G線上のオーガ 作:のの
長瀬隼人には信条が四つある。生死を賭けた戦いに挑む隼人にとって、この信条を守ることが自身の保身にもつながる。
第一、時間厳守。
第二、仕事は正確に、情け容赦なく完璧に遂行せよ。
第三、ターゲット以外の“殺し”はしない。
第四、深追いはしない。
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「……ふっ!」
カシャン、カシャン。
金属のぶつかる音が、小気味よく室内に響く。
――今や、日課となった早朝のトレーニング。
隼人は淡々とバーベルを持ち上げていた。
そしてバーベルを下し、その腕は痺れているようであったが、彼の顔には確かな充足感が見られた。
隼人にとって身体を鍛えることは非常に重要であった。相手が死ぬか、自分が死ぬかという戦いの日々を過ごしているのだ。鍛えられた筋肉がもしかしたら九死に一生を得るかもしれない。そう考えると、暇な時間なんてものはなく隙間時間を見つけてはトレーニングする日々だった。
そして幸いなことに彼の“体質”のため筋トレしても、すぐに超回復をする。超回復とは、トレーニングによって筋肉には微細な損傷が起こるが、休息期間を経て元以上の状態に回復し、さらなる成長を遂げるプロセスだ。このスパンが隼人は、常人より速いのだ。
そして適切な食事を摂取して、シャワーを浴びて汗を流す。これが毎朝隼人が行っているルーティンである。こんな生活を10年以上続けていれば流石に慣れもしているので、今さらストレスといったものを隼人は感じていなかった。
そして制服を着て学校に向かう。本日は新学期であり、高校二年生になって初めて登校する日であった。新しいクラス、新入生と学校生活が大きく変わる時期といっていいだろう。ある者は、新生活に胸を躍らす者もいるだろう。そして希望溢れている人々とは対照的に隼人は無関心であった。
隼人が無関心な理由とは……彼は学校で恐れられているため友人どころか真面に学生同士で話したことすらなかった。そして、生徒どころか教員とも会話すらしない一年間を過ごしていたのだ。今更、学校生活に期待してもいないし、殺しという日常とはズレているのだから、平穏な生活とは無縁だと割り切っていた――嘘である。隼人は友人も欲しかったし、なんなら恋人も欲しいと思っていた。
隼人が恐れられているのは理由が二つあった。一つ目が外見であり、隼人は195cmの長身と日本人離れした、まるで彫刻のように引き締まり筋骨隆々とした体躯。顔立ちは整っているが、無表情であり一言も話さない近寄りがたいオーラを発していた。
二つ目だが、これが最大の要因であった。隼人は中学二年生時点で高校生30人に暴力を振るい病院送りにしたという事件があった。これは隼人が裏以外で初めて拳を振るった初めての出来事だ。この話は直ぐに学校中どころか地域全体に広まっているため隼人がいくら素行よくしていも印象を拭うことは不可能なのだ。
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『おはよう~』
『おはよう、一緒のクラスだね!一年間よろしくね~』
『こちらこそ、よろしく』
隼人のクラスでは、多くの学生が普段よりも少し早く登校してお互い挨拶をしていた。それは今日が新しいクラスの発表日ということもあり、多くの人が誰と一年間過ごすのか気になることだろう。そして隼人のクラスの人も例外なくそうであり、特に隼人のクラスでは盛り上がりが凄かった。
その要因とは――“古城姫香”が原因だ。姫香は学校で一種のアイドル的扱いをされており男女問わず絶大な人気を誇る美少女だ。腰まで届く長く艶やかな黒髪、優し気な大きな瞳で。スッと通った鼻梁に小ぶりの鼻、そして薄い桜色の唇が完璧な配置で並んでいる。物腰柔らかでいつも笑顔を振りまいており学年問わず有名人であった。また、実家の影響もあり部活動は剣道をしていた。
「みんな、おはよう~♪」
他の学生よりも少し遅れて人気者の姫香が教室に入ってきた。彼女は剣道部だからか、物怖じせずに初対面の人間もいる中でも第一声が大きな声で挨拶をしていた。
元気よく明るい笑顔で「あいさつ」すれば、さわやかな好印象を与えるもので多くの学生が元から姫香のことを好意的に見ていたが、挨拶一つで印象が更に良くなっていた。
『おはよう!私、古城さんと同じクラスになれて凄く嬉しい!』
「え、そう?そう言って貰えると嬉しいな!」
姫香が教室に入ってきてからというのも、男女の多くが姫香に視線を向けていた。百人に聞いて百人が美少女と答えるだろう容姿と明るい性格の持ち主なのだから仕方ないのだろう。
姫香は次から次へと来る女子や男子に対して笑顔のまま明るく会話をしていた。しかし、会話というのは「きっかけ」がなければ続かないものでもあり、逆に「きっかけ」があれば終わるのである。今回は後者であり、隼人が教室に入ってきて賑やかであった教室ないが、シーン、と静かになった。
「……」
隼人は誰にも挨拶をせずに、教室の黒板に貼られていた座席表を確認してから席に向かった。周囲の人間はそんな隼人を煙たがるようにされており、なんでコイツと同じクラスなんだと言わんばかりの目で隼人を見ていた。
ただし、一人を除いては。
「おはよう!初めましてだよね?私、古城姫香です。一年間よろしくね!」
姫香は隼人の方へと近づき、ニカッとした笑顔で挨拶をした。彼女を一目見ただけで分かる圧倒的に明るいキャラクター性。
隼人のような嫌われ者に対しても、他の人と同様に接することが出来る“優しさ”。
隼人は一年生の段階でも姫香の事を知っていた。悪い意味で有名すぎる隼人とは対照的に、学年どころか学校の多くの人から好かれていることを。
「あ、あぁ……よろしく…」
「うん、よろしくね!」
隼人は、姫香を、明るく楽観的な性格で、周囲の人を明るくするような、ひまわりのような人だと思った。性格だけでなく、彼女のような百人が百人全員が美少女と言うこと間違いなしの容姿、凹凸がハッキリとしたスタイル。
姫香が男子だけでなく、女子にも好意的に見られている理由がよく分かる場面であった。
『流石、古城さんだね!嫌われ者の長瀬に対しても優しいし!』
『本当だよね!私だったら絶対話しかけないわ……』
姫香の行動を見やっていたクラスの女二人が、お互いの耳元に小声で話し合っていた。しかし、聴力が常人離れしている隼人は正確にその内容を聞き取る事が出きた。
(聞こえているんだけどね……まぁ、普通の人が俺を毛嫌いする理由が沢山あるのも事実だから…。仕方ないかな。)
隼人は自身のことを客観的に見ていた。不良とはいえ一般人に暴行をして病院送りにしたのも事実であるし、隼人が鍛え抜かれた威圧的な肉体をしているので、恐怖心を抱くのも無理がないと。
それに、裏の仕事として人を“暗殺”したこともあるのだ。学生生活で真面な友人関係を築くことが出来るなど、隼人自身も夢にも思っていなかった。
そんな中、姫香が話しかけてくれて、隼人は高校生活で初めての挨拶をした。人気者の姫香と友人になることはないだろうが、また挨拶くらいなら出来たらいいなと、隼人は思っていた。
高校二年生の初日、想像していたより、いい事があったと隼人は内心――嬉しく感じていた。