ぼっち・ざ・ろっく! フラッシュバッカー   作:空山 零句

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CHAPTER #18.5 「差し迫る胸の痛み、星に願いを」(幕間)

 

 

 数十分前。

 永福町駅、井の頭線のりば近く。改札脇のミニストップの自動ドアが、ぷしゅっ、と軽い音を立てて開く。私はスマホの電子マネーの残高がどれくらいかアプリだけ確認しつつ、伊地知先輩とリョウ先輩の方へ振り向いた。

 

「美味し」

 

 先頭で出てきたリョウ先輩は、相変わらずの無表情のままソフトクリームにかじりつく。

 

「もーーっまたリョウは喜多ちゃんから奢ってもらって! 今度絶対お返ししなよ!! 昨日もクレープ奢ってもらってんだから!」

 

 そのすぐ横で、ぷんすかした伊地知先輩が頬を膨らませる。

 アホ毛まで一緒にぴょこぴょこ揺れていて、こういう時の先輩ってほんと分かりやすい。

 

「あはは、良いですよ。伊地知先輩。リョウ先輩、今日のお昼から何も食べてないって言ってましたし」

 

 私は苦笑しながら、ストローを刺したカフェオレを片手に二人の横へ並ぶ。

 

「それはリョウの自業自得でしょ!! てかもうっ、聞いてるリョウ!? むしゃむしゃ頬張って!」

 

「ごめん。今度ホントにちゃんと返す。アッおいしい」

 

 謝ってるのかどうかよく分からない声で、リョウ先輩は淡々とソフトクリームを頬張る。その横で伊地知先輩は「まったくもう」と肩を落としたあと、レジ袋の中をがさごそと漁った。

 

「とはいいつつおにぎりもついでにありがとう、虹夏」

 

「べっ、別に! またお腹キュルキュル言わせてて見てらんなかっただけだし! ほらっ、これも食べなよ!」

 

 照れ隠しみたいに視線をそらしながら、伊地知先輩がツナマヨおにぎりをぐいっと押し付ける。先輩の頬がどこか赤い。

 

「にじかぁ〜……」

 

 リョウ先輩はぴえん顔みたいな声だけ出して、おにぎりを受け取った。顔は全然いつも通りなのに、その声だけ妙に切実で、思わず笑いそうになってしまう。

 

「あはは……何だかんだ、前のファミレスの時もそうでしたけど、伊地知先輩、リョウ先輩に甘いですね……」

 

 私はそう言って、カフェオレのストローを啜る。

 それは、ここ数ヶ月の間に何度も見た二人のいつものやり取りだ。見慣れてるのに、やっぱり少し可笑しい。

 ─────だけど、と私は思う。

 そこで、ふっと口元の笑みが消えるのを自分でも感じる。

 胸の奥に、さっきコンビニの棚の前で不意に浮かんだ違和感が、もう一度もぐり上がってきたからかもしれない。

 

「………」

 

 足が、無意識に少しだけ遅くなってしまう。

 

「……あの。ほんとに、やるんですか?」

 

 紙パックを胸元で握りしめたまま、俯いたまま、思わず問い掛けている自分が居た。二人の足音が同時に止まる。

 

「………」

 

 車の音も、踏切の警報も、夕方のざわめきも、急に遠くなったみたいに。私は顔を微かに上げて、先輩達の顔を見つめ直す。二人とも、静かに振り向くと、同じタイミングでじっとこちらを見つめ返してくる。

 

「……提案したの郁代なのに、郁代自身が一番迷ってるじゃん」

 

 ソフトクリームを食べ終えながら、リョウ先輩が淡々とつぶやく。

 その一言に、胸の奥を見透かされたみたいで、思わず見開いた目と共に唇を噛む。

 

「だって……っ。それは人の恋愛事情に首突っ込むなんてやっぱり、良くないのかなって……」

 

 言いながら、自分でも情けなくなる。

 ひとりちゃんのため、って思っていたはずなのに、今になって急に怖くなってきた。

 

「……吉沢くんと、話してみた方がいいかもしれないとは言いましたけど……もしかしたら、何だかまるで……」

 

 喉の奥で引っかかっていた言葉が、やっと形になる。

 

「取り調べみたいに、なっちゃうんじゃないかって……さっきコンビニでふと気付いたんです。そんな事なんてしても、ひとりちゃん、喜ぶのかなって」

 

「でもさ」

 

 ちぅーっとストローを吸っていた音が止まる。

 伊地知先輩が、顔を上げた。

 

「ぼっちちゃんが、初めて出来た “彼氏かもしれない人” なんだよ?」

 

 その言葉に、胸の奥がちくんとする。

 そう。ひとりちゃんにとっては、たぶん、はじめての。

 

「何も知らないまま『良かったね〜』って笑っててさ、あとからもしホントにまずいことになってたら……その方が、絶対イヤじゃない?」

 

 伊地知先輩の目は、真っ直ぐだった。

 

「“取り調べ”は、違うと思うけどな、あたしは。……あたしとしても、ちょっと話して、どんな人か自分たちの目で見たいだけってつもりだよ?」

 

 責めてるんじゃない。

 ただ、同じ不安を別の言葉で言い直してくれてる。そんな目だった。

 

「…………それは、そうですけど」

 

 ストローの先を見つめながら呟くと、隣でカラカラ、と氷の鳴る音がした。

 

「……まあ実際、正直かなりの余計なお世話かもだよね。ぼっちからしたら」

 

 リョウ先輩が、カフェオレ氷のカップを揺らしながら言う。

 

「リョウ先輩」

 

 思わず顔を上げる。

 その横顔はいつも通り無表情なのに、どこか柔らかかった。

 

「でもさ。ぼっちが、私たちが知らないところで傷つくのは……もっと見たくない」

 

「!」

 

 心臓が、ひとつ跳ねる。

 それは、私がうまく言葉に出来なかった気持ちそのものだった。

 

「……それは、郁代も同じでしょ」

 

「……はい」

 

 自然と、そう返していた。

 

「それに」

 

 リョウ先輩は、自販機の向こう側────ロータリーに伸びる京王バス乗り場の方へ視線を向けた。

 

「吉沢春樹ってその彼、ぼっちと同じクラスでしょ。ぼっちに事前にLOINEで聞いてたから知ってるけど」

 

「昨日とかも一緒に帰ったらしいよ、ここまで。この時間に学校から帰るなら、一回ここを通る可能性はある。一時間くらい様子見てみればいい」

 

「……なるほど〜。さすがリョウ、そういうとこだけ頭回るよね」

 

「 “だけ” は余計……」

 

 いつもの掛け合いに、少しだけ肩の力が抜ける。

 

「店長には伝えてあるの?」

 

「あ〜……お姉ちゃんにはとりあえず、謝る形でLOINEだけしといた。まだ連絡は付かないけど……後で怒られるかも」

 

「……なら尚更早急に決着付けないとね」

 

「うん、そだね」

 

 伊地知先輩は残り少なくなった紙パックをぎゅっと握りしめて、ぐっと立ち上がった。

 

「……じゃ、決まり。ここで待ってて、あの子見つけたら……声を掛けよっか。喜多ちゃんも、そんな気にしないで? あたしだって同じ事思ってるもん、正直」

 

「────ぼっちちゃんのことが大事だから、さ」

 

 一度、私とリョウ先輩を見回してから、先輩は続ける。

 

「顔を合わせて話した方がいいってのは、実際あたしも思うし」

 

「だから喜多ちゃんに同意して、わざわざ下北からここに来てるんだし。……それだけは、ちゃんと伝えようよ。彼にも」

 

「……伊地知先輩……」

 

「──────…………わかり、ました」

 

 今度は、ちゃんと頷けた。

 紙パックの中の氷が、かちゃん、と小さく鳴る。

 

「うん。……じゃあ行こ。あたしたち、三人で」

 

「わかった」

 

 前を先陣切って歩む伊地知先輩に続きながらリョウ先輩も短くそう呟く。私はほんの少しだけ、躊躇する。でも、前を向き直して、そっと二人を追う。

 そのまま、三人でバス停の方へ歩き出していく。

 夕方のアスファルトに、私達全員の影が並ぶ。何となく見上げた空には、星が浮かび始めている。この道の先で、やがてひとりちゃんの “彼かもしれない人” と向き合うことになる。それを想像しながら、恒星を眺める。

 

 ひとりちゃんにとって。

 そして、何よりも─────私と、私達にとって。

 

 彼がこの居場所を壊してしまうかもしれない、そんな『怖い存在』でないことだけを、どうか星に願いながら。

 

 

 

 

 

 

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