以前、お会いしたかもしれませんから。 作:泡沫
黒服とホシノの辺りは独自解釈です。
サブタイトルがネタ切れしたので今後は普通のものになります。
「何を、言ってるの…?」
ユメ先輩からの伝言。
その言葉を咀嚼して理解するのに、酷く時間がかかった。
だって、ユメ先輩はあの日砂漠で遭難して、そのまま……
(──本当に?)
そんな疑念が、かつては信じていた希望が顔を出す。
実のところホシノは、ユメ先輩の遺体を見つけたわけではなかった。砂漠で遭難していた先輩を探し続けて、ユメ先輩の持っていた盾だけが砂原に落ちていたから。あの日から、二度と連絡がつかなかったから。
そういった状況から判断しただけだったのだ。
「ユメ先輩が生きてる…?」
「ええ。梔子ユメさんは生きていますよ。砂漠で遭難していたところを救助して、私の隠れ家で療養してもらいました。とはいえ、既に何の症状も残ってはいません。こちらが困るほどに元気いっぱいです」
独り言のつもりで呟いた言葉に返事があった。希望を抱きたくなる。ユメ先輩が生きているかもしれないという希望を。
しかしホシノはかぶりを振って、その考えを否定した。
「………また、私を騙そうとしてるんでしょ」
きっとそうだ。そうに違いない。
だってこいつは黒服の仲間だ。善意で人を助けるような奴らでは断じて無い。現に、私は黒服に騙されたばかり。
どんな意図でユメ先輩のことを話したのかは分からない。でも、鵜呑みにして落胆はしたくないのだ。
また、ユメ先輩と会えるかもしれないだなんて。
そんな、夢のような。無駄な期待はしたくなかった。
「そのようなつもりはありませんが………しかし、そうですね。黒服とのことがあったばかりです。私を信じられないというのも当然の流れでしょう。故に、ホシノさんにどう思われようとも、私は頼まれたことをやるのみです」
「そういうこった!」
そう言って、彼は懐から何かを取り出した。思わず息が詰まる。
「こちら、お受け取りください。ユメさんからのお届け物です」
「これって……」
それは、見覚えのある手帳だった。何かがあれば書き込んでいて、いつかホシノに渡すのだと、楽しそうに語っていたもの。
名前の欄に梔子ユメと書かれた。バナナとりの手帳。
「ユメさんは私の口から伝えることを望んでいましたが……こんな場所で私から話を聞くよりも、落ち着いた場所で一人の時にこちらを読む方がホシノさんにとってもよろしいでしょう」
「そういうこったぁ!」
彼らの言葉がほとんど耳に入ってこない。手帳から目を離せない。
ずっと探していたもの。もう見つけられないと思っていたもの。ユメ先輩が、私に残してくれたもの。
いったい彼らは何をしたのか。手から離れた手帳がふよふよと浮遊して、ホシノの制服のポケットに収まった。
今すぐにでも読みたい。ユメ先輩の言葉を知りたい。
だと言うのに、私は、手を自由に動かすこともできない。愚かにも黒服に騙されて拘束されているせいで。
また絶望が襲ってくる。
せっかく手帳を見つけたのに、私は読むこともできない。ユメ先輩の気持ちを知ることもできない。
そんな風に顔を俯かせていたからだろうか。
「……ああ、この現状についてのことでしたら心配する必要はありませんよ。あと数時間もすれば黒服の企みは失敗に終わり、ホシノさんは五体満足で解放されますので」
彼が、そんなことを言い出したのは。
思わず目をぱちぱちと瞬かせてしまう。何故、そこまで断言することができるのか。
というかそもそも──
「黒服の仲間じゃなかったの…?」
自分の予想は外れていたのかもしれない。そうでもなければ、失敗するという事実を黒服に共有するはずだ。
「仲間……ええ、そうですね。黒服は同じ目的を持つ同士であり、仲間でもあります。手を貸したことも何度かありますし、逆に助けてもらったこともある。理想的な協力関係と言えるでしょう」
「なら──」
黒服に伝えないの? と続けようとして。強い口調で断言される。
「ですが。それとこれとは関係がありません。この学園都市において、生徒に味方をする先生と真正面から相対した時点で、
先生が黒服と正面から相対する。
つまり、あの大人が私を助けに来てくれるということなのだろうか。
ただ……
「先生は助けに来てくれるのかもしれないけど……でも、だからって、黒服が私を解放してくれるとは思えないよ」
「心配する必要はありません。彼は律儀な性格ですからね。盤上の戦いで机ごとひっくり返されるような真似をされても、契約を違えることはありません」
相も変わらず分かりづらい言い回しではあるが、私が助かるという事実だけはなんとか理解できた。
「しかし、こうしてこの立場から見てみると、なんとも理不尽なものですね。
「ば、ばに………なんて…?」
「………失礼しました。柄にもなく、高揚していたようです」
誤魔化すようにコホンと咳払いをして、彼は言葉を続ける。
「オシリスがこの地を去り、黒服が暁のホルスを手に入れ、支柱を失ったアビドスは崩壊する──それが本来のあるべき姿。辿られるべき道筋でした。事実この世界も、先生がいなければそうなっていたことでしょう。ホルスによるものか、アヌビスによるものなのか。はたまた、セトによるものなのか。そこまでは分かりませんがね」
ホルスは恐らく自分のこと。黒服が何度も暁のホルスと呼んでくるから。でも、それ以外の名前が誰のことを指しているのか分からなかった。
語るだけ語って満足したのか、彼が背を向ける。きっと、この部屋から出ていくつもりなのだろう。慌てて声をかける。
「ま、待って!」
振り返って、首……がないので、身体ごと傾げていた。どうなってるの、それ。
じゃなくて。
「あの……本当に、ユメ先輩を助けてくれたの…?」
「はい。アレの目を欺くためにアビドスに帰すことはまだできませんが、ユメさんは間違いなく無事ですよ」
彼は黒服の仲間だから嘘をついていると考えるのが自然なはずなのに、どうしても嘘だとは思えなかった。
だって彼は、どう見たって私を慰めるために声をかけてきている。そもそもこの手帳を届けて欲しいというユメ先輩の願いだって、無視をすることができたはず。
それでも律儀に届けてくれた。一応、少しは信頼できるのかもしれない。そんな思いを込めて──
「……その、ありがとう」
「………いえ、礼には及びません。ユメさんを助けたのだって私利私欲によるもの。先程語った物語とは違う結末を見てみたくなった。そんな、子供心のような動機ですから」
「そういうこった!」
なんとなく気まずい空気に包まれる。そんな沈黙を破るため、もう一つ聞いておきたかったことを聞くことに決めた。
「どうして、私を慰めてくれたの…?」
「特筆するような理由はありません。傷ついている子供を慰めるのは、大人の役割であるべきですからね」
そこで一度区切って、彼は話を続ける。
「ただ、そうですね。個人的な話をさせていただくと、貴方の尽力は報われて然るべきであると、兼ねてよりそう感じていたのです。皆が彼に救われている中。ホシノさんだけが孤独に苦しみ続けていましたから」
「っ!」
心の中を見透かされているような、そんな感覚だった。ユメ先輩から私の話を聞いたのだろうか。
「最後にはなりますが……今回黒服に騙されたことについては、あまり後悔しすぎないことをお勧めします。ホシノさんはまだ学生であり子供。本来貴女達を守るべきキヴォトスの大人達が歪んでしまっているのが最大の要因でしょう。ホシノさんだけに責任を追求するのは酷と言うものです。故に、ホシノさんの最大の失態は、黒服の名付け親になったことでしょう」
「──は?」
それまで考えていたことが全てどこかにいってしまう程の衝撃を受けた。
私が名付け親。誰の? 黒服の?
え? は?
「ホシノさんが初めて彼に会った頃。あの時期の彼は、まだキヴォトスに存在が馴染みきっていませんでした。ですがホシノさんが……キヴォトス最高の神秘が。黒服、或いは黒服の人と呼び続けたために、キヴォトスにて、確固たるテクストを持つことができるようになったのです」
「……うえぇ」
全くもって知りたくもない現実を突きつけられた。
わ、私があいつの……黒服の名付け親……
「さ、最悪っ…!」
そんなとてつもない爆弾発言を残して、彼はこの部屋から去っていった。