G線上のオーガ 作:のの
高校生活の思い出は、何があるだろうか。
修学旅行と答える者もいるかもしれないし、部活動と答えるものもいるだろう。
それらは友人や仲間がいるからこそ、輝かしい思い出となるのだ。
悲しいことに隼人には友人が一人もいないため、彼らのような思いで作りは不可能だった。
そして、友人がいないと辛くなる授業がある。それは、体育だ。
隼人は運動が苦手というわけではない。
むしろ、常人離れした肉体があるのだから、手加減しないと球技とはいえ相手に致命的な怪我を負わせてしまう恐れもあるくらいだ。
しかし手加減していても、隼人が体育を普通に受けることが出来る日は来ない。
なぜなら、サッカーやバスケットボールなどの球技を隼人がすると、全員が隼人にパスも出さなければ、そもそも隼人の周囲に人が集まることが無い。
隼人の近くのスペースは使われないで、試合が進むのだ。
高校一年生の時に数回体育の授業に参加して以来、仮病を使うことにしてる。体育教師も隼人が授業を受けないことを咎めるようなこともせずに、自由にさせていた。
そんな体育の授業で隼人が行っていることと言えば――筋トレであった。
トレーニングルームで一人、黙々と器具を上げ下げを繰り返していた。ガシャン、カシャンと、広くない室内に響いていた。
授業が終わる数分前には、戻ろうと思っていた隼人であったが、予期せぬ珍客が来た。
ガラガラと、隼人がいるトレーニングルームが開けられた。開けた人物とは、体操服姿の姫香であった。髪を後頭部で一つにまとめて垂らした髪型。ロングヘアでありながら顔の輪郭やうなじが露出する、ポニーテールであった。まだ、新学期が始まって数日ではあるが、普段とは違う髪型であったので、少し印象が違っていた。
「お~長瀬君じゃん!こんなところで、何しているの?」
「……別に、筋トレしているだけだ…」
姫香の疑問は至極当然であった。体調が悪いと言って休んでいる人物が、筋トレしているのだから。
「あっ!長瀬君…体育の授業サボっているんでしょう!ダメだよ~」
「……別に問題ない。俺がいない方がクラスの男子達も喜ぶだろうし、それに…嫌なんでもない。それより、古城こそ、こんなところで油を売っていていいのか?」
体育館から少し距離がある場所にあるトレーニングルームに何故、古城がいるのかが分からなかった。友人が多く、クラスでも常に誰かと一緒にいる姫香なので、周囲に誰もいないのは珍しかった。
「私は長瀬君とは違って、ちゃんとした理由があるんだよ!体育の授業で捻挫しちゃった子がいてね、その子を保健室まで連れて行っていたんだ~」
「そうか…だけど、こんなところに来た理由にはならないだろ」
「ん~それもそうだね。でもね、保健室から体育館に戻ろうとしたら、カシャン、カシャンと音がするだもん。気になったから、来てみたらビックリ、なんと長瀬君がいたってわけ!」
「なるほどな……。気になっていることが分かったんだから、そろそろ戻ったらどうだ?」
隼人は姫香を追い返すように言い放った。少しキツイ口調ではあったが、姫香はキョトンとしており、特段隼人を怖がっている様子は一切なかった。それどころか、姫香は隼人の身体を上から下まで隼人の周りを歩きながら、見やっていた。
「そうだね、本当だったら、そうするんだろうけど……」
「なんだ?」
「いやぁ~制服の上からでも分かってはいたけど、改めて見ても凄い筋肉しているなぁって思って…」
「……どうも」
姫香は、凄いねと、両手で口を隠しながら驚いていた。少しうっとりするような顔をしながらも、咳払いをして切り替えた。
「いやぁお恥ずかしいところ見られちゃったね…。長瀬君の身体が、何年も継続して出来たんだろうなぁ、と思って、尊敬しちゃった。努力家なんだね、長瀬君って!」
「あ、あぁ……」
初めて自身の事を褒められた隼人は、少しニヤ付きそうになる顔を悟られないように無理やり正した。
姫香が本心で話しているということが、彼女の顔を見れば一目瞭然であり、そもそも女子との接点も一切なく、姫香ほどの美少女に褒められたので隼人の反応は至極当然だった。
「なに、その反応~!そういう時は、ありがとう、って言えばいいんだよ♪」
「わ、分かった分かったから……」
姫香がバーベルを持っている隼人の後ろの耳元に囁くようにして言った。より隼人と接近したから、姫香のシトラスのような、いい香りが強く感じられた。ドキっと、心臓を掴まれたような、驚きが隼人に走った。
姫香が予想外の行動をしたので、隼人は手に持っているバーベルを下に置き姫香の方へと体を向けた。
「や~っと私の方を見てくれたね♪」
まるで、悪戯っ子が悪戯に成功したような笑みを姫香が浮かべていた。ふぅ、と隼人は一呼吸を置いて、長椅子に座った。姫香の方も言われるまでもなく隼人の隣に自然な動作で座った。
「それで、そこまで俺に構うってことは、俺と話したいことがあるのか?」
「そうだよ~。本当、長瀬君は中々私の方を見てくれないし、こうでもしないと話してくれないと思ってね!」
「はぁ、俺の負けだよ、降参。それで話したいことって?」
「ん~……特にないや」
「はぁ?」
「あ~ウソウソ。本当は沢山あるんだよ?でも、今は時間もあまりないしね」
姫香は両手をブンブン、と胸の前で振って嘘じゃないよ、とアピールしていた。その焦ったような顔が隼人は何故か面白くかんしてしまった。
「プッ…」
「あ、今、笑ったでしょう!というか、長瀬君笑ったところ初めて見た!これって激レアシーンだね♪」
珍しい物を見た時のような反応を姫香はしていた。実際、隼人自身も笑ったことなど数年覚えがなかった。
「わ、笑っていない…」
「いーや、笑っていたよ!ウソはダメだよ、ウソは。いやぁ~やっぱり噂は噂でしかないね、長瀬君と話していて改めて思い知らされたよ!」
「……噂って?」
「あ~…、あまりいい噂じゃないからさ、聞いても楽しくないよ…」
姫香が言いずらそうにしており、苦々しい表情をしていたので、隼人が知らない噂が尾ひれがついて一人歩きしているのだろうと思った。
「そうか…なら、聞かないでおく」
「そうだね、それより楽しい話をしようよ!」
姫香は気まずい雰囲気を一蹴するかのように会話のきっかけを作り、隼人に話題を振っていった。人との会話が、ここまで続くのは、“初めて”であったが、楽しいと隼人に感じさせていた。
初めて隼人は、学校生活の日常というのを経験した。