無限に広がる空の下で愛を紡ぐ 作:亀半
空が裂ける。
大地が割れる。
空間が軋む。
未曾有の大災害……それが、唐突に人々を襲った───表向きは、だけれど。
私たちは力を合わせてソレに立ち向かった。何度倒れても、吹き飛ばされようとも。
でも……勝てなかった。あまりにも、強かった。
地面に這い蹲る私に、手が差し伸べられた。
「何寝てんだよ。ほら、さっさと立て」
不満げな顔をした彼の手を取る。
そして、彼は私を立ち上がらせたあと、不敵な笑みを浮かべてこう言った。
「まぁ安心しろって。アイツはオレが何とかしてやるさ。んな顔すんなって──大丈夫。オレ、最強だから」
彼が背中を向けて歩き出す。待って、行かないで。力を振り絞って声を上げる。
彼は背を向けたまま、軽く手をあげるだけだった。
それが、最期の会話だった。
少年には特別な力があった。
人とは違う、特別な力が。
──五条家。それは日本に昔から存在する由緒正しい古風な家柄の家系。大きな屋敷に使用人、簡単に言ってしまえばお金持ちだ。
「
そんな家で少年が一人、つまらなそうに頬杖を突きながらため息を吐く。
「んだよ」
「また、やりましたね」
彼に支える使用人がチラリと庭に視線を移す。そこはまさに惨状と呼べるくらいに荒れていた。池を中心に大きな穴が空いており、木は倒れ壁にも亀裂が走っている。まるで爆発事故でもあったかのようだった。
「出力ミスった」
使用人に対して振り返る様子も、悪びれる様子もなく少年はそう呟いた。使用人も彼の性格を理解しているのか、小さなため息を吐く。
「業者は手配しておきますが、次からは声をお掛けになってからお願い致します」
「わーったよ」
これはまたやるな……使用人は声にさえ出さなかったがそう思った。
五条家に生まれ落ちた異端児。失われたと思われていた呪いを扱うことができ、その透き通るような蒼い目と白髪は異端たる証でもある。
「なーんか掴めそうだったんだけどな」
紡は掌で高速回転するペンを見ながらそう呟いた。もう彼の頭の中では庭を破壊した事なんて、思考の遥か彼方へと忘却されていた。
呪いの力──即ち呪力。
素質のない人間には視認さえもできない力は昔は沢山の人が使えていたという。しかし、今の時代には失われた昔話、空想の力だと認識されている事が多い。この家の使用人たちは五条家の血が流れておらず、素質もない為紡がいくら呪力を纏おうとも視認する事はない。超能力のようなもの、とは説明を受けているが、それだけだ。
使用人たちは表面上、紡と普通に会話をしているが、内心では平気で物を壊したり、異能の力を持つ紡を畏怖していた。
「ま、いいや。出掛けて来るわ」
「何かご予定でも?」
「ねえよ。散歩」
「分かりました。あまり遅くならないようにお願いします」
「考えとく」
使用人が頭を上げるとすでに彼の姿は無かった。
⭐︎
丸いサングラスを掛けながら町を歩く紡は周囲をチラチラと見ていた。忙しなく働く人々や、買い物袋を持った主婦、電話をしながら歩く若者。ありふれた日常。
(
つまんね、と小さく溢した後、ラーメンでも食いに行くかと足を早める。向かう先は美味いと評判の店だ。堅苦しい五条家ではほぼ出る事のないジャンキーな食べ物。
「あら、ご機嫌よう。五条さん」
ポケットに手を突っ込んで不機嫌そうに歩く紡に声をかけたのは、一人の女学生だった。
長いプラチナブロンドの髪をサイドテールに纏め、170cm近くある身長は女性にしては高い方だろう。その物腰の柔らかそうな言葉遣いに紡はあぁ? と低い声をあげながら振り返る。
「……美国かよ、なんか用か?」
「用が無ければ声をかけては行けないのですか?」
突き放すような紡に美国と呼ばれた少女は笑顔で返す。
「ダメだね、オレの時間が減る」
「ふふ……そうは言っても、いつも暇そうにしていると噂で聴きますよ?」
「あぁ? それ喧嘩売ってる?」
「いえ、そんなつもりはありません」
「チッ……」
父は元見滝原市市議会議員の美国久臣で、自らも生徒会長を務めているなど才溢れる少女である。
五条家と美国家は昔からの付き合いがあり、二人は幼馴染のような存在だ。と言っても、こうして会う事なんて10回にも満たない回数しか無いが。
「……で、結局何の用だよ」
サングラスからその蒼い眼をチラつかせながら紡は問いかける。
「手伝って欲しいことがある……と言ったらどうします?」
織莉子は微笑みながら返す。その整った容姿に綺麗と言われる声に言われたら並の男子なら二つ返事で了承するだろう。
「ヤダ。ぜってーヤダ!」
不快感を思い切り顔に出しながら紡は断った。紡は知っているからだ、目の前の女の事を。
「即答だなんて、随分嫌われたものですね……」
「元々好かれようとか思ってもねーだろ。
五条紡と美国織莉子は許嫁である。そうなった起因は家柄とか、政治的なとか様々な大人の汚い考えが巡らされているので当人たちは形だけだと言い張っていた。
「それに──」
「それに?」
紡は口を開き掛けて止まった。その視線の先には一見、普通の人間である美国織莉子が映っていた。
「なんでもねーよ。じゃ、オレ用事あるから」
その実、紡が眼を凝らせば織莉子は全身からエメラルドグリーンのようなモヤを放っていた。そんな人間を見た事は初めてでは無い。何度か、顔を合わせた事のある赤毛の少女も似たようなモノだった。
(情報がねえな……あの赤毛探して聞き出すか)
ラーメンは辞めだ、と考えながら紡は赤毛の少女を探すことにした。放っておいても気持ちが悪い。
背を向けて歩き出した紡を織莉子はジッと見つめていた。
(五条紡……絶望の未来に抗う為のピース……)
美国織莉子は目を閉じる。その脳裏に浮かぶのは、自身が視てしまった最悪の未来。どうにもならないと諦めた方が楽だと思えてしまう最低の未来。
「待っているわ。貴方が私の元に来る日を」
織莉子は微笑む。だが、その笑みは何処か寂しげだった。
⭐︎
人々は彼とすれ違う必ずと言っていいほど振り返っていた。長身で白髪、サングラスと目立つ要素が多いのもそうだが五条紡は何より容姿が秀でていた。本人もそれを自覚し、たまに悪用したりしている。
「……アレがいねえから、赤毛もいねえか」
アレ、とは紡が定期的に出会し、能力の練習台に潰していた化け物のような存在である。名前は知らない。その容姿は国民的RPGのスライムとか、黄色い電気ネズミとかそういった愛嬌のあるモノではなく、どこか不気味で、奇妙な形のモノが多い。そいつらを倒していた時にその赤毛とは出会ったわけだが、赤毛は紡を見るなり目を見開いて驚き、色々突っかかってきた。
「めんどくせーからあしらってたけど、話くらい聞いときゃ良かったか?」
下から探すのは飽きたのか、適当なデパートの屋上で町を見下ろす紡はまたため息を吐いた。
「──お」
当てもなく探すのは面倒だし、飽きてきた。そう紡が感じ始めた時、遠くの方で見覚えのあるモヤを発見した。
「美国じゃねえ……って事は、アイツらか赤毛だな!」
ラッキー! と笑顔を浮かべて紡は当然のようにビルからビルへと飛び移り始める。呪いを制御し、その力を全身に回す事で自身の身体能力を強化し、このような人間離れした動きを可能としていた。最も、彼の能力ではこんなもの副産物にもならないが。
軽々と建物を乗り移り、着いた場所には倒壊したと思われる雑貨店らしき残骸があった。付近には巻き込まれたであろう人々の遺体が転がっている。紡は周囲を一通り見回した後、建物の奥に違和感を覚えた。
「みっけ」
視線の先には気味の悪い空間が広がっており、紡はポケットに手を突っ込んだままズカズカと入っていった。
禍々しく、不穏さや美しさを感じさせる結界内部では、既に戦いが始まっているらしく激しい戦闘音が鳴り響いていた。
『縺ェ繧薙□縺翫∪縺!』
『縺翫∪縺医∴縺!』
ギチギチと不快な金属音のような物を鳴らしながらワラワラと小さな生物らしきものが紡を囲い出す。
「うざ。何言ってるかわかんねーし」
さっさと戦闘音の元へと向かいたいが、砂糖に群がる蟻のように集まられると面倒だし、何より不愉快だ。
掌を前に突き出し、1匹の雑魚を引き寄せる。謎の力に引き寄せられる雑魚は困惑しているようだがそんな事は紡には関係のない事。雑魚を引っ張り、それを武器のように何度も何度も周囲に円を描くように回転させる。
それだけで芝刈りのように紡の周りを彷徨いていた雑魚は吹っ飛び、数秒経つと綺麗さっぱり居なくなっていた。
「めんどいし無視するか」
あらかた片付けたと思ったが大元を倒さなければ湧いてくる。これは何度か戦ってみて分かったことだ。それを理解しているからか、赤毛はボスを倒しに行っているのか、と紡は考える。
「居た居た。やっぱ赤毛だ」
頭に歪な形の王冠を飾り、丸い巨体に錫杖をもったボスと、自身の身の丈程の槍を携えた真っ赤な少女が激しい戦闘を繰り広げている。
ボスが錫杖を振るうと家来のような格好の雑魚が赤毛の少女を囲う。圧倒的な数の不利だが、少女は臆する事なく、むしろそう言った戦況に慣れているのか、槍を振るい、雑魚を蹴散らしながら着実にボスにダメージを与えていた。
時間にして十分にもかからず、少女はボスを撃ち倒した。紡は中々やるな〜と少女を評価する。
「──で、何の用だよ」
周囲を覆っていた結界は消え、いつもの町の景色へと戻る。少女はその矛先を近くで観戦していた紡に向けたまま問いかける。
「赤毛に聞きたい事があってさ」
数秒、何から聞こうか悩んだ紡は取り敢えずそう切り出した。
「へー……そりゃあ好都合だ。こっちもアンタに聞きたいことがあるんだよ。これまで散々はぐらかされてたからな。それと、赤毛じゃねえ。あたしは
「ふーん、杏子ね。オレ、五条紡」
「……五条?」
紡の名を聞いた杏子は一瞬、眉間に皺を寄せる。
「なんだよ?」
「いいや、なんでもない。それで? あたしに聞きたい事って? 今は気分が良いから答えてやるよ。あんたの顔だけは知ってるからね」
はぐらかした杏子は槍を消し、薄い緑のパーカーに短パン姿へと変わっていた。
「お前の使ってるヤツってさ、術式? 読めないんだよね、お前らから情報がさ」
サングラスを外し、蒼い眼で杏子を視る。やはりと言うか、モヤを纏っている事しか確認する事はできない。
「術式? 魔法の事か?」
聞き馴染みのない言葉に首を傾げつつ杏子は逆に聞き返す。魔法、と言う言葉に今後は紡が首を傾げた。
「魔法? はは、マジかよ。呪術師とかじゃなくて、お前魔法使い?」
「呪術師ってのがよく分からねーけど、魔法使いっつーより魔法少女だ」
紡が少し小馬鹿にしたような声で言うが杏子は特に気にする事なくポケットからお菓子を取り出して食べ始める。
「服装が変わったり武器持ったりすんのもお前の魔法ってヤツ?」
「そうさ。他の奴は……知らないけど、あたしの場合は槍ってだけ」
「ふーん……オーケー、魔法については何となく分かった。そんで、結界の中にいた雑魚とボスはなんて名前?」
紡がそう聞くと杏子は少し驚いていた。
「お前、本当に何も知らないで魔女と戦ってたのか?」
「今まで興味無かったからな。知り合いがその魔法少女? ってのになってたっぽいから興味湧いた」
「……この町にあたし以外の魔法少女が? そいつは初耳だな。そいつの名前は?」
自分以外の魔法少女が居ると聞いた杏子は舌打ちをする。雰囲気の変わった様子を見た紡は少し、思考を巡らせていた。
「しらね」
「はぁ? さっき知り合いっつってたじゃねーか!」
「顔見知り程度の知り合いだって意味ね。てかさ〜、魔法少女って仲良しこよしって訳じゃねーのか?」
「……そうさ。魔女はいわば魔法少女にとっての生命線。要するに食いもんだ。数にも限りがあるし、その地域で活動してんなら奪い合いになるのは当然だろ?」
「生命線……ね」
咄嗟に織莉子の名を出さない判断をした紡だったが、どうやら正解だったらしい。今聞いた話が本当ならば、目の前の少女は織莉子を襲撃でもするつもりだっただろう。美国織莉子は有名人だ。住所なんかも調べればすぐに分かる。
(なんか、思ってたより面倒事だな〜……)
「そっちの質問は終わりかい? なら今度はこっちの番だ。お前、魔法少女でも無いのになんで戦ってんだ?」
黙り込んだ紡を見た杏子は質問が終わったと判断し、今度は紡が答える番となった。
「あ? あー、暇つぶし」
「は? 暇つぶし?」
紡の予想外の返答に、鳩が豆鉄砲を喰らった様な顔で杏子は固まっていた。