11月2日
夢を見た。また多分昔の夢だ。度々こういうことがある。無くした筈の記憶が夢として出てくることが。
まだ夢の俺は若くて、でも既に異能官になっていた。瓦礫の山を掻き分けて、異獣に襲われている銀髪の少女が居たので助けていた。何だかその少女は雪浦さんに似ていた。親族に似たような人は居ないか聞いてみるのもいいかもしれない。
その後、なんだか無性に死にたくなった。何も覚えてない自分があまりにも空虚だったから。
空っぽの人間は生きている意味なんてあるのだろうか。何も覚えていない人間は、本当に人である資格があるのだろうか。
もういいや、一旦頭をリセットする。寝よ。
11月17日
散歩していたら偶然雪浦さんの友人と名乗る学生に出会った。雪浦さんから俺の話は聞いているらしく、笑顔で話してくれた。
友人さんは俺に感謝しているらしい。理由を聞くと、俺と出会ってから雪浦さんは明るくなって、友達も増えたそうだ。今や学校でも有名な美少女らしい。でも噂では彼氏がいるらしく、告白などはされていないと言っていた。
そして、その噂の彼氏というのが俺らしい。必死に友人さんには否定したが信じてくれなかった。氷花の反応からして間違いなく、貴方は好意を抱かれているとか言ってきた。多分、というか間違いなく勘違いだ。雪浦さんにも否定してもらわないと、実害が出る前に。
11月20日
寒すぎる。ほんとに11月か?1月と間違えてるだろ。畑にも霜が降りてた。寒すぎて震えるし、手がかさつく。
12月5日
遂に家もこたつを解放した。少し遅かったかも。最近雪浦さんに言われて買ってみたものだ。お金はあるので何台でも買える。
別に死ぬ程じゃなかったからまだ出さなくてよかったが、雪浦さんが急かすので出した。
正直舐めていた。奴の力を。俺と雪浦さんはこたつに取り憑かれてしまった。訓練の後のこたつは死ぬ程気持ち良かった。
二人でこたつに入っている時の、穏やかな時間が心地よかった。やっぱり俺は平和な日々が好きだ。
だから、この記憶は無くしたくない。
こう思えている内は、俺はまだ人間だと安心できた。
■
氷花は昼休みの時間になり、賑やかになった教室を見ていた。煩わしい授業から解放され、各々自由に好きな事をしている。スマホを横持ちしてゲームしている生徒もいれば、弁当を開きすぐに食事を摂る生徒もいた。
「ほら、氷花。ご飯食べよ!」
振り返ると茶髪の少女が氷花の肩に手を掛けていた。少女は人懐っこい笑顔を浮かべて氷花を見ている。
「あ、有咲。来るの早いね」
「まぁね。さっきの授業早く終わったから」
「そっか、じゃあ早く食べよっか」
「うん!」
氷花と有咲は弁当箱を手に持ち、陽の当たる外の広場に向かった。氷花達が通っている高校は私立制の高校であり、校舎も敷地も広い事で有名だ。広場もその分広く、椅子も設置されている。
そんな広場の椅子に二人で座り、弁当箱を開いて食事を始める。
「いやー疲れたなー!やっぱり月曜はめんどくさい!」
「確かに、休みの日との差がね。分かる」
「そうそう!」
有咲の明るい笑顔と話に、氷花は笑顔を浮かべながら昼食を進める。氷花にとって有咲は親友と言っても良いほどの仲だと思っている。最近は氷花にも友達は増えたが、有咲はずっと前から友達で居てくれたのだ。氷花が一人になっていなかったのは有咲のお陰だと言える。
頷きなながら氷花が有咲の話を聞いていると、有咲が突然ニヤニヤして氷花を見てきた。
「そういえばさー……氷花が言ってたあの人に会ったよ」
「……え?」
ぴくりと身体を硬直させた。有咲の言うあの人とは一体誰だろうか。まさか、あの人だろうか。散歩が日課と言っていたし、ありえる。
「……もしかして、前に言った異能の先生の事?」
「いえす!」
有咲は輝くような笑顔と共に、右手をピースさせて肯定した。大袈裟な動作だが、そんな有咲が氷花は嫌いではなかった。
「いやー昨日コンビニに行ってたら道で偶然会ってさ。特徴と名前は氷花から教えて貰ってたし、とりあえず話しかけてみたらそうだったの」
「へ、へぇー……そうなんだ」
氷花は冷や汗を流して返答した。柊と有咲が出会うとは思ってもいなかった。柊は普段家に居るイメージしかなかった。二人は何の話をしたのだろうか。まさか、恥ずかしい事でも話されたのか。
「な、何の話をしたの?」
「んーとね。まず普段の氷花の事と、氷花がどれくらい頑張ってるかとか。あとは氷花と柊さんの関係とか」
「……」
全部私の事じゃん、と氷花は思った。でも考えてみれば仕方ないのかもしれない。共通の友人は氷花しかいないのだから。それでも自分の話題で盛り上がられるのは恥ずかしい。
「話してみたけど柊さん良い人だね、案外ノリも良いし」
「……そうなんだ」
「……実はね、私心配してたの。氷花が悪い人に騙されてるんじゃないかって。氷花の話からは良い事しか聞こえてこなかったから」
「いや、そんな事はないよ。ちゃんと最初は警戒してたし」
「ほんとー?でも最近の氷花は明らかにおかしかったからね?柊さんの事、実は結構だらしないとか、私が居ないと駄目とか、ずーっとそういう事しか話さないしさぁ」
「そ、そんな事ない!」
頬が熱くなっているのを自覚しながら、氷花は必死に否定した。他の話もしていた筈だ、柊の話しかしていないとは言わせない。
氷花のそんな様子がツボに入ったのか、有咲は爆笑し始めた。少し氷花はどこまでも笑う有咲にむかついた。
「あははは!あー、いや面白いなぁ」
「どこが!」
「いやーどこがって言われてもなぁ。その顔が表してるでしょ、もう真っ赤よ真っ赤」
「……っ」
氷花は有咲に何の反撃も出来なくなった。そんなに赤い筈は無いだろうと顔に手をやったが、手に伝わる熱さがそれを表した。思わず氷花は口を閉ざす。有り得ないと思ったが、実際に自分は顔を赤くしているらしい。
流石にいじめすぎたと思ったのか、有咲は笑うのを止めて氷花を慰めてきた。
「んふ、ごめんごめん。黙らないでよ」
「……ふん」
「ごめんってー」
二人の間でそんな応酬が起こる。
暫くして氷花も落ち着き、静かにご飯を食べていた頃。有咲がゆっくりと口を開いた。有咲はどこか、懐かしがる様に遠い目をしていた。
「……本当に、氷花は変わったよ」
「……そう?」
「うん、本当に」
しみじみと有咲は言う。有咲は氷花の中学時代からの友人だ。その頃の氷花の事は良く知っている。氷花の、凍りつくような視線も。
「昔の氷花はさ、何にも余裕が無くて少し怖かったよ。別に人を傷付ける訳じゃないけど、誰にも興味が無いって感じで」
「……」
それは氷花にも身に覚えがある。異能のことしか考えずに、視野が狭くなっていた時だろう。いつまで経っても上達しない自分に苛立ち、焦り、余裕が無かった。
「でも、ここ一年位でそれが凄く変わった。声色も柔らかくなったし、人当たりも良くなった」
「……」
ここ最近で最も大きな出来事と言えば、柊との出会いだ。あの人が氷花を変えてくれた。柊は気づいていないだろうが、氷花はその事に常に感謝している。ここまでの恩を感じた事はない。
「だからさ、私も柊さんに感謝したいの。良い方向に友達を変えてくれてありがとうって。お陰で氷花にも友達が増えたしね」
「……うん」
ぽつりと氷花は呟く。有咲の言う通り、最近の氷花には話しかけてくる人が少しづつ増え始めた。前まで遠巻きに見ていた生徒達が勇気を出して話しかけてくれるのだ。それに氷花は嬉しく思うと同時に、自らの変化を感じた時でもあった。
有咲は柔らかい笑顔を浮かべて氷花に語りかける。
「……絶対逃さない方が良いよ、柊さんの事」
「な、何のこと」
「分かってるくせにー」
ぐりぐりと有咲は氷花の頭を手で押し付ける。
「……あれだけ良い人で、元異能官の実績。それに加えてお金も十分持ってる。周りの女の人は放って置かないよー?」
「……」
「気付いたら柊さんに彼女とかできてるかもね。今はまだ氷花しか家に居ないけど、彼女さんが出来たら氷花が追い出されちゃうかも」
氷花の居場所でもある柊の家。そんな所に知らない女性がずかずかと入り、氷花が追い出される。でも柊は助けてくれない、冷たい目で睨み付けられる。そんな光景を想像する。
「……」
そんなの、嫌だ。想像しただけでも胸が痛い、苦しい。柊が他の女性と楽しく会話するのだけでも、何か黒い感情が渦巻く。彼の幸せを願うのが一番のはずなのに、それが出来ない。
柊は自分の物なのに、他人に盗られるなんて許せない。そんな自分勝手な思考が氷花の中で回る。自分でも分かっていてもその感情は抑えられなかった。
「……やだ、嫌だよ……」
氷花から言葉が溢れ出る。溢れた感情が涙として目を伝う。黒い激情が暴れる。それを止めることは出来そうになかった。
そんな氷花の様子に有咲はびっくりしながら、好都合だと思い言葉を紡いだ。まさかここまで柊に強い感情を抱いているとは思ってもいなかった。ここは慎重にもするべきだ。何か間違えるとこれは爆発しかねない。
「な、なら捕まえた方がいいんじゃないかな!」
「……どうやって?」
「た、例えばだけど。料理を作って上げたり、居心地を良くして離れなくしてあげるとか……ですかね」
「……そっか」
氷花はあまりに真剣に有咲の言葉を聞き入れる。そんな氷花の様子に有咲も思わず敬語になってしまった。
「……私、頑張るね」
「……は、はい」
柊さん、ごめん。なんか、ミスっちゃった。
有咲は心の中で柊に祈りを捧げた。
■
「はー寒い寒い」
訓練の後、柊は自らの家に着くなり、こたつのスイッチを入れ素早くその中に入った。まだ冷たい感触があるが、じんわりと温かさを感じる。
氷花が勧めるのでこたつを買ってみたが、柊はこの選択は正解だったとつくづく思っていた。よく分かっていなかったが人間はこの季節は身体を温めるといいらしい。一度入るともう抜け出せなくなってしまった。これを勧めた氷花には感謝が尽きない。
しばらくしてこたつも暖かくなり、スマホを見て暇つぶしをしていた頃。
「さ、さむい」
氷花は震えながら家に入ってきた。彼女は少し自主練習をすると言っていたので先に柊は帰っていたが、あの様子だと寒さに耐えられなかったようだ。
ふらふらと家に駆け込んだ氷花は、柊のこたつを見るとすぐさま向かい足を入れた。
「ぁー……」
氷花は気持ち良さそうにこたつに入ると、そのままこたつに突っ伏した。氷花の艶やかな銀髪が広がる。
あまり柊家のこたつは大きくないので柊と氷花の足がぶつかり合う。外の気温で冷たくなった氷花のほっそりとした足が柊の足に当たる。
柊はその冷たさに眉をひそめた。
「おい、少し離れろ。狭いわ」
「別にいいじゃないですか、少しくらい。何ならもっとくっつきましょうよ」
そう言うと氷花は白い足を柊の身体にぴたりとくっつけた。柊はその冷たさに思わず身震いする。
「つめてぇ……何故くっつく……」
「んふふ」
氷花は柊を見てにこにこと微笑み、更に足を柊に押し付ける。それから逃れるように柊は足を引っ込めた。氷花に困惑するような視線を向け、柊は口を開く。
「なぁ、どうした……?何か変な物でも食べたか?最近少しおかしいぞ、色々してくれるのは嬉しいが無理はしないでくれ」
最近の氷花の様子は少し変だと柊は思っていた。何故かくっつく事が多いし、前より柊の家の家事を手伝ってくれる。それ自体は止めることでは無いのだが、何か裏があるんじゃないかと疑ってしまう。
そんな視線を受けた氷花は不満そうな表情をして柊に向き直った。
「心外ですね、裏なんてありませんよ。ただ私がやりたくてやってるだけなので」
「うーん……そうか」
首を傾げながら一応頷いておく。納得は出来ていないがこうでもしないと氷花は止まらない。
そんな柊を見てこくこく頷く氷花。少しはこの日常を心地よく思ってくれているだろうか。そう思ってくれたら嬉しい。
そのまま二人の雑談は氷花の事に移り変っていく。
柊が思い出した様に氷花を見た。
「そういえば、君の学校はそろそろ試験じゃないか?勉強は大丈夫なのか、最近は訓練も多かったし」
「余裕ですよ。将来の為にも順位は落とせないです」
異能協会に入る人間はそれまでの経歴を全て確認される。出身地、家族構成、学歴など。その中に学生時代の成績も当然入ってくる。やはり協会としても馬鹿に入って欲しくはないのだろう。
「校内順位はずっと上位五位を維持しているんだっけか。凄いじゃないか、俺も教えて欲しいくらいだ、雪浦さんはやっぱり努力家だな」
「……そうですか」
急に褒められたので氷花の胸の鼓動が早まる。我ながらちょろいと思うが仕方ないだろう。彼と他人じゃ訳が違う。
「まぁでも、それぐらいの成績が維持出来れば協会に行くのは余裕だろうな。しかも君の異能はかなり強力な物だし」
「なるほど、貴方が言うと説得力がありますね。益々訓練のやる気が出てきました」
張り切るように氷花が言うと、柊はそれを見て微笑ましい物を見たかのように笑った。だが、すぐさま目を伏せて氷花から目線を外した。
「……正直に言えば、今からでも君には協会に行くのは辞めて欲しい」
そう、柊は氷花の将来を案じることを辞めることは出来なかった。あの凄惨な現場を知っているが故に平和な日常で過ごしてきた少女には遠い所で穏やかに暮らして欲しかった。それでも数ヶ月前に見た彼女の目を見て、止めることは出来ないだろうと悟りながらもそんな言葉が飛び出した。
「……あー、うーん。そうですね……」
だが柊の予測とは裏腹に、氷花の反応は想定していたものより大分弱いものだった。碧眼を瞬かせ、気まずそうな顔をしている。
「……どうしたんだ?憧れの人に会いに行くんじゃないのか?」
「それは……そうなんですが……もう達成されたというか……なんというか……うーん」
「……ん?」
パッとしない氷花の反応に柊も疑問を浮かべざるを得ない。
「……何かあったのか?」
「い、いやー。何でもないです」
「……」
視線が定まらず、しどろもどろになっている彼女に疑念の視線を向ける。何かあったなと確信を持つ柊であった。そんな柊を見て氷花は焦りながらテレビを付けた。
「ほ、ほら!」
「は?」
「ちょっと違う話でもしましょう!ね!?」
「……ふ」
あからさまに話をずらそうとする氷花に柊は思わず苦笑いしてしまう。でも無理矢理彼女から聞き出すのもしたくはないと思ってはいた。氷花が話したくなった時に話してくれれば十分だ。きっと彼女にも隠したい事の一つや二つあるだろう。
「まぁ……いいか」
必死な様子の氷花をいじめるのも可哀想なのでここら辺で止めておく。
それを見て安堵して氷花はほっと息を吐く。正直まだこれは言いたくはなかった。然るべき時が来た時に告白するべきものだ。やはり雰囲気というものがあるだろう。
気を取り直して別の話題を考える。
「あ、そうだ。最近ですね――――」
「ふーん、なるほど。それは――――」
こたつの上で会話が交わされる。それは氷花の学校の話もあれば柊の異能官時代の話もあった。
そんな空間が柊も氷花も嫌いではなかった。