危機的な状況に陥ると、人間は常識外れした馬鹿力が出る…それを火事場の馬鹿力、なんていうけど、現実において火事場の馬鹿力は当てにならない。
今の僕が正にその状況だ。
学校の帰り道、今日発売のポ〇モンシリーズの新作を購入して歩道を歩いてきた僕の後方から、大型トラックが猛烈な速度で突っ込んで来た。認識していても、不測の事態ってのには弱いよね。走馬燈なんて見る暇も無く、トラックに轢き潰されたよ。
「死因、居眠り運転トラックによる追突事故」
「まあ、はい。見たら分かります」
そんな僕は、どう言う訳か再び目を覚ました。
白一色、均等に扉が設置された奥行の見えない空間で。
目の前に座り、紙煙草を咥えたスーツ姿のおじさんは何処を見てるのか分からない空虚な瞳を向けて、僕に言う。
此処はアレかな、死後の国?
享年17歳、親より先に死んでしまった僕が送られるのは、賽の河原と言う奴かもしれない。
「あの、賽の河原ってゲームの持ち込みオッケーですか?」
「………キミは何を言っている?」
今も手に握られた黒塗りのビニール袋には、購入したポ〇モンのソフトが入っている。しかし僕は失念していた、ソフトがあっても本体が無ければゲームが出来ねえじゃねえか、と。
「賽の河原などではない」
「あれ、そうなんですか?」
「自死であったのならまだしも、事故死であれば…転生の権利を得られる」
おじさんはそう言って机を指で叩く。
ボフンッ、と白煙と共に机の横に立てられた表札には『転生案内所』の文字があった。
「希望の世界があるのなら、言って欲しい」
転生、そんな事を急に言われても良く分からないです。
無難に日本…いや、ネット小説でよく見る異世界も捨てがたい。思考に思考を積み重ね、僕はふと手元を見た。
ポ〇モン、昔から育成ゲームが大好きだった。
夢に満ち溢れた世界で、多種多様な仲間と共に困難に立ち向かう…そんな世界に僕は常に憧れていた。
「あの、こういう世界ってありますか」
コトリとビニール袋からソフトを取り出し、机に置く。
すいません、ゲームですけど。
何か小言の一つでも言われるかと思ったが、おじさんは無機質な目で「ふむ」と小さく声を零しながらノートパソコンを弄り始め、少ししたら一つの扉を指差した。
「あそこに行けば良いんですか?」
「そうだ」
「分かりました、ありがとうございます」
良くこんなに平然と出来るな、と自分自身に対して感心する。いや、ただキャパオーバーなだけかもしれないし、割と昔からこんな感じだった気がする。
さて、示された扉は何処か厳かな雰囲気を纏う木製扉。
此処なんですか?と、後ろのおじさんに振り返れば、彼は僕の方を一切見ずにノートパソコンと睨めっこ。
「それじゃあ、失礼しまー……」
「ああ、待って。違う違う、君はこっちだよ」
「え?」
覚悟を決めて入ろうとした瞬間、隣の扉の方から声がした。視線を向ければ…そこに女性が立っている。
だが、ただの女性じゃない。
濡れたようにしとりと煌めく黒髪、何処か研究者を思わせる白衣の姿、そして息を呑み込む動作を忘れる程、心臓の鼓動が止まってしまう程に美しいと感じる…そんな人。
彼女はにへらと笑いながら、扉を開けて僕に手招きをしていた。
「こっちこっち、君の行きたい世界はこっちだよ、少年」
「あ、はい」
ハッと正気に戻った僕は、彼女に導かれるまま隣の扉に移動する。黒塗りで重厚な鉄の扉、見ているだけで背筋がぞわぞわする程に神秘さを感じる。
「さあ…お入り、少年。転生案内の手続きをしようじゃないか」
「分かりました」
反射的に頷く僕と笑みを深めるお姉さん。どうしてだろう。この人の言葉を聞くと、顔を見ていると…バクバクと胸が高鳴る。
「これはもしかして…恋?」
「ふふっ、私の名はナイアー……ナイア、ナイア様と呼んでおくれ。私は君の事をツクリ君と呼ぶね」
「ナイア様。はい、わかりました」
ナイア様ですか、良い名前ですね。
それに初対面でファーストネーム呼びだなんて、そんなまだ心の準備が出来てません。
「それじゃあ、ツクリ君が行きたい世界だけど…はっきり言ってポ〇モンとかデ〇モンが出て来るような世界だよね」
「はい!!」
「うん、良い返事。文明レベルはどうしよっか、異世界でも何でも決めちゃって良いよ」
「それじゃあ…日本、というか地球に似た世界が良いです」
確かにファンタジーでソードな世界も気になるけど、生活するのなら良い感じに発達してる方が良い。そんな僕の我儘にナイア様は嫌な顔一つせずに頷き続ける。
「分かった、それじゃあ書類はこれで良いとして…今度は君の旅に必要な相棒を決めようじゃないか」
「相棒!」
そうだよね、新しい旅には相棒が不可欠だ!
僕の反応を面白そうに見ながら、ナイア様がパンと掌を合わせる。するとどう言う事か、目の前に菱形の結晶のような物が現れるではないか。
数は三つ。
赤、青、緑の三原色。
そしてもう一つ、その隣に謎のガジェットが置かれている。
「これはテイムクォーツ、君がこれから行く世界でテイモンを使役する為に使うアイテムだよ。そしてもう一つ、これはクォーツシューター。その窪みにクォーツを嵌めこみ、サモンと唱えればテイモンが姿を現わし、力を貸してくれる」
おお、凄い。滅茶苦茶ポ〇モンっぽい。
「さあ、この中には三体のテイモンが封じられているから、呼び出してみようじゃないか!」
「はい!」
ワクワクしながら、まず僕は赤色を手に取る。
クォーツをセットして人のいない場所に向けて。
「サモン!」
クォーツシューターから、赤いクォーツが射出される。
そして、それが衝突する直前、赤色の魔法陣が地面に浮かび上がり…光が姿を形作る。
『ガルルァァァァァ!』
「うわぁ、すげぇ!」
「火属性のテイモン…キングフレア。炎の拳を振り上げて、辺り一面を灰燼に変えるぞ!」
「説明怖い!!」
現れたのは金色の鬣を持つ二足歩行の獅子。荒々しい咆哮と共に熱波が遅い、僕は後方に押し返された。
カッコいい、だけどこの子と一緒に冒険したら命の危機に陥りそうで怖い。
「おや、お気に召さなかったかな?では次のテイモンを見てみよう」
「じゃあ、次は青で」
キングフレアのクォーツを外して、今度は青色のクォーツを嵌めこむ。
「サモン!」
青色の魔法陣が浮かぶ。
刹那、それを中心に渦潮が巻き起こり、巨大な影が姿を現わした!恐竜、そう表現するのが一番似合ってると思う、青い鱗の首長竜。
「水属性のテイモン…プレシオウザ。海水を呑み込めば呑み込む程その対比は増大し、やがては島一つの大きさになるぞ!」
「面積!待って、潰れる!」
ビタンビタンと興奮したようにヒレを叩きつけるプレシオウザをやっとの思いでクォーツに戻す。死ぬかと思った、いやもう死んでるんだけど。
「ふむ、これもお気に召さなかったのかな?それじゃあ次に行ってみよう!」
「もう先が見えてるような気はしますけど…やってみます!」
嫌な予感がビンビン立っている。
プレシオウザのクォーツと緑のクォーツを交換。
「サモン!」
現れる緑色の魔法陣から巻き起こる瓢風。
風、強く吹く風は集まり、やがて巨大な人型の姿になる。
「ナイア様、これは!」
「ああ、風属性のテイモン、シルフィドライアだ!その風は人すら容易に切り刻み、鮮血の竜巻を起こすんだ!」
「却下で」
「あれ、駄目かい?」
シルフィドライアのクォーツを取り出して、机の上に置く。
あれ、おかしいぞ。なんだか、僕が思ってるファンシーで熱いバトルが出来そうなテイモンが一匹もいないぞ。
キングフレア、プレシオウザ、シルフィドライア。
明らかに序盤で手に入れて良いテイモンでは無いと、僕の育成ゲームを始めて10年の脳みそが言っている。
「ナイア様、これってもしかして転生特典って奴ですか?」
「ん?いや、これ位の能力が無ければ生きていけない……勿論だとも!君は可哀想な死に方をしてしまったからね!」
今何か不吉な事を言いませんでした?
まあ、良いか。良く聞こえなかったからそれは放っておいて。
「ナイア様、僕は普通のテイモンと旅がしたいんです。こんな強い仲間達、僕には扱い切れません。僕は、自分の身の丈に合った子と冒険がしたいんです!」
そう、強くてニューゲームなんてマンチキンがする事だ。
強く目で訴えかけると、ナイア様はまるで僕が言う事を分かっていたかのように笑う。
「うんうん、君ならそう言うと思っていたとも!」
そう言って、彼女は自分の後ろから一つのクォーツを差し出して来た。赤、青、緑…色取り取りだった三つとは違い、その色は黒。漆黒、インクで塗りつぶしたような光の入らない黒色のクォーツ。
「であるなら、君の相棒はコレしかない」
「あの、何か禍々しくないですか?」
「そんな訳ないだろう。君はこの子と強い絆で結ばれる…私はそう信じているんだ」
三匹の説明をしていた時よりも数倍の圧。
強引に黒クォーツを握らされた僕は、僅かに感じたナイア様の手の柔らかさに心臓が高鳴った。
「さあ、そろそろ転生の時間だよ。グッドラック、君の道行きに幸運と混沌がある事を祈っているさ!」
「え、あの、召喚して確認…ちょっと待って、混沌って何ですか、ぁあああああああああ!?」
言ってる傍から、僕の足元に虚が空いた。
底なしの暗闇、星明りも見える。そうか星は地底にあったんだ。あれはデネブ、アルタイル、ベガ。
他人事のように現実逃避を繰り広げる僕、成すすべなく急降下する中、遠くからナイア様の声が聞こえた。
「ああ、それとツクリ君。その子を呼び寄せる時はサモンじゃなくて償還って唱えるんだよー!」
「ちょっと遠くて聞き取れませーん!」
まあ、空洞の風の音で全部掻き消されたんですけどね。
辛うじて聞き取れたのは召喚…償還?と言う単語だけ。
気分は地獄に落ちていく亡者のそれだ。
もしかして、僕は本当に賽の河原に行くんじゃないのか。
若干心配になりながら落ちる…しかし、どうやらその予想は外れたらしい。
奥に白が見える。
それは段々と僕の方に近付いて、違う…僕が光に近付いているんだ。先行き不安だけど、もうどうにでもなれ。
目を瞑った瞬間、網膜を貫通する強い白光。
「ひやあああああああああ!!」
死ぬな、これ(諦観)
不意に地に足がついた感触。
僕は接着剤でも使ったのでは?と思う位に瞑っていた瞼を押し上げた。
「防人の北見五番隊がやられたッ…救援は!役所の調伏課はまだ来ないのか!」
「クソォォォォ!人食いの化物共めぇええええええ!」
何だろう、ファンシーな二足歩行の狼に人が食われてる。
もう一度目を閉じる。
そして目を開ける。
「殺されて、堪るか!俺が、家族を、街を護るんだ!!」
「ヒギッ、痛ぇ、痛ぇよぉ」
何か、生々しいスプラッタが目の前で展開されてる。
もう一度目を閉じる。
そして目を開ける。
「行け、フラムドラぁぁぁぁ!」
「ガアァアアアアア、グギャ」
何か、ファンシーなドラゴンがファンシーな一角兎に喉元を貫かれてる。
うん、うん、うーん、うん、成程?
僕は今完全に理解してしまった。
「ナイア様、転生先間違えてますよ」
ここ、僕が望んだポ〇モン風な世界じゃないです。