ぼっち・ざ・ろっく! フラッシュバッカー   作:空山 零句

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CHAPTER #14 「秋空に咲く霹靂(へきれき)、たったひとつの望み」

 

 

「…………!!」

 

「──────────吉、ざわ、く…………?」

 

「大丈夫だよ」

 

「大丈夫。俺は、君を見捨てたりなんて、しない」

 

「俺は、君の全部が、好きだよ。受け止める、肯定する、存在すらも、全部」

 

「だから、辛いなら……君が受け入れてくれるなら、俺はずっと、いつまでも傍に、いるから」

 

 大丈夫だよ、というその単語に目を見開ききったまま、また動けなくなる。

 ひとつひとつ、リズムのいいストロークみたいに、胸へ降りてくるその言葉。溶けていく心。温かい温もりに包まれて私の中の「ほんとう」が()け出ていく。

 その瞬間に──────やっと、理解した。

 そうか。違ったんだ、と。

 そうだ。私は。

 ただ、誰かに、こう言ってほしかったんだ。

 ちやほやされたかったのは、私のほんとうのようでほんとうじゃなかった。売れて学校を中退したい、も全部私のほんとうの答えじゃなかった。彼のおかげで、初めて気づく。

 

 ただ、認めてほしかった。

 

 誰かに、たった一人でもいいから、必要とされたかった。

 愛してほしい。

 望まれたい。

 求められたい。

 肯定されたい。

 許されたい。

 

 ただ、生きててよかったって、思いたかったんだ、って。

 

「…………もう、大丈夫。大丈夫だよ。泣いていいんだよ」

 

 日向のような、どこまでも温かい彼の手が、何度も何度も私の頭を撫でる。

 そこから、崩れた。もう、無理だった。

 

「……ぅ、ぁぁ……あぁ」

 

「ぁ……あ、ああああ、ああっ、うわああああぁぁぁ………………ッッッ!!」

 

 堰を切ったみたいに、泣いた。子どもみたいに。声をあげて。

 制服の胸元に顔を押しつけて、ぎゅっと掴んで、せかいがその形を取り戻すまで泣いた。泣き続けた。生まれて初めて、人前で泣いてもいいんだよ、と言われた瞬間だった。

 

 ─────────もう、いやだった。

 

 本当はもう、独りぼっちは、いやだった。

 本当は、あの指にだって、止まりたかった。あの時、いっしょに遊んでって。仲間に入れてって、ただそう言いたかったんだ。

 

 ただ私はここにいるよ、って、言いたかった。気づいてほしかった。

 

 何度も、何回も、何十回も、何百回も、何千回も本当は、本当は願ってたのに。

 でも、それでも考えてしまう。そこに、本当に居ていいのかな、って。

 私は、蓋をしていたんだ。

 寂しさを感じずに済んでたのは、ギターのおかげだと、そう思い込んでた。

 でも本当は、違う。

 本当は、ただ、蓋をしていただけ。

 結束バンドのみんなのおかげで、初めて「居場所」を持てた。

 だからこそ怖い。「もしも」が怖い。みんなが居なくなったら、解散したら、私は──────もう、押し入れの中でこのままでいいと思い込んでいたあの頃には、もう戻れない。

 一度、繋がりの温度を知ってしまったら、失った時の痛みは「寂しい」なんて言葉じゃ足りない。そうなったらもう、私は今度こそ耐えられなくなる。

 そんなの、もう考えたくなかった。はじめて友達ができて。はじめてずっとやりたかったバンドができて。はじめて皆と一緒に過ごせて。

 

 ただ、そんななんでもない時間が、今まででいちばん、幸せだったから。

 

 だから、蓋をした。

 見てもらえる自分にならなきゃ。必要とされなきゃ。チヤホヤされるくらい上手くならなきゃ。

 そうじゃないと、壊れてしまう気がした。

 彼の腕の中で、ずっと私は泣きじゃくっている。その時に、気が付く。

 ブランコの鎖がひとつ鳴り響く。

 その金属音が、遠い昔の「この指とまれ」と一本の線で繋がった。

 園庭の砂、白いチョーク、膝丈の影、揃えるという概念を知らない雑多に散らばる靴。脳裏にこびり付いたまま取れない、かつての情景の数々が駆け抜けていく。

 夕暮れの色に、薄いセピアが混じる。

 今、私の目の前にある砂場を見た時、そこには幼稚園児の姿が写っていた。

 その子は独りぼっちで、ずっと砂遊びをしている。伝えたい言葉を伝えることも出来ず、ずっと─────ずっと、ただ独りで、孤高な砂の城を造っていた。

 かくれんぼをする同じクラスの子達の姿を、ただ独りで見つめている。ただ、見つめていることしか出来ない彼女は、やがて静かに俯く。

 

 そうして、その子のまん丸の目から、ぽろぽろ透明な雫が溢れ落ちていた。

 

 その姿は、泣きたくても泣けなかった小さな女の子は─────ちゃんと泣いている。

 泣けていた。そこで、やっと私は気付いた。

 そう。私は、悲しかったんだ。

 悲しかった。つらくて、こわくて、本当は言えなかった。

 伝えたかった。ただ、一緒に遊びたい、って。自分も仲間に入れて、って。だけどそれは叶わない。その想いを抱えたまま、ただその子は両手で溢れる涙を拭い続けている。誰にもその涙は気付いて貰えない。ただただ、泣きじゃくり続ける。

 だけど。

 そこへ、小さなスモックの袖。

 

 私と同じ背丈の茶髪の “だれか” が、満面の笑みで駆けてきた。掌には、一輪の花が握られている。

 

 差し出されたその花の影が、その幼い私の頬の涙に重なって、きらりと光る。言葉は聞こえない。

 だけど、その男の子がしゃがみこんで、目を見開ききった幼い女の子へ伝えた口のかたちだけは読める。

 

 それは、いっしょに──────の、その先だ。

 

 その瞬間。かつて伸ばせないままだった指が、「現在」の私の中と共にそっと伸びて、その「過去」の私の小さな指に止まる。

 その重なっていたフィルムはやがて、砂のようにふっと静かに溶けていく。

 涙で滲んでいた視界に現在の元の景色と、夕暮れだけが後には残っている。そうして私は気付く。そうだ。

 

 私はようやく、止まりたかった場所に、止まれたんだ、と。

 

 彼の「大丈夫」が、あの日の続きとして胸の中に咲いていく。

 

 

 

 

 

 

 

「…………………………吉沢、くん…………」

 

 どれくらい泣いてたんだろう。

 時間感覚がふやけたころ、私は彼の名前を小さく呼んだ。

 

「…………落ち着いた?」

 

 そっと腕がゆるんで、彼が目線を合わせる。

 こくり、と頷いて、私はブランコから立ち上がる。

 

「……ありがとう、ございました……」

 

「……ご迷惑、おかけしちゃって、その、本当に……すみま……」

 

「謝らないで」

 

 静かな声。けれど、芯があった。思わず、口を噤む。

 

「…………」

 

「迷惑だなんて、一ミリも思ってない。だから、大丈夫だよ」

 

「…………!!」

 

 また視界が滲んでいく。

 けど、今度はすぐ拭える。

 

「……っ、……吉沢、くん。私、良いん、でしょうか。吉沢くんに、甘えても……私のこと、迷惑じゃ、ないですか?」

 

「…………さっきも言ったろ? 傍に居るよ。俺はどんな君も、全部好きだよ」

 

「肯定する、どんな時だって、君の味方だ」

 

「甘えて、いいんだよ。迷惑なんかじゃないよ、甘えて欲しいんだ」

 

 彼は両膝に手を当てて、前屈みのまま真っすぐに伝えてくれた。

 

「でもな……甘やかしたりはしないぞ。怒る時はちゃんと、怒る」

 

「君の為にならないって思ったらハッキリ言う。……それで、口論することあるときは……ちゃんと互いに話そ」

 

「……!」

 

 その言葉を聞いてこの人は本当にすごいな、と私は思う。

 虹夏ちゃんは何かあったら養ってあげる、って言ってくれた覚えがある。

 きっと彼はそんな事言わない。正直なことをいえば、虹夏ちゃんが何かあったら養ってくれるかも、といつからか甘えた気持ちを抱くようになってしまった。情けない。そういう事じゃないのに。

 そんな事を考えたことがある以上、彼の言葉は身に刺さるものがあった。だからこそ思う。

 きっとこの人は、ちゃんと私の為に怒る時は怒ってくれるひとなんだ、って。そして彼は目を細め、また私に微笑みかけてくれる。

 

「……きっと、後藤さんなら、そういうこと、不器用なりにちゃんと伝えてくれるって、確信してるからさ」

 

「…………ありがとう、ござい……ます」

 

 袖で涙の名残をぬぐって、息を整える。

 その顔を見た彼が、ふと苦笑い。

 

「……なんて、…………付き合ったわけでもねーのに、変なこと言いすぎてないか? き、気持ち悪くねぇかな俺……」

 

「あっい、い、いえ、そんなこと、そんなこと全然ないです、全く!!」

 

「……そ、そう? それなら良かった。まあ、付き合って欲しいとは、一応言ってるからね。仮にそれなら、これくらいの覚悟で、って話……」

 

 彼はそう言って、恥ずかしそうに後頭部を掻く。その仕草に胸の奥が、ぽっと灯る。そう。そんなわけない。だって。

 だって、こんなにも私を救ってくれる人を、そんな風になんか思えるわけない。

 

「………………っ、あの」

 

 私は制服の袖をぎゅっと掴んだ。心臓が、早鐘みたい。けど、逃げない。逃げたくない。生まれて初めて、こんなにも向き合いたいって、きっと今思ってる。

 

「…………あっわ、私、さっきの、吉沢くんの言葉、ほんとうに嬉しくて、涙が止まらなくて。……上手い言葉が、見つからないんですが……これだけは、言いたいんです」

 

「うん……?」

 

 顔を上げる。まっすぐ見る。息を吸う。

 そう。これだけは言わなきゃ。伝えなきゃ。この人のおかげで、私のせかいは広がった。この人のおかげで、私は本当の私に気づけたんだから。

 

「っ、……わ、私、この先も。一緒に、吉沢くんに…………居て欲しい、です。傍に、居て欲しいです……!」

 

「…………!!」

 

 彼の目が、大きく開く。私は、その視線から逃げなかった。

 それはきっと、今までの中で初めて。目を、逸らさないで、ハッキリと伝える。

 

「わっ、私、吉沢くんに、救われたんです。さっきの、あの言葉に!」

 

「……うん」

 

「……私、今、わかったんです。朝の時に、話しましたよね。……『寂しかったんじゃないか』って」

 

「わっ、私にとって、誰かに受け入れてもらえるなんて、夢みたいな、ことで…………!」

 

 碧い空気が、肺いっぱいに広がっていく。

 

「私……っ、本当に……何もギター以外、自分に自信を持てるものが何も、無いんです。他力本願だし、その癖に承認欲求は強いし、すぐ……落ち込むし、すぐ、泣いたりしますし、……わっ私、は……っ」

 

「……ほんとうは、こんな、弱くて、ミジンコみたいな情けない…………そんな、人間、なんです…………」

 

「……うん」

 

「なのに、本当に、本当に……吉沢くんは、こんな私を、見捨てないでいてくれるんですか……?」

 

 震える問い。縋っている、と自分でも思う。

 こんな時にも、甘えてしまっている自分を自覚する。だけど、それでも、思ってしまう。きっと、この人ならわかってくれる。

 だから、おねがいだから、捨てないで、と。祈りが指先まで滲む。

 彼は唇を閉じて、またやさしく目を細める。

 

「…………何度でも、君に言うよ」

 

「俺は、君を支える。どんな君でも、君自身の全部が俺は好きだよ」

 

「だから、絶対に見捨てたりなんてしない。約束するよ」

 

 その瞬間。

 また、抱き寄せられた。今度は、思わず自分からも腕を回す。

 

「…………っ!!」

 

 耳まで熱くなるのに、心は落ち着いていく。不思議だ。この人の言葉はどこまでも私の心のいちばん深くまで染み込む。

 

 ふと、ブランコの近くで咲く花の姿が目に入る。

 

 その花が、何の花なのかは分からない。でも思うのは、陽だまりで揺れるその小さな花は、きっと今の私の姿に似ているんだろな、ということ。

 だって私は、吉沢くんのおかげで──────自分の形を、本当の想いを、咲かせることができたから。

 私の淀みあるストーリーを、私の失われていた感情や想いも含めて咲かせてくれたのはこのひとのおかげだから。

 

「………………う、へへ、うへへ…………」

 

 いつもの変な笑いが、今は恥ずかしくない。嬉しいのに、怖い。この時間が終わってしまったらどうしようって。でも、それでも思う。

 今は──────これだけは。彼の胸の中で、私ははっきりと言えた。

 

「ありがとう。吉沢、くん」

 

 

 

 

 

 

 

 秀華祭が終わったあの日、私は本気で思った。

 ひとりちゃんを支えられるようになりたい、って。

 だって、ひとりちゃんは私のヒーローだもの。本人がどう言い張っても、私にとっても、結束バンドにとっても、あの背中はまっすぐで、かっこよかった。皆に知ってもらいたかった。ひとりちゃんが凄くかっこいいんだってところを。

 だけど、私は無意識に予想なんてしていなかった。

 だって、ひとりちゃんは私達と出会う前まで誰とも関わらなかったって事を、もう知っていたから。

 

 だからこそ。

 “もしも” なんて、考えたこともなかった。考える機会もなかった。

 

 もしも。

 もしも、私以外に────ひとりちゃんを支えようとしてくれる人が現れたら、なんてことを。

 放課後、STARRYに向かう前にひとりちゃんを駅で拾おうと、いつもの道を早足で探していた時だった。

 いつもの二人っきりの練習を、今日こそはSTARRYのスタジオでやりたいと思って、声を掛けたかった。だけど、今日に限ってあの子は教室にはもう居なくて、行方を聞こうにも殆どの人が部活で姿が無かった。

 てっきりもう先に行っちゃったのかと思って駅の方へ続く道の角を曲がって、ふっと視界が開けた瞬間、私は足を止めた。

 松ノ木児童遊園。その入口を通ってふと目に入った、日陰にある夕方色のブランコ。

 そこで、誰かに抱き寄せられているひとりちゃんが、いた。

 頬を濡らしたまま、それでも安心したみたいに笑っている姿を見て────私は、呼吸を忘れた。初めて見た、彼女の心から安心したような笑顔。それどころか、涙を流す姿。

 

 朝に見た短髪の彼だ、と遅れて理解が追いつく。

 

 理解の少し後から、胸の奥がまた、ズキンと鳴った。薄紙を破られるみたいな、小さくて鋭い痛み。

 

 どうして痛いの、って自分に問うのに、言葉は出てこない。

 

 嬉しいはずだ。

 ひとりちゃんが笑ってる。守ってくれる人がいる。良かったね、って、そう言える私でいたいのに。

 視線を外せないまま、私は見開ききった瞳でその景色を焼き付ける。立ち尽くす。

 心臓だけが、知らないリズムで跳ねている。名前のつけ方を知らない感情が、胸の中で暴れて、言葉に触れるたびに指先から零れ落ちた。それはまさに、青天(せいてん)霹靂(へきれき)だった。

 

 もし──────ひとりちゃんを支えようとする誰かが、本当に現れたのなら。

 

 私は、どこに立てばいいのだろう。

 ひとりちゃんの隣で、私は、何をすればいいのだろう。あの姿を見て私は、どこにいればいいのだろうと。

 耐えられなかった。見ているのが、辛かった。

 そうして、そのまま私は、その場から逃げ出すように駆け出していた。その理由も、自分ではまだ、言語化できないままに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぼっち・ざ・ろっく!

フラッシュバッカー

 

 

 

 

 

#02『君という花』

《了》

 

 

 

 

 

 










The Next.


「なら!! 俺が呼ぶ! 君の、名前さ!」


「春樹くんの、その言葉に私なりに、応えたいんです」


「ぼっちちゃんはさ。その人と、どうなりたい? どうしたいの?」
 

「私たちにとっては大事な仲間なんだよ、ぼっちは」


「ひとりのこと、大切にしてるんだな」




「こんな、こんな私なんかが、助けたいなんて、思ったりなんかしなければ……!!」




「本当は、私は、何かになんてなれない。星座になりたかったのは、私の方です」


「────ひとりちゃんは、憧れだったんです。私にとっても」



「私なんか……居なければ良かったのにッッ!!」



「聞いて、ひとり」






「君はもう、独りぼっちなんかじゃないよ」






次回

#03『星座になれたら』





郁代「見て下さい」






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