ぼっち・ざ・ろっく! フラッシュバッカー   作:空山 零句

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CHAPTER #24 「星座になれたら」

 

 ◇

 

─ Side Ikuyo ─

 

 それは、今から一ヶ月以上前の話。九月五日。

 皆で江ノ島に行ったあとの、数日後。あとは、ひとりちゃんや結束バンドの皆と秀華祭に出ることを決めたほんの三日後の話だったと思う。

 練習を終えたSTARRYのドアベルがからんと鳴り響く。

 夜の湿った風が、練習で熱を持った頬を撫でる。その時、カウンターで片付けをしていた伊地知先輩が大きく私と後藤さんへ手を振った。

 

「お疲れーー二人とも! 気をつけて帰ってね!」

 

 その背後で、店長さんに指示されてドリンクの検品作業をしていたリョウ先輩もひょいと顔を出す。ふりふり、といつもの無表情のまま私達へ手だけ振る。

 

「ぼっち、文化祭に向けての新曲の話、明日打ち合わせするから忘れないでね」

 

「は、はいっ……!」

 

 私の前に立つ後藤さんは、狼狽しながらリョウ先輩のその言葉に何度も頷く。私は背負ったギターケースの肩のストラップを握り直す。そのまま、後藤さんと並んで会釈してから手を振った。

 

「ふふ。私も参加するからね、後藤さん。皆さん、お疲れ様でーす!!」

 

「あっありがとうございます喜多さん……お、お疲れ様です皆さんっ」

 

「お疲れ、じゃあね」

 

「うん! じゃあ喜多ちゃんもまたあしたね〜!」

 

 リョウ先輩と伊地知先輩のその見送りを受けたあと、静かに扉を閉める。

 夜の下北沢。店を出た瞬間、階段を昇ってアンプの匂いが遠のいて、街のざわめきに置き換わる。

 私は歩幅を合わせてひとりちゃんへ顔を向けた。胸の奥のリズムが、まだ少し速い。

 

「後藤さん、そういえば夏休みの頃から考えてるって言ってた新曲の調子、どう?」

 

 できるだけ柔らかく。心配が押しつけにならないように。リョウ先輩も言ってたけど、そろそろ文化祭に向けて練習は本格的にしなきゃならなかった。さりげなく、そうして私は聞いてみる。

 

「あっはい、えっと、実は……夏休みの頃からはワードはいくつか並んでて、イメージはできてるんですけど……形にはまだなってない、みたいな感じかもです」

 

「そうなのね……」

 

 視線が斜め下をさまよう。

 ひとりちゃんのそういう目を、私は何度も見てきた。無理に急かしたくないから、息を一つだけ置く。それを聞いて、何となく俯く。胸の中に、小さな悔しさが湧く。

 

「……私、ボーカルやギターはともかく、作曲や作詞に関してはホントにてんで分からないから、力になってあげられないのが歯痒いわ……ごめんね、後藤さん」

 

 私の言葉を聞いた後藤さんは、ブンブンと大袈裟に手を振ってそれを否定する。

 

「い、いえいえ! だっ大丈夫です。これはもう、私の問題なので。多分もうそろそろ、形にはなりますし……き、喜多さんは今日はこのまま帰る感じですか?」

 

 私は首を横に振って、笑う。

 

「ん〜……後藤さんの作曲が進むように、何かイメージになりそうなモノ探しとか、手伝おうかとは思ってたけど、どーかしら?」

 

「えっあっえっ、ほほほほんとですか……? 嬉しいです……! で、でもその、喜多さんに面倒かけていない、ですか?」

 

「ふふっ、面倒なんて、ぜんっぜんそんな事ないわよ! 普段、ギターの練習に沢山付き合って貰ってるんだしこれくらいはむしろさせて欲しいくらい!」

 

「う、うへへ……ありがとうございます……。じゃ、じゃあえっと、どこ行きますか……?」

 

「ん〜……そうねぇ……」

 

 言葉を探しながら、私はふと立ち止まった。

 右の人差し指が無意識に顎へ触れる。九月の空気は少しだけ乾いて、街路の上に薄い群青が沈み始めている。思わず、そのまま空を見上げる。

 

「………!」

 

 瞬く小さな点が、いくつも。私は肩越しにひとりちゃんへ顔を向け、そしてまた夜空へ視線を向け直す。

 

「……綺麗。そっか、もう九月だから……この時間でも星が綺麗に見える様になったわね、後藤さん」

 

 後藤さんも何度も頷きつつ、一緒に宵空(よいぞら)を見つめる。

 

「あぁ……で、ですね……! 確かに、もうだいぶ涼しくなってきましたし……」

 

「……あっ、綺麗、ですね……」

 

 ひとりちゃんの横顔が、そうして素直にほころぶ。

 肩を並べてそのまましばらく私達は空を仰ぐ。商店街の灯りが遠のくほど、星は濃くなる。何となく、私は聞いてみる。

 

「………後藤さんは、星とか詳しかったりする?」

 

 後藤さんは横目で私を見つめたあと、小さく苦笑いして、頬を掻く。

 

「え、えぇっと……正直、あんまり詳しいわけじゃないですけど……いくつかの有名な星なら分かりますし、興味はあるんですよね」

 

「あっ……去年、だったかな。妹のふたりが星を見たい、って唐突に言い出して。その時に、色々調べながら見た覚えがあるので」

 

「そうなの? ふたりちゃんが?」

 

 少しだけ嬉しそうに、また後藤さんは頷き返す。

 

「は、はい。そ、そうなんです。その日から時々、一緒に見るようになって。…………星を見るのは、私も、実は嫌いじゃないんです」

 

「そう、なんだ……」

 

 その微笑みは、胸のどこかをすっと撫でていく。どうしてかは分からない。後藤さんのその笑顔を見つめると、私も自然と頬が(ほころ)ぶ。

 羨ましさじゃない。たぶん、安堵に近いものなのかもしれない。

 

「……なっなんか、星を見てると、歌詞がこう、頭にパッと浮かんでくる時もあったりするんです……」

 

「──────そう。……そう、なのね」

 

「……………………ねぇ、後藤さん、私、……ね」

 

 胸の内に、本音が滲む。それを、形にしそうになる。

 

「?」

 

 こちらへ目線を向ける後藤さんの瞳に、私の逡巡(しゅんじゅん)が映る。言いかけて、思わず私はそれを飲み込む。

 ──────今。それを口にすると、壊してしまう気がしたから。

 この、幸せな時間を。後藤さんと一緒に過ごせる楽しい時間を。

 綻んだままの顔を後藤さんに私は示し、そのまま駆け出す。

 

「…………ううん、何でもないっ」

 

 いつの間にか、ローソンの脇を通って、私達は下北沢駅の西口まで来ていた。踏切の警報機が近い。カン、カン、カン、と響くリズム。

 私は線路脇へ小走りで寄り、遠くへ流れるレールの先を見つめる。夜の向こうに、さらに濃い夜がある。胸が、ひとつ高く跳ねた。

 そこで、あるひとつの()()を見つけた。

 

「?? き、喜多さん、待ってください……!」

 

 追ってくる足音。私は振り向き、左の人差し指を空へ向けて伸ばす。

 にっと、いつも以上に頬が上がる。あの光を、後藤さんに見せたくて、興奮する。

 

「後藤さんっ……ほら!! みてみて! すっごく綺麗よ……あの星!!」

 

 それはまるで、煌めいて、揺らめくシグナルのよう。

 遮断機が下りて、警報機の赤いランプが点滅するたび、周囲の景色が揺れる。

 そして次の瞬間。

 私の背中を、強烈な気流がひゅうっと撫で抜ける。

 強い風が鼓膜の奥と、頬へ吹き抜けていく。電車が視界を横切る瞬間の合間、次々に世界の星が一列にほどけて、ひとつのかたちを描く───そんな錯覚。その中で、思わず私は小さく呟く。

 

「────まるで、あの星……あの星座……」

 

「────────────みたい………」

 

「………ぇ、喜多さん……?」

 

 鉄の車輪が遠ざかり、音が薄くなる。

 何となく、口走ってしまった言葉に、私は咄嗟に頬が熱くなる。私、今なんて。

 見られてなかったかしら。聞かれてなかったかな、今の言葉。

 慌てて俯かせていた視線を、後藤さんへもう一度向ける。

 

「─────え?」

 

 気づけば後藤さんは、こちらをじっと見ていた。

 ギターケースを両手で握ったまま、目を大きく開いて。私は、その時の後藤さんの姿に目を剥く。えっ、うそ。

 

「……ぁ……あ、あれ……?」

 

 後藤さんの頬をつたう透明が、紫のホームの光を拾っていた。

 

「……? えっ、ご、後藤さん!?」

 

「な、泣いてるの!? どうかしたの!?」

 

 私は慌てて駆け寄る。

 後藤さんは自分の頬へ指を当て、ぽかん、としている。まるで泣いたことも今気づいたみたいな、そんなリアクション。

 

「へ……? ……あれ……? わ、たし……なん、で……?」

 

 ぎゅっと掌で雫を拭い、彼女は苦笑する。慌てて私はポケットからママの渡してくれたハンカチを渡す。

 

「だ、大丈夫?? 後藤さん」

 

 後藤さんはそれに対してぺこりと会釈して、まるで申し訳なさそうにするみたいに私のハンカチで涙を拭う。水滴を拭き終えた後藤さんは呟く。

 

「す、すみません……急に……。ハンカチ、ありがとうございます」

 

「少し、目が乾いてた、のかな。大丈夫、です」

 

「……そっか、良かった」

 

 私は思わずほっ、と息を漏らす。何かあったのかと思って、すごく心配になったんだもの。すると後藤さんは少し慌てた様子でハンカチを両手で握る。

 

「あっあの、ハンカチ、すみません」

 

「いいわよ、そんなの全然!」

 

「あっ洗って、お返しします……」

 

「いいのにそんな……ふふっ。ごめんね、後藤さん」

 

「あっいいえ、私こそ……あっありがとう、ございます。喜多さん」

 

 別に、全然気にしなくてもいいのに。私が貸したくて貸したんだから。

 夏休みの時、伊地知先輩と後藤さんの家に遊びに行った時も思ったけど、きっとご両親の教えは丁寧だったんだろうな、と私は思う。

 後藤さんのその笑顔は、たしかに大丈夫の形をしているのに、どこか心臓の奥で別のリズムを鳴らす。

 

 私たちは並び直して、もう一度だけ空を仰ぐ。

 彼女は、そのまま小さく囁いた。

 

「…………喜多さん。私、多分ですけど新曲、書ける気がします。きっと、今日帰ったら、すぐに。できたら………結束バンドの皆にも、喜多ちゃんにも、絶対に見せたいです。また、見てもらえますか?」

 

「────え」

 

 私の心臓が「はい」と先に答える。

 それを押し退けて、堪えて、確認をする。

 

「……っ、本当??」

 

 後藤さんはそのまま大きく頷く。それは、今まで後藤さんと言葉を重ねてきた中でもずっと、どこか確信に満ちたような仕草だった。

 

「あっはい……! 絶対に書き上げます。だから、その時は見てもらえると嬉しいです」

 

 心までもが、華やかに踊る。それを聞いて、たまらなく嬉しくなった。

 電線の向こう、星がひとつ瞬く。夜風がスカートの裾を撫でる。

 私は、うん、と大きく頷く。

 

「うん!! 楽しみにしてるわね、後藤さんっ!」

 

 

 

 この瞬間の後藤さんの笑顔を、私はこの後、また思い出す事になる。

 それも、どうしようもなく忘れたい形で。

 そんな予感を、まだこの時は知らなかった。

 私にとって、これはもう二度と消えない想い出なんだということに。

 

 それは、二度と消えさせてくれない、痛み。

 幸せな記憶。

 

 

 

 

 この時のあの子とのやりとりが、私にとってそういうものになるだなんて────この時は、思わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

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