傷だらけ異能者の日記   作:アサリを潮干狩り

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第一話

 

 4月19日

 今日から日記をつけることにした。

 

 色々日常の事を書いてみようと思う。早速今日の事を書く。

 

 異能官の仕事、辞めさせられたわ。いや本当にクソだわ、あそこ。異獣とかいう超危険な動物をぶち殺す仕事をしてたんだが、俺は基準を超えてしまったため解雇されたらしい。

 

 巨獣級異獣の被害をゼロにしろ?無理に決まってんだろ。何人かは絶対死ぬし、建物も100パーぶっ壊れる。野次馬共も全て守るなんて出来ねぇよ。

 

 なんとか頑張って死者は数人に抑えたが、上司からクビを伝えられた。前回はゼロに出来ていたのに何故出来ない?とか言ってきやがった。

 

 巨獣級異獣とか知らないのか?クソデカくてよくわからん強ぇ獣が襲ってくるんだぞ?そりゃ死ぬだろ。

 

 同期が辞めた理由が分かったわ。まぁ、ほとんどの同期は辞める事すら出来ずに殉職してるんだがな。

 

 まぁ別にいいか。どうせ辞めるつもりだったし。こんな所いられるか。

 

 

 

 5月12日

 今日は朝から異能協会のクソ共が俺の家に来やがった。アイツらに住所を知られてたのが最悪だった。なんでも、最近は異獣の被害が広がってるらしく、俺を復職してもいいそうだ。

 

 ゴミ共は俺の能力で脅したら蜘蛛の子を散らすように逃げ出していった。ふざけるな、あれだけ俺の事を使い倒して雑巾みたいに捨てたくせに。都合の良い時だけ俺を使いたがる。どうせ俺の同僚もそうやってボロ雑巾みたいに壊れるまで使っていたんだろうな。もう、彼らの事なんて覚えていないが。

 

 次来たら殺すと言っておいたから、もう来ないだろう。どうやら協会は自分が世界の中心だと勘違いしているらしい。俺が大人しく従う訳がないだろう。

 

 はー本当に異能官ってのはクソだ。

 

 

 

 5月18日

 朝から最悪の気分だった。協会の奴らまた家に来やがった。

 

 めちゃくちゃイライラした。本当に連中何を考えているのか分からん。もうほっといてくれ。

 

 むかついたから、家に入ってこようとした奴をぶっ飛ばしてしまった。正直めちゃくちゃスッキリした。後悔はしてない。

 

 まじで誰も居ない田舎でスローライフしてぇなぁ、お金はあるし暫くはゆっくり暮らしたい。

 

 

 

 

 5月29日

 俺は決意した。もう、こんな所居られない。絶対に田舎に行って幸せな生活を送ると。クソ共で落ち着かない都会を離れて、余生を安らかな所で暮らすぞ。

 

 煩い協会とか、異獣が居ない静かなところが楽しみだ。

 

 最近はスローライフ候補地を探すのが楽しい。海が良く見えて綺麗な所とか、空気が綺麗で静かな山の奥地とか見てる。綺麗な所は見るだけで癒されるわ。こんな濁った空気の都会からはおさらばだ。

 

 

 

 6月20日

 ついに!引越し完了!

 

 引越し先は、歳光市という田舎街にした。あれだけ海とか山奥とか書いていたが、正直欠点が多すぎる。まずインフラが無いのがやばい。普通に近くのコンビニまで一時間くらい掛かるとか聞いてない。そんなのに都会っ子の俺は耐えられん。

 

 それにしても歳光市は良い所だ。人口は少ないがインフラも整ってるし、空気も美味しい。山や川もあってすごい綺麗だった。人と会ったが皆良い人で話していて気持ち良かった。協会のゴミ共とはえらい違いだ。

 

 マンションの小さな部屋を一つ借りたが、もう満足している。一応一軒家を建てられるだけのお金はあるが俺じゃ持て余してしまう。なんだか、こんな生活がしたかった気がする。毎日が楽しい。

 

 

 6月23日

 いや、飽きた。

 

 起きて散歩してご飯食べて近所のお爺さんと話してお風呂入ってご飯食べて寝る。

 

 この繰り返しだ。流石に飽きる。やっぱり人間は変化がないと腐ってしまう。唯一の楽しみは近所のお爺さんと話す事だ。お爺さんは芋が好きらしい。今度差し入れしてみようかな。

 

 

 6月25日

 今日はとても疲れた。

 

 夜に散歩して街の方を見ていたら、制服で傷だらけの女の子が倒れていた。とりあえず公園のベンチに寝かせた。

 

 少女は起きると、俺を見て一応感謝していた。なぜあんなふうになっていたのか聞くと、異能の制御の練習をしていたらしい。

 

 気を付けなよと言っておいたが、絶対聞いていなかった。

 

 

 6月28日

 またあの少女に会った。どうやら現役高校生らしい。子供は家に居ろ。

 

 彼女はなかなか異能が制御出来ない、と言うので手伝ってやると言ってみた。

 

 少女は本当に出来るか疑っているみたいだったが、その場で彼女をボコしたら信じてくれた。どうやら能力者だと分かってくれたらしい。

 

 そのついでに彼女の名前を聞いてみた。名前は雪浦氷花と言うらしい。その名前の通り容姿からは氷のように怜悧な印象を受ける。頭から流れる銀の髪は良く手入れされていそうだった。

 

 これから鍛えてやると言ったら、思いの外やる気を見せてくれた。いい暇潰しになりそうだ。

 

 

 7月10日

 どうやら雪浦さんはなかなか筋が良い。

 

 彼女の異能は氷に関するものらしく、それもかなり強力なものだった。それゆえに制御が難しく、自分の操作範囲から氷が飛び出してしまうらしい。

 

 彼女は強力な能力を十分に使えてはいなかったが、俺が指導するとそれがすぐに変わった。取っ掛りを覚えればあとはすぐだった。

 

 魔力操作運用に関して教えてみたが、直ぐに氷を制御できていた。正直才能がありすぎる。雪浦さんは喜んで感謝を伝えて来たが、彼女の将来が心配だ。

 

 戦いとは関係無いところで静かに暮らしてくれればいいんだが。

 

 

 

 

 7月14日

 体が痛い。胸も痛いし腹も痛い。

 

 朝に血も吐いてしまった。

 

 多分異能官時代の傷が悪化している。あれだけ無茶を繰り返したらそうなるだろうなとは思う。

 

 痛い、苦しい。

 

 

 ■

 

 

 異能。

 

 それは、今の世の中にとって当たり前となったものだ。

 

 その最初の発生は、アメリカのどこかで生まれた赤子だったとされている。その赤子は、生まれた瞬間から世界に大きな影響を与えた。なにせ、その赤子の半径十メートルに入ると物体が浮遊してしまったからだ。結局赤子はその能力のせいで世話も出来ずに餓死してしまったが、世の中は大きく変化した。

 

 その後から、立て続けに能力を持つ子供が生まれた。世界はその異質な能力を異能と名付けて既知の範囲に収めた。異能は危険な物もあったが、使い方を間違えなければ非常に便利なものであった。魔力を消費して超常現象を引き起こす異能は地球のエネルギー問題すらも救った。

 

 だが、それで終わるはずは無く。異能の出現と同時に『異獣』という存在も出現。見た目は漆黒の色をした生物で、それは人類に対して絶対的な敵対行動を取る生き物であった。大きさは多種多様でネズミ程の大きさも居れば、地球上に存在する動物を遥か凌駕する大きさのものも発見された。

 

 異獣は、人類に甚大な被害を齎した。何処からともなく現れ、人を狙い捕食し建築物を廃墟に変える。対処に人類は酷く疲労していた。だが人類はそれを見ているだけではなかった。

 

 その対策に世界は戦闘が可能な有志の異能力者だけを集めた組織を設立。各地に支部を置き、それぞれ異能力者を集った。

 

 それが、異能協会である。そして異能協会に務める人間は異能官と呼ばれ、世界中から畏怖と敬意を集めている。

 

 

 ■

 

 

「はぁ……」

 

 ため息をつきながら、少女は街道を歩く。歩くたびに背中で一つにまとめられた銀髪が揺れる。その切れ長の碧眼が前方を見据える。白く輝く柔肌はその魅力を存分に発揮していた。その怜悧な顔立ちは誰もが振り向く程の美貌を誇っている。均整に整っている体はモデルとしても通用しそうだ。

 

 少女――雪浦氷花は疲労した身体を引き摺りながら家までの道を歩いていた。別に筋肉痛という訳では無い。ただ、過度な集中で頭や体に疲れが溜まっただけである。恐らく彼の影響もあるのだろう。あの人の訓練は厳しい。

 

 氷花は疲れきった脳を動かし、あの男性についての出会いを思い返す。

 

 確か、あの時は異能を制御しようとしていた時だった。深夜まで操作範囲から飛び出す氷を体で受け続けた。致命的な怪我はしていなかったが、酷く非効率的な鍛錬をしていた。今思い返すと本当に自分が馬鹿だと思い知らされる。

 

 

 当時の氷花にはそこまで焦る理由があった。

 

「貴女に異能が確認されました」

 

「……え、本当に……?」

 

 学校で行われる異能確認検査で、氷花には異能の適正が確認されたのだ。それはとても嬉しかった。憧れていた存在になれるかもしれないと、浮かれていた。

 

 氷花は将来的に異能協会に入ることを目標としている。異能協会と言えば人類の絶対の剣、或いはその盾。世界的に見ても素晴らしい職業だ。また、人々から尊敬される異能協会は敷居も高く容易に入れる様なものではない。その分異能官として務める人間は国を挙げて支援している。それが理由で異能官を目指す者も多い。

 

 だが、氷花はその威光に魅せられた訳では無い。

 

 氷花は数年程前に異獣災害から助け出された過去があり、その時に異能を行使する異能力者の姿が目に焼き付いて離れなかった。その鮮烈な姿が。太陽の様な光を操り、闇を祓う姿が。

 

 私も、あの人の力になりたい。

 

 そして、いつか感謝を伝えたい。

 

 そう思っていた。

 

 そして実際に自分の身体から異能が確認された時、飛び跳ねるほど嬉しかった。早く異能協会に入りたかった。

 

 だが、現実はやはり厳しいものだ。氷花の異能はあまりに強力すぎたのだ。珍しい氷結系の異能という事で、その道の人間からは注目された。だが、欠点が大き過ぎた。氷花は異能を全く制御出来なかったのである。

 

 攻撃範囲も威力も制御出来ないなんて、実戦で背中を預けるのは嫌に決まっているだろう。そんな当たり前の事、氷花も理解していた。改善の努力も重ねた。毎日学校終わりに深夜まで異能を制御する練習を行い、身体に傷を作っていた。

 

 簡潔に言うと、当時の氷花は焦っていた。憧れに早く会いたい焦燥感、もし何も出来なかったらという不安、立ち止まっている自分への苛立ち。

 

 全てがごちゃ混ぜになり、頭が一杯になっていた。多分、その所為だ。

 

 いや、逆に幸運だったのかもしれない。結果彼に出会えたのだから。

 

 

 

 

 

「……うっ!」

 

 ある日の深夜。公園で何時ものように異能を発動すると、氷塊が飛んできた。しかも、運悪く頭に。躱そうとするが、高速で飛ぶ氷に反応できるほど氷花は運動神経は優れていない。

 

 頭に綺麗に命中し、視界が揺れる。ふらふらと身体を揺らして、氷花は地面に倒れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふっと、氷花の意識が浮上する。目を開くが、何も考えられない。何かが、おかしい。周囲は小さな街灯の光しかなかった。

 

 家……じゃない、もしかして……外?

 

「……!」

 

 咄嗟に身体を起こし周囲を見回す。いつの間にか氷花は公園のベンチに寝かせられていた。

 

 見ると暗闇の中に、一人の青年がいた。至って普通の青年であったが、氷花はその姿にどこか違和感を覚えた。黒髪と黒目。それと白いシャツと長ズボン。随所まで見てみたが一般的な男性にしか見えない。

 

「お、目が覚めたか」

 

 青年は安心した様に氷花を見ると隣に座った。知らない男が近くに来たので思わず身構える。

 

「大丈夫か?こんな所で倒れてるなんて。病院に行った方がいいんじゃないのか」

 

「い、いえ、すみません。大丈夫です」

 

 情けない姿を見せてしまった事に顔が赤くなる。だが青年は氷花の事など気にせず言葉を紡ぐ。

 

「そうか、まぁ自分の事は自分が一番分かってるか」

 

「はい。ご心配をお掛けしてすみません」

 

「いいよ別に。それより、なんで深夜にここにいるんだ?危ないだろ、君みたいな子供じゃ」

 

 氷花はその言葉に身体をぴくりと身体を動かした。

 

「答え次第じゃ、警察まで行くが」

 

「……異能です」

 

 彼の問い詰めに観念して呟く。青年は怪訝そうな顔をして氷花を見た。

 

「異能の制御の練習をしていたんです。学校じゃ出来ないし、深夜ぐらいしか場所が無いので」

 

「……そうか」

 

 青年は何故か目を伏せて言った。氷花はそれを不思議そうに目を向けたが、次の瞬間には元通りの姿だった。

 

 彼は手を振って笑みを浮かべる。

 

「まぁ……いいか。気を付けろよ!」

 

「……はい、頑張ります」

 

 青年はそのまま暗闇に消えていった。だが、既に氷花の意識は異能の方に集中していた。

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 彼との再会は意外と早かった。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 氷花は尖った氷を見に受け、荒い息を吐く。傷だらけになった肌は年頃の乙女には酷なものだ。

 

「……まだ、足りない」

 

 昔と比べれば制御はできているが、実戦レベルには全く達していない。こんなものじゃ、異能協会に入れるわけがない。

 

 あの人に、胸を張って会えない。助けになれない。

 

 思わず拳を握りしめる。

 

「……!」

 

 集中していると、背後の方から足音。

 

「お、また会ったな」

 

「……こんばんは」

 

 数日前に会った青年が笑顔で氷花を見ていた。やはり、氷花は彼から謎の違和感を感じた。どこかは分からないが、彼の身体は何かおかしい。

 

「また異能の練習をしてるのか?」

 

「……はい」

 

 それを聞くと青年は難しい顔をして氷花を見た。

 

「うーん……一応聞くが、異能の制御に困っているんだよな」

 

「そうです」

 

「……一つ、提案があるんだが」

 

 青年は氷花の目を見つめた。その漆黒の目は見つめると吸い込まれていきそうなくらい、空っぽな瞳だった。

 

「俺の指導を受けないか?」

 

「指導?」

 

「そう、俺は一応異能協会に入ってた事がある。ある程度の事なら教えられると思うが」

 

「……別にいらないです」

 

 知らない大人の誘いなんて断るに決まってる。それに、これを相談しても誰もためになる助言なんてくれなかった。

 

「なら、少し俺に異能を撃ってみろ。きっと驚くぞ」

 

「……面倒です。その誘いは断るのでもういいです。何処かに行ってください」

 

 あまりにしつこいので氷花の声色に刺々しいものが混ざり始める。こんな人に、構っている余裕なんて無い。

 

「いいから、君は異能の制御に困っているんだろう?俺が教えれば改善されるかもしれないぞ」

 

 そう言うと、青年は氷花を見据えて魔力を巡らせた。彼の身体を廻る魔力は氷花に圧力を感じさせる程巨大であった。僅かに氷花は怯むが、青年を見返した。

 

「……あの、大丈夫なんですね?」

 

「ああ、いいから撃ってこい」

 

「怪我しても知りませんよ」

 

「分かったから、撃って良いぞ」

 

 心配したのにそんな反応をする青年に、氷花は面倒になった。本人もこう言っているしいいか。もし怪我したら病院まで連れていけばいい。そう思い決断した。

 

 氷花の手に魔力が集う。その指先には冷気が漂い始める。魔力が渦巻きの様に廻り、氷を作り出す。

 

 氷の粒が集まっていき、あっという間に頭ぐらいの大きさの氷塊ができた。氷の結晶は氷花の指先に抑えられているが、いつ飛ぶか分からない。氷花とて流石に人に向けて放つのは躊躇う。

 

 氷花の制御が狂い出す。抑えられていた氷塊が震えだし、今にも飛び出しそうだ。氷花は最後の確認として青年を見たが、彼はそのまま頷くだけだった。

 

 氷花の制御が限界を迎え、異能で創られた氷塊が自由になる。

 

 制御から解き放たれた氷塊が、青年に突き進む。

 

 青年が、ニヤリと笑った。

 

 彼がその手を氷塊に向ける。

 

 そして――

 

 瞬間。

 

 閃光。

 

 氷塊が、光の束に消えた。その白い光は青年の指先から放たれているのを確認する。まるで、レーザー光線の様だった。避けるのは不可能に近い。

 

 氷花はその光を見て何故か、儚くて弱々しい印象を受けた。

 

 少し触れたら、砕けてしまいそうな、崩れてしまいそうな、そんな印象を受けた。何かを間違えば、無くなってしまいそうだった。

 

 実際は恐ろしい程の威力を誇っているが。その差異が不気味だった。

 

「ほら、やっぱり驚いた」

 

 にっこり笑う青年から、氷花は目を離せない。

 

 

 その姿が、誰かと重なった気がした。

 

 

「これで俺が能力者ってことは分かっただろ?」

 

「……貴方の能力は何ですか。こんな能力、見た事がありません」

 

「それは秘密な、流石に会ったばかりの人には言えねぇよ。それで、俺の指導受けてくれるか?」

 

「……はい」

 

 こんなもの見せられたら断れるわけが無い。異能の制御も行き詰まってたところだ。彼に着いて行ったら進展があるかもしれない。そう頭の中で言い訳しながら頷いた。

 

「……あ、そうだ。君の名前はなんだ?これから教える事になるんだしさ」

 

「……雪浦氷花です」

 

「そうか。俺の名前は柊だ。これからよろしくな」

 

 そう言って青年は手を差し伸べてきた。氷花も彼の意図を理解し、手を握る。男性の硬い手の暖かい体温がほっそりとした指に伝わる。氷花は思わず安心感を覚えた。

 

 なんだか、良い人かもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よーし、これで良い暇潰しができたぞー」

 

「……」

 

 ……本当に大丈夫かな。

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 そんな心配とは裏腹に、柊の指導は的確だった。まるで氷花の魔力の流れが見えているかのように、氷花の体を把握していた。そして、氷花も異能を制御できるようになるまで時間は掛からなかった。

 

「柊さん、本当にありがとうございます」

 

「いや、大丈夫だよ。正直暇潰しでやってるのもあるからな」

 

 鍛錬の休憩中。そう笑う柊に氷花も苦笑いする。この数週間で氷花は彼に心を開き始めていた。あまり年も離れてはいないからだろう。柊に聞いたが、彼は今年で二十五歳らしい。氷花は彼を兄、または頼れる男性として捉えるようになった。

 

「それにしても、こんなに時間を使っていいのか?友達とかと遊ぶ事もあるだろ」

 

「……遊んだりはしてますよ、少しは」

 

「もしかして友達いないのか?」

 

「……」

 

 この男、人を思いやるという事が無いのだろうか。

 

 氷花は何故か友達が少ない。全く居ないという訳では無いないのだが、氷花が話しかけると皆敬語を使い始める。嫌われているのかと思い数少ない友達に聞いたら、自分は学年でもかなり有名だと言っていた。冷たい氷花の性格が影響しているらしく、高嶺の花とされて周囲も話しかけづらいのだとか。別に話しかけてくれれば良いのに。

 

「というか、貴方も何故そんなに暇なんですか。貴方ぐらいの歳なら仕事に就いているのが普通では?」

 

「それを言われると耳が痛いわ。でもお金は有るからいいんだよ」

 

 柊は苦笑いで答えた。確かに彼は職に就いている様子は無いのに、お金に困っている素振りはない。以前まで彼はある職に就いていたと聞くが、その職はそれだけ稼げる仕事だったのだろうか。それでも、家族は職に就かない男など邪魔にしか思われないだろう。

 

 そこで氷花は不思議に思った。柊の話からは、家族に関する話題が一切出てきていない。もしや、と思った。

 

「……貴方、ご家族は?」

 

「居ないよ。一人暮らしだ。そもそも家族自体がもう居ないからな」

 

「……そうですか」

 

 予想はしていたが、やはりそうだった。だが彼には家族が一緒では無いのは何となく察していたが、既に亡くなっているとは思っていなかった。空気が重くなった気がする。

 

「でも、別に困ってはいないぞ。最近は毎日が楽しいわ」

 

 柊はそう笑うので、氷花もなんと言えばいいか分からない。

 

「ほら、そんな顔すんなって。もう十分休んだだろ?続き始めるぞー」

 

 公園のベンチから立ち上がり、そう彼は言った。氷花もそれに続いて立ち上がり体に魔力を循環させた。

 

「はい、お願いします!」

 

 そうだ。

 

 立ち止まっている余裕なんてない。

 

 氷花には、目指しているものがあるのだから

 




全九話です。

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