※
数十分後。虹夏ちゃんの私にも買ってくれたコーラを飲み干した。
それは炭酸がすっかり抜けきってぬるくなり、甘さだけが喉に残っている。
「……」
「……」
虹夏ちゃんと喜多ちゃん。その二人がふと互いに顔を見合わせ、同時に立ち上がった。
「「ぇぇぇぇええぇぇぇッッーーー!!??」」
「ひぇぇ゛ッッッ……!?!???」
私の背筋は思わず反射で丸まる。
虹夏ちゃんが、空中に図を描くようにまとめに入った。
「……えーっと、つまり、まとめると。ぼっちちゃんを、その吉沢春樹くんって子が校舎裏に呼び出して……ドストレート告白をしてきて……」
喜多ちゃんが、そこへ丁寧に言葉を重ねる。
「……で、ひとりちゃんはそれを受け、今現時点では告白は保留中だけど、それでも夕方に話したり、授業始まる前に二人で話したりしてる最中…………と」
私は頷く。言葉にされると、胸の真ん中がまた熱くなる。
「……あっ、はい。そういう、ことになります。……昨日の、遅れたのは……そういう色々があって、って感じですね。ほんとに、黙ってて……ごめんなさい……」
「………まじか……」
「いや〜すごいな、なんというか………あたし達結束バンドの中で、まさか、一番男の子に対して耐性が無さそうな、ぼっちちゃんに彼氏、かあ。わぁ〜……世の中、分からないものだなぁ」
虹夏ちゃんが、汗を垂らしたような頬に手を添えて「さて」と目の焦点を上にやる。
「………一応聞くけど、ぼっちちゃん。その人になんか買わされたりとか、罰ゲームとか、そういうことはされて……ないんだよね?」
「ち、違いますっ!! そっそんなことされてないです、全く! ………春樹、くんは…………ホントに、ホントに……優しい、人で……。私みたいな、ド陰キャにはあまりにも、その、眩しすぎるというか……」
喜多ちゃんはぴた、と身体の動きを止める。まるで一時停止でもしたみたいに。そこで目を見開いて、問い掛けてきた。
「……春樹、くん? その吉沢くんのこと、名前で呼んでるの? ひとりちゃんは」
「あっ……そ、それは……」
それを聞かれて、耳まで熱くなる。恥ずかしい。でも、言わないと。
「その、彼の方から……名前で呼んでもいいかって、言われて……フェアだから自分のことも名前で呼んでくれって言われ、て……」
「えっ、でもまだ、二人は付き合ってるわけじゃないんだよね?」
虹夏ちゃんは目を丸くして問い掛けてくる。
「ッ…………はっ、はい。そうです……っ、まだ私と、春樹くんはその……付き合っては、ないですし………さっきも言った通り告白は、保留中ですし……とても、とても恐れ多くて……」
「……」
喜多ちゃんはどうしてか大きな目を物凄く見開ききっていた。やがてその視線を伏せる。
唇の線が、ほんの少しだけ震えているのが見える。
「………?」
ど、どうかしたのかな。私は思わずそんな喜多ちゃんを見つめる。その時、隣で虹夏ちゃんが呼吸を整えて、真面目のフェーダーを少し上げる。
「……はーーーっそうなんだ……。んでちなみにさ、ぼっちちゃん。もっと深掘りさせて欲しいんだけど。その吉沢くんって、どうしてぼっちちゃんに告白してきたのかって、聞いたの?」
「あっえっと……わっ私達、八月の中旬に初バンド、したじゃないですか? その時に、春樹くんは、来てくれてたらしくて」
「えっ! あの台風のライブの時に!? 顔知らないから当然っちゃ当然だけど全然分からなかった……え〜……あんな日にわざわざ来てくれてたんだ」
「……そ、それで……?」
「あっ、あの、時………春樹くんは、あの時『皆の為に頑張る君の姿に、一目惚れした』って、私に………いって、くれて………」
リョウさんが、目尻で少し笑う声が聞こえる。音で言うとロングトーン。ふと視線を向けて、小さく呟いてきた。
「……………一目惚れ、か。ほんと、ぼっちに随分お熱だよね、その彼」
それを聞いた虹夏ちゃんは、驚いたかのような様子で考え込む。真剣に考え込んだ仕草のまま、整理してくれる。
「……あたし達、あの時って直前に観客の人から言われた言葉で緊張しちゃってて……全然上手く合わせられなかったもんね。……それでその時は、ぼっちちゃんが勢いのある演奏をしてくれて、一気に流れが変わった」
「それさ─────その子、ぼっちちゃんがその演奏をしてあたし達を助けてくれたの……ちゃんと、見抜いてたって事……だよね」
こく、と私は頷く。
虹夏ちゃんが驚くのも無理はないと思う。何せ、実際にそれを告白の時に言われた私もすごくびっくりしたくらいだから。そのまま、私はありのまま思ったことを伝える。
「……正直な、本音を言うと……最初はただただ怖かった、んです。あんな明るい人とは、普段話したことも無いし、しかも、男の人だし」
「でも、春樹くんは、本当に、優しくて、言葉の全部を、ゆっくり聞いて、肯定してくれて」
「気づいたら、こうなってた、感じなんです……」
「……そっかぁ、そうなんだ」
虹夏ちゃんは静かに頷く。
チラリと、喜多ちゃんの方を見つめる。彼女は飲み口の銀を見つめながら、呼吸の回数を落としている。その時、リョウ先輩が再び一言呟く。
「……ぼっちはさ、結局今、その彼の返事は保留中な訳だよね。……答えは、出そうなの」
「……っ!」
頭の中で、今日の光がパッパッと点滅する。
笑顔。腕の温度。目のまっすぐ。音にするとAメロから一気にサビに跳ぶ感じ。
「……昨日も話したけど、私は恋愛は専門外。力になれない。でも、ぼっちの応援くらいはできる。そこに関しては、虹夏も郁代も同じだと思うよ」
「リョウさん……」
リョウ先輩の方を見つめて、やっぱり私は俯く。
「……わ、分からないん、です。……出さなきゃ、って、返事の答えを出さないと、って思うんです。でも、やっぱり……どうしても、思っちゃって」
ううん。きっと本当は、分かってはいる。どこかで返事を出さなきゃいけないことは分かっていた。分かっているつもりだった。
だけどこわい。自分の答えを出すのが、ほんとうは怖くて仕方ないんだ、と。リョウ先輩は私の言葉を聞いて問いかけてくる。
「どんなことを……思うの?」
「わ、私なんかが……春樹くんの、傍に……いてもいいのかなって。私みたいな人間には、あまりにも、その……あの人は、眩し過ぎて……どうしても、考えずにいられないんです」
「────恐いって。私はいつか、あの人を、ガッカリさせちゃうんじゃないかって……!!」
「……………どうだろう。私はそうは思わないけど」
リョウさんの声は、冷えたガラスみたいに澄んでいる。
「……その彼、ぼっちの『演奏してる姿』に一目惚れしたって言ったんでしょ。それって、『誰かの心に深く刺さる』演奏を、ぼっちができた、ってことじゃないのかな。それに、それを伝えようとすることを諦めなかった。その結果だよ」
「っ!!」
そうだ。その言葉は、私の勇気を引き出してくれたモノだった。
初めての歌詞を見せた時、リョウ先輩はその言葉を言ってくれたのを思い出す。
アンプの息、手汗の塩気、ピックが弦を裂く瞬間の感触。
二ヶ月前のあの日のライブが、胸のスクリーンにまた再投影されていく。そうだ。あの時の自分は、確かに、私の中の何かを諦めなかった。
「……少しね、聞いててあたし、ぼっちちゃんのこと、羨ましいなんて思っちゃったんだよね。お姉ちゃんにすら、あたしのドラム……まだまだなんて言われるんだもん」
「だからね、そんな風に『演奏をしてる姿』に惹かれたなんて言葉は……バンドやってる私達からしたら、たぶん最上級なんだよ」
そう呟く虹夏ちゃんに同意するように、喜多ちゃんは俯いた様子ながらも、私へ微笑みを向けてくれた。
「……私も正直、同じこと思う、ひとりちゃん。その言葉って、ひとりちゃんのこと、ギターを弾いてる“ひとりちゃん自身”をちゃんと見てないと、出てこない言葉だと思う」
「………っ」
喜多ちゃんからの言葉を聞いて、蘇る、春樹くんの想い。
それらの全てがまたリフレインして、それが堪らなく私の心をざわつかせた。全身をぞわぞわ、と胸を締め付ける感触が
それはまるで─────涙腺の蛇口を親指と人差し指でなんとか締めている感じだった。その中で、リョウ先輩は座ったまま隣の私へ視線を向けてくる。
「………私達、バンドってさ。はっきり言って似たようなのなんて星の数……は言い過ぎでも、腐るほどあると思う」
「そんな中で、誰かの記憶に、誰かの目に残るってことは、本当に難しい事だと思ってる」
「ぼっちさ、前に歌詞の話の時にも言ったと思うけど」
「………ぼっちにしかできない、ぼっちにしか出せないものが、必ずあるんだよ。それが、きっとその彼には届いたって事を考えたら」
「……そう考えてみたら、きっとわざわざぼっちのことを“選んだ”理由、ぼっちにも分かるんじゃないかな」
喫茶店のランプ、爆ぜた氷のグラスに注がれた水。歌詞のノート。それらが破片となってその時の情景を追憶させる。
確かに、リョウ先輩はそう言ってくれた。その言葉の重みを、ここにきて本質を理解できたような気がする。
あの時の頷きが、今の胸にも
するとふと、虹夏ちゃんが椅子から降りたかと思うと、私の目の高さまで身を屈めてきた。
まるで、こんな私に寄り添おうと同じ目線になってくれてるように見えた。その視線から届く目元が、物凄くまっすぐで、ほんとうに優しい。
「……ぼっちちゃんはさ。その人と、どうなりたい? どうしたいの?」
「それは、やっぱりちゃんと考えた方がいいよ。……大切にした方がいいと思う。『ギターが好き』『演奏してる君が好き』って言ってくれる人って、そうそういないから」
目の前で屈み続ける虹夏ちゃんに共感の意を示すみたいに、リョウ先輩は変わらない声量と声色で呟く。
「…………これも前に話したでしょ。私も、音楽を辞めようとした時、虹夏の『リョウのベースが好き』って言葉のおかげで、辞めずに済んだ」
「だから、虹夏に同意。それは本当だと思う」
それを聞いて私は胸に手を置く。そうだ、と思う。
音楽は、私はずっと、ちやほやされたくて弾いてた。だけどやっぱり本当は、それだけじゃないんだと思う。多分。春樹くんも言ってくれた。教えてくれた、心の中に在る────私だけの『本音』。
何のために。誰のために。人はそれを表現するのだろう。
前はそんなこと、考えたこともなかった。だけど、リョウ先輩や春樹くんのおかげで、最近は思考が行くようになったと思う。
自分の中で表現したい気持ち。心の中で「カタチ」になっている何か。
それを、きっと人は、自分以外の「だれか」に届けたいと思うから。
だから人は、わざわざ本来する必要もないハズの音で、それ以外の何かで、その「カタチ」を伝えようとするのかもしれない。
それに気付くきっかけをくれたのは、リョウ先輩。そして、もっと言うのであれば────そこから私の「本当」を引き出してくれたのは、春樹くんだった。
皆それぞれ、カタチが違うだけで、その本質は変わらないのかもしれない。
そんなことを、私は考える。
心臓の打面に、言葉を合わせて叩く。自分の想いを皆へ、言葉を形にしていく。
「わっ私は……この気持ちを、大切にしたいです。春樹くんが、こんな私のギターも、私自身の姿も、見てくれたって事実だけは、間違いないと思いますから」
目の前にいる虹夏ちゃん。そして、隣に座るリョウ先輩。
二人の口元が同時にやわらぐ。ふと、反対の隣に座る喜多ちゃんへも目を向ける。
どうしてか、喜多ちゃんの笑みは少し切ない形をしているけれど、温度は高いのだけは分かった。まるでそれは星の灯りみたいに、こちらの頬の内側まで温めてくれる。虹夏ちゃんは私の言葉を聞いて、視線を伏せながら訊いてくる。
「……そっか……決められた? 自分なりに」
少し思い悩む。だけど、本当は答えなんて最初から決まっていたのかもしれない。結んでいた唇を開いて、震えながらも私は虹夏ちゃんへそれを示す。
「……はい。真剣に、私なりに、春樹くんのこと、考えてみます。こんな私を “好き” って、全部を好きって、言ってくれたから。応えたいです」
「春樹くんの、その言葉に私なりに、応えたいんです」
そう。
最初の告白の時にも、春樹くんに私は似たような事を伝えた気もする。改めて、振り返ってみて思う。やっぱり本当は、私にも分かっていた。
何を、どう伝えるべきなのかなんて、それ以外無いって。
だからこそ思う。
私はきっと─────皆に、ただ背中を押してもらいたかっただけなんだ。話を、聴いて欲しかっただけなのかもしれない。
そこで気付く。そっか、これが「友達」ってことなのかな、って。
「よぉぉーーし!! その意気だぼっちちゃんっ! んじゃ今日は、ぼっちちゃんの彼氏出来るかもしれない記念に、ハンバーグご馳走してあげないとね!!」
虹夏ちゃんはスクッと勢いよく立ち上がると、そんなことを宣言してきてくれた。リョウ先輩はそれに乗り合わせるかのように両手を合わせて拝む。
「ゴチになります、虹夏」
「奢るとは確かに言ったけど何か腹立つな山田!!」
「え゛っ!? い、いえ! だ、だだだだ、大丈夫ですよ!? そんなお祝いされる程のことじゃ」
「いーーーの! あたしが奢ってあげたいんだから、素直に後輩のぼっちちゃんは奢られてなさーい!」
物凄くテンションを張りきらせる虹夏ちゃんの手に引かれて、私も慌てて立ち上がる。首を例の如く音速で横に振りまくっていた私もピタリ、と動きを止めて狼狽えざるを得ない。脚の筋肉が、別のテンポで動きだす。
「郁代、じゃあその店まで案内して欲しい」
そのタイミングで一緒に席から腰を上げたリョウさんが、喜多ちゃんへ視線を向けてそう呟く。喜多ちゃんはどうしてか俯いたまま返事が無い。
「……」
「郁代?」
もう一度リョウさんの声に、喜多ちゃんがようやく気付いたみたいに慌てて顔を上げる。「えっ、あっ、はい! な、何か言いましたか、先輩?」
どうしてかは、やっぱり分からない。喜多ちゃんは、明らかにいつもと何か様子が違う気がした。
どこか取り繕おうとしてるような笑みに見えるのは、私だけなのかな。でもちゃんと可愛いけど。
「私達、そのお店知らないから案内して欲しい。まぁ、マップアプリ開くのも悪くないけど、郁代に聞く方が楽だし早そうだから」
「は、はい! もちろん」
「じゃあ三人とも、案内しますので、行きましょっか! こっからすぐですから!」
喜多ちゃんに目線を向ける。どうしてか、目が合わない。あっ。目。そうだ。
目線を合わせるならそもそもその前に、その目を向けるべきことがある。ちゃんと皆さんに、伝えなきゃ。
「あ、あの……!! み、みなさんっ………!!!」
私は慌てて皆を引き止めるように叫ぶ。
三人が同時に振り向く。私は背負い直したギターの重みごと、深く、深く頭を下げる。言葉は、胸の中で何度もリライトしてから出す。
「……本当に、ありがとう……ございます……!! わっ私、頑張ります……だから、その、これからも、相談よろしくっ、………おねがい、します……」
最後はいつもの通り萎むような声になってしまった。ほんと、情けない仕様だと自分でもつくづく思う。だけど、顔を上げた時の皆の視線は本当に、ほんとうにどうしようもなく温かった。
それでも、虹夏ちゃんは満面に白い歯を見せて、こんな私へ笑顔を咲かせてくれる。
「あったりまえだよ! 私達、結束バンドは第二の家族みたいなもの、だもんね。ね、喜多ちゃん!」
「……はい。そうですね」
話を振る虹夏ちゃん。対して喜多ちゃんは、やっぱりどこかいつもよりも低めな声量のまま微笑み返す。リョウ先輩は身体だけ真正面を向きつつも、顔はこちらへ向けたまま、無表情ながらも笑みを向けてくれた。
「行こ、閉まっちゃうよ、ぼっち」
「……っ!!」
「はい!!」
視界が、世界の明るさが半音分だけ上がるのが分かる。私は思わずギターの重みと共に駆け出す。
喜多ちゃんのことは、心配だった。だけど、きっと喜多ちゃんとまたこの後、これからでもちゃんと話せるはず。何かあったのかな。私に出来ること、こんな私にでもできることはないかな。
だって、虹夏ちゃんとリョウ先輩と同じ様に、こんな私の相談にも乗ってくれたんだから。
だから、私は私でできることをするんだ。
ギターとトートバッグを持ち直して、三人の背中のあいだ────ここ、と決めた隙間に、するりと入る。前はついていくことしか出来なかったはずの輪に、知らぬ間に入れるようになっていたことに驚く。
だけど、それもきっとみんなのおかげだ。今日のことも、今までの全部も。
これからも、もっと相談しよう。相談したい。そうして、私はみんなと歩幅を合わせて思う。
(──────良かった。みんなに、相談して)
(言えた、言えたんだ、私)
(……うへへ)
駅前の明かりが、さっきより近く、やわらかく滲んで見えた。
四つの歩幅が、同じテンポで揃っていく。終わらない曲の、その次の小節の向こうへ。
※
西日で赤くなった横断歩道、チャイムの残響がまだ空に浮いている。
昨日、名前を初めて呼びあったひとりの事を考えながらスニーカーで砂利を小さく跳ねさせる。
通学路のアスファルトに、夕日の色は薄くのびる。ピコン、とポケットで震えた。
スマホを取り出して画面を点ける。LOINEの通知の差出人は “後藤ひとり” だった。
「……ひとり……!」
反射でLOINEを開く。
最上段に、短いけどいつも以上に丁寧な文面。
『春樹くん、今、お時間ありますか』
胸の奥が一拍跳ねる。親指が勝手に動いた。
『ひとり! うん、今帰ってるとこだよ。昼時もなんか姿見えなかったけど、どっか行ってたん?』
『夕方、昨日ぶりに今日も一緒に帰ろうと思ったのに、教室居ないんだもんよ。もうSTARRYに向かった感じ?』
ほどなく、返ってくる。打鍵の間合いが、いつもより慎重な感じが何となく伝わる。
『すみません、少し、用事があって、学校を早退してたんです』
『本当は、春樹くんとご飯、食べたかったんですけど、ごめんなさい』
思わず歩みを緩め、頬も揃って弛緩する。そっか、ちゃんと昨日話したこと覚えててくれてたんだ。嬉しい。心配の言葉が先に出た。
『いや、別に全然! 体調悪いの? 大丈夫?』
すぐにスマホが震える。
『だ、大丈夫です! 体調は、至極万全で、特にそういうのじゃないんです』
そこで一拍。画面の下に小さな「入力中……」の丸が灯っては消える。息を飲む。
『ただ、大事な話がしたくて』
『このあと、会えたら嬉しいなって』
文字に「会いたい」の温度がにじんでいて、視界が少し明るくなる。返事は迷わなかった。嘘だろ。ひとりの方から? 迷う必要性が全くなかった。光よりも早く俺は返信をする。
『行く!! どこ行けばいい?』
数秒して、控えめな指定。
『えっと、じゃ……昨日話した、公園でも、いいですか? む、無理そうなら大丈夫です!』
『無理な訳あるかよ、今から行くから!! 少し待ってて!!』
送信ボタンを叩く勢いのまま、地図アプリを立ち上げる。実の所、もうすぐ駅まで着きそうになっていたところではあった。でも、そんなの関係ない。
松ノ木児童遊園、ルート開始。
イヤホンを耳に差し込みかけて、やめた。パチン、というマグネットの音と共にそれを仕舞う。
走る音を、ちゃんと自分の足で聞いていたかったからだ。一秒でも早く、あの子に会いたい。スマホとイヤホンケースをポケットにしまう前に、短い返信が一つ届く。
『ありがとう。待ってます』
「………ッ!」
その言葉だけで、背中に軽い羽根が生えたみたいになる。
俺はランドセルを背負った小学生の頃みたいな勢いで駆け出す。昨日も渡った信号のタイミングがやけに味方する。青信号が続いて、それだけで今この瞬間に対しての祝福を受けている気がして心地がいい。角を抜けるたび、ナビの青い線が縮んでいく。
「……はっ、はぁ、はぁ……。えっと、次の角、右……!」
息が焼ける。けれど苦しくない。胸のリズムは、スネアの十六分で転がって、心が世界を追い越せ追いつけと煽ってくる。汗を手の甲で拭って、曲がり角に差し掛かったときだった。
「あっ……ね、ねえ! ちょっと待って、そこの君!!」
「────────え?」
思わず足が止まる。
顔を上げた先、バス停前のベンチが見える中、近くの柱のそばで立ち止まっていたのは、文化祭ライブでひとりと一緒にステージへ立っていた三人組の姿だった。