ここがゲームの舞台だと、俺だけが知っている。
それが何の手助けにもならないと知ったのは、6歳の頃だった。
物心ついてからの俺は自分で言うのもなんだが、年齢に見合わない静かで不気味な子供だったと思う。
習ってもいない計算が出来たり、新聞らしい紙の文字を目で追ったり、何より泣かなかった。
両親はそれを不気味と思うことなく「幼少から大人びている」と好意的に受け取ってくれた事だけは感謝している。
後から聞いた話では、この世界には稀に年齢にそぐわない強さだとか賢さだとか、そういうのが産まれるから違和感を覚えなかったらしい。
「私達はあの悪魔達を滅ぼさなくてはならないの」
今生の親に何度も言われて脳裏にこびり付いた言葉を反芻する。
悪魔、この世は戦争の真っ只中で大人達の間では敵の国を口汚く罵倒するのが流行している。
それは両親も例外ではなく、口を開けば俺への愛と、会ったこともない異国の人間を悪し様に貶す言葉ばかり。
時折祈るように賛美する国の名前が自分の生まれた国だと知り、どうして聞き覚えがあるのか記憶を探っている内に、古い記憶が掘り起こされてしまった。
(ああ……弟が言っていたんだ)
あまりゲームをする習慣がなく、友達がやってるのを話題合わせでやる俺と違うゲーム好きな弟が、いつだったか目を輝かせて俺に語ってくれたことがある。
剣と魔法のファンタジー、シナリオは二国間の戦争。主人公は平和な村に生まれ、生まれながらにして強い力を持って孤独となる。そんな男が多くの困難を乗り越えやがて世界を平和に導く話だった気がする。
あまりの熱量に引いてしまい、弟を寂しがらせたことは今でも後悔している。もう一度話してくれと言った時の喜びようからして、ナイスフォローだったと思う。
(どうして俺なんだ。弟がいれば喜んだろうに)
ゲーム原作の知識が皆無に等しい俺と違って、弟ならきっとその英雄の下世界を最速で平和に導いてくれたに違いない。
俺のような無関係の人間ではなく、未来を、世界をより深く知る人間が来てくれていれば。そう思わずにはいられない。
しかし内気で優しい弟のことだ。戦争を目の前で体験してしまったらきっと耐えられない。
その点を鑑みれば、俺でよかったのかもしれない。
この知識を思い出して得たものは、もう会えない家族との楽しかった思い出が、今の家族への複雑な心境を助長するだけだった。
自分の内面を自覚してしまってからは、できるだけ色んなことを知る事に務めてきた。
戦争をしているのは何処と何処で、どれ程の規模で、どんな歴史があるのかに重点を置いて調べる。
これだけでも幼児の俺にはとてつもない重労働で、何より文字の勉強が大変だった。
この世にも学校はあるからいずれ進学するのは確かなのだが、俺や家族の未来を考えるとできるだけ早く情報が欲しかった。その為に文字の暗記から始めたのだがこれが大変な作業だ。
前世の記憶が理解を助ける分、単純な暗記に随分時間がかかってしまった。要領の悪さは今生でも変わらないようで、ちょっと悔しかった。
予想はしていたが、ファンタジーな固有名詞が多くて読んでもあんまり意味がわからないことも多く、多少文字が読めるようになっても辞書が手放せない。
子供用辞書を常に持ち歩き、ことある事に広げては文を読む。
傍から見れば勉強熱心な、将来は博士になるのかな?そう言われるような振る舞いになっていたかもしれない。
もっとも、既に国の為に戦う兵士以外選べないことを俺は知っていた。
この時代は科学技術が発展していない分、魔法もとい魔力を使った研究が進んでいるらしい。生活は思ったより不便じゃない。
電気に似たランプもあるし、水道のような浄化作用もある。コンロのような熱源もあれば扇風機のような風を生み出す道具もある。
電気や機械に頼らない自分の知らない技術には、ちょっとだけワクワクした。
知らない技術に目を輝かせる俺を両親は「なんて好奇心旺盛なんだ!」と喜んでくれていた。
自分で言うのもなんだが、それでいいのかと少し思う。
そのような子供時代を過ごしていたからか、あるいは前世で積み上げてきたものがあったからか。学校での成績はかなり良い方だった。
国語の成績だけが悪く、そこは頑張ろうと何度も言われたのは少し恥ずかしかった。仕方ないじゃないか、筆者の感情を述べよと言われても、当時の歴史背景もこの国の常識も何も知らないんだから。
そして一番の目玉は『魔法』の授業だ。これだけは俺の生涯の中で一番の思い出になることを確信させてくれた。
先生の説明では家系ごとにそれぞれ得意な魔法には傾向があるらしいが、とても幸いなことに俺は水を扱う魔法が得意だった。
しかも自分の魔力を変換して得られた水は不純物をあまり含まず非常に清潔で、飲むことはあまり推奨されなかったが衛生を保つ上では有用との事らしい。
取り立てて珍しいものではないらしいが、水は大切だ。現代で生きていたからこそ水に不便することがどれだけライフラインを脅かすかよく知っている。
火や風、氷といった攻撃的な魔法に憧れはない、ということもないが何よりも水だ。清潔な水が作れるのはそれだけで嬉しい。
治療の魔法なんて便利な物も無いらしいこの世界で水を使えることは大きなアドバンテージになるだろう。
無論、戦うという点ではひと工夫もふた工夫もいるだろうが、とても嬉しかったのは確かだ。
たくさんの新しい常識を学ぶ中で、友達にも恵まれた。変に静かで黙々と勉強に取り組み、輪に入ろうともしない気味の悪いクラスメイトだった俺を見放さずにいてくれた友達には、一生頭が上がらない。
そんな皆に俺が出来ることはあまり多くなかったが、勉強を教えたりちょっとした豆知識を教えることくらいだった。
時には恋愛相談に乗ったり、その成就を見届ける等もした。我ながらアホだったとは思うが、楽しい日々を過ごすことが出来た。
彼らは今生の親友だ。一生かけてその恩を返していくつもりだ。
ずっと、幸せな日々が続くと思っていた。
だがそれも戦争の悪化、俗に言うならば原作の始まりまでだった。
記憶にある限りでは、ゲームの始まりは主人公がいた村が焼かれ、そこで血が覚醒したとかそんな内容だった筈。
その余波で多くの敵兵士と名のある高官が死に、その出来事を切っ掛けに両国で戦争の機運が高まる、というのがシナリオの始まりだった筈だ。
幸運だったのは俺が『主人公』側の陣営だということ。つまるところ、この戦争がシナリオ通りに進むのならば勝ちは確定している。
生まれた時から勝ち馬に乗っているなら何も恐れることは無い。
ただ『主人公』が勝つまでの期間を耐え忍べばいい。ゲームを知る過程でサンプルのスチルを見たりもしたが、少なくとも何作もシリーズが出ていたゲームではない。
ここから推測して、ゲームシナリオは恐らく『主人公』の介入から終わりまでのごく短期間を密度を高めてシナリオ化していると踏んだ。
つまり俺は時期で言えば二番目に幸運なタイミングで転生したということだ。
一番は言うまでも無く戦争終了後に生まれることだが、流石にそれは都合が良すぎるだろう。
つまるところ、あとは自分が何をせずとも自国が勝利し、敵が勝手に滅ぶのを待てばいい。
何もかもが甘かった。
俺は戦争を、総力戦というものをあまりに軽く見ていた。
戦争が始まってからすぐに民間からは物資が無くなり軍に徴収されるようになった。
食料だけでなく工芸品から娯楽品、言うまでも無く人員もだ。
そこには当然俺も含まれ、成績優秀とはいえまだ15歳に過ぎなかった俺も駆り出され、向かわされたのは当時の最前線からほんの少し下がっただけの場所。徒歩数分で戦場だ。
若く元気な人間は真っ先に駆り出され、戦う為の知識を詰め込まれ、容赦なく戦いの場へと送り出される。
戦場で飛び交うのは主に弓矢と魔法。剛力に引かれた弓矢は容易く隣で猛る兵士の心臓を容易く貫き、強大な魔力から繰り出される魔法は人を土の防壁ごと跡形も無く灰にし、水を被せられて窒息を狙うなんて手段まで取ってくる手練ればかり。
近づいたとしても体験授業で学ぶようなお上品な剣技など一切ない。メイスや斧に、当たれば予後が悪く二度と立ち上がれなくなるような獲物ばかり。
接近戦の魔法が得意な者もいた。触れた相手を一瞬で消し炭にする火の魔法使いだ。直接相対して粗相した回数は一度や二度ではない。一度顔を掴まれ灼かれかけた時は腰が抜けて動けなくなってしまった。
誰も彼もが武技と魔法を最大限駆使して俺を殺そうとする。人が人を殺す為に全力の世界だった。
そのストレスで出陣して2週間吐いて倒れて起き上がりを繰り返し、そうして人の死に見慣れ初めた頃合いに今度は殺しに慣れなくてはいけなくなる。
「逃げるな」
「殺さなきゃ殺されるのはお前だ」
「助けて」
「仲間が死んでも敵が死んでも、お前が死んでも立ち続けろ」
「熱い、痛い」
「それが戦争だ」
毎日のように脳を揺らす怒号と悲鳴、絶えない生傷に苦痛のうめき声。
意味もなく突然歌い出す人、虚空を指さして怯え出す人、壁にもたれかかり虚ろな目で一言も喋らなくなってしまった人で簡易兵舎は満杯だ。
俺もその中の一人になるのだと思っていたが、砦の中に満ちる臭い消毒液と血の匂いは俺を辛うじて人の道に踏み留まらせた。
しかしやがて来る恐怖から逃れるべく飲み干したアルコールが嗅覚と倫理を簡単に狂わせてしまい、忌避するべき人殺しを「やらなければやられるだけだ」と許容させてしまう日々。
俺の最初の人殺しは……もう二度と思い出したくない。人間の目から光が消える瞬間はあまりに惨く、俺の心を壊し続ける。
日に日に悪くなる詰め所の衛生に耐えきれなかった俺は、戦闘の合間にずっと掃除をしていた。
救護所の傷病兵は膿んだ傷や魔法の火傷痕に悶え苦しみ続けていた。俺は出来る限り患部を清潔にするよう努め、出血もなるべく清潔な布で拭き取っては使い回さず捨てた。
水は可能な限り自分が魔力で錬成した清潔なものを使い、汚れた水はすぐ捨てる。
今使える衛生知識がそれくらいしかなく、感染症対策や怪我の治療、ましては縫合の知識など持たない俺に傷病者の根本的な治療はできない。
けれど凄惨な状態に誰もが怪我人を見放そうとする中、吐き戻しそうになりながらもそうする以外の選択肢が俺には無かった。
誰かを助けることが唯一正気を保つ方法だと当時の俺は信じていた。信じるしか、無かった。
「どうして助けようとするんだ」
「いずれ死ぬから放っておけ」
「資材の無駄だ」
そう言ってくれる人間達が何よりありがたかった。時には治療する本人に言われることもあった。
そんな声に負けたくない、抗いたいという感情を常に呼び起こさせてくれて、目の前の凄惨な現場から逃げたいという願望から無理やりにでも克己することができた。
気付けば俺は衛生兵として、そして時が来れば前線でも戦う最悪の態勢が出来てしまった。
死ななかったのはただの偶然でしかない。ここで死んではならないという神のお導きか、それとも生き地獄を味わえという悪魔の導きなのか。
いずれにせよ、俺はそこで生きていた。
そうして過ごした15歳からの5年間、傷病兵の清潔維持と前線での戦いに心が悲鳴を挙げる日々を過ごしながら何の意味も無い成人の誕生日を迎えた。
怪我をした人達とふとした話題に、手当て中頬に返った血を拭いながら「俺、今日で20ですよ。嫌になりますね」と言った時の周囲の目の色と空気の変わりようは今もよく覚えている。
放っておいてくれと包帯を投げつけて来た癇癪持ちも、生死の境で彷徨っていていっそ死にたかったと嘆いていた悲観者も、なんやかんや助けてくれたことに感謝はしているぶっきらぼう達も、皆が俺を見ていた。
別に珍しいことではないでしょう、俺の友達も皆どこかで戦っている。そう言ったら、皆俯いて黙ってしまった。
ここまで戦い抜いてなお生き残った猛者達が沈黙しているという事実に驚いていたら、彼らの一人が顔を上げて真剣なまなざしで俺を見た。
「戦争が終わったら、お前は絶対に幸せになれ」
「俺達の分もだ、絶対に幸せになってくれ」
「そうでなきゃ……こんなのあんまりだ……」
思いがけない言葉が彼らの口から出てきた。俺はこの瞬間までその人達は皆望んで戦場に来た人でなしだと思っていたのもしれない。
なにせ彼等はずっと自分を嫌っていた。自分達より年下の男に世話をされるなんてみっともないと、こんなことなら戦場で死ねば良かったと何度も口にしていた。
それが今はどうだ。誰もが俺を憐れんで、思いやって、幸せになってくれとまで口にした。
そう言われた時、思わず大声を上げて泣いてしまった。
激情を隠す為に必死に取り組み続けてきた奉仕活動だったが、その言葉に心の蓋が外れてしまった。
戦争なんて行きたくなかった。人殺しになんかなりたくなかった。血と煙の臭いに慣れたくなんかなかった。これからずっとこの事を思い出して生きるのは嫌だ。もっと家族といたかった。弟に会いたい。
決壊した心を押し留めることは出来ず、嗚咽と一緒に吐き出された本音を彼らは黙って、時に涙を流しながら口々に呟いた。
「ごめん、ごめんな。辛かったよな」
「お前らを戦わせない為の俺達じゃなかったのか」
「なんでこんな……クソ、どうしようもねぇんだ……」
その時になってようやく分かった。
戦いたい人など、人を殺したい人などどこにもいない。
それはきっと、向こうの国もそうなんだ、と。
『号外 我らの英雄快進撃!敵将次々撃破!』
その頃からそんな見出しの新聞が時折舞い込むようになった。
恐らくは『原作』のストーリーが始まったのだろう。俺はその事に喜びも哀れみも出来なかった。そんな余裕はなかった。
詳しい背景は知らないが、敵国の将は魔法で自己改造した怪物だったりするのだろうか?そうでもないと事実上の暗殺シナリオが人気を博することはないと思うのだが。
新聞を読む限りでは、敵には侵略派と呼ばれる戦争推進派閥がいるようで、彼らは日々民衆の戦争意欲を煽り続けているらしい。
それらを止めるべく敵国の中枢に送られた超優秀な部隊、それがかの英雄達の置かれている立場というわけだ。
誰も「出来の悪いプロパガンダだ」「これでは勇者というより暗殺者だ」と表立って口に出すことはしない。
皆それを理解した上で、それが戦争を最短で終わらせる道だと信じるしかなかった。
喜ぶことができない理由はもう1つある。敵将撃破の報せが届く度に敵の攻撃が激化していったからだ。
敵兵からは厭戦ムードなど到底感じられない。最後の一兵まで戦うつもりなのだろうか。
ひょっとして俺達は絶滅戦争をしているのだろうか。もしそうだとしたら……戦後この世は間違いなく地獄となるだろう。
それから点々とする戦線を走り回ること更に4年、その日は突然訪れた。
「敵国の首魁が討たれた。代替わりで戦争は終わりだ」
最前線に齎された報告はあまりに突然で、誰もそれをすぐに理解出来なかった。
少しずつ言葉の意味を飲み込んで、味が分かったものが呟く。
「終わったのか」
「戦争が」
その言葉に神妙に頷く高官を前に、大歓声が上がったのはすぐ後の事だった。
反応は勝ったことを喜ぶ人、戦争が終わったことを喜ぶ人に別れたが、俺は後者だった。
ようやく帰れるんだ。もう人を殺さなくていいんだ。これからどう生きればいいんだ。
悲喜こもごもの歓声の中、俺は気を抜くあまり気絶してしまった。
長い間休むことなく戦い続け、傷病者の手当てをし続けるこの9年間。ようやく手放しで意識を手放すことが出来た。
目が覚めた時には俺の周りには何人も仲間の兵士がいて、心配そうに俺を見ていた。
ご迷惑をおかけしました。そう言うと涙ながらに「バカ言うんじゃねぇ。遠慮なく休んでろ」と言われてしまい反応に困ってしまう。
後から皆に「心臓が止まりかけた、お互いにだぞ」「幸せになるって約束しただろうが」「本当に勘弁してくれ」と詰め寄られてしまい、なんだか申し訳ない気持ちで一杯だった。
屈強な同僚達に囲まれて、生きていて良かったと言われてようやく、戦争は終わったのだと理解できた。
そしてもう一度、気絶してしまった
「───貴官の傷病兵に対する献身は多くの者が知る所であり、その高潔な精神を讃え……」
戦争が終わってすぐ、動ける兵士達は皆本国に呼び出されて勲章を頂けることになった。
しかし何故か、俺にはもう一つ勲章が与えられてしまった。
最前線で怪我を負い、戦線復帰を見込めない兵士達は原則本国に帰ることになる。
そして戦争の激化から数年、そこでは幾度も俺のことが話題に上がったらしいのだ。
あの戦場には『天使』がいた、と。
授与式が終わってすぐ、思わず上官に「天使とは一体何の冗談ですか?」と言ってしまった事を後悔はしていない。傷痕だらけ、その上硝煙と血に塗れて煤けたこの顔はどう見ても天使の顔ではない。良くて炭鉱労働者、悪ければ苦役、服役中と言われても不思議ではない。
上官も「気持ちは分かる……が、辞退する方が世間体は悪かろうと思って秘匿していた」と言われてしまい言葉に窮してしまう。
「幼くして戦場で血を浴びることも厭わず、献身を尽くして人命を守り続けてきたのだろう。その名は相応しいものだ。背負い給え」
それだけ聞けば確かにそうなんだが、俺がしてきたことはずっと逃避故の行動だ。
戦場で殺すことが怖くて、殺してからも怖くて、その罪悪感から少しでも逃げる為にした逃避の捌け口でしかない。
それが人を助けられたのなら嬉しいことだ。しかし手放しに喜ぶのも違う。なにせ……見送らなければならなかった人はその数を優に上回る。
俺は何人助けた?何人助けられなかった?その為に何人殺した?
そんな俺が『天使』だなんて、ブラックジョークとしか思えない。
「我が国の恥ずべきところを挙げるとするなら、当時15の君から9年という歳月を奪い、重すぎる苦悩を背負わせながら勲章一つと退職金で済ませようとするところだな……すまない、聞かなかったことにしてくれ」
そう言われてしまえば、俺から返せる言葉は無い。
俺は静かに敬礼をし、促された退室指示に従った。
その間際、上官の独り言を聞いた。
「……沢山、君と同じくらいの子供達が死んだ。この戦争に意味を持たせなくては、それこそ何もかもが無駄になる」
「すまない、どうか生きてくれ。君の幸せを祈っている」
俺は幸せになれるのだろうか。
なっていいのだろうか。
なるべきなのだろうか。
戦友の皆と約束したはずのそれすら、俺には分からなくなっていた。
家に帰った俺を両親はずっと褒めてくれた。
「国の使者から聞いた。お前は俺達の誇りだ」
「胸を張って、あなたは自慢の息子よ」
その言葉に引っかかりを覚えてしまうのは、俺の我儘だろうか。
生きて帰ってきてくれるだけで嬉しいと言ってはくれないのか。
最初に「おかえり」を聞かせてはくれないのか。
俺の友達はどこにいる、その親御さん達は何故泣いている。
けどそれを口に出せば、決して後戻りが出来ない言葉を引き出すことになる。
俺は「ただいま」と言うことしかできなかった。