西住家長男は雇われ整備士   作:全智一皆

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序章 西住家の長男

 

■  ■

「ほんなこつ頭が硬かねぇ、母しゃんな! 別にそこまではらかく様な事でんなかろうに!」

「……相良」

 

 前を開いたグレーの作業服に、よれよれ白いタオルを首にぶら下げた、目付きの悪い黒髪の青年―――西住家の長男、西住(にしずみ)相良(さがら)は、笑いながら親子喧嘩の真っ最中(せんじょう)へと飛び込んだ。

 

「お、お兄ちゃん…」

「兄さん…」

「おぉ、みほにまほ。大会お疲れ様、ようがまだしたな。いやー、惜しかったなー。ばってんあん状況から準優勝か! やっぱり二人は凄かね!」

 

 爆発寸前だった空気が霧散し、怒髪天を衝く様な感情の昂りがスっと消えていく。ついさっきまで、この一室は重苦しい空気に満ち溢れていたというのに。

 ようやった! と、朝帰りの長男に乱雑に頭を撫でられれば、みほもまほも毒気を抜かれた様に、自分が冷静になっていくのを理解した。

 だが、3人の母―――西住流の師範にして家元、西住しほだけはそうではなかった。尖ったナイフの様な鋭い眼は、相良を制する様に突き付けられる。

 

「相良、下がりなさい。今は西住流の師範として、家元として、みほと話しているの」

「そぎゃん事は分かっとるばい。知った上で入って来たんや。むぞらしか(可愛い)妹が理不尽にはらかかれとっとば、黙って見過ごす訳にはいかんばい」

「兄さ……兄様。時と場所を考えてください。先程も仰た様に、今は家族としてではなく、西住流の者としてのお叱りの最中です。部外者である兄様は口を挟まないでください」

 

 置かれた手を払い、姿勢を正した長女―――まほが、口調を改める。

 彼女の言葉には何ら相違ない。事実、彼は部外者だ。今この場は、この状況は、西住流を背負った者達が集っている。西住流の名を汚した妹への、叱咤の真っ最中だ。

 

 まほとみほは共に黒森峰女学園という、戦車道において強豪とされる学校に在籍し、同じ隊に所属していた。

 西住流の正当なる後継者として幼少期から頭角を表していたまほが隊長を務め、みほはその副隊長だった。

 互いに西住流、まほに負けずみほも戦車道選手として高い実力を持ち、黒森峰女学園は全国大会で幾度も優勝を果たし、遂に10連覇へと手が届くところまで来ていた。

 だが、その10連覇を成し遂げる全国大会の決勝戦にて、味方車両が氾濫した川に転落するといつ事態が起きた。

 決勝でフラッグ車を務めていたみほが戦車を飛び出して救出に向かっている間に、フラッグ車は撃破。結果として、黒森峰は準優勝。10連覇が成される事はなかった。

 西住流の師範として、幼い頃から娘達に厳しくしてきたしほとしては、敗北というそれ自体が言語道断だった。故に、今の様に叱咤される事となっているのだ。

 だが、そんな事は相良とて承知の上。それを分かった上で、理解している上で、相良は割って入った。

 

「そら確かにそうばい、ごもっともな意見ばい。ばってん、そら俺が下がる理由としてはちょっと弱かね。俺としたっちゃ、正しか事ばしたばってんそっが否定さるるとは気に食わんたい」

「え……?」

 

 聞き間違いかと、耳を疑った。

 みほが顔を上げて相良の方を見ると、相良は「鳩が豆鉄砲食ろうたみたいな顔しとるぞ?」と、からかう様に笑いながら、相変わらずわしゃわしゃとみほの頭を撫で続けた。

 

「俺はみほが間違うた事ばしたとは思うとらんばい。我が妹ながら、こぎゃん優しゅう育ってくれて嬉しか限りや。ようやった、みほは正しか事ばしたんや」

「相良」

「なんも間違うた事は言うとらんやろ? テレビで見よったばい。あん氾濫した川に戦車が落ちたんや。無事で済む訳がなか。戦車ん事ばよう知っとる母しゃんなら分かるやろ?」

「……」

 

 戦車は重厚な装甲によって守られている。だが、それはあくまでも銃弾や砲撃に対してだ。

 溢れ、止まる事のない大量の水に耐えられる設計などしていない。僅かな穴に水が入り込み、エンジントラブルは勿論の事、操縦者が無事である保証すらもない。

 下手すれば―――溺死していた可能性すら、あった。

 

「ぶっちゃけ、男ん俺には戦車道がどーんとか分からん。ばってん、みほがやった事が正しかとは確かだ。人ば助けたんや。命ば救うたんや。そら褒められこそすれ、決して非難さるる様なもんじゃなか。俺はそう思うとる」

「…そう、だよねっ……わたし、間違ってないよね…?」

 

 込み上げる感情は、どうにも抑え切れなかった。

 否定された。頑なに、否定されていた。人を助けた事を、仲間を助けたを、間違いだと叱られた。

 納得? 出来る訳がなかった。例え今から過去に戻ったとしても、みほは必ず同じ事をする。絶対に、見捨てる事なんてしなかった。

 だが―――彼は、自分の兄は、笑ってそれを認めてくれた。それに頷いてくれた。

 自分は正しい事をしたと。人を、仲間を、命を救ったのだと。

 それが―――間違いなんかで、あるものかと。

 

「勿論! 人ば助くる事、命ば救う事が間違うとる訳がなか。褒められこそすれ、非難さるる様な事なんかじゃ断じてなかばい。そぎゃんの、道理が合わんばい」

「……そう。でも、だからと言って認められるものではありません。戦車道は勝負の世界。そして、敗北は西住流の名を汚す。相良、下がりなさい。貴方は―――何の関係ない、部外者よ」

「ばいねぁ、言うて思うた! くくくっ、ほんなこつ頭が硬かとやけん! しょんなかね。じゃあ、お邪魔した。みほ、なんかあればいつでん言うてくれてよかけんな!」

 

 これ以上はどうやっても無駄か。そう察した相良は、素直に引き下がった。

 こればかりはどうしようもない。元々、西住流なんて全く憶えてすらいない男の自分だ。何度も口酸っぱく言われた様に、こちらがどう口を挟もうと意味はないだろう。

 後は、妹がどう動くか。それだけだ。残っても、出て行くとしても―――せめて自分だけは、味方でいよう。

 どうせ、各地を転々とする雇われの整備士だ。出て行ったとしても―――きっと、また会える。

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