傷だらけ異能者の日記   作:アサリを潮干狩り

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第四話

 

 9月24日

 今日は雪浦さんがハンバーグを作ってくれた。手間のかかる料理をわざわざ作ってくれて感謝。なぜ無職の男にここまでするか分からんが、してくれるなら受け入れる他ない。

 

 食べてみたが、やっぱり美味しかった。雪浦さんは将来良い奥さんになるだろう。彼女と結婚する人が羨ましい。きっと彼女に見合う程良い男なのだろう。それを見れないのが残念だ。

 

 

 10月9日

 やばい。協会の奴らの言っていた通りだ。この街に異獣が出てきやがった。やっぱり最近は増えているらしい。多分等級は普獣級だった。

 

 雪浦さんが対処していたが、難しそうだったので助けに入った。異能協会に入るんだったらあれくらいは倒してもらわないと困るんだけどな。油断は禁物だ。

 

 何だか雪浦さんは助けた後ぼーっとしていたが、異獣の影響だろうか。心配だな。

 

 

 10月13日

 雪浦さんのお母さんに会った。雪浦さんと同じ綺麗な銀髪だったので分かりやすかった。

 

 娘を頼みます、と思いっきり手を握られたわ。当たり前だ、雪浦さんは一人前の異能力者にして送り出してやる。安心して欲しい。そこまでは保証する。でもそこから先は彼女自身の努力次第だ。

 

 

 10月20日

 朝から体調が悪かった。

 

 血を吐いた。呼吸もしづらい気がする。幸い雪浦さんにはバレていないみたいだ。やっぱり身体に嘘は付けない。でも治せるような傷じゃない事は分かってる。できるんだったらとうの昔に治している。

 

 今更治そうとも思わないしな。でも、もう少し生きたいとは最近思い始めた。何だか最近はよく分からないと自分でも思う。

 

 死にたいのと、生きたいのが両方ある。

 

 それが良い事かは、分からないが。

 

 

 

 ■

 

 

 

 氷花は学校への帰り、柊の家に行く街道を通っていた。銀の髪が揺れ、白い足が歩みを進める。その軽い足取りは彼女の気分を現している。

 

「どうしようかな」

 

 今日は何を作ってあげようか。柊は嫌いな物は無さそうだから何でも良さそう。そんな事を考えながら歩く。

 

 既に柊の家の冷蔵庫は氷花の物となっていた。中には氷花が持ってきた食材が詰め込まれている。それを氷花が調理して、柊に食べさせていた。学生に作ってもらうのを柊は躊躇していたが、既に彼の胃袋は氷花に掴まれていた。

 

「……ふふ」

 

 氷花はこの日々が楽しくなっていた。学校終わりに柊の家に行って家事を手伝い、休日は訓練をしてそのまま彼の家に転がり込み彼と他愛ない会話をする。そんな日々を気に入っていた。

 

 氷花は自分が少し変わったことを自覚している。少ない友人からも昔より柔らかくなったと言われた。その理由は多分、彼のおかげだろう。前の氷花は異能についてある種の強迫観念があった。自分は強くならないといけない。これでは異能協会に入れない。あの人に、会えない。

 

 そんな氷花を変えたのは間違いなく柊だろう。彼が教えてくれるのは非常に幸運だった。異能のコントロールが上手くなる事で少し余裕が出来た。日々の小さな事を楽しめるようになれた。

 

 だから、彼の世話をするのはその感謝の意味も込めている。勿論、氷花自身がしたいというのもあるが。

 

「……?」

 

 心を踊らせていると、視界の隅に異物。

 

 視線を向けると、そこには黒い渦巻きが不気味に蠢いていた。氷花は咄嗟に距離を取り、それを観察する。

 

 その渦巻きには魔力が充満しており、高速で巡っていた。まだ学校や柊からでしか教わっていない現象に氷花も戸惑い、どう対処すべきか考慮する。

 

 

 

 

『黒魔力圧縮現象』

 

 魔力は本来無色であり普通の人間ならば見ることは叶わないものだ。だが、例外はある。魔力は限界まで圧縮されると可視化され、黒く染まって見ることが出来る。この現象は黒魔力圧縮現象として名付けられており、自然界で起きることが非常に多い。

 

 これは世界の何処でも発生しうるもので防ぐ事は出来ない。魔力とは世界の全てに在るもので、魔力はある程度集まるとお互いに一定の場所に集中する性質を持っている。異能出現の初期では全世界で黒い渦巻きが発生し、この現象が世界に知られた。

 

 そしてそれがある生物の出現の前兆ということも、その時世界は身をもって知ることとなった。

 

 

 

 

 

 氷花の目の前にある渦巻きがさらに黒に染まり始める。漆黒に染まったそれは、どこか禍々しい雰囲気を感じざるを得えない。

 

 

 そして渦巻きが収縮する。まるで、何かを形作るように蠢く。

 

 暫くして収まり残ったのは、漆黒の狼。頭から尻尾の先まで黒く染まったそれは、氷花の危機感を煽るのに十分な圧力を持っていた。漆黒の毛並みはどこまでも濃い魔力を宿しており、その体の強靭さが伺える。

 

 異獣の特徴である光を反射しない程の漆黒の体色、濃厚な魔力の密度。全てが揃っている。氷花は確信した、あれが異獣だと。

 

 狼はギョロギョロと目を動かして辺りを見回す。まるで何かを探すように、餌を探す肉食動物の様に。氷花は何とかそれから逃れようと背を向け走り出す。だが、

 

「グルルゥゥ!」

 

 漆黒の瞳が氷花を捉える。その目には明らかな殺意が宿っていた。黒い狼は銀髪の少女目掛け駆け出す。狼の目には彼女は魅力的な餌にしか見えていなかった。魔力を豊富に持つ動く食物。狼は喜び、それに飛びかかる。

 

 氷花を目前にして、鋭い牙が並ぶ口を開いた頃。

 

「……ァ、ガ」

 

 冷気。

 

 狼はまずそれを感じた。そして次に気づいた、体が動かない、まるで周りを閉じ込められているかのように。動こうとするが体は反応しない。また、次々に冷気が狼の全身を侵食する。もがこうとするがそれから逃れる方法は無い。そして遂に冷気が脳天まで到達する。

 

 いつしか、狼は思考する事すら出来なくなった。

 

「……危なかった」

 

 氷花は呟く、ほっと息を吐いて。目の前には氷の置物となった黒い狼がいた。その周囲には放射状に氷の層が地面に張り付いている。

 

 狼が襲って来ていた瞬間、氷花は魔力を身体に溜めた。そしてまさにその牙が身体を引き裂くという頃、瞬時に振り向きその手を翳したのだ。氷花の手からは尋常ではない冷気が発せられ、温度は絶対零度にまで達していた。魔力と冷気が練られた氷花の技に狼は抗うことすら出来ずその身を凍らせた。

 

 この技は柊の提案から出来た物であり、正に必殺の一撃であった。柊が言うには、異能官は絶対の自信を持つ技が必要らしい。どんな状況でも行使でき、どんな生物でも命を潰せるという自負を持つ技が。何かそういった物はないかと聞かれ、氷花が思いついたのがこれだった。

 

 氷花が全力で練った濃密な魔力と絶対零度の冷気が付与された、触れれば瞬時に凍る技。これの優れているところは正確な狙いを付ける必要が無いところだ。

 

 どんな人間であっても、戦いの中での精神的動揺からは逃れられない。それは人である以上仕方の無い事。常に冷静で居られる人間などいない。そしてそんな心理状態で戦えば身体は正確に動かず、魔力の操作は思い通りにいかないだろう。異能の発動が普段とは違う感触になり失敗、そのまま異獣に喰われる。そんな異能官を何人も見てきたと柊は語っていた。

 

 そこで氷花は思った。絶対に当たって絶対に殺せる技なら、どんな状況でも自信を持って放てると。

 

「……こんなに早く使うとは思ってもいなかったけど」

 

 まずはどこか広い所で試運転を重ねてから本番で使う。柊とはそんな話をしていたが、まさかいきなり実戦が来るとは思っていなかった。それでも自らの技が実戦でも通用する事に氷花は安堵していた。

 

 狼の氷像から背を向け、柊の家に向かう道を歩く。彼に報告して、この狼を処分してもらう為だ。歩き出し、氷花は思わずといった様子で口角を上げた。

 

 自分は、夢に近づいている。

 

 その感触に氷花は僅かに高揚する。

 

 それは仕方ない事だった。まだ氷花は高校生だ、少しばかり楽しくなってもしょうがないだろう。異獣と戦うのも初めてだった。上手く対処出来た事を彼にどう褒めて貰おうか、そう考えていても年頃の少女なら普通だ。

 

 それでも、異獣の前でそれは致命的な油断だった。

 

 背後でぱきり、と何かの罅が入る音が響く。

 

「……え」

 

 氷花の口から声が漏れる。背筋が冷える。高揚していた頭が一気に落ち着く。その時、氷花は柊の言葉を思い出した。

 

『異獣は元は魔力から生まれた生き物だ。奴らが生きているのかは分からんが、死ねばその体は魔力に変わる。無くなるんだ、死んだ瞬間に体がな。だから死んだか判断するのは案外簡単なんだよ』

 

 氷花は、見ていない。狼が魔力に変わる瞬間を。

 

 背後を振り返る。

 

「……ぁ」

 

 あったはずの氷を砕き、こちらを見据える狼が居た。

 

 一気に狼は氷花との距離を詰めてくる。漆黒の瞳は怒りに染まっていた。獲物と思っていたものから手痛い反撃を受けたからだろう。次は絶対に仕留めるという殺意を感じる。

 

 何故、という疑問すらも氷花は抱けない。

 

 狼は氷花に黒い殺意をぶつける。

 

 異能を使う時間は無い。何も、出来ない

 

 黒が迫る程に時間の経過が緩やかになっていく。

 

 そうして、いつしか完全に止まった。

 

 

 

 走馬灯が頭を過ぎる。

 

 一番大切な記憶。

 

 忘れられないものが見えた。

 

 

 地震、暗転、瓦礫、瓦礫、瓦礫、瓦礫、瓦礫、瓦礫、瓦礫、黒、影、異獣、血、血、血、血、血、赤、闇、光。

 

 そして、暖かい光。忘れてはいけない、光。

 

 

 その永遠とも思える時間の中、氷花は思い出した

 

 そうだ、まだあの人に感謝を伝えてない。まだ死ねない、死にたくない。だって、会えてすらないのに。名前すら知らないけど、会いたい。

 

 だがどれだけ願っても、そう思っても目の前の死からは逃れられない。

 

 終わりが迫る。

 

 黒が近づく。

 

 終わりの黒が口を開いた。その奥には鋭い黒と永遠の闇が見える。

 

 闇に飲み込まれる。氷花の白い肌が闇に消える。

 

 

 

 本当に、終わっちゃう。

 

 

 

 

 

 

 その時。

 

 

 

「……ぁれ」

 

 光。

 

 目映い程の極光。

 

 数年前に見た、あの時の暖かい光が目の前にあった。異獣で傷付いた冷たい身体を照らして、温めてくれたあの光。闇を照らす光が。

 

 氷花は幻覚、または天国だと思った。だって都合良くあの人が助けに来る訳ないから。氷花はその光をずっと見つめていた。何でか、この光は本物だと確信できた。

 

 柔い光が目の前を染め上げる。その様を氷花は美しいと思った。まるで、全てを照らす太陽の様だったから。いや、本当に全てを照らしたのだろう。あの時自分を助けた程だ、救いを求める人々全てを照らし、救った筈だ。それを死んでも見れるのは本当に幸運だろう。

 

 そう思い、氷花はその光に手を伸ばした。親の手を求める赤子の様に、救いを求める信者の様に、或いは愛しい人を求める人間の様に。

 

 それに、触れた。

 

 

 

 瞬間。

 

 光が、解けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい!大丈夫か!」

 

 黒髪の青年が心配そうに氷花を見下ろしている。

 

「……え?」

 

 氷花の口から疑問の意を表す言葉が出る。

 

「え、じゃねぇよ!おい、怪我はないか!?」

 

 青年は切羽詰まった様に氷花に言ってくる。だが氷花はそれどころではなかった。

 

「あれ……え……あの……柊さん……ですか?」

 

 氷花のおかしな様子に青年も落ち着きを取り戻し、氷花を変な目で見てくる。

 

「そうだが……頭でも打ったのか?」

 

「……いや……多分……大丈夫です……」

 

 氷花の様子に柊も疑問を浮かべざるを得なかったが、本人がそう言うので仕方なく無視した。

 

「……あの、異獣が居たと思うんですけど……どうしたんですか」

 

 氷花がおずおずと聞く。柊はそれを心配そうに見ながら口を開いた。

 

「君が喰われる直前でなんとか殺した。本当に危なかったんだぞ、頼むから気をつけてくれ」

 

「……ありがとうございます」

 

「本当に頼む、君は未来ある若者なんだからな。こんな所で命を落とすのは勘弁してくれ。油断は禁物だぞ」

 

 苦笑いで柊は氷花を見つめた。氷花は身体を見るが確かに傷跡一つない。本当に、あそこから助かったのだろう。

 

「というか、どういう状況だったんだ?君があそこまで油断するのは珍しいな」

 

「異能で凍らせた筈だったんですが、まだ生きていて背後から襲われました」

 

「うーん。凍らせたって前に言ってたあの必殺技の事か?」

 

「はい」

 

「……よく分からんなぁ」

 

 氷花のあの技は異獣を殺すのに十分な威力を有していた筈だ。間違いなく一介の異獣では耐えられない。なのに、生きていた。

 

 技が失敗したのか、異獣が異常だったのか分からなかった。

 

「まぁとりあえず俺の家で休んでくれ、それとも家に帰るか?」

 

「……いえ、柊さんの家に行きます」

 

 氷花はそう言うと柊の隣に寄り添い、共に歩き始めた。その道を歩いている途中、氷花は頭を悩ませていた。

 

 さっき見えた光は何だったのだろう。間違いなくあの光は昔、異獣災害の時に見た光と同じものだった。そして、柊は異獣を倒した時に光を放っている筈だ。この人の能力は光に関するものだから。

 

 氷花の頭が沸騰しそうな程思考が回転する。

 

 じゃあ、あの光は本物だったのだろうか。柊が放った光を見たのだろうか。

 

 いや、違う筈だ。さっき見えたのは間違いなく昔見た光だった。自らの記憶がそう言っている。柊の放つ光ではない、筈。

 

 そうだったら幻覚?

 

 違う、あれは絶対に本物だった。

 

 矛盾する思考に氷花は頭が可笑しくなりそうだった。どれだけ考えても合わない答えを探している。まるで、合わないパズルでもしているように。何処を捜しても見つからない答えに氷花は頭を抱えたかった。

 

 

 

 いや、一つだけある。全てが合致する答えが。それなら、全てが合わさる。本当にそうならさっき見た光の事も矛盾しないし、彼の傷跡にも説明が付く。

 

 氷花はわざとそれから頭を遠ざけていた。だって、そうなら恥ずかしすぎるから。あれだけ憧れと言っていて、当の本人は近くにいるなんて自分が馬鹿みたいだった。

 

 でも、それならこれ程嬉しい事は無いと言い切れる。全部が幸せになれるような夢みたいな答えを、氷花は見つけていた。

 

 

 それは――――

 

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