

 

蝶屋敷に滞在して数週間、しのぶは精一杯私を避けていたようだが、私は神出鬼没だ。顔を合わせるのは八度目である。

 

「まあ、あからさまに嫌な顔をして。傷つきますわ」

「……そんな繊細な性質ではないでしょう?ふふ、お帰りですか?どうぞどうぞ」

 

笑顔を顔に貼り付けたまま、扉を開けて私に帰宅を促す。原典の胡蝶しのぶの振る舞いに近いが、カナエが存命だからか、感情的な一面が隠しきれていない。

 

「いえいえ。ちょうどよかったですわ。お話したいことがあったんですの」

「……あの件なら、私は何度もお断りしたはずです。私が頷く日は来ませんから、いい加減諦めてください」

 

感情的な一面が、更に濃くなる。冷静な口ぶりとは正反対の、怒りと不快感を含んだ声。

 

そうだ、これでいいのだ。

 

「感情に任せて、鬼を狩る機会を失ってもいいと、そう判断なさるのね」

「っ!違う!そんな方法は間違ってるって言ってるの!」

 

原典とは違い、しのぶはカナエさんのようになる必要はなかったはずだった。昔のような気の強いしのぶを見ると、カナエの生存を実感して少し安心する。

 

「そうかしら。実に合理的な考えでしょう」

 

 

 

「そんなわけないわよ!藤の毒で自分自身を鬼への対抗手段にするなんて!そんなの、私は絶対に認めないから!」

 

 

 

 

その言葉が聞けて、なによりだ。

 

 

 

 

私は私らしい高慢ちきな笑みを浮かべ、呆れたように首を振ってみせた。

 

「そうやってすぐ感情的になるところ、変わっていませんわね。全く理解できませんわ。ただ鬼の養分になるよりも、最期に一矢報いた方が無念も晴れるというものではなくって?」

「……あなたは、変わってしまいましたね。私に毒の知識を与えてくれたことは、感謝しています。ですが、その考えは絶対に認めません」

「そう。気が変わったらいつでも仰ってくださいな。弟の薬学への知識と、しのぶの藤と鬼への知識があれば、必ず作り上げることができるでしょうから」

 

強い敵意を感じながら、しのぶの横を通り過ぎる。天気は相変わらずの快晴だ。

 

「では、ごきげんよう」

 

陽光を背に受けた私の顔を認識することは、きっとしのぶにはできないだろう。しかし、私から見たしのぶの表情は、実に不快そうなものだった。

 

 

 

 

 

 

大団円を迎えるため、私は幼い頃から何をすべきか常々考えていた。

 

カナエを救うために、彼女の傍に張り付き、時透兄弟を救うために、あまね様の護衛を買って出た。

 

元々、私はカナエを無傷で救うことを目標としていたため、胡蝶しのぶの成長が足りなくなるのでは、という懸念はずっとあった。

 

しかし、私はカナエを守りきれなかったし、傷ついた姉を目の前にしたしのぶは、鬼への怒りを募らせ、強くなることを決意した。

 

目を覚まさない姉の前で、まるで原典の胡蝶しのぶのように振る舞うしのぶを見て、私は私の失敗がもたらした影響の大きさを理解した。しのぶが強くなる方法は用意していたし、そもそもしのぶが柱にならず、ただの感情家な女の子でいられる方法も考えていたのだ。

 

 

かつてのしのぶは、姉と仲がいい私を慕ってくれていたから、身近な柱である私を頼ってきた。だから私は、弟に頭を下げ、しのぶに藤の毒という武器を与えたのだ。

 

 

そして、彼女が怒りに身を任せ自暴自棄になることがないよう、釘を刺した。

 

 

 

そう───原典の胡蝶しのぶが思いついた、悲しくて切実な攻撃手段。自分自身を毒で蝕み、吸収されることで鬼を退治する───言わば自爆だ。

 

 

 

これを、しのぶが思いつく前に彼女に提案した。

 

 

 

二ヶ月もの間昏睡状態だったカナエが目覚める、直前だった。藤の毒の知識を吸収し、実用化に向けて鍛錬していたしのぶの努力を踏みにじる提案だった自覚はある。

 

だがその時は、いつ目を覚ますか分からない姉の前で、笑みを張りつけながらも怒りに操られているしのぶが、この考えに至る前に止めることが何よりも優先すべき事項だったのだ。

 

案の定、しのぶは大いに反対し、私の提案を突っぱね、私という存在に対しても嫌悪感を示すようになった。

 

当然だろう。姉を守れなかった女が、鬼殺隊士の命すら軽んじてきたのだ。

 

カナエが目を覚まし、私が彼女を避け始めてからも、しのぶには定期的に釘を刺し続けている。少しの気の迷いも許してはいけない。

 

 

これが、団円一族のあるべき姿だろう。

 

 

しのぶとのやり取りは、私にそれを思い出させてくれた気がする。アオイさんの言葉に心を動かされかけた私は未熟者だったのだ。

 

もし、好かれることで展開を変えられるなら、私はなんだってする。しかし、意味もなく好かれようなどという自己中心的な偽善は、もう表に出さないようにしよう。

 

私の全ての行動は、ハッピーエンドのために。

 

 

 

 

 

 

 

 

「姉さん!」

「あら、しのぶ?どうしたの、そんなにぶすくれた顔をして」

 

医学書に目を通していた姉の邪魔になる自覚はある。それでも誰かに聞いてもらわないと、感情の制御ができる気がしない!

 

「団円さんよ!あの人、私本当にイヤ!早く家に帰ればいいのに!」

 

姉さんの正面にある椅子に勢いよく腰掛ける。意味がないとは分かっているが、胸のモヤモヤが抑えきれず、手を握りしめてしまう。

 

 

小さな私の手。

 

 

嫌いで堪らなかったこの手で、鬼を退治する方法を与えてくれた人───それが、団円幸代だ。

 

私の、私たち姉妹にとっての、大恩人。

 

 

拳を握る力をゆるめ、顔を顰めている私に、姉さんはいつも通りの微笑みを向けていた。

 

「そうなの?さっき、白菊が幸代は実家に帰ったって伝えにきたわよ」

「え……」

 

確かに、任務に向かうには大荷物だった。しかし、玄関で顔を合わせたにも関わらず、彼女は私に何も伝えずに帰ってしまったのか。

 

「ふふ、いざ帰っちゃうと寂しいのよね」

「ち、ちがっ!」

「大丈夫よ、少し顔を出すだけですって。まだ蝶屋敷に滞在するでしょうから」

「なっ、姉さん!からかわないでよ!」

 

責めるような目線を向けても、姉は優しく微笑むだけだ。

 

 

そんな、いつも余裕に溢れていた私の姉が、血塗れになって帰ってきた時を───私はきっと、一生忘れない。

 

あの時の怒りと、両親を奪われた時の怒りが、私の鬼を退治する原動力だ。

 

そうだ、どれだけ姉の真似をして大人びた言動を心がけても、私の芯にあるのは、激しい怒りである。怒りのまま強くなることを決意し、怒りのまま藤の毒の研究に没頭し、怒りのまま鍛錬に励んだ。

 

姉さんが目を覚まさず、もう二度と目を開けないのではないかと不安で堪らなかったあの頃の記憶は、どうも曖昧である。今よりも怒りに心を支配されていたからだろうか。

 

それでも、あの人が───団円さんが、悲しそうな顔で私を見つめていたことは、思い出せるのだ。

 

あの人の顔なんて目の前にしても朧気で、似顔絵すら私は描けないだろうけど。あの頃は、あの人の前でだけは、少しだけ、怒りを鎮められた。

 

 

姉さんと同じ女性の隊士で、姉さんと同じ、私の憧れの人、だった。

 

 

 

あの言葉を、聞くまでは。

 

 

 

『しのぶ。摂取し続けることで、自らの体すらも鬼に効く毒に変えられる薬は、作れまして?』

 

寝不足が原因の聞き間違いかと思ったが、今までとは異なる冷たさを孕んだその表情が、これが聞き間違いなどではないと訴えていた。

 

『無意味に死ぬことが、許せないのですわ。私は、一匹でも多くの鬼を、この手で……』

 

ずっと自信に溢れていて、高慢だがそれに見合う実力を持ち合わせていて、誇り高くて───

 

『最期まで誇り高き鬼殺隊士でいたいんですの』

 

 

 

 

そんな誇りならば、捨ててしまえばいい。

 

 

 

 

「ねえしのぶ。私の話も聞いてくれる?」

「なぁに、姉さん。姉さんはあの人に優しすぎるのよ。庇う言葉なら、もういらないから」

 

姉さんはいつもニコニコとしているが、ここ最近はいつにも増してご機嫌に見える。お互い任務で忙しく、こうしてゆっくり話すのは少し久しぶりだ。

 

「ふふっ。あのね、アオイが教えてくれたんだけど……」

「うん」

 

そういえばあの人は、アオイときよすみなほと、それとカナヲには随分と甘い人だった。昔は私にも───いや、それはいいだろう。

 

「幸代ってば、私と喧嘩してるつもりはないんですって。幸代自身の問題だから〜って、言ってたんですって!」

「……はあ……そ、そうなのね」

 

そんなことは分かりきっていたはずだ。姉さんがあの人に何か悪いことをした、なんて思い当たることはないし、あの人が勝手に距離を置いていたのだ。

 

「ふふふっ、この調子だと、しのぶよりも先に私が幸代と仲直りできそうねっ」

「なによそれ!私だって別に喧嘩してるわけじゃ!」

 

そうだ!一方的にあの人が悪いのだ!あの発言を訂正するまで、あの人と元の関係には戻れない。

 

「……やっぱり、私には何があったか教えてくれないの?」

「……うん。言いたくない。これは、私とあの人の問題だから」

 

姉さんに話せば、きっと物凄く悲しむだろうし、物凄く怒るだろう。もちろんあの人に。でもきっと、姉さんに怒られたとしても、あの人はいつもの偉そうな笑みを浮かべて、考えを変えるなんてことはないのだろうと、そう思う。

 

 

姉さんにとって、あの人はとても大切な人だから。話せない。

 

 

そんな私の気遣いも知らない姉は、少ししんみりとした空気を変えるように、声を弾ませて話を続けた。

 

「でも私が仲直りできたら、流れでしのぶも仲直りできるかもしれないじゃない?また昔みたいに、三人で甘味処に寄って、笑い合えるかもしれないの。今度はカナヲも入れて四人でかもしれないし──あ、蜜璃ちゃんを誘っても楽しいかもしれないわね!」

 

楽しそうに、あの人としたいことを語る。

 

鬼殺隊に入った以上、隊士以外の人間と友好関係を築くのは、非常に難しい。忙しいし、私たちは常に帯刀しているし、そもそも価値観が決定的に違う。

 

ましてや、柱ともなれば───一般隊士とすら、対等に話すことすらできない。

 

姉さんにとって、あの人は、本当にかけがえのない友人なのだろう。

 

 

 

……あの人自身の問題、か。

 

 

 

姉さんが昏睡して、もうダメかもしれないと誰もが思っていた。そんな中での、あの発言だった。

 

死ぬ前に一矢報いるとか、最期まで誇り高くとか、彼女はそう言うけれど。

 

 

 

私は知っている。

 

 

あの人は、姉さんを守れなかったことを悔いていると。

 

 

 

私がそんな薬───いいえ、きっと人間の体にも毒だ───を作ってしまえば、あの人は、

 

 

 

 

私の知っている優しくて誇り高いあの人は、自らを犠牲にして、共倒れを狙うだろうと。

 

 

 

 

本当は、知っている。

 

 

 

 

あの人は、変わってなどいないと。

 

 

 

 

 

だから私は、あの人と、以前のようにはきっともうなれない。

 

 

 




主人公「私のことを理解してくださるの!?嬉しい!!ステキ!!


でも鬼滅の刃にアオイさんが私のことを好いているという記述はないので解釈違いですわ。おさらば」

???「解釈違い!解釈違い!

解釈……違い……じゃない……」
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