ぼっち・ざ・ろっく! フラッシュバッカー   作:空山 零句

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CHAPTER #22 A「RE:PRISE」

 

 ◇

 

— Side Hitori —

 

 夕方の光は、まるでやさしい刃みたいに心に染みる。

 空の端で雲が擦れて、オレンジの薄皮をはがす。水のような夕闇が、ひたひたと遊園のなかに降り注いでくるのが分かった。

 

 ぽつ、ぽつ、と冷たい粒が落ちてくるのを感じた。私は思わず、静かに空を見上げる。

 

「………あ」

 

 狐の嫁入り─────お日さまは笑っているのに、空だけが泣いてる。

 松ノ木児童遊園。私にとって「全部」の始まりになった場所。

 そこでブランコのチェーンを握っていた私の両手に、小さく跳ねる空からの贈り物。指の温度が、すこしずつ過去のどこかへ戻っていくみたいだった。

 

「っは、はぁ、はぁっ………」

 

 砂を蹴る足音と、誰かの肩で息を切らす声が聞こえる。

 

「……!」

 

 私は顔を上げられなくて、一気に心臓が跳ねるのが分かった。とうとう視界の端に、走ってくる影が揺れた。

 

「…………!!」

 

 でも、いつまでもそのままではいられなくて、恐る恐る(うつむ)けていた(おもて)をあげる。

 胸の奥で、ほどけかけていた結び目がきゅっと締まる。

 来て、くれた。ほんとうに。

 

「………ごめん。お待たせ」

 

 春樹くんのふうっとこぼれた息に、雨の匂いがまざる。汗をかいている。

 急いできてくれたのかな。もしかして、駅にもう行ってたのに───私の為なんかに、戻ってきてくれたのかな。

 そう思うと、胸が締め付けられ過ぎて、思わず声を上げそうになる。

 私は、小さく頷く。声にすると、その想いすらも消えてしまいそうで。

 

「……来て、くれたんですね。春樹くん」

 

 右隣のブランコが仄かな風でギシッ、とかすかに鳴り響く。

 鉄と鉄の触れ合う音が、黄昏時(たそがれどき)の色に溶ける。

 

「ごめんな、色々、あってさ。そのことは、また後で話すけど」

 

 彼が座る気配に合わせて、私も姿勢を整える。

 視線が春樹くんへ触れる。逃げる。触れる。逃げる。いつもの仕様。

 だけど思うのは、もう逃げたくない、ということ。

 微かに髪を濡らす雨粒が睫毛に乗って、世界が一瞬だけ滲む。狐の嫁入りは、心の内側までも濡らしてくる。

 

「あっ、いいえ……大丈夫、です」

 

 自分の声が、ギターの弦を弱く弾いたみたいに心許(こころもと)なく震えて聞こえる。

 

「…………それで、話って?」

 

 優しい。春樹くんから届く、耳に置かれた毛布みたいな声。

 幾度(いくど)も聴いた、そんな温かい声色に私は深く息を吸う。胸の奥にたまっていた“言えなかった言葉たち”を、引き出しから引っ張り出す。

 

「…………あっ、はい……っ………。あっあの……まずは今日、何も言わずに先に中退しちゃって、ごめんなさい」

 

「いや、全然気にしてないよ。体調は大丈夫?」

 

「あっはい、だ、大丈夫です。ありがとうございます」

 

 こんな時にもまず一番に彼は私の体調を(おもんばか)ってくれる。それがどうしようもなく嬉しい。つい浮かれながら、舌先が迷路に迷い込む。ひたひたと募る雨の音が、まるで拍子木みたいに背中を押す。

 

「……わ、私……結束バンドの皆に、話したんです。春樹くんのこと」

 

「うん。それで……?」

 

 知ってる顔。全部知っているはずなのに、彼は私の“今”を、ちゃんともう一度受け取りにきてくれる。

 

「………お、怒らないで、聞いてくれますか? 今から、話すこと……」

 

「もちろん」

 

 そう言って、彼は柔らかくまた微笑んでくれる。チェーンを握る手に、小さな雨粒が貼りつく。指先の冷たさで、言葉の角を丸める。

 大げさに空を仰ぐ。雨は細く、なのにその存在は確かで、それはまるで譜面に落ちる音符みたい。

 言葉を伝えようと、小さく口を開く。でも、なんて言えばいいか。何から話せばいいか、思いつかない。

 

「……………っ、あっえっと………」

 

「……なかなか、上手く浮かばないか」

 

 彼が私の様子を見て、そっとブランコを揺らす。視界の上で、低い雲の裏が薄明るく脈を打った。

 

「じゃあ、少し歩こうよ。歩いてるうちに、案外思い出してまとまるかもだぞ」

 

 立ち上がり、こちらへ向く笑みを浮かべた彼の姿。促される足。

 この “歩き出す” というリズムが、いつも私を救ってきた。

 

「あっ…………は、はい……」

 

 立ち上がろうとした瞬間、足もとに置いていた不安が音を立てた。

 

「……っ!? わぁっ!」

 

 重たいギターケースに体が引かれてバランスを崩す。

 反射より速く、腕が私を支えてくれた。

 

「うわぁっと!! あぶな、大丈……夫…………」

 

「あっ!! す、すすすすみま、せ……」

 

「───────────ぁ」

 

 近い。雨より、呼吸より、近い距離。

 目が合う。

 言葉になる前の世界で、心臓だけが先に強烈に頷く。

 

「ご、ごめんなさ……!! 足がもつれちゃっ、て……………」

 

 視線を逸らす時、頬の上をひと粒の雨が滑る。春樹くんも同じタイミングで目を逸らす。一瞬だけ彼を垣間見ると、顔が赤く見えた。

 それを見て、私もなんだか、堪らなく気恥ずかしくなる。それがどうしてかは分からない。ただ喉奥から声が震えて、私は目を逸らしながらもまた無意識に謝る。

 

「………〜〜〜〜っ、っ、す、すみませ、ん………」

 

「ううん、俺の方こそ。それよか、怪我、無い? そんな重たいギターケース背負ってるし、なんかあったら大事だぞ」

 

「ぁっ、は、はい、 平気で……す。ありがとう………ございます」

 

 ギターを背負い直すと、木の匂いとその重みが落ち着きを返してくれた。音と、五感を通して伝わる世界は、いつも私の居場所を指さしてくれる。そんな気がする。

 

「………行こっか。少し、歩いて、話の続きしようよ」

 

「あっは、はい、行きます……」

 

 春樹くんの合図と共に歩き出す。

 公園の土を歩む頼りないつま先と、リズム。その中で何となく、私は公園の入り口で振り返る。「……」

 狐の嫁入りはほんの少しだけ弱まったみたいだった。天気雨の中、つい半年前、はじめて “居場所” を見つけた遊園が、雨に光っている。

 

「………どうかした?」

 

 背中からそっと声色が届く。慌てて私は彼の方へ身体を向け直す。

 

「え?! あっ、いえっ……な、なんでもないです! ……ただ、その。懐かしいな、と思って……」

 

「懐かしい……?」

 

「………あっ……その、ここは、半年前の五月くらいに……虹夏ちゃんと初めて出会った公園なんです」

 

 私は胸の内で、何か大切なものを返信をする音を聴いた。それは、かつての自分に対してのものなんだろうか。

 返信。返歌。リプライズ。

 中学一年生の頃。古びた図書館の中で書き始めた幼いメロディに、今日の私が新しい音符を重ねていくのが分かる。追憶する思い出と、今の私とで(つむ)いだ言葉。それを、彼へひとつひとつ伝えていく。あの時の、情けない私を彼はきっと否定しない。そんな気がするから。

 

「あっ……その日は、バンドマンみたいな、そんな浮ついた格好をしてたんです。前日に、動画のコメント欄に書かれてた言葉でふと思いついて」

 

「そうしたら、誰かに、声を掛けてもらえると思い込んだんです。……結局、誰からも声は掛けてもらえませんでしたけど」

 

「………ま、まぁ、たっ他力本願なのが、悪いんですけどね。アハハ……」

 

 何となく、苦笑いをしながら春樹くんへ目を向ける。

 彼はそこで私を嘲笑(あざわら)ったりはしなかった。むしろ真剣に身体をこちらへ向け直してくれて、そっと相槌(あいづち)を返してくれる。

 

 ほんの僅かにそんな彼を見つめて、そのまま続ける。

 

「学校での居場所に耐えかねて、もう、学校に行くの、辞めようとすら思ってました」

 

「そんな時……なんです。ちょうどあのブランコに座ってたら…………」

 

「……その時に、虹夏とたまたま会ったの?」

 

「あっはい……。急遽(きゅうきょ)ギターを探していた彼女が、私に話しかけてくれて……最初はなんでこんな私にって思いました。でも、今思えば……そこから本当に、色んな事が始まったんです」

 

 雨の粒が、記憶の(ほこり)を洗い落とす。

 “誰かのために” 。私の中で、そのフレーズが、やっと正しい場所に座った。

 

「……そっから、結束バンドの皆と、ライブを組むことになったんだ?」

 

「はい、そこから虹夏ちゃんやリョウさんと友達になって……その後、色々あって、喜多ちゃんとも、バンドを組めるようになって」

 

「………あっ正直なこと言うと……その、私が最初はバンドをやろうと思った目的は、自分がチヤホヤされたい、とか、そんな程度だったんです。でも……皆と出会ってから私、考えるようになりました」

 

「……どんな風に、考えるように?」

 

「────な、何のために、バンドをやるのか。何のために、わたしはここにいるのかな、って」

 

「…………何のために、か」

 

 ()れかかった灰色の空はまだ泣いているのに、路面には細い光が跳ね始めている。それはまるで、雨と光の二重奏。わたしたちの足音が、その伴奏になる。

 

「虹夏ちゃんは、お姉さんである店長さんの為……STARRYをもっと有名にすること。リョウさんは、自分達にしか出来ない音楽を結束バンドでやること。喜多ちゃんは、あの皆で一緒に何かをやること。………私は………そんな皆の為に、皆がバンドに託した想いの為に────」

 

 顔を上げる。

 結び目がほどけないように、ひとつずつ言葉を結ぶ。

 

「結束バンドを、私に出来る限りのことを尽くして、最高のバンドにしたいって、思ってます」

 

「───────…………そっか。それが、君が……後藤ひとりがバンドをやる目的なんだな」

 

「………はい。私、結束バンドの皆には、いつも……助けられてばかりな、そんな気がするので、だから……」

 

「………どうだろうな。それは」

 

「案外、そうでも無いかもしれないよ。あの子達にとっての君は、さ。それにね。俺も、君がその気なら、君の力になりたいな……って思ってんだよな」

 

「えっ……どういう意味、ですか?」

 

 雨脚が一瞬だけ強くなって、そのあとすぐに止む。

 空が息を継いだみたいに、世界が静かになった。

 

「………俺ね、単刀直入に言うよ。結論から言うと、結束バンドのマネージャー、やろうと思ってさ」

 

「え……? ………………え、ぇ、えぇっ?! 本当ですか!?」

 

「また顔面崩壊してるぞ」

 

「あっごめんなさ………え、えぇ、でも、春樹くんが私達バンドのマネージャーって、えっ、でも虹夏ちゃん達とは、春樹くんは面識ないんじゃ……?」

 

 それを聞いた春樹くんは何か言葉を考えるように、僅かに目を閉じて宙を仰ぐ。やがて、穏やかな笑みを携えてもう一度私の方を向く。

 

「………実は、な。さっき、たまたま会ってさ。声を掛けられて、話をしてな。でもまあ、俺も元々思ってたんだ。君の事、応援したいなって」

 

「だから……アイツらとその話をして、俺からマネージャーを頼んだ。そしたら虹夏達からも快諾されたよ」

 

「ぇぇぇぁぁぁっあの、ええっと、ちょ、ちょっと待ってください! 頭が追いつかないです……」

 

「……あはは、まぁ、混乱するよな、そりゃ。……もっと簡単に言おうか。俺も、応援したいんだ」

 

「ひとりのこと。応援したいって、そう思った。だから、俺なりに色々考えて、そしたら……結束バンドにはマネージャーがまだ居ないって、虹夏から教えて貰ってな?」

 

「だったら、俺が勉強して……結束バンドのプロデュースとか出来たら、君の夢も、結束バンドのアイツらの夢も応援してやれるんじゃないか、って」

 

「……っ、本当なんですか? 春樹くんが、私達の……皆のマネージャーに……本当になってくれるんですか?」

 

「……本当だよ。………なぁ、ひとり。さっきさ、なんて言おうとしてくれてたんだ?その、結束バンドのみんなから言われたこと。それで、ひとりが考えたこと。話の続き、教えてよ?」

 

 昨日のこと。

 皆がくれた、カイロみたいに温かい言葉の数々。それらを取り出しては見つめる。そのなかで、私が思うこと。正直に彼に話したい。私は逆にまた少しだけ俯いて、言葉を選びながら春樹くんへ伝える。

 

「……皆に、春樹くんとのことを話して、こう言ったんです。私は、私なんかじゃ、春樹くんの隣にいたら、春樹くんをガッカリさせてしまうんじゃ、ないかって」

 

「…………どうして、そう思うの?」

 

「そ、それは……どっどうしても、私は自分には自信が、持てないんです」

 

「わっ私は………ギターしか取り柄がなくて、人と話すことも本当に上手くいかなくて、すぐに気付いたら自分の世界に閉じこもっちゃうし、空回るし…………は、春樹くんに、こんな私なんかじゃ……見合うはずなんて、無いって………思って……だから!」

 

「……………結束バンドの皆にそう言ったんだろ? そしたら、なんて言われた?」

 

「……その人はきっと、私の内面をちゃんと見てくれる人間だ、って、春樹くんのこと、皆……言ってました」

 

「………あいつらが……そんな事言ってくれてたのか」

 

「……だってそうでなきゃ『演奏をする姿が好き』なんて言葉は出てこない。だからこそきっと……私の歌う姿や歌詞、ギターを弾く姿をそこまで見てくれたなら、大切にした方がいい人だと思う、って………そう、言ってくれました」

 

 言葉にするたび、胸のどこかにしまっていた古い雨が動き出す。

 それは、言うなれば “祈り” に似た温度だと、ふと思う。

 まるで、誰かのために生きられない弱さを、受け入れたいと願う温度。ずっと心のどこかで願っていたような、そんな在り様そのものかもしれない。

 

「だから……私、思いました。わっ私は………春樹くんのその、私に向けてくれた、気持ちに……向き合いたくて。真剣に、向き合わなきゃいけない、って! だっだから……!」

 

 十字路へ差しかかったとき、世界の縁がひときわ白く瞬いた。

 私は彼の顔を見ていた。周りの音が、ぜんぶ遠のく。反応が、遅れた。

 

「え?」

 

 

 

 

 

 

 ブッブブゥ、ととてつもない大音量と共に鼓膜へ轟音が響く。

 

 

 

 

 

 

「────────ぁ……」

 

 

 

 

 

 

 鋭いクラクションが、空の泣き声を裂いた。うそ─────

 

 

 

 

 

 

「ッッ………危ねぇ!!」

 

 

 

 

 

 

 手首が強く引かれる。「……へ?」

 ふわり、と体が浮く。重いギターが背中で暴れる。

 次の瞬間、世界は彼の胸とアスファルトだけになった。

 痛みは彼の背に落ちた。

 私の体は、彼の腕の中でしかるべき場所を見つける。春樹くんも呻きながら、転がる。その時に気付く。

 

(え………春樹くん、私を庇って─────)

 

「ッッきゃ………あっぐ………ッッッ!!」

 

「ッ…………いって……!!」

 

 私たちは、そのまま地面に放り投げられた。凄まじい衝撃が、背中を通して伝わる。痛みがある、と思って身を引き絞るも実際にはほとんど何も無かった。

 その刹那、春樹くんはいつもでは考えられないような、そんな大声を張り上げる。

 

「………ぐ、危ないだろ、ひとり!! ちゃんと、周りを見ないと!?」

 

「…………っ」

 

 叱られたかったわけじゃないのに、叱ってくれることが嬉しくて。

 目の奥で、なにかが決壊する。

 雨が止んで、わたしだけが降っていた。堪らなく、目尻が熱くなる。それはもう、抑えきれない。勝手に、ぽろぽろと落ちていく。嫌だ、嘘、なにこれ。

 頬を叩く温度は、空からじゃない。胸の底から溢れた、私の“返信”。

 

 

「……ッ、だ、大丈夫か!? 怪我したのか、痛むのか!? ……ッ……いって……!」

 

 

 今度は、春樹くんはどうしようもなく青ざめた表情になって叫ぶ。

 腕を抑えている。そんな、いやだ。いや、うそ。

 

 

 ごめんなさい、ごめんなさい、違うんです。春樹くん。必死に首を振る。

 私の方こそ、恐くなる。頭の思考回路が状況に追いつかない。怪我をしたんじゃ。嫌だ。イヤ────春樹くんが、私の、私のせいで。

 

「ぁ、ぅ、……っ、ち、違います…… 私は、痛くありません………!! 春樹くんが、守ってくれたから……!!」

 

「は、春樹くんの方こそ、怪我は無いですか!? 私の、私のせいで!!」

 

 私が、今度は大きく叫び返す。彼はそれを見て思うところがあったのか、大きく見開いていた目を細める。そうして、切なげな表情を私へ見せてきた。

 

「………っ、大丈夫。……鞄が、ちょうどクッションなってくれたし……」

 

 彼の言葉が、雨上がりの光みたいに胸に触れる。そう、なんだ。

 あぁ、ああ、うそ。良かった、良かった────。

 両手を胸の前で合わせて、ギュッと押し込む。食い止めていた胸の苦しさが、限界を超えていく。

 その彼の言葉の触れ方はやさしいのに、私の中では音を立てて崩れる。

 長いこと黙っていた“返信”が、やっと口を開く。

 

「……良かった、怪我、ないんだな」

 

「……………ごめん、ごめんなさ………ごめんなさぃ……私のせいで、本当に、ごめんなさい」

 

 声が震える。情けない。

 でも無理。こんなの、そんなこと気にしてられない。ただただ、どうしようもなく謝ることしか出来ない。

 

「………大丈夫。泣かないで。俺は、平気だよ」

 

 さっきまでの心配を形にしたような怒気は、もう既に春樹くんから消えていた。今度は、どこか物悲しげさに満ちたような笑みを向けてくれる。もう勝てない。

 胸の中に留まってもう抑えきれない言の葉の前に、勝手に涙が落ちていく。涙のあとを、言葉が追いかける。

 

「……ほ、本当ですか!? 嘘、ついてないですか……!?」

 

「………大丈夫だよ」

 

 手を握られた瞬間、音程が合う。

 

 私の中の “ずっとずれていたコード” が、やっと正しい響きに戻る。その安心が。

 

 無事でいてくれて嬉しかった、怪我しないでいてくれて良かった、その安堵が。

 

 気付かせてくれた。その想いの先にあるものを。

 胸の中で泣きながら見つけたそれを、必死に抱く。まるで、ずっと見つからなかった大切な、大事なものを見つけたみたいに。

 

 

 あぁ、無理。無理だ。もう───────無理。

 

 

 

 勝手に、零れた。

 

 

 

 

 

 

「……………好き………です」

 

 

 

 

 

 

 落ちてしまった。

 それは、言うはずのなかった言葉。私なんかが、言えていいはずがないと思い込んでいた、言えなかった言葉。それを、雨と一緒に────やっと私は言えた。

 

 

 

 

 

 

「…………え?」

 

 

 

 

 

 

「………………………ぁ、うっ、す、好き、です」

 

 

 

 

 

 

「…………私、私も、春樹くんの、ことが─────」

 

 

 

 

 

 

 好き、なんだ。この人の事が、もう、好きになってしまっていたんだ。

 気付かされてしまう。この人が、無事でよかった。そう思ったその瞬間に、勝手に溢れ出たその気持ちの正体に。

 瞳の奥で、狐の嫁入りが祝福に変わる。光で、景色が満ち溢れていく。それはきっと、この世界の秘密そのものみたいな、そんな輝き。

 宵闇に揺れる雨粒が拍手みたいに路面で跳ね、橙色の世界が照明みたいに明るい。“告白” はたぶん、それもまた祈りの別の名前なんだと気付く。

 

「……………………っ、ひと、り………」

 

「……っ、春樹くんに、何も、なくて、本当に、良かった……!」

 

「わ、私、……春樹くんの、ことが、ぅ、ぅぁあ………ん………!!」

 

 泣き方も、歌い方も、とっくに変わった。涙が、声が溢れて零れてまるで赤ん坊の様に、私は泣き出す。

 でも、震えた声でつないだ音符が、今も私をここへ連れてくる。

 

 その瞬間。

 

「………………ッッ!?」

 

 抱きしめられる。強く、落ちないように結ばれる。

 世界を照らす雨の音は遠ざかり、胸の中にだけそれが残る。

 

 

 

 

 

 

「…………俺も。………好きだよ、ひとり。君の事が、好きだ」

 

 

 

 

 

 

「───────ぁ」

 

 

 

 

 

 

 その彼の優しくて、全てを包むような声が、私の世界の色を決める。

 忘れない。今日の景色を。忘れたくない。

 “ Re: ”と始まったリプライズが、“ I am ” のままここに届いたことを。

 

「あ………ぁぁッ……ぁ、ぁ……………!!」

 

 彼は私をずっと強く、つよく抱きしめながら囁く。

 好き。すき。だいすき。このひとのことが

 ─────だいすき。

 

「………………無事で、本当に……良かった…………」

 

「あ、ああぁ………うぁ…………っ、ぁぁぁあん…………!!!! っ、ご、ごめ、ごめんなさい、はるきくんっ………もう、こんなこと、絶対しません……ごめん、なさい……」

 

 雨はあがった。

 道路のアスファルトに溜まって映り込む水面。墨の滲みの様に夕焼けのほとぼりに映えた宵空が映り込む。

 でも、私の“祈り”だけは、ずっと胸の中で降り続いている。涙は止まらない。情けないくらいに私は泣きじゃくる。その中で思う。

 どうか、この結び目がほどけませんように。

 どうか、この音色が、ただ、ただずっと、続いてくれますように。

 

 私達の “星座” のまま、鳴り続けますように。

 

 そんなおぼつかない小さな願いを。

 抱き締められたまま、ただ私はずっと─────小さく想い続けた。

 

 

 

 

 

 










 今回は特別篇。いよいよ、ひとりと春樹が結ばれました。やっと書けた。書きたかった、この瞬間。

 #22はBパートもあります。次回は春樹篇です。引き続きお楽しみください。





-追記-

 こぼれ話。細すぎて多分伝わらないやつ。補足として知ってもらえたら嬉しいです。

 実はこのRE:PRISEのタイトルは複数意味を込めています。
(RE:I AMとの対比的な意味合いもありますがコンマ( : )を付けてるのも意図的なものです)

直訳:『もう一度 こじ開ける』or『もう一度 掴む』

Re: + Prise = REPRISE
(名):意味は再演、反復。

 同じ読み方と元ネタのインスパイア曲もあり、そちらとも重ねています。

・Re: + plies = Replies
(名):『Replay』複数形。意味は返信、応答。

・Re:pray(元ネタ)
Pray
(動): 意味は「祈る」。
Re:prayは同名のAimerの曲(2011)です。


 以上、こぼれ話でした。
 元ネタご存知な方も、そうでない方も、よろしければ感想、お待ちしております。お気軽にお聞かせください。

 ではまた次回。
 




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