傷だらけ異能者の日記   作:アサリを潮干狩り

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第三話

 

 8月19日

 毎日が充実している。前とは大違いだ。やっぱりやる事があると気合いの入れようが違う。

 

 特に雪浦さんには感謝しなければいけない。彼女を安心して送り出せるように鍛えなければいけないからな。気合いも入るものだ。

 

 あと一年ぐらいはやってやるか。

 

 それまで持てばいいんだが。

 

 

 

 8月21日

 やばい、苦しい。熱ある。

 

 風邪かも。汗で気持ち悪い。頭と喉が痛い。咳も激しい。

 

 訓練サボったわ。許せ。

 

 寝る。

 

 

 8月22日

 風邪で苦しんでいたら雪浦さんが家に来た。家を教えていたのがミスだった。わざわざ来たのに追い返すのもあれなので家に入れた。最悪だったのは、俺の足について知られた事だ。心配されたくなかったのに。

 

 洗濯とかご飯とかやってくれたのはまじで感謝。正直控えめに言って女神だったわ。

 

 彼女が作ってくれたご飯は暖かった。味はしなかったけど、多分美味しいと思う。美味しいはずだ。

 

 

 

 8月25日

 風邪完治。

 あれから雪浦さんが家に来るようになった。寂しそうだからとほざく彼女を指で弾いた。子供が心配する事じゃないだろうに。

 

 何故か俺の家のテレビを勝手に使ってよくわからんドラマを見ている、俺一応家主なんだが。

 

 でも家事とかやってくれるので追い返せない。ずるいわ。

 

 親は心配しないのか聞いたが異能の先生として親には伝わっているらしく、訓練を施してもらうという名目できているらしい。なぜ親は納得したんだ。

 

 まぁでもこれも夏休みの中だけだろう。

 

 

 9月5日

 なんか夏休み終わっても来るんだが。

 

 もう来なくていいよ。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 照りつける陽光の中。

 

 手に持つスマホを見ながら少女は道を歩く。氷花は不安げな表情を顔に張り付かせながらスマホを動かしていた。

 

 見ている画面は柊とのメール画面だ。

 

「……大丈夫かな」

 

 昨日の訓練に柊は来なかった。後になってメールは来たが、柊が訓練に来ないのは初めてだった。いつも柊とは約束して訓練を行っている。その為、彼も訓練を休む事は無かった。

 

 メールによると体調不良らしいが、あの飄々としている印象のある彼がそんな事になるとは思ってもいなかった。氷花はいても立っても居られず、以前彼から教えられた住所に行く事を決めた。

 

「確かこの辺りだけど……あれかな」

 

 住所の場所には比較的新しい印象を受けるマンションがあった。この場所は街の隅にある所で、田舎街の歳光市でもさらに端のほうだった。

 

 お金を持っているはずの彼がこんなところに住んでいるのを不思議に思いつつ、氷花は階段を上りその住所の示す部屋に向かう。

 

「すみません!柊さんですか!」

 

 その部屋のインターホンを押して声を掛ける。部屋の奥でごそごそと物音がした。数分の時を置いて、

 

「あー、雪浦さん?なんで……あ、家教えてたわ」

 

 ガラガラの声だが、聞き覚えのある声が氷花に応答した。

 

「……!大丈夫ですか、柊さん」

 

「大丈夫大丈夫、少し喉と頭が痛いだけ。すぐ治る」

 

 ごほっ、と最後に咳をこぼした。

 

 彼はそう言っているが、その声は普段と比べて苦しそうで仕方なかった。柊がここまで弱るくらいだ。症状もそれなりに酷いのだろう。

 

「中に入れてください。薬とスポーツドリンクも持ってきました」

 

「……辞めた方がいいと思う。移したくないし。明後日ぐらいには治ってると思うから帰ってくれ」

 

「いえ、いつもお世話になってるのに放っては置けないです」

 

 お願いします、と氷花はインターホンに語りかけた。

 

「……分かった。いま開けるから待っててくれ」

 

 数瞬の後、ガチャリと部屋の扉が開いた。

 

「……!」

 

「……まぁ、入ってくれ」

 

 扉から姿を表した柊は、いつもから想像出来ないくらい弱々しかった。額には市販の冷ましシートが貼られていて、その顔は熱により紅潮している。身につけている服は止まらない汗によって湿っていた。それでも彼の眼差しはいつもと変わらない空虚なものだった。

 

「……はい」

 

 普段と違う柊の姿に氷花は何故か胸をどきどきさせた。

 

 心配で気持ちを埋めながら、氷花は柊の部屋に入る。

 

「……え」

 

 思わず驚きの声を出した。部屋の中が汚かったからでは無い。逆に無さすぎたのだ、物が。あるのは必要最低限な物ばかりで娯楽に関するものは一切ない。小さなマンションの一室が隙間だらけな部屋になっていた。

 

 そういえば、と氷花は思い返す。彼の口から趣味に関する話を聞いたことがなかった。柊くらいの歳なら熱中する趣味があってもおかしくない。むしろ趣味がある方が健全だ。なのに、柊はそんな事を一度も言わなかった。

 

「じゃあ飲み物とか持ってくるから君はそこで座っ――」

 

「貴方馬鹿なんですか、もう寝ていてください。私は色々中を見てくるので」

 

「……あい」

 

 ふざけた事を言う柊を黙らせて氷花は部屋の中を探索し始めた。

 

 そして進んで行くたびに、彼の部屋のおかしさが分かった。本当に物が無い。リビングにあるのはテレビとソファだけで他は何も無い。冷蔵庫には水と少しの食材が入っていた。それでもスカスカだったが。隙間だらけで寒々しい部屋を見回す。

 

 部屋の在り様はその人の心を表していると聞いた事がある。

 

 こんなにも空っぽな部屋は、柊の心を表しているのだろうか。

 

 狭いマンションの一室ですら、埋まらない部屋が。

 

「……」

 

 頭を振って考えを消し、柊の方に向かう。先程ベッドに押し込んだはずだが、彼は既に寝ていた。苦しそうに顔を歪めながら汗で服を濡らしている。額のシートを取り替え、傍にスポーツドリンクを置く。

 

 そして、

 

「……?」

 

 何故か、その姿に氷花は違和感を覚えた。

 

 それは直感だった。普段なら気づかないものを気付かせた、

 

 今まで彼を見てきて積み重なった違和感がそれを見つけた。

 

 直感に従い、柊の布団を捲る。

 

 そこには成人男性の身体があった。だが、氷花が見たいのはそこでは無い。視線を滑らせ足の方を見る。

 

 足首辺りまでを全て服が覆っていたので服をずらす。

 

 

 

 

 そこには、右足の膝より下から金属の肌が覗かせていた。本来足のあるべき場所には金属の棒があった。膝の辺りには何かの器具が取り付けられており、きつく固定されている。

 

「……ぇ」

 

 驚愕のあまり声が出ない。そんなの知らない、という思考が頭を回る。

 

 そういえば、気づけるところはいくつもあった。

 

 最初からおかしかった。最初会ったばかりの頃、柊に感じた違和感はこれだったのだ。姿から感じた言語化出来ない違和感、おそらく重心の位置が一般的な人とは違っていたのだろう。義足だと人によるだろうが、生身と同じように歩けるとは限らない。

 

 それに、それは訓練の時も感じた。彼はあまり訓練の時激しい運動を行おうとしない。いつも立ち止まっているか、歩いているかだった。激しい運動をして義足が外れるのを恐れていたのだろう。またはそもそも激しい動きが出来ないのかもしれない。

 

「……気づいたか」

 

 見ると、寝ていたはずの柊が苦笑いで氷花を見ていた。そのよれた服から見える肌には、爪痕や弾痕のような傷跡が残っていた。

 

「あーあ。せっかく警戒して態々付けたままで寝てたのにな。中々勘が鋭い」

 

 柊は身体を起こすと氷花を見て心底不思議そうに言う。

 

「何で分かったんだ?いつも裾は長くしてたし、靴下で隠していたつもりだったんだが」

 

「……何となく最初から違和感を感じていました。立ち姿が、少しおかしいなと」

 

「うわー、そこか。どうしようも無いな。俺はまだ義足になってそこまで経ってないし。慣れには時間が必要だからな」

 

「……なんで、そうなったんですか」

 

「まぁ……言っちまえば異獣との戦いでだな。やっぱり長い年月戦い続けていたらこうなる。普通なら医療系の異能を使ってもらえばくっ付くんだが、俺の場合は傷口が酷かったのと時間が経ち過ぎたから治せなかった」

 

 どうでも良さそうな表情で柊は言う。彼からしたらこれは普通なのだろう。戦いで傷付いて、それが治らぬ内にまた戦いに行く。その中で手足を欠損したとしても。氷花はそこに柊の激しい戦いを垣間見た。

 

「……」

 

「なんで君がそんな顔をするんだよ。別に俺は気にしてないし、後悔もしてない」

 

「……だって、貴方は良いんですか。人々を沢山救って、その身を犠牲にしてまで異獣と戦って。それで、仕事を辞めさせられたら一人こんな所に住むなんて」

 

「別に辞めさせられた訳じゃない。俺が辞めただけだよ」

 

「それでもです!」

 

 病で掠れた声で柊は言う。そんな姿を見て氷花は怒りを覚えた。柊にではない。この英雄を捨てた世の中に対してだ。

 

「何でここまで傷ついた貴方が名誉や勲章を貰うことが無いのですか!貴方はもっと賞賛されるべきです!」

 

「俺は名誉が欲しくて戦ってた訳じゃない。だから、別にどうとも思っていない。君がそう思ってくれるのは嬉しいけど、これは俺が望んだことだ」

 

「どうして、そう思えるんですか」

 

「……最初は情熱を持って仕事をしていたけど、時が経つにつれて段々惰性でやるようになった。だから丁度良かったんだ、仕事で死ぬ前に辞められて」

 

 柊はどこか虚ろな顔で笑った。彼の服から覗く肌は、傷だらけで痛々しかった。

 

「でもありがとうな、そう思ってくれて。やっぱり誰からも褒められないって結構きついから」

 

「……」

 

 氷花の胸の中でぐちゃぐちゃとした感情が渦巻く。ここまで身体をボロボロにした彼への憐憫。彼の献身を知らない世の中への怒り。彼のこれからの心配。それらが全て合わさり氷花はよく分からなくなっていた。

 

 この人の為に何か出来ることはないか。何か手伝えることないか。どうすれば、この人は救われるのだろうか。

 

 それだけは、はっきりしていた。

 

 氷花は柊の部屋を見渡す。あまりにも隙間だらけの部屋は、人が住んでいるとは思えなかった。明日にでも引っ越せそうなぐらいだ。食べ物もすぐに食べられるおにぎりやカップラーメンぐらいで、健康に良いとは言えない。この人は食べる物にも無頓着なのだろう。

 

「……少し待っててください」

 

「え」

 

 そう言うと氷花は財布を持って部屋から出ていった。

 

 思わず柊は呆気に取られる。脈絡もなく飛び出して行ったので雪浦の考えている事が分からない。もしや、この足を見て気分を悪くしてしまったのだろうか。それなら申し訳ない。配慮が足りなかった。

 

 そうしている内に、銀髪の少女が帰ってきた。彼女は外の暑さで汗を流していて、その手にはビニール袋が握られていた。

 

「はぁ……ふぅ……台所借りますね」

 

「い、良いが……」

 

 柊からの許可を取った氷花はすぐさま台所に移り、手早く食材を調理し始めた。

 

 完成したのは、体に優しいおかゆや味噌汁。柊の家を出た氷花はスマホで熱の時に食べると良い物を調べ、その材料を買いに行っていた。

 

 それらを柊の寝ているベッドに持っていき、彼の傍に置く。

 

「すみません。食べられればでいいので」

 

「凄いな、君は料理も上手いのか」

 

 そう言って柊はおかゆを手に取り、口に運んだ。

 

「……美味しいな」

 

 柊の口から思わず零れる。

 

「そ、そうですか」

 

 氷花は褒められた事で顔を赤面させた。何故か彼に言われるとより一層嬉しい。

 

「では、私は洗濯物をやってきます」

 

「いや、別にいいよ。それくらい今の俺でもできる」

 

「大丈夫です。貴方は寝ていて下さい」

 

 立ち上がろうとしたが、雪浦に押し込まれ柊は大人しくベッドに潜り込む。苦しい身体を見て柊は眉を顰めた。

 

 部屋の奥では氷花が溜まっていた洗濯物を取り込み、または干していた。面倒な作業のはずなのに、彼女はどこか浮かれているような感じだった。自分の家を他人が動き回る不思議な感覚を柊は感じながら、その光景を見ていた。

 

 

 

 

 

 

 何だか、彼女とも仲良くなれたな。

 

 でも、線引きは間違えてはいけない。自分と彼女は所詮師弟、良くて友人でそれは覆せないものだ。

 

 そして自分はいつか消える人間。

 

 だから、踏み込むところを間違えるな。

 

 柊はそう自分に言い聞かせた。

 

 

 

 ■

 

 

 

 それから、氷花は柊の家に度々来るようになった。訓練の後そのまま柊に着いて行く事もあれば、休みの日に遊びに行く事もあった。

 

 柊はそんな氷花の行動に疑問を持ち、それを辞めさせようとした。年頃の女子が男の家に出入りするなんてよろしくない。柊はそう言ったが、氷花は聞く耳を持たない。それに氷花は積極的に家事を手伝ってくれるので、段々柊も彼女を追い出しづらくなっていた。

 

 時が経つにつれて柊の部屋には氷花の私物も増えていった。柊はそれを見て微妙な顔をしていたが、前の空っぽな部屋よりはマシだと思い聞かせてそれを見なかったことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 そんな氷花が柊の家に行く理由は幾つかあった。

 

 初めて柊の家に行った時、氷花は衝撃を受けた。

 

 

 柊の部屋は恐ろしく何も無い。生活に必要なものしか置いていない空虚な空間。

 

 私が何とかしなければいけない、そう思い無理やり柊について行き彼の生活に溶け込んだ。親しい人がこのような生活をしているのは放っては置けない。

 

 その狙いは上手く行き、少し賑やかになった部屋を見て氷花は胸を撫で下ろした。だって、怖かったから。こんな生活を続けていたら、いつかふらっと居なくなってしまいそうで怖かった。彼には重しが必要だと思った。

 

 それと、単純に居心地が良かった。親族以外で初めて出来た男性の友人。何だか彼の家に居ると心がぽかぽかしてきたのだ。そんな感覚が氷花は嫌いではなかった。

 

 そのような理由があり氷花は柊の家に通っていた。

 

 そしてそれは、夏休みが終わっても続いていた。

 

「んー」

 

 放課後。

 

 柊の家のテレビの前で、制服姿の氷花が唸る。そのテレビには長年放送されている人気番組が映っていた。彼女はソファに沈み込み、安心した様に顔を向けている。

 

「随分だらけてるな、家に帰らなくていいのか」

 

「大丈夫ですよ。まだそんなに暗くないので」

 

 完全にリラックスした氷花を柊は椅子に座って苦笑いで見る。生活に溶け込んだ彼女を追い出す事はもう出来ない。

 

「にしても、こんな所にいて飽きないか?」

 

「飽きませんよ。色々カスタマイズしましたし」

 

「……それはどうなんだ。家主の許可くらいとれよ」

 

「でも、言っても貴方は許可を出しましたよね」

 

「……それは、そうだが」

 

 中々強引な氷花を意外に思う柊であった。最初に出会った時から印象がかなり変わった。こんなに人との距離感が近いとは思っていなかった。それとも、何か理由があるのだろうか。

 

 柊を氷花が見上げてくる。

 

「というか、貴方の部屋は物が少なすぎるんですよ。これは貴方が悪いです」

 

「なんだと小娘。俺は悪くない、むしろそれが快適だったんだ」

 

「私が善意で物を増やしてあげたんですけどね!」

 

「頼んでないぞ、俺は一人で生きていけるからな。そんな事をしているんだったら異能の訓練をした方がいいんじゃないか?」

 

「本当に……もう!」

 

 ああ言えばこう言う柊に氷花は頬を膨らませながら視線を外した。本当にずるい男だ。

 

「……」

 

「……」

 

 互いに喋らず、静かな時間が流れる。

 

 それでも、二人の間には穏やかな雰囲気が漂っていた。

 

 氷花はテレビを見て一喜一憂し、柊は頬杖を付き考え事をする。

 

 

 蝉の声がまだ残る、残暑が厳しい日の事だった。

 

 

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