傷だらけ異能者の日記   作:アサリを潮干狩り

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第二話

 

 7月22日

 暑い。溶けそうだ。

 外に居るだけで燃えそう。死ぬ。

 

 でも、家で何もしないよりはマシだから雪浦さんの指導はあんま辛くない。最近の彼女は益々やる気の様で、実戦形式の訓練をしたいとか言ってきた。

 

 何だかイキってる気がしたからボコボコにしたわ。舐めた戦い方をしたのはすまんな。

 

 

 7月24日

 今日は雪浦さんにご飯を奢った。これが大人の余裕というものだ。まあファミレスだが。

 

 彼女も喜んでいたので奢って良かったと思う。無邪気にご飯を食べる彼女は子供相応だった。俺も久しぶりに食べたが、多分美味しかったはず。というか雪浦さん頼みすぎだろ。

 

 俺の財布の中身に大打撃を与えるとはなかなかやるじゃないか。銀行から下ろせば体力は無限だがな。現金だけだったら払えていたかわからんぞ。

 

 

 7月28日

 最悪だ。

 

 夏休みという事もあって雪浦さんに長い時間教えていたが、その時に事件が起こった。

 

 雑談の中で彼女に何故そんなに異能の鍛錬をするのか聞いてみたが、彼女は異能協会に入りたいらしい。血の気が引いた。

 

 入るのを辞めるよう言葉を尽くした。

 

 君みたいな少女が入るところじゃない。あそこはもっと残酷なところだ。夢や願いを持った人間達が呆気なく殺されていくのを見てきた。協会の言葉に騙されて死んで行く人々は数え切れない。

 

 そう言って説得しようとしたが、無駄だった。

 

 彼女の瞳には強い炎が宿っていて、意志を曲げる気はなかった。憧れに会いたい。あの人の助けになりたい。そう言った彼女に熱い心を見た。

 

 その瞳に見つめられると、昔の自分を思い出してしまう。まだ熱を持っていた筈のかつての自分を。もう覚えてすらいない自分が、脳裏を過ぎる。

 

 

 

 7月29日

 雪浦さんへの指導を増やした。

 

 別に、強くなってほしいとか、死んで欲しくないとかじゃない。俺が暇だっただけだ。

 

 彼女もそれに応えて俺に向かってきてくれた。あれだけ真剣なのは嬉しかったが、その理由が少し嫌だった。

 

 

 

 

 ■

 

 

「……涼しい」

 

「ふー疲れた」

 

 灼熱の暑さから一転、室内の冷房で冷やされた空気に触れる。ひんやりとした感触に、氷花も心地良い気持ちになった。

 

 昼の鍛錬を終えて、腹を空かした氷花と柊はご飯に行く事になった。近所には最近できた大手ファミレス店があったので二人はそこに入った。外の暑さから解放された此処は、まさに楽園だった。

 

「あの……本当に大丈夫ですよ」

 

「いやいや別に良いよ。お金だけは有り余ってるから」

 

「いえ、人に奢らせるのは……」

 

「大丈夫だって。俺は大人だぞ。奢るのは当然だ」

 

 二人はしばらく言い争うが、柊が折れないのを見て氷花はもう諦めた。

 

「……すみません。ありがとうございます」

 

「別に良いよ。まだ君は子供だしな」

 

 そう言う柊に、氷花は思わずむっとする。氷花は、何故か彼に子供扱いされるのは嫌だった。自分でも生意気だとは思うが。

 

「……子供扱いしないでください」

 

「いやー君はまだ子供だよ。ガキには分からないかもしれないけどな」

 

「……」

 

 そっぽを向く氷花に柊は苦笑いした。

 

 しばらく柊が機嫌を斜めにした氷花を慰めていると、店員から呼ばれたので歩いて席に着く。

 

 眉を八の字に曲げた氷花を見て、柊は口を開く。

 

「何でも頼んでいいから、そろそろ機嫌を直してくれよ」

 

「……ふん」

 

「えぇ……何でだよ、気に障ることでも言ったか?」

 

「言ってませんけど……何か違うんです」

 

「……?」

 

 よく分からない氷花の様子に疑問を浮かべる。

 

 暫く休んでいると突然氷花は思い出したかの様に柊を睨みつけた。

 

「というか……そもそも。昨日のあれは何ですか、あれは」

 

「ん?何の話だ?」

 

「貴方の戦い方ですよ!ふざけているんですか、あれは!」

 

 氷花は先日の訓練を思い出す。昨日は氷花は珍しく指導に対して要望を言ったのだ。それは、実戦形式の訓練したいという話だった。

 

 それに眉を顰めた柊だったが、最近は訓練も単調なものでつまらなくなってきたし丁度いいなとそれを許可した。

 

 早速実戦形式の訓練が始まったが、ふざけた事に柊はその場から一歩も動かなかった。そこに氷花は氷柱の雨を叩き込んだが、全て謎の光線に貫かれて消えた。柊はそこまでしてもゆっくり歩くだけで、氷花を警戒している様子は全くなかった。

 

 その後も全力の攻撃をぶつけた氷花であったが、柊には全く通じない。攻撃に淡々と光をぶつけられ、それを見ていることしか出来なかった。

 

 おまけに最後には油断していたところに足を引っ掛けられて転ばされた。

 

 この男の舐めた戦い方に氷花は憤慨した。いくら実力の差があるといっても、やり方があるだろうと。もっと勉強になる戦い方はないのか。あれじゃ壁に撃っているのと変わらない。

 

「……いや、それに関してはすまん。ああするしかなかったんだ」

 

 それを聞いて柊は申し訳なさそうな表情をした。

 

 想定と違い、素直に謝られるので氷花は豆鉄砲を食らったような顔になる。この男がここまで真摯に言うなら、何か理由があるのだろう。この人は嘘はつかない人だ。

 

「どういう事ですか?」

 

「……ごめん。あまり言いたくない」

 

「何か、事情があるんですか」

 

「それは間違いない」

 

「……そう、ですか。分かりました、もう聞きません」

 

「ありがとう」

 

 その後、機嫌を直した氷花は沢山の甘い物の山を頼んだ。柊は顔を青くして財布を見る。アイスにパフェ、その他大勢が並ぶテーブルは随分窮屈だった。

 

「……それ、食べ切れるんだろうな……」

 

「勿論です。食べ物を無駄にするなんて有り得ません」

 

「……そうか」

 

 次々と氷花の口に運ばれていく食べ物達を見て、柊は掃除機でも見ているかのような気分になった。

 

「……」

 

 パフェを口に目一杯詰め込んだ氷花は幸せそうな顔をする。端正な顔を笑顔にしている氷花は、周りの人々を引きつける魅力で溢れていた。

 

 それを尻目に柊は頼んだステーキを噛み締める。いつも通りの感触がした。やはり、こうなってからは食事がつまらない。『あれ』が無くなった事に最近後悔し始めた。もう遅いのは分かっているが。

 

「……はぁ」

 

 柊が漏らした溜息に氷花はぴくりと反応する。

 

「……何かありましたか?」

 

「いや、なんでもない。君がめちゃくちゃに食べる姿に思わず出ただけだ」

 

「な、何でも頼んでいいって言いましたよね!?」

 

 氷花はパフェを飲み込み言った。やはり、この量を注文したことに少しは罪悪感を覚えていたらしい。柊はほっと安堵した。これから似たような事がある度に、馬鹿みたいな量を注文されては困る。

 

「貴方は……あまりに食べないんですね」

 

「俺は少食だからな。別に食べ物にこだわりも無いし、何でも良い」

 

「意外ですね。異能官の方は異能を頻繁に発動する関係上、エネルギー補給の為に食事の量が多いと聞いていましたが」

 

「例外もあるって訳だ。それに異能官と言っても一口では言えない。前線で積極的に異獣を撃滅する人もいれば、後方でサポートに徹する人もいる。後方に居ればそれだけエネルギー消費も少ない」

 

「では貴方は後方勤務の人だったのですか?」

 

「いや?全然異獣をぶっ殺していたが」

 

 柊がそう言うと、氷花はジト目で彼を見つめた。頬を膨らませて碧眼を向ける。

 

「……ほんと、何なんですか貴方は」

 

「別に前線で戦って無いとは言ってないぞ。それに、俺の戦闘能力は分かってるだろ」

 

「まぁ……それはそうですが」

 

 氷花の脳裏には普段の訓練の情景が映る。

 氷花が放った氷柱をいとも簡単に吹っ飛ばし、巨大な質量を持つ氷塊を消し飛ばすあの光線。その中を悠々と歩き、不敵に笑う姿が。

 

 氷花は疑問が深まった。

 

 あの異能は本当に人が発現して良い規模のものなのだろうかと思う。氷花は自分以外の異能者と会い、その能力を見せてもらった事がある。その能力達はどれも氷花の力を上回るものでは無かった。

 

 そんな氷花は柊の能力をまともに見た時に衝撃を受けた。柊の能力はあまりに破壊、殺戮に特化しすぎている。あの光から逃れられるものは居ないし、耐えられるものはいないだろう。柊の身体はそんな能力を常に出力しているのだ。彼の肉体は何故無事で居られるのか不思議で仕方なかった。

 

 

 柊の能力についての疑問はあまりにも多すぎる。

 

 

 

 その答えは今の氷花にはまだ分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 訓練のお陰か、氷花の実力はぐんぐん上昇していった。それこそ並の異獣程度なら容易に撃退出来るほどに。

 

 柊も良い事だとは思っていた。だが、なぜ氷花がここまで強さを求める理由が分からなかった。確かに異能の使い道は多いし、自由自在に操れていた方が将来に役立つだろう。大学からの推薦も取りやすいし、有用な資格も取れる。でも、それじゃ氷花の熱量に説明がつかなかった。

 

 はっきり言って、氷花の異能への想いは異常だ。深夜まで高校生が異能の訓練をするなんて聞いた事がない、それも身体をボロボロにさせてまで。間違いなく、そうする強い理由があるはずだ。柊はそう推察していた。

 

 柊は氷花にその理由を聞くかどうか迷ったが、結局彼女に聞いてみる事にした。これは氷花の今後にも影響する。彼女の進路で指導のやり方が変わるからだ。戦闘とは全く違う職を目指しているなら今からでも変えるのは遅くない。これは彼女の為でもある。

 

「……なぁ、聞きたいことがあるんだが。いいか?」

 

「……?はい、何ですか」

 

 ファミレスに行ってから数日後。

 柊は神妙な顔で氷花に問いかけた。

 

「何でそんなに強くなりたいんだ?」

 

「強く、ですか」

 

「ああ、君の異能への熱量はとても高いと思う。何故、そこまでさせるのか聞きたいんだ」

 

「……」

 

 氷花は僅かに逡巡する。この夢を他人に話した事はなかった。だが、この人なら言ってみても良いかもしれないと思った。

 

「異能協会に入りたいんです」

 

「……は」

 

 その声に反応して氷花はその声の元を見る。そこでは、柊が無表情で固まっていた。黒い瞳を瞬かせる。

 

「……え、は。……す、すまん。もう一回言ってくれないか」

 

「……?はい、私異能協会に入りたいんです。昔からの夢で、人を異能で守っていきたいんです」

 

 柊は不自然に黙り込む。その沈黙を氷花は不思議に思った。

 

「……それは止めた方がいいと思うぞ」

 

 絞り出すような声で柊が言う。その顔は全くの無表情で染まっていた。

 

「……どうしてですか?理由があるんですよね」

 

「俺は……前まで異能協会で働いていた。だからあそこの内部事情も知ってる」

 

 氷花は思わず柊を見つめた。確かに彼が異能協会で働いていたのは知っている。だが彼の反応は世間の評判からは考えられないものだった。

 

 柊は熱の篭った目で話し始める。その顔は静かな怒りに満ちていた。

 

「あそこはな……人を人と思わない奴らが蔓延ってる場所なんだ」

 

 

「上の奴らの所為で何人の仲間が見捨てられたことか、何人の希望に満ち溢れた若者が無惨に殺されたことか」

 

 

「だから、あそこに行くのは止めた方が良い。それ以外なら何処でも良いと思うぞ」

 

 その怒りに満ち溢れた顔を氷花はずっと見ていた。彼の気持ちが痛い程伝わってきた。現場を経験した者にしか分からないものがあるのだろう。

 

 

 

 それでも、氷花は彼に言いたいことがあった。

 

「――駄目ですか?」

 

「……?」

 

「憧れを、追いかけるのは駄目ですか?」

 

 氷花は柊と目を合わせた。

 氷花の碧い瞳と、柊の漆黒の瞳が互いに映る。

 

「私は数年前、異獣災害から助けられました。勿論異能協会の方からです」

 

「……」

 

「その姿に憧れたんです。身を呈して人々を守り、その賞賛を受ける間もなく次の人を救う姿に」

 

「……」

 

「私も、その人の力になりたくなった。いつか異獣に身体を引き裂かれるとしても、それまでに沢山の人々を救いたいんです」

 

「……」

 

 柊は、何も話さない。

 

「柊さんが言っている事は正しいのかもしれない。本当にそうなのかもしれない」

 

 

「それでも私は、あの人の力になりたい。今も何処かで戦っているかもしれないあの人の助けになれたら嬉しいんです。別に異能協会にこだわっているわけじゃないんです。ただ、そこにあの人が居るからなので」

 

 

「そして、いつかこの口で感謝を伝えたい。助けてくれてありがとうって」

 

 その輝くような碧眼を柊はずっと見ていた。熱に溢れたその瞳は柊には眩しすぎた。それを直視するには、少し失ったものが多すぎたから。

 

 見つめ合う二人は、先に柊が目を逸らした。

 

「……分かった」

 

 柊は疲れたような、それでいて諦めたような声で呟く。

 

「異能協会に、行ってもいい」

 

「……!本当ですか!」

 

「ああ」

 

 柊の目は空っぽの暗闇のような色をしていた。まるで、全てを何処かに置いてきたかのように。

 

 氷花はそんな柊の様子に気づく事は無かった。

 

「……ただ、それまで君が死なない程度の実力をつけてもらうために俺がもっと厳しく訓練を施す。すぐ死ぬんじゃ意味無いからな」

 

「はい!」

 

「よろしい」

 

 やる気に満ち溢れた氷花を、柊は眩しそうに見ていた。

 

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