【etc】   作:アンディライリーのうさぎ

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●高専1年、メカ丸の縛りが緩和済み


三輪霞は『魔女』に憧れる

「モブ君にお願いがあるんです!」

 

 平日の朝、教室にて。

 

 影男に所謂、両手を合わせた『おねがい』のポーズでそう言ってきたのは、三輪霞だった。教室には現在、二人しかいない。メカ丸は所用(定期的に行われる健康状態のチェック)でおらず、真依はお手洗いに立っている。

 

「えっと…何かな?」

 

「実は………私一度、やってみたいことがあるんです」

 

「やってみたいこと?」

 

「はい!」

 

 三輪の瞳がキラキラと輝いている。

 

「私子どもの頃に……ほら、13歳になった魔女の女の子が、親元を離れてひとり立ちするお話があるじゃないですか! あの映画を観た時、自分もホウキに乗って空を飛べたらなぁ…って、憧れたんです」

 

 幼少期の三輪は、映画を観た翌日に早速ホウキを用意した。黒猫もいたら理想の『魔女』になれたのだが、あいにくといなかった。

 そしていざ、ホウキにまたがり地面を蹴った。それこそカエルのように。

 当然、魔女ではない三輪が空を飛ぶことはできなかった。

 

 しかして高専に入った三輪は、『魔女』と出会ってしまった。後輩思いの魔女先輩である。

 この出会いが彼女の夢に色を与え、さらに影男の幅広く応用できる呪力が夢の設計図を描いた。

 

 

「…うん。僕でよければ、三輪さんの助けになるよ」

 

「ほっ、本当ですか!? 〜〜いやったぁー!」

 

 

 拳を突き上げた三輪は、影男の温かな視線に気づき、顔を赤らめ「え、えへへ…」と頭に手を当てる。

 

 三輪自身、高専生にもなって斯様な夢の実現を目指すことに、恥ずかしさがある。

 

 その羞恥が西宮や真依に相談する選択肢を外させた。きっと二人なら、「何よその、いかにも子どもっぽい夢」──という反応をしながら、三輪の助けになってくれるだろうとも思う。

 

 それでも影男に一番に話したのは、彼の真剣に向き合ってくれるその居心地の良さを、三輪が知っていたからだろう。メカ丸の──もとい、幸吉の『縛り』を影男が緩めた一件も踏まえて。

 

「でも…それだと三輪さんが『飛ぶ』んじゃなくて、僕が『飛ばす』形になるけどいいの?」

 

「カニカマを本物のカニだと思いながら、口の中で噛みしめるみたいなものですよ!」

 

「…?」

 

 三輪の例えは、影男にはあまりピンと来なかったらしい。

 ひとまずこうして、三輪の夢の実現に一歩前進した。

 

 

「それにしても、前から思っていたんですけど、クラスメイトで私だけ『三輪さん』って距離感なくないですか?」

 

「えっ、そ、そうかな…?」

 

「幼なじみの真依はともかく、メカ丸のことだって『与くん』か『メカ丸くん』じゃないですか!」

 

「じゃ、じゃあ……三輪ちゃん?」

 

「そこは名前呼びにしましょうよ!」

 

「………僕、女の子を名前呼びするのは、あんまり慣れてなくて…」

 

 影男も幼稚園時代は同級生の名前に「くん」や「ちゃん」をつけて呼んでいた。

 

 彼が少し距離感のある呼び方を使うようになったのは、いつ頃からだったか。禪院家に連れて行かれるより前には人の名前に「さん」をつけていた。

 

 流れるように、影男の思考が進む。

 

 虫食いの記憶の中で思い出したのは、必死に頭を下げる母親の背中だった。

 目の前にいる誰かに、母親は必死になって謝っている。大人どうしで使う丁寧な言葉づかいが、影男の耳に耳垢のようにこびりついた。

 この記憶は、影男がはじめて人を傷つけてしまった頃の記憶だ。

 

 それから耳に残っていた音を、自分の言葉で使うようになった。

 人に「さん」を使うようになったのは、この時期からだ。

 

 

「モブ君……モブ君? いつも以上にぼんやりとしていますけど、大丈夫ですか?」

 

「あ…ごめん。ちょっと考え事してた」

 

「そうですか…」

 

 三輪は内心で、「どちらかというと、何も考えてなさそうな顔だったけど…」と呟く。

 

「モブ君、慣れてないなら逆に考えるんです。普段から使って、慣らしていこうと」

 

「僕にできるかなぁ…」

 

「モノは試しですよ」

 

「えっと、三輪ちゃ……じゃなくて、霞ちゃん?」

 

「おぉ、いい感じです!」

 

「霞ちゃん、幸吉くん、霞ちゃん………何かすごい違和感がある」

 

「慣れちゃえば大丈夫ですよ!」

 

「お互いを名前で呼び合ってより親しくなろうって話?」

 

「えぇ、まぁそんな感じで──」

 

 三輪の動きがさながら、サバンナで猛獣に出会ってしまった小動物のように止まる。背後から感じる冷気に、こめかみから汗が伝った。ご丁寧に、彼女の脳内でホラー映画でよくあるBGMまで流れてくる。

 

 三輪霞は今、ホラー映画の女優だ。振り返った先でそこにいる存在に恐怖するのだ。というかすでにめっちゃ怖い。三輪の足は、だって小鹿。

 

 

「フフ、それなら私は『真依』って呼んでもらわなきゃ。だって私は影男くんのカノジョなんですもの。ねっ、モブくん?」

 

「………まっ、ま、まま、真依ッ────チャンマイ」

 

「モブ君が故障した!!?」

 

「チャンマイ」

 

「ふふっ、影男くんったら、顔真っ赤になっちゃって」

 

「チャンマイ」

 

「こういう時どうすれば………めっ、メカ丸ゥ────!!!」

 

 

 この場にいなかった幸吉は、控えめなくしゃみをすることになった。

 

 一方で影男の三輪の呼び方は『三輪ちゃん』になった。真依は影男が名前呼びに「ちゃん」づけするのを、彼が自分を『真依』と呼ぶようになったら許すつもりである。

 

 何気に普段から影男が呼び捨てするのは、エクボだけかもしれなかった。

 パンダは『パンダ』であるが、パンダを「パンダ」意外にどう呼べばいいのかという話なので、パンダは今回の統計から除外になった。

 

 ちなみに真依はまだ、パンダのことを『哺乳綱食肉目クマ科ジャイアントパンダ属』と呼んでいたりする。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 本題である。

 

 実地場所は京都校の敷地にある、山の中に決まった。

 

 話の流れを知った真依もまた見物することになり、そこからさらに一年が3人そろっているなら、メカ丸だけ省くのもな…という話になり、幸吉も見物することになった。

 

「………」

 

 一人が飛ぶ様子を三人に見られるというのは、こう、なんとも居た堪れなさがある。

 

「真依も一緒に参加しましょうよぉ…」

 

「私は魔女に憧れる年ごろを、とっくの昔に卒業してるのよ」

 

「モブ君……」

 

「僕はホウキを操作しなくちゃいけないから…」

 

「メカ丸ゥ…!!」

 

「……俺が下半身を動かせないのを忘れたか」

 

「私が幸吉を抱きしめながら飛びますからぁ…!!」

 

「なっ、ハ……!!?」

 

 赤面した幸吉に、真依のニヤついた視線が刺さる。それに幸吉は唇を噛んだ。生身だと、メカの時と違って表情がすぐに周囲にわかってしまう。

 幸吉は自分が思ったよりも表情豊かなことを、この過程で知るようになった。

 それが喜ばしい事実であると同時に、こういう時はメカの体がいいなと、贅沢な悩みも持てるようになった。

 

「……真依」

 

「15歳の私に魔女っ子になれっていうの!? 幼稚園や小学生の、プリキュアに熱中できるような年齢ならまだしも!」

 

「真依………その言葉、私に刺さってます」

 

「霞はいいのよ。可愛らしいじゃない」

 

「結局、三輪ちゃんはどうするの?」

 

 影男に聞かれた三輪は、ぐぬぬ…とうなる。幼少期の夢を目にして、飛びたい気持ちは十分にある。ただ、羞恥はやはり、それとは別なのだ。

 真依が見物を降りてくれればメカ丸もその流れで帰せるのだが、真依に「霞の事情はわかったけど、影男くんと二人っきりにはさせられないわ」と面と向かって言われている。

 ゆえに、三輪に逃げ道はない。

 

「ハァー……仕方ないわね。私も参加してあげればいいんでしょ?」

 

「真依……!!」

 

「ちょっとジャージに着替えてくるから待ってなさい。ホウキも追加で取って来なきゃいけないし」

 

「あっ……私、思いっきり制服で飛ぼうとしてたんですけど…」

 

「万が一汚しても知らないわよ」

 

「わ、私も着替えてきます!! 待って、真依!」

 

 毅然と歩いていく真依の後ろを、三輪が慌ただしく追いかけていく。

 その様子を見ていた影男が幸吉に視線を移すと、幸吉は肩を竦めた。

 

「今から準備ってなると、何分くらいかかるのかな?」

 

「さぁな。30分……いや、女は身支度に時間がかかるって言うし、下手したら1時間以上かかるかもな」

 

「そっか…」

 

「………」

 

「………自販機へジュース、買いに行く?」

 

「…あぁ」

 

 

 

 

 

 それから30分後。

 

 影男と幸吉からそれぞれ飲み物を受け取った女子二人は、喉を潤してからいざ、魔女っ子体験ツアーに参加することになった。

 

 あらかじめ説明すると、影男が操作するのはホウキのみ。アトラクションと似たようなもので、二人はホウキに『乗る(ライドする)』形になる。乗る側の操作性も、ホウキの先を動かすことにより、影男がそれを読み取って反映される。二つの同時操作なら、影男の範疇だ。

 

「もし落ちても、僕か──」

 

『メカの俺が助けてやるから安心しロ』

 

「…というわけだから、そろそろ始めようか」

 

 ホウキにまたがった真依と三輪に、影男は「準備はいい?」と尋ねる。

 期待と緊張を見せている三輪に対し、なんだかんだで真依の手にも力がこもっていた。

 

 

「じゃあ、3、2、1……」

 

 

 スタート、の合図がかかった数秒後、魔女っ子二人は「あっ」と横転して地面に倒れた。

 

 これには影男も幸吉も驚く。まだ空中から数十センチしか浮いていない。真依と霞はヤムチャしたような体勢で、小刻みに震えていた。霞の手はジャージの太もも部分を強く握りしめている。

 

「だっ、大丈夫? 真依ちゃん、三輪ちゃん…」

 

「………ダメ」

 

「えっ?」

 

「これは……っ、絶対にダメ…!!!」

 

 真依の頬がうっすらと蒸気している。なおも状況が読めない影男に、色々と察した幸吉が影男を下がらせた。

 

「男の俺やお前が同じようなことをやっていた暁には、命がなかった」

 

「えっ……!? いったい、このホウキに何が…」

 

「よせ…待てモブ! 自分から死地に赴くな…!!」

 

 幸吉は恩人の命を守るため──と言っては大袈裟かもしれないが、本気で洒落にならないため、メカで無理やり止めた。ちょっと考えたら何が起こるか分かりそうなものだが、それに気づかないのが、影男という鈍いのか聡いのかわからない男だ。

 

 その間に、真依と霞が復活した。霞はホウキを片手に最初の元気を失っている。

 

 

「西宮先輩は……超人なのかな」

 

「あの人は単純に、術式の影響で大丈夫なんじゃない? じゃなきゃ、飛ぶことすらできないわよ。もしくは、乗り方のコツを心得ているかね」

 

「あっ…なるほど」

 

「やっぱりやらなきゃよかったわ…。私の方が恥ずかしくなっちゃったじゃない」

 

「……不覚を、取りました」

 

 真依はホウキに乗った直後にあげてしまった声を思い出し、熱くなる頭を手で押さえる。この場にいたのがまだクラスメイトでよかった。いや、よくない。まったく。真依のプライド的に。

 

「乗り方は、横向きにしないと…」

 

「霞、アンタ今のさっきで諦めないのね……」

 

「はい!」

 

「ハァー…」

 

 いっそのこと、飛行のプロフェッショナルを呼んできてしまった方が早いだろう。『プロ』がいれば、最初の事件も間違いなく起こらなかったに違いない。

 

 真依は三輪を説得し、西宮パイセンを召喚することに成功した。

 最初は「あんた、その歳にもなって…」と霞に呆れた様子の彼女だったが、かわいい後輩に自分が飛んでいるところを「カッケー!」と思われていたのは嬉しかったらしい。

 

「まっ、仕方ないわね。手伝ってあげるわよ」

 

 西宮指導のもと、飛行訓練が行われた。

 

 

 この訓練は最初こそほのぼのとした様子だったが、嵐を呼ぶ男二人が現れてしまったことで、混沌を極める会場となり──────最終的に、山が少し削れた。

 

 事を知った歌姫は、静かに胃を押さえた。最大のストレッサー(五条)がいないにせよ、それに準じる輩が4人もこの京都校に配置されているのは、もはや終わっている。

 

 庵歌姫の逃げ道はもう、福岡の分校しかないのかもしれない。異動させてくれ、学長。

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