ぼっち・ざ・ろっく! フラッシュバッカー   作:空山 零句

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CHAPTER #21 「静かなる欠落、堕ちゆく星」

 

 

 俺はそのまま、そっと虹夏やリョウと握手を交わす。

 そこでふと、喜多さんとも自然と目が合った。

 

「………さっきも、謝りましたけど……手荒なことして、ごめんなさい。吉沢くん」

 

 彼女は俯きがちな視線をこちらへ向けつつ、そう謝罪してきた。

 

「……いーよ、もう。気にしてない。アンタらの真剣な気持ちは、よくわかったから、大丈夫だよ」

 

「……ホントにマネージャー、なってくれるんですか?」

 

「マネージャーの事に関しては、うん。本気だよ。ひとりを、俺なりに助けたいからな」

 

 俺はそう言って喜多さんの方へ身体を向け、頷く。何が出来るかなんて知らん。具体的なことはまだこれから。見切り発車もいいとこ。

 でも、虹夏たちは少なくとも信頼を置こうとしてくれている。今は、多分それだけで良い気がする。

 

「──────………」

 

 そう思って彼女へふと目を向ける。

 また、例の違和感が俺の中に現れた。目が合わない。俯いた視線。

 

「………? どうしたの、喜多さん」と何となく気になって聞いてみる。

 

「……いえ、なんでもないです!」と表情を明るく返された。そして、さっきの虹夏みたいに両手で手を合わせる姿を見せる。

 

「あの、吉沢くん。……これから、よろしくお願いします」

 

「……うん。よろしく頼む」

 

 そう言って虹夏たち同様に、俺は喜多さんへゆっくりと握手の手を伸ばす。

 

(……ていうか、なんで敬語なんだろ。喜多さんって俺の知る限り結構男女問わずフランクにタメ口で話す印象あったんだけどな……)

 

 逆にフランク過ぎる形で距離をガン詰めしてくる虹夏達に比べ、喜多さんはさっきから何だか凄く控えめな印象を受ける。

 気のせいなのかな。彼女は俺の手を一目見つめた後、一呼吸置くようにそっと手を伸ばしてきた。

 俺は一目その手を見て、ゆっくりと握り返す。

 柔く、虹夏たちよりも細い。そこでふと思うのは───冷たさ。彼女らよりも、ずっと冷たい、ということだ。その指先は、さっきまでまるで風に晒されていたみたいに少し震えていた。

 

「あーーそうだ、言い忘れてた!! 春樹くん!!」

 

「うわっ!?」

 

 急にまた声をかけてきた虹夏に俺は驚いて、思わず喜多さんの手を慌てて離す。「な、何だよ、言い忘れてたことって」

 

「んー、さっきの条件に追加の話なんだけどね! 春樹くんさ、 ぼっちちゃん好きなんでしょ? それなら、デートに行ったときの話聞かせてよ? マネージャーとしてのほうこくぎむってヤツだからね♪」

 

 虹夏は手を胸の前で合わせ、上目遣いでそうして俺に一歩近づく。

 は? 報告義務? それを言われた次の瞬間、頭が真っ白になり、俺は耳まで一気に熱くなる。

 

「は、はぁぁあああっっ!? ……そ、それとこれは、話が別だろお前!!」

 

「えー、ダメー? ほら、ぼっちちゃんがどんな反応したとかさぁ〜、教えてよぉ!  お願い☆ ね? お願いお願いお願い☆」

 

 なんだその顔。さながらぴえんの顔。迫るな迫るな怖い怖い!!

 さらに彼女は左右に小さく揺れて、声尾を甘く伸ばす。

 きゃっきゃっと楽しげな声をあげて一気に詰め寄ってくる虹夏に思わずドン引きする。後退(あとずさ)り、これまた自分の頬が引き()るのを感じつつ全力で拒否した。

 

「イヤッッッだわッッ恥ずかしい!! って、何でリョウまで近寄ってきてんだよ!?」

 

 虹夏と一緒に揃ってガン詰めしてきやがる。心()しか何か妙にまたニヤついているように見えるのは気のせいじゃないだろう。

 

「面白そうだから。ぼっちと春樹の話、ぼっち視点と春樹視点だとまた違うでしょ。 聞かせてよ、ふたりっきりの時間、どんな感じだったのさ」

 

「ちょっと待て!! なんでそんなの言わなきゃならないんだよ!?」

 

「え? 報告義務でしょ♪」

 

「マネージャー業務の一環」

 

 揃って似たような事を呟く二人。

 きゃはっ、と語尾に音符が着いてそうな無邪気な笑みを浮かべる虹夏。リョウも真顔でどう考えても業務とプライベートの概念を履き違えた事を平気で呟く。ちょまて、ふざけんなよこいつら。ヤバい。なんか死ぬほど恥ずかしい。待ってくれ。

 多分俺、また死ぬ程顔が赤い。それをこれまた誤魔化すように慌てて絶叫する。

 

「ふっっざけんな、どーせアンタらひとりから聞いてんだろ話!! だ、大体そういう話はベラベラするもんじゃねーだろが!!」

 

「えぇー!? いいじゃんかぁ! 人の恋バナほど面白いものなんかないしさ! それにぼっちちゃん、そんな話してくれないよ〜! ねぇ、リョウも聞きたくない?」

 

「当たり前。バンド仲間なんだし、そこは聞くのは義務」

 

 義務。嘘だろコイツ。何故か得意げな様子でウンウンと頷くリョウ。君の脳内辞書バグってない? と思った矢先、気になった単語でピタリ、と俺は一時停止する。

 

(………ん?)

 

 ひとりが、そういう話をしてない?

 

「え……ひとりって、自分の話とか、してないの?」

 

「えっ? そうだよ? 特に恋愛関係の話なんて、全然教えてくれないからさぁ! そもそもぼっちちゃんって基本、独りの世界にすぐ入っちゃうからあんまり会話にならないし〜……」

 

「……………そう、なの?」

 

 俺は頭に疑問符が浮かぶ。

 昨日の放課後の彼女の姿。屋上で話してくれた穏やかな彼女の姿。ころころ変わる百面相のようなひとりの表情が(まぶた)の裏に映像として出力された。そこには、虹夏のいうその特徴はほとんど当てはまらない。

 虹夏はきょとん、とした顔で続ける。

 

「? そだよ? 基本あたし達から話を振ったら話す時は話すけど、まぁ、それでも青春コンプレックスを刺激されたらすぐ奇行するからね……」

 

「まぁぼっちちゃんのそれはもう慣れたし、最近はちょこっとずつ話せるようにはなったけどね」

 

 意外、だった。なんだそれ、そうなのか。

 じゃあ俺に話してくれたあの色々な話は────ホントに俺にだけ? 困惑と、歓喜の感情が俺の胸の中でまるで泡のように弾けていく。

 俺と話す時以上に、てっきり自分の話を虹夏たちと喋ってるもんだとばかり思っていたのに。胸の内で言葉を組み直す。

 

「……それは、なんというか……なんか、意外だな。普通に、俺と話す時以上にアンタらとは会話してるのかと思ってたよ」

 

 虹夏は身を乗り出しつつ、首を全力で横に振る。

 

「えっ!? そんなことないよーー!! 逆に聞くけど、春樹くんはぼっちちゃんとどんなふうに話してるの? あたしなんて最近ようやくまともに話せるようになってきたくらいなのに!」

 

「え、いや、昨日なんて昔の話とかしてくれたよ? 本当の自分の気持ち、的な」

 

「……結束バンドの皆と一緒にいたいとは思ってるけど……でも、一度その人間関係を知ってしまったら……それを失った時、寂しいとかそういうのでは言い表せないくらい辛くなるんじゃ、みたいな。………そんな感じの本音話してくれてさ」

 

「………………」

 

 リョウと虹夏はそれを聞いた瞬間、今度は彼女たちが停止する。そして、なにやら互いに目を合わせた。俺はその仕草の意味が分からなくて首を傾げる。

 

「え……ちょっと待って。なにそれ、そんな本音、春樹くんには話したの? あのぼっちちゃんが? え?」と戸惑いの表情を虹夏は浮かべていく。

 

「……春樹、その話、詳しく聞かせて。私たち、そんな話聞いたことない」

 

 聞いたことがない? 一方のリョウは先程までからかうような表情をしていたのに、急に真剣味を帯びた真顔になった。ますます俺はそんな二人の様子に困惑する。「……ッ」

 その瞬間、どこか、上擦るような声が耳に入る。

 それは喜多さんの声か。

 視界の端で、彼女が何やら指がスカートの裾をきゅっとつまむのが見えた。拳が小さく白い。そしてこちらへ目を見開ききった視線を向けている。

 

「………?」

 

 心()しか。彼女の目には、動揺の色が浮かんでいる様に見えた。

 なんだ、あの目。いよいよ彼女のその表情の意味が分からない。ほんの一瞬、沈黙がもう一段深くなる。俺は一旦、喜多さんから目を離す。そして、虹夏とリョウへ戸惑ったまま視線を向ける。

 

「え、………ちょっと待って。むしろ、今の話、聞いてねーの? えっ、じゃあ何? この話、俺にしか、ひとりは話してないってことか?」

 

「う、うん。そうじゃない? だってあたし、そんなの初めて聞いたし……」

 

 虹夏も虹夏で眉を八の字にしつつ困惑している。一方のリョウは何やら顎に手を添え、小さく呟く。

 

「………とりあえず、言えることは、多分春樹は凄いってことじゃない」

 

「え? 何で?」

 

「……ぼっちがそこまで心開くの、珍しいから」

 

「は?」

 

 俺がそうして思わず口を開けたままリョウへ視線を返すと、虹夏が代わりに続ける。

 

「だって、ちゃんと春樹くんとぼっちちゃんが話したのなんて、まだ一週間もないんでしょ? あたし達は五月くらいに出会ったから、もう半年近く経つけど、それでもそんなあたし達ですらなかなかそういうのは聞けてないんだもん」

 

「………んな馬鹿な。じゃあ、何で俺には……てっきり、もうあんな大事な本音、お前らには話したもんかと……」

 

「……春樹くん、なんか特別なことしたの?  ぼっちちゃんと仲良くなれる秘訣みたいなものあったりする?」

 

 特別? いや別に、多分そんな大したことしてない気がする。俺は更に首を傾げて、リョウと同じように顎を右手で覆う。

 

「いや、別に特別ったって、そんな大したことは………」

 

「だって、ほら、考えてもみてよ。それってつまり春樹くんより長い仲のあたし達ですら知らないような話を既に聞ける仲って事でしょ、それ?  一体どうしたらそんな風になれるの?」

 

「いや、どんな風にって言われても、俺はただ、アイツのこと知りたくて、あの子と普通に話したくて、……話してただけ、だし……」

 

 視界の端で喜多さんは変わらず無言のまま。

 沈黙が “影” みたいに伸びていく。彼女へ目を向けつつも、リョウは変わらずこちらへ納得した様な顔を向けてくる。

 

「……なるほど、春樹は無意識のうちに人を惹きつける魅力があるわけだ。それは春樹の才能か、素質か何かかもね」

 

「素質? なんだそれ」

 

「言葉通りだよ。自覚無いんだ? ぼっちがそんな風に本音を言うなんて、しかもそれが異性で、まともに話したことの無い人間なんて……普通はまず無いと思うよ」

 

「…………そういう、もんか?」

 

「もしかして、春樹って人たらし?」

 

「んだよ人たらしって、失礼な。別に普通だよ」

 

 ひとりって、そんなにリョウ達に話してないのか自分の話。

 信頼してる人になら色々話しそうなのに。すると虹夏は、これまた身をグイグイこちらへ詰めてくる。

 

「……だって、こんなに早く打ち解けられるのってすごくない?  あたしたちだってやっとなんだよ?」

 

「………うーーーん、そう言われても、別に……普通に話してたら、ひとりも、普通に喋ってくれてたしさ?」

 

 別段、何か特別なことをした覚えが本当にない。だから彼女達の言うことがイマイチ本気でよく分からないのが本音だ。

 

「なんていうか落ち着いて話してみたら、普通に話してくれたし。だから俺よりもっと長い仲の、しかも数少ない友達の虹夏やリョウ、喜多さんなら普通に話してるもんかと思ったんだよ。まさか、そうじゃないとはさ」

 

「えぇえ〜……だってぇ、ほら、リョウも覚えてるでしょ? ぼっちちゃん最初会ったときなんかーーもーほんっとーーに緊張しまくりのガチガチだったし、めっちゃ素っ気なかったし、目も合わないし、すぐダンボール籠るし!」

 

「うん。覚えてる。ほんとに話すのに難儀してたし」

 

(……ダンボール………?)

 

 ……いやまぁ、ひとりならやるか。初手からピカソみたいな絵に変化してたしなぁ、あの子。俺は無理矢理自分を納得させつつ、虹夏の言葉からあの時のことを考える。俺がやったこと。強いてあげるなら────

 

「多分、なんだけどさ。……あの子には、あの子のペースがあるというか」

 

「そういうのを汲んで、って感じかな。あともっと言えばアレじゃね。……とにかく人と話すことに経験がなくて怖がってるし……話し方が分からないから会話を振れないし、だから他人任せの受けに回っちゃうんじゃねーのかなってのは、感じたんだよ。見ててさ」

 

「……だから、そういえば言われてみると、俺は質問ばっかりして、あの子の話聞いてばかりだった気がする。まぁ、俺もあの子のこと知りたかったから、そもそも何も思わなかったけどな」

 

 それを聞いたリョウと虹夏は、小さく口を開いて再び硬直している。

 

「………凄いね春樹くん、あのぼっちちゃんとそれができちゃってるなんて」

 

「…………凄いね。さすが天然人たらし」

 

「ねぇ、お前褒めてねーだろリョウ」

 

「そんなことない。多分」

 

「多分!?」

 

「────まあでも、ただ、春樹は優しいんだな、って」

 

「えっ? あ、う、うん……?」

 

 唐突に褒めるやん。嬉しいけど。リョウは表情を特に変えることもなく変わらず続ける。

 

「ぼっちとまともにコミュニケーションを取るの、私達ですら正直難儀してるのに、それをシレッとやってのけてるのは普通に凄いことだよ」

 

「…………いや別に、そんな大したことなんか……うーん。なんだろうな、俺……アイツのこと、全部が好きだから、なのかな……」

 

「ふぁえっ! す、好き!? そんなストレートに言っちゃう春樹くん!?」

 

「いやまぁ言うでしょ、本心だもん」

 

「きゃーーーー!」

 

 それを聞いたからか、虹夏は顔をぽっ、と音を立てて赤らめながら興奮する。何で君がそんなに頬を赤くしてるのか。事実だし、これ以外何も言いようがないんだけどなぁ。

 

「……やっぱり間違いない。これは本物。それでぼっちのこともあっという間にたらしてるんでしょ」

 

「は?」

 

「えっ、えっ全部って……え、なに、どういう意味で?」

 

 感嘆したような顔を向けてくるリョウに、虹夏も相変わらず俺の方へつんのめりながら、グイグイ聞いてくる。

 いやめっちゃ聞くじゃん。その時のことを思い出しつつ、ありのままを呟く。

 

「え? 全部って、全部だけど。ひとりの声も、外見も、話し方も、演奏する時のあいつの姿も…もっと言えば、普段誰も見向きもしなさそうな所で見せる優しい所とか……」

 

「えっ? えっ、えっえっ?」

 

 つらつらつら、と口が勝手に動くみたいに俺はそう続ける。パッと思い浮かぶ事だからこの程度だけど、本音はもっとある。

 すると何故かドン引きしたかのようにも見える表情を二人は浮かべ、虹夏に至っては顔を真っ赤にして口をパクパクさせる。金魚かな。

 

「…………凄い、ほんと………これは………べったべたにベタ惚れだね」

 

「……ふふっ。やっぱり面白い奴だね、君」

 

「ど、どういう意味だよそりゃ」

 

「……いや。ごめん、悪気は無いよ。……ただ、意外過ぎてさ。ぼっちに惚れ込んじゃったくらいだから、変わり者なんだろうなって思ったけど」

 

「まさかここまで行動力あるとは思わなかった」

 

「……でも、それ以上に驚いてるのは、ぼっちがそこまで君に心を許してることだけど」

 

「ちょっと私もこれは予想外……プッ」

 

 そう言ってリョウは面白がってるかのごとく右手で口元を抑え、プルプル震える。なにわろてんねん。

 なんか嬉しくねーぞ。それに対して虹夏も虹夏で首をめっちゃ横に振って興奮しまくっている様子だ。

 

「いやそりゃぼっちちゃんも心許すわっ!! あの子ホントに褒められるとすぐ調子乗るしすーーぐ他人を信用しちゃうもん!!」

 

「なるほど……まあでも、納得した。そんなこと……多分ぼっち、ストレートにそういうこと言われたことないだろうからね」

 

 無表情のまま笑いを堪えていたリョウはすん、と元の顔に戻るとそんなことを呟く。

 どうにも俺はその言葉がしっくりこなかった。不思議に思いながら、逆に問い返す。

 

「………え、そうなの?」

 

「うん。そうだよ」

 

 静かに頷くリョウに対し、虹夏は何かを思い出すように腕を組み、うんうんと静かに首を縦に振る。

 

「……あー……たしかに。うん。 リョウ、そこだよ多分。ぼっちちゃんって確かに、ストレートに好意ぶつけられてるとこってあんま想像つかないしさ。意外とそこが盲点だったのかも」

 

「そもそも、生まれて初めてまであるんじゃない? ぼっちちゃんがこんな風に異性に告白されるの……」

 

「………お、俺が、初めて?」

 

「あーあ、そりゃーこんなこと言ってくれる人なんて、そらーーウブなぼっちちゃんには完全にこれノックダウンかもねぇ〜」

 

「でも、それならそれでこっちも安心した。なんか納得しちゃったよあたしも!」

 

「なんだよそんな事ねーよ別に……」

 

 やたら褒めるじゃん。ありがたいけど少し困惑はするなコレ。

 

 ────多分、俺自身のコミュ力とかそういうものを褒めてくれてるんだろうな。嬉しくない訳じゃ、ない。でも。

 

 嬉しい、けど別段、こんなものは俺からすれば褒められるものに値するだなんて思っていなかった。それ故に、困惑してしまう。

 それは何より、俺よりよっぽど凄い人達を幼い頃から見ていた経験があったからだ。俺のコレは、所詮それの “真似事” にしか過ぎない。

 

 だからこそ、何やら勝手に納得して勝手に盛り上がっている虹夏にあまり付いていけず、相変わらず疑問は止まらなかった。

 

「…………」

 

 だけど、そこで。不意に僅かな間が入る。

 

「……?」

 

 俺は彼女へ視線を戻す。すると、虹夏は一転してどこか寂しそうな顔色を浮かべていた。

 

「……でも、そっか。春樹くんには、そんな話、してるんだ」

 

 口を尖らせて、ちょっとだけ視線を逸らす。

 

「いいなぁ……ぼっちちゃん、あたし達にはまだそこまで言ってくれたことないのに」

 

「……!!」

 

 冗談めかして笑ってみせるけど、その奥に、ちょっとだけ滲む悔しさのようなものが垣間見えた。俺は思わず目を見開いて反応する。

 

「………」

 

 そう、か。静かに彼女を見つめていた視線を下ろす。そうして考え込むように更に俯く。そりゃ、そうだよな。

 虹夏の目線に立って考えてみたらそう思うかもしれない。いってしまえば、俺なんて所詮、彼女達からすりゃ異物同然じゃないか。

 いきなり横から現れてきた俺みたいな奴が、半年一緒に居ても引き出せてなかった本音を引き出してました、なんて聞かされたら。

 

(………まあ、少なくとも)

 

 少なくとも、あまりいい気分にはならないだろうと思う。

 たぶん、下手したらそこに明確な嫉妬があってもおかしくない。でも、わざわざこんな接触の仕方をしてきた時点で、少なくともそれに近い何かは明白だろう。

 無論、俺としては悪気なんてものは皆無。というか、さっきも伝えた通り、虹夏達にはてっきり俺としても自分の話はしてるものかと思っていたくらいなのだ。

 だけど。────そう考えると、何だか無性に申し訳なく感じずにはいられなかった。

 つい、小さな謝罪が口元が零れ落ちる。

 

「……なんか、ごめん」

 

「……別に、春樹が謝ることじゃないよ。話すかどうかは、ぼっちが決めたことなんだから」

 

 それを聞いたリョウは視線を伏せ、目蓋を閉じたままそう呟く。

 

「いや、それは……まぁ、そうなんだけどさ」

 

 俺は少し気まずくなり、思わず俯く。だけどその時、リョウは「でもさ」とそのまま、静かに腕を組んで彼女は続ける。

 

「……それだけ春樹を惚れ込ませたのは、大前提として結局、ぼっちの “音” あってこそなんだよね」

 

「……!」

 

 それを言われて、俺は無意識に再び目を見開く。ひとりの不器用な笑みが脳裏に鮮明に蘇る。

 

「春樹は確かに凄いよ。実際話を聞いたら、ぼっちや虹夏が春樹のこと褒めるのは理解できた。それは否定しない」

 

「でもさ。春樹だけが特別なんじゃなくて、ぼっちがやっぱり特別なんだよ」

 

「……」

 

 そうだ。

 それは、間違いない。そもそも凄いのは俺なんかじゃない。これは当たり前だ。本当に凄いのは、あの子の方。あの子は多分、自覚なんてないんだろうけど、後藤ひとりの放つ音こそが、人を確かに動かしている。

 この場において確かなのは、その事実の方だ。

 

「────同感。俺も、そう思う。褒めてくれるのには感謝するけど、実際はリョウの言う通りだ」

 

「俺は別に、そんな大したことなんか出来てないよ。今回の話の出発点は結局のところ、ひとりの “音” なんだからさ」

 

「春樹くん……」

 

 虹夏は俺の方へ顔を向け、どこか切なげな顔色を浮かべてくる。

 

「………虹夏、リョウ、喜多さん」

 

 喜多さんやリョウも、揃ってこちらを向く。

 

「………悪気はなかった。だけど、そうはいっても、三人からしたらいい気分じゃないよな。少なくとも」

 

「改めてなんかこう、虹夏達の大切な友達を横から掠め取ってるみたいなことして、ごめん」

 

「……謝らないで、春樹くん」

 

「え……」

 

 俺は小さく下げた頭を僅かに上げる。虹夏は、どこかもの悲しげな顔でそう呟いていた。

 

「さっき無理矢理引き止めたのはさ、ホント、ごめん。あたし達も反省してる。だからそこは、謝らせて欲しい」

 

「……でもね。あたしは、あたしたちは、ほんとに、ぼっちちゃんが心配だったんだ」

 

 彼女は特徴的な胸元の大きな赤リボンを握る。そして、どこか切実な眼差しで続ける。

 

「ぼっちちゃんが選んだ相手なら、あたし、ちゃんと見たかったの。ほんとうにぼっちちゃんを大事にしてくれる人なのか、どうか、とかさ」

 

「…………虹夏」

 

「……それに、例え春樹くんがぼっちちゃんをちゃんと大事にしてくれるんだとしてもさ。……あの子がちゃんと自分の “意志” でその選択をしてなかったら、意味が無いと思うの。話聞いてわかったよ」

 

「春樹くんは、ぼっちちゃんをあたし達から掠め取ったりとかなんてした訳じゃないよ。ぼっちちゃんがどんな形であれ、自分で選んだんだよ。ちゃんと。それを、あたし達は否定したくない」

 

「…………」

 

 それは、確かに俺も彼女の立場なら同じことを思うだろう。

 そのまま、黙って真っ直ぐに虹夏を見つめる。

 

「─────あたし達が信じたいのもそうだけど、それ以上に」

 

「ぼっちちゃんがちゃんとで君を選ぼうとしてるなら、それは引き裂きたくないんだ」

 

 今のその一言は、俺にとっては彼女を信用するには十分なものだった。

 僅かに俯いて、そしてもう一度見つめ返す。虹夏と目が合って、薄く微笑みを返される。

 

「……実際のところは、ね……?」

 

「ん……?」

 

「……ただ、ぼっちちゃんが傷ついたりしてなかったら、それでいいの。それだけでいいんだよ。だから、さっきリョウも言ってたけど」

 

「春樹くんに対して、あのぼっちちゃんがそんな大切なことを君に伝えてるってことは─────ぼっちちゃんにとって」

 

「少なくとも、春樹くんは “信頼できる” 人って思われてるんだからさ」

 

「それを、覚えておいてほしい。忘れないで欲しいの。あたしからの、お願い」

 

 そう言って、彼女は微笑む。だけど、どこか少し苦しげに、それでも大切な何かを託すみたいに、その目は俺へ訴えかけてきていた。

 ────そうか。そうだよな。

 今の言葉はきっと、本心からひとりを想っていなければ、きっと出てはこない。

 本当なら。本当ならば、それを聞きたかったのは、おそらく虹夏達の方なんだ。なのに、ひとりは()にそんな大切な『本音』を話してくれたんだ。

 

 だったら。

 なら、俺がやるべきことが在るはずなんだ。

 ならば俺は、その責任に応えなければ。その責任を受け取ったからには、俺がやらなくちゃいけないんだ。

 

 俺が、あの子を、ちゃんと守ってあげなきゃいけないんだって────そう、強く思う。

 

「────……うん」

 

「わかった。約束する」

 

「ふふっ。うん。よかった、その言葉、ちゃんと聴けて」

 

 虹夏はそうして、満面の笑みを俺に向けてきた。俺も、思わず微笑み返す。そうして、ひとつの確信を持った。

 この子は、本当に良い子なんだな。こんなにもひとりのことを想って、心配してくれる。ひとりは、ちゃんと大事にされてたんだ。大切にされていた。その事実は、虹夏達のここまでの言動が十分証明してくれていた。

 

 まだ会って間もない。でも、それだけは確かによく分かった。

 

 やがて俺はふと、空を仰ぐ。

 その時、黄昏(たそがれ)の色が夜の色に近づいてきていることに気付く。

 

「………ていうか、あれ? ちょっと待って。今何時?」

 

「え?」

 

 目を丸くする虹夏と同じタイミングでスマホを取り出した瞬間、通知と一緒に時間が目に刺さる。一気に焦りが足の底から脳まで駆け抜けていく。

 

「やば!! ひとり、待たせてる! 十五分も話し込んじまった!!」

 

「あっやばっ、そうじゃん!! ごめん春樹くんっ、つい話しすぎちゃって!!」

 

 虹夏は目を見開き、俺と同様に慌てる。そして申し訳なさそうに両手を合わせてきた。

 

「いやまぁ、俺も、君らのこと知れて納得したし……大丈夫。話した甲斐はあったと思う。なんか、安心したよ。虹夏たちと一緒なら、きっとひとりも大丈夫そうな気がするし」

 

 リョウはそれを聞いて僅かに目を細める。

 

「……そう? ありがと」

 

 虹夏もまた、リョウの隣に並びつつ後ろで手を組んで微笑む。

 

「そう言ってくれて嬉しいな。春樹くんも、時間割いてくれて、ありがとね」

 

「ううん。全然いいよ」

 

 俺は足元のスクールバッグを引っ掴んで立ち上がり、そう呟く。そのとき。

 

「……あのさ、春樹。最後に一つ聞きたいんだけど」

 

 腕を組んだまま、リョウはこちらへもう一度視線を向け直す。

 

「? なんだよ」

 

「……なんで、そこまでぼっちのこと想ってるのかなってこと。何か、特別な理由でもあるの?」

 

「……」

 

 質問をしてきたリョウの表情は、相変わらずの無表情ながらもどこか純粋に理由が気になっているような、そんな瞳の色が俺には見えた。

 微かな間を置いて、微笑み返しながら、小さく俺は返す。

 

「…………言ったろ?」

 

「俺にとって、あいつはヒーローなんだ。……あいつの演奏する姿に、曲に、歌詞に、魅せられた。だから、追いかけたくなったんだよ。ひとりのこと、ひとりのロックをさ」

 

 すると虹夏は、うんうん、とこれまた激しく同意を示す様に何度も頷く。リョウと同じ様に腕を組む。

 

「………そっか。春樹くん、分かってんねぇ。ぼっちちゃんって、本当に不思議な魅力があるんだよ」

 

「確かにその通りかも。春樹くんの熱意、今のでなんかあたしも納得がいった。…… “ぼっち・ざ・ろっく” 、良いよね」

 

「なんだよ、ぼっち・ざ・ろっくって。でも、なんか語呂いいなそれ」

 

「えへへ、でしょ。命名、あたしなんだ! ………ぼっちちゃんのあの演奏は、あの音は、ぼっちちゃんにしか出せないものだと思う」

 

「だから、ぼっち・ざ・ろっく……ってわけ!」

 

「─────へぇ、なるほどな」

 

 なかなかいいセンスかも。思わず感心する。

 そして虹夏は付け加えるように呟く。

 

「それに、あたしにとっても……ぼっちちゃんはヒーロー、だからさ」

 

「!!」

 

「………「ヒーロー」……か」

 

 記憶の蓋が開きかける。

 それを無理やり閉じて、俺は瞳を伏せる。

 

「うん、そう。ヒーロー………あたしにとっては、ね。……じゃあ、春樹くん、もう行くでしょ? ありがとうね、付き合わせちゃってごめん。ぼっちちゃんのことよろしくね!」

 

「あぁ、わかった」

 

「虹夏、連絡先聞かなくていいの」

 

「あっ、そうじゃん! 春樹くん、LOINE!! 結束バンドのグループにも招待するから!」

 

「えっ、あ、あぁ」

 

 ID交換のピッ、という音。

 

 画面の上に『ハルキが参加しました。』のバナーがふわりと出て、既読の文字と数字が連続して弾ける。ちょっと笑ってしまう儀式感。

 

「あっほら、喜多ちゃんも!」

 

「……え? あっ、は、はいっ! ……これ、私のLOINEです!」

 

 先程からずっと会話に入っていなかった喜多さんが、虹夏に呼ばれる。すると、彼女も慌ててスマホを取り出し、こちらへ駆け寄って同じ様にQRコードを見せてきた。

 

「さんきゅ、喜多さん。虹夏、コレが結束バンドのグループ?」

 

「そうそれ! いつでも連絡してねー! 今後ぼっちちゃんと会う予定あったらいつでも相談乗るから!」

 

「ていうか、あたし達がSTARRYで活動してるのは話したと思うけど、早速明日から来れそう? 場所分かるよね?」

 

「えっ。あぁえっと、今はまだ、部活のこともあるからなぁ。すぐには顔出せねぇかもなんだよな。いつも活動してるの、基本そこなんだろ?」

 

 そういえば、まだサッカー部には退部申請は出してない。

 もう未練もないし、あしたの昼には顧問に言いにいかないとだな。色々言われるかもしれないけど────もう、あそこには俺の未練は無い。そこまで一瞬考えて、俺は虹夏へ目線を向ける。

 

「そう、合ってる。まぁ余裕が出来たらでいいから、時間が作れ次第また連絡して。歓迎するから」

 

「おう、ありがとう」

 

 すると、リョウがそれに対して補足をしてくれつつ、虹夏と共に俺へ微笑みかけてきた。

 

「あと、春樹」

 

「ん?」

 

 俺はリョウの方へ顔を向け直す。彼女の眼には、攻撃的な色は既に無い。代わりに、どこか真剣さを感じさせる蒼の色が、そこには宿っていた。

 

「ぼっちのこと、頼んだよ」

 

「!!」

 

 思わず、驚きが小さく漏れる。それは、小さな。でも、確かな信頼の言葉。ほんの僅かに口を開いたまま、止まる。だけど俺はそれに応えたくて、強く頷き、そして思わず口元を弛めた。

 

「──────任された」

 

「ありがとう。リョウ」

 

「ん」

 

 そうしてリョウと虹夏を見つめ返す。互いに笑みを向けたまま、虹夏はこちらへ手を振る。

 

「よろしくね。待ってるよ。ぼっちちゃんも楽しみにしてるはずだし!」

 

「……行ってあげて! またね、春樹くん!!」

 

「あぁ、また連絡する! またな、三人とも! ひとりのとこいってくる!!」

 

 ──────こうしてはいられない。

 行かなきゃ。フェンスの途切れを抜けて駆け出す。ブランコがひとつ鳴って、三人分の手の影が地面で揺れる。それへ手を振り返し、松ノ木児童遊園の方へ俺はもう一度走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 春樹くんの足音が角へ消えていく。

 夕暮れの空気がまた平常に戻って、味噌汁と揚げ油の匂い、遠くの笑い声。そして、きっと付けっぱなしのまま放置されたのであろう季節外れの風鈴。その澄んだ音も、あたしの耳に届く。

 ブランコの鎖がまたひとつ、小さく鳴る。

 リョウは一息つくと、あたしへ伸びをしつつ聞いてきた。

 

「………。さてと、STARRYで自主練でもするの、虹夏」

 

「うん、そうしよっかな。ほら、お姉ちゃんに一応連絡はしたけど、バイト抜けてきちゃってるし、早めに戻らないとね」

 

「ぼっちちゃんも春樹くんと話してから来るだろうし。……ただ、それよりも……」

 

 横目で、喜多ちゃんを見つめる。「……」

 リョウもそれに続くように彼女の方へ向く。頬の血の気がまだ薄い。まつげの影が長い。喜多ちゃんは、ずっと俯いたままだった。

 

 明らかに、様子がおかしい。表情が固い。

 

 雰囲気が明らかにいつもと違う。普段こういう恋愛話なんていちばん喜多ちゃんが興奮しそうな話題なのに。

 長い前髪に表情が隠れていて見にくいけど、これだけはわかる。曇ってる。

 まるで、明るい太陽に急にもくもくとした暗雲が立ち込めていくような、そんな感じ。

 あたしは思わず、喉に言葉が詰まるのを感じつつも静かに聞く。

 

「……ねぇ、喜多ちゃん? どうしたの……? さっきからずっと黙ったまんまだし、なんか、ぜんっぜん喋らないけど……具合悪いの?」

 

「………この手の話題の時って、むしろ郁代がいちばんテンション上げてくると思ったのに、全然会話に入らないから驚いてる。何かあった?」

 

 リョウとあたしと似たような事を思っていたみたいで、同じように問い掛ける。

 

「あ、いえ……ごめんなさい。私……も、その、ちょっと考えごとをしてて……」

 

 声は丁寧。だけどその温度は酷く低い。

 

 ──────さっきのアレは、間違いなく気のせいじゃない。

 

「ヒーロー」という春樹くんの発した単語。それに反応した一瞬、目の奥が遠くへいったの、見えちゃった。

 嫌な予感がする。多分、それは当たってる。直感的に、あたしはそう思う。

 リョウも無表情なままだけど、多分そこに気付いてる。そのまま続いてあたしの代わりに呟く。

 

「……別に無理には聞かないけど、明らかに普段とは様子がおかしい。だから、流石にいくら何でも心配にはなる」

 

「……ねぇ、喜多ちゃん? 大丈夫?? なんか困ったことあるなら聞くよ……?」

 

 喜多ちゃんを威圧してしまわないように。そっと寄り掛かるように、慎重にあたしは顔を近付ける。そしたら、彼女はそっと一歩下がって、浅く息を吸う。

 

「───────ごめんなさい。今日、ちょっと、練習は休ませてください」

 

「え?」

 

 えっ? 今なんて? 休みたい?

 頭の中に一気にハテナが浮かぶ。慌ててあたしは喜多ちゃんの肩へ触れようとする。

 

「えっ、ちょっ、き、喜多ちゃん……!?」

 

 伸ばした指先が空を掴む。

 振り返らない。「……ごめんなさい……!!」とだけ置いて、一目散に彼女は駆け出してしまった。足音が、あの子のギターケースの音ともに砕けては消えていく。「えっ? ちょっ、ちょっと!??」

 待って、待ってよ喜多ちゃん。なんで。

 

「喜多ちゃん………っっ!? 待って!!」

 

 そう思った時にはもう、あたしも喜多ちゃんの背中を追おうとする。でもリョウは何故か棒立ちして首を傾げてる。そんな場合じゃないって!

 

「もう、リョウもぼーっとしてないで、追うよほら!!」

 

 そうしてあたしは、半ば無理矢理リョウの首の襟を引っ掴んで引きずる。急がないと。

 

「ぐぇ……なんていうか、さ。明らかに……いつもの郁代らしくない。心当たり、ある? 虹夏」

 

「そんなの、あるわけな…………!!」

 

 あまりの焦りに叫びかけて、飲み込む。心臓が嫌な音を立てる。

 

 “ヒーロー” 。春樹くんだけが聞いた “本音” 。

 それを聞いた時、明らかに動揺を浮かべていた顔。

 

 喜多ちゃんが急にぼっちちゃんを「ひとりちゃん」と名前を呼ぶようになったこと。

 静けさ。点と点が、次々と胸のなかで結ばれていく。それはまるで蝶々結びみたいに、ほどけないように、きゅっと。

 思わず立ち止まって、あたしは頭が情報で満ちていって処理が追いつかないのを感じる。

 

「……………………」

 

「……虹夏?」

 

「……ううん、何でも」

 

 リョウは無表情なままだけど、戸惑ったような声を背中から向ける。

 こんな姿は、見せちゃいけない。今こそ、今のこの瞬間こそ、あたしが頑張らなくてどうするんだ。そう思って、リョウの腕を掴む。

 

「とりあえず、今は追おう!!」

 

 声量が無意識に跳ね上がる。きっと、あたしの焦りはもしかしたらリョウには見抜かれてたかもしれない。でも、そんなこと言ってらんない。

 

 喜多ちゃんが、どこかへ行ってしまう。

 

 そんな予感がする。

 そんなのダメ。あたしたちはあれから半年、ずっと一緒に頑張ってきたのに。

 

「……分かった。とりあえず急ごう」

 

 あたしはそのままリョウとふたりで走る。

 砂がスニーカーの裏で鳴って、風鈴がもう一度、薄く鳴る。

 追いついたらまずは、抱き締めてあげなきゃ。

 

 言葉も、ちゃんと伝えるんだ。もう、イヤ。伝えたい思いをちゃんと伝えずにバラバラになるなんて、絶対に嫌だ。

 見覚えのある背中が脳裏に浮かぶ。胸元の赤リボンをぎゅっと握り込む。そうだ。後悔なんかしない。

 

 忘れてやらない。

 この気持ちを。後悔なんて、してやるもんか。

 

 (ほど)かせない、あたしたちの “線” は。かならず。

 

 

 

 

 

 

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