【etc】 作:アンディライリーのうさぎ
⚫︎中学時代(そこそこエクボが馴染んできてる)
『そういや夏油の呪霊玉って味があるのか?』
宙にフヨフヨと浮く人魂は、宿題をしている少年に尋ねた。
季節は夏真っ盛り。空一つ眺めてもパキッとした群青色が広がっている。
「夏油さん曰く、“吐瀉物を処理した雑巾を丸呑みするような味”だって」
『ちょっと興味があったが、そう言われると食いたくなくなるな……つーか、味の例えが具体的過ぎねぇか?』
「えっ? あっ……」
文字を書く手が止まった。影男は「なぜ今まで気づかなかったんだろう」と固まる。
確かにエクボの言うとおり、比喩が具体的だ。まるで本当に吐瀉物を処理した雑巾を食べたことがあるような口ぶりではないか。
『っま、あくまで「クソまずい」って比喩だろうな』
「夏油さんにそんな辛い過去があっただなんて…」
『アイツは間違ってもそんなことされる
「僕、知らなかった……」
『聞いてねぇや、こりゃ』
影男は拳を握りしめた。夏油が不良の生徒たちに取り押さえられて、吐瀉物を処理した雑巾を口に……。いや、まったくイメージできないが、あそこまで具体的に話すならされた事があるのだろう。
影男は帰ってきた夏油に深刻な面持ちで「どうして今まで話してくれなかったんですか…?」と尋ねた。
夏油は目を丸くし、直後声を上げて笑った。
「フッ、ククク……そうか、私が取り押さえられて、口に雑巾を……」
「……違うんですか?」
「いやぁ……フフッ、んんっ! エクボの言うとおり、あくまで例え話だよ」
『なっ、言っただろ?』
「なんだ…よかった」
「興味があるなら食べてみるかい、エクボ? 呪霊に食べさせたらどうなるか興味がある」
『いや、いら……待て、何級だ?』
「残念だったね、低級呪霊だよ」
夏油のバッグからバラバラと呪霊玉が出てきた。大きさは野球ボールより小さく、ピンポン玉より大きいといったところか。
エクボはそのうちの一つを手に取ると、ジッと見つめた。
『札が張ってあるのは何でだ?』
「弁当箱に入れとく保冷剤みたいなものだ。そもそもが長期間の保存に適していないから」
『ほーん…?』
「別に、呪霊玉にしたその場で食えばよくないか?」とエクボは疑問に思った。
あるいは、不味いとわかっているものを一々食べるのが億劫だから、まとめて食べるために保存しているのか。
その答えを示すように、影男が呪霊玉を手に取る。
『……ん?』
呪霊玉に影男の呪力が集中していく。黒い玉はボコボコと歪に変形していきながら、もとの球体へと戻った。
その呪霊玉は夏油の手へと渡される。夏油がそれを飲み込んでいる間に、また影男が別の呪霊玉に呪力を注ぎ始めた。
────いったい何だ、この光景は?
『シゲオ、お前何してんだ?』
「えっ? 呪霊玉の味つけ」
『……呪霊玉の味つけェ?』
影男は料理をするイメージで呪霊玉の味を変えているらしい。
切ったり煮込んだり、アクを取ったり。これまで料理してきた中で得た感覚を元にして作り上げる。
肝心の夏油は、嫌いな食べ物を食べる子どものような──ひとまず美味しくはない顔をしている。
「一応これでもまずさは軽減された方なんだ。やっぱり料理って難しいな…」
『そうか…俺様はもうツッコむ気も起きねぇや』
現在の夏油の味の評価は【E】だった。ちなみに【A】を抜け出てようやく可もなく不可もなくになる。元が【Z】くらいなので、比べてみれば全然違うのだが。
『…やっぱ一個食べてみていいか?』
「だって、夏油さん」
「いいよ。食べたところで所詮どんぐりの背比べだから」
『揃いも揃ってドライなやつらだよ…ったく』
エクボは呪霊玉を手に取り、いつもの要領ですすり始めた。呪霊玉から伸びた呪力が細い麺のようになり、エクボの口に吸い込まれていく。
「…どうやってるんだ、ソレ?」
『ア? 感覚だよ、感覚』
バッグにあった呪霊玉が半数ほど消費されたところで、エクボが食べ終わった。
『んー、シゲオの呪力もあるせいか、低級の割には結構な栄養になるな』
「味はどうだったの、エクボ?」
『あー……普通の呪霊を食うのとあんま変わらねぇな』
「……もしかして捕食をする際は、味覚が生じないのか?」
『呪霊に味覚もクソもねぇだろ。生きてる人間じゃねぇんだから。何か感覚にフィードバックがあるかと思ったが、呪力の上昇だけだな、感じたのは』
エクボはこうして二人の前に存在しているが、そもそも肉体のない生物──いや、
「興味深いな」と思った夏油に対し、影男は少し哀れに思った。ただすぐに、そういえば人間に取り憑けたのだと思い出す。ならば人間の食の味も体験できるだろう。
ちなみにこれまでに、柔らかくした呪霊玉をリアルに調理し、蕎麦っぽいものを作ったこともあった。
夏油の感想は「普通に食べた方がいいかな」だった。
⚫︎小学時代(大晦日)
大晦日である。午前中から掃除を行い、午後は年越しの準備を始める。エプロンと三角巾を身につけた影男は、夏油の隣にスタンバイした。
「では」
「はいっ」
「今から仕込みに入ります」
夏油の両手は、メスを受け取る時の医者のそれだった。
大晦日と言ったら年越しそばだ。今年は手打ちそばを作ってみようという話になり、手打ち用の蕎麦や道具をそろえた。
本番一発勝負では気のすまなかった夏油は、事前に試作品を作った。手順はオーケイ。
材料はかなり多めに用意する。
まずは計量台の上にボウルを乗せ、そば粉とつなぎ粉を適量はかる。その次はこね鉢に
影男がこね作業に疲れたら、夏油が交代する。影男はすっかり腕が疲れてしまったようで、椅子に座りひと休みした。
粉がまとまり、だいたい耳たぶくらいの硬さになったら、生地を内側に練り込んでいく。
いくらか休んで復活した影男も練り込み作業に挑戦した。冬だというのに暑くなってくる。一旦、付いていたエアコンの暖房がオフになった。
それから中の空気を押し出すように、こね鉢のへりに沿って玉を回転させる。そうして円錐形の形に整えていく。
「円錐状になったこれを、先の方を下にして潰すんだけどやりたいかい?」
「やりたいです!」
影男は両手でそば玉を潰し、平たくなるように上から体重をかけた。少々歪になってしまったが、ご愛嬌である。
お次は伸ばし作業。打ち粉を振ったのし板に、そば玉をセット。ある程度は潰して広げていき、そこからは麺棒で薄く平たくしていく。
影男が伸ばした後は、形の崩れたそれを夏油が微調整して──を繰り返す。生地がのし板にくっついてしまうため、合間合間にそば粉をまぶした。
そしていよいよ切る段階に入る。
刃物は危ないためこの作業は夏油一人でやるはずだったが、キラキラした瞳が彼の顔にぶつかる。苦笑いした夏油は「一緒に包丁を握るなら」と条件付きで許可を出した。
位置についた影男の後ろに夏油が回る。
左手はそば板に置き、右手は包丁を握る。影男のこめかみには緊張の汗が浮かんでいた。
そば板を少しずつ動かしながら、板に沿って線を入れていく。リズムはトン…トンとゆっくりだった。
「フゥー、ひとまずそばは完成だね」
「……手、粉まみれになっちゃいましたね」
「そうだねぇ」
影男はエプロンが明るい色だっためそこまで目立たないが、夏油は黒だったので白い跡がよく残っている。芸術家のエプロンのようかもしれない。そば粉の飛び散り具合といい。
そしてそして。
時刻は夜。
天ぷらを乗せたそばが、白い湯気を濛々と立てている。大晦日の特番を見ながら、二人はそばを啜った。
「はじめてそばを作った感想はどうだった、影男くん?」
「また来年も作りたいです」
「ははっ、それならよかった。用意した甲斐があったよ」
余った分については、あとでかけ蕎麦にしたりざる蕎麦にして食べる。
というか、この余り蕎麦を楽しむ意図で夏油は多めに作った。
「明日も楽しみですね。初詣に行ったり、うどんを食べたり……」
「一番楽しみなのは?」
「………お年玉」
「正直でよろしい」
影男がお年玉をもらえる人は、夏油以外に五条や夜蛾あたりだった。家入も「私も渡す側になっちまったか…」と少しヘコみつつ、子どもたちに配る予定である。
人数は少ないが、その分単価が高い。
「お年玉で何を買うかは決めてるのかい?」
「……まだ決めてないです」
「ご利用は計画的にね」
買い物に失敗しがちな養子を案じつつ──夏油はテレビへ視線を移した。
赤と白で戦う。あぁ何とも、平和な大晦日だった。
余談ではあるが、今年は“若者の慣例”というやつのために0時まで起きようとしていた影男は、11時半で限界を迎え、ソファーで寝てしまった。
夏油は酒を片手に苦笑いしつつ、影男をベッドへ運んだ。
もし「こういうのが見てみたい〜」とかがあったら、waveの方でいただけると書くやもしれません。日常会はやっぱりいくらあってもエエ。