ぼっち・ざ・ろっく! フラッシュバッカー   作:空山 零句

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CHAPTER #20 「結び(ほど)いていく、幾星霜(いくせいそう)もの星の線」

 

 

「……………俺、アンタらのマネージャー、なってもいいか」

 

 言い切って、俺は顔を上げた。

 住宅街に面した小さな公園は、夕餉(ゆうげ)の匂いが薄く漂っている。どこかのキッチンで油がはぜる音、物干し竿のシャツがぱたぱた鳴って、ブランコの鎖が風に擦れて小さく(きし)む。

 

 伊地知虹夏。山田リョウ、喜多郁代。結束バンドの三人が同時に息を飲んで、まず互いの顔を見合わせ、それから俺へその視線を戻す。

 

「えっ……?」

 

 ユニゾンのように、三人の声が同時に公園のど真ん中で響く。

 

「……本気なんだろ。ひとりと一緒に、これから先も、四人でバンド、やるんだろ。…………だったら見せてくれよ。俺に、アンタらのこれからの、結束バンドの未来を」

 

 胸のうちの熱に、そのまま言葉を結びつける。それはまるで蝶蝶結びの様に。喉を通った言葉が、自分でも驚くほどに澄んでいる。

 それは紛れもない本音。本心。打算もクソもないままに、俺はそれを通す。

 

「支えたいんだ、あいつを。……もっと言えば、あいつが大事にしようとしてるものを、俺も守りたい、支えたい───────応援したいんだ」

 

 それを聞いて、目をぱちくりしていた伊地知さん。

 すると、唐突に彼女は肩から抜けるみたいに、小さく吹き出した。

 

「! な、何がおかしいんだよ!?」

 

「ふふっ、あははっ。……ううん! ご、ごめんごめんっ、ちょっと予想外すぎてさ……!」

 

 そこに山田さんの驚きも、少しずつ頬の色と一緒に落ち着いていく。

 

「……ふふっ。やっぱり面白い奴だね、君。その言葉は、私も予想外」

 

 何だか、気恥ずかしくなってきて思わず後頭部をかきむしる。

 

「な、何も笑うことねーだろ、真剣なんだけどよ。こっちは……」

 

 青髪───山田さんが一拍遅れて口角をゆるめる。

 驚いた表情から、徐々にいつもの無表情寄りの落ち着きへ戻り、目だけ柔らかくなった。

 

「……いや。……ごめん、悪気は無いよ。……ただ、意外過ぎてさ。ぼっちに惚れ込んじゃったくらいだから、変わり者なんだろうなって思ったけど」

 

「まさかここまで行動力あるとは思わなかった」

 

「わ、悪かったな……」

 

 視線を逸らす。フェンスの向こうで風鈴がかすかに鳴った。なんで、もう秋も半ばの時期に風鈴が鳴っているのか。取り忘れたまま面倒くさくて放置されているのだろうか。

 でも、むしろそれのおかげで恥ずかしさが涼しく薄れていく。

 畜生、それでもやっぱり頬が熱い。彼女たちには見えているんだろうか。多分俺の顔は赤くなっている。見えてるんだろうな。恥だ。

 まあいい。俺の事はとりあえずどうでもいい。

 こほん、と無理矢理咳をして誤魔化す。

 

 やがて、小さく呼吸を整える。言うべきことはもう決まっている。

 

 だからそのまま、静かに言葉を継ぐ。

 

「……………さっきの、アンタらの言葉を聞いて……考えが変わった」

 

「………見たいって、思ったんだ。アンタらの……これからを」

 

 そこで三人の視線が深くなる。

 ひとりに対して、俺が思うこと。彼女達に対して、思うこと。それらの一つ一つを寄り集めていく。

 

「ひとりを……俺なりにできることで支えたいと思ってるんだ」

 

「……一応、これでもそこそこ音楽に関しての知識なら訳あってもってるし。力にはなれると思う。だから、アンタらのために……ひとりのために、出来ることがしたい」

 

 そこで、正面から山田さんと目が合う。彼女の瞳が、まっすぐにこちらを測る。風のない池面みたいに揺れない目。そのまま、こくりと頷いてくる。

 

「私達結束バンドのマネージャー、か。私としては歓迎。……二人は?」

 

 そのまま彼女の視線が流れ、伊地知さん、それから喜多さんへ。彼女は俯いたまま、呼吸のリズムが半拍だけ乱れているのが一瞬だけど見えた。

 あれ、と俺はその姿を見つめて違和感を抱く。

 

「…………」

 

(喜多さんって……)

 

 彼女は普段クラスメイトといる時、よくこの手の恋愛話とかに付き合っている様子を何回か遠目で見た事があった。

 廊下を歩いている時、声が楽しげによく響くことも相まって、そういう話がよく耳に入ってきたっけ。聞く気がなくても聞こえてくる位だったように思う。

 つまるところ、こういう話題は、俺の知ってる彼女なら歳相応に乗ってきそうな気がするのだ。だけど、その気配は現時点で欠片も無い。

 

 変だな。あの子って、こんなに静かな子だっけ。

 

 俺がそこまで考えたところで、山田さんがそんな彼女へ視線を向け、静かに問う。

 

「………」

 

「……思うところ、あるの? 郁代」

 

 喜多さんはその瞬間、顔を上げ、慌てて両手を振る。

 

「! い、いえ、決して嫌な訳じゃないです! むしろ、私も歓迎です。いいアイディアだと思いますっ!」

 

 声は明るい。

 だけど、そこから垣間見える表情はどうにも違和感が凄かった。まるで、顔面に何かの仮面を貼り付けているような、そんな感覚すら覚える。明らかに、見てくれからして無理をしている気がする。

 

(……なんであんな顔してるんだろ、あの子)

 

 どうしてかは分からないし、ただの気のせいかもしれない。

 でも、俺が遠目で見かけていた喜多郁代という人物のイメージからは、今のその姿はあまりにも熱が薄い。面影がほぼ無いのだ。

 ほんの短い観察の合間、伊地知さんが人差し指をスッと立てた。便乗するように満面の笑みを向けてくる。

 

「うん! あたしも賛成かな! 何より、リョウがそんな風に歓迎するとか、珍しいし。あ、でも幾つか条件付けさせて貰ってもいい?」

 

 今度は俺が急に話を振られ、思わず肩を震わせる。「え、あ、お……おう!?」

 

「な、なんだよ?」

 

 その様子に苦笑しつつも、伊地知さんは柔らかく続ける。

 

「…………まず一つ目ね。あたし達の練習中はスタジオ内の備品、結束バンド内の機密に関しては絶対にスマホ撮影しないこと、あとSNS等に情報漏らさないこと。これはマスト!」

 

 と思った次の瞬間。「喜多ちゃん、言ってなかったけど他人事じゃなくて喜多ちゃんもだからね!!」

 ビシィッ、と伊地知さんの立てていた一本のその人差し指が、勢いよく喜多さんの方へ向いた。

 

「ふぁ、ふぁいい!? そ、そんなことしませんよ!!」

 

 当の喜多さんはビクッと肩を揺らし、ぶんぶんと首を振って慌てる。伊地知さんはそこへ雷を落とすように追撃する。

 

「どーだかッ!! 自撮りとか喜多ちゃんよくしてるし、イソスタに備品とか写ってなかったからなーんも言ってなかったけど、もし映り込んでたら注意するからね! 匂わせの投稿とかもダメだよ!?」

 

「は、はいぃぃぃ………お、思わぬ飛び火ですぅ……」

 

「……」

 

 そうして、彼女はそのままプルプル震えつつスマホを弄り始めた。

 イソスタの投稿でもチェックするんだろうな。なんか、少し不憫(ふびん)だな……。横目でその様子を見つつ、俺は頷く。

 

「………わ、分かった。まあその辺は別に、会社とかでもよくある話だし、この先の商業展開やメジャーデビューを考えるなら、至極真っ当な当然の事だな。それで、二つ目は?」

 

「んじゃ次、二つ目ね? あたし達、結束バンドメンバーとぼっちちゃんの仲を引き裂こうなんてバカな真似しないこと」

 

「もしした場合、あたし達の音楽生命賭けてあなたを潰す覚悟でいるから♡」

 

 満面の笑み。だけど、半端でなく追従してきた言葉は物騒そのものだった。

 その瞬間、伊地知虹夏のその笑顔からは凄まじいまでの殺気と、覇気を背後から感じた。怖っ。

 んな事するわけない。当たり前のこと。

 だけど、俺は思わず頬が引き()らずにはいられない。いや、頬どころか声も無意識に痙攣(けいれん)していた。

 

「…………あ、当たり前だ……」

 

「ははぁ。さすが、もうそこまで考えてるとはやるね、虹夏」

 

 一方の山田さんは、俺の隣でなにやら感心顔。他人事のように肩をすくめ、腕を組んでいた。いやまあ他人事だろうけど、露骨すぎねえかこいつ。

 俺はため息を漏らしつつ、そのまま伊地知さんへ続きを促す。

 

「………むしろ、アンタらを応援したいってんだから、そんなアンタらを裂くような事しねーよ。で、まだあるのか? 三つ目は?」

 

「んー、そうだなぁ。あ、そうだ。これは条件とは違うかもだけど……ね」

 

「あたしはさっきの言動で君を信じようと思うからさ」

 

「これからはきっと、結束バンドの活動資金やスケジュール管理なんかはしっかりとお願いすると思う。でもね」

 

 彼女は細く華奢(きゃしゃ)な両指を重ね合わせて小さく俯きつつ、俺の方へ目を向ける。

 

「? お、おぅ」

 

「……あたし達とは、あくまで対等な関係でいて欲しいかも」

 

「対等? ……っていうと?」

 

「つまりね。マネージャーだからって、あたし達に気は遣わず、上下関係とかも無く、友達みたいに……気軽に接してほしい。それがあたしとしては一番嬉しいし、やりやすいと思うから」

 

「…………」

 

 彼女はそう言って、華やぐような笑みを俺へ向けてくる。

 

 その時、ふと思う。

 ひとりの時にも思ったこと、ではあるけど。

 なんでこの子達はこんなにも、簡単に人を信じられるんだろう、と。疑う心というか。なんというか、そういうものが他の人間に比べて薄い。

 

 伊地知さんの、彼女のそのキラキラとした目。

 

 それは、既に俺を友人として見てくれているような温かさを感じる。いや。実際は()()()()()()()()()()()()()()()()()だけなのかもしれない。

 だけど。

 結果的に言えば、それはどういう形であれ『信じよう』とはしてくれてる事には変わりはなくて。

 だからこそ、きっとこんな俺にもそんなことを伝えてくれてるのだろうな、と一瞬の間に思う。それなら、と考える。

 

 ひとりを守ると決めた。

 

 きっと、その想いだけは間違いなく彼女達と同じだ。

 だから、今はそれだけでいい。それだけでも、今の俺と彼女らを繋ぐには十分な証明になると思う。

 俺みたいな異物を、本当に友人として認めてくれているかどうか。その実際の真偽なんてものは、全く定かじゃない。

 それでも確かなのは、形からだけでも、少なくとも俺()()を必要とはしてくれているということ。それだけは分かる。

 だとしたら、俺はそれに応えなければ。どういう形でもいい。

 できることを、果たさなきゃならないはずだ。

 

 そこまで考えて、数秒程俯いたところで俺は顔を上げ、彼女へ視線を返す。

 

「………分かった。で、他の条件、まだあるんだろ?」

 

「そうだね……んー、じゃあ次は最後の条件だけどね♪」

 

 伊地知さんが山田さんにアイコンタクト。ふたりの頷きが揃う。

 そっと、手が差し出されていく。

 

「……えっ」と、俺は思わず声が漏れた。その意味を図りかねて、彼女たちへそれぞれ目を向ける。

 

「約束して、吉沢くん」

 

「最後はね……あたし達全員を、誰一人として欠けず……結束バンドをデビューさせるってこと!」

 

「どうせやるならあたしはね……四人、ううん、あたし達五人で……みんなで夢を掴みたいの。だから、吉沢くん。その前提でマネージャーとして、あたし達に力を貸して!」

 

「………!!」

 

 その掌には迷いがなかった。

 まただ、またこの感覚。胸が踊るような、ふわりと揺らぐ歓喜の感情。

 

 ()()。彼女は、()()じゃなくて()()と言ってくれた。

 

 そうか、俺みたいなやつを────数に入れてくれるんだな。この子は。

 その言葉が落ちた瞬間、世界の音が一拍遅れる。

 胸の奥で、鼓動が鳴る。

 まるでそれは、五本目の弦が加わったみたいだと、そんなことを思う。

 そっか。

 見開いていた瞳が無意識に細くなるのを、俺は感じる。自然と頬が(ほころ)ぶ。やがて、小さく頷き返す。

 

「………分かったよ。引き受けた」

 

「ふふっ♪ やった! これからよろしくね、春樹くんっ!」

 

「よし、決まり。……じゃあ早速明日からよろしく、春樹」

 

「えっ? はっ?! ちょ、いきなり呼び捨て!?」

 

「……なに、不満? それとも恥ずかしがってる? 私一応春樹より年上だし、別に問題ないでしょ」

 

「はぁ!? 恥ずかしがってねーし、バカにすんなよ!!」

 

 ムキになり、顔が熱くなるのを感じつつも俺は山田さんへ言い返す。彼女はニヤニヤと何やら笑みを浮かべている。無表情に見えるのに、半分からかっているのだけは理解できて、なんか悔しい。

 だけどその後に気になったこと。ん? 年上?

 

「……てか年上? えっ、そうなの!? あっそういえばそうか……文化祭の時にそう言ってたっけ!?」

 

「うん、そーだよ! 今頃〜? 春樹くん、敬語全く使ってくれないしさ。まあそれならあたしもいっかなぁって。だから、あたしのことも虹夏って呼んでくれればいーよ!」

 

「えっ、あっ……年上なのに、です、か」

 

 完全にやらかした俺は、思わず酷く焦りながら、カタコトの敬語になる。

 同年代だと思い込んでた俺は敬語なんか欠片も使っちゃいなかった。そういえばそうじゃん、なんか文化祭ライブの時の挨拶でよく思い出せば言ってたじゃんそれ。

 すると伊地知さんはけらけらと楽しげに笑う。

 

「あははっ! すっごい露骨に変な敬語ー! そんなのもう気にしないよ、年の一つ二つくらい、変わんないって! 別に、無理してセンパイだなんて呼ばなくていーよ!」

 

 そう言ってくすくす、と虹夏は微笑む。

 

「……そ、そうかよ」

 

 その笑顔は眩しくて、俺はなんか妙にまた気恥ずかしくなる。

 ま、まぁそっちがそれでいいなら、俺もそうするけどさ。すると一方の山田さんも相変わらずニヤニヤほくそ笑む。

 

「ふふっ、良いじゃん。いい名前だし。まぁ冗談はさておき…………頼りにしてるから。これからよろしく、春樹」

 

「だから、呼び捨………あぁもぅいいや、分かったよ」

 

「その代わり、私の事も別に呼び捨てでいいよ」

 

「……あぁ、えっと、うん、分かった」

 

 なんかもう言っても仕方ない気がして追求は辞めた。じゃあ俺も遠慮なく呼び捨て&タメとして扱わせてもらおう。

 この際、この子達もこんなに爆速で距離詰めてくるし、俺もそれに倣って名前も呼び捨てにでもしようか。

 まあ、言うても一つくらいしか歳変わらないし、そこもそんなに気にしても仕方ないんだろう。変に気にしてもなんか気持ち悪い上に、本人達もそれでいいみたいだし。

 

「そもそも、二人はアレなんだっけ。うちの高校じゃないんだろ? なんか、見るからに制服も違うし」

 

 というか、そもそも二人は多分同じ高校の生徒ですらない気がして、ふと問い掛ける。

 

「うん、そだよー! 文化祭ライブで言ったかもだけど、あたしとリョウはそもそも下北沢高校の生徒だもん!」

 

「なるほどね。他校か……じゃあまあ、尚更いっか……」

 

 それにしても、頼りにしてる、か。

 リョウ自身は相変わらず(とぼ)しい表情を浮かべている。

 だけどそれは、どこか信頼の影を感じさせる瞳だ。こちらを見つめてきた彼女は、そうして静かに俺の方へ手を伸ばす。

 

「……結束バンドの距離の詰め方、エグイな」

 

 その手のひらに苦笑しつつも、気分は悪くない。

 俺はそのまま静かに差し伸ばしてきてくれた虹夏とリョウへ握手を返す。その手は少し汗ばんでて、でも、温かい。

 

「よろしく。春樹」

 

「ふふっ、よろしくね! 春樹くんっ!」

 

「─────………あぁ。よろしくな」

 

 現実は厄介だ。

 最初は正直、この子達のこと、物凄く警戒していた。だけどもう、そんな必要もない気がする。話してて感じる。

 

 きっと、彼女達はちゃんと誠実な人間なんじゃないか、って。

 

 この距離のまま、五人で本当にいけたら。

 これからきっと楽しい事が、沢山待っていて。

 それはきっと、案外割と悪くない居心地のものなんじゃないか、って。

 

 そう、俺は────思ったんだ。

 

 

 

 

 

 

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