ぼっち・ざ・ろっく! フラッシュバッカー   作:空山 零句

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CHAPTER #19 「邂逅(かいこう)

 

 

 目的地へ向かうための最短の近道。そこを通ろうとした俺は、突如として現れた三人の女子高生達に阻まれていた。

 サイドテールが目立つ少女は、少し困ったような顔で、もう一度俺に話しかけてくる。

 

「君さ、吉沢春樹くん、だよね?」

 

「少し─────あたしたちと、お話、付き合ってくれないかな?」

 

「………えっ?」

 

 息が乱れたまま、俺は三人の顔を見比べる。

 黄色いサイドテール。青い長髪。赤い巻き髪。

 ─────待てよ。こいつら、見覚えがある。けど、なんでここに。ないや、そもそもんで俺の名前を知ってる。

 

「……は? あんたら……!?」

 

 三人の少女。青い髪、気だるげな細い目が目立つ女。黄色く、アホ毛が特徴的かつサイドテールの女。そして赤髪かつ緩めの巻き毛と、左髪の結び髪の女。……彼女は知っている。うちの学校で知らない男は居ない。────喜多郁代、だ。

 なんで、こんなところに?

 いや、そもそもこれは、一体どういう状況だ。

 俺は、混乱と焦りで頭がまともに回りゃしない。視線だけで三人を往復しながら、どうにか呼吸を整える。

 

「……ねぇ、虹夏、やっぱこんな形で急に止めるの、怪しかったんじゃない」

 

「わ、分かってるって! だからごめんって!」

 

 青い髪の女がぼそっと言い、サイドテールの方が慌てたように両手を振る。

 

「あっ、あのね? ごめんね。急に止めて。ほんとはもっと普通に話しかけるつもりだったんだけど、その……急いでそうだったし、タイミングが……!」

 

 眉を八の字にして頭を下げる、その仕草だけで人の良さが見える。

 

「もしも、ヤバい人だったら、って事も警戒して、一応待ってたんだけど……でも、いきなり呼び止めたのは、ほんとごめん」

 

 ヤバい人。その言い方が微かに引っかかって、眉が勝手に寄る。

 

「いや……それは、その、いいんだけど、別に……ていうか、喜多さんも、こんなとこで何してるの?」

 

 そして同時に俺の視線は、遅れて後ろから顔を見せた赤い髪の彼女の方へ向く。

 

「……えっと、色々、深い訳があるの。ごめんなさい」

 

「……」

 

 喜多さんは、何やら気まずそうに小さく笑っただけで、すぐに目を逸らした。その妙な静けさが、逆に気になってならない。

 その時。無言のまま青い髪の女が一歩だけ前に出た。

 薄い色の瞳が、じっとこっちを射る。癪に障るくらい、まっすぐな目だ。

 

「……っ! な、何だよ……」

 

 反射的に睨み返す。

 訝しさと焦りが、喉の奥で小さくざらつく。

 

「……な、何が目的なんだ、あんたら。悪いけど、俺、急いでんだけど。冷やかしだってんなら……!」

 

「……」

 

「………ちょっ、と、待てよ?」

 

 吐き捨てるように啖呵を切ったその時。不意に、脳内のパズルが揃う。

 そこでようやく、この女達の顔が記憶の中の映像と結びつく。文化祭のステージ。台風の日のライブ。あの時の結束バンドだ。

 そこまで言って、ようやく違和感を言語化する。喜多さんもここにいる。ちょっと待て。ということはつまりこの二人は────

 

「……な、なぁ。アンタら二人って……結束バンド、だよな」

 

「そう」

 

 青髪の彼女は顔色一つ変えずに俺を見つめ、短く返す。

 

「……思い出した? まあ、文化祭で私達のこと見てるなら多分知ってるよね」

 

「……ごめん。虹夏の言う通り、急に呼び止めたから怪しかったと思う。だけど、ほんとに危害加えるつもりはない」

 

 “虹夏”と呼ばれたサイドテールの方へ一瞬だけ視線を向けつつ、青髪の女はもう一度俺へ目を戻す。

 危害を加えるつもりはない。

 なら、尚更なんなんだよ、という気持ちは残る。こっちは急いでる。人を待たせてる身だ。余計に焦燥感と苛立ちが募ってしまう。

 

「いやぁ、その……ほんとごめん!」

 

 黄色い女は申し訳なさそうにそう再び叫ぶと、勢いよく両手を合わせる。

 

「えっと、君が吉沢春樹くん、で間違いないよね? あのね。実は、あたしたち……君にどうしてもお話があってさ」

 

 お話?

 お話だって?

 さっきまで会えることしか頭になかったのに、急に現れて道を塞がれて、挙句 “ちょっと話がある” 。意味が分からない。正直かなり面食らう。俺は焦りも相まって、思わず目を細める。

 

「……意味がわかんねぇよ。ていうか、話って言うならまず事情を説明しろよ。なんなんだよ、いきなり」

 

「……そもそも、何が “ちょっと待って” なんだ。こっちは急いでるんだ。わざとらしく道を塞いでまで、何の話があるんだ? 話があるなら、早くしてくれ!」

 

「っ……」

 

 ひとりのところへ行きたい、その気持ちを邪魔された苛立ちが、どうしても声に滲む。

 籠る俺の声に、サイドテールの女と喜多さんが思わず表情を固くした。だが、青い髪の女はそれに怯むこともなく、淡々とこちらへ呟く。

 

「……それは君の返答次第かな」

 

「そもそも、薄々気付かない? このタイミングで私達がこうして出張ってきてる時点で」

 

「は……?」

 

「……ごめんなさい!」

 

 俺と青髪は、そこで互いに細い目で見つめ合う。俺たちの周りを囲う空気が静かにその温度を失い、威圧のそれに変わっていく。だけどその瞬間、明確に漂い始めていた険悪の雰囲気を崩そうとしてか、サイドテールの女は慌てた様子でもう一度謝ってくる。そうして、俺と青髪の女の前にわざわざ身を乗り出す形で。

 

「それは、そのっ、ほんとに急いでるの分かってるから! でもお願い、その前にその、あたしたちの話、少しだけ聞いてくれないかな……?」

 

「大事な話なの。────たぶん、君が今から、会おうとしてる人にも関係があること。だから、おねがい」

 

「…………」

 

 息を吐く。そこまで言われたら、もう何も言えなかった。

 そして、その彼女の単語に含まれた「会おうとしてる人」────間違いなく、俺にとって今この瞬間、今すぐにでも会いたいその人物と恐らく一致する。

 苛立ちは僅かに舌裏に滲む。

 だけど再度、三人の表情を見つめる。睨みつつも、その視線の中にあるものを探る。

 そこにあるのは、敵意というより別の感情にも窺える。

 ──────少なくとも、三人の目には悪意はない。そう判断できるだけの熱は、確かにそこにはあった。俺は頷く代わりに、短く言い放つ。

 

「……分かった。手短に頼む。急いでるんだ」

 

 間を一拍だけ置いて、青い髪の女が口を開いた。

 

「ならお望み通り、単刀直入に聞く」

 

「君、ぼっちとどういう関係なのか教えて」

 

「……あと、今待たせてるのって、ぼっちで……間違いないよね?」

 

 ぼっち。

 彼女らは、ひとりをそう呼ぶ。小さく脈打つ。俺の胸の中で、焦りと警戒が一瞬、激しくぶつかった。

 

「……だったら、なんだよ。アンタらに、何の関係があるんだ?」

 

「関係はある。さっきも虹夏が言ったはず。─────私達は、ぼっちとバンドを組んでる仲なんだよ」

 

「なにより。私は、私たちは、ぼっちの友達で……」

 

 その女は間髪入れず即答する。

 それに同意するかのように、さっきまで慌てていた虹夏とかいう女も、今度は真剣な目で青髪の代わりに続けていく。

 

「…………大事な、バンド仲間だからさ。関係はあるんだよね」

 

「……仲間」

 

 その眼差しに嘘はない、と直感する。俺は彼女達のその単語を反復させながらゆっくりと三人を見つめた。

 仲間、か。大事に思ってるからこそ、わざわざここで俺を待ってまで顔を見たかったってこと、なんだろうか。

 

「……………なるほど。そういうこと。話が読めてきた」

 

「つまり、アレか。俺があの子に対して何か良からぬことを考えてたり、遊びで手を出してたりとかしてるんじゃないかって思ったと。……こんなところ?」

 

 抑えようとしても、声に棘は混じる。

 だが相変わらずこの女は肝が据わっているのか、それに怯むことはない。小さく頷いて、低い声色で続けた。

 

「……勘が鋭くて助かる。まあ、あながちそんなところ」

 

 続けざま、そいつは声音を今度は低くした。

 

「……ぼっちは、私達結束バンドにとってはもう、欠かせない存在だから。万が一にも、何かあってからじゃ困るし、そんな事、そもそもなって欲しくない」

 

 喜多さんがそこで一歩前に出る。唇を噛んで、視線は落としたまま。両の指先がスカートの裾をぎゅっとつまむ。布にしわが寄って、節が立つ。

 

「…………あの、私からもごめんなさい。吉沢くん。急に呼び止めて、本当に……申し訳なく、思ってます」

 

 だけど同時に、喜多さんは俯く。

 

「ただ……知ってますよね? 吉沢くんなら。ひとりちゃんが、今まで彼氏どころか……男の人と、殆ど、ううん……全く、話したことない子なんだってことは」

 

 言葉を押し出すたびに、肩が僅かに震えている。

 声は丁寧で、でもどこか余裕のかけらもない。それに勘づいた時、腹の奥のマグマがその温度を急速に下げていくのを感じた。

 もしかして、と気付いて、そうして思わず、息を飲む。焦ってるのは俺だけじゃないのか。「だから」と青髪の女は続ける。

 

「私たちは、ぼっちが騙されてないかってことが心配なんだよ。万が一にも、ぼっちが本当に変な男に引っかかったりして────目も当てられないことになんてなるのだけは、絶対に許せない」

 

 そこから感じる語彙には、本気しか見つけられない。

 青髪と目が合う。無表情ながらも、それは決して逸らされることのない視線。

 そうか。

 そういう、ことか。

 

「……………」

 

 俺は目を伏せ、小さく息を吐く。深呼吸する。

 自然と、さっきまでの棘と淀む心は後ろに引っ込んでいく。

 ここまで真剣な彼女達に俺が苛立つのは、話が違う、よな。

 

「─────わかった。……とりあえずあんたらの言い分は理解したよ。でも……俺、乱暴な事とか、んな事しねぇからさ」

 

「とりあえず、話は聞く。だから、そっちも警戒は……解いてくれない?」

 

 ひとりの事を慮ろうとする姿勢。

 彼女達の言葉からは、それが見えた気がした。それを意識したからなのか。自分でも驚くほど、無意識に声色が落ち着いていく。

 

「……あと一応、自己紹介頼んでい? まだアンタらの顔と名前は、正直ほとんど一致してないからさ」

 

「……そー、だよね! 一応、ちゃんと顔を見せて話すのは初めてだし」

 

 サイドテールの女は慌てて頷いた。

 

「あたしは、伊地知虹夏。んで、こっちの無表情の方は────」

 

 そう言って彼女は、先程から俺へずっと鋭く細い目を向けていた青髪の女の肩へぽん、と手を載せる。それに応じるように彼女は「山田リョウ。よろしく」とだけ呟く。

 

「……よろしく」

 

 俺が山田さんへそう呟いた拍子に、彼女は喜多さんへ横目を向ける。

 

「……君、郁代とは、面識はあるの?」

 

「……いや、違うクラスだし、移動教室で顔を見たことがあるくらい。だよな」

 

 俺も隣に並ぶ喜多さんへ目を向ける。目を向けられた彼女は、それに応じるように静かにぺこり、と頭を下げた。

 

「……はい。改めて……初めまして。吉沢くん。ひとりちゃんから話は聞いてます。私も、吉沢くんの顔は何度か見かけた事はあります」

 

「だよな。喋ったことは無いけど、あんたの事はよく知ってる。うちのクラスでも話題だからな」

 

 クラスのLOINEでもちょくちょく話題に出るくらいには喜多さんは人気者であり、噂にはとにかく事欠かない。関わりはなくたって、同じ学年で彼女を知らない奴は多分居ないと言えるくらいだ。

 滅茶苦茶顔も整ってるし、話しやすくて良い子ってのも聞いてる。噂にならない方がおかしい。

 互いに自己紹介を終えた後、伊地知さんはそのタイミングで俺へ目線を向けた。

 

「あたしたちは、STARRYってライブハウスでバイトをしてるし、結束バンドでバンドを組んでるんだ。────ぼっちちゃんと、一緒にね」

 

 その瞳は大きく、くりっとしている。彼女はそうして笑顔で頷く。

 俺を真っ直ぐに見つめるその少女を見て、気付く。これで彼女を見るのは山田さんも含めて一応、三度目にはなるか。この子がそうなのか。─────ひとりが呼んでいた「虹夏ちゃん」。

 正直なところ、結束バンドに対しての第一印象は、ぶっちゃけあんまり良くない。

 理由は分かるし、理屈も理解したけど、大切な人を待たせてるってこというのは事実だし、正直流石にそれは思う。こちらとしては急いでる身なのだから。

 だけど、どこか温かみを感じる様なその眼差しを見て、なるほど、とは小さく納得はした。

 さっきのアレはともかく、この子はきっと、悪い子じゃないのかもしれない。ちゃんと事情があってそうしたのかもしれない。そう感じさせる何かが、その目の色からは何となくちゃんと垣間見えた。

 

「……知ってるよ、アンタらのことは。ぶっちゃけ、さっきは焦ってたのもあって一瞬思い出すの時間かかったけど……あの日、二ヶ月前の台風のライブの時から知ってる。顔と、演奏の腕だけは、だけど」

 

「ぼっちの話でも聞いた。……見に来てくれてたんだよね、あんな酷い雨の中」

 

 その時の事を思い返しつつ、俺は微かに俯く。

 

「……そう。俺らのグループで、アンタら、結束バンドのチケットが余ったって、話題になってさ」

 

「喜多さんと、あの後藤さんがライブをやってる、ってことで話題になったんだ。……ただ、生憎の台風だった上、台風の中でまでわざわざ行くほど興味ないってやつのが多くて、そのチケットが浮いちまってな」

 

「訳あって、暇だったから俺が貰ってさ。暇つぶしも兼ねて、見に行った。それがきっかけだよ」

 

 ひとりへと話したきっかけ。

 それを聞いた伊地知さんは、さっきも見たようなどこか切なさを感じさせる表情で小さく言う。

 

「……それで、あの日、わざわざあたしたちのバンド、見に来てくれてたんだね」

 

 それを正面きって見つめつつ、俺は続ける。

 

「正直言うけど、ぶっちゃけ喜多さんや後藤さんがやってるって知らなかったら、興味は無かったよ。全く……全く、興味なんて、無いつもりだった。無い、つもりだったんだよ。……でも……」

 

「それも、あの子のあのギターの独奏を聴くまでの話だった」

 

 山田さんがそう呟く。俺は頷く。

 そう。

 流石に、ひとりには直接は言わなかったけど、ほぼ他人の彼女達へ別にそこの気遣いは必要無い。そう思って正直に言い放つ。

 それは紛れもない本心だった。

 本音を言うと、俺はあの時、一曲目を聞いた時点で速攻STARRYを出るつもりだった。聴いていられなかった。耐えられなかった。

 もう、前奏から何から、聴いていてしんどかった。

 

 何もかもが、()()には及ばない。

 

 幼い頃から聞き慣れてしまっていた()()()を知っている人間からすれば、あまりにも聞くに絶えなかった。

 だから、彼女たちに背を向け、行ったという証拠写真だけ撮って帰ろうと思った─────その、次の瞬間だった。

 

 二曲目の『あのバンド』。

 

 それの前奏は、唐突に始まった。だけど、そのたった一瞬。それだけでも、俺の足を止めるにはそのギターの一撃は十分過ぎた。完全に予定を外された。

 背を向けていたそのバンドへ、堪らず振り返った。後藤ひとりのあの独奏は────完全に()のあの姿に重なっていたのだ。

 

 その時の事を、思い出す。それは一瞬の間に脳裏を駆け抜けた。

 やがて「……そうだったんだ」と山田さんは呟く。

 

「……あぁ、そうだ」

 

 隠す必要性も無い。事実だ。俺は静かに頷く。

 

「……そっか。やっぱりそうだったんだね」

 

 それを聞いた伊地知さんの表情は、何故か諦めと安堵が同居したような、そんな複雑さを帯びる。山田さんは薄く笑う。

 

「ふーん……本当に、ぼっちの言った通りなんだね」

 

 そこで喜多さんは俺を正面から見つめ、一歩近付いてきた。

 

「!」

 

 ふと彼女へ目を向ける。膝の前で握る手に、まだ力が残っている。

 

「…………質問が、あります。吉沢くん」

 

「……何?」

 

 彼女の瞳と、握られた拳は震えている。なんなんだろう、この顔は。心配、も勿論あるとは思う。だけど、それとは違う何かも感じて、喜多さんの言葉の続きを待つ。

 

「……っ、もう、ストレートに聞きます」

 

 そして声すらも揺らめかせながら、彼女は目を伏せて呟いた。

 

「あなたは……ひとりちゃんと、付き合いたいんですか? ひとりちゃんのこと、本気で好きなんですか?」

 

 声が少しだけ掠れていた。続けざまに、胸の底の何かを放つように顔を上げる。

 

「………本気で、支えるつもりで…………ひとりちゃんを……っ、本気で、好き、なんですか…………?」

 

 目の端が濡れている、そう見えたのは夕暮れのせいだけじゃない。何だ、その質問。

 どういう意味なんだ。支える、というのは、この場合恋人として? だけど、どういう意味であろうと関係ない。そんなの、言わずもがなだ。俺は間を置かずに答える。

 

「……当たり前だろ。本気だよ。本気で、あの子の、全部が好きだ。恋人になりたいし、異性として、本気で見てる」

 

 それを聞いた瞬間、ぐらり、と喜多さんは先程の声と同じように揺らいだように見えた。目を見開いたまま、動かなくなる。

 

 その時、それを遮るように、山田さんが変わらず続ける。

 

「一応聞くけど、本気で言ってるんだよね? それがもし冗談半分だったら、許さないけど」

 

 ベンチに座る俺を、彼女の瞳は容赦なく貫く。それは、酷く鋭利だ。明確な敵意を匂わせている。答えを間違えれば、排除も考えるような、そんな気配。だけど、それはこちらも同じことだ。

 

「勘違いすんなよ。なら逆に、アンタらがむしろあの子の将来を軽んじてバンドをやってるんなら……あの子の才能に縋ってあの子をダメにするつもりなら」

 

「むしろ────俺の方こそ容赦しねぇけど」

 

 あの輝きを踏みにじる様なことだけは、絶対にさせやしない。

 コイツらが仮にお遊びバンド如きだったとして。あの子の時間も、本気で結束バンドに居場所を探していたあの子の想いも傷つける気なら、俺が絶対そんなこと、許さない。

 

 牽制のつもりの硬く、矛のような鋭さを俺はその声に込めた。

 迷うことなく、それをそのまま目の前の彼女へ穿つ。それらは激しく音を立てて衝突し、確かな意志と強烈な互いの「護り」を強調し合う。

 

「………」

 

 空気が硬くなる。

 だけどその時、山田さんはわずかに目を見張りつつ、すぐに静かに言い返した。

 

「違う。私達はさ、みんな、ぼっちが大好きなんだよ。あの子はきっと、私達と一緒に本気でバンドをやりたいと思ってくれてるし、私も、私達もそう思ってる」

 

 その瞳は、ここに来てようやく小さく俯く。ひとりに対して、彼女なりの想いがあるように。俺はそれを見て、同じ様に瞼が勝手に強く開く。

 

「本気なんだな? アンタら、全員。本気で、プロを目指してるんだよな?」

 

「当然でしょ。舐めてるの?」

 

「!」

 

 その目は、嘘を拒絶する目だ。

 俺は()()をよく知っている。だからこそ、それは()()だとまた直感で理解した。

 

「………………」

 

 それは─────数秒間の沈黙。

 それらは酷く長くも、一瞬のようにも感じられた間。牽制しあっていた俺と山田さんのその空気は、俺が僅かに体を引く事で僅かに弛む。

 

「……そこまで本気だとは、分からなかったね」

 

 そう呟くと、山田さんが今度は目をしっかりと合わせてきて答える。

 

「私たちにとっては大事な仲間なんだよ、ぼっちは」

 

「……だから遊びでぼっちに手を出そうって言うのなら、そうはさせない。……それがわかったなら、話は終わり。時間取らせて、ごめん」

 

 そして彼女はそのまま、要件を終えたかのように立ち上がる。そんな山田さんへ、俺は思わず本音が漏れた。

 

「……ひとりのこと、大切にしてるんだな」

 

「………」

 

 彼女はその言葉に反応するように目を向けてくる。そこに、やはり一片の迷いも無い。曇りも無い。

 

「当たり前。ぼっちは私たちにとっては必要不可欠な、そんな存在だから。……ぼっちのいないバンドは考えられない」

 

「誰一人として欠けるのは、この結束バンドでは有り得ない。……だから、守りたいんだよ。私たちなりにね」

 

 その言葉は、俺の中の何かを真っ直ぐ撫でていった。息を吐く。

 

「……それに。……ぼっちちゃんは、ちょっとなんて言うか、放っておけない子だし、ね」

 

 弛緩した空気に乗るようにして、伊地知さんが喜多さんへ笑いかける。彼女もそれに答えるように小さく「はい」とだけ、どこか俯いたままの表情で返す。

 

「……私たちが、本気なのはわかってくれたと思う。だから、最後に聞かせてほしい」

 

 山田さんは、締めるように質問してきた。

 

「何?」

 

「ぼっちと、本当に付き合う覚悟はあるの? それがどんなに大変なものか、ぼっちの性格上、ぼっちの抱える事情上…………想像できる?」

 

 そこで、告白した時のひとりの涙を流して目を見開く姿が───フラッシュバックする。脳裏に刻まれたあの彼女の姿。「寂しさ」をずっと形にすることが出来ず、松ノ木児童遊園でわんわんと泣きじゃくったあの子の姿。

 見捨てないで、と縋っていたように見えた彼女の涙。

 

 それを思い出して、俺は拳を強く握り締める。

 

「……覚悟はある」

 

 守ると決めた。

 それは言うなれば誓いに等しい。一週間前のあの日、俺が見つけた「一番星」。誰にも、奪わせやしない。誰にも、傷つけさせやしない。

 

「あの子が、どんだけ人と話すことが苦手で、それで、そのせいでどんなに苦しんできたかも、本人と話して聞いた。想像ならつく」

 

「……だから、あの子は俺が死んでも守る。そう決めたんだ」

 

「……」

 

 山田さんは腕を組み、俺の言葉の真意を見積もるかのようにこちらをじっと見つめている。そのまま、変わらない声色で彼女は続ける。

 

「……そう」

 

「じゃあ、具体的な話に移ろう。ぼっちを支えられるのかどうかだけじゃない。具体的に、どう支えるつもりなのか、聞かせて。……お金の話、とかだけじゃなくって」

 

「もっと言うなら、そもそも何でわざわざぼっちみたいな子を選んだのか。どんな理由があってあの子を選んだのかも、残さず話してみて」

 

「答えられるでしょ。それくらい真剣なら」

 

 彼女のその冷静かつ沈着な言葉を受け、ふとちらりと隣に立つ喜多さんと伊地知さんを見つめる。彼女たちも俺を推し量るかのように、真剣な表情を向けてきている。

 

「…………」

 

 思わず、俺は空を一度見上げた。落ち葉がほとんど残っていない枯れ木が視界に移る。その隙間に、夕焼けの橙色が溜まっている。

 そこで気付く。見上げた空の先には、僅かにその身を主張し始める「一番星」が浮かび上がろうとしている。星。この身を、救ってくれた存在。

 

「……俺は」

 

「俺は、あの子に、救われたんだ。あの子は、俺にとって“ヒーロー”みたいなものなんだよ」

 

「だから俺は、あの子の夢を…………もっと言うなら、あの子が大事にしようとするアンタら……結束バンドを、応援したいって」

 

「そう、思ってる。アンタらが、本気でプロを目指す。そういう存在なのであれば」

 

「これが紛れもない、本心だ」

 

 そう言って、仰いでいた顔を彼女たちへ向けなおす。すると、その視線はどこか柔らかくなったような、そんな気がした。

 伊地知さんと喜多さんも、小さく息を呑んだ気配があった。山田さんは無表情ながらも、俺へ小さく呟く。

 

「……そう、なんだ」

 

 やがて彼女は、しゃがんでいた姿勢のまま後ろを振り向いた。

 

「……だってさ」

 

「………………」

 

 背を向けた山田さんは、そのまま伊地知さんと喜多さんへ目を向ける。真後ろにいた三人は互いに視線を向け合う。

 そこで喜多さんは、俺の方へどこか切なげな表情を示して呟く。

 

「伊地知先輩。リョウ先輩……私、思うんです。吉沢くんは、信頼出来る人だと、思います」

 

「!」

 

 何やら心配げに、伊地知さんは喜多さんの顔色を伺うように見つめ返している。何故かは分からない。だけど確かなのは、その言葉を伝える喜多さんの瞳は酷く俯いているということ。前髪の下の表情は暗く淀んでいて、俺はこの子ってこんな顔をする子だったっけ、と不思議に思う。

 

 サイドテールを小さく揺らめかせながら、伊地知さんは「……喜多ちゃん」と反応を示す。

 

「……その理由は、先輩ならきっと、分かると思います」

 

「………」

 

 伊地知さんは目を伏せたままの喜多さんを少し眺めたあと、やがて俺へ目線を向ける。何やら思うところがあるような、そんな眼差し。

 その目は、俺の方を向いているようで俺ではない、どこか遠くを見ている。そこに浮かび上がるのは回想や追憶の類に等しい。

 

 僅かに黙り込む。やがて彼女は瞳を伏せながら囁いた。

 

「……そう、だね。あたしも、そう思う。吉沢くんはきっと、あたしや喜多ちゃんと同じで、ぼっちちゃんの姿に、魅せられた側の人間だから」

 

 伊地知さんのその言葉を聞いた山田さんは立ち上がる。そしてそのまま、こちらへまた向き直った。

 

「ぼっちのこと、ちゃんと守ってくれるよね?」

 

 三人の顔が、彼女の名前になる。

 そこに共通していたのは、願いということ。そして、守りたいという想い。それだけは明確だった。俺はひとりの横顔を思い浮かべてから、迷うことなく頷く。

 

「…………約束する。俺は、本気であの子が好きだ」

 

「だから、あの子がどんなに不器用で、上手く人とやり取りできないとしても……それでも、ずっとこの先、俺はあの子を支えるよ。……結束バンドのアンタらに……ひとり自身に、俺は約束する」

 

 そうして俺は山田さんと、再び見つめ合う。

 だけど今度は、俺の答えに納得したかのように彼女の方から伏し目になる。やがて、微かにそんな山田さんの唇の端が和らいだ気がした。

 

「……わかった」

 

「ありがとう。なら、その言葉、信じる。そう言ってくれて嬉しいよ」

 

 張り詰めていた糸が、またひとつその役目を終えたように弛むのを感じた。

 とりあえず、そのタイミングで俺はひとつ小さな息をつく。俺も焦ってたことも相まって感情的になっていたと思う。流石に、態度が悪かったな、と反省をした。

 

 逆の立場ならどうだったろう。

 ひとりのことを想って、俺を警戒してっていうなら────確かに、こういう形で話を聞こうとしてくるのも分かるかもしれない。

 

 ましてや、相手が大切であればあるほど、尚更。

 

 多分、そこは俺はこの子たちと変わらないのかもしれない。喜多さん、山田さんと伊地知さんのここまでの真剣な言動を見て、俺はそう思う。

 

 そのまま、わずかに顔を上げて、謝罪の意を俺は示す。あのさ、と。

 

「………悪かった。アンタらも、色々事情があったってことは、とりあえず俺も理解したよ。さっきはつい、頭に血が上ってさ」

 

「ひとりに、一刻も早く会いに行かなきゃいけなかったことも相まって、口調が荒くなった。ごめん」

 

「……私達も、まあ、流石にちょっと強引だったよね。ごめん」

 

「そうだよね。あたしたちこそ、ほんとごめんね。話してみたら、吉沢くん、ちゃんといい人だし」

 

 そう言って、山田さんは無表情のままだけど、俺へ真剣な眼差しのまま謝罪し、伊地知さんの方も苦笑いを浮かべながらも両手を合わせて頭を下げてきた。

 

「良いよ、大丈夫。話は……とりあえず分かったから」

 

「いい人かは、知らんけど、な。まあ、うん」

 

「……私も、改めて、その……ごめんなさい。吉沢くん」

 

 そして、喜多さんも気まずそうに伊地知さんの隣で俯いて謝る。

 

「ううん、いいよ。俺もごめん」

 

 お互いに謝りあった事も相まって、さっきまでの緊張感は明確に柔らかくなる。俺は、そのタイミングで伊地知さんと少しだけ苦笑いしたまま見つめ合う。

 そうして、僅かに小さな息をお互いに漏らす。それはまるで安堵のような、そんなやりとりだった。

 

「……!」

 

 その時、結束バンドのリーダーだという彼女の顔を見て、ふと頭に浮かんだものを俺は掴む。そうだ。ひとりを、守るのであれば。

 

「……あのさ。俺、ふと思ったんだ。少し話は変わるんだけどな。ちょっと、唐突かもだけど聞いてくれないか」

 

「……? 良いよ。何?」

 

 と、山田さんは無表情のまま首を傾げる。

 

 結束バンドが、ここまでひとりを守ろうとするのであれば。

 目的は同じ。そして、肝心のひとり自身も───きっとこの結束バンドでやりたい事があるはずだとしたら。俺はその思いを形にするように、ひとつの疑問を投げる。

 

「結束バンドって、マネージャーとか、いるのか?」

 

「え? ううん、今はいないよ」と伊地知さん。

 

「STARRYの店長でもあるあたしのお姉ちゃんが、色々手伝ってはくれてるくらいかな。……それに、まだあたし達はメジャーデビューもそもそも遠い目標だからね。だから、今はいないって感じ」

 

 お姉ちゃん。姉妹で店をやってるのか。珍しい。

 そして、何よりもマネージャーが不在。バンドを支える「骨」は、まだ誰も用意していないということが明らかになる。

 

「……そうか」

 

「……それがどうしたの?」

 

 答えを求めるように、山田さんはこちらへ回答を促してくる。

 俺は一度だけ俯き、迷いの端を千切ってから顔を上げた。

 

「一つ、提案があるんだ」

 

「何?」

 

 今度の迷いは、ひとりに告白する時に比べれば躊躇はなかった。

 そのまま、言い放つ。

 

「──────俺、アンタらのマネージャー、なってもいいか」

 

 言葉が秋の公園の空気に落ちた瞬間、三人の瞳孔が同時に開くのが見えた。互いの顔を見合い、また俺に戻る視線。

 

「………」

 

「えっ……?」

 

 それは、およそひと呼吸分の沈黙だ。

 ──────やがて、どこか遠くでクラクションが鳴り響く。

 

 その残響はまるで、世界に呂律が戻っていくような、そんな音のようだった。

 

 

 

 

 

 

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