『世界の樹の中で ~ユグドラシルしる~』 作:ぽえぽえぷりん
「―――ンカさま? リンカ様? おーい、起きろよ?」
柔らかな木漏れ日が瞼を焼き、その眩しさに思わず丸まって、さらに寝こけようとしているところへ、呆れたような吐息が漏れ聞こえてくる。
「そうか。 一応起きろと言ったからな、リンカ様」
――ごんっ。
「っぶぇあっ……!?」
呆れたような声が響いたかと思うと、朝の静けさを破る鈍い衝撃に、思わず苦しげな呻き声が漏れる。
それは、まだ夢の中にいようとしたリンカの腹部に、40センチちょいの質量がダイブしてきたことで発生した現象だった。
「……ら、ぐーん…さん……。
にゃんこじゃないんだからっ……お腹にダイブしてくるなよ」
「んっ? おはよう、リンカ様。
ふんわり起こす選択肢もあったかもだけど…。
こうした方が確実に起きるだろ」
ベッドの上で悶えるリンカのお腹の上に、この世界に来て以来すっかり身体が謎に縮んでしまっていた――らぐーんさんが、堂々と仁王立ちしていた。
服の裾をぴょこぴょこと揺らしながら、得意げに腕を組んでいる。
「……ふっつーに起こしてよ、ふっつーに……猫飼ってる飼い主の気分を異世界で味わう羽目になるとは思わなかったよ。」
「普通に起こそうとしてたぞ。
なのに全然起きないどころか、まだ寝ようとしたリンカ様に呆れたからこうしただけだぞ。」
ほな、私が悪いのかと諦め気味に身体を起こすと、らぐーんさんも小器用に私の上から滑り降りてベッドの縁に腰かけていく。
「あぁー……寝て起きたら昨日のアレコレがただの夢で、元の世界に戻ってたって言うのを期待してたのに、現実は甘くないのー、らぐーんさん。」
昨日突貫で作った狭い小屋の天井が嫌でも目に入り、ここが原因はさっぱりわからないものの、何故かやってくることになった異世界に、いまだ取り残されているのだと知ると、朝からテンションが下がってしまう。
とはいっても、腹が減ってはなんとやらで、お腹がくぅくぅ鳴いてきているのも事実で。
「起きたんならさっさと朝飯にするぞ。
外で朝食の用意は終わっとるし。
せっかく数に限りだってあるエッグトースト出したんだから、冷めないうちに喰うぞ、リンカ様。」
「外ぉ? テーブルや椅子だってないのにどうやってさ。」
昨日は二人でこの小屋を仕上げて、ベッドを置いた辺りで、電池が切れた人形のように寝こけてしまっただけに、家具も何もないはずの外で食べるより、行儀は悪いがベッドで座って食べた方がマシだと思って問い直すと、エヘンとらぐーんさんが胸を張ってみせる。
「リンカ様が寝てる間に、私が作業台でテーブルと椅子作っておいたぞ。
コツ掴んじゃえばどっちも数秒以内にできるって、やっぱりこの世界はどこかオカルト染みてるな」
「マジかい。 そこまでしてても、まだ起きてこないなら私が悪いねー。
飲み物とデザートのヨーグルトは、私のヤツ出すわー。」
バツが悪そうに頭を搔きながらベッドから立ち上がると、ウーンと身体を伸びさせてから身体を解し、ゆっくりとらぐーんさんを抱っこすると小屋の外へ出ていく。
小屋のドアをくぐり抜けると、朝霧がまだ残る樹上に作った新たな大地の中に、小さな木製テーブルと椅子が二脚。
まるで職人が手作りしたかのような精巧な出来栄えのテーブルの上には、ほんのり湯気を立てるエッグトーストが置かれていた。
「……異世界に来たって割りにはご機嫌な朝食だねぇ。」
抱っこしていたらぐーんさんを、らぐーんさんの体格に合わせた高さになっている椅子の上に座らせながら、自身は普通の高さの椅子に座り込む。
そうして昨日の操作を思い出しながら、倉庫ウィンドの中から、ロードオブミッドガルド では序盤向けの回復アイテムでもあった、オレンジジュースとヨーグルトを取り出し、それをテーブルに並べる。
「飯だけでも気分を上げないと、とてもじゃないがやってられんだろ、こんな状況。
さて、いただきます、だ。 リンカ様。」
「はいはい、いただきまーすっと…。
今日は、この小屋回りとか地面? 地面って言っていいのかな?
この空中に作ってる大地の整地しながら小屋をせめて家っぽくしとこうかぁ。」
二人手を合わせてトーストに齧り付きつつ、どうしたものかととりあえず手を付けられそうな範囲から手を付けるか、と提案すると、ヨーグルトを木のスプーンで掬って食べていたらぐーんさんも、周囲を見渡してからそうするかぁ、と同意の言葉を漏らす。
そんなとりとめのない会話をしながらトーストを平らげて、ヨーグルトでしっとり締めた後。
どこか満足げに空を見上げていたら、ふと“あること”に気付いてしまい、眉をしかめた。
「……ねぇ、らぐーんさん」
「ん、なんだ。デザートにクレープでも欲しくなったか?」
「違うわ。あのさ―――トイレって、どうする?」
……沈黙。
らぐーんの手がピタリと止まった。
木のスプーンを口に運ぶ直前だったのに、それきり固まって動かない。
「……それ言い出すなよ、リンカ様」
「いやいやいや、言わなきゃダメでしょ。
昨日からずっと我慢してたけど、そろそろ限界が……。
それに、お風呂もまだ無いし、衛生面どうすんのよ……」
すぐに帰れそうなアテもあるわけでなし。
こうなってくると、いよいよそうして衛生面やら生活面の向上に気を向けないと、あっという間に未知の病気にかかってしまいそうなだけに、思わず両手で頭を抱えてしまう。
「トイレと風呂……ロードオブミッドガルド には勿論そんなの街マップにとりあえずありますって配置されてただけだし…。
マイビルだってそれっぽく見える家具を自分で作んなきゃトイレも出来なかったな。
うわぁ……、どうするよリンカ様?」
「そーだねぇ………。 全くの別のゲームなんだけどさ。
LastOut(ラストアウト)って終末世界の探索ゲームなんだけど。
あれにも実は拠点やら街をつくる機能があってさ。
あっちだったら、トイレットペーパー付きの水洗トイレは勿論、シャワールームにジャグジー付きのお風呂とか、洗面台とか…そう言う衛生周りの家具を資材があればいくらでも作れたんだよ」
ロードオブミッドガルド(Lord of Midgard)に遅れて発売され、そちらにも浮気してプレイしていたゲームの事を思い出す。
『LastOut(ラストアウト)』
オンラインにも対応していたポストアポカリプス系・クラフト&サバイバルRPGだ。
プレイヤーは崩壊後の世界で拠点を作り、生き残り、再建していく。
家具・設備・防衛装置・照明・植物・自販機など豊富なオブジェクトはもちろん、空腹・渇き・放射能・汚染・気温管理だって可能なうえに、浄水装置や空気フィルターなどで環境対策すらできた。
またマイビルとは違った形だが、食料の栽培や家畜にできそうな生き物の捕獲、繁殖や生産すら可能で、武器や防具に、ロボットステーションさえ建築すれば、自分だけのドローンやロボットを味方として作成することだってできた。
あのゲームのシステムをもし使うことが出来たなら、どれほどこの状況で役に立ってくれたのだろうかと思いを馳せているのだが、 ロードオブミッドガルドのスキルや身体能力に加えて、マインビルダーズのクラフト能力まで何故か使えるこの現状なら、もしかすれば LastOutのシステムや建築能力だって使えるのではないか、と考えてしまい…。
「LastOut? ああ、リンカ様が結構な割合で喋ってたあのゲームだっけ?
こんなふざけた事態に直面してるとはいえ、いくらなんでも、そのゲームのシステムまで使える無法が罷り通るわけが――」
らぐーんさんの常識的なツッコミを耳にしながらも、虚空に手を伸ばしていたリンカの視界に、突如として見慣れた青白いウィンドウが開いた。
【 クラフトメニュー起動中……
→ 生活カテゴリ > 住宅設備 > 衛生アイテム 】
「……は?」
どうやらこのシステムメッセージは、らぐーんさんにも見えているのか、戸惑った声が耳に届く。
「……まさか、おい。まさかだがリンカ様?」
戸惑った顔でこっちを見てくるらぐーんさんに頷いて見せながらも、もう一度、念のために確認してみる。
意識を集中して、かつてのLastOutと同じ操作を思い描くようにして――
パコンッ、と軽い音を立てて、LastOutの建築モードがそのまま現れた。
目の前の空間に、半透明の設置ガイドライン。
そこに表示されたのは、かつて見慣れた「白い水洗洋式便器」や「カーテン付きのシャワールーム」。
さらにリストをスクロールすれば、「発電機」「浄水装置」といった各種生活装置もずらりと並び―― 現代らしく部屋を照らすことだってできる各種照明器具だって配置できることを示すように、各種装置の縁が緑色にハイライトされて、装置の器具の輪郭が虚空に浮き上がっていた。
「……これ、マジで作れるやつだ」
「……何でもアリだな、この異世界。
誰に対してもいい顔してるってわけじゃないだろうな?」
流石に節操がなさすぎるだろうと、呆れた声が聞こえてきて、全面同意だと頷き返しながらもこれなら当面は何とかなりそうだと、ひとまずは安堵の吐息を漏らす。
「何でもいいさ、この際。
使える物はパッと使ってさ、ちゃっちゃと問題なく暮らせそうな家作っちゃおうぜ。」
そうするかぁ、と止めていた手を動かしなおし、残っていたヨーグルトを口に運んだらぐーんさんを眺めつつ、私自身も飲みかけのオレンジジュースを口の中に流し込む。
その後は存外手早いもので、小屋のベッドを一度片付けてしまうと、壁際にトイレと手洗い台を設置して簡易的なトイレにしてしまう。
半透明の設置ガイドに従って設置しただけなのに、何処からともなく水が流れて現代のような水洗機能が当然のように動作しているのが、もはや恐ろしい。
「なぁ、リンカ様? これ何処に流れて行ってるんだ? 上水道にも、下水道にも繋がってないだろ?」
「わっからん。
LastOutもそこら辺の建築モードは、ユーザーに不便掛けないためなのか、ユーザー有利で適当な部分が多かったからなぁ」
だからこそ、今こうして助かっているのだと染み染み実感しながらも、未だに枝と枝が絡み合っただけの”空中の大地”の土を持っていない未整備だった区画へ、腐葉土ブロックを敷き詰めて埋めていき、ようやく“庭付きの一軒家”レベルの区画を作り出すことに成功して。
「……異世界拠点、トイレ確保で清潔感アップ、っと」
「初期建築としては十分すぎる成果だな。まあ、そのおかげで寝室もどきがトイレになっちまったけど」
「そうやねぇ……そんなら今日はまずはしっかりした家作りからなのかもねぇ。」
らぐーんさんの尤もすぎる指摘に、それなら日が暮れる前に拠点を少しでもまともな形にするか、と建材の樹木ブロックを手にするが…。
LastOutであればしっかりしたコンクリートの土台に、壁や天井だって同じ木材から作り出してるとは思えないほど種類豊富に家回りを建設可能だったことを思い出し、建築メニューから土台を出せるか試し…。
そしてあっさりとコンクリートの土台を生み出すことに成功する。
「おおう? これがLastOutの土台か? どうなってるんだ、これ?」
興味深そうに土台に飛び乗り、キョロキョロと辺りを見渡す姿が、プレリードッグ染みて見えてついつい微笑んでしまいながらも、土台をさらに追加で設置していき、あっという間にそれなりの広さの家の縄張りを仮で組むと其処へ先ほど作ったトイレへ続く通路も作る。
「ほー? 随分あっさり仮組してたけど、マイビルよりこの辺回りは簡単、なのか?」
「どーだろ? マイビルだったらブロックの高さ決まってるけど、LastOutだと、設置するときオブジェクトの設置する高さも自分で調整しなきゃだし、一長一短じゃないかな?」
それもそうか、と同意の言葉を口にするらぐーんさんに、部屋割りを指定してもらいつつも、その後は、例によってLastOutの設置メニューから建材を引っ張り出して、仮組みした土台の上にログハウス風の壁を配置していく。
木材だけで作れるわりに見た目も悪くないのがありがたい。
リビング、寝室、キッチン、脱衣所にお風呂まで。
ついでにドラム式の洗濯乾燥機や鏡面台、手洗い台も設置して――
気づけば、見た目は完全に“日本の一軒家”に近い拠点ができあがっていた。
「無機質なコンクリ剥き出しの床を、絨毯やらフローリングに変えただけでも印象全然変わるな~」
「私はシンクに始まりキッチンコンロは当たり前、洗濯機やら、乾燥機まで作り出した時点で、こまかい事考えるのやめたけどな、リンカ様」
少し薄汚れてはいるものの割れていない窓ガラスの付いた壁から差し込む夕暮れの光に照らされながら、ようやく“暮らせる”空間が整ったことに、ひと息ついて、柔らかく笑った。
「なんにせよだ。
これで今日は念願のお風呂に洗濯もできるし、ランタンとは言え文明の灯も灯ったんだ。
今夜はパーッと飲んで騒がないか、らぐーんさん?」
「アップルシードルがあるならそれ準備してくれよ、リンカ様。
景気付けに在庫全部飲んでやるから」
「ハハハッ! いいねぇ。
そんじゃツマミになるようなチーズだの、サラミの在庫も一斉放出するか!」
――その夜。
建てたばかりの拠点のリビングで、アップルシードルの栓を開け、
チーズとサラミをつまみに二人でささやかな乾杯をした。
ランタンの灯りに揺れる影が、ようやく“居場所”らしきものを得たことを静かに祝福してくれているようだった。
湯気の立つジャグジー風呂で身体をほぐした後、
ドラム式洗濯機に今日の服を任せて、ふかふかの布団に潜り込む。
「……とりあえず、今日はこれでよしっと」
「明日からは探索とか、外との接触とか、考えないとなー」
「セヤネー……」とぽつりと交わした言葉を最後に、意識はすっかり闇の中に落ち、ゆるやかに夜は更けていった――。