異世界より、親愛なる家族へ   作:飛び回る蜂

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天使から国家へ、無冠を望む

 それから3か月、俺は少しずつ平穏を取り戻そうと藻掻いていた。

 まずは働き口を探した。纏まった退職金もある、無理してすぐに働かなくていいと両親は言ってくれた。

 けれどそれではダメだ。何もせずにいると辛かった時のことを何度も視界に映り込む。

 今の俺には昔を忘れられる何かが必要だった。現実逃避でもなんでもいい、何かしていないと気持ちが落ち着かない。

 軍に在籍してそちらで仕事をと勧められたのだが積極的になれず、今は距離を置きたいと辞退した。

 それも両親は不服そうではあったが、辛いことが多かったんだと納得してもらった。

 

 

「荷物が全部で1、2、3……7箱!確かに受け取ったよ。ありがとさん!」

 

 

 そうして辿りついた仕事が日雇いの『運送業』である。

 この仕事は人と長時間向き合うものではないし、戦争で足りなくなっていた物資を運ぶ仕事はいくらでもあった。日雇いのそれに飛び込んでは遠くへ出向き、荷物を届けてはまた仕事を引き受けまた別の街へ行くのだ。

 まだまだ道路などのインフラは最低限しか発展しておらず、馬車で荷物を運ぶ世界だ。野盗や凶暴な野生動物も現れる。

 護衛や荷運びでもいい。自分自身が運び屋になってもいい。体力には自信がある。

 そして何より長期間家を出る理由にもなる。どうにも両親の考えは少し、今の俺とは合わない。

 栄誉よりも大切なものがある、あって欲しいと願う俺とは反りが合わない。どちらが正しいかなんてそれこそ不毛だ。

 だからしばらく家を離れることにした。両親には「戦争は終わったから色んなものが見て見たくなった」と言えば「昔からお前は好奇心旺盛だったな」と納得してくれた。

 世界を見てみたいと思ったのは事実だから嘘はついていない。が、少し後ろめたくなった。

 

 

「しかし兄ちゃんがあの『天使』ねぇ……確かに優しそーな顔しとるわ。え?あんまり呼ばれたくない?そ、そうか……色々あったんだろう、すまんね」

 

 

 行く先々で『天使』と呼ばれるが、その呼び方はあまり好きになれなかった。

 謙遜するなと持て囃されることもしばしばあったが、そう呼ばれるには助けられなかった命と奪った命があまりに多すぎる。

 戦争なんて悪魔の所業に加担しておきながら天使と呼ばれ、それを誰も咎めない。

 これは一体何の罰なんだろうか。俺は一体何の為に戦っていたんだ。

 望まない戦争に参加させられたとはいえ、本来こうして穏やかな日々を過ごす筈だった人を殺した自分が、どうして平和を謳歌できるんだ。

 俺は少しずつ、自分の存在意義を見失いつつあった。

 

 

「そ、そういやぁ英雄様が結婚したって話は聞いたか?ほら、救国の英雄様だよ。今度披露宴をやるらしい。兄ちゃんも出席するのかい?」

 

 

 取引先の男に言われてハッとし、その事を思い出す。

 そう、戦争終結から3か月、俺は先の戦争の『英雄』から披露宴の招待を受けているのだ。

 『英雄』というのはまず間違いなく『主人公』のことだろう。彼に『天使』に是非一度お目通り願いたいと出席を要望されている。

 内容は戦争終結と結婚記念を祝うもの。この式典と共に長きにわたって続いた戦争に終止符を打とうというものだった。

 敵国……この言い方は既に不適切なものだ。相手側からも多くの重鎮が出席し、今後は出来る限り手を取り合おうという内容になっている。

 この戦争を終えて残ったのは「もう戦争をするメリットはない」という虚しい結果だけ、ならばこれからの未来をどうするべきか。

 次代にその遺恨を残すことなく、発展に協力し合うのが最善の道だ。そうでなくてはならない。

 この披露宴をその象徴とする為、あえて派手に煌びやかにやろうと決まったのだ。

 断ればまず間違いなく面子を潰す、欠席は出来ない。事実上の強制だ。

 

 ……ひょっとしたら、戦争を継続させようとした恐ろしい人達を『英雄』が倒すことで戦争を終結に導く、というのがこの世界のシナリオなのかもしれない。

 前世で弟が言っていた気がする。勧善懲悪シナリオからのハッピーエンドは何度見ても気分が晴れるとかなんとか。

 勧善懲悪はともかく、今思うとガッツリネタバレしてないか?あとその言い方はバッドエンドもあり得たのではないか?

 

 

「土産話を期待してるよ!またな、兄ちゃん!」

 

 

 手を振る気さくなおじさんに手を振り返しつつ、乗り込んだ馬車の後ろで一人溜息を吐く。

 礼服の準備をして、一人で出席の旨を伝えて、念のため元上官にも連絡を入れてとやることが山積みだ。

 ……敗戦国(バッドエンド)にならなくてよかった。今はそう思うことにしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───招待状を拝見致しました。どうぞ、お通り下さい」

 

 

 厳重な警備をパスし、予定した披露宴会場へと向かう。

 初めて見る宮殿は通路だけでも眩しい程に豪奢で、やはりここに自分がいるのは場違いだと思わせられてしまう。

 ドアマンの立つ大きな扉の前に立つと恭しく礼をされ、静かにドアを開けてくれる。

 ドアくらい自分で開けられるから気にしないで……と言いたいが、参加前に「そういうのはやってもらうのがしきたりだから気にするな」と上官に言われている為ぐっと堪える。

 そうして到着した先では既に立食形式のパーティーが始まっており、そこには煌びやかなドレスやスーツを身に纏った老若男女がひしめいている。

 これは馴染めなさそうだとすぐ隅の方へ移動する。出来ることなら誰とも話すことなく、静かに過ごしたい。

 パーティー慣れしていない無骨な退役軍人のことなどそっとしておいて欲しい。

 

 

「すまない、もし間違いでなければ……君が『天使』かな?」

 

 

 ダメだった、見るからに立ち場が高そうな礼服の女性が話しかけてきた。

 こんな煌びやかな場所に離れた場所で一人突っ立っているあからさまに不慣れな人間など、社交場に慣れた人間からは一瞬で見抜かれてしまうようだ。

 肯定の意思を告げつつ、どちら様かをなるべく失礼にならない様伺う。

 自分など、この場に出席する人間から見れば吹けば飛ぶような木っ端だろう。せめて機嫌を損ねないよう努めなくてはならない。

 

 

「そう固くならなくていい。私も少々居心地が悪くてね、よければご一緒したい。ああ失礼、私はこの国で法曹を務めている者だ。以後よしなに」

 

 

 法曹……法の番人みたいな認識で合ってただろうか。

 居心地が悪いとはどういうことだろうか。

 俺としては知らない人に声を掛けられている今が一番居心地が悪いのだが。

 

 

「なに、大したことじゃない。それより折角のパーティーだ、つまらなくとも食事くらい楽しまなくては損だ。どうかな?」

 

 

 それは確かに。お言葉に甘えて目の前のテーブルからいくつか食事を取り分ける。

 好みがあれば取り分けると言うと笑いながら「気にしないでくれ、自分が欲しい物を取るといい」と返される。

 何が目的なのか分からないが、少し気さくに接してみることにする。

 

 

 退職金目当てなら、他を当たるべきですよ。

 

 

 試しにそう言ってみたら目を丸くしてくつくつと笑い始めた。

 ツボに入ったのかしばらく笑い終わった後、面白い物を見たと表情で言わんばかりに上機嫌だった。

 

 

「いや、いやすまない。そんなつもりはない。人の遺産に手を出す為にわざわざパーティーに来たりしないよ。しかしなんだ、そういうジョークも言うのか君は。いいね」

 

 

 楽しんでくれたようで何よりだ。

 人によってはなんて失礼な奴だと言われるような危ない橋を渡った。

 その返答には期待したいところだ。

 

 

「あぁ笑った。私にジョークを投げかける人もめっきり減った……そうだね、私も襟を開こうか」

 

「君に話しかけた理由は2つ。1つは君が友人の命を救ったから礼を言いに来たんだ。ほら、あちらの彼だ」

 

 

 そう言われて視線を向けて見ると、隣にパートナーを連れて談笑している眼帯の男の人が目に映る。

 あの顔は……確かに見覚えがある。眼に怪我をして戦線撤退を余儀なくしてしまい、失意にくれていた一人だ。

 こちらの視線に気づいたのか、柔らかく微笑んで深い一礼の姿勢を取った。つられて礼をするとまた微笑んで談笑に戻った。

 なんとなくこちらに来たがっていたのは分かったが、今も重要な話の最中なのだろう。

 邪魔をしては悪いとすぐに視線を切った。それを見ていた法曹の女性もまた微笑んでいた。

 

 

「怪我を負った時君に世話になったそうだ。しきりに言っていたよ。先に戦場を離れ、助けてあげられずすまなかったと。……改めて、ありがとう。彼とは十年来の友人でね、こんな戦争で死んでほしくはなかった」

 

 

 俺のしたことは、誰かの心を守ることに繋がっていたんですね。

 それは、よかった。少しだけ救われました。

 そう言うと一瞬だけ、俺を憐れんで悲しそうな眼をしていた。

 けれどあまり良いことではないと気づいたのだろう。すぐに話題を変えた。

 

 

「……で、もう1つは『英雄』が興味を持っていた君と話してみたかったという好奇心。まっ、用件としてはそんなところかな」

 

 

 主人公が俺に?そんなバカな話があるだろうか。

 少数精鋭で敵の陣地奥深くに切り込んでいった彼らの事だ、遥か後方にいる俺達を気に留める理由がない。

 それに、お互いそんな余裕はなかったことだろう。

 

 

「君が思っている以上に『天使』の名は広まっている。なにせ君、自分の命に手がかかるギリギリまで看護にあたり、その上過酷な前線にまで出ていたのだろう?たとえ無我夢中でもそんなことが出来る人間はほとんどいない。君は自分を過小評価しすぎてはいないか?」

 

 

 そんなことを言われてもですね……そう言い返そうとした時、大広間の向こうからキチッとした服を着込んだ老人が現れた。

 途端に広間が静かになり、彼は一度全体を見渡してから厳かに告げた。

 

 

「これより、我らの英雄がご入室されます。皆様盛大な拍手でお出迎え下さいますよう、お願い申し上げます」

 

 

 そう告げてすぐ、大扉の向こうから一組の男女が現れ、拍手喝采の海の中を優雅に歩き始めた。

 凛とした美青年に、並び立つのはこれもまた意志の強そうな美女。

 どうやら英雄の結婚相手は王女殿下ではなく、旅をした仲間の一人のようだ。

 ゲーム的にはどちらもあり得そうだが、国の繁栄と直接の関りを持たないと言う意思表示でもあるのだろうか。

 

 

「おや、君聞いていないのかい?彼は王女も娶るしもう2人の仲間も娶るそうだ。多重婚というやつだね。これから毎日違うパートナーと顔を出しつつ、最後の日は全員揃って出席の予定だ」

 

 

 なんと、1父4妻のハーレム野郎であったか。

 しかし不思議と羨ましいと言う感情が出てこない。むしろこれからとんでもない過酷な生活が始まるのではなかろうか。

 そう思ってからというもの、彼の笑顔が本物に見えなくなってきた。大変な苦労を伴うだろうけれど、幸せになってほしい。

 

 

「国としては英雄諸兄らを手放しに放置はできないし、かといって恋路を邪魔しようものならどんな報復があることか。とまぁ、こんな話ばかりするから客人達の視線がね。だから居心地が悪いのさ」

 

 

 それはそうだろう、祝勝と未来の話をする場所で話す内容では無い。

 どうやらこの法曹は不謹慎というか、可能性の話をするのが好きなようだ。

 けれどそういう下世話な話が楽しいのも事実。噂話が好きな人は、彼女を否定するべきではない。

 

 

「……ところで、気づいているかい?」

 

 えぇもちろん。

 

「彼、ずっと君を見ているよ。声を掛けに行ったらどうかな?」

 

 冗談はやめてください。あれだけ賓客に囲まれて握手と挨拶を求められているところに割って入る勇気も理由もありません。

 

「それはそうだ。しかし……くっくっ、理由も無いか。本来理由を作ってでも関りに行きたいのが彼ら英雄達な訳だが。それに多くの人は『英雄』と『天使』の邂逅を待ち望んでいるよ?」

 

 是非そうしたい人でそうしてください。今の俺はただの荷運び人です。

 『天使』などと……大勢見殺しにするしかなかった人間が自称していい称号じゃありません。

 むしろあの世に送ったとすら取れるその名前を、俺は好きになれません。

 

「……君は自分を卑下しすぎだ。それでは君に救われた人も、君自身も報われないよ」

 

 

 そう言うと彼女は目を瞑り、静かに手元のワイングラスを煽った。

 報われない、か。今はそれでいいとすら思っている。

 俺に殺された人も、助られなかった人にも家族はいる。

 その人達に詫びることは出来ない。それが俺の仕事だったのだから。仕事で人を殺した以上、その責任は命令を下した人間にある。逆を言えば俺には謝る権利すらない。

 そして誇ることも出来ない。所詮今の俺は薄汚れた人殺しでしかない。これを正当化した瞬間から、俺は俺で無くなってしまう。

 前世で培ってきた倫理観は辛うじて、人殺しを賛美することを辛うじて止めてくれている。

 これがたった一つの、俺の(よすが)。俺が人である為の最後の命綱と呼べるものだ。

 

 

「……なぁ、凄い視線を送ってきているが。流石に行ってきた方がいいんじゃないか。ほらパッチパチにウインクしてるぞ」

 

 俺を口説きたいのでしょうか?いけませんね、新婚に有るまじき態度だ。

 

「ウブッ……ダ、ダメだ、行ってきなさい。早く、私が笑いを抑えている内に。君が気に入ったよ、また話そう。ではまた……ダメだこれは」

 

 

 そう言うと口元を隠しながら彼女はその場を後にした。

 改めて『英雄』に視線を向けてみると、今度はバッチリ目線が合う。

 パァッと顔を明るくするが、はっきり言って行きたくない。目を逸らすと今度は仄暗い気配がそちらからする。

 しかも今度はこちらを見る視線が増えている。恐らく何人かのご令息やご令嬢が気づいたのだろう。一体何事かとこちらを見ているのだ。

 しかもその視線には圧の強いものがいくつかある。恐らく『英雄』と『天使』の邂逅を求める誰かの視線。

 恐らく行かなくては()()()()()()、のだろう。手早く済ませて早く帰ろう。意を決して人混みをかき分けて挨拶に向かう。

 

 

 お初にお目にかかります、英雄殿。この度の凱旋、心より祝福申し上げます。

 

「っ!あぁ、貴方がかの高名な『天使』殿か!お会いできて光栄だ、ずっとお会いしたかったんだ」

 

 

 周囲がにわかにざわつく。名前でしか知らない『天使』がまさか粗野粗忽な一兵士に過ぎないとは思わなかったのだろう。

 これで大勢の名前も知らない高貴なる方々に顔を覚えられてしまった。これが嫌で挨拶に来なかったと言うのに、この人は。

 

 

「君さえよかったら少し話がしたい。どうかな?バルコニーへ散歩でも」

 

「あら、私を置いてお友達とお散歩ですか?つれない人ですこと」

 

「そっ、そんなつもりはない!もちろん君にもついてきてほしいと思っている!ど、どうかな……?」

 

 

 なんだか……思っていた人物像と随分違うな。もっとこう、英雄然としてキラキラしているものだとばかり想像していた。

 そう思いながらも、しかし考えてみればこの状況に慣れていないのは英雄もそうだと思い直す。

 確か彼は設定では1農村の村人Aだった筈。いくら力に覚醒し世界を救ったとはいえ、今の俺とそう歳も変わらないだろう。前世込みならこっちが遥かに年上になる。

 それがたった9年という歳月で王女殿下と旅の仲間達を娶り、気づけばハーレムを築き上げ更にはあらゆる記念式典に強制参加だ。

 落ち着かないのはお互い様か。そう考えると同情する程度には心に余裕が出来る。

 すっかり毒気が抜かれてしまった気分だ。心証を悪くしない程度に手早く用件を済ませよう。

 了承を伝え、人払いを済ませるべく先んじて向かう旨を告げる。それくらいはこちらでするべきだろう。

 

 

「ありがとう!では少ししたら向かうので、また!」

 

 

 その言葉に一礼を返し、俺はその場を後にした。

 好奇の視線が多すぎて気持ち悪くなってしまい、その場に長くとどまることを身体が拒否した。

 その場から離れてからもひそひそと話声が聞こえる。また離れても俺の周りでひそひそと。

 ああ嫌だ、これが嫌だから来たくなかったと言うのに。好奇が、嫌悪を肌で感じられるようで吐きそうになる。

 どうせ汚らわしいと言っているのだろう。血に汚れた手で、足でどうしてこの場所を踏み汚せるのかと。

 そんなもの俺だって分かっている。俺だって来たくなかった。呼んで欲しくなどなかった。

 ちょうどいい、バルコニーで会ったら英雄にはっきり伝えよう。

 もう呼ばないでくれと、晒し者にされている気分だと。戦争は終わったのだから、俺の事はもう放っておいてほしいと。

 

 

 

 

 

 弟に、家族に会いたい。

 いないことは分かっていても、願ってしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 願って、しまった。

 

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