※
風が鳴いていた。ヒュウ、と長く。
「はぁっ、はぁ、はっ、っぁ、はぁ、は………」
松ノ木児童遊園の方角とは真反対の方へ、ただただ私は無心に駆けていた。
勢いよく渡った交差点の信号が、背中で変わっていく音が遠くに聞こえる。
何も考えられないままに走り抜けて、荒い呼吸が止まらない。背負い慣れたはずの肩のケースの重みが、いつもよりずっと重く私の両肩に載っている気がした。
住宅街の角をいくつか曲がって、舗装の切れ目を抜けた先で、草の匂いと水の音が一気に広がった。初めて見る場所。震える指でスワイプし、スマホのGPSナビで今の場所を調べる。
どうやら、善福寺川という場所らしかった。
和田堀公園へ続く流れの途中、川沿いの遊歩道と土手が、夕方の色に薄く染まっている。
子どもの姿も全くなかった。良かった。いつもならともかく、今は誰かに話しかけられたら消えてしまいそうな気がするから。
ここなら、息が整うかもしれない。誰にも見られなくて済むかも。
そう期待して、斜面の草むらに腰を落とした。跳ね回る心臓。
痛いくらいに響く鼓動。──────違う。本当に、痛い。胸元を堪らず強く抑え込む。
ハッキリと分かる。これは、あの屋上の時の比じゃなかった。
さっきからずっと。ずっとずっと、疼くように痛む。
それは、昨日のあの夕方の時から? 抱き合うひとりちゃんと吉沢くんを見掛けたから?
多分、それも違う。
もっと言えば、それはきっと。
屋上でひとりちゃんが私の知らない顔を、彼に見せていたあの時から。
後ろからナイフで刺されるような。
胸に、変な穴がぽっかりと空いてしまうような。そんな感覚だった。
そこに、更に追い討ちを掛けられてるような気になった。
さっきの彼の眼は、どうしようもなく真剣で。
それはもう、痛いくらいに純粋に、真っ直ぐにひとりちゃんだけを見ていた。私の事なんか、まるで眼中にも入っていないような、そんな気がした。
その時に、確信をしてしまった。
私は、もう。
───────ひとりちゃんには『
川付近の緩い傾斜。その土手へ、そっと腰を下ろす。
そのまま、私は静かにギターをケースから取り出した。三角座りのままなんとなく、子どもを抱きしめるみたいにそれをぎゅっと抱える。
ほんの少しの間だけそうした後、今度は腹に抱きしめるようにネックを抱えた。
水に浸したハンカチを心臓に掛けられて、心までもが湿気ったみたいな、そんな気になる。
鼻腔を通る、そんな湿り気の伴った夜のにおいが、川面と辺りに薄く延びていく。
何となく、スマホの待受画面を見つめた。時刻は午後五時五十七分。
「……………」
黄昏が消えていく茜と灰の境目をぼんやり見て、ふと僅かに俯く。
私は指先を弦へそっと落とす。私は小さく息を吸って、独りきりの河原に声を置き始めた。
「──────もうすぐ時計は六時」
「もうそこに一番星」
爪弾くのは一番、文化祭で歌った「星座になれたら」。
リズムを刻むと、すぐに胸の奥があの文化祭の時の温度を思い出す。
「影を踏んで 夜に紛れたくなる帰り道」
「どんなに探してみても」
「一つしかない星」
弾きながら、ふと考える。
この歌詞を書いたのは、ひとりちゃんだった。
(最初に、皆の前で見せてくれた時は……憧れの歌、だと思った。誰かに向けた、遠くを見上げる気持ち。きっとそうなんじゃないか、って)
でも、リョウ先輩が曲をつけて、私が何度も声を重ねるうちに気づいた。
(……もしかしてこれ、私に宛ててくれた言葉、なのかな)
思い上がりも
もしかしてそうなのかな、って思っただけ。自意識過剰なんて思われたくなくて、まさかひとりちゃんにその事を聞くなんてことも出来なくて「すっごく素敵な歌ね」って褒める事しか結局できなかった。
私は視線を川へ落とし、指をまた動かす。声が自然とついてくる。続けて歌う。
「何億光年 離れたところからあんなに輝く」
「いいな 君は みんなから愛されて」
「いいや 僕は ずっと一人きりさ────………」
そこまで口ずさんで、私は一度ピックを止めた。胸のどこかがきゅっと縮む。
“みんなから、愛されて”。
その歌詞を呟いた時に、私はひとりちゃんの顔が浮かぶ。
四月。校門付近で困っていそうだったあの子に、初めて声を掛けたのを覚えている。その後も、何度も見かける機会があったギターケースの背中。すれ違った時に、つい目で追っていたあの姿。
私は、確かに友達はそんなに少ない方じゃない。
いつも思っていた。
見かける度に、あの子はどうして、いつもひとりなんだろう、って。
もしかして、その時のひとりちゃんは、私を見るたびに。
「………………」
(ひとりちゃんの瞳には、私が “そう” 見えてたのかな)
深呼吸して、指をもういちど走らせる。爪先が小さく、そして苦く
言葉を空へ繋げるように、線を結ぶ。
私はサビを見上げる空へ投げていく。
それは誰にも届かない。きっと、届くはずなんてない、その歌を。
「君と集まって 星座になれたら」
「星降る夜 一瞬の願い事」
「きらめいて ゆらめいて 震えてるシグナル」
「君と集まって星座になれたら」
「空見上げて 指を差されるような───……」
弾くほどに、出会ってからのひとりちゃんの表情が走馬灯みたいに浮かぶ。
ステージ袖で震える肩。譜面台に落とす影。ギターだけは真っ直ぐに光ってた背中。
そして、文化祭直前の日。嘘をついたことを謝った、あの時。あの夜の、ひとりちゃんの言葉。
『最初はどうしようって思ってたんですけど、今はちょっと楽しみっていうか』
『それも、き、喜多さんが用紙を出してくれたからで』
『だから、感謝してます』
『ありがとう──────』
そう言って、笑いかけてくれた。こんな私を、許してくれた。
それだけじゃない。
いつも、いつもひとりちゃんは、こんな私なんかの為に、練習にずっと付き合ってくれた。丁寧に、分からないところを、分かるまで。ずっとずっと、寄り添って教えてくれた。
不器用な笑顔。
不器用だけど、本当は、ほんとうはとてもやさしくて、人の痛みに誰より敏感で。
こんな私の、誰も見てくれなかった『努力』に。
そんな私の『努力』に、生まれて初めて最初に気づいてくれた。
頬の熱も加速していく。
回想と追憶の想いが、湯水のようにどんどん湧いてきて、止まらない。そして、気づいたら。
(何で、どうして)
──────水滴が勝手に、目尻から零れ落ちていた。
そこで、やっと分かってしまった。
なんで。なんで今頃になって気づいたんだろうと、そう思う。
どうして、気付けなかったんだろう。
(「星座になれたら」は……ひとりちゃんが)
(私に、伝えようとしてくれた気持ちだったのかな)
もう遅い。
私のこの想いはきっと、もう気付いた時点で終わってしまっていた。
それでも、思わずにはいられないんだ、と思う。
(ああ、そっか)
私は、ひとりちゃんのことが。
不器用で、優しくて、一生懸命で、本当は誰よりも周りを見てる。
そんな、ひとりちゃんのことが─────
(私は─────)
(ひとりちゃんのことが、大好きだったんだ)
そう気づいた瞬間に、私の見た事のない顔を『彼』に向けるひとりちゃんの姿が、トドメみたいに私の全てを
「…………つないだ線 解かないで」
「僕がどんなに」
「─────────眩しくても……………」
最後のフレーズは、そのまま静かに空気に消えていった。
既に陽は沈まりきっていた。空を見上げる。
溢れる涙を拭うことも出来ない。ただ呆然と、夜空を仰ぐ。
星はまだ
ふと、考える。
伊地知先輩。リョウ先輩。────ひとりちゃん。
私は、ずっと、思っていた。
皆の背中が思い浮かぶ。そこに必死に手を伸ばす。
何度も、何度も、追いつきたくて、皆と『第二の家族』になりたくて。
不安で、不安で。
怖くて、恐くて。
それでも、皆と対等に一緒に居られる、居てもいいって思ってもらえる存在に────なりたくて。だから何度もその手を、伸ばしていた。
やっと私は、自分の意思で『居場所』を得られたって思い込んだ。
この前の大成功した文化祭ライブ。
私は私にできることで、皆と一緒に居られるかもしれないって、そう思い込んでいた。
だって、そのおかげで私は保健室でひとりちゃんにあの言葉を言えたんだから。
──────でも。
そんなの、大間違いだった。
痛い。気づきたくなんかなかった。知りたくもなかった。その事実に。
だけど、『彼』が来てしまったことで、私は気付かざるを得なかった。
分かってしまった。
自分の存在意義の無さに。
いっそ彼が、悪い人であってくれたら良かったのに、って思った。
遊びでひとりちゃんにちょっかいを掛けてくれれば。
ひとりちゃんに、最初から遊びで声を掛けるような、そんな最低な人であってくれたら良かったのにって。
そうしたら、きっと私は伊地知先輩たちと一緒に、ひとりちゃんを守る『役割』を果たせたのに。一週間前に決めたばかりの「ひとりちゃんを支えたい」って想いも、行動に示せていたのに。
そんな、余りにも器が小さくて最低な事を思ってしまっていた。
実際の彼の姿は、そんな様子は微塵も無かった。
それどころかあの人は凄く真面目で、人の思いをちゃんと理解して、
正直に思う。
吉沢春樹くんは、完全に私の『上位互換』もいい所だと感じた。
凄く、嫌な言い方だと思う。でも、もう私にはそうとしか思えなかった。
あの人の覚悟は、本物だった。
あのリョウ先輩に、ひとりちゃんを守る為なら初対面であろうと堂々と凄むことが出来てしまえる人。ひとりちゃんを本気で大切にして、支えようとする姿。その為ならどんな犠牲をも
それを見て、理解せざるを得なかった。
私の中で芽生えた、ひとりちゃんを支えたいと願うこの想いが、どれ程弱々しいものだったんだろうって。
それは余りにも比になんてなっていなかった。
そもそも、端から勝負にもなってない。
彼はきっと、ひとりちゃんの為ならその命を燃やす。
そんな思いや決意を、なんの根拠も無いのに、そう私はあの人から感じ取ってしまった。あの人はきっと、裏切らない。そういう人だと分かってしまった。
私の目を真っ直ぐに捉えてハッキリと「支えたい」と言い切った彼の姿。
それを見て、確信してしまった。
吉沢くんのあの本気は、ひとりちゃんを守ろうとする強さは、私
※
私はずっと、何者にもなれない自分が、大嫌いだった。
勉強も、運動も、友達だって、多分きっと人並み以上にはそれなりにできる方。皆からもよくそう言われてたし、お母さんやお父さんからも何度も褒められてた。
でも、その代わり、私は何にも『特別』なんかじゃなかった。
自分で、本当はいつからか気付いてしまっていた。
楽しいって思ってた気持ちの、その正体に。
人と離れた時、何故か虚しいって、私は何処か感じていた。
それを気のせいだって思った。何度も、首を振ってスマホのスケジュールを埋めた。幸い、実際に沢山の人が常に私を誘ってくれていたから。
でも今なら言える。
アレは、とにかく予定を沢山埋めて考えないようにしていただけだったんだと。
何でもそつなくこなせる。
何でも『ある程度』までは出来る。『ある程度』までは何でもこなせてしまう。
でも
器用貧乏。
それ以外の、『
『特別』なものには、本当の『
結束バンドの皆は、皆、どんな形でもその『
でも私は違う。
私なんかの上位互換なんて、世の中には沢山居る。
私は、どこまで行っても固有の『何者』かの代わりにしかなれない。いわば、ただの代替品。
それが、私なんだ。
私────喜多郁代の、余りにも惨めで、
そう。
私は、役割を果たすことは出来る。
『誰かの期待』には答えることは出来る。でも、
本当に、今更気付く。だけどきっとこれは、気付かないフリをしていただけ。気付きたくなかっただけ。こんな、
だから考えない。見ないように、気付かないようにしていた。
そうだ。
私は、『期待される自分』を演じるのが当たり前だった。皆言ってくれた。
「明るい」。
「努力家」。
「社交的」。
「可愛い」。
嬉しかった。それを言ってもらえるのは、全然嫌じゃなかった。
SNSで投稿をする度に、みんなから口々にそう言ってもらえて喜んでもらえる。『いいね』を押してもらえる。
満たされている気がした。必要としてもらえてる気がしていた。
でも、実態は全くそんなことなんかない。私は、いいねを貰う為にいつからかSNSばかりやるようになっていたし、クラスの前でも皆が求めてくれる「陽キャ」の自分を演じるのが「当たり前」になっていった。みんなの期待に応える存在でいることが全てだった。
自分にとっても、それが普通で、当たり前だったから。だから疑いもしなかったし、おかしいとすら思わなかった。だけど、皮肉にも、彼を見て────私は気付いてしまった。
そんなものは、ただの『
私はずっと、ずっとずっと─────結局のところ、ただ空っぽだっただけなんだ、って。
虚無。
本当の私には、何も、何一つとして、何にも無い。
私は、結束バンドの皆みたいな「星座」にすらなれない。
私みたいな
※
空を仰いで、指を止めない。
息が止まりそう。張り裂けるほどの痛みが、私の身体を内側から壊していく。目尻は熱いのに、世界は酷く冷たくて、生きている実感すら持てない。
生まれて初めて感じるその訳も分からない苦しさに、もう涙だけが止まらない。
また、私は逃げ出してしまった。
また、同じことを繰り返した。
伊地知先輩に、リョウ先輩に、また迷惑をかけちゃった。
ひとりちゃんには、もう春樹くんもいる。もう、全部手遅れだ。
もう何も分からない。
ただ一つ確かなのは、もう。
私はいらない子なんだ、ってこと。
川を、ぼうっと見つめる。何もかも、投げ出したくなった。
もう、いいかな。
もう、私、結束バンドには──────
ふらり、と揺らめいたその時。少し離れた橋の方から声がした。
「見つけた……!!」
橋を渡り切ったところ。それは、伊地知先輩の声だった。
先輩は全力で駆け降り、すぐ後ろでリョウ先輩が虫の息でついてくる。
嘘。なんで、そんな。私は慌てて袖で涙を拭って立ち上がった。
「……!」
「い、伊地知先輩、リョウ先輩……!?」
リョウ先輩は芝に膝をついたまま、肩で激しく呼吸している。目が合った瞬間、力尽きたようにそのまま倒れ込んだ。
「……もぉ、む、り」
「きゃあああぁぁーーーーリョウ先輩ィィッ!?」
私は白目になって駆け寄り、肩をゆさゆさ揺する。伊地知先輩はそんなリョウ先輩を見てどこか切ないものを見る目で現実を受け止めていた。
「……リョウ、とうとう力尽きたか……」
「リョウ先輩〜〜!!」
私は半泣きで叫びながら、なおも起こそうとする。
倒れ伏すリョウ先輩の隣で、伊地知先輩が私の顔を見つめてきた。じっと、僅か数秒程の凝視。
「………ねぇ」
「……喜多ちゃんさ、もしかして」
「は、はいっ!?」
嫌な予感が背筋を走る。
「………泣いてた、の?」
どこか切なげに、見開ききった瞳で、先輩はこちらを見つめてきた。
ダメ。
見せられない。見せちゃダメ。こんな、最低な姿。
私は慌てて袖で頬をこすり、無理やり笑顔を貼りつけた。
「……な、何言ってるんですか伊地知先輩、そんな事ないですよっ! ほら、なんなら北に向かって今ならレッツラゴーだって出来ますよ、ほらほら、喜多郁代だけに?? なーんちゃって、あははっ……!」
パリン、と。
ヒビが入る、音が響く。
もうやめて、とどこかから叫び声がする。泣き声がする。
額から、冷たくて嫌な汗が零れていく。
自分でも分かる。無理がある、薄っぺらくて、苦しい冗談。
ゼェゼェ言っていたリョウ先輩が、汗だくのまま呼吸を整え、ゆっくり首を横にして私へ視線を倒れたまま向けてきた。
「……無理に、笑わなくてもいい。郁代」
「………ッッ」
びくり、と、無意識に自分の肩が跳ねる。
伊地知先輩も小さくうなずいて、私の目元をそっと確かめた。
「……目、腫れてるもん」
優しい声だった。
気遣いと悲しさが半分ずつ混じっている。
なんで。どうしてまた、こんな私みたいな最低な人間に、まだ、優しくしてくれるんですか。
耐えられない。
ぎゅっと目をつぶった瞬間、それは決壊した。
「…………」
「……ッ…………………、ぅ、ッ……………ご、ごめんなさ……」
私は両手で口を押さえる。それでも嗚咽は止まらず、涙はもう堰を切ったみたいに溢れた。とうとう、膝から崩れ落ちていく。
伊地知先輩も同じように膝をついて、背中をやさしくさする。リョウ先輩はなんとも言えない複雑な顔で、起き上がる。そのまま草むらに座り直し、落ち着いた息で私の隣に立ってくれた。
しばらく、私はひっくひっくとしゃくり上げ続けた。
「……ごめんなさぃ……ごめんなさい……リョウ先輩……っ、伊地知、せんぱ……っ………ぅぅえ……!!」
「……謝らなくていいよ」
低くてやわらかい声。リョウ先輩が言う。
伊地知先輩は私の手を取り、そのまま自分の隣へ引いて、三人で並んで土手に三角座りをする。
「─────聞いてもいい? 何があったのか」
背中をさすられながら、私は何度かしゃくり上げ、言葉の置き場所を探した。
もう隠せない。
無理だ。こんなの、どうやって隠せばいいか分からない。ごまかしもきかない。
「……私っ、……………っやっと、気付いたんです……」
喉から、声が漏れていく。
「ひとりちゃんが、私に見せてくれた、『星座になれたら』の歌詞の……ホントの意味に……」
「ん。それで……?」
リョウ先輩が、ぽん、ぽん、と私の頭を撫でる。
そのリズムに合わせるみたいに、言葉も落ちていく。
「……ひとりちゃんは、私に、こんな私に、憧れてくれてて……」
「私たち、結束バンドのみんなの事も、想って……きっと、あの歌詞を……描いてくれたのかなって……!」
涙がまた零れる。
伊地知先輩がこくりとうなずき、肩と首をを少しだけ私へ傾ける。
「…………あの曲、ホントにいい作詞だもんね。ぼっちちゃんの思うこと、すごく伝わってくる」
それを聞いたリョウ先輩は川の方をぼんやり見つめながら、静かに尋ねてきた。
「…………なんで、郁代はその歌を弾いて泣いてたの?」
「────っ」
胸の中心。いちばん触れられたくない場所。答えられない。
でも、触れられたから、やっと自分で掴めた場所。私は両膝を抱え直し、息をひとつ落とす。
「……気づいちゃったんです、私」
「私は、ひとりちゃんの、『特別』に……なりたかったんだ、って」
そう言ってしまった途端、張っていた糸がぷつんと切れた。
遠くで川が流れる。午後六時を過ぎた空は、さっきよりもずっと星の数が増えていた。
つないだ線を、解かないで。眩しくても。
指先の感触がまだ残っている。
私は両手で顔を覆って、とうとう、泣き叫んだ。
隣には、あたたかい手が二つ。解けないように、そっと重なっていた。
補足になりますが、自分は喜多ちゃん大好きです。彼女を傷つけたり、不幸にしたいから曇らせてる訳では断じてありません。
なんならぼ喜多推しです。
ですが「フラッシュバッカー」においてはこの展開は外せないからこそ描いています。どうかその点を踏まえ、お楽しみ頂けたら何よりも幸いです。