【etc】   作:アンディライリーのうさぎ

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誕生日にまつわる三遍。時系列は順不同。


バースデー

【最後と最初】

 

 誕生日は特別な日だ。といっても、幼き頃の影男にとっては、誕生日=ケーキが食べられる日だった。

 リズムが少しズレたハッピバースデーの曲を両親が歌い、手拍子に合わせてろうそくの火を吹き消す。炎のゆらめきが白煙に変わり、空気に溶け込む。

 味はクリームがたっぷりと乗ったいちごケーキだ。中にも赤い宝石のごときいちごが散りばめられている。

 皿によそられたケーキは垂涎もの。おまけに、『かげおくん おたんじょうびおめでとう』の文字が書かれたチョコレートは彼のものだ。

 赤い頬をさらに朱に染めて、影男はケーキを頬張った。

 その様子を、両親も微笑ましく眺めていた。

 

 これが影男が両親と過ごした、最後のバースデーの記憶である。

 

 

 

 その翌年。

 彼の誕生日にケーキはなかった。お祝いの言葉もない。影男に術式がないと分かってから、周囲の反応は180度変わった。

 年上の子供にいじめられ、多くの大人に侮蔑の目を向けられる。また使用人のように働かされ、その使用人からも無視されることがあった。

 さながら彼は空気循環のない水槽の中で、ゆっくりと死んでいく魚だった。狭い檻の中で、廻ることしかできない。

 

 ただ、その水槽の中に仲間がいたと知ってから、少しずつ影男の世界は変わった。

 目に見えない力を双子の姉妹は彼に授けた。それは、先の見えない暗闇を進むための明かりだった。

 しかし、暗闇の途中でその明かりが消え、暗闇からやってくる闇の大王に捕まってしまう。

 大王は言った。影男に「殺せ」と。両親の復讐を果たせと。

 そこに夜空から降ってきた二つの星が、一つは大王を吹き飛ばし、もう一つが明かりに衝突して、再び炎を点火する。

 

 彼はこうして暗闇を抜けた。暗闇の先には、大地を海に沈めようとする雨雲が広がっていた。

 雨は滝のように降り続く。影男は溺れ、苦しんだ。

 その雨雲は北風に吹き飛ばされた。北風は疾風迅雷なあまり、前髪が本来あるべき場所ではないところに漂着していた。

 

 

「────もし君が良ければ、私が君の「家族」になってもいいかい?」

 

 

 天気予報の予定では、大雨がこの後も続きそうだった。

 ただこれは、恵みをもたらす雨だった。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

「………」

 

 夏油は現在、深刻な表情でキッチンの椅子に座っていた。

 影男を引き取ってからというものの、さまざまな準備に追われ、目まぐるしい状態が続いていた。それがある程度落ち着き、ふと手にした影男の書類を見て気づいたのだ。

 

「もうすぐで、影男くんの誕生日になる…」

 

 影男の誕生日は5月である。もし気づかないままだったら、自分が面倒を見る──と言った子どもの誕生日を祝いもしない、最低な親になるところだった。

 

「ケーキは当然用意するとして、プレゼントは何を渡せばいいんだ…?」

 

 そう、プレゼントだ。誕生日にはプレゼントを贈るものである。

 ゲームやおもちゃ、その他もろもろ。夏油は自分の幼少期、親に何を欲しがったか記憶の糸をたどった。確か子どもらしい、ありふれたものをねだっていた気がする。

 

「影男くんの好みは服のセンスにしろ、世間一般とズレているところがあるからなぁ……」

 

 ここは直接本人に聞いたほうがいいだろう。

 そう思った夏油は、学校から帰ってきた影男に「何か欲しいものってないかい?」と尋ねた。影男はその唐突な質問に、困惑した表情を見せる。

 

「えっと…特には、ないです。それにもうランドセルとか、夏油さんからたくさんもらってるから…」

 

「例えば、ゲームとか」

 

「ゲーム……」

 

「特撮アニメのベルトとか」

 

「んー………あの、どうして急に、そんなこと聞いてくるんですか?」

 

「え? だって、もうすぐ君の誕生日になるだろう?」

 

「誕生日……」

 

 影男はカレンダーを確認する。一枚紙をめくって、当該の数字(見つけるのに少し手こずった)を見つけた途端に、平生は半目な目がまんまるになる。

 

「僕の、誕生日……」

 

「今は2年生だから、8歳になるんだね」

 

「………祝って、もらえるんですか?」

 

「もちろんだよ。当たり前じゃないか」

 

「……ッ」

 

 影男の目にみるみるうちに涙が溜まっていく。夏油は驚くと同時に、会話の中で懐いた違和感を問いかける。すると、影男は昨年の誕生日のことを話し出した。

 

 誰にも祝ってもらえず、せめて形だけでも何か祝おうと考え、屋敷周辺の野の花や実を採ってきたこと。

 赤い実や黄色い花を葉っぱの上に乗せ、春のケーキを作ったこと。

 そしてそのケーキを、踏み潰されたこと。

 

 採ってきた実や花は荒らした者たちの草履にへばりついた。泣きながらそのケーキを守ろうとした影男の背は踏まれ、野外に置かれている泥落としのように草履が着物にこすれ、春の死体を色づけた。

 

 

「夏油さんはきっと祝ってくれる人だってわかってるのに、僕……」

 

「絶対に祝うよ。絶対に」

 

「ぼ………僕、ほしいもの考えてみます!」

 

「あぁ。少し値が張るものでも、遠慮せずに頼んでいいからね」

 

「はいっ…!」

 

 

 影男は背中に羽が生えたような足取りで自室に入って行った。扉が閉まる音を聞いた直後、夏油の笑顔が消える。今の彼だったら、もし影男に「禪院の全員(双子を除く)の首が欲しいです」と言われたら、喜んで血濡れのバースデー会場を作るだろう。それほどまでに禪院家へのサツ意が高まっていた。

 

 

 ちなみに、影男が悩んで頼んだものは、サッカーボールサイズのたこ焼きだった。

 

 8歳の誕生日、それにたっぷりとソース・マヨネーズ・青のりをかけ、美味そうに頬張る影男の姿があったそうな。

 

 

 

 

 


 

 

【思春期ごころ】

 

 影男の携帯にある日ラインが来た。相手は最近新しいフレンドに登録された津美紀からだった。

 影男の頬が思わずゆるむ。それをみたエクボは、「だらしねぇ顔だなぁ」と呟いた。

 

『その津美紀って女の子は、そんなに可愛いのかよ?』

 

「うん。すごく可愛いくて、やさしい女の子だよ」

 

 長い髪は陽の光を浴びるときらめき、性格も言動からにじみ出ているほどに優しい。伏黒恵とはじめて会った日から、影男のハートは津美紀にわしづかみにされてしまった。

 

(ケッ、真依のやつも気の毒だな…)

 

 エクボは影男が浮かれ出してから、あからさまに負のオーラを放つようになった弟子の姿を思い出す。もう何度頭をつかまれ、理不尽な叩きつけを食らったかわからない。

 万が一影男が津美紀に告白し、向こうがOKを出したら、真依の後ろで腕を組んでいる姉が影男に一発、本気の拳を入れるかもしれない。

 

『で、どんな内容が来てんだよ?』

 

「えっと……って、プライバシーだからのぞかないでよ」

 

『んーだよ、シゲオも思春期ってわけか。しょうがねぇなぁ』

 

 エクボはスッと窓を通り抜け、出かけて行った。

 影男は一人になった部屋で、津美紀から来た内容を見る。今回も弟関連の話題だった。

 

 

「伏黒くん、もうすぐ誕生日なんだ」

 

 

 津美紀曰く、最近思春期が加速している弟に、何を贈ればいいか悩んでいるそうだ。

 そこで彼女は弟と歳が近い男子に、その年頃の男の子が何を欲しがるか、調査しているとのこと。

 

「僕だったら、何が欲しいかなぁ…」

 

 パッと考えて思いついたのは、連載を追っている漫画の最新刊だった。しかしこれはおこづかいで買える範疇だ。伏黒家がおこづかい制度なのかはさておき。

 

「………トレーニング器具ッ!!」

 

 ──は、家のトレーニングルームにある。

 

 元々この部屋は夏油が使っていたもので、影男が小学生の頃はダンベルにつまずいてケガをしたことがあったため、立ち入り禁止になっていた。

 それから中学生になり、筋肉に目覚めてからは時折使わせてもらっている。このトレーニングルームとは別に、マンションにはフィットネスジムもある。

 

「僕の家にはすでにあったけど、伏黒くんの家にはないんじゃないかな…」

 

 これはかなりいい線をいっているかもしれない。影男は早速、「ダンベルはどうかな?」と返信した。

 

 間もなくして、津美紀から好感触の内容が届いた。

 父親がムキムキマッチョマンだったため、弟も体を鍛えるのが好きになるかも──と、ざっくりとこんな感じだ。

 

「……伏黒くんが肉体改造(きんにく)に目覚めたら、あっという間に僕の筋肉を超えていくかもしれない…」

 

 影男のマッスル戦闘力は、肉体改造部の中でも最弱。そもそも、体質的に筋肉がつきにくい体なのだろう。

 

 

「僕ももっと鍛えなきゃ…!!」

 

 

 目指すは部長の筋肉のような、鋼の筋肉である。

 

 そして影男の筋肉が成長していくたびに、若干二名がフレーメン反応を起こすのである。

 

 

 

 

 


 

 

【内部調査】

 

 午前中のとある小洒落たカフェにて、大小の差が大きい二人の姿があった。

 うち一人はホットミルクとケーキを美味そうに頬張っている、小学生ほどの少年。

 そしてもう一人は、胴より足が長い丸渕メガネの青年だった。

 

 

「それで、五条さんが僕になんのご用ですか?」

 

「お前にちょいと、聞きたいことがある」

 

 

 わざわざ五条が影男の自宅ではなく、カフェに誘か──連れて行ったことには理由がある。

 

「傑について」

 

「夏油さんについて?」

 

 五条は影男に、保護者が最近何にハマっているかなど、いくつか質問してきた。随分と不思議な内容に影男は首を傾げる。

 というか、わざわざ自分に聞かずとも、直接本人に聞けばいいのでは? ──とも思った。

 それを五条に尋ねると、相手は腕を組む。

 

「いま何月か分かるかい? 影男君」

 

「一月ですね」

 

「そうだ、一月だ。僕の感覚で言うと、『もう一月になっちまった』だ」

 

「……?」

 

「察しが悪いな、マジで」

 

「いきなり貶された…」

 

 五条はしばし間を置いて、「誕生日だろ」と告げる。そこで影男はようやく五条の意図に気づいた。その上で、やはり本人にもっと直接的な言葉で聞いたほうがよいだろう、と思った。

 

「サプライズの方がいいでしょ、渡すなら」

 

「それで、もらってあまり嬉しくないものだったらどうするんですか?」

 

「僕はそんなヘマはしないさ」

 

「……『もう』一月になっちゃったのに?」

 

 もう──ということは、その前から五条は夏油の誕生日に何を渡そうか考えていたはずである。ただ中々思いつかず、今になってしまったのだ。

 

「お前ってヘンなところで鋭くなるんだな」

 

「また貶された……」

 

「これは褒めてんだよ」

 

 では、さっきのはやはり、ナチュラルに貶されたのだ。

 影男は夏油が言っていた、「悟はノーデリカシーが服を着て歩いているような人間だから、彼の発言に逐一気にする必要はないよ」という言葉を思い出す。なのでなるべく、あまり考えないようにした。

 

 

 ケーキを食べ終わった後は、五条がカードで支払いしている姿を見届け、一瞬のうちに家に帰った。帰宅の入り口はベランダである。

 元々五条は、影男がテレビを見ながらソファーでくつろいでいる時に、突然ベランダの窓を叩いて現れたのだ。

 

「じゃあな、モブ」

 

 そう言った五条に、影男は声をかける。背を向けていた五条は「何?」と振り返った。

 

 

「夏油さんは多分、五条さんといっしょに遊ぶのが一番のプレゼントになると思います」

 

 

 それは影男が考えて、思いついた内容だ。

 

 五条のサングラスからはみ出ている目が丸くなる。口が一度開いたが、何か言うために開いた様子ではなく、また閉じた。

 

 

「……ありがとうな」

 

 

 五条はそう言ってからニッと笑い、消えて行った。

 

 その「ありがとう」には、別の意味も込められていた。

 闇の大王の囁きにその身を堕としかけた親友を救った少年への、感謝。

 

 しかして、そのことに影男が気づくことはなく。

 

 彼は見たかった午前のアニメを見逃してしまったことに気づき、フローリングに手を着いて絶望した。

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